紺碧の空間に、一隻の巨大な艦艇が浮かんでいた。
そびえ立つ艦橋も勇ましい、堂々たる戦艦である。
大口径のレーザー砲を連装した砲塔が、前部に二基、後部にも一基ある。
さらに砲身のないビーム砲や、小口径レーザー砲の小砲塔が散りばめられていた。
武装はそれだけではない。
いざ戦闘となれば、左右の艦腹が開いて熱線砲の副砲塔が飛び出すし、同じように各種のミサ
イルが大きな船体のあちこちに埋め込まれている。
この戦艦一隻と、攻撃機を満載した航宙母艦が一隻あれば、小さな惑星国家軍くらいであれば、
たちまちにして撃退できる戦闘能力を持っていた。

通常、戦闘艦艇は、その任務上、宇宙空間で目立たない色に塗装されている。
ダークブルーであったり、ネイビーブルーだったりする。
最近開発されたコスモスブルーという色は、暗く蒼い宇宙空間に溶け込むようなイメージで、
迷彩効果もあるとされている。
しかしその艦は、これ見よがしのホワイト──真っ白に彩色されていた。
そして艦首と艦橋の前後に、深紅の文字で大きく「UG」のマークが入っていた。
銀河連合を示すマーキングである。

連合宇宙軍に所属する戦艦ベルトリンク──その艦内は、静かだが異様な緊張感で満たされて
いた。
配置につく兵員たちは、誰も引き締まった──あるいは引きつった──表情を浮かべている。
特に交戦地に派遣されているわけでもないため、通常勤務の半舷休息のはずなのに、非常呼集で
全員が配置されていた。

その彼らを統べる艦橋の戦闘司令室には三人の軍人とひとりの少年がいた。
司令官席に着いている少年を囲むように士官たちが立っている。
その中のひとりが、重々しく少年に問うた。

「……坊ちゃん、本当によろしいのですね?」
「……」

一瞬口ごもった少年に、将校はさらに問う。

「坊ちゃん──」
「准将」

少年はようやく顔を上げ、彼を取り囲む男たちを見た。
瞳が澄んでいた。

「もう迷いはありません。これしか……僕にはもうこれしか思いつきません」
「……しかし」

准将の右隣にいた、大佐の階級章をつけた士官が言った。

「総督はともかく、民衆へも被害が……」
「それだけはなりません」
「……」
「くれぐれも……くれぐれも、一般市民を巻き込むのはやめてください。それでは、この行動
の意味がなくなります」

士官たちは顔を見合わせた。
少年の幼い、だが純粋な思いを噛みしめている。
同時に、自分たちの任務の重さも痛感していた。

─────────

あたしは、ぶんむくれていた。
あたしだけじゃない。
ユリだってほっぺを膨らませてむくれている。
そしてあたしたちの目の前では、上司たるグーリー主任が、これまた不機嫌そうな顔でこっち
を見ていた。
あたしは言った。

「主任。そりゃああたしたちもお仕事したいと思ってましたよ、ええ。だけど、お仕事なら
何でもいいってわけじゃないんです!」

そうなのだ。
珍しく。
極めて珍しく、あたしらは暇を持て余していた。
前の事件からまる一ヶ月、間をあけさせられたんだ。
もちろん休暇なんかじゃないから、その間はずっと本部で待機しなくちゃならない。
これが暇。

フィットネスルームで身体動かすにしたって、プールで泳ぐにしたって、室内射撃場でレイ
ガンやヒートガンをぶっ放すにしたって、資料室で本を読みふけるにしたって、一ヶ月は有り
過ぎだわ。
おまけに勤務時間内、というより本部内では飲酒厳禁。
どうしろっちゅうねん。
どうやったって時間が余る。
身体もなまる。
あたしとユリは、一週間ほどで手持ち無沙汰になってしまった。
それはそうで、今まで任務と任務の間は二週間も開いたことはないのだ(長期休暇中は除く
けど)。

なにしろ、銀河連合が開発した太陽系の数だけで3000以上。
人類が進出した惑星は10000の大台を超えている。
それだけ人がいれば、いつでもどこでも何かしら揉め事、トラブルが起こるのは当たり前で、
そのためにあたしたちトラコンがいる。

あたしを見てもらえばわかるように、トラコンには極めて優秀な人材がなる。
つまり数が少ない。
当然のように、トラコンへの需要と供給は圧倒的に需要が多く、提訴する側にとっては順番
待ち状態なのだ。

つまり、暇してるトラコンなんかいていいはずがないんだ。
なのに何なんだ、あたしらのこの状態は。
わかってる。
言われなくても想像がつく。
あたしたちは優秀なトラコンだから、手がけた事件は100%解決している。
いいこと、100%よ。
これは中央コンピュータだって、いやいや、皮肉や嫌みを言う主任だって認めている事実。

ただ。
何しろあたしたちの活躍は派手だから、犯罪者だけでなく周辺にもちょっぴり被害(あれが
「ちょっぴり」なら辞書を書き換える必要があるという意見もあるが黙殺)が出る。
だけどこれは不可抗力。
やむを得ないことよ。
そうではないのなら、あたしたちはとっくに解任され、WWWAをクビになってるはずだ。
でも、そうはなっていない。
それどころか、次から次へとお仕事が来る。
あたしらが優秀な証よ。

だけど周囲はそう見てくれない。
確かに、被害が出たのは事実だから、どうしたって恨み言のひとつも出る。
それをおっかぶってくれてるWWWA本部や、直接の上役であるグーリー主任の目が、あたし
たちに冷たくなるのもしようがない面もある。
だけども、別にあたしらだけじゃなく、誰が出張ったって同じような被害は出たはずなんだ。
それはCCも認めてる。

だけど、それだけに。
あたしらが出張ると、必ず悲惨な被害が出る事件だと決めつけていやがるのだ。
あたしが思うに、それを恐れてCCや本部が二の足を踏んでいるのだろう。
要は、ラブリーエンゼルが出なくて収まる事件なら、それに越したことはないという発想で
ある。

そんなわけで、なるべくあたしらを避けて通ってきたらしいが、今度ばかりはCCがあたしら
じゃなくちゃダメだと言ったみたい。
あんまり暇なんで、ユリとふたりで復学するかと(あんまり知られてないようだが、あたし
たちはメズイル総合大学という学校の学生だったんである。そこをWWWAにスカウトされた
んだ。今は休学中で、立場上は今でも大学生なのだ)真面目に話をしていたところに今回の
事件が降ってきた。

ユリも珍しく、眦を決して言った。

「そーですよ、主任っ。いくらなんでも連合宇宙軍の叛乱なんて、私たちじゃ荷が重すぎます
よっ」

そーなのだ。
今回の事件は、なんと連合宇宙軍の内部叛乱事件なのである。
確かにあたしたちは仕事に文句ばっか言ってきた。
でもそれは、文句言って当然の事件ばかりだったからだ。
単なる交通事故だの、ただの保険金詐欺だの、そんなのは地方警察の仕事で、決してWWWA
トラコンの仕事なんかではない。
なのにWWWAは提訴を受け、あたしらが派遣された。

そりゃまあ、単なる交通事故が最終的にはスーナリア政府崩壊を招くことになる大疑獄事件に
発展したし、ただの保険金詐欺だと思ってたつまんない事件が国際的カード偽造組織が絡んで
いたりとか、そういうことにはなった。
でも初っぱなは「なんじゃこりゃ?」みたいなのが多いのだ。
それが何だ。
今回はいきなり大事件、それも連合犯罪である。

刑事事件には2種類ある。
各国家、地方警察で処理すべきものとそうでないもの。
惑星や星系を跨いだ組織犯罪だの、連合宇宙軍の叛乱だのってのは国家警察じゃどうにもなら
ないから、銀河連合警察機構、場合によっては連合軍警察が処理する。
つまり連合犯罪である。
今回の事件も、間違いなくそれではないか。

「軍の叛乱なんて……そりゃあ小さな惑星国家の国内軍内部叛乱とかそういうのならわかりま
すよ。でも今度のは、かの連合宇宙軍なわけでしょう!? あたしらの出番じゃ……」
「そんなことはわかっとる!!」

あたしの抗議を打ち切るように、主任がデスクをドンと叩いて叫んだ。
眉と頬がひくひくしている。
よほど腹に据えかねてるんだろうな。

「ケイの言う通り、これは地方警察で収まる事件じゃない。連合犯罪であり、連合軍警察……
いや、場合によっては艦隊を繰り出さなきゃならん事件だ」
「だったら、そうすればいいじゃないですか」
「バカもん! きさま戦争起こすつもりか!」
「……」

そういやそうだ。
どこの駐留軍なのか知らないが、そこに連合宇宙軍艦隊が制圧にかかれば、否応なく戦火が交わ
されることは間違いないだろう。
叛乱起こした連中だって、そんなことをすればどうなるかわかってるだろうから、素直に軍警察
の説得に応じるとも思えない。
大体、そんなことになったら銀河連合軍の名前に大きく傷がつく。

あたしらが、主任の言いたいことがわかって黙ったので、主任も少しトーンを落として言った。

「実は、このことは連合宇宙軍本部には伝わっていない」
「は? どういうことですか?」
「この事態がおおごとにならないよう、連合宇宙軍本部には連絡せず、WWWAに提訴して
きたというわけだ」
「なるほど……。出来うるならば連合宇宙軍には知らせず、内々に処理したい、ということ
ですか」
「そうだ。それに、仮に艦隊同士の衝突になった場合、惑星の住民にも甚大な被害が出ることを
予想しなければならん」

あたしも少し落ち着いて言った。

「それじゃ主任、あたしたちの任務ってのは……」
「うむ。叛乱を平定しろ、というよりも、本当の叛乱になる前に抑えて欲しいということだ。
その原因を探り、首謀者を逮捕することだ」

─────────

今度は比較的近場だ。
隣の星系である。
とはいえ、ワープをしなくちゃならないのは変わらない。
ワープアウトし、通常航行に移る。
もうあとは例外的なことでもない限り自動操縦でいい。
ユリがオートパイロットに切り替えると、あたしは早速、今回の事件の資料を正面パネルに
投影した。

「惑星フローレンスか。綺麗な名前ね」

ユリがくつろぎまくった格好で言った。
シートをリクライニングにし、脚を組んでぶらぶらさせている。
そして組んだ両手に頭を乗せていた。
リラックスしすぎである。
もっとも、あたしも似通ったスタイルだ。仕事前の打ち合わせなんてのはこんなものだ。

「でも、あんまり聞かない名前ね」
「そうかもね。ここ、ドルツの委任統治領だから」

委任統治領というのは、まだ開発したばかりの星や、あまり資源や産業がない惑星国家を育て
るため、大国が間接統治を行なっている星や星域のことである。
もちろん委任するのは銀河連合で、委任される側は登録された惑星国家の中でも、連合内に
一定以上の勢力を持つ大国が中心だ。
ドルツもそのひとつである。

「ドルツかぁ」

ユリが少し複雑な顔になる。
ドルツは自分たちでも新たに惑星開発もするが、それ以外でも既存星を吸収合併することが多い。
それはいいのだが、ドルツの場合、かなりその手法が強引なのである。

これと目星をつけた惑星国家に対して、資金面や貿易面で経済援助を行い、長期延べ払いとする。
もともと経済的に苦しい国家に、分不相応なほどの額を貸し付ける。
当然、支払いは滞り出す。
いい加減負債が溜まったところで、それまでの返済を要求するわけだ。
払えるはずもないが、返済期限に違いはない。
そこで、窮した国を懐柔し、借金の棒引きやさらなる経済援助を持ちかけ、事実上その国を
乗っ取るのである。
これは立派な恐喝であり、暴力金融と遜色ないと思うのだけど、別に連合法に違反している
わけではないから、銀河連合としても正式に抗議はしにくい。
なにせ、ドルツの支配下に入りたいと、その国から言ってくるのだからどうにもならない。
連合が遠回しに注意を促すことは出来るが、そんなものに法的拘束力はないから、ドルツなど
は端から相手にしていない。

歴代の元首も、事実上の世襲制度を布いており、評判は芳しいとは言えない。
とはいえ、そんなものは屁とも思っていない(ま、お下品)。
それがドルツという国だ。

「去年のデータだけど、フローレンスの国家予算の62%がドルツからの支援ね。無償供与で
あったり援助金だったり、超低金利の長期延払い貸付だったり、形はいろいろだけど」
「ふぅん。じゃあ店子と大家どころじゃないんだ」
「そ。まったく頭が上がらないってとこね」

