『ワガママで困らせて。』

○第3話○ 回想・10 years ago【後編】










 ───オレ達はその日を境に急激に仲良くなった。


 毎日のように、オレは流花の家に遊びに行った。
 誰にもヒミツのタカラモノを見つけたみたいな気分だったのかもしれない。

 だから、流花の家に行く時には、亮もナッちんも他の友達も、絶対に連れて行かなかったんだ。




 だけど今思えば、それが原因で・・・あんなコトが起こっちゃったんだと思う。




「テツ、最近つきあいわるいよな」

「ひとりで高台の家に行ってるみたいだよ、このまえ見た!!!」

「なにーーっ、ずりぃ、おれも行きたいっ」

「きっと高級すいーつを毎日食べて、あの女の子とイチャイチャしてるんだ」

「それはますますゆるしがたいっ!」


 亮とナッちんがそんなコトを話してるなんて全く知らないオレは、その日も流花の家に入り浸り、ピンポーンとチャイムが鳴ったことも気づかなかったくらい、流花といるのに夢中だったんだ。





「・・・シンデレラはかぼちゃの馬車に乗って・・・、王子様がいるお城へと向かいました・・・」


 オレ達は二人でベッドにうつ伏せになりながら、流花が絵本を読んでくれるのをぴったりくっついて聞いていた。
 ・・・やっぱりイイニオイがする・・・と、ぺろぺろと流花を舐めたい衝動をおさえつつ。

 だってヘンタイって言われたくないから、最初みたいなコトはもう出来なかった。



 コン、コン、


「はぁい〜」

「流花、お友達が遊びに来てるわよ」

「おともだち・・・?」


 部屋がノックされておばさんが入ってくると、後ろから亮とナッちんがピースしながら入ってきた。
 オレは飛び上がるくらいびっくりして、どうして二人が此処へ来たのかサッパリわからず戸惑うばかりで。

 おばさんが部屋からいなくなると、二人はオレにヘッドロックやらコブラツイストやらを、オリャオリャ言いながら仕掛けてきた。


「わぁああ、やめろってやめろって、なんだよぉ」

「テツ、ぬけがけズルイぞ!」

「そうだぞ、チョーずりぃ」

「〜〜、やめろぉおお〜〜ッ!!」


 そしてひとしきり技をかけてオレがぐったりしたのを見て満足したのか、今度は呆然とする流花に二人は近づいていって。


「おれ、亮」

「あっ、ズルイぞ、先に言ったな。・・・あっ、ぼくは夏樹(なつき)、ナッちんって呼ばれてるんだよ」

「・・・・・・私・・・流花・・・。あなたたち、テッちゃんのおともだち?」


「「テッちゃん?」」


 二人はオレがそんな風に呼ばれているのを知って、目をまん丸にしてハモった。

 しかもどうやらそれを『うらやましい!』と思ったらしく、自分達もそんな風に呼んでくれと言わんばかりにおねだりを始めたのだ。
 コイツら・・・特にナッちんはそういうのマジうまいというか。
 小1にして、既に近所でも評判の女たらしだった。


「・・・じゃぁ、・・・リョウくん、夏樹クン・・・」

「あ、何かしんせんッ! 流花ちゃんが言うと、胸がときめく」

「ハイッハイッ、おれもおれも、チョーときめいた!!」

「それに・・・流花ちゃん、やっぱイーニオイがする・・・」

「やっぱ・・・って?」

「前に町ですれ違ったことあるんだ〜、ぼくたちの運命のであい♪」

「ナッちん、ずりぃ、おれもかぐっ!」

「えっ、えっ、なんなの〜??」


 二人はくんくんと流花のニオイを嗅ぎまくって、それはもうヘンタイに囲まれるお姫さまの図だった。

 オレは二人を無理矢理流花からひっぺがして、鉄壁のガードで固める。
 だって居場所を急激に奪われたような気になって、凄くいやだったんだよ。


「テツ、ずりぃぞ。そこどけー! アチョー!!」

「コブラツイストすぺしゃるッ!!!」

「うぎゃーーッ」



 ・・・・・・っ、ごほっ、



「オリャオリャオリャオリャ」

「やーめーろぉ〜」

「こちょこちょこちょこちょ」

「わははははははは」



 ・・・・・・げほっ、げほげほ、



 オレ達はすっかり夢中になってしまって、流花の異変に気づかなかった。



 何か変だぞ、って思った時には流花は床にうずくまっていて。
 激しく咳き込んでいる様子が、普通じゃないってのは見ていて分かった。


 でもソレがどんなコトなのかってのは、オレ達にはゼンゼンわからなくて・・・




「げほげほ、・・・げほげほげほッ」


 流花は喉をヒューヒュー鳴らして、


「・・・ごほっ、ごほっ、・・・・・・テッちゃん、くるしい・・・・・・っ」


 オレに助けを求めたんだ。


「流花ッ、流花っ、どうしたの、流花流花」


 ごほごほと咳き込み続ける流花がどうなっちゃうのか怖くて、オレは流花をぎゅっと抱きしめた。



「なぁ、ナッちん、亮! おばさん呼んできて! 早くたのむッ!!」

「お、おう、わかった!!」

「そっこー呼んでくる!!」


 ばたばたとダッシュで走って二人はおばさんを呼びに行く。


 オレは流花をぎゅうぎゅう抱きしめながら、止まれ止まれ、と心の中で強く念じた。
 何だかわからないけど、苦しそうなのが見てられなかった。


「テッちゃ・・・、ごほっ、ごほっ」

「流花、だいじょーぶだぞ、オレがいるからな、ぎゅってしててやるからなっ、しんぱいないぞ!!」

「ごほごほごほっ、・・・テッちゃん、テッちゃん・・・ッ、くすり・・・とって」

「えっ、くすり? どこ? どこにあるの?」

「・・・・・・ごほっごほごほごほっ、・・・ッはぁ、はっ、・・・そこ、・・・上の引き出し・・・ッ」

「わかった!!」


 その時・・・血相変えたおばさんが走ってきて。
 オレが開けようとした引き出しからおばさんは何かを取り出し、流花の口にそれを咥えさせた。


 流花の様子はそれから少しして落ち着いたんだけど、ひどく疲れ切った感じで、オレ達は一体何が起こったのかと心配で心配で堪らなかった。



 その日は結局、直ぐに全員家に帰されて。



 夜になって、流花のおばさんがうちにやってきて、色々と流花のコトを教えてくれた。
 流花は喘息っていう病気を持っていて、激しい運動は出来ないってコト、ホコリとかも弱いんだってコト、他にもいろいろ。
 大きくなるうちに少しずつ良くなるだろうって医者は言うけど、まだ今はだめなんだって。


 それで・・・あの時はオレ達が部屋で暴れたから、だからホコリがいっぱい舞い上がって流花が発作っていうのを起こしたんだって事を、オレはやっと理解した。



「・・・ごめんなさいね。おばさん、テッちゃんに言っておけば良かった。流花が毎日あんなに楽しそうだから、あんなに元気な流花は初めてだったから、テッちゃん男の子なのに流花とお部屋で静かに遊んでくれるから、すっかり嬉しくなって油断しちゃったの。・・・流花ね、テッちゃんが大好きなのよ、・・・だからテッちゃんが良ければいつだって毎日だって遊びに来てね。流花もおばさんも待ってるから」


「・・・ホント? おばさん、流花・・・もう平気?」

「今はもう平気よ」

「よかった。・・・じゃあ、今から行っちゃだめ? 流花とちょっとだけしゃべったら、オレすぐ帰るから」


 オレが必死なのを見て、横で話を一緒に聞いていたオレの母親が嗜める。


「だめよテツ、今日は遅いから明日にしなさい。周防さんにこれ以上ご迷惑おかけしちゃいけないわ」

「いやだっ、流花に会うッ! ちょっとでいいから、おばさん、ね、おばさん」

「テッちゃん・・・・・・。・・・安西さん、あの、少しだけテッちゃんお借りしてもいいですか? ちゃんと送り届けますので・・・」

「周防さん・・・でも」

「だってテッちゃん、・・・安心できないのよね? 流花が元気なところ見ないと、安心して眠れないんでしょう?」

「うんっ、うんっ」

「テツ・・・、全くこの子は・・・・・・・、じゃあ・・・私も行くわ。何だかすみません・・・この子、言い出したらきかなくって・・・」

「いいえ、そんな事無いんですよ、テッちゃんがいると、うちも賑やかでとても明るくなるんです」


 流花のおばさんとオレの母親はすぐに打ち解けて仲良くなったみたいだった。
 この日からお互いが家を行き来して、それがきっかけで流花の家は近所のみんなと打ち解けたんだと随分後になっておばさんが言ってた。


 とにもかくにも、オレはその日の夜、もう一度流花に会いに行ったんだ。




「流花ッ!!!」


 流花の部屋のドアを開けるなり、オレは流花に飛びついた。
 ふわっと流花のイイニオイが香って、オレを少し安心させる。


「テッちゃん? どうしてここにいるの?」

「だって、だってっ!!」

「ふぅん?」


 流花は不思議そうに首を傾げたが、抱きつくオレの頭をヨシヨシと撫でて。



「ママ、テッちゃん今日うちに泊まるんだって」



 それにはおばさんも、オレの母親もビックリした。
 けど流花だけは平然としてて。


「だいじょぶよ、テッちゃんのメンドーは私がちゃんと見るから。テッちゃんも今日はうちの子になるでしょ?」

「うっ、うん!!」

「ほらね。・・・あっ、でも・・・テッちゃん、お着替えないから私のでいーよね。だから今日は妹ね、女の子みたいに可愛くしてあげる」

「・・・えっ」

「今日のテッちゃんは、テツコだから、わかった?」

「えぇ〜〜」

「文句ゆーなら、一緒に寝てあげないんだから」

「やだ〜っ、流花と一緒に寝るーーッ!!」

「じゃあ、テツコよ」

「うぅ〜・・・・・・」


 このやりとりが相当おかしかったらしい。
 流花のおばさんもオレの母親も大笑いして、何だかんだで結局頷いてくれた。


 そして、まだちょっと不服気味なオレの耳元でおばさんがコショコショとナイショ話みたいに耳打ちした言葉に、オレの気持ちは天まで昇ったのだ。





「あのね、テッちゃんだけよ、流花がこんな風に言うの。きっと甘えてるのね、私たちにもこんな風に言ったりしないのよ。・・・テッちゃんは流花のトクベツなのね、ワガママ言って甘えちゃうくらいトクベツなのね。ホントはね、テッちゃんと一緒に寝たいのは流花の方なのよ」





 この時のおばさんの言葉が、その後のオレと流花の関係を決定づけたと言ってもいいだろう。







 その夜、オレは流花の妹のテツコという架空の存在になりきって、フリフリのパジャマを着て流花と一緒のベッドで眠った。
 呼び方も『テッちゃん』のままだったし、テツコは思ったよりイヤじゃなかった。



 夜中に1回だけ流花に起こされて、『テッちゃん、ぎゅってして』と言われ、流花の望むままに抱きしめて・・・


『なんか・・・テッちゃんにぎゅってされると、ラクになる気がする・・・』


 そう言って流花は安心したように眠った。
 オレはそれを聞いて嬉しくて嬉しくて、流花を抱きしめながらぐーぐー寝た。










 流花の言うことなら、オレは何だって聞いてやる。



 だって、オレだけなんだから。



 流花がそうやってワガママ言って困らせるのは、オレだけなんだから。





 この場所は、絶対に誰にもあげない。



 流花は、オレだけの流花なんだからな。











 ───そして10年経った今。

 流花は前よりずっと丈夫になって、時々咳き込むくらいで発作も滅多な事じゃ起こらなくなった。


 だけど、オレ達は相変わらずだ。


 流花は小さなワガママを言い、オレはそれを聞く。



「テッちゃん、もうちょっと髪のばして」

「なんで?」

「テッちゃんの髪質がね、何となくゴールデンレトリバーっぽいなーって、さっきテレビにでてたワンちゃん見てて思ったの。私、犬の中でゴールデンが一番好きかもしれない」


「・・・・・・努力する」




 それはきっと、これからもずっと。








第4話へつづく

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