『ワガママで困らせて。』

○最終話○ それぞれの想い【前編】










 図書室に乗り込み、颯爽と流花を強奪した翌日のこと。

 オレはそれらの出来事を振り返ることなく、幸せ気分に浸ったまま、流花といつも通り同じ学校へと登校しようとしていた。





「「流花ちゃ〜ん」」


 校門の前で亮とナッちんが手を振りながら流花を呼ぶ。
 何でふたりが・・・と思いながら、オレは眉をひそめた。


「はい、かばん。・・・あ、筆記用具とかノートとか、教科書類は中に入れておいたよ」

「ウン、ありがとう夏樹クン」

「おれの家で一晩大事に預かったからッ!!」

「ウン、リョウくんもありがとう」


 ふたりは流花にお礼を言われ、頬を赤らめて嬉しそうに笑っている。
 オレはそのやりとりを見て、流花が今日殆ど何も持ってなかった理由を漸く理解したのだった。


 そ、そうか・・・昨日、あのまま何も持たずに帰ったのか。
 そうだよな、突然だったもんな。


 ・・・あれ?
 だとしても・・・何か・・・変じゃないか?

 ・・・何でふたりが流花の荷物を持ってんだ?
 あの場にいなかったよな?


 そう言えば・・・、家に帰るまでオレってどうしたんだっけ・・・?
 ところどころ記憶が抜け落ちてるような・・・?


 気のせいかな・・・



 だけど、それらの疑問はこれっぽっちも気のせいなどではなくて。
 むしろ抜け落ちた部分さえ思い出せれば、これらのやりとりも理解出来たはずだった。


 そして流花を教室まで送る間、亮とナッちんが後ろから不敵な笑みをオレに送り続けているとは気づきもせず・・・

 オレはこの後に起こる悲劇を、全くもって知る由も無かったのだ・・・・・・









「何だよ、学校来たばっかでこんな所に連れ込んでッ!」


 一体何故かはサッパリわからないが、オレは亮とナッちんに立ち入り禁止の屋上へと連れ込まれていた。
 もうすぐHRが始まるってのに何なんだと、二人に対して文句を言っているのだ。

 だが、ナッちんはいつもの優し気な顔立ちからは想像出来ないほど悪人めいた笑みを讃え・・・オレに一歩二歩と近づいてくる。



「ナンダじゃないよ、安西哲クン。キミは重大な罪を犯したのだよ」

「はぁ?」

「キミは僕たちを傷心の海へと叩き落とし、涙で前が見えない状態に陥れた罪深き狩人」

「はぁああ?」


 何をバカみたいな事言ってんだと思い、オレはつき合ってられなくて屋上から出て行こうとした。

 だけど・・・それは亮に阻まれて。


「何だよ亮、どけよ。もうはじまるぞ」

「おれ、まだ信じないぞっ、ウソだよな? ウソだと言ってくれ、テツーーーーッ!!!」


 ガバッと亮はオレに抱きつき、その勢いの凄さによろけると、背中にナッちんが・・・。

 なに? サンドイッチ? 何したいの、二人とも?



