あたしたちは、また地上へ戻った。
警戒していたけど、迎撃されるようなことはなかった。
総督府で借りたエアカーやホテルの部屋も調べたが、盗聴器だの爆弾なのといった物騒なもの
は何も仕掛けてなかった。
尾行らしきものもない。
何か不気味だ。
あたしたちが何をしようが気にしてない、ということなんだろうか。
けど、ここで恐れ脅えていたらラブリーエンゼルの名が泣く。
むしろ動きやすくってやりやすいってもんである。
まずリゼリアンのことを調べてみたが、あまりこの星に蔓延っている様子はない。
警察の記録も見てみたが、目立った動きはないようである。
もっとも、警察機構も総督の手中にある可能性もあるから、全幅の信頼は置けないけど。
ただ、精製しているらしいという噂や情報はそこここにあったから、作ってはいるのだろう。
もしかしたら、ここでは消費せずに外で売り捌いているのかも知れない。
一通り調査してから、あたしたちはまたベルトリンクに向かった。
この調査結果の報告と、今後のことをアレスやコロン准将たちと打ち合わせるためである。
え?
総督にはいいのかって?
正直言って、まだ総督とアレスとどっちの言い分が正しいのか、あたしたちにはわかんない。
でも、あの脂ぎったオヤジと目元涼やかな美少年じゃあ、あたしたちがどっちの味方になるか、
火を見るより明らかじゃないの。
わはは。
何といい加減な、と言うなかれ。
今までだって、この選別基準でやってきて間違ったことは「ほとんど」ないのだ。
ハンサムは正しいのだ。
全くないわけじゃないけど。
ベルトリンクに到着すると、あたしたちはそのまま駐屯地にまで連れて行かれた。
ベルトリンクでも構わないが、基地の方がより安全だというモンティ大佐の言を入れたので
ある。
ははあ、ということは駐留軍まるごと叛乱に参加してるっつうことか。
総督は、駐留基地の方は敵か味方かわからんと言ってたけど、基地ごと裏切られたってことね。
フローレンス派遣艦隊が駐留しているのは、本星フローレンスの衛星軌道上にある大きめの
浮遊岩石──というより小さな衛星である。
アザリンという名前だそうだ。
最大幅12キロ、高さが5キロほどの円盤状の物体だ。
特に資源らしいものもないので放って置かれたらしいが、派遣艦隊が来るにあたって、ここを
くりぬいて駐留基地にしたのだ。
あたしたちが案内されたのはガンルーム──士官食堂である。
さすがに士官専用だけあって、サービスもいい。
給仕姿の兵士たちがウェイター代わりだ。
カウンターもあって、その中にはバーテンもいる。
何でも、バーテンやコックたちは民間人らしい。
食事時間ではなかったが、室内にはそれでも20名ほどの軍人たちが食事を摂っていた。
あたしはジンフィズ、ユリはロゼのワインを注文し、アレスたちと向かい合った。
ユリが周囲をきょろきょろと見回しながら言った。
「こんなとこでお話して大丈夫なんですか?」
「平気です。今ここに残っているのは、我々が総督に反旗を翻したことに賛同している連中
だけですから」
「そうなんですか」
「ええ。今回決起するに当たって、基地の全員に事情は説明しました。我々に従えない者は
地上へ行け、攻撃はしない、と」
モンティ大佐の説明を受け、コロン准将も言った。
「もっとも、それで基地から出ていったのは10人もいなかったですね。みんな腹を据えかね
てましたから、総督には」
准将は少し嬉しそうな顔をした。
その顔を横目で見ながらベルトリンク艦長が言う。
「ま、そういう事情ですから、ここなら安全です」
だが次の瞬間、大佐の保証は覆されてしまった。
コーンという乾いた硬い音が床から響いた。
目敏くユリがそれに気づく。
床に転がってきたそれは。
「手榴弾!」
「!?」
あっと思う間もなく、コロン准将は乱暴にアレスの腕を引っ張り、床に転がした。
何のことだかわからず、少年がもんどり打つと、その上に覆い被さった。
モンティ大佐の動きも素早く、テーブルを掴むとそれをバリケードにして身を屈めた。
あたしはどうしようもないので、とにかくその場から逃げようと身を躍らせ、床に滑り込む
ように身体を低くする。
ユリは!?
そう思った瞬間、爆発が起こった。
辺りに悲鳴と怒号が乱れ飛ぶ。
きな臭い硝煙と、破壊された調度や建築材の匂いが鼻を突く。
あたしはうつぶせに倒れたまま、ゆっくりを目を開け、耳に押し当てた手を外した。
さっと状況を確認する。
軍服姿の男や、ウェイトレスたちが数人倒れている。
血だまりもある。
咄嗟に叫んだ。
「みんな無事!? アレス! ユリっ!!」
「……大丈夫だ」
すぐに声が返ってきた。
軍帽が爆風で吹き飛ばされたのか、コロン准将の額から一筋血が流れている。
手榴弾の破片で傷を負ったようだが、意識はしっかりしてるし、大したケガではなさそうだ。
驚いたことに、ユリもアレスに覆い被さっていた。
何より自分の身の安全を図るあの女にしては、信じがたい行動である。
ははあ、これであの美少年に媚び売ろうってのね。
総督の倅だし、身分的にもこの上ない。
なんて考えていると、アレスもゆっくりと顔を上げた。
心なしか顔が紅潮しているが、ケガはないようだ。
あれ?
なんだか本当に照れくさそうだ。
ははあん、ユリが覆い被さったからだな。
ちょうど胸のあたりがアレスの顔の上に来たんだろう。
ユリも少し胸を気にしている。
「よかった、みんな大丈夫ね? いったい誰が……」
あたしがそう言ってユリたちの方へ行こうとすると、そのユリが機敏に立ち上がった。
「!?」
驚く暇もなく、ユリは脱兎の如く駆けだした。
なんだ、なんなんだ。
見ると、ユリの先には逃げる男がいるではないか。
そうか、あれが犯人か!
あたしもすぐにユリの後を追う。
ベンダーの制服の男だ。
職員の振りをして、総督側の連中が紛れ込んでいたのか。
やつは、あたしたちが追ってくるのを見ると、振り返って銃を抜いた。
「ユリっ!」
あたしが叫ぶと、ユリも機敏に反応してその銃口から逃れた。
ユリのいたあたりにオレンジ色の熱線が流れる。
撃たれて黙ってるあたしらじゃない。
あたしはすぐさま腰のホルスターからブラスターを引き抜くと、ろくすっぽ狙いも定めずに
連射した。
「ぐあっ」
熱線が男の左肩を灼いた。
崩折れる男のもとにユリが駆け寄る。
すると、男の眉間に小さな穴が開き、殺人者はもんどり打って倒れ込んだ。
ユリが撃ったのか!?
違う。今度はカウンターの中から光条が走る。
レーザーだ。
白髪白髭のバーテンが小型レーザー銃を乱射しているのだ。
ユリの周辺に、いくつもの小さく黒い穴が開く。
そんな焼け焦げなど目に入らないとばかりに、ユリはバーテンに向かっていった。
「抵抗はおやめっ! 私たちがWWWAのトラコンと知っての仕打ちなのっ!?」
ユリの叫びを嘲笑うかのように、バーテンは銃を撃った。
いつの間にか両手に一丁ずつ持って発砲している。
説得は無駄と覚ったのか、ユリが怒り心頭で反撃に出る。
「いい加減におしっ!」
唯一発が、バーテンのベストの左胸を貫いた。
胸の中央やや左の位置に、小さな血の華が咲き、バーテンの後ろの酒棚にバッと血しぶきが
飛んだ。
のけぞるように倒れたバーテンにさらに襲いかかるように、ユリがカウンターを身軽に飛び
越えていく。
「ユリっ!」
あたしがカウンターの中を覗くと、ユリは小さく首を振った。
死んだということだ。
ユリは血まみれの男の服をまさぐっている。
もちろん証拠品探しだが、普段はこういうことはあたし任せにするのがユリだ。
血まみれの死体になんか触れなぁい、なんてふざけた言うのが普通である。
ところが今度ばかりは、レモンイエローの手袋が血で汚れるのも構わず、ポケットを漁って
いた。
バーテンの内ポケットから取り出したカードを眺めていたユリは、おもむろにそれをあたし
に見せた。
「……国家警察?」
───────────
あたしとユリは、目の前にそびえる22階のビルに入っていった。
国家警察首都警備局。
前もってアポは取っておいたから(とはいえ、30分前にだけど)、スムーズに行けた。
もし断られたら、ひと暴れしてでも締め上げるつもりだったから、そうならずに済んでひと
安心。
だけど、本番はこれからよ。
向かったのは最上階にある局長室。
分厚いイミテーションウッドのドアがシャッと開くと、大きな窓を背中にして小太りの男が
座っていた。
デスクの上のプレートには「局長 フレデリック・アスマン」と書いてある。
その顔は幾分強張っていて、あたしたちがどういう目的でここに来たのか知っているよう
だった。
まずユリが皮肉そうに切り出した。
「……よく私たちの取り調べに応じる気になったわね」
「……」
『取り調べ』と言われて、少しムッとしたようだが、すぐに表情を殺した。
うん、簡単に逆上するほど子供じゃないってことね。
局長はブスッとした声で応じる。
「……WWWAから正式に派遣されたトラコンの調査を拒否することは出来まい」
「まあね。じゃあ本題だけど……」
あたしはアスマンのデスクに、思い切り証拠品を叩きつけた。
「RW33のM&Pタイプ。市販の銃じゃないわ、国家警察の制式銃よ!」
「……」
「あたしたちを……アレスを狙ったのはあんたたちね!」
RW33ていうのはRW社の中型レイガンで、M&Pタイプっていうのは軍用および警察用
って意味。
他にCタイプというのがあって、これはコマーシャルタイプと呼ばれる民生用ね。
RW33はあっさりした構造だから、故障が少なくて扱いが簡単、しかもエネルギー消費が
少ないってことで人気がある銃だ。
大抵のガンショップで売られているが、M&Pタイプはさっき言ったように軍か警察が使う
ためのものだから、そこらで売ってるわけじゃない。
直接、官庁や軍、警察に卸すもので、民間人が手に入れるチャンスはほとんどない。
問い詰めると、局長はネクタイを緩めながら苦しそうな表情で言った。
「いや、だから……それは盗まれた銃で、やったのもニセ警官なんだ」
「それだけじゃないわね」
ユリは局長の後ろに回って、大きな窓枠に腰掛けながら言う。
「私たちがフローレンス第二宇宙港に降りた後、ステーションビルからずっとつけてきたのも
あなたたちよね、きっと」
「し、知っていたのか……」
「もちろん」
アスマンはハンカチを取り出して、額と首筋の汗を拭いた。
「正直に答えた方が身のためよ。このままだとWWWA、いえ、銀河連合がフローレンスの
敵に回るわ」
「脅かさんでくれ」
ユリの恫喝に、局長は首をすくめた。
「常識だろう。フローレンスの国家警察如きが、WWWAや銀河連合とまともにやりあえると
思うのかね」
「……」
「確かに、空港であんたたちを尾行させた」
「なぜ、そんなことしたの!?」
あたしはデスクの端を両手で掴み、局長の正面から攻めた。
「そ、それは言えん……」
「……」
「だが、誓って言うが、別にあんたたちに危害を加えようと思ったわけではない。それに、
アザリンでの爆破テロはわしたちではない!」
「……いいわよ、言わなくても」
あたしは出来るだけドスを含んだ低い声で言った。
「強制捜査にすればすぐわかるんだから」
「ま、待ってくれ、強制捜査は困る!」
「困るんなら、今言って!」
「く……」
アスマンはまずあたしを見た。
泣き落としなんか通用しないわ。
とりつく島もないと思ったのか、それからゆっくりと後ろにいるユリに目をやる。
でも、そっちも同じ。
ユリは冷たいほどに冷静な目で、じっと局長を見ていた。
アスマンはしばらく葛藤した後、何かに負けたかのように、ガックリと肩から力を抜いた。
そしてデスクに肘をつき、組んだ手に額を乗せて力なく言った。
「……ドルツだ」
「ドルツ!?」
「詳しいことは知らんが、やつら、この星で何か見つけたらしいんだ」
「何かってなに?」
「……」
「この期に及んで、隠し事なんかしたって意味ないわよ」
ユリが脚を踏ん張るようにして胸を張った。
なんかすごい。
今回のユリは迫力がある。
まさか、マジでアレスをたらし込もうとしてるんじゃないだろな。
局長はその迫力に押されたのか、そのまま喋った。
「……ブッディジウムだ」
「え……!?」
あの希元素の?
そんなもんが、ここから出たの?
「これは本当に詳しく知らんのだが、どこかでブッディジウムが採掘されたらしいんだ。多分、
見つけたのはドルツの息がかかったやつらだろうな」
「ふうん……。それで総督たちが躍起になってんのね」
「そうだ。だが、見つけたのがドルツ側だとしても、掘ったのはフローレンスの人間だし、
だいたい発掘したのはフローレンスの土地なんだ!」
局長は、ドン!とデスクを叩いた。
「ところがやつら、それを独り占めしようとしておるんだ! そんなことが許せるか!?
あれはフローレンスの財産なんだ」
それはわかるし、その通りだ。
もちろん発見した人にも某かの権利は発生するだろうけど、場所はこの星なんだもん。
この星の人たちのものだわ。
いくらドルツが委任統治しているにせよ、フローレンスで産出したものは、あくまでフロー
レンスのもののはず。
だけど。
だからと言って、廻りの人を巻き込んでまで部外者を除こうとするのは間違ってる。
「それであんたたちは、総督に呼ばれて来た邪魔なあたしたちに尾行をつけたのね?」
「……」
「挙げ句、爆弾で吹っ飛ばそうとした。でも、あそこにはアレスもいたのよ!? 無事だった
からよかったけど、万が一……」
「違う!!」
「えっ……?」
思いっ切り否定されて、あたしは戸惑った。
まさか、まだウソで逃げ切ろうってんじゃないでしょうね、こいつ。
「あそこにアレスがいるとわかってたら、そんなことはせん!」
「でも、あたしたちを狙ったのは確かでしょっ」
「だから違うっ!」
今度は局長も立ち上がって言った。
「あんたらを尾行したのは確かだが、それは殺したり捕らえたりするつもりじゃなかったんだ」
「じゃあ、何なの!?」
「……真相を告げて、協力を要請するつもりだったのだ」
「え……」
そうなのか。
ユリも驚いた顔で言った。
「で、でも、じゃあ、なんで接触して来なかったの? もしそうしてくれてたら、こんなこと
には……」
「わかってる。だが、そううまくはいかなかったのだ。あんたたちも気づいただろう、もう一組
尾行がついていたのを」
それはわかってた。
だけど、それがどんな意味を持つのかまではわからなかったんだ。
あの時点では、尾行がつくとしたら反乱軍側からだと信じてたもの。
それが二組あるというのがわからなかった。
念を入れて二組なのかと思ったけど、そういう風には見えなかったし。
「じゃあ、あっちの方は総督がつけた連中だったの?」
「そうだ」
局長は、苦い薬を飲み込むような表情でうなずいた。
「目的は、こっちがあんたたちと接触するのを妨害することだ。真相を知られてはまずいから
だ」
「……」
「こっちの動きが読まれているとわかった時点で尾行はやめた。と言って、正面からあんたら
に近づくわけにもいかんしな。総督が邪魔するに決まってる」
そうだったのか。
だけどアザリンの方はどうなんだ。
あたしが問い詰める前に、ユリが聞いた。
「じゃあ爆破事件の方はどうなの? あれも総督がやったことなのかしら。あなたたちがやっ
た証拠しか残ってないんだけど」
「違うと言ってるだろう! いくら田舎警察だって、あんなバカげた証拠を残すわけがある
まい」
そう言われればそうだ。
もし本当に国家警察がやったことなら、実行犯に持たせる銃を、わざわざ警察制式銃するよう
なバカな真似はすまい。
おまけにIDカードまで持っていたんだから、いくら何でもひどすぎる。
まるで見つけてくれと言わんばかりの証拠なんだから。
失敗する危険を顧みない、無謀なやり方である。
確かにそう考えるよりは、どこか別の組織が国家警察に罪をなすりつけようとしたと考える方
がすっきりする。
うーむ。ということは、どうなるんだ?
結局、総督は何がしたいんだ?
ブッディジウムが欲しいのか?
「……」
局長は、かわいそうにがっくりと肩を落として項垂れている。
でも、逆に肩の荷が下りたのかも知れないな。
これでもう警察に隠し事はない。
突っ込まれることもなくなるわけだし。
あたしたちも、警察は敵ではないとわかっただけでも気が楽になる。
よぅし、今度はどうしよう??
───────────
結局、ケイとユリは二手に分かれて行動した。
過去を振り返るに、お互いに単独行動をとるとロクな目に遭ってない気がしたが、今回ばかり
は仕方がない。
敵はアレスを直接殺しに出てきた。
それも、衛星軌道上にある連合宇宙軍の駐屯地内で爆発物を投げ込んできたのである。
このことはふたつの要素を暗示している。
ひとつは、敵は邪魔なアレスに対し、はっきりと殺意を向けてきたこと。
しかも爆殺を狙ってきた。
見境なしだ。
そしてもうひとつ、起こった場所がこっちの本拠地だということだ。
これは大きい。
連合宇宙軍基地という、ある意味聖域のような場所も安全でないということ、そして駐屯地内
に敵か、敵に通じている者がいるということになる。
事態は極めて深刻になった。
アレスにとって、もうこのフローレンスに安全な地はない。
唯一の味方だった連合宇宙軍艦隊の、しかも浮遊衛星をくりぬいて造った駐留地でまで暗殺
未遂があった。
宇宙空間すら危険だ、ということになる。
もしアレスの身柄を守るだけであれば、ケイとユリが就くべきだろう。
しかし、そうもいかないのだ。
彼女たちはアレスを救うことはもちろんだが、本来の任務は、この内紛劇を収めることにある。
守ってばかりでは埒があかない。
事が事だから、WWWA本部か連合宇宙軍総司令部に連絡して増援を送ってもらうべきだろう
が、生憎、今フローレンスは「食」で一切の電波が使えない。
小型艇やシャトルで抜け出し、近隣の星へ救援を求める手も使えない。
コロン准将の言った通り、そんなことをしても、たちまち対空砲火を浴びることになるし、
かの戦闘衛星が飛んでくるだろう。
僥倖に恵まれ、なんとかフローレンスから脱出できたとしても、直近の在住惑星パプールとは
5光年離れている。
ワープ機能のない宇宙船では時間が掛かりすぎる。
となると策はいくつもない。まずはアレス周辺の守りを固めることだ。
これは最優先。
連合宇宙軍の部隊が守ってくれてはいるが、駐屯地での暗殺未遂を見ても分かるように完璧
とはいかない。
内部に内通者がいることは確実で、今、部隊内は疑心暗鬼の不穏な雰囲気になっている。
確実に味方なのは、司令のコロン准将とその側近くらいだ。
だから厳重に守る必要がある。
戦艦ベルトリングにアレスとコロン准将を移し、そこをケイとムギで守ることになった。
ベルトリングには、艦長のモンティ大佐が厳選した将兵だけが乗り込んだ。
これだけすれば、まず安全なはずだ。
ユリの方は調査のため、フローレンスに降りた。
ユリたちは、総督のロベルトたちが諸悪の根源だとわかっているが、向こうはまだ彼女たちが
反旗を翻したとは思っていないはずだ。
だから単独行動でもいけるだろうという判断である。
なぜユリになったかと言えば、ロベルトの方がケイよりもユリを気に入っているようだ、と
いうのがわかったからだ。
気休めではあるが、なるべくバレないで調査したいから、つまらないことでも念を入れた方が
いい。
ユリはシャトルを駆って地表に降下した。
それも、堂々と総督府の敷地だ。
大胆不敵だが、これ程度のハッタリくらい、ダーティペアにはどうということはない。
しかしユリは総督府には寄らず、そのまま内閣府の植物園に向かった。
リゼリアンAの調査のためだ。
リゼリアンAは化学的に作り出した麻薬ではない。
リゼルという植物から抽出したものだ。
アレスの言う通り、この麻薬がこの地で密造されているとすれば、どこかにリゼルの花がなく
てはならない。
フローレンスにリゼルはあるのか。
知らないとしても、どこになら生える可能性があるのか。
それを聞き出すためだ。
この星に於いて、植物学者としての最高権威が国立植物園にいる。彼なら何か知っているはず
だと思ったからだ。
総督側の人間だったらもちろん、そうでないとしても素直には吐かないだろう。
国の恥だと思うかも知れないからだ。
しかしこの星でリゼルが発見されているとしたら、その一報が耳に届かないはずはない。
いずれにしても何かを知っているはずだ。
ユリはそう確信して、植物園付属の研究所に向かった。
ユリは何気なくガラスハウスを眺めながら歩いた。
「4号館」とプレートが掛かっている。
「綺麗……」
リオネスでもお馴染みの蘭科の花が咲き誇っている。
恐らくハウス内は、濃密な蘭の薫りで満ちているだろう。
「?」
ユリの脚が止まった。
何かひっかかるものがある。
両手をガラスに当て、顔をぐっと近づけて観察した。
デンドロビウムが黄色い花を見事に咲かせているその隣。
胡蝶蘭の向こうにある小さな花の群生。
高さ10センチもないだろうか。
一見パンジーに見えるその小さく可憐な紫紺の花。
「え……」
ユリの大きな瞳が見開かれた。
「……リゼル?」
まさか。そんなことはないだろう。
いくら何でも無防備すぎる。
ここは国立植物園である。
国民なら誰でも入館できるし、これほど目に付く場所もない。
だいたい、植物園で麻薬の原料となる花を育成しているなんて聞いたこともない。
とにかく確認しよう。
そう思ったユリは研究所に行くのをやめ、そのガラスハウスに入っていった。
まだ開園時間になっていないようで、入場口には誰もいない。
チェーンは掛かっていたが、簡単に跨いで中に入った。
一応警戒して辺りを見回したが警備員すらいない。
確かに植物園に押し入る強盗や泥棒はいないだろうから、厳重な警備はいらないのだろう。
ということは、あの花はリゼルではないのか?
見間違いだろうか?
ユリの心にそんな疑念が湧いたが、とにかく見ればわかる。
ユリはさっきの4号館の入り口に辿り着き、中に入った。
むあっとする湿気と温度。
外気と5℃くらいは違うだろうか。
ユリは足音をなるべく立てないよう、それでも急いでさっきの場所へ向かう。
デンドロビウムの側、あそこだ。
ユリは小走りに駆け寄り、その小さな花の側にしゃがんだ。
そして一本、花を折り採った。
くんくんと花の香りを嗅いでつぶやく。
「やっぱりリゼル……」
リゼル特有の、酸っぱいような甘いような薫りがする。
ユリは花弁の奥を小指でまさぐり、中から僅かな蜜を取ると、それを口にした。
「すっぱ……」
間違いない。
リゼルだ。
ユリは立ち上がってその周辺を見た。
一面のリゼル畑である。
もしかすると4号館だけでなく、他の温室にも散りばめられているのかも知れない。
麻薬原料の植物が、こんな人目に付くところに栽培されている不敵さに驚いた。
しかし、よく考えるといい隠し場所なのかも知れない。木の葉を隠すには森へ。
リゼルを隠すなら、他の草花が咲き乱れている中に、ということか。
大体、リゼリアンAの製法というか、原材料が何であるか、知っている人間はごく限られて
いる。
麻薬捜査官であるとか、それこそトラコンくらいのものである。
ましてそのリゼルの花がどういうものかなどということは、一般民衆が知っているわけが
ないのだ。
だが、それにしたってこんな「これ見よがし」にする必要はないはずだ。
あのロベルトという男は何を考えているのだろう。
「!!」
ユリが小さな顎に人差し指をあて、小首をかしげた時、ババッと光条が飛んできた。
ユリは反射的に身を屈め、腰を低く落としていた。
既に右手にはレイガンが握られている。
ユリの小さな手にもすっぽり入ってしまうような小型のレイガンである。
考えるより先に身体が動いている。
WWWAでの厳しい訓練の成果だ。
ボッとオレンジ色の太い光が空気を切り裂いてユリに向かってくる。
顔を僅かに動かし、寸前でその熱線を避けると、発射したと思われる繁みに向かってトリガー
を絞っていた。
「うぐっ……」
盲撃ちだったが、見事に相手にヒットした。
ブラスターを握ったダークスーツの男が、胸を押さえて繁みの上から倒れ込んだ。
ユリは素早く周囲を見渡した。
どこか隠れる場所を見つけないと。
今のまま身を晒しておくのはまずい。
3時方向に、丸く刈り取られたブッシュがたくさん見える。
そこだ、と思った瞬間にユリの身体は突っ走っていた。
青白いレーザー光や、赤やオレンジの熱線が、黒髪の少女目がけて殺到する。
ユリは出来うる限り俊敏に動き、ブッシュに飛び込んだが、さすがに無傷とはいかなかった。
頭のてっぺんと脇腹にレーザーが掠る。
パッと灼けた髪が飛び、脇腹がほのかに赤く染まる。
しゅん、と音を立てて特殊ポリマーが溶け、蒸発する。
ユリとケイは、素肌を露出しているように見えるところには、WWWAが開発した断熱防弾
の極薄ポリマーを塗布している。
これのお陰で、かすった程度の弾丸や熱エネルギーなら、ほぼ無傷で済む。
普通ならヒートガンの熱線が身体をかすったら、もうそれだけで大やけどだし、大出力のレー
ザーがかすればショック死しかねない。
特殊ポリマーはそれを防いでくれるのである。
ただし「ある程度は」の話だ。
機動歩兵が着込んでいるような装甲板みたいな頑丈さはもちろんないし、軽装甲兵のアーマー・
プレートにも及ばない。
だから、擦過ならともかく、まともに喰らえばタダでは済まない。
もっとも、敵の攻撃をまともに食らうようでは、トラコン養成所を卒業できないだろう。
火線は何本もあった。
少なく見積もっても、敵は5人や6人はいるらしい。
大きなジュランの樹の脇から、さっと人影が出た。
すかさずユリはレイガンを発砲する。
確かにヒットしたが、レーザーの光条はパッと散った。
見ると、男はライト・アーマーを着用していた。
腕と腿、そして胸から腹部にかけて銀色の装甲で覆っているのだ。
フルメタルの装甲服ほどではないが、そこそこの防御力はある。
何よりフルアーマーよりはずっと軽くて動きやすい。
しかも銀色ということは、恐らく鏡面装甲になっているに違いない。
ユリの持っているレイガン程度のレーザーなら、難なく弾いてしまう。
「ちっ……」
思わずユリは舌打ちした。どうも誘い込まれたようだ。
相手が装甲しているということは、明らかに待ち伏せだ。
あんな格好では尾行も出来まい。
ユリがここに来ることを察知し、あらかじめ植物園に潜り込んでいたのだろう。
となれば、何人いるかわかったものではない。
ユリがひとりと知っているのだろう、敵は十字砲火で盛んに撃ち込んでくる。
援護射撃も望めないから、ユリとしては満足に撃ち返すことも出来ない。
それでも、発火点を見つけると、そこへ集中的にレイガンをぶち込んでいく。
たまらず逃げ出す敵の背後から、今度はしっかり狙点して撃ち放つ。
「がっ!」
愚かにも、ユリに背中を向けて場所を移ろうとした男は、背中に黒く焦げた小さな孔を穿たれ
、絶命した。
ひとつ、またひとつと火点を潰され、味方が倒されていくと、さすがに敵も焦ってきた。
危険を顧みず、一気に攻め落とそうと突撃してくる。
これでユリの方に充分な武器があれば思うつぼであるが、そうはいかない。
撃ち合いが始まってから20分くらいは経過している。
この騒ぎは植物園でも気づいているはずだが、警察どころか誰も来ない。
やはりここは「敵地」なのだ。
ユリは、手にしたレイガンの熱を感じていた。
指先でちょんと銃身に触れると、火傷しそうなくらいに熱かった。
短時間にあれだけ撃ち続けたのだから無理もない。
既に予備のエネルギー・チューブもレイガンに装填してあり、残りはなかった。
「あん!」
空を切るようなトリガーの軽さに、ユリは残念そうな声を出した。
エネルギーが切れた。
かれこれ7,8人くらいは片づけたはずだが、あとはもう、飛び道具はブラッディ・カード
しかない。
まだまだ敵はいそうである。
「えい!」
覚悟を決めて、ユリはカードを飛ばした。
イオン効果で飛来するこの武器は、文字通りカード型だ。
トランプくらいの大きさで、厚さ0.3ミリの薄さである。
四辺が鋭利に研がれており、これで敵を殺傷する。
小さな送信機を使って動きをコントロール出来るから、目視できる相手に対してなら必中だ。
どこに敵が隠れているかわからない状況だから、ユリは闇雲にカードを操った。
小枝や葉っぱの破片が飛び散る。
意外なものの襲撃に驚き、隠れていた植え込みや木陰から転がり出てきた黒服や装甲服目がけ
て攻撃を仕掛ける。
「ぎゃああっっ」
「うがっ」
「ひっっ!」
2,3人の悲鳴が上がり、血しぶきが飛んだ。
明らかに相手は怯んだ。
しかし、まだとても優位とは言えない。
敵が落ち着きを取り戻し、数で押し潰しにくればどうにもならないのだ。
ムギを連れてくればよかったと、ユリは心底後悔した。
その時だった。
「あっ……」
信じられなかった。
ブラッディ・カードが落ちた。
というより砕け散った。
あり得ないことだ。
あのカードは、KZ合金よりさらに硬いテグノイド鋼材で出来ている。
レーザーや熱線など弾いてしまう。
弾丸など、当たったとしても弾頭の方が切り裂かれてしまうくらいだ。
それを撃ち落としてしまうなんて。
「そこまでだ、ダーティペア」
「……聞き覚えのある声ね」
ゆっくりとユリの方へ歩いてきたのは、総督のロベルト・テレジアだった。
それを確認すると、ユリもブッシュの中からゆっくりと姿を現した。
手にはしっかりとレイガンを握っている。
エネルギーは空だが、まだ向こうはそれを知らない。
「レールガン……」
ユリは小声でつぶやいた。
ロベルトの側に、大型のライフルを抱えているやつがいる。
銃床が大きいのは、そこに電源を仕込んでいるからだろう。
「すごい銃を持ってるのね。タマはもしかしてブッディジウム?」
ブッディジウムは、それを触媒とすることによって、あらゆる元素を合成することが可能と
なるが、単独でも使える。
その場合、非常に硬質な性質を持ち、これを使った刃を作れば、この世に切断できないもの
はない。
つまり弾丸として使用すれば、どんなものでも貫通出来るというわけだ。
もっとも、極端に量の少ない稀少元素だけに、そんなもったいない使い方をするものはいない。
ユリも、ブッディジウム製の弾丸を見たのは初めてだ。
ロベルトは「ほう」という顔をした。
「さすがにトラコンだな。もうそこまでご存じかね」
それですべて読めた。
ユリの顔からすっと表情が消えた。
「今回の、一連の騒動の陰で糸を引いていたのは全部あなたね」
「……」
「もっとも、最初はリゼリアン麻薬と連合宇宙軍叛乱の企てだけだった」
ユリは胸を張り、凛とした声で糾弾した。
「でも、そのことに息子のアレスが気がついた」
「……」
「けど、そのことがあなたにとって好都合に働いたのよね。あなたに似ず、正義感か強くて
フローレンス国民のことを思っていたアレスは、過酷な税制や不公正な司法制度を続けている
あなたを快く思ってはいなかった」
黒髪の、しとやかそうな美少女だけに、ユリがキリッとして言を強めると、大抵の男は怯む。
だがロベルトは、薄笑いさえ浮かべてユリの言葉を聞いていた。
「そこに麻薬よ。あんなに無防備にリゼルが植えてあったのは、誰かに気づいて欲しかった
からなんでしょ? アレスに知識があったとは思えないけど、彼はあなたがリゼルを栽培し、
麻薬を精製していることを知った。それが叛乱の直接のきっかけになったのよ」
「……」
「この国の首脳たちは、みんなあなた───ドルツの傀儡で頼りにならない。思い余ったアレ
スは、駐留軍のコロン司令官に相談し、決起したわけね」
ひとりぼっちだったアレスにとって、唯一の遊び場だったのが駐留軍基地であり、保護者だっ
たのがコロン准将だった。
「アレスの「裏切り」を狙ったわけじゃないんでしょうけど、結果的には願ったり叶ったり
だったわけね。こっちが仕掛けなくても、駐留艦隊がアレス側についた、つまり叛乱を起こ
した。もっとも、そうならなくても、あなたは地上軍を使って、連合宇宙軍の駐屯地に攻撃を
仕掛けるつもりだったんだから」
「……」
「アレスの事件によって、あなたは堂々とWWWAに提訴することが出来た。最初に連合宇宙
軍本部に連絡してもよかったんだけど、あなたはまずWWWAの方に知らせた。連合宇宙軍へ
先に知らせたら、叛乱なんて身内の恥だから、宇宙軍は銀河連合やWWWAへ知らせるわけが
ないわ。一方、WWWAなら連合宇宙軍へも連絡してくれるはずだと。出来れば、その両方に
来て欲しかったんでしょ? 生憎、中央コンピュータが、連合宇宙軍本部へは内密に捜査せよっ
て指令を出したんだけどね」
「……」
「あなたは叛乱軍に対して、地上軍から攻撃するつもりだった。つまり内戦状態にしたかった
のよ。そして、事態の収拾不可能ということで、総督としてドルツに武力進駐を要請したかった」
「……」
ユリは油断なく周囲を警戒していた。
総督の周辺に5,6人。多分、ユリの周囲にも何人もいるだろう。
15,6人というところか。
武器が使えない以上、絶望的な戦力差だ。
「アザリンの爆破事件もあなたたちなんでしょ?」
「……」
「私たちも、最初はアレスの命を狙ったものだと思ってたの。でも、今考えてみれば、あれは
私たちが死んでいてもよかったのよね」
「……」
「トラコンが捜査先で爆破テロに巻き込まれる、なんてことになれば、WWWA……いいえ、
銀河連合が本腰いれてくるものね」
「……」
「失敗した時のことも考えてたのね。実行犯に国家警察の銃やIDカードを持たせていたの
もそう」
ちらっと植物園の外に目をやったが、まだ人通りがない。
時間が早いということもあるが、恐らく総督が交通規制でも布いて人々を閉め出しているの
だろう。
「そうしてWWWAか連合政府の調査官がやってくると、もうフローレンスは内戦状態。彼ら
の手には余るわ。連合宇宙軍を出したいところだけど、銀河連合政府は委任統治国の面目に
配慮して、まずドルツに働きかけるでしょうね」
「……」
「統治国として、責任を持って始末をつけてくれってね。ドルツが「手に負えません」とギブ
アップしてしまえば、連合宇宙軍を派遣してくるでしょうけど、間違ってもそんなことはない
わ。だって、あなたたちはこの状況を望んでいたんだもの」
「……」
「そうなればしめたものよ。リゼリアン麻薬の密造。駐留宇宙軍の叛乱。それに伴う内戦の勃
発。おまけに、その叛乱劇の裏では、総督の息子がいた、なんてことになれば、ドルツとして
は治安維持を名目にして、堂々と部隊を派遣することが出来るものね」
「……」
「ドルツは銀河連合政府から委任された大義名分を持って、堂々と武力進駐してくるわ。そう
した上で、フローレンスの自治および総督と弁務官による間接統治には限界があるとして、
属国にするって寸法ね」
長舌に疲れたのか、ユリはそこでひと息ついた。
廻りを見たが、まだ誰も来てくれない。
話しながらも、ユリの構えるレイガンは、ピタリとロベルトの胸を狙い、ピクリとも動かない。
エネルギー切れなのがバレないことを祈るばかりだ。
「でも、どうしてそこまで急ぐの? なにもここまでしなくても……息子をダシに使わなくて
も、このままなし崩しに統治領にすることだって出来るのに」
「それは君には関係ない」
「教えてあげましょうか」
「……」
「ブッディジウムよね」
「……!!」
ポーカーフェイスだったロベルトの顔が初めて動揺した。
「化学工業に欠かせない稀少の金属元素が産出されたとなれば、ドルツは放って置かないわ
よね。一方、フローレンスがこのことを知れば、当然、その権利を主張して独占する。目立
った産業のないフローレンスにとって命綱になるものだもの。掘って輸出してもよし、それを
元に化学工業を興してもいい。どっちにしても、フローレンスは大発展を遂げるでしょうね。
そうなってもドルツは文句は言えない。当たり前よね、発掘権や占有権は、その土地を所有
する政体にあるわけだから。表向き、フローレンスは自治だし」
「……」
「そうなっては困るから、フローレンス側が気づく前に自治権を取り上げ、領土にするしか
ないわけね」
そこで総督は右手を軽く上げて、ユリの言葉を遮った。
一歩、前に歩み出て口を開いた。
「……そこまで知ってるとは思わなかったな。甘く見てたよ、お嬢さん」
「これでもトラコンなのよ。もっとも、まだ証拠はないわ。状況証拠や証言を組み合わせて、
推理しただけのこと」
「女の子は、あまり小賢しくない方が可愛い気があっていいと思うがね」
「あら、別にあなたに可愛いと思われなくてもけっこうよ」
「これは手厳しい」
ロベルトは苦笑した。
「これ以上の抵抗は無駄で無意味だ。それくらいはわかるだろう」
「……」
「わかったら、その銃を捨てたまえ」
ユリは素直にレイガンを地に落とした。
ロベルトたちは知らなかったが、どっちみちエネルギー切れだ。
それでも手放さず、銃口をロベルトの胸に向けていたのは、ユリ一流のハッタリに過ぎない。
この期に及んで「銃を捨てろ」ということは、すぐには殺さないという意味だろう。
殺すなら、四の五の言わずにさっさと射殺しているはずだ。
なぜかはわからないが、チャンスだとユリは思った。
本来であれば、ユリ(あるいはケイ)を殺し、そのことをWWWAへ伝えることで、内戦の
足がかりにするつもりなのだ。
派遣したトラコン担当官をむざむざ殺されたら、WWWAが黙っているはずはない。
その反応は電撃的だろう。
銀河連合政府も動き出す。
もちろん連合宇宙軍もやってくる。
その動乱こそ、ドルツの狙いなのだから。
「……これでいいかね、スペンサー」
「上等でさ」
それまで総督の後ろに控えていた男がボソリと答えた。
40歳前後だろうか。
口調が荒っぽいが、粗暴そうな顔つきではない。
ただ、右の眉の上に縫い傷があるところを見ると、やはりヤクザなのかも知れなかった。
今時、この程度の傷口など跡を残さず治療できるはずだが、わざと残しているのだろう。
「いずれにしても面倒は起こすなよ。万が一にでも逃げられたら……」
「心配いりませんや」
スペンサーは、上司の心配をせせら笑った。
「俺に預けてもらえりゃ、逃げようなんて思う暇もなくやっつけてやりまさあ」
「あまり時間もないが、どれくらい待てばいい?」
「こんなあまっ娘、三日もあれば骨抜きにしてやりますわ。殺るんならその後で」
「わかった、わかった」
スペンサーは肩をすくめて返事した。
左右を見て、顎をしゃくる。
それを見たボディガードたちが、一斉に引き上げ始めた。
「……」
ユリは覚悟を決めた。
これから何をされるのか、いやでも想像がつく。
どう考えたって凌辱であろう。
その場で殺されなかったのはそのためらしい。
女としては屈辱的なことだし、見知らぬ男に、それも敵に捕らわれて辱められるなど死にも
勝る恥辱だという人もいるだろう。
しかしユリやケイに、それはない。
どんな非道いことをされたって死ぬよりはマシだ。
まして自分たちはトラコンである。
プロなのだ。
何があっても諦めず、最後まで生き抜いて任務を果たす職業意識がある。
実際、過去にも何度かそういう目には遭ってきた。
それでいちいち自殺なんかしてたら、命がいくつあっても足りるものではない。
無理矢理犯されるという屈辱にさえ耐えれば、その後いくらでもチャンスは出てくるのである。
わからないのは、なぜ凌辱というステップが入るのか、ということだ。
ロベルトとしては、さっさと殺してドルツとWWWAに報告したいはずだ。
別にユリを凌辱しなければならない理由はどこにもない。
このスペンサーという男への報酬のつもりかも知れないが、それにしたって不自然である。
総督が立ち去るのを見ながら、スペンサーたちがユリを取り囲んだ。
ひとりが小さなフックのようなもので、ユリの親指をロックした。
後ろ手に回し、左右の親指を縛める。
指錠らしい。
手袋の上からだったので、巧くすれば外れるのだが、指に食い込むほどにきつく締めており、
取れそうもない。
手袋の中には小型の苦無を隠しているし、ブーツの先にはセラミック製の刃が仕込んである。
これだけは見つからないようにしたい。
両腕の自由は奪われたが、脚は動く。
今ここで暴れても、ふたりや三人は何とかなるだろう。
しかし、ざっと見渡しただけでも、スペンサーを含めて10人近くの男たちがいる。
もちろんみんな武装していた。
闇雲に特攻し、玉砕する趣味はユリにはないから、ここで無茶をしても始まらない。
どうせ監視の目が甘くなる時がある。
せいぜい三人くらいなら、何とか出来ないでもない。
それを待つのだ。
───────────
「ここは……」
ユリが連れ込まれたのは、植物園付属研究所の一室だった。
10メートル四方ほどの、割と広い部屋だ。
奇妙なのは、ドアを開けたところに長さ1メートル、幅2メートルほどのスペースがあることだ。
スペンサーたちは、そこに靴を脱いで上がり込んだ。
それ以外は50センチほどの高さのフローリングになっている。
ぐるりと室内を見渡すと、大きめのロッカーがある他は何もない。
隅っこに、折り畳みの簡易ベッドらしいものがあった。
壁には窓もなく、大型の換気扇がひとつついているだけだ。
天井には照明設備もなかったが、室内は明るかった。
これは天井材そのものが発光体になっているからだろう。
その天井にも床にも、いくつもフックが打ち込まれてある。
ユリが思わず立ち止まると、後ろから押しこくられた。
「きゃあっ」
「さっさと上がれ」
「乱暴ね、口で言えばいいでしょ」
「減らず口を」
ユリはずるずると引きずられるように上がらされた。
少しもがいて抵抗したものの、脚を一本ずつ抱え込まれ、上半身も抱え上げられて、思うよう
に動けない。
足首とかを持ってくれればブーツの仕込み刃も使えたが、腿を持たれてはどうしようもない。
そこにスペンサーが近づいてきた。
「ロック、抑えてろよ」
「へい」
「な、なにを……きゃああっ……!」
ロックと呼ばれた若者が、後ろからがっしりと抱え込むと、スペンサーは手にしたナイフで
ユリのブラを引き裂いた。
切られる瞬間、肌が焼けそうな熱さを感じたところからして、ホットナイフだったのだろう。
刃の部分に高温を持たせ、切断力を増しているものだ。
刃が立たないもの、切りにくいものでも、この熱で溶けさせて切るのである。
強化繊維の短上着が、ちょうど左右の胸カップのつなぎ目で切り裂かれた。
ぷるんっと、若く張りのある乳房がまろび出た。
ユリは思わず悲鳴を上げ、胸を隠そうとしたが、腕は後ろ手の指錠だ。
それではと、身を屈めