『運命の双子』

○第3話○ 籠の中の鳥(その3)









「・・・おいで、ビオラ」



 手を差し伸べ、暗く甘い囁きを込めて・・・
 紛れもなく、その人物はレイドックに他ならなかった。

 彼はビオラの寝間着が乱れて殆ど何も身につけていない状態を目の当たりにして、僅かばかり眉をひくつかせて薄く笑う。


「どうして貴方が此処にいるのですか・・・」


 ラティエルは目の前の人物が何故ここに立っているのか目を疑い、頭の中は困惑するばかりだった。


 そもそもどうやってここに入ってきたというのか。

 窓の外から?
 ・・・いや、それは・・・ない。
 窓が開いた気配はないのだ・・・大体、窓が開けば雨風が吹き込んでくるような気候だ。

 ならば、扉からか?

 それも違う。
 扉が開けば廊下からの灯りが漏れてくるだろうし、靴音は部屋の外から聞こえてくる筈だ。

 靴音は・・・・・・気付いたときには直ぐ其処で響いていた・・・・・・


「俺がどうやって此処に入ったのか知りたそうな顔だな」

 クッ、とレイドックは嗤い、愉快そうに目を細める。

「世の中は想像もつかない事が起こるものだ。それが幸か不幸かは見え方によって違うのだろう。例えば俺のような化け物が産まれてしまったという事実は幸なのか不幸なのか・・・ラティエル、君はどう思う?」

「・・・・・・私は・・・貴方が化け物だと思った事は一度もありません」

「ハッ、俺は化け物だよ。呪われた血は、遂にはこんなものを生み出してしまった。自分を制御すら出来ぬのに、爆発して暴走するこの力、狂気じみた感情」

 静かな声色で話すには、あまりに似つかわしくない言葉の羅列。
 しかし、その内容に相応しい不安定な感情を示すかのような彼の双眸は金色に瞬き始めていた。

 そして、その瞳を真っ直ぐビオラにぶつけ、手を差し伸べる。



「おいで・・・ビオラの居場所はそこじゃない」


「・・・・・・に・・・さま・・・」


 見つめ合う、二人。

 それを阻む為にラティエルは間に入り、ビオラを自分の背に隠す。



「・・・・・・ほぅ? ビオラを渡さぬ気か?」

「貴方はこの国を統治する存在です。これは赦されない事、早々にお帰り下さい」

「そのような戯れ言は聞き飽きたな。もっとましな事は言えぬのか?」


 確かに彼にとってこんな言葉は聞き飽きた台詞なのかもしれない。
 誰よりも自分の存在意義を知り、皇帝という地位と向き合ってきたレイドックに今更それの何たるやを説く意味などはないのだろう。
 その上で、『戯れ言』と言うのだ・・・彼にとって今の地位は足枷にしかならなかったということか。

 ラティエルは、歯をギリ、と噛み締め、苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「さあ、ビオラ、君の意志で俺の元へ来るんだよ」

 コツ、と靴音をならし一歩ずつ近づき、笑みを浮かべる。
 男のラティエルでさえも、ゾクリとするほど今のレイドックは色香が漂っていた。

 ラティエルは、背中に隠すようにしているビオラを更に閉じ込めるように両手を後ろに回した。
 それに応えるかの如く、ビオラはラティエルの背中にそっと寄り添い彼の手を握り締める。


「ビオラ、何をしている!?」


 二人の様子に、明らかにレイドックから放たれる何かが不気味に変化したのが感じ取れた。

 ラティエルは、主君のそんな変化に悲しそうに瞳を揺らめかせ、静かに目を閉じた。


「ビオラ・・・貴女におねがいをしてもいいでしょうか」

「・・・おねがい?」

「何があっても、私の・・・後ろに居てくれないでしょうか・・・どうか・・・・・・」

「ラティエル様・・・・・・?」

「聞いてくれますか?」

「・・・・・・はい」


 ラティエルは繋いだ手に力をこめ、レイドックの視線を受け止めるため、目を開き穏やかに微笑んだ。


「貴女は・・・・・・陛下への想いを断ち切って、私を愛するために来てくれた」


 背中の向こうから聞こえるラティエルの声。
 それはいつもと変わらぬ優しげなもの。

 なのに、どうしてか涙が出て仕方がなかった。


「そうでしょう?」


 もしかして彼は全て知っていたのだろうか?
 その上で結婚しようと言ったのだろうか?


 レイドックに対して、あってはならない感情が存在してしまった事を。


 けれど、相手がラティエルだから愛そうと思えた。
 こんな穏やかな人と一生暮らせたらどんなに幸せだろうと。

 それは本当の事なのだ。



「・・・そう・・・、です・・・」



 結婚して、
 赤ちゃんができて、
 家族全員仲良く笑って、

 家族ってよくわからないけれど、私にはレイドックしかいなくて、なのにレイドックさえ側にいることは殆どなくて。
 だから、どういうものか知らないけれど。

 隣にいるのが彼なら、きっと幸せだろうと・・・・・・・・・





「・・・・・・っく・・・・・・ぅ・・・!」


「・・・? ラティエル様?」


 苦しそうに呻くラティエルの声が聞こえた気がした。
 妙な胸騒ぎがして、ビオラは身を乗り出そうとする。


「貴女は後ろに・・・っ!」


 だが、それはラティエル本人に制されて、叶わなかった。


「・・・っ・・・おねがい・・・聞いて、くれる、約束、でしょう?」
「ラティエ・・・」
「聞けて、良かった・・・貴女、が、何の、為、・・・っ、ここに、居るのか・・・・・・・・・っ・・・っ」




 何・・・?



 何が、起こっているの?





 分かるのは・・・・・・・・・

 レイドックの腕が、ラティエルの胸のあたりで静止している事くらい。


 ならどうして、こんなに苦しそうに・・・?




「にいさま? 何をしているの?」

「・・・何も?」


 こんな時なのに、何と綺麗な微笑だろう。
 彼の中の何かが壊れてしまったとしか思えなかった。

 ビオラは生まれて初めてレイドックに恐怖をおぼえて小さく震えた。



「いやっ、ラティエル様、こっちを向いてっ!! こわい、いやっ」


「・・・私は、ね、貴女を・・・・・・救いたかっ、た。とても、・・・好き、だから・・・」


「いやいや、何を言っているの? ねぇ、ラティエル様っ」



「例え、この先・・・何があったとしても、貴女が私の妻になった事実は、・・・変わら、ない・・・・・・・・・」







 ・・・・・・・・・ゴトン




 そんな音を立て、前のめりに倒れ込んだラティエルと。
 何が起きたのか分からなくとも、本能が報せた恐怖に怯え泣き叫ぶビオラと・・・

 崩れ落ちて床に横たわるラティエルを静かに傍観するのみのレイドック。


 ラティエルを追いかけるようにベッドから飛び出そうとしたビオラが見たものは・・・


「・・・・・・ラティエル様・・・?」


 何の外傷もなく、ただ眠っているようにしか見えない姿。
 困惑と緊張の頂点に達し、現状を把握できない。

 しかし、ラティエルは目を開けない。
 これじゃ綺麗な薄い茶色の瞳が見えない。

 横たわったまま、身動き一つしなくて・・・

 彼に触れようと手を伸ばす。

 だが、それはレイドックによって阻止された。
 ビオラを抱きとめ、彼女の頬にキスを落とす。


「にいさま・・・ラティエル様、どうしたの・・・?」

「どうしたと思う?」

「・・・・・・・・・」


 嫌なことしか思い浮かばない。
 レイドックがラティエルに何かをした。

 動かない、喋らない、笑わない。
 それが何を意味するのだろうと考えても、良い答えは見つからなかった。


「俺から見ても、とてもいい男だったよ・・・・・・だけどそういう運命だったんだろう」

「・・・・・・・・・・まさ、か・・・・・・っ・・」

「・・・彼はもう、永遠に動かない」


 何でもないことのように簡単に言ってのけるレイドック。
 それが信じられなくて、彼の腕の中から逃れようと藻掻いたが、力の差は歴然で余計に腕の中へと閉じ込められてしまった。


 そして、何かを思うより先にレイドックの顔が極限まで近づき・・・



「お前の全ては俺のものだ・・・誰にも渡さない」



 命令の、ように。

 その瞳に迷いなどなくて、レイドックの恐いくらいの強い気持ちに押し潰されそうになる。


「・・・どうして・・・・・・こんな事を・・・・っ、私、彼を愛せると思ったわ・・・っ!! 優しい人だったの、穏やかな声で笑うのがとても好きだった!!! 彼となら幸せになれるって思」


 レイドックはビオラの台詞を最後まで聞くことなく、彼女をベッドに押し倒した。
 何が起こったか理解出来ないまま激しく唇を塞がれる。
 殆ど何も身に纏っていない状態の彼女の服は、彼の手によって完全に全てを取り払われてしまう。


「にいさまっ、や・・・・にいさま、にいさまっ!!!」


 いやだ。
 いやだ。

 どうして?

 どうして触れられた場所が熱いの?

 首筋を愛撫されても、胸を愛撫されても、抵抗している癖に嫌悪感が生まれてこない。

 ラティエルにはのし掛かられただけで自分の中の何かが拒絶して、受け入れがたい気持ちが沸々と沸き上がってきたというのに・・・こんなのは間違ってる・・・・・・あってはいけない。


「本当に厭かい?」

 ニヤリと笑い、その拍子に今まで自分でさえ触れたことのない場所を指で弾かれた。

「・・・ひぁっ!?」

 衝撃が走り、悲鳴をあげる。
 同時にじわりと何かが溢れてきたような気がした。
 彼はソコに指を這わせながら、薄く笑いビオラに口づける。


「んっふ・・・ぁう・・・っ」


「本当のことを言ってごらん? 怖いなら震えて泣けばいい、あの男にされたときのように。・・・・・・胸に触れただけで震えていたじゃないか」


 そのまま指を膣に押し込まれ、浅く抜き差しをされる。
 何度も何度も、執拗なほど彼はそれを繰り返した。


 ───なんでそんな事を知ってるの?

 見ていたというのか、ラティエルとのことを・・・


「いやっ、きらい、にいさまなんてきらいよっ!」

「悪い子だ」

「・・・ぁあっ、やぁあ!」


 ただ指で中を擦られているだけなのに・・・・・・
 徐々に自分の中から何かが溢れてくるような気がして、彼の指が動くほどにそれが現実となっていく。


「厭じゃないだろう?」

「あっ、あっ」

 レイドックの長くて綺麗な指が自分の中を掻き回す・・・
 胸の頂きに舌を滑らせ、指の腹でぐりぐりと押しつけられると更に追いつめられて、全身が熱を帯びていくようだった。


「・・・あぁっ、・・・や・・・め、・・・・・・・・・ぁ・・・っ」

「可愛いね、こんなになって」

「・・・なっ、んで・・・・・・こ んな こ・・・と・・っ」


 理性が飛びそうになる。

 けれど、受け入れてはいけないと思った。
 赦してはいけない。

 レイドックは、ラティエルを・・・。


「まだ抵抗する気・・・?」


 クスリと笑って、彼はビオラに挿れている指を増やす。


「・・・んっあぁ!」


 だって、どうして?
 抵抗しないほうがおかしいでしょう?
 私たち・・・赦されないんでしょう?

 ずっと慕って、その思慕の念が男性を想う気持ちだと気付いた時には、既に手遅れなほど思い焦がれてきたけれど。
 周囲からは禁忌だと言い含められ、絶対に結ばれる事はないって・・・


 レイドックが結婚した時、今までの自分の想いは完全に散った筈だった。
 子供が授かったと聞いたとき、決別した筈だった。


 なのに・・・どうして今になって・・・っ



「俺はずっと自分の想いを閉じ込めてきた・・・・・・だが、ビオラを手放す事だけは出来ないんだよ・・・・・・君がいない世界なんて生きている意味がないじゃないか」


 当たり前のように語るその瞳が、怖いくらい本気なのだと見て取れる。


「・・・にいさま・・・」

「・・・なぜ?」

「・・・・・・?」

「・・・もう・・・・・・昔のように、俺の名を呼んでくれないのか・・・・・・? 君だけが俺を呼んでくれる唯一なのに・・・」


 レイドックは今にも泣き出しそうな微笑を浮かべる。

 確かに彼を陛下と呼んでも、レイドックと呼んだ者は彼女以外に存在しなかった。
 彼が自己を保てるのは唯一愛する存在だけが自分の名を呼ぶことで、本来の自分をほんの少しでも取り戻せるからだった。
 兄と呼ばれるのは苦しすぎる、肩書きだけで呼ばれる人生ならきっと自己の崩壊を待つだけ・・・残るのは闇雲に職務をこなす人形だ。


 ビオラは、レイドックがまるで助けを求めているかのように思えて、信じられないその様子に目を見張った。


 あれほど完璧なはずのレイドックが・・・

 他の誰でもない、実の妹に───



 それは・・・・・・はね除けるべきなのだろうか。



 だけど、閉じ込めて封印したはずの想いが堰を切って流れだして止まりそうもないのだ。

 この気持ちを抑えるには、どうしたらいいの・・・・・・









その4へつづく


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