気候温暖というより、亜熱帯に近かった。
各所に群生している大きな植物は、蘇鉄やシダ類が多い。
それら巨木に巻き付くように蔦類が蔓延り、根元には名も知らぬ雑草が鬱蒼と繁っている。
その土地──星の陸地には、人工的な建造物はほとんどない。
正確にはひとつしかなかった。
そして、その軌道衛星上を巡っている監視衛星にも、人影が映ることはない。
しかし生物がいないわけではなかった。

それどころか、実に豊富な種類と数の動物が地表にはいた。
それら生物は活発な生命活動を行い、己の主導権を誇っていた。
飲料に耐える真水も豊富で、海もある。
移民にはぴったりの環境であろうと思われるのに、なぜか放って置かれている。
人間以外の生命たちが、我が世の春を謳歌しているのだった。

────

ねぶい。
そりゃそうで、まだ朝の10時である。
あたしにとってはまだ早朝なのだ。
しかも前夜はオフだ。
当然、遊びに行っていた。
となれば、翌日は眠いに決まっている。
けど今日はお仕事。
だからこうして、10時出頭のところをたった20分遅れでオフィスに来ている。
あたしったら、なんて真面目。
仕事熱心。
大体、少々遅刻気味なのは、相棒のお気楽女を起こしてやっていたからなのだ。

ユリは低血圧で、朝はとことん弱い。
一度寝たら、満足するまで起きやがらない。
起きても1時間は寝ぼけている。
まあ普段から寝ぼけたような女ではあるのだが。
コンビを組むあたしは一苦労である。

低血圧に加えて冷血だから、わざわざ起こしてやっているのに、「安眠妨害」と言われて、
逆に恨まれたりすることもあったりする。
バカバカしくなってくるが、仕事でオフィスに行く場合、どうしたって一緒に来なければ
ならないのだ。
今までだって、ユリなんか放っておいてムギと一緒に行けばいいや、と何度思ったか知れ
やしないのだ。

そんな訳で、もし遅刻のことで主任に小言を言われたら、それはユリのせいである。
けど、我が主任はそんな些細なことなど気にもしていないようにうちらを迎えてくれた。

「やあ来たね、ダーティ……もとい、ラブリーエンゼルのおふたりさん」
「……」

妙だ。
主任がニコニコしているではないか。
遅刻したことを詰らないばかりか、愚痴一つこぼさない。
いや別に主任が笑ってはいけない、というのではない。
彼──グーリー主任がうちらを呼び出す時は、大抵苦虫を噛み潰しているか、怒っている
かのどっちかだからだ。

あたしらの片づけた事件の後始末をしなきゃならない時は怒るし愚痴るし、新たなお仕事
をうちらに押しつける時には実に渋い顔をしている。
そんなにイヤなら他へ回せばいいじゃないの、とも思うのだが、銀河連合の中央コンピュ
ータ(以後、めんどいのでCCと略す)が指名してくる場合、一応、管理者としては指名
されたトラ
コンに依頼することになっている。

受けるトラコンの側としては、それを断ることも出来る。
意外なようだが、拒否は可能なのだ。
WWWAとしても、イヤイヤ仕事をさせて失敗でもしたら困るという頭があるのだ。
担当官のメンタルヘルスを無視していては、成功はおぼつかない。

とはいえ、来る仕事来る仕事、軒並み拒否していたら、それはそれでまずい。
拒否したり任務に失敗したりすれば、当然、WWWAからの評価ポイントは下がるからだ。
給料やボーナスにも多大に影響が出てしまう。
だから、ギリギリ我慢できるところまで我慢して、どうしてもダメな時だけ断るのである。

グーリー主任はまだ30代後半だが、WWWA内部でも名が知れている。
別名「鋼鉄の胃袋」と呼ばれてるらしい。
別に何でも食うとか、いくらでも食うとか、そういうことではない。
ラブリーエンゼルに仕事をさせ、その事後処理をするという非常に困難な業務(あたしら
に仕事をさせるのがそんなに難しいのかい!)をこなしているにも関わらず、胃腸が丈夫
だという事実に基づいているらしい。
まあ、それはともかく主任がその職に就いて以来、犯罪トラコンの検挙・解決率が上がっ
ているのは確からしいから、腕利きではあるのかも知れないが。
その主任が、うちらを前にして笑顔を見せる時はロクなことがないのだ。

「早速だが、仕事の話をしてもいいかね?」
「はあ」

主任はデスクに肘を載せ、両手を軽く組んで、その上に顎を乗せている。
相変わらずニコニコしながらあたしを見る。
ユリが行儀悪く、そのデスクにお尻をポンと載せているのに何とも言わない。

「場所なんだがね」

デスク上のパネルを操作すると、主任の真後ろにある大型スクリーンに銀河系宇宙図が映し
出された。
主任の指が動き、その一角が何度もクローズアップされ、詳細が投影される。
ぼうっとした星雲が出てきた。

「射手座ですかあ?」

ユリがそれを見ながら言った。
まだ少し寝ぼけたような声だが、一応は起きたらしい。
主任のデスクに腰掛けて、ぐいっと身体を捻ってパネルを見ている。
座ることでお尻が強調されているし、腰を捻って腕を回して後ろを見ているから胸もぐっ
と突き出されているポーズだ。
着ているコスチュームのセクシーさも相まって、ちょっとした悩殺ポーズなのだが、ユリ
に魅力がないせいか、主任は気にも留めない。
というより、もう慣れっこになっているのだろう。
主任は手元のキーボードで画面を操作しながら説明する。

「射手座のM22星雲だ」
「球状星団ね」

あたしはそう言ってうなずいた。
星が寄り集まって、ぼんやりと球状を作っている。

「そうだ。ここの第三恒星系にある11番惑星ラングーザだ」
「聞いたことないわ」
「そうだろうな。ここはさる企業の持ち物で、あまり知られてはいない」

なるほど、私有星か。
この銀河に於いては、文字通りに天文学的な金持ちという人種が存在する。
私有島どころではなく個人所有の衛星や惑星を持っているやつもいるのである。
もちろん企業やグループで持っている星もある。

「企業が持ってるってことは、資源採取惑星とかそういうものなんですか?」

人が快適に住める星というのは、基本的には個人所有は出来ない。
すべて銀河連合が管理して、植民や開発を行なうのだ。
ヘタに可住星の所有を認めてしまうと、持ち主が王侯のように振る舞って非民主的な自治
を行ったり、思い上がった領主が連合に反旗を翻したりした例があったからだ。
主任はあたしの問いをあっさり否定した。

「いや、そうではない。気候は温暖で、大気も水もあって快適らしい。特に資源もない」
「そんな星、所有できないんじゃないですか?」
「まあ、いろいろあってな。それは後で説明する。で、このラングーザの総人口は1名だ」
「はああ? そんな気候のいい惑星にひとりっきゃ住んでないの?」

ユリがきょとんとして言った。
そりゃそうだろう。
住むのに適している星に、たったひとりしか住んでないなんて。
もしかして持ち主のオーナーが別荘気分で使ってんだろか。
よくそんなことを銀河連合が認めたものである。
あたしがそう言うと、主任はこれも首を振った。

「ここの、たったひとりの住人はウィロック・ムスタファ・モロー生物工学博士だ」

主任の言葉とともに、パネルに投影されたラングーザの画像に、じいさんの写真がワイプ
されてきた。
禿頭で、残ってる頭髪はモミアゲ付近だけである。
そこの髪も真っ白だ。
鷲鼻で、下から睨め上げるような目つきが悪い。
年齢は70歳を超えているだろう。

「彼はひと頃、だいぶ名を売っていたんだな」
「何でですか?」
「それこそ生物に関することなら何でもやったらしい。中でも一躍モロー博士の名を知ら
しめたのが遺伝子工学の分野だ」

