「ねえ、美和子」
「……なぁに?」
母親に呼びかけられたものの、娘は気のない生返事をしている。
美和子たちが逮捕し尋問していた被疑者が、昨日になって全面的に自供して、事件は一挙に解決した。
昨日までは非番返上、夜遅くまで庁舎に残っていたのだが、今日は軽く打ち上げをしてすぐに帰宅していた。
夜の8時前に帰宅するなんて何日ぶりのことだろうか。
美和子はそんなことを考えながら、ふと時計を見上げた。
同居している母親とひさしぶりに夕食を共にし、片付けも終わってお茶を飲んでいるところである。
見るともなしに、ぼけーっとテレビを眺めている娘に、母親は口を尖らせている。
「あなた、いい人いるんでしょ?」
「……」
「美和子」
「さあ……」
「さあ、って何よ。心配してるんだから、ちゃんと答えなさいよ」
美和子はテレビから視線を外し、小さくため息をついた。
母親は重ねて尋ねる。
「どうなのよ」
「まあ……、いるっていうか……」
もう高木との関係は半ば職場公認になっているし、身体の関係もある。
胸を張って「恋人はいる」と言えばいいのだが、何となく照れくさくて、正面切ってそうは言えない。
その辺は母親も薄々感づいてはいるのである。
娘の様子は以前と明らかに違っている。
今まではとんとなかった休日の「お出かけ」が増えているのだ。
本人ははっきりと言わないが、デートしているのだろうと踏んでいた。
娘の性格から考えて、あまり口を突っ込むと逆効果な可能性もあるから、出来るだけ放置してきたのだが、もう年齢も年齢である。
28歳。
もう三十路が見えているのだ。
ずぼらな美和子に彼氏が出来たこと自体、母親にとっては驚きだったが、それだけにその縁を大事にして欲しかった。
実は美和子は、職場でもモテモテであることなど母親は知らない。
だからこそ親として美和子の行く末が心配なのだ。
今の世の中、結婚は20代でなければみっともない、などということはない。
しかし子供を作るのなら、出来るだけ若い時の方がいい。
体力が違うからだ。
何度もそう言って聞かせている。
今回も言ってみた。
「いるならさ、紹介してよ」
「……」
「お母さん、早く美和子の子供が見たいわ。孫、欲しいもの」
「……うん」
「結婚してさ、危ない仕事はもう辞めて、家に入ってよ」
以前の事件で、美和子が犯人の銃撃を受け、生死の境をさまよった時のことが頭から離れない。
女だてらに刑事などしているからそうなるのだ。
父親と違って、幸い最悪の事態は避けられたものの、それでも三発も受けた銃創は娘の肌に残っているのである。
「ねえ、今度うちに連れてきてよ、彼氏」
「……そのうちね」
美和子はそう言うとのっそり立ち上がり、そのまま自分の部屋に帰っていった。
襖を閉めると、ホッと息をついた。
母親の心配は痛いほどわかるのだが、今はまだ結婚する気にはなれなかった。
といって、現時点で高木以外の相手というのも考えられない。
するなら彼だろうとは思う。
しかし、急いで結婚するつもりもなかった。
仕事は面白かったし、高木と結婚して家庭生活に入る、ということが想像つかないのだ。
こう言っては何だが、まだまだ高木は男性としては頼りない。
自分が年上ということもあるが、完全にすべてを任せきれるというような安心感はないのだ。
美和子は、自分の踏ん切りがつかないことを高木のせいにしているのはわかっている。
一緒になればなったで、けっこうなんとかなるものなのかも知れない。
高木も、結婚後も美和子が刑事を続けることを許してくれるようなことは言っていた。
ならばあとは彼女の決断のみである。
「……でも、その前に高木くんがちゃんと言ってくれなきゃね」
高木のプロポーズがあってからでも遅くはない。
美和子はそう考えをまとめると、ごろりとベッドに寝転んだ。
「……」
何も意識していないのに、勝手に手が胸に伸びる。
いけない、と思う間もなく、片手が股間まで進んで行く。
「ん……」
服の上から胸を軽く揉み、その心地よさにうっとりしかけた気持ちを強制的に引き戻した。
股間と胸に伸びた手を顔の前に持っていき、指をピンと伸ばしてみる。
最近、ややもするとすぐに自慰したくなってきてしまっている。
やるとなれば家でするしかないのだが、母親がいる。
いくら別室にいるとはいえ、母親がいるのに、そんなみっともないことはできない。
知らず知らずのうちに声が出てしまうかも知れない。
ならば高木と会って抱いてもらえばいいわけだが、互いに忙しいこともあってデートの機会も少ない。
会うたびにセックスというのも気恥ずかしい気がして、美和子は毎回抱かれているわけでもなかった。
我ながら見栄っ張りだなと思うのだが、やはり女の側から「抱いて欲しい」とは言いにくかった。
高木はどうなのだろうか。
男だから女の自分よりは性欲は強いはずだ。
でも、デートのたびに美和子をホテルへ誘うことはなかった。
これは美和子と同じで、やっぱり相手を気にしているのだろう。
あまりに抱きたがっても、まるで身体目当てでデートしている、そのために美和子とつき合っていると思われても困る。