「哲クン、自白したまえ。キミが流花ちゃんにしたこと全てを、白日の下に晒したまえ」

「えっ? どういう・・・」

「テツーっ、昨日のはウソだよな? 流花ちゃんとそんな・・・ッ、テツが流花ちゃんにそんな事するなんて、ないよなっ、なっ、答えてくれよぉ、テツーーーーッッ!!」

「・・・えぇ? なんだよ、なんのことだよ」


 オレは若干頭の中が混乱して、昨日のことをめいっぱい考えた。

 だけど何故か追いつめられてる状況に焦って、それはうまくいかなくて。



「・・・やれやれ。まだ理解してないようですな。・・・亮、仕方ないからアレをやりたまえ」

「って・・・ナニを・・・」


 ナッちんがパッチンと指を鳴らして亮に指示を与えると、涙を浮かべた亮は小さく頷いた。


 ・・・一体何が始まるんだ?
 何故かちょっとコワイんだけど・・・



 すると、亮は息を大きく吸って・・・・・・



「・・・抱きしめるのもキスもオレじゃだめなのかよッ」

「ッ!?」


「ソイツの方がいいの? オレじゃなくて、ソイツがいいの?」

「ッッ!!??」


「オレじゃ、エッチしても満足できないからッ!?」

「ッッッッッ!!!!!」


「全部演技だったの!? イッたフリしてたの!? 気持ちいいのオレだけで、流花は・・・もごもご」

「ワーワーワーワーワーッッ!!!!!!!!」


 オレはとんでもない事を言い出す亮の口を慌てて押さえて。

 真っ赤になりながら『なんだ、どうして亮がそれを知ってるんだ?』と混乱する頭を何度も捻った。



「・・・・・・ゆるせませんなぁ」



 ナッちんはオレの思考を遮断するかのように盛大な溜め息を吐いて、『ふふふふふふふ』と不気味な笑い声を上げた。


「こ、これは・・・ッ、あのその・・・ッ」

「テツーッ、認めるのか? これってそういうことなのか? どうなんだよーーーッ」

「いや、えーと、だからその」

「亮、これだけの証拠が揃って、まだそんな甘いことを。哲クン、キミも・・・もはや言い逃れなどできるわけないのだよ。・・・いいかげん、覚悟しいやーーッ!!」

「ぎゃーーーーーーッ!!!」

「流花ちゃんのオトウトのフリなんかしてッ、そんなテツなんかこうしてやるーーッ」

「し、してな・・・、ぎゃはははははははッッ!!!!」

「これぞ『コブラツイストすぺしゃる』の進化形、『ヴァイパーぱらだいす☆(訳:毒蛇の楽園)』じゃあぁああーッ!!」

「ぎゃーーーーーーーーッッ、どこが違うか分からねェエエエエ!!!」

「テツのばかやろーーッ、こうしてやる、こんなにしてやるーーっ」

「ぎゃっはっはっはっはっはっ!!!!」


 オレ等はコンクリの上にもんどり打って倒れ込みながらゴロゴロ転がって、もう誰の足なのか腕なのか身体なのかわからないくらいメチャクチャに団子状に絡まって、それはもう大変な大騒ぎをしながらひたすら不毛な攻防戦を繰り広げたのだった。










 ───それから暫くして・・・



「うわぁああんっ、これくらいで許してやらぁッ、テツのエロエロキングーーーッッ!!」


 という捨て台詞を残した亮が泣きながら走り去った所で、これらの攻防戦は一応の終結を見せたのだった。


 そして、辛うじて生還を果たしたオレはゴロンとコンクリに転がり、ゼハゼハ言って大の字になりながら空を見上げていた。





 ・・・・・・何だか、とんでもない辱めを受けた気分だ・・・








「あ〜、つかれた〜ッ」


 直ぐ横にナッちんもくたびれたように寝っ転がって、大きく息を吐き出す。
 オレは整わない息のまま、まだちょっとだけ警戒しつつ、意識だけ隣に傾けた。




「あーあ、なんでテツなんだろ」

「・・・・・・」

「僕の方が先に流花ちゃん見つけたのになぁ」

「・・・え?」


 ナッちんは不服そうに溜め息を吐き、顔だけこっちに向いてちょっとだけ笑う。
 言ってる意味がよく分からなくて、オレもナッちんに顔だけ向けて『どういうこと?』と目で問いかけた。


「流花ちゃんが引っ越してきて、町で偶然すれ違ったのは僕の方だった。・・・すれ違った時、イイニオイがしたって騒いでたの知ってるでしょ?」

「・・・・・・あ、・・・あぁ・・・。亮が言ってたかな・・・」


「運命、感じたんだけどなぁ・・・」


 あーあ、って。
 もう一度残念そうにつぶやいて、ナッちんは手のひらを空にかざす。



「僕は亮とは違って昔から女の子と一緒にいるの大好きだったし・・・思ってることとかも、割とビンカンに分かっちゃうんだよ・・・・・・、だから、流花ちゃんの気持ちなんて、ホントはずっと前から気づいてたけどね」

「えぇッ!?」


「だけどテツ自身はずっと変わらなくて。僕から見れば最初から流花ちゃんだけなのに、笑っちゃうくらい自分の気持ちにも鈍感だから。・・・挙げ句の果てに強引に告られたくらいで早苗とつき合っちゃうし、これなら僕でもイケるかな〜って思ったりもしたんだけど・・・」

「・・・・・・ナッちん・・・」


「・・・・・・・・・まぁ・・・・・・早苗と二人でソコの踊り場の所でテツと流花ちゃん見た時には、どうにもならないってのは分かっちゃったんだけどね」

「・・・・・・・・・」




「・・・・・・くやしいなぁ・・・」



 ナッちんはそのまま唇を噛み締めて、両手で自分の顔を隠した。




「・・・・・・・・・・・・」




 ・・・・・・・・・たぶん、


 ナッちんも亮も・・・自分達なりにすごい本気で。


 本気でずっと、流花のコトが大好きだったんだと・・・・・・オレは今、初めて分かったような気がした。




「・・・ごめん」


「・・・・・・・謝る必要なんて無いよ・・・・・・、あんまり不甲斐ないなら、僕が流花ちゃんもらうから」


「・・・・・・・・・うん」



「・・・・・・・・・、・・・・・・ぜったい泣かせないでよ」



「・・・・・・・・・・・・うん」




 オレ達はそのまま午前中ずっと屋上で大の字に寝転がりながら過ごして、時々昔話もしたりして・・・


 だけど、たまに泣きそうな顔を見せるナッちんを目にして苦しかった。

 最後には無理矢理笑ってたナッちんに、『ごめん』って、心の中で謝ってばかりだった。





 流花だけは、『ごめん』って謝っても、譲れないのは分かってるのに・・・


 それでも、オレにはそれしか思い浮かばなかった。










後編へつづく

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