動植物の遺伝子を操作して、家畜として飼い慣らし易く味も良い動物を作ったり、気象が
悪くても育成可能な食用植物を産み出すことはだいぶ以前から行われていたが、それが爆発
的に広まったのは、人類が宇宙に飛び出してからである。
移民した先の星に、都合良く食糧になりそうな動植物があれば問題はないが、それがない
場合もある。
そうした時は、地球の動物を連れて行くわけだが、その際、移住先の星の環境に適するよう
に改造したりするのである。
それはいい。
それはいいのだが、遺伝子、DNAの研究が進み、広まったことで、比較的安易にそれが
行えるようになってしまったのだ。

あたしたちのような今の時代の人間は、過去の人たちほどにDNA改造に関して罪悪感など
は持っていない。
以前は生命倫理や道徳の関係で、だいぶ問題視されたそうだけど、今はそんなことはない。
だって、あたしらが食べてる食品の原料のうち、90%以上はそうした遺伝子操作動植物
なんだもん。
当たり前って感じだし、むしろ天然自然のものだと言われると「毒とか平気なの?」とか
思って引いちゃうくらい。
ハイスクールの時にも、生物の授業で遺伝子操作して実験動物を作ることだってやってたし。

だけど、あんまり気軽に出来るようになると、とんでもないものを作ったりするバカが出る。
闘犬や闘牛、競馬などで、競技用に強めた動物を作るくらいならまだいい(もちろんそれだ
って違法なんだよ)。
だが、護衛用として異常に強化したペットの犬を作ったり、凶暴性の強い鳩を作ったりと、
ロクでもないものが続出したのだ。
それを作ろうとして作っただけでなく、失敗作としてバカげたものが出来たケースもたく
さんある。
しまいには、伝説の魔物──吸血鬼だのゾンビだのを作ろうとしたキチガイまで出たらしい。
記録からは抹消されているが、半人半魚のいわゆる人魚を作り出した学者までいるのだそうだ。
さすがに、ここまでくると、あたしだって柄にもなく「そこまで生命を弄んでいいの?」
なんて思ってしまう。
そんなわけで、勝手に動植物の改造をすることを規制する法律ができた。

「博士はもともと言動が過激で、学会などからはかなり疎んじられていたんだが、ある
事件がきっかけになって除名された」
「事件?」
「人間に手を出したんだ」

あ、そりゃダメだ。
遺伝子改良がフリーハンドだった時代でも、ヒトのそれをいじることは厳禁されていたのだ。
成功しても失敗しても問題が出る。
失敗は論外だが、成功しても副作用が出る場合が多いのだ。
そうでなくとも、おいそれと強化人間を作ったりするのはよろしくない。
動物ならいいが人間はダメというのは、それそれで問題はあろうが、それにしても人間は
まずい。
だけどこのモローというじいさんは、その禁断の木の実を食べたらしい。

「どのような実験が行われたのかは公表されていない。連合司法裁判所の資料衛星に記録
があるが、事件後150年封印だそうだ」

……表に出せないようなとんでもないことをしでかしたのだろう。

「とにかく、それが直接の原因となり、学会を追われ、所属していた大学からも放逐された」

ユリは、そんなじいさんなど見る気もしないのか、勝手に操作して画像を消してしまった。

「で、その何たら博士がどうしたっていうんですかぁ?」
「WWWAに提訴があったんだ。訴状は動物の違法改造だ」
「動物の違法改造?」

パネルにモロー博士の履歴や業績などがズラズラと表示されている。
けっこうな量である。
見かけに寄らず、そこそこ優秀なじいさんだったんだろうな。

「ラングーザを周回軌道している監視衛星でそれらしき映像を捉えたらしい」
「監視衛星って……、そんな星にわざわざ偵察用の衛星飛ばしてたんですか?」
「そうだ。環境保護団体のGPだ」

なるほど、それでわかった。
GPとは、20世紀くらいから続いている環境保護グループで、かなりの財力とそれに
伴う相対的なパワーを持っている。
バカ高いはずの偵察用カメラ衛星をそんな僻地に飛ばせるのも、GPの財力の賜なのだろう。
主任が続ける。

「ラングーザは、札付きのモロー教授がいるということで、GPの監視対象になっていた
らしいんだな。地上監視カメラからの映像をもとに、生態系管理法違反の疑いがあると
うちへ提訴してきたんだ」

生態系管理法というのは、さっき言った乱雑なDNA改造を戒めた法律だ。
それだけでなく、現住生物の保護という意味合いもある。
もともとその星(あるいは土地)にいた動植物が、持ち込まれた別の生物によって攻撃
され、絶滅することが多かったため、これも規制されている。
要するに、動物を勝手にあちこち持ってって放したりしちゃいけないとか、改造しちゃ
いけないとか、そういう法律である。
あたしは、主任から渡された資料を眺めながら聞いた。

「じゃあ、そのじいさんがラングーザで、また何かやり始めたってことなんですか?」
「まあ、そうだ。私もまだ見ていないからわからないが、今まで見たこともない奇妙な
動物が映っていたのだそうだ」

あたしは資料を読み、主任の説明を聞きながら、なんとなく釈然としなかった。
そういうマッド・サイエンティストが、また暗躍を始めたっていうのなら、それは止めな
ければならないと思う。
また、提訴があったのだからWWWAは動くべきだし、トラコンを出すのも当然だ。
けど。

「……主任、これってうちらの仕事じゃないんじゃありません?」
「……」
「つまりこのじいさ……モロー博士がまたよからぬことをして、おかしな動物を作ってる
らしいってことでしょ? だったらこれは自然科学トラコンじゃないですか?」

それを聞いて、ユリも目を輝かせた。

「そうよ、そうよ! 主任、私たちは犯罪トラコンですよぉ、動物追っかける仕事じゃ
ありませぇん」

トン、とデスクから降りて、ユリが腰を振りながら目をくりくりさせて言う。
両手で拳を作って、口の辺りに持っていって可愛い子ぶる、いつものポーズだ。
こいつ、全然やる気がないらしい。
ま、あたしもだけどさ。
だって勝手が違いすぎるよ。
相手が悪漢だとか犯罪組織だとかならうちらの出番だし、仕事を受けもするけど、これは
明らかに違うでしょ。
そりゃあ、このモロー博士は違法行為をしているらしいのだから犯罪者には違いない。
けど、誰がどう考えたってあたしらの出番じゃないよ。
それに対し、主任は無表情で答えた。
別の資料を繰っている。

「ああ、話は変わるがね」

なんだ、突然。

「こないだのオークリーフ事件、君らが解決したやつだがね。被害結果がようやく出たよ。
えー、死者143万1021名、負傷者は約320万人」
「……でも」
「被害総額は、概算で2兆5300億クレジットだ」
「……それは」
「こっちは……ほう、ロンバーハート事件の報告書だ」
「……」
「これも悲惨だったねえ。最初はただの保険金詐欺事件だったのに、君らが出動して事件を
解決してみると、惑星カルネラの首都・キザクの宇宙港が3つ潰されて、人口が半減」
「……けど」
「まだ死傷者総数は不明とあるな。被害総額の方は算出されているが、聞いてみるかね」
「主任!」

たまりかねてあたしは叫んだ。

「それって、うちらのせいじゃありません!」
「そうですよぉ。誰がやったって同じ結果になった可能性があるって中央コンピュータも……」

珍しくユリも加勢してくれた。
片割れなのだから当然だけど。
そこで主任は、ずいと身を乗り出して言う。

「そうだ。だから私もWWWAも君らを責めてはいない」

直接責めてはいないけど、こうしてイジメるじゃないかあ。
ちらとユリを見ると、瞳をうるうるさせて主任を見つめている。
「どうして信用してくれないんですかあ」というオーラが出ているが、初対面の相手なら
ともかく、そんなものは主任に通じるわけがない。

「ただ「慎重に事を運んで欲しい」、「無事に終わらせて欲しい」と願っているだけだよ」
「……」
「で、話を戻すがね」

サッとした変わり身で、今度はまた笑顔で主任は話し出した。
こうして、うちらが断りにくい状況を作るのが、彼の十八番なのである。
うくくく、いつか見返してやるからなあ。

「さっき言いそびれたが、この星の持ち主である企業は……」

少しもったいぶって主任が言う。

「……ルーシファの関連企業だ」
「ルーシファ!?」

ルーシファとは、銀河系最大の犯罪組織である。
WWWAの統計では、人類社会に発生する事件の60%はルーシファ絡みという数字もある。
つまりこの組織を潰してしまえば、単純計算で犯罪発生率が6割も下がるということだ。
極端な血縁主義で組織をまとめているらしく、潜入捜査で内幕を探ることも出来ないらしい。

犯罪組織であるから、裏では様々な違法行為をやっているわけだが、その反面、表では
合法的な会社をいくつも運営している。
はっきりとルーシファが絡んでいるとわかっている企業だけで5000を超えるし、関連
している疑惑のある会社まで入れたら、いったいいくつあるか数もわからないそうだ。
その中には、自分たちの会社のバックにはルーシファがいるということをまったく知ら
ない社員たちが働いているところも多数あるのだ。

とにかく謎が多すぎて、銀河連合の情報機関総力を持ってしても、彼らの全貌がつかめない
くらいだ。
うちらも、何度彼らを相手にしたのか思い出せないくらいに多い。
ユリの顔が少し紅潮する。

「じゃあ、この件はルーシファ絡みなんですか?」
「いや、それがわからんのだ」

主任は、組んだ腕を解いて言った。

「その企業というのは、出資元を何代か遡っていくとルーシファに当たるらしい」
「はあ……」
「だからダミー企業というわけでもない。その会社の連中も、ルーシファのことを知ってる
のかどうか怪しいものだ」
「なんだ。じゃあ無関係なんだ」
「それがわからんのだ。だが、中央コンピュータが君らを指名してきたということは……」
「その可能性があると?」
「うむ」

普段なら、ここで主任の表情が苦渋に歪むはずなのだが、今日は普通である。
いつもなら、「君らを派遣するというだけで寿命が縮む」とか、「頼むから今回は無事に
解決してくれ」とか、失礼なことを言うはずなのに。

「君たちの任務は、ラングーザの実態を調査し、確かに違法行為があったならモロー博士を
逮捕して欲しい。なに、君らにとっては簡単な仕事だろう」

ニコニコしてやがる。

「宙域図を見ればわかるように、第三恒星系に移住している人はいない。住めるのは、問題
の11番惑星だけだからな。しかも、そこに住んでいるのはたったひとりだ」

……わかった。
つまり、この環境なら、うちらが暴れたいだけ暴れても人的被害はゼロに等しいということだ。
例え星をひとつぶっつぶすようなことがあっても、最大で死者は1名なのだ。
そこにある建造物もごく僅かだろうし、もしかするとそれはルーシファ関連の建物という
こともある。
だとしたら、破壊したとて被害を受けるのはルーシファであり、銀河連合にとってはむしろ
プラスなのだ。
極端なことを言えば、この恒星系すべてがダメになっても、人類にとっては何の影響もない
ということだ。
うちらが行けば、必ず惨事が起こるものだと思ってんのね!
しかし、今までの実績を顧みれば反論は出来ない。
ぐぬぬぬ。

よぉし、そんなら今回こそはスマートに片づけてやろうじゃないの。
主任が言った通り、ラングーザには建造物はほとんどないし、住んでいるのは頭のおかしい
じいさんがひとりだ。
いくらうちらが大暴れして……もとい、ユリがドジって建物をぶっ壊したって、じいさんが
死んだって、どうってことはない。
だけど、今度ばかりはじいさんを逮捕して、証拠物件として建物や資料も無事に抑えてやるわよ。
あわよくば、ルーシファとの関係も洗い出して殊勲甲、特別ボーナスもむしり取ってやるん
だから。
主任の挑発に負けん気がふつふつとこみ上げる。
あたしは俄然やる気が出た。
それが主任の目的だったのなら、食えないお人だわ。

─────

西暦2111年に至り、人類は空間歪曲移動法──つまりワープ航法を実現した。
狭い地球に詰め込むだけ詰め込み、溢れた人間を月や火星に振り分けてはいたものの、
もはや太陽系内に全人口を収めることが不可能になっていた。
そこにワープの開発。
人類は、狭くて息苦しい太陽系はもうたくさんだとばかりに、先を競って宇宙へ乗り出した。
移民可能な惑星を探し求め、銀河各地へと飛び立ったのだ。

爆発的に増加する人口を賄うため、それから30年でほぼ銀河系全域に進出した。
そして発見した太陽系の数は三千を超える。
地球政府は、行政の手の行き届かない遠方の惑星群には自治権を与え、独立を認めた。
この英断こそが、大規模な独立戦争を招かなかった最大の要因だろう。
基本的に、惑星ひとつでひとつの行政単位としているため、これらは惑星国家と呼ばれている。
その中でも資源的資金的に豊かな国は、独自に他の植民星を開拓し、統治している。
こうなってくると、地球の中央集権というのはムリが出てくるから、それらをいったんチャラ
にして、新たに銀河連合という人類の統一政体が作られたのだ。

「ラングーザって独立国家なの?」

ラブリーエンゼルの操縦席でユリが聞いた。
あたしは隣のナヴィシートに腰掛けて、モニタに資料を出しながら言う。

「違うわ。なんせ人口一名じゃあ、国家も何もあったもんじゃないわ」
「そりゃそうね」
「主任が言った通り、企業の持ち星らしいけど、移民可能な星を発見したら連合に報告する
義務があるし、報告を受けたら連合が何らかな動きを見せると思うんだけど……」
「なんもないわけね」
「そう。なんか妙な形で宙ぶらりんになってんのよ」
「ふうん、気味が悪いわね。……あ、見えてきたわよ」

ユリが正面パネルを指差した。
あたしらのお船には窓はない。
正面に映っているのは、船外カメラを通した外の映像である。
WWWA本部のある惑星リオネスから、小刻みなワープを繰り返すこと3回。
M22星団に入り、ようやく問題のラングーザを目視できるところまで来た。

青い星である。
地球に似てる。
ということは海があるんだ。
データを見てみると、海:陸の比率は6:4。星の大きさは地球よりふた回り小さいけ
ども、それでも5億や10億くらいは楽に住めるだろう。
こんなところにたったひとりで住んでるなんて贅沢な話だわ。
大気中の酸素濃度、炭酸ガス濃度もほとんど地球と同じである。
淡水もあるというし、住むには何の問題もなさそうだ。
なぜにこんな良さそうな星を、その会社は放っておくかな?
資源がなけりゃ観光星として売り出しても良いだろうし、別荘地としてもいけるだろう。

そんなことを言っていると、ムギが合図を送ってきた。
大気圏に入るのだ。

ムギとは、某惑星で発見された現地獣クァールである。
言ってみれば宇宙生物であるが、見た目は地球にもいる豹に極めて近い。
全身漆黒で、全長2メートルほど。尻尾の先まで入れればもっとおっきい。
豹と異なるのは、両肩のあたりに各々一本ずつの長い触手があることだ。
指はないが、先端は吸盤のようになっており、これが人間の手指みたいに(あるいはそれ
以上に)起用に動くのだ。
耳にあたる部分には体毛が密集していてコイルみたいになってるのだが、それを微妙に
振動させて、ありとあらゆる電波や電流を自在にコントロールすることまで出来てしまう。

ここまで言えばわかるだろうけど、クァールは人間と同等か、それ以上の知能、知性がある
ことが認められている。
それでいて獣本来の獰猛さ、凶暴さも併せ持っていて、そのしなやかかつ強靱な筋肉と前足
の爪にかかれば、30ミリ程度の鋼板であれば、あっさりと引き裂いてしまうほどだ。
おまけに真空中でも生存可能であるから、ある意味「完全生物」であろう。

クァールについてはまだまだ研究途上で、よくわかっていない。
個体数が極めて少なく、多分10頭いるかいないかくらいだろう。
犬猫のように発情期にさかることもないので、もしかしたら生殖することが滅多にない生物
なのかも知れない。
まあ、これだけ優秀で頑丈な固体であれば滅多なことじゃ死なないだろうから、それでいい
のだろう。

で、そのクァールの野生種を捕らえた銀河連合が、そのうちの何頭かを実験的に性格改造
したのだ。
人間と一緒に暮らせるように、余計な野性味をとっぱらったってことね。
これはけっこう難しかったらしい。
飼い主に従順にすることは割と簡単らしかったけど、主以外の人間は、やはり敵に見える
からね。

こうして、彼らの獰猛性を可能な限り抑えた実験体が出来た。
その中の成功例を一頭、うちらが預かることになったのだ。
それがムギ。
でも、一緒に暮らし、ともに仕事をこなすうちに、うちらはムギをペットではなく相棒、
パートナーのひとりとして認めるようになったのだ。

そのムギは、操船時はナヴィゲーターをしている。
操船担当のユリが信頼出来ないからだ。
あたし?
あたしはお船に乗ってる時は、基本的になんもしないの。
情報収集を担当してるし、敵機が来れば応戦するけども、この中ではのんびりすんの。
だって、いざ仕事の時、主に働くのはあたしとムギであって、とろいユリは動きが鈍いん
だから。

ムギの合図があって数分後、成層圏を突破した。
あたしの肢体のように美しい、流線型のラブリーエンゼルは、全長80メートルほどの
外航型宇宙船である。
もちろん大気圏内航行も可能な優秀な機体だ。
しかし着陸するには空港がいる。
なければ、それなりの着陸スペースが必要となる。
だけど見渡す限りのジャングル地帯で、空港どころか構造物も見えない。

ここでもう一度、地上に対して通信を送ることにする。
さっきこの星の衛星軌道に入った時も、着陸指示を求めて通信したんだけど無視された。
あたしはマイクをとって言った。

「こちらWWWA所属のラブリーエンゼル号、ラングーザ管制、応答願います」

返事はない。

「……こちらWWWAのラブリーエンゼル。船籍はリオネス。着陸許可を求めます」

応答なし。

「あたしらWWWAのトラコンよっ! 返事をおしっ!」

あたしらのお船が来ていることは、モロー博士にだってわかってるはずなのだ。
こっちもラングーザから発信されてるレーダー波はムギがちゃんと捉えている。
レーダーがあるなら、当然こっちの姿は見えているだろう。
なのに何度も無視されてあたしが怒鳴り立てると、ユリが顔をしかめて言った。

「大声で喚かないでよ。マイクがあるんだから、怒鳴らなくてもいいでしょ」
「うっさいわね! こっちが丁寧に通信してるのにあのじいさん、こっちを無視してん
のよ。WWWAのトラコンと知って」
「だから、あっちには後ろめたいところがあるんでしょ? だったら、私たちなんか
歓迎するわけないわよ」

んなことはわかってる。
一応、手続きを踏んだに過ぎないのよ。
相手の犯罪が確定したわけじゃないんだから、いくらトラコンったって、いきなり土足で
踏み込むわけにはいかないでしょ。

「それにさあ、あのおじいちゃんしか住んでなくて、しかもここから出て行かないんなら、
もしかしてちゃんとした宇宙港なんかないんじゃないの?」

それはあるかも知れない。
モロー博士がここに来た時も、成層圏あたりから簡単なシャトルで打ち出されて来たの
なら、どっか適当な空き地でもあれば充分だし。
海に着水って手もあるし。
ならしようがない。

「どうすんの?」
「海に降りるのもイヤだし、場所作るわよ」
「へ? 場所?」

見たところ、一面の密林、ジャングルである。
小さなクリークのような川が見える以外は、どこが平地だかわからない。
ラブリーエンゼルは垂直離着陸も可能だけど、なんせ全長80メートルあるんだから、
余裕を見て100メートル四方くらいの空き地がないと困る。
ユリの操船技術を考えれば、もっとないと怖いかも。
それも、出来ればあんまり凹凸のない方がいい。
といって、このまま着陸出来そうな土地を探してラングーザ一周旅行というのもぞっと
しない。

こういう時は力業である。
あたしはFCSを解除し、低周波ミサイルを2基発射した。

「きゃああ!?」

地表が爆発し、シダが空に舞い上がる。
ユリが妙な悲鳴を上げている間にも、今度はナパーム弾を一発ぶち込んだ。
途端に、油の燃える黒煙を含んだオレンジ色の炎がわき起こる。
その火炎が鎮まる前に、ベークライトを放出してやる。
たちまち火災は収まり、ベークライトで固められた空き地が出来上がった。
120メートル四方くらいはありそうだ。
これならユリでも余裕で着地できるだろう。

「……ったく乱暴なんだから」
「あによ。こうした方が手っ取り早いでしょ」

まるで第三者のように呆れ顔でユリが言ったので、あたしもすかさず言い返した。
この女は大抵こうである。
自分だってそうした方がいい、そうするしかないとわかっていても、ヤバそうなことは
みんなあたしにやらせるのだ。
それで、後になって非難めいたことを言ってのけるのである。
とにかくスペースは作り、そこに降下した。

「むわっっ……」

昇降口から地上に降り立った瞬間、あたしは呻いた。
暑いのだ。
蒸すのだ。
なんなんだ、このバカ陽気。
亜熱帯に近いと聞かされてはいたが、これは立派な熱帯だろう。
しかも暑いだけでなく、湿気もスゴイ。
ジャングルがこれだけ密生しているんだから予想はしていたが、ここまでとは思わなかった。

「あっついねーー」

普段はあんまり汗をかかないユリも、眩しげに空を見上げて額を拭っていた。
その先には見たこともない大きな鳥が、ぎゃあぎゃあとやかましく鳴きながら飛んでいる。

「ねえ、どっちに行くの?」
「どっちって……、あんた飛んでてそれらしい建物見えなかったの?」
「私は操縦担当だもん。ちゃんと前見て安全運転よ。あんたが調べてないでどーすんのよ」

う。
そ、それはそうかも知んない。
あの時はミサイル撃って着地作ることしか考えてなかった。
うーん。
適当な言い訳を考えているうちに、前の方から何か気配が近づいてきた。

「ユリ!」
「わかってる!」

おちゃらけていても、こういう時はすぐにマジに戻る。
うちらはプロなのだ。
ムギの方も、言われる前に大きな蘇鉄の幹に隠れ込んでいた。
あたしらもそこに飛び込むように潜り込んだ。

「な……なに、あれ……」

ユリは小さく叫んだ。
あたしたちの目の前、5メートルくらいのところにある獣道を歩いている人がいた。
いや、人ではない。
けど、直立歩行してる。
よく見ると、全身が毛むくじゃらで、ゴリラか何かに見える。
でも、ゴリラみたいに長い手を地に着くようにして歩いてるんじゃない。
人間みたいに、きっちりと二足で歩いてるのだ。

それに、驚いたことに、手には武器らしいのを持ってる。
長くて大振りで、刃幅の広い蛮刀だ。
あと、長い棒みたいなものを持ってるのもいる。
手元のあたりにはボタンのようなものがあるし、先端には穴が開いているところを見ると
銃なのかも知れない。
ユリがそいつらを見ながら言った。

「……行ってみる?」

どう見ても普通の生き物ではない。
ということは、かのモロー博士が作った可能性が高い。
ならば、こいつらの後を着いていけば、モロー博士のところに連れて行ってくれるかも
知れない。
他にアテもない。
あたしはユリにうなずいて、一歩踏み出そうした。
その時。

「ひっ……」

誰かがあたしの肩に手を置いた。
やつらかと思って、つい軽く悲鳴を上げてしまった。
ビックリして振り向くと、後ろに若い男がかがみ込んでいた。

「シッ……」

男は人差し指を唇に当て、あたしを黙らせた。
ユリも驚いたようにそっちを見ている。
お鈍のユリが気づかなかったのはともかく、ムギにまで覚られずに近づくなんてタダモノ
じゃないわね。

「あ、あなた、誰っ」
「聞きたいことはいろいろあるだろうけど、ここは黙って僕に着いてきて」




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