『運命の双子』
○第3話○ 籠の中の鳥(その1) 『玉のような美しい赤子ですな』 『あぁ、・・・しかし、よりによって男女の双子とは・・・・・・・この子らの未来は見えたようなものではないか。近ければ近いほど・・・強く惹かれるものを・・・』 『陛下・・・だとしても、これ以上異常能力者を出すわけにはいきませぬ。ご英断を』 『そう・・・だな・・・・・・やはりこのままでは・・・・・。・・・・皇族同士の婚姻は・・・禁じなければなるまい・・・・・・』 ───何を言う。 異常能力者? 先は見えたようなもの? 勝手なことを・・・ そんな感想を抱いたのは、産まれて直ぐ、目の前で自分たち双子を眺めながら渋面を作って話す父親と側近の会話を聞いていたときだった。 産まれてから一時と経たない赤子が、既に言葉を理解してそれに対する感想を持つ。 目の前の大人達はそうとは知らず、双子の今後の教育方法等、接触をなるべく少なくさせる算段をたてているが、スヤスヤと隣で寝息を立てているもう一人の女の赤子とは対照的に、目をしっかりと見開き、大人達の言葉を一言一句聞き漏らさぬようにしている男の赤子。 それが、レイドックだった。 恐るべき事に、彼は腹の中にいた頃から既に知能も大人並に発達し、外から聞こえる音に対して充分な理解を示していた。 だからこそ両親が兄妹同士である事も、その末に産まれたのが自分たちだったということも知るところとなったのだが・・・ そして、第一の不幸が起こる。 母親の産後の肥立ちが悪く、数日後に帰らぬ人となったのだ。 さらに一年後、第二の不幸が起こる。 父親が、国を守るため、迷いの森で暴れ出した守り神を鎮めるために出かけていき、その日のうちに奴らに喰われて死んだのである。 勝手な父親は、勝手に死んで、その『皇帝』という面倒な地位をレイドックに押しつけたのだ。 唯一愛する母親の元へ逝くために。 そうレイドックは理解した。 悲しみも何もうまれなかった。 ただ、この地位を利用してでもビオラを守れるというなら、それも良いだろうとは考えた。 この心を埋め尽くすほどの存在は、最初からビオラだけだった。 打算的で、狡猾で、時に冷酷な事も平気でやってのける自分の中にある、唯一の温かい部分・・・自分には持ち合わせていない温かさも愛らしさも、全てが詰まっている存在。 彼女の存在を感じることが出来たから、愛情を注ぐことを知り、笑うことを忘れずにいられたのだ。 それが無くなってしまうとしたら・・・・・・ 「今日の陛下はまた一段と不機嫌そうじゃ。最愛の妹の門出だというに・・・」 妻のクジャタが皮肉そうな笑いを浮かべ、レイドックに歩み寄ってくる。 彼女の腹の中には周囲から望まれた子供が宿り、もう既に少し目立つようになっていて、レイドックは彼女の腹を冷めた目で見つめた。 ・・・一体どんな化け物が産まれるのか・・・・・ 「・・・今は大目に見ろ。式の最中には笑っているつもりだ」 「哀れじゃ・・・」 「・・・・・・」 「大事に仕舞っておいたはずなのに、あっさりと持って行かれてしまうとは。・・・しかし、婚儀を許したのはどういう風の吹き回しからか・・・」 「・・・ビオラの望みだからだ」 そうでなければ、誰が。 ・・・本来なら話が出た先から潰してしまうものを。 「ほぅ、それは・・・妹君も良いご決断をなされた。直ぐにわらわのようにややを孕んで幸せになろう・・・」 ビクリ、とレイドックの肩が震えた。 やや(子)を孕む。 当たり前のことなのに、それを考えるとどうしようもなく目の前が歪んでくる・・・ ビオラが・・・・・・ 誰の子を・・・・・・・・・? 「美しい二人からなら、更に美しいややが産まれるに違いない」 ▽ ▽ ▽ ▽ 婚儀はつつがなく執り行われた。 レイドックはクジャタに約束したとおり式の間は終始笑顔を絶やさず、良き兄、良き皇帝を演じ続けた。 ビオラは彼の気を知ってか知らずか、ラティエルと仲睦まじそうにして、時折頬を染めているようにも見える場面を幾度となく見せている。 「今日のビオラ様は一層お美しいですなぁ、ラティエル殿が実に羨ましい」 「しかしとてもお似合いですよ、まるで絵の中から出てきたような二人だ。陛下もそう思いませんか?」 「・・・あぁ、彼ならきっとビオラを幸せにしてくれるだろう」 良き兄の顔をして周囲と談笑すればするほど、レイドックの心は次第に追いつめられていくようだった。 「お二人は普段から仲がよろしくて・・・こうなる事は運命だったのでしょうなぁ」 「・・・・・・そうだな」 「いやそれにしても、今日は本当に素晴らしい日ですね」 「・・・・・・・・・あぁ・・・・・素晴らしい・・・・・・・・・・」 目の前で起こっている悪夢を受け入れなければならないと思うほどに、嘘で固められた心の器にヒビが入って壊れ始め・・・・・・。 自分ですら気付かない程の限界にまで追いつめられたレイドックの心は、式が終盤に差し掛かる頃には崩壊寸前だった。 それでも誰も気がつくことがなかったのは、彼がずっと笑顔を絶やさなかった所為かもしれない。 いや、ただ一人だけそんな彼を知っていた者はいたのだが・・・ 彼を宥める役など端から引き受ける気のない、妻クジャタであった。 彼女は“笑っているように見える”レイドックの姿を見つめ、満足そうに眼を細めた。 もう、誰も止められぬ。 夢見は外れぬ、陛下は狂った。 ククク、と楽しそうに笑い、自分の腹を優しく撫であげる。 「身重には少々疲れる行事じゃ。もう休むとしよう」 何の感慨もなく、自分の夫が狂っていく様をただ見ていただけ・・・それだけだった。 その2へつづく Copyright 2005 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |