『運命の双子』

○第3話○ 籠の中の鳥(その4)









 初めて兄と呼んだときのレイドックの酷く傷ついた顔は、今でも鮮明に憶えている。

 だけど、そうなるまで彼は何もしなかった。
 結婚も世継ぎのことだって、それは全部国のためで・・・ビオラにはそうとしか思えなかった。


 初めて兄と呼んだあの日まで、ビオラは彼の本心を知らずに過ごしてきたのだ。

 だが例え本心を知ったところで、ここまで多くのことが周りで動いている状況で、それらを壊すことなどビオラには思いも寄らないことだったし、全ては受け入れなければならない事でもあった。 



 だから、この人は兄なのだと言い聞かせるために・・・

 彼の名を呼ぶことを自ら禁じたのだ。





 なのに・・・・・・






「・・・・・・・・・・・レイ・・・・・・・・・レイドック・・・・・・」




 気が付いたら、・・・・・・口は彼の名を紡いでいて。


 いけないことと知りつつも、張り裂けそうな想いが溢れ出す。




「・・・ビオラ・・・」




 もう、この想いは一人では抱えきれない。

 それはレイドックとて同じ事だった。

 兄と呼ばれた瞬間から、自分の中の何かが壊れた。
 離れていく事を知り、半身を引きちぎられたような苦しみが広がった。

 彼女のいない世界など、何の価値もないというのに・・・


「・・・お前は俺のものだ、・・・・・・もう、どこへも行くな」

「・・・レイ、・・・ドック・・・」


「ずっと、そばに・・・昔のようにまた一つに戻ろう」



 俺達は元々一つだったのだと・・・・・・言葉と同時に彼自身が押し入ってくる。



「・・・・・・っ、・・・っっ」



 ビオラは男性と結ばれるという事がこんな風になることだったとは分かっていなかった。

 経験したことのない感覚と想像を超えてしまった今の自分たちに顔が強張り、少しずつ奥まで入り込む圧迫感が苦痛でビオラは顔を歪ませた。

 それは彼の全てが自分の中に全て収まるまで続いたけれど・・・不思議と受け入れがたい・・・というほどのものではないようにも思えた。
 何故と聞かれても、きっと言葉では言い表せないけれど。


「・・・・・・ああっ・・・・・・っ・・・んぅ・・・ふ・・・ッッ・・・・あっ・・・」


 程なくして動き始めたレイドックを見上げながら、ビオラは彼の真っ直ぐで情熱的に見つめる艶めいた表情に、これが現実に起きていることなのかよく分からなくなって、夢でも見ているのではないかと錯覚しそうになる。

 求めるように何度も口づける唇の感触も、彼が与え続ける刺激も全てが本物なのに、何もかもがあってはならないことの筈だから・・・


 だけど、レイドックは確かに言った。


『お前は俺のもの───』


 あれはビオラがずっと必要としていた言葉だった。

 一人にしないという意味を持つあの言葉を誰よりも欲して・・・

 人形を愛でるみたいな感じでも、飽きて要らなくなっても、一時だけでも一人じゃないならと、誰かに貰って欲しかった・・・・・・


 レイドックに貰ってもらえたら、それはきっと一番幸せな事だと・・・そんな風に考えた事もあった。

 その考えは直ぐに打ち消したけれど。




「ビオラ、見てごらん」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・っ?」

「ビオラが俺のものだという証拠だ」


「・・・っ!?」


 見せられたのは・・・二人が繋がっている場所。

 少し腰を動かして上下に出し入れするいやらしい光景。
 その度に見え隠れする彼のものに驚いて目を見開き、ビオラは恥ずかしさに目を閉じて顔を背けた。


「ぃやっ、・・・そんなの見せないでっ、こんな事・・・赦されないのにっ」

「まだそんな事言うの? 君はこんなにも俺を欲しがって離さないのに・・・・」

「・・・っ」

「・・・痛みもあまりないんだろう? ・・・・・・当然だよ、俺達が受け入れられるのは互いの身体だけなんだから・・・・・・」

「そん、な・・・」

「今なら分かるはずだ。俺が君以外を抱くことをどれほど嫌悪していたのか。なのに周囲は赦さず拷問のような行為を強いて・・・子が出来たと聞いてどれほど心が晴れたか君にわかる? 理屈では語れない、俺にはビオラしか愛せないだけだ」


 唇を塞がれ、彼の腰の動きが大きくなる。
 くぐもった喘ぎ声と、二人の結合部から聞こえる音だけが部屋いっぱいに広がり、何もかも彼を除いた全ての事を忘れさせようとしているかのように。

 レイドックをこれ程近くに感じることは無かった。
 全て現実なんだと、誰よりも側にいるのだと、強く強く刻み込まれていく・・・


「・・・ぁっ、・・・んっあ、あっ、・・・いッ、・・・っ」


 心では罪の意識に苛まれながらも、彼の与える強い快感が身体だけではなく、理性をも奪い取っていく。


「・・・ビオラ、ビオラ・・・ッ」


 レイドックはうわごとのようにビオラの名を繰り返した。
 初めて見るビオラの淫らな姿にこれ以上なく煽られ、きつく抱きしめてもっと一つになりたくて彼女の最奥まで何度でも突き入れた。


「・・・や、・・・あぁっ、・・・あっ、あっ」


 その可愛い声までもがかつて無いほどの高揚感をもたらし、レイドックの中を支配する。

 こうなった今となっては、何故もっと早く行動を起こさなかったのか不思議な程だった。
 これほどの快感を与えてくれるのも、幸せを与えてくれるのも、彼女以外には存在しない。


 もう・・・何もかもどうでもいい。
 答えなど最初から出ていた、ビオラだけなのだと・・・


 何度も口づけ、彼女の喘ぎを耳にしては強く突き上げる。
 ビオラは涙を零しながらレイドックの背中に回した手に力を入れ、時折爪を立てた。
 その全てが快感にしかならない。


「・・・はっ、あぁ・・・っ、レイドックッ・・・ッ・・・、あっ、あぁ、あっ、あっあああっ・・・」

「ビオラ、愛してる、愛してる・・・ッ。・・・っ、全部俺に・・・、ビオラ・・・ビオラ・・・っ・・・・・・ッ」


 愛しくて恋しくて・・・
 苦しいほど彼女しかいなくて、

 暗い闇の中を彷徨い続ける中で、たった一つの輝く星のような存在だけがこの腕にあればと・・・。



「あぁ・・・っ、レイドック・・・・・・ッ!!!!」



 ビオラは一層彼をきつく締め付け、身体を思いきりしならせる。
 レイドックは断続的な強い締め付けに身体中を奮わせながら、自分の証を刻み込むかのように彼女の中を深く突き刺し、弾ける快感と共に己の欲望を全て注ぎ込んだ。




「・・・・・・・・・・・・あ・・・ぁ・・・ッ・・・は・・・・・・・・・は・・・ッ・・・・・・」


 レイドックはビクビクと痙攣し続けるビオラを抱きしめ、初めての絶頂を味わったばかりで呆然としている彼女の頬にキスを落とす。


 愛しい・・・
 このまま何度でも、死ぬまででも、狂ったように抱き続けることが出来るに違いない・・・




「・・・・・・・・・・ビオラ」

 彼の呼びかけに未だ息が整わないまま見上げたビオラは、僅かに首を傾げて反応を示す。
 それがたまらなく可愛くて・・・


「こんな俺を憎いと思うか?」

 これだけの行為をした後にしては、あまりに陳腐な質問で我ながら苦笑せざるをえない。
 だが、彼女に罵声を浴びせられようとも、もう二度と引き下がる気はなかった。


「・・・・・・レイドック・・・」

「それでも、手放せないんだ・・・」


 選択権は与えてやれない。
 全て自分の欲求を満たすための行動だった。

 だから・・・


「・・・・俺を止められるのは君だけだ。生かすのも、殺すのも・・・・憎ければ殺して・・・ビオラなら構わない」


「・・・・・・・っ、・・・ひどいわ・・・っ、そんなこと、出来るわけないのに・・・」


「───っ」




「・・・・・・レイドックだけは、・・・例え何をしたって好きでいるにきまってる・・・」



 泣きそうな顔で・・・・・・消え入りそうな、か細く弱々しい声で・・・。



 好きだと言ってはいけないと禁じたのは彼自身。
 それ故にビオラの中では言いつけを守らなかったという意識と、ラティエルへの罪の意識が二重に働き彼女を苦しめる。

 レイドックはビオラの頬に手を置き、額に唇を押しつけた。


「俺を憎まないのか?」

「・・・・・・そんなの・・・無理だもの」


 ビオラは瞳を揺らしてレイドックを真っ直ぐに見つめる。


「・・・罪深いって分かってても・・・・・・止まらないの。どうしても、好きなの・・・・・・レイドックを、・・・憎めない・・・・・・誰よりも、大事なの」



 ───全身に鳥肌が立つほどゾクゾクとした。


 きっと、これが満たされるというものなのだ。
 初めて心の中に穏やかな小川が流れたような気がして、今死ぬのなら本望だとさえ思えた。



 これからどうなる、なんて、そんなものどうでもいい。

 もとよりそれすら考えず、気が付いたらここに向かっていたのだ。

 初めて後先考えない行動をとったのだ。
 しかも、決して後戻りはできない事を・・・




 ラティエルは・・・ビオラを奪い返そうとする嫉妬心からレイドックに殺されたようなものだった。
 彼は殺されると分かっていて、それでもビオラを守るために立ちはだかったのだろう。


 これは彼自身の消せない罪となるだろう。
 ビオラにも・・・少なからず影を落とすに違いない。


 ・・・それに、暫くは多くの憶測が飛び交い疑惑が渦巻き、王宮に戻ったとしても周囲を嗅ぎまわるように前以上に厳しい監視が付きまとう筈だ。


 ならば例え、この先待ち受けているのが棘の道だとしても・・・



「もう、充分だ。ビオラだけを愛したい・・・・・・二人でどこかひっそりと暮らそう」



 夢物語・・・、だろうか───

 幼い時も同じような事を夢見た。

 たった一つの望みでさえ、叶わないだろうか。



「私、と・・・ふたりで?」

「ああ」

「ほんとう?」

「もう二度とうそは言わないよ」

「レイドック」


 涙で濡れた顔を更に涙でいっぱいにし、ビオラは抱きついてくる。


 あぁ、ずっとこのままで。



 汚い部分も、
 暗い部分も、
 醜い部分も、

 全部全部俺が引き受けるから。


 ただ、そこにいてくれるだけでいい。




「だから、・・・そばにいて」




 生まれて初めて味わった心からの幸せが永遠に続けばいい。





 例え薄氷の上に成り立つ幸福だと気づいていても、

 どうしても、守り通したかった───







『運命の双子』 了  2005.10.16
『手の中の幸せ』第1話へつづく


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