ユリが思いついたように聞いた。

「ねえ、それじゃあフローレンスには、もしかしてドルツ軍が駐留してるの?」
「違うわ。独立国って建前だから、一応、地上軍に航空軍、それに海軍はフローレンス独自の
部隊がいるみたい。もっとも規模は大したことないでしょうけどね」
「へえ」
「惑星軌道とか、フローレンスの経済宙域を守るための宇宙艦隊、これがないのね。だから
連合宇宙軍に依頼してるみたいよ」

ここで連合宇宙軍について説明しとくね。
これは言うまでもなく、銀河連合政府直属の機動戦闘部隊なの。
ただ、大昔のテラにあった国連軍とか地球連邦軍とは組織的に違うのね。

国連ていうのは世界政府じゃなかった。
だから加盟国のまとめ役以上のものじゃないのだ。
従って、国連独自の軍というのはない。
国連軍というのは、加盟国から「参加」してくれている各国軍の寄せ集めだった。
もちろん、軍を出してくれる国もあれば、派遣してくれない国もあった。
不公平といえば不公平だ。

地球連邦は世界政府ではあったけども、連邦軍に関してはUNと大差なかったんだ。
結局は寄せ集め部隊に過ぎなかった。
同様の不公平が生じてしまうわけね。

それで銀河連合が成立すると、今までの国連軍や連邦軍のままじゃマズイということになった。
そりゃそうで、様々な事情があるにせよ、部隊を出す国と出さない国があることによる不公
平感がある。
編成すればしたで、なにせ寄せ集めのにわか部隊ってことには変わりがない。
有事が起こるごとにいちいち編成されるわけだから、当然だわね。
言葉も習慣も異なる国から派遣されてきている兵隊たちをまとめるのは、一筋縄ではいかな
かったのだ。

それらの弊害にほとほと困っていた地球連邦の反省を踏まえて、銀河連合ではまったく別の
システムを採用した。
各惑星国家から派遣してもらう部隊をまとめるのではなく、連合独自の軍を持つことにした
わけだ。
つまり「銀河連合軍」として部隊を組織し、徴募して兵員を集め、各種兵器を装備する。

もちろん、それで集まる人員はいろいろな星の出身者である。
しかし、彼らをまとめて教育、訓練し、配属するのはすべて連合宇宙軍に任されている。
だから、風習だのイデオロギーだのの対立が、部隊同士で発生する可能性は著しく低下し、
一体感も出てきた。
さらに、応募してきた人が、自分の出身星に派遣されたいという希望を述べれば、それは可能
な限り考慮された。
自国を守るという愛国心もどんどん利用したのだ。
この制度は加盟国から歓迎された。
それというのも、自衛軍を持ちたいんだけど、経済的な理由で持てない弱小国家には、希望が
あれば優先して駐留軍を出すことになっていたからだ。

銀河連合加盟国は、その経済規模に応じた拠出金を要求されるんだけど、逆に言えば、それを
支払ってさえいれば、連合宇宙軍を要請する権利も持てるのだ。
だからフローレンスみたいに、地上は何とか軍を装備したけども、とても宇宙艦隊までは持て
ないという国に駐留艦隊を派遣したりする。
もちろん拠出金の他に、派遣費用の一部を負担はするんだけど、それにしたって、何隻もの航宙
戦闘艦を装備したり維持したりする費用を考えれば格段に安いのだ。

「じゃあ、その駐留軍が叛乱起こしたわけ?」
「そうみたいね。この資料じゃ詳しいことはわからないわ。詳細は現地で提訴者に聞けってな
ってる」

事情が事情だし、あまり公にしたくはないのだろうな。
万が一、通信が傍受でもされたら元も子もない。通信で思い出したが、おかしなことがひとつ
ある。
あたしはそれを口にした。

「……でもさあ、駐留軍には本部へ定期連絡する義務くらいあるだろうし、何の連絡もなけれ
ば宇宙軍本部からフローレンスへ問い合わせがあると思うんだよね。それでバレそうな気が
するんだけど」
「そうよねえ。でも、フローレンスは通信事情がかなり悪いみたいね」

ユリがデータを調べて教えてくれる。

「フローレンスって星は、大気もあったし惑星改造も比較的簡単だったらしいんだけど、
ひとつ大きな弱点があったって」
「弱点?」
「成層圏のかなり上の方になるんだけど、そこに電磁波の塊があるんだって」
「なにそれ?」
「私にもよくわかんないけど、電磁波を大量に含んだ雲みたいなものだって書いてあるよ。
その雲の中には強力な磁場があって、それが上空に出てしまうと、もう有線以外の一切の
通信が出来なくなるみたいよ」

場所がかなりの高空だから、人体や動植物にはほとんど影響ないらしいけど、その雲はもち
ろんその周辺は凄まじい電磁波の嵐になってるらしい。
超長波だろうがビーコンだろうがマイクロウェーブだろうが、電波の類は一切ダメなんだそうだ。
それどころかケーブル回線でも、雲が近辺に来てしまったら、たちまちノイズだらけで通話
どころじゃないようだ。

問題なのは、フローレンスにはその雲が不特定多数あるってことだ。
一応、雲が出る予報はあるらしいが、とにかく雲が出たら地上の有線しか通じない。
無線や電波の類は地上でもダメなんだそうだ。
ヘタに低いところでそいつが発生したりすると、地上の有線にすら大きな影響が出るらしい。
まして上空では雲が出たら(「食」と呼んでいるそうだ)、まったく通信不能となる。
間の悪いことに、今はフローレンスの有人大陸のほぼ全域に雲が出ているらしい。
厚さはそうないものの、現在この星の上空や宇宙空間では電波が使えない。

そんな話をしているうちに、大気圏まで入ってきた。
今回あたしらは潜入捜査ではない。
政府からの公式な依頼なので、この辺まで来れば、普通、向こうから誘導電波を送ってきて
くれる。
それに乗れば、何も考えないで宇宙港まで行ける。
一種のナヴィゲーションシステムだ。
だけど今フローレンスは「食」。
つまり電波が使えない。
どうするんだろうと思っていたら、11時の方向にかなり強力な光源があった。
それを目敏く見つけたユリが指差す。

「あれじゃない?」

ラブリーエンゼルの速度を落とし近づいていくと、確かに宇宙港である。
なるほど、食の時はこういう合図をするらしい。
よく見ると、ただ光っているだけでなくチカチカと瞬いている。
どっかで見たことあるなと思っていたら、ユリがそれを見つめながら何かメモを取っていた。

「なにしてんの?」
「モールスみたいよ」

モールス信号?
ひぇぇ、そんな古くさいもの、まだ使ってんのか。
そう言うと、ユリは澄まして(というか、少し偉そうに)答えた。

「あら、連合宇宙軍でもまだ使ってるわよ。電波封鎖中の時なんかには有効だもの」

ふん、だ。
つまんない知識ひけらかして威張ってんじゃないわよ。
肝心なことは知らないくせに、余計な知識だけはある女ね。
でもまあ今回は助かった。
向こうが送ってきたモールスをユリが読み取り、こちらからもライトを使って返信し、無事に
着陸した。

あたしたちが機から降りると同時に、迎えのエアカーが来てくれた。
さすがに公式依頼だけあって待遇がいい。
パリッとしたスーツを着こなした、いかにも役人て感じの中年男が送迎に来てくれている。
これが若いイケメンなら言うことないんだけど、そこまで贅沢は言えない。
なにせ、あたしらが来たというだけで殺気立ったり、あからさまに遠ざける関係者も多いのだ。
それに比べれば充分なVIP待遇だ。
と思ったのも、空港ビルに入った時まで。

「ユリ、気が付いてる?」
「……うん。私たちの後ろ、税関の3番窓口のそばに立ってる連中ね」

さすがに相棒、わかってる。
あたしらがビルに入ってから、ずっと付かず離れず、後をつけてきてるのがいる。
二人組の男で、ダークスーツにサングラス。
いかにも公安関係者だっていう見本みたいなカッコしてる。

「そっちにもいるわよ」
「え、どこ?」

あたしが気づかなかったが、ユリはもう一組気づいていたらしい。
エスカレータの手すりのところにカップルがいた。
一見、恋人同士に見えないこともないが、ちらちらとこちらを見る目つきが尋常でない。
こっちの方は、ちょっと得体が知れない。

「……私たちのこと知ってて尾行してるのかしらね」
「じゃないの?」
「じゃあやっぱ、例の駐留軍?」
「わかんないけど、そうかもね。でも、二組いるってのが妙だわ」
「別の組織かな?」
「かもね。でもなんでかしら」

あたしたちが顔を寄せ合ってボソボソ内緒話していると、先導していたお役人さんが振り向
いた。
怪訝そうな表情をしている。

「なにか?」
「いえ、何でもありませんわ」

ユリがにっこし笑って返答した。
この女の本性を知ってる人が見れば「うげげ」ものだが、そうでない人が見れば和む笑顔
である。
こいつの笑顔は、何か誤魔化す時には都合がいい(それも相手が男なら効果覿面である)。

あたしたちは黒塗りのリムジンで、そのまま総督府に連れていかれた。
尾行の連中はずっと後をつけてきていたが、リムジンはまこうともしなかった。
気づいていないのか、あるいはわかっていてそのままにしているのか。
雰囲気としては前者ね。
どう見てもこの役人は、詳細を何も知らされてないって感じだもん。

フローレンスの首都・サンダルシアの官庁街にある総督府は、過剰なくらいに立派な建物だ
った。
周辺には財務省や国務省のビル、国会議事センターなんかもあるんだけど、それらよりずっと
大きな建造物。
このあたりを見ても、この星はドルツの傀儡だというのがわかるね。
総督府はともかく、ドルツの弁務官事務所の方が首相府よりでかいんだから。
それはともかく、あたしたちを呼んだのはドルツから派遣されている総督なのだ。

地上32階の総督府ビルの最上階に、総督公室がある。
だだっぴろいその部屋には、主人と秘書しかいなかった。

「ようこそ、フローレンスへ」

あたしらは部屋に入るなり、総督はデスクから立ち上がって手を広げた。
左手を軽く振って秘書を隣室に追いやると、こっちに近づいてくる。

歳の頃なら40代後半てとこだろうか。
中肉中背だが、素材はそんなに悪くない。
若いときはそれなりにモテたかも知れない。
ただ、今は年齢相応に頭の方がだいぶ寂しくなっている。
これではシブ好み、中年好みのユリでも食指は伸びないだろうな。

「フローレンス総督のロベルト・テレジアです」

握手は交わしたが、手袋はそのままだった。
これがおいしそーなハンサムだったら素手だったけど。

「それにしても、WWWAのトラコンというのが、こんなお美しい方だとは思いもしません
でしたよ。それもふたりも」

総督は、薄くなった頭を撫でながら、あたしたちをジッと見て言った。
うちらはWWWAでも指折りの美女コンビだから、彼がそういう感想を持つのは当然だけど、
こっちを見る目つきがイヤだった。
露骨にいやらしい視線ではなかったけど、なんかこう馴染めない。
人間ではなく、女として見てるって感じ。
プライベートではそれでもいいけど(実際、女だし)、今はお仕事なんだから。
そういうけじめはつけて欲しいわ。
でも、そんなことはおくびにも出さず、あたしは聞いた。

「それでテレジア総督、詳しいお話をうかがいたいんですけど。あたしたちもあまり突っ込
んだ内容は知らないもので」
「そうでしたね」

総督はあたしたちを手招きして、大きな窓際のソファまで案内した。
あたしらが腰掛けると同時に、ガラステーブルにグラスが3つせり上がってきた。
こっちの好みも聞かずに一方的だなと思ったけど、なんでもこの飲み物はフローレンス名物
らしい。
淡いピンク色で、微炭酸。
もちろんアルコール入り。
薄甘い口当たりも悪くないし、アルコール濃度もちょうどいい。
ほのかに花の香りがすると思ったら、本当に花から精製したお酒らしい。
ユリが単刀直入に聞いた。

「……フローレンスに駐留している連合宇宙軍が叛乱を起こしたというお話ですけど」
「……そうなのだ」

ロベルト総督は、それこそ苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。

「正確には、連合宇宙軍から派遣されている艦隊が、だ。駐屯地の方はどうだかわからん」
「艦隊の規模は?」
「戦闘艦艇は、戦艦が一隻、巡航艦が三隻、駆逐艦七隻だ」

ふむ。
それなりの規模だな。
まあ小なりとはいえ、惑星一個を守るためだからね。
今度はあたしが聞く。

「駐屯地の方はわからないって言ったけど、それは?」
「ご存じとは思うが、今は「食」でね、通信が使えない。従って駐屯地とも連絡が取れんのだ」
「ああ」
「それで、問題の艦隊が叛乱宣言して以降、やつらは駐屯地に戻ったかどうかもわからない。
だから駐屯地が敵か味方かわからんのだ」

そこで総督は葉巻を取り出すと、いきなり火を着けた。
そして一息に吸い込むと、もうもうと煙を吐き出す。

「それで、私たちがまだ連合宇宙軍本部に連絡していないのは知ってると思うが」
「ええ、存じてます。でも、なぜです? WWWAに提訴するより、そっちの方が手っ取り
早いと思うんですが」

主任からは、「騒ぎを大きくしないため」と聞かされていたが、あたしは、一応、本人に確認
をとろうとした。
あたしの問いを聞いた総督は、やや躊躇して答えた。

「まあ……出来るだけ騒ぎを大きくしないため、なんだが……。ドルツ本国にも知られたく
はないしな」

それはあるだろう。
この事態が収拾出来なければ総督として失格の烙印を押される。
いや、こんな内乱もどきの事件が起こっただけでも、充分な責任問題だ。
でも、なんだか奥歯にものが挟まったような感じに聞こえる。
あたしはさらに突っ込んだ。

「まだ他に何か理由が?」
「実は……」

ロベルトは目を伏せて小さく言った。

「私の息子が絡んでおるのだ」
「息子?」
「アレスという倅だ。こいつが、駐留艦隊のやつらにそそのかされおったのだ!」
「……」

総督は激昂してテーブルを叩いた。
だが彼の見方は一面的に過ぎる。
そのアレスってのが軍を動かした可能性だって、同じくらいにあるはずなのだ。
ユリがポツリと言った。

「それで連合宇宙軍本部には言わず、内密にあたしたちへ提訴したんですね」
「その通りだ。なるべくなら息子は無事に助けたいのだ」

当然の親心だろうな。
銀河連合基本法の中の刑法ではただひとつ、この罪を犯しただけで死刑という犯罪がある。
それが銀河連合に対する国家反逆罪なのだ。
これだけは、他のどんな重犯罪とも別格で、とにかく適用されたら死刑という決まりになって
いる。

「もちろん、最悪の場合、息子の生死は問わない。国民の生命財産には代えられんからな。
だから君たちのやりやすいように行動してもらって構わない」
「何をしても、ですか」
「構わん」

総督は大きく頷いた。

「何なら、フローレンス国軍を使ってもよい。とにかくこの騒ぎを収めて欲しいのだ」
「……」

あたしとユリは顔を見合わせた。
その様子を見ていたロベルトは、何を思ったのかニヤリと笑った。

「まあ、堅い話はそんなところにしよう。もう定時になるしな」
「は……?」
「どうだね、これから時間があるならつき合わんかね? 小さな星だが、ナイトクラブくらい
はあるが」
「いえ、あたしたちはこれから打ち合わせをして、明日から早速任務にかかりますので」

あたしがそう答えると、総督はさして残念そうな顔もせず笑った。

「そうかね。君はどうかね、一緒に一夜を過ごさんかね?」

総督は、舐め回すような視線でユリを捉えていた。
確かにあたしらは美女である。
自分で言うのも何だが、スタイルも抜群だ。
しかも着ているコスチュームはセパレート・タイプである。
つまり、水着のビキニのようなものだ。布が隠しているのはバストとおヒップだけなのだ。
そのブラにしたって、大きく前が開いている。
パンツの方も、きわどいVカッとで素晴らしい脚線美を晒しているわ。
でも、こうしてあからさまに依頼人が誘ってくるなんてことは珍しい。
どっちかというと、あたしらの評判を聞きつけて、恐れおののいているやつばっかりだ。
それもイヤだが、こうして露骨にスケベそうな目で見られるのはもっとイヤだ。

幾分ホッとしたのは、このオヤジの興味はあたしよりユリにありそうだ、ということだ。
あたしの魅力に気づかないおバカなのね。
これが若いイケメンなら、ゆっくり教育してあげるところだけど、脂ぎった中年オヤジなら
いらないわ。
ユリにあげる。
もっとも、ユリの方も眉を顰めて嫌悪の表情を示している。
ま、当然ね。
そのユリがきっぱりと言った。

「いいえ。今、ケイが言ったようにこれからすぐに任務にかかりますので」

それを聞いた総督は肩をすくめて言った。

「そうかね。ではよろしくやってくれたまえ。そうだな、事件解決の暁にはご一緒願えるかな?」

その質問にも答えず、あたしとユリは軽く一礼して部屋を出た。

─────────

総督府ビルからエアカーで5分ほどの場所にある豪奢なホテルにあたしたちの部屋はキープ
されていた。
シャワーを浴びて寝室に戻ると、先に出ていたらしいユリが半裸でぷんすかしていた。

「なーによ、あの狒狒オヤジ!」

ユリはどちらかというと年下よりはオヤジ好みである。
あたしはどっちかといえば同年以下の方が好み。
ショタってほどじゃないと思うけど。
そのユリにして、ロベルトはダメらしい。

「大体、目つきがいやらしいのよ。舐め回すような目でさ」
「まあまあ」

あたしがユリを宥めるというのは珍しい。
普通は逆が多い。

「で? どうしよっか」

早速、作戦会議である。
さっきの印象では、どうもあのロベルト総督というのは一筋縄ではいかないタイプだ。
腹に一物もっていそうな感じ。

「この話、このまま鵜呑みにしていいのかな?」
「あたしもそれを考えてたとこ。どうも胡散臭いよね、あの男。駐留軍とフローレンス……
というか総督が対立してるのは確かみたいだけど、その原因はどっちにあるのか怪しいものね」
「言ってることもちぐはぐなのよ。どうも真剣に取り組んでるとは思えない」

そうなのだ。
息子を助けたいから内密に、と言ってみたり、そのすぐ後に、最悪の場合、息子の生死は問わ
ないと言ったり。
このまま彼の話だけで事を進めるのはまずいだろう。
あたしは言った。

「なら、いっそ駐留艦隊に乗り込んでみる?」
「ええ!?」

ユリが目を剥いた。
裸身に巻いていたシーツが少しはだける。
ユリはいつも裸で寝るのである。
あたしは澄まして言う。

「だって、双方の話を聞かなくちゃわからないでしょ。それと駐屯地がどういう立場なのかも
把握しておかないと、後で困るわよ」
「それもそうか……」
「それにね」

あたしは悪戯っぽい目でユリを見て言った。

「まさか総督も、あたしたちが艦隊にまで事情聴取に行くとは思ってないんじゃない?武装した
敵の真ん中なんだから」
「そっか。でも、確かに彼らは総督にとっては敵だけど、私たちはWWWAのトラコン。敵っ
てわけじゃないもんね。総督だってそのことに文句は言えないわ。さっき、私たちの好きにして
いいって言ったんだし」
「そういうこと。乗り込んで話を聞けば、きっとロベルトとは違った見解を述べるはずよ。仮に、
そこであたしたちに攻撃を仕掛けてくるようであれば、叛乱は本物ってことになるじゃない」
「そうね。なら話は簡単か」
「そう。逆にこっちを受け入れてくれるようなら、これは話し合いの余地がある。というか、
ウソをついているのが総督という可能性だって出てくるわ」

確かにあたしたちは依頼人の要請を受けて行動している。
でも、あくまでWWWAのトラコンなのであり、立場としては中立なのだ。
別に総督の犬ってわけじゃない。
非があるのが総督側なら、当然、彼を処罰すべく捕らえることになるのだ。
あたしたちはその後10分ほど軽く打ち合わせると、寝酒も飲まずにベッドに入った。

─────────

翌日、あたしたちは連合宇宙軍のフローレンス派遣艦隊旗艦・戦艦ベルトリンクの艦橋にいた。
前日の懸念はまったくなく、あたしたちは実にあっさりと駐留艦隊に迎え入れられたのである。

通されたのは司令官公室だった。
この手の戦艦には艦長室とは別に司令官室がある。
艦隊旗艦を担った場合、その司令官が乗り組むからである。
司令官室では、派遣艦隊司令官のコロン准将と、ベルトリンクの艦長モンティ大佐が、あたし
たちを待っていた。
それともうひとり少年がいる。
彼がロベルトの息子──アレスなのだろう。
テーブルを挟んで対峙したあたしたちに、まずアレスが立ち上がって頭を下げた。

「ようこそフローレンスに。僕はフローレンス総督の息子、アレス=テレジアです」
「WWWAから派遣されたラブリーエンゼルです。あたしはケイ。こっちは……」
「ユリです」

アレスにつられるように、あたしたちも立って挨拶した。
なかなか礼儀正しい子ね。
見たところ、年齢は12,3歳というところかな。
目鼻立ちが整った顔で、このままあと5年もすれば、かなりのハンサムになりそうな素質の
持ち主だ。
眉が薄く、やや気弱そうに見えないこともないが、これから経験を積めばまた変わってくる
だろう。
いずれにせよ、美少年ぶりを妨げるものではない。
でも、さすがに年齢制限に引っかかるかな。
いくらあたしが年下好みとはいえ、12歳じゃちょっとなあ。
などとあたしがバカなことを考えていると、ユリがさっそく質問し始めた。

「あなたたちは私たちを迎え入れてくれた。ということは敵ではないのね?」
「もちろんです」
「でも」

すかさずあたしも加わる。

「あなたたちは叛乱を起こしたわけでしょう? フローレンス政府に反旗を……」
「違います!」

思いのほか、強い口調で少年は言った。
一瞬、激昂したような表情を浮かべたものの、すぐにまた穏和なものに戻る。

「……確かに、父には逆らいました。でも、それはフローレンスに反したことにはなりません」
「どういうことかしら?」
「国民を裏切ったのは父の方です」

フローレンスは表向き独立国家なのだから、当然自前の政府がある。
そこには首長の首相を始めとする内閣が組織されてはいるのだ。
ただし、それがドルツの傀儡であることは誰でも知っている。
フローレンス国民たちもそれは知っているのだ。
事実上の支配者はドルツであり、ここを治めているのは総督のロベルトであることを。

その総督の横暴さは目に余るものだったらしい。
増税や新税の増設は頻々とし、それに不満を持った市民たちの集会を非合法として厳しく取り
締まる。
それが暴力非暴力に関わらず、手駒の警察軍を派遣し、残らず逮捕、拘禁した。
その場で殺された者も後を絶たなかった。

もちろん、この窮状は政府の知るところとなるが、腰抜けの閣僚たちはドルツに直訴すること
すらままならないのだそうだ。
それどころか、自分たちに害が及ばぬよう汲々としているのが現状らしい。
実の父の不正を口にするアレスの顔が暗い。

「それだけでも許し難いのですが……」
「まだあるの?」
「実は麻薬も……」
「麻薬?」
「リゼリアンAです」

げげ。
そんなもんに手を出してんのか。

現在、麻薬といえばほとんどが化学的に合成されたものなんだけど、このリゼリアンは別。
植物から抽出した麻薬成分で製造されているのだ。
この麻薬の特徴は、服用しても身体的に害はほとんどないところにある。
なのになぜ麻薬扱いされるのかというと、常習性がものすごく強いのだ。
吸ったり飲んだりするものなのだが、摂取しても若干気が楽になった気がする程度の効果しか
ないらしい。
つまりアップ系の麻薬のように精神的にハイになるとか、覚醒剤みたいに心身の疲労を一時的
に麻痺させるとか、そういう薬効はほとんどないのだ。

ただし、一度でも服用するとたちまち禁断症状に襲われることになる。
しかも、繰り返し服用することにより、どんどんその症状が強くなるのである。
だから興味半分で手を出した患者はもとより、騙されたり無理矢理飲まされた人でも、いき
なり中毒患者になってしまう。
ここが怖いところだ。
中毒者は身体に害こそないものの、リゼリアン欲しさに犯罪に走るわけである。

その禁断症状の激しさたるや、凄まじいほどだそうである。
あの苦しさに比べれば、砂漠の真ん中で一週間水なしで過ごす方がマシだと言われるほどだ。
早期に入院加療すれば、苦しみながらも治らないわけではないらしい。
しかし、概ね5度ほども服用したらもう手遅れになる。
あとは死ぬまでリゼリアンを服用するしかなくなるのである。
当然、犯罪組織の重要な資金源となっている。
一般的に出回っている麻薬と比べ、末端価格で3倍〜5倍もするらしい。

アレスが暗い顔をして言う。

「本国……ドルツ政庁にもたびたび訴えているんですが、まるで……」

相手にされない、ということだろう。
何せ全権総督の犯罪である。
ドルツとしても認めたくはないだろうし、そもそも信じていないかも知れない。
いやいや、もしかしたら裏からドルツが糸を引いている可能性だってあるのだ。
当然、フローレンス政府も傀儡だから、結果は同じだろう。
麻薬だけでなく、裏社会のマフィアとも懇意らしいと聞いて、あたしらは呆れ返った。

「でも、そんだけあちこちで悪いことやってるなら、国民の不満だって溜まってるでしょう?
リコールでも何でも……」
「リコールはもう5度もありました。けど、国民投票で信任されてしまうから、結局、居座る
ことになるんです」

確かリコールによる総督の解任は、国民投票をして有効投票数の過半数を獲らないと出来ない
はずだ。
そんなものはロベルトが裏で手を回して、買収、脅迫、贈賄と何でもやって票を集めてしまう
んだろうな。
そうでなくとも選挙結果をいじくることくらい平気でやるだろう。

「でも、それなら」

あたしは言った。

「ドルツに訴えるのは無意味かも知んないけど、銀河連合に直訴するって手もあるじゃないの」
「それもダメなのです」

アレスの横に控えていた連合宇宙軍のコロン准将が重い口を開いた。
口髭を蓄えた重厚そうなおっさんだ。
融通が利かなそうな頑固な面構えだが、その分、職務には忠実そう。

「総督の許可なく大気圏外飛行することは出来ませんし、通信の類はすべてチェックされてい
ます」
「……」
「我々が連合軍本部に戻るのすら止められてますし」
「そんな……。そこまでの権限はいくら総督だってないはずでしょ?」
「ええ。しかし、こちらからの連絡は、大抵の場合は通信ですればいいだけで、直接本部へ
行く用事は滅多にない、というのも事実です。ですから……」
「無理に出れば……」
「戦闘になりますな」

なるほど。
何か大事件でもない限り、出向く必要はないから足止めさせてもわからないということか。
まさに今が大事件なわけだけど、この件で総督が彼らを外へ出すわけないもんね。

それにしてもこのアレスって子はよく出来た子みたいだわ。
ああいう親を見て育っているからかも知れないけど、正義感は旺盛だし真面目だし。
その後聞いたところによると、アレスはロベルトがここに赴任してきてから生まれた子らしい。
つまりアレスにとって故郷とはドルツではなく、ここフローレンスってことなんだ。
美しいこの星で育ったアレスは、国土を疲弊させ、国民を蔑ろにすることに我慢が出来なかった
らしい。
それまで黙って話を聞いていたユリがポツリと言った。

「……でも、なんかヘン」
「何が?」
「だって、WWWAに提訴してきたのはアレスじゃなくてロベルトの方なのよ。今回のことが
バレないように努力していたはずなのに、なんでそんなことするの?」

そりゃそうだ。
確かに駐留軍に叛乱を起こされて困りはしたろうが、それでWWWAを呼んでしまっては自分
の悪事がバレるではないか。
苦渋の決断で仕方なくそうしただけかも知れないが、だとしたらあたしたちがアレスと接触
することは絶対に避けるはずだ。

総督は、この星でのあたしたちの行動の自由を保証した。
それには、こうしてアレスの元へ訪れることも含まれるのだ。
もしそうされたら困るのであれば、さっき止めているだろう。
少なくとも尾行くらいはつけるはずである。
あたしたちも空港の件があったから尾行には細心の注意を払っていたが、そんなものはなかった。

これはおかしい。
さっきも思ったがちぐはぐだ。ロベルトの行動には一貫性がない。
いずれ事件が解決すれば、彼が手を染めていた犯罪もすべて明るみに出るのだ。
あたしたちは私立探偵ではないから、依頼人の仕事だけするわけではない。
捜査の結果、依頼人の方に問題があったのなら、当然そっちも解決するのだ。
ユリが声を潜めてあたしの耳元で言った。

「バレても構わないと思ってんのかな?」
「わかんない。まさか、カタがついたらあたしたちも葬り去るとか思ってたりして」
「まさか。いくらドルツでもWWWA……銀河連合相手にケンカ売ったりしないわよ」
「いずれにしても、また総督のところにも行くわ。その時、問い詰めて……」
「待って」

ユリが強く言った。

「知らんぷりしてましょ」
「え……、でもあたしたちがここへ来たと知ったら、当然、何を言われてるか知ってるはずよ」
「ええ、多分ね。ロベルトがどんな反応するか確認するのよ。アレスたちが言ったことは嘘っ
ぱちだと言うか。それともロベルトの方も、知っていながら知らんぷりしてくるか」
「なるほど、それもいいね」

うなずきあってから、あたしはアレスに確認した。

「ところで、この星には駐留艦隊に対抗できるような戦力ってないの? 総督は、この騒ぎを
収めるためなら、国軍を使ってもいい、なんて言ってたけど」
「フローレンス固有の軍というのは地上軍しかありません」

アレスに変わってモンティ大佐が答えた。
この人、ベルトリンクの艦長だったっけ。

「陸海空の三軍があります。しかし空軍はもちろん大気圏内空軍であって宇宙軍ではありま
せん。従って、衛星軌道にいる艦隊に手出しは出来ないでしょう」

なるほど。
ま、対空ミサイル攻撃くらいは出来るだろうけど、そんなもんはレーダーで捕捉して簡単に
撃破できる。
アレスが付け加えた。

「他に戦闘衛星があります」
「戦闘衛星が?」

戦闘衛星っちゅうのは、無人の完全自動兵器だ。
直径50メートルくらいから、でかいのになると2キロほどのものもある球体である。
もちろん自走できる。
表面は硬装甲だったり液体金属だったり、レーザー反射用の鏡面装甲だったりいろいろだが、
その内部に様々な武器を仕込んでいるのは共通している。

「また剣呑なものがあるのね」
「まだコロン准将の艦隊が来る前、自前の防御兵器として購入したものです。2基あるはず
です」
「兵装はわかる?」
「大体は。メインは大口径のレーザー砲で、これが一門。あとは中距離と短距離用のミサイル
だけだと思います」

でかい割りに少ないと思うだろうけど、積んでいるのは武器だけではない。
当然、タマを積まなければならんわけだ。
レーザーのエネルギーに予備のミサイル。
短距離の小型ミサイルなんてのは「数撃ちゃ当たる」方式だから、文字通りの弾幕を張るため
に使うものだ。
予備ミサイルは山ほど積んでいなければ役には立たないわけだ。

それでもミサイルとレーザーだけってことはない気がする。
まだキャパはあるだろう。
あたしの表情に気づいたのか、准将が言った。

「あれは自走こそしますが、基本的には拠点防衛用の兵器です。ですから、他に積んでいると
すれば機雷あたりではないかと思いますが」
「あとはまあ、攻撃用兵器であればレールガンくらいは搭載している可能性はあります」

モンティ大佐も見解を述べた。

「いずれにせよ防衛用のものですから、地表に大きな被害を与えるような物騒なものは配備して
いないと思いますが」

戦闘衛星の厄介なところは、味方の識別信号のない相手に対しては無差別に攻撃をしてくる
ことだ。
もともと安い兵器だから、優秀な監視システムや認識装置まで積んでいない。
だから自動で判断するとなると、こうするしかないのだ。

「……いざとなったら使うわね、総督は」
「多分ね」

あたしたちは2時間ほど説明を受け、おおまかな彼らの主張は聞いた。
まだ判断するには情報が足りないけども、充分な収穫はあったわ。
コロン准将とモンティ大佐は、定例の参謀会議とのことで、そこで退席した。

あたしらもそこで一端引き上げるつもりだったのだけど、アレスがこっちを見てるのよ。
何だかすがりつきそうな視線で。
ああ、美少年にそんな風に見つめられたら、あたしたまんない。
年齢制限に引っかかることを忘れちゃいそう。
ユリが先んじて聞いた。

「まだ何かお話があるの?」
「……」

アレスは遠慮がちにうなずくと、あたしたちを自室へ案内した。

「僕は妾腹なんだそうですよ」

あまりにも普通の声と表情だったので、あたしはつい聞き逃していた。
しかしユリは目敏く気づき、問い返した。

「……意味、わかってるのよね?」
「はい。要するに本妻以外の女性から生まれた子供、ということですよね」

アレスは儚げな微笑を浮かべて言った。

「どうしてそれを知ったの?」
「どうしても何も……。父がそう言ってましたので」
「……」

信じられない。
中世封建社会じゃないのよ。
実の父が子供に向かって「おまえの母親は私の妻ではない。愛人だ」なんてこと言うか、普通。

「じゃあ……」
「ええ。父の本妻の子供はドルツにいるそうです」
「……」

話を聞くと、どうもアレスの母親というのは風俗関係の女性みたい。
ロベルトという男は、遊びで女を抱く時も、避妊だの何だのということはまるで考慮せず、
好き放題していたらしい。
結果としてアレスが生まれたのだ。

そんなら堕胎でも何でもさせればよかったではないか。
あたしがそう言うと、ユリがきつい顔をしてこっちを睨んだ。
これはあたしが悪かった。
本人を目の前にして、そういう無神経なことを言ってはいけないな。
しかもアレスはまだ12歳だ。
だけど彼は、さして気にした風でもなく言った。

「……父の言によれば、好都合だったんだそうです」
「好都合?」
「そう言ってましたけど。子供が出来たのは想定外だったが、それでも利用価値はあったから
堕ろさずに生ませたのだ、感謝しろ、と」
「ひどい……」

なんかむかっ腹が立ってきたよ、あたしゃ。

「でもそんな、生まれたばかりの子供を何に使おうってのよ」
「国民への緩衝のようです」

今でもそうだが、当時からロベルトは国民にまったく支持されていなかったのだ。
こんな男なら当然だ。
もっとも、そんなことはまるで気にしてなかったらしい。
それでも、あまりに度が過ぎてもやりにくいことが多くなるということで、アレスを利用した
のだそうだ。

彼にはドルツからの支配者の息子という目線ではなく、フローレンス為政者としての教育を
施したのだそうだ。
どういうことかというと、フローレンスのことを真面目に考え、国民や国を愛する人間に育て
るということだ。
なんでいきなりそうなのか。
ロベルトとは正反対なわけだが、その息子は親とは異なり、国を思いやる少年に成長していく。
催し物なんかにも総督に代わって出席することが多く、そこで多くの国民とも触れ合うわけだ。
アレスの純真さや真面目さはすぐに国民に広く理解され、愛されるようになってくる。

もちろんアレス出生の事情は一切伏せられている。
母親の風俗嬢には金を渡したか……いや、多分、処分されてるんだろうな。
秘密を守るために。
せっかくのアイドルが妾腹、それも風俗嬢が母となれば印象が悪すぎる。
それが狙い目で、総督への負の感情を和らげる働きを持たせようとしたんだな。

フローレンスで生まれたプリンス。
初めて国民の側に立った支配者の子。
彼はこの国にとっての希望の星だったわけだ。

そうなるに従って、総督を狙ったテロも激減したらしい。
なにせロベルトはアレスをいつも引き連れていたから、ヘタに爆弾テロや狙撃なんかしたら、
アレスが巻き添えを食う可能性が高い。
それに、最低の男ではあるが、アレスにとっては父親なのだ。
死んだらアレスが悲しむだろう。
そういう感情すら、総督は利用したのだ。

となると、多分この決起も総督の手の内だったのだろうかも知れない。
アレスを中心に不満分子をひとまとめにして、一気に処断する。

「じゃあアレスは……」
「はい。父の狙いはわかっていました」
「それでも決起したのね。利用されてるってわかってても」
「……遅かれ早かれ、こうなることは規定路線です。そのための環境を父は作ってきたわけ
ですから」
「……機会があったら、あんたに殺させてあげるわよ、あの男」
「いいえ」

あたしはふつふつと滾る怒りを堪えつつそう言ったのだが、アレスは首を振った。

「あんた、あの男が憎くはないの? あんたを利用しただけでなく、最後にはきっと……」
「父は父です。好きも嫌いもありません。父がいなければ僕はこの世に生まれていないわけ
ですし、そうなら、こうしてあなた方と知り合うこともなかったんです。そういう意味では
感謝していますよ」
「……」
「もちろんフローレンスや国民へのひどい仕打ちには憤りを感じてはいますが……」

そこで少年はきっぱりと言った。

「だからこそ、父の行いに対する償いということも含めて決起したんです。ユリさん、ケイ
さんにもご協力をお願いします」

そう言うと、フローレンスの国民的アイドルは、あたしたちに頭を下げた。




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