そんなところだろう。
取り越し苦労なのだが、つき合いたての男女間では珍しくない話である。
それにしても、ふたりともいい歳なのだから、そんなことを気にすることもないのだが、性格なのか、どうしても割り切ることが出来ない。
普段はさっぱりした性格の彼女なのだが、プライベートになると途端にこれである。
今までは、そんな自分自身や高木との関係を苦笑していたのだが、最近はそれでは済まなくなってきている。
「欲しい」のだ。
抱かれたい、セックスされたいという思いが強くて困る。
それが深刻な悩みとなって、レスリーのもとへ訪れて治療を受けていたのだが、それも最近はさっぱりだ。
彼の治療は良く効いて、通院するとしばらくはそうした淫らな欲望は抑えられていた。
だが先日の一件により、レスリーの治療とは「美和子を犯すこと」だったということがわかった。
確かに、抱かれれば収まるのだろうが、そんなことをされるくらいなら最初から通院などしていない。
そうしないで収まるために病院へ行っていたのだ。
なのに、信頼していた医師は治療と称して美和子の肉体を貪っていたのだった。
症状は治まっていたのだから治療と言えないこともないが、美和子はそれを承諾していなかったのだ。
薬と催眠術で意識を朦朧とさせてから関係した。
これでは強姦と同じである。
そして先日、あろうことか高木のいる部屋で犯されてしまった。
高木を酔わせ、美和子を娼婦と騙して犯させることまでしている。
挙げ句、終わって高木が寝入ってから、その部屋でレスリーは美和子を散々犯し抜いたのだった。
この世のものとも思えぬ絶頂を何度も味わわされたが、これによって美和子はレスリーとの縁を切るつもりだった。
訴えたり逮捕したりはしないまでも、もうあそこには通えない。
レスリーから渡されていた服用薬だけは飲み続けていたものの、薬が終わってももらいに行ったりはしなかった。
そのためだろうか。
美和子は以前にも増して、激しい肉欲に苛まされることとなった。
高木に抱かれても一時的に解消するだけだったし、そもそも彼のセックスでは少し物足りなかった。
抱かれない期間が一週間もあると、もうオナニーしたくてたまらなくなってくる。
しかし、しても長持ちはしない。
同じような疼きに延々と悩まされた。
薬だけでももらおうかと思うのだが、もうあの男の顔は見たくもない。
結局、隠れて自慰をして、滾った性欲の上澄みだけ取って暮らすしかなかったのだった。
もやもやした嫌な気分を振り払おうと、ごろりと寝返りを打った。
それでも、手は自然に胸を触れ、指を立てていく。
(だめ……、こんなの……)
どうしてこうなってしまったのか。
以前は、周囲の女友達が言うほどにセックスに関心はなかったのに。
何もかも、あのパレット事件がきっかけだった。
「……!」
美和子はガバッと起き上がった。
そう言えば蘭はどうなのだろう。
同じ被害者である蘭は、美和子以上に悲惨な性的拷問を受け、凌辱されてきた。
だからこそ美和子は蘭を伴ってあの医者へ行ったのである。
しかしあの優しそうな笑みを浮かべた医師は、善人の皮を被った卑劣な男だった。
どんな理由があるにせよ、相手の意思確認をせずに女を犯していたのは事実なのだ。
治療だという言い訳は通用すまい。
仮にそのせいで一時的に症状が治まったとしても、本来の目的とは違う。
いわば副作用のようなもので、これを正規の医療行為と抗弁することは不可能だ。
彼はその立場を利用して、いいように女性を弄んでいたに過ぎない。
そして、美和子にこんなことをしでかしたのであれば、一緒に行った蘭はどうなのだろう。
美和子が思うに、自分よりも蘭の方がずっと愛らしく、魅力的だと思う。
美和子に手を出すような男なら、蘭を放って置くはずがないのだ。
「まさか、あの男……」
蘭にまで手を出しているのではないだろうか。
美和子と同じように催眠術で抵抗を奪っておいてレイプし、終わればすべてを忘れさせる。
その上、事が終われば熾火のような性欲は収まっているのである。
蘭自身、治療を受けるようになってからだいぶ症状は改善されていると言っていた。
ということは、知らず知らずのうちに美和子と同じような目に遭っている可能性は高かった。
慌てて携帯を取り出し、蘭の携帯に電話してみる。
「……」
出なかった。
というより電源が切られているか圏外になっているようだ。
今の日本で圏外になるような場所は限られているから、都内にいるのであれば電源を切っていると見るべきだろう。
心の片隅に湧き起こった暗雲は一気に広がっていく。
美和子はすぐさま部屋着から着替えると、驚く母親を尻目にマンションを出て行った。
────────────────
蘭と医師は診療室ではなく地下室にいた。
レスリーの医院は地上二階地下一階であり、一階部は診療所に当てられている。
二階は彼の住居部で、地下は小さなスポーツジムとなっていた。
サウナや大きな浴室も併設されており、レスリーひとりが使うだけでなく、プライベートで友人に貸すこともあった。
そのジムこそ、彼の趣味部屋だった。
ランニングマシンやエアロバイク、パワーラックやストライプといった設備は部屋の隅に片付けられ、マットも壁際で丸まっている。
蘭はその部屋の真ん中に設置された分娩台に寝かされていた。
心療内科であるレスリーの診療所にはあるはずもないものだ。
言うまでもなく、こうやって女を嬲るために使っているのだ。
蘭は無惨なまでに両脚を拡げられ、腿とふくらはぎはステップに固定されてベルトで縛られている。
両腕は左右に引き延ばされ、綺麗な腋窩まで男の目に晒している。
寝台は緩く「く」の字に曲げられ、腰を基点に上半身と足が持ち上がっていた。
そんな恥ずかしい格好にされていながら、蘭はぼんやりと虚空を見つめている。
術と薬が効いているのだ。
部屋を片付け、蘭を分娩台に固定すると、レスリーは小さく息をついた。
今日も上から下まで真っ白である。
白衣の下のホワイトシャツには、白いネクタイがぶら下がっている。
白のスラックスに白いシューズ、そこから覗くソックスまで白だ。
拡げた蘭の股間の前に立ちながら、白い男は美しい獲物をじっと見つめていた。
少女は既に全裸であった。
術に掛けた蘭に指示して、自分で脱がせたのである。
蘭の意志ではなかった証拠に、制服や下着が脱ぎ捨てられている。
いつもはきちんと服を畳む蘭には考えられないことだ。
いつもながら、蘭の肌は美しかった。
真っ白というわけではないものの、薄い象牙色をした若々しい肌だった。
白さだけなら美和子の方が白いだろうが、蘭の皮膚は透き通るような色の薄さを持っていた。
ふっくらと恥ずかしげに膨らんだ白い乳房は、寝そべっていても形がちっとも崩れていない。
若い肌は引き締まった弾力を持ち、脂肪を湛えた丸い肉塊を美しい形状のまま保っている。
たまらずレスリーは手を伸ばし、そっと乳房に触れてみる。
「ん……」
指を食い込ませると、蘭は少し眉間を寄せたが抵抗はしなかった。
レスリーが両手で左右の乳房をゆっくりと優しく揉みほぐすと、身体を捩って抗う仕草を見せたものの、すぐに動かなくなった。
そのうち、「んっ」と呻いたり、もどかしそうに身を捩ったり、クッと顔を逸らせるようになる。
乳輪を指できゅっと摘むと、ようやく硬くなり始めた乳首が顔を持ち上げた。
男は胸から手を離すと、視線を少女の身体全体に走らせる。
愛らしい顔には、きれいな黒い瞳がある。
普段は活き活きと輝いているが、今は生気がなかった。
小さな顔を包むように、漆黒のロングヘアが流れている。
ツノがあるような特徴的な髪型だが、少女の美しさを演出している要因のひとつだ。
女らしいなだらかな撫で肩、年齢にそぐわぬサイズの乳房、そこからグッと形良くくびれた腰。
そこからすらっと伸びる長い脚は官能さを湛え始めている。
腿やふくらはぎには脂肪が乗っているが、その奥には若い筋肉が充分に詰まっていた。
均整の取れた裸身の中心には、少女らしい黒く淡い翳りが、白い肌からくっきりと浮き上がって見える。
それまでは子供でもなくおとなでもない少女年代特有の肢体だったが、年増女以上の激しい性体験をこなしてきた今は、少しだけおとなに針を振り始めていた。
何度見ても欲情してしまう新鮮な裸身だった。
レスリーは手を伸ばし、蘭の腰とそこから伸びる太腿に触れていく。
手のひらを潜り込ませて臀部を撫でまわしてやると、若い女体が時折ピクンと反応する。
指先を尻の谷間に滑らせると、さすがに蘭は腰を捩り、嫌がった。
「あ……い、や……」
「いやなのかい?」
「……いや……じゃないです……」
催眠中は完全にレスリーを信頼しきっており、一種の主従関係となっているせいか、強く押されると拒絶の言葉や仕草はすぐに引っ込んでしまう。
滑らかな太腿の肌を撫で、尻たぶを揉み、内腿を撫で擦り、軽く揉んでやると、蘭は少し顔を逸らせて呻き出した。
「ああ……」
「もう感じてるんだね、蘭」
「わ……かり……ません……ああ……」
「気持ち良いなら素直にそう言いなさい」
「は、はい……ああ……」
内腿を撫で続けると、蘭は踏ん張るように身体を息ませ、その感触に耐えている。
気持ち良いのだが、その反応を示すことはまだ恥ずかしいのだ。
投与した薬の効果もあって、もともと鋭敏だった肉体は一層に感じやすくなっている。
「あ……!」
蘭の身体がビクッと反応した。
男の手が、まろい乳房をぎゅっと掴んだのだ。
強く掴まれて痛いのか、美しい顔を歪めて呻いていたものの、すぐにその刺激に慣れていく。
年齢不相応なほどによく成長し、また感じやすい乳房はレスリーの手の中で自在に揉みほぐされ、弾んだ。
指が柔らかい肉に食い込み、美しい形状が歪んでより淫らな形となっていく。
「あ……お、おっぱいは……ああ……」
「強く揉まれる方がいいだろう」
「そ……うかも……ああ……し、知れません……んんっ」
蘭が反応するたびに、男は乳房をぎゅうぎゅうと強く揉んだり、掴んだままゆさゆさと揺さぶったりした。
指できゅっと摘まれた乳輪から、ぷくっと乳首が顔を出した。
それを指で摘み、転がしてやると、蘭は「我慢できない」とばかりに身体をうねらせ、悩ましい声で喘ぎ出した。
「んっ……い、いい……です……ああ……」
「相変わらず乳首が感じやすいな。ここだけ責めてもいってしまうほどだからな」
「や……は、恥ずかしい……あっ……」
「どれ、こっちはどうかな」
「あっ、やあっ!」
指を媚肉に押しつけると、蘭は腰を揺さぶらせて抗った。
厳しく命令すれば従うが、ソフトに責めているとまだ抵抗はある。
あまりに堕としてしまうよりは、そのくらいの方が顧客は喜ぶだろう。
レスリーはそう判断していたから、必要以上にきつくは責めなかった。
もうそこはぐっしょりと濡れている。
その熱い粘液を漏らしている肉襞に指を這わせ、秘所を拡げるように動かしていく。
「んっ、ひっ!? あ、あ、そんな……だめ、ああ……」
「もうこんなになってるぞ、蘭。だいぶ男の味を覚えたんだな」
「そんな……知らない……ああ……」
「心はまだそうかも知れないが、身体の方はすっかり男を求めているな」
「んくっ……ち、違……あ、あああ……」
蘭が反論しようとするとレスリーは指を巧みに操って膣内を軽く抉る。
指が敏感な箇所に触れると蘭は声を詰まらせ、恥ずかしい声を堪えるのだが、すぐに口が開き、悩ましい声が出始める。
もう少女の股間──媚肉周辺や足の付け根付近は、彼女が分泌する愛液でべたべたであり、レザー製のシートにまで垂れてきていた。
レスリーが媚肉から手を離すと、蘭の腰が慌てたように持ち上がり、続きを求めるかのようにうねった。
白い医師が親指と人差し指をすり合わせ、引き離すと、指同士にねちょりとついた愛液が糸を引いて繋がっている。
手に付いた蜜を拭い取るように蘭の腿に指を擦りつけていく。
「……頃合いだな」
蘭の膣のほぐれ具合と濡れ具合を確認すると、レスリーは白衣のポケットから妙なものを取り出した。棒というかヘチマに似ている。
長さは15センチくらい、直径3センチほどの太さの円柱状のものだ。
何か、太めの糸のような繊維状のものの塊である。
糸の束にぐるぐるとまた糸を巻いたような物体だ。
催眠状態ながらそれに気づいた蘭がつぶやく。
「な……何ですか、それ……」
「ん? 知らないかい? そうかも知れないな、きみくらいの年齢なら」
「……」
「これはね、肥後ずいきというものだ。日本のものだね。肥後というから九州の方なのかな」
「それで何を……」
「こうするんだよ」
「あ、あっ……!」
レスリーはそれをディルドのように、蘭の膣へ挿入してしまった。
蘭には少々太めだが、濡れそぼっていたこともあり、割と簡単に入ってしまう。
「い、いやっ……」
「もう大丈夫だろう? すっかり入ってしまった」
「ああ……」
ずいきは少女の媚肉に深々と突き刺され、根元まで沈め込まれている。
蘭はその気色悪さに鳥肌を立てた。中に、何か乾いたごわごわするものを押し込まれたのだ。
気持ち悪いし、擦られると痛いのだ。
だがレスリーは挿入しただけで、それを抜き差ししようとはしなかった。
股間から淫靡なものを覗かせている美少女を見ながら、医師は白衣を脱ぎ捨てた。
そして壁際のラックから別の道具を取り出してくると、そこから伸びたコードをコンセントに差し込んだ。
レスリーは蘭の様子を見ながら、左手で道具を持ったまま、再び愛撫を加えていく。
「ああ……」
乳房を揉みしだくと、蘭は綺麗な顎をクッと持ち上げ、唇を噛んで呻く。
やがて愛撫に合わせてあえやかな喘ぎ声を漏らし、その顔はぼおっと上気し始めた。
あえてきつくこねるようなことはせず、乳首を転がすようにしながら乳房全体を包み込むようにやわやわと揉んでやる。
「あ、は……んんっ……いっ……はあっ……」
「いいのか、蘭」
「い、いい……です……ああ……」
蘭は、医師も驚くほどのねっとりとした色香の瞳で見つめ、さらに強い愛撫を求めているかのようだ。
もどかしそうに腰をもがかせ、拘束された手や足を何度も握ったり開いたりを繰り返している。
「もっと強くして欲しいのかな」
「……」
「言いなさい」
「は……はい……」
「よし。でもだめだ、お預けだ」
「そんな……、先生、どうして……」
「今日はね、ちょっと他のことをするんだ」
「え……、な、何?」
「これだ」
「……?」
初めて見るものだった。
レスリーが右手に持っているのは、いつも父の小五郎が使っているシェーバーのようにも見える。
ただ、レスリーが握ったグリップの先には鳥の嘴のようなものが伸びている。
ピストル型とも言えるが、そこまで銃身は長くない。
よく見ると細い先端部分にごく短く、先の尖った芯ようなものが埋め込まれているようだ。
グリップの底からは長いコードが伸び、分娩台のソケットに繋がっている。
医師がスイッチを入れるとヴーンという小さな回転音を響かせた。
蘭は不安そうに言った。
「何ですか、それ……」
「こう使うものだ」
「え……、痛っ!!」
レスリーは短針の先で蘭のふくよかな乳房の頂点を突っついた。
その瞬間、蘭の背中が弓なりに持ち上がり、全身が硬直する。
「い、痛い……、何するんですか!」
「大げさだな、まだそんなに痛くはないだろう」
「痛いです……」
「まだこんなもんじゃないんだよ、本当の苦痛は。何だかわかるかな?」
「……」
蘭は恐怖で顔を強張らせながら小さく顔を横に振った。
「そうか。これはね刺青を入れる機械だ」
「い、刺青って……」
「今風に言えばタトゥだな。簡単に言えば、肌に文字や絵を描いたりするために使うんだ」
「せ、先生っ……!」
今度こそ脅えたような顔で蘭は叫んだ。
「ま、まさかあたしにそれを……」
「そう。きみが完全に僕のものになった証にね、刺青を彫ってあげようと思うんだよ。きみのその綺麗な肌にね」
「い、いや……、いやあああっっ!!」
催眠術にかかっているにも関わらず、蘭は絶叫して激しく拒絶した。
いかに術にかかっていようとも、その人間を完全に操ることなど出来ない。
催眠術をかけた相手を自殺させようと思っても無駄なのだ。
本能的に危険なことや命に関わることなどは、いくら術者の支配下にあっても拒否するし、やらない。
倫理的、道徳的なことも同じだが、こちらは術でいくらか薄めることは可能だ。
しかし例えば人殺しをしろとか強盗を働けと言っても、やはり実行はしない。
その結果、自分に夥しい不利益がかかることであればやろうとしないのである。
今回の刺青も同じだ。
蘭はされたことはないから実感はないものの、痛いだろうということはわかる。
おまけに、そんなことをされたら肌が傷物になってしまうことも理解している。
だからレスリーに抵抗しているのだ。
それを承知していたからこそ、いつもは拘束せずに犯す蘭をこうして分娩台に縛り付けているのである。
蘭は青ざめた顔で唇を震わせたまま哀願した。
「先生、お願いです、やめてください……」
「ふふ……、蘭の脅えた顔も可愛いね」
「お願い……、な、何でもしますから、そんな酷いことしないで」
「何でもするのなら、おとなしくしてなさい。すぐに終わるから」
「い、いや……、いやです、そんな……刺青なんかされたら……」
「そうだな。お父さんが見たらびっくりするだろうね。それどころか友達とお風呂にもプールにも入れない」
「ああ……」
「好きな相手……、新一くんというんだったね、彼に見つかったらどう言い訳すればいいことやら」
「だ、だからやめて……」
「だめだ、諦めなさい。普通の人にはバレないようにはしてあげよう」
「だ、だめ……、いやあっ!」
「少し黙っていなさい」
「あっ……んむ!」
医師は蘭の口を開けさせると、そこにピンポン球のようなものを押し込んだ。
穴がいくつも空いており、そこから呼吸できるらしい。
両端ついたゴム紐を後頭部に回して固定する。
いわゆるギャグボール──口枷である。
「んーーーっ、んーーーっ!」
蘭は激しく顔を揺さぶって抵抗した。
もしかすると、刺青されるという衝撃で術が解けてしまったのかも知れないが、それならそれで面白いとレスリーは思った。
素面に戻った状態で蘭をいたぶるのは初めてかも知れない。
レスリーはわざと酷薄そうな笑みを浮かべつつ、左手で少女の白い肌を撫でている。
蘭は男に素肌を触られる不快感を気にするどころではなく、その目は彼の右手にある電動ツールに注がれている。
「ここがいいかな」
「っ!」
男の手が内腿を撫でる。
そこは皮膚の中でもことさら薄く敏感な箇所だ。
そんなところにされたら、その激痛は想像もできない。
脅える美少女の仕草を愉しみながら、男の手が腿から上に上がっていく。
指が蘭の愛らしいヘソに潜り込んだ。
「ここにするかな」
「っ……っ……」
蘭は真っ青な顔で小刻みに何度も顔を振った。
痛みもさることながら、腿もそうだがそんな目立つところに彫られたらどうしようもない。
「そうか、ここもいやか。じゃあここだな」
「んんっ!!」
蘭は一層に激しく顔を振り、ばさばさと黒髪が舞った。
レスリーの手は、あろうことは少女の媚肉に乗せられている。
ここにされたら痛みで失神──いや、死んでしまうのではないだろうか。
蘭の反応を面白そうに見ながらレスリーが言った。
「ここもだめかい? 毛を剃って彫ればいいじゃないか。生え揃えば目立たなくなるよ」
「んんっ! んんっ!」
そういう問題ではない。
女性器にタトゥを入れるなど信じられない。
恐怖におののいた蘭は大きく目を見開き、手枷足枷を引き千切らんばかりに手足を踏ん張って抗っている。
白い医師は蘭の媚肉をいじくりながら言う。
「そうだな、こんなに濡れて柔らかくなってるからやりにくいかな。蘭のことだ、いくら拭き取ってもすぐ濡れてくるんだろうしね」
「……」
蘭は悔しそうに、そして恥ずかしそうに顔を背け、目を堅く閉じた。
心なしか腰がもじもじと動いている。
膣に埋め込まれた乾燥植物が威力を発揮しているらしい。
乾いていた草は蘭の愛液を吸い取って一回り太く大きくなっている。
と同時に膣内粘膜に対して、堪えようのない刺激を与えていた。
それが痒みだと気づくと、もう痒くて痒くてたまらなかった。
刺激を受けてまた膣内が濡れ、それを吸った肥後ずいきが太く膨らみ、その成分がどんどんと蘭の胎内で溶け出て行く。
「ん……んう……」
激しく抗っていた蘭の動きが弱々しくなっていく。
なよなよと腰を振り、喘ぐように顔を反らせている。
痒くてたまらない。
でも恥ずかしいところだから、とても人前で掻くわけにもいかない。
でも、そんなことを言っている余裕もなくなるほどの隔靴掻痒となってきている。
手枷されていて手は使えない。
せめて足を閉じ合わせて擦ろうにも、足もベルトでしっかりと分娩台に拘束されている。
どうにもならなかった。
「ん……んん……んっ……」
我慢していると媚肉の奥が火照るようにかあっと熱くなってくる。
熱は痒みを伴っており、いくら堪えても痒みと疼きは抑えられなかった。
少女が裸身を悩ましげに悶えさせ始めるのを見ると、白い悪魔は少女に無慈悲な宣告をおこなった。
「ここにするよ、いいね、蘭」
「んぐうっ!?」
蘭は驚きと激痛のあまり、痒みすら忘れてレスリーを見た。
かの医師は、蘭の瑞々しい乳房にその針先を立てていたのだった。
柔らかく、肌も薄く、敏感と言えばこの上ないほどに敏感な部位だ。
そこに容赦なく鋭い針が打ち込まれていく。
「ぐううっ! んむううっ!」
蘭はギャグを噛まされた口の中で絶叫した。
口枷がなければ「痛いっ! やめてえっ!」という悲痛な叫び声が部屋に響いたことだろう。
気が遠くなるほどの激痛に、今にも失神しそうになった蘭だったが、徐々に苦痛が薄れていくことに気づいた。
いや、薄れていくというよりも相殺される、という感じだった。
レスリーが右の乳房に紫色のタトゥを彫り進めていくうちに痛みがあまり気にならなくなったのだ。
短針を打ち込まれ、インクを皮膚の下に注入される苦痛が、なぜか股間の疼きを鎮静させていったからだ。乳房を刺される激痛がなくなったわけではない。
その痛みが媚肉の痒みを鎮めていくことに気づいたのだ。
「ん、んん……んむう……んんっ!」
まだ少し表情を歪め、苦痛を訴えるような顔をしているが、時折、恍惚の色を見せるようになっていた。
いたたまれないような痒みを忘れさせてくれる乳房の痛みは、いつしか少女に未知の快楽を与えていたのだった。
ふたりの生贄を完全なマゾヒストに調教するレスリーの計画は、蘭に於いてほぼ完成段階までこぎ着けていた。
「んん……っ……んう……」
蘭の身体の動きは、痛みのあまりというよりも、もどかしさを訴えるような、心地よさに思わず蠢いてしまうかのような微妙なものになっていた。
針を突き刺されている乳房だけでなく、全身が仄かなピンク色に染まってきている。
声はあえやかに艶やかに変わり、ぞっとするような色香のある喘ぎとなっていた。
よく見てみると、両の乳首はすっかり硬くなって顔を出しており、それどころか媚肉はさきほどよりもさらに濡れ方が激しくなってきている。
割れ目を抉り、小さな膣穴に抉り込まれている淫らな植物は、内部に刺さった部分がぐしょぐしょになっている。
もう肥後ずいきだけでは吸い取れないほどの愛液が、僅かな隙間から漏れ出て分娩台を汚す有様だった。
「ん……んんん……」
乳房に描かれた刺青もほとんど完成する頃になると、蘭の喘ぎがさらに熱く悩ましくなり、股間から洩れる蜜やギャグから零れ出る唾液に気づかぬほどに恍惚としていた。
苦痛と快感を我慢していたせいか、全身から汗が噴き出している。
すべて彫り終えた時には、もうぐったりと分娩台に身を預けており、大きな瞳は意志を失ったかのように虚空を見つめていた。
────────────────
美和子が毛利探偵事務所に到着したのは、もう午後9時に近かった。
金曜だから学校はあったはずで、いくら部活熱心でももう帰宅している時間だ。
よしんばレスリーのところへ通院したとしても、帰って来なければ小五郎だって心配する時刻である。
この時は美和子もかなり焦って動揺していたようで、何も直接押しかけなくとも事務所へ電話すれば蘭のことは確かめられたはずだ。
それすら思いつかず、ひたすら蘭の家へ向かっていた。
電話だけでなく、実際に彼女の顔を見ないと安心出来なかったのかも知れない。
会ってどうするのか。
「レスリーに犯されてないか」と蘭に聞けるはずもない。
恐らくあの男は催眠術を使っているだろうから、事後の蘭は何も憶えていまい。
タクシーから降りると、美和子は気を落ち着けるように深呼吸してから二階事務所へ向かった。
まだ蘭が被害に遭っていると決まったわけではない。
ここで美和子が慌ててしまえば、父親たる小五郎に気づかれてしまう。
仮に蘭がレスリーに弄ばされていたとしても、出来るだけ内密に解決してあげたかった。
「毛利さん」
デスクで新聞を拡げ、暇そうにしていた小五郎が顔を上げる。
軽いノックの後、返事を待つ間もなく入室してきたのは捜査一課の女刑事である。
「何です、こんな時分に? 事件ですかな、佐藤刑事」
「蘭ちゃんは帰ってますか?」
「蘭ですか?」
小五郎は怪訝そうに美和子の顔を見上げた。
化粧もしていない素顔のようだ。
頬が少し上気しているが、頬紅を差したようには見えない。
着ているものも普段着のようで、スウェットの上にジャケットを引っかけ、ジーパンを履いていた。
いつものようなタイトスカートではなかった。
非番で家にいたのだろうか。不審に思いながらも探偵は刑事の質問に答える。
「いや、まだ帰ってませんが……」
「えっ……、この時間でですか? もう9時近いですけど……」
「いや、夕方に電話があったんですよ。今日は部活が終わったら部員たちと食事に行って、そのまま友達の家に泊まる、と」
「……」
小五郎はキィッと椅子を鳴らして横を向いた。
「まあ、いつも家のことは全部あれに任せてますからね、たまにはいいでしょう。明日の朝には帰ると言ってますし、いつものことです」
「い、いつものことって……」
「ええ、最近たまにこういうことがあるんですよ。泊まり込みってのはあんまりないが、友達とめしを食ったりお茶を飲んで帰ったり、とかね。以前はほとんどそういうところのない娘でしたが、ここんとこ少しは遊ぶようになったようですね」
「毛利さん、心配じゃ……」
「平気でしょう。あれはそれなりにしっかりしてますし、一緒に行っているのは女友達のようですしね。それに、あれにヘタに手を出せば、普通の男ならぶっ飛ばされてしまうでしょう」
小五郎はそう言って笑った。
美和子は、言いたい言葉を飲み込んでから口を開いた。
「それで蘭ちゃん……、最近変わったところとかありませんか?」
「変わったところ、ですか? いや……、気づきませんね。何かあったんですか?」
「い、いえ、そういうことでは……」
「そうですか。特におかしなところはないですよ。いつも通りの蘭ですね」
「……」
やはりそうだ。
完全に記憶を消されている。
蘭自身、何をされたか憶えていないのだから小五郎にわかるはずがない。
自覚がないのだから態度にも変化はないのだろう。
だが、まだ帰っていないということは、あの診療所で弄ばれている可能性もある。
蘭の言葉通り、本当に友人宅にいるならそれでいい。
しかし、もしあの男の毒牙にかかっているとしたら。
そう思うといてもたってもいられず、事務所を飛び出して行った。とにかくあそこへ行くのだ。
そこに蘭がいなければそれでいい。
それだけでも確認したかった。
────────────────
手枷足枷を外されても、少女は寝台から起きようとはしなかった。
腕が自由になると、すぐさまその手を股間へ持っていき、淫らな独り遊びを始めている。
埋め込まれたままの植物性ディルドを操り、何度も前後させている。
「ああ……、いい……」
太いものが膣内を前後すると、その瞬間だけウソのように痒みが治まり、疼きが消えていく。
蘭がうっとりとした顔のまま自慰をふけっているのを見ながら、医師は素早くその腕に注射した。
「うっ……」
痛みに顔を顰める蘭の耳元でレスリーが囁く。
「いつもの薬だよ、大丈夫」
「あ、はい……」
蘭は安心したように腕の力を抜き、医師に預けた。
その時である。
「!」
一階診療所の呼び鈴が何度も鳴り響いていた。
この時間だから患者は来ないだろうし、来てもベルは押さないだろう。
そもそも宅配業者や来客用のものである。
レスリーは素早く蘭の腕から針を抜くと、モニターのスイッチを入れた。
監視カメラに映っているのは美和子だった。
「なぜ……」
不可解である。
例の温泉の一件以来、美和子はぱったりと来なくなっていた。
これは織り込み済みだ。
高木の前で痴態を演じさせ、美和子とは知らずに高木に犯させ、さらにそこでレスリーが犯す。
ここまでされて、なおもレスリーを頼るとは思えなかった。
この後は、あそこで撮ったビデオで脅迫するか、警察内部の協力者を使ってもう一段階追い込んでいくつもりだったのだ。
その美和子が今さら何の用なのだ。
見れば、必死の形相でベルを押している。
医院に入るのを諦めたのか、今度は裏に回り込んで二階の自宅入り口に通じる門のインターホンを押していた。
「……」
治療して欲しい、という風情ではない。
あの時のことでレスリーを逮捕しにでも来たのか(暴行罪を問われれば立件できるかも知れない)とも思ったが、それにしてはひとりである。
よくは知らないが、そういう場合はふたり一組でやるらしい。
ということは、美和子が先走って捜査しているのか(自分のことだから当然だろうが)、あるいは「私的」にレスリーを弾劾しようとしているのか。
後者の可能性はあるが、それにしたってなぜこんなに期間を空けてからくるのかわからなかった。
放って置いてもいいような気もしたが、美和子の剣幕に驚いた近所の住民が騒ぎ出すかも知れない。
レスリーは蘭をそのままにし、舌打ちして地下室から出て行った。
────────────────
玄関の中の灯りが点ったのを見て、美和子はドアを叩くのを止めた。
人の気配がして、ドアの内鍵を開ける音がする。
木製の重そうな玄関ドアが開くと、そこに件の医師がいる。
レスリーは薄く微笑んで言った。
「ああ、佐藤さん。ひさしぶりですね、今日はどうしたんですか? 生憎、もう診療時間は終わってるんですが」
「承知の上です。そんなことより蘭ちゃん! 蘭ちゃんが来てるんじゃありませんか!?」
美和子は玄関に顔を突っ込んでそう叫んだ。
レスリーは周囲を気にするような素振りをしている。
「佐藤さん、もう夜ですし、そんな大騒ぎをしてはご近所にも迷惑です。とにかく中へ……」
レスリーはそう言って美和子を中に引き込んだ。
奥へ行くよう誘ったが、美和子は首を横に振って言った。
「蘭ちゃんはどこですか」
「まだ診療中ですよ」
「診療時間は終わったんじゃないんですか!?」
「あなたと蘭ちゃんは特別な患者ですから、時間外にやってるんです」
医師がそう言うと、女刑事は睨みつけてきた。
「特別な患者って……、まさか蘭ちゃんにも私と同じことをしてるんじゃないでしょうね!?」
「あなたと同じこと? ……ああ、セックスしてるんじゃないかって言いたいんですか」
「っ……」
絶句する美和子に、レスリーは薄笑いを浮かべて答えた。
「さあ、どうですかね。治療内容は患者さんのプライバシーに関することですから、滅多なことでは言えませんよ。守秘義務があります」
「ち、治療って、あんな行為のどこが治療なの!?」
「これは心外な。そのお陰であなただって、少しは淫らな疼きが抑えられたんじゃありませんか?」
「……」
美和子は握り拳を作り、悔しそうに医師を見つめた。
「そ、そんなことはどうでもいいわ。蘭ちゃんはどこなの!? あの子に酷いことしていたらただじゃおかないわよ!」
「勇ましいですな、さすがに刑事さんだ。ふふ、とても僕の腕の中で悩ましい声でよがっていた美和子さんとは思えない」
「くっ……」
レスリーは、今にも食ってかかりそうな美和子を宥めるように両手を拡げた。
「会わせてあげますから、少し落ち着いて下さい。どうぞ、こちらです」
「……」
医師が踵を返してスタスタと廊下を歩き出したので、仕方なく美和子も靴を脱ぎ、その後を追った。
廊下右側の部屋の前に立つと、医師はドアを開けた。
「どうぞ」
「こ、ここに蘭ちゃんがいるの……?」
「治療中だと言ったでしょう? ここにはいません。今、連れてきますから、しばらくこの部屋でお待ち下さい」
「……」
ドアを開けて待つレスリーを見ながら、美和子は勧められるままに部屋へ入ろうとした。
半身を室内に入れた時、後ろに気配を感じて振り返ろうとしたが、それも出来なかった。
レスリーが後ろから首を絞めてきたのである。
「ぐっ……あ、あなた、何を……ぐうっ」
美和子は手足をバタバタさせて暴れたが、完全に不意打ちであり、的確な抵抗が出来なかった。
警戒する場面と相手ではあったのだが、早く無事な蘭を確認したいという思いが強く、注意力が薄れていたことは否めない。
護身術の基本は、硬いところで相手の柔らかいところを攻撃することに尽きる。
後ろから首を絞められても、相手の手に爪を立てたり、噛みついたり、ボディに肘打ちしたり、後頭部を使った頭突きで顔に攻撃をかけたり、効果的な反撃方法はいくらでもある。
思い切り足を踏みつけたり、踵で向こうずねを蹴りつけてもいい。
しかし、まったくの奇襲に動揺し、焦った美和子はそのどれもが出来なかった。
「ぐ……んんっ……ん……」
頸動脈を絞められ、脳への血液供給を止められた美和子は、すうっと意識が遠のき、その場に崩れ落ちた。
柔道などの絞め技と同じである。
いわゆる「落ちた」状態だ。
これも加減が難しく、脳は3分以上血液が流れてこないと細胞が壊死し始め、脳死状態になってしまう可能性がある。
見極めが難しいのだが、その辺は医師であるレスリーにはお手の物だ。
「……」
レスリーはぐったりと絨毯の上に倒れ込んだ美しい女刑事を見て、不満そうに鼻を鳴らした。
「……また唐突に反撃してきたもんだな。自分があんな目に遭ってもそのままだったのに、蘭のこととなるとこれだ」
警察官の正義感か、それとも知り合いの子だからかわからないが、いずれにしても無鉄砲だ。
しかしこの分では、このまま誤魔化し続けるのも難しいだろう。
予定を繰り上げて売り飛ばすかとも思ったが、アキラのことを考えるとそれも出来ない。
もう美和子と蘭のことは報告してあるから、売り飛ばしてから「知らぬ存ぜぬ」は通用しない。
しばらく飼っておくしかないだろうが、完全に拉致してしまってはまずい。
何しろ現役の刑事なのだ。
蘭は今回の「治療」と「カウンセリング」で、こちらの指示に従わざるを得ない状態になるはずだ。
だから彼女の場合は「放し飼い」出来るだろう。美和子はどうするべきか。
蘭をダシにして脅迫し、監禁するしかない。
あまり長期間は無理だが、電話で連絡させて、親類の不幸が出たとでも言わせて数日休ませればいい。
その間に「仕上げる」か、あるいは蘭のことをちらつかせて言うことを聞かせるしかあるまい。
出来れば蘭のように服従させられればいいが、美和子をそうするのはかなり時間がかかるだろう。
蘭同様「放し飼い」が出来るようになるまで、じっくり仕込むしかあるまい。
レスリーは美和子を肩に担いで、地下室へのエレベータに乗り込んだ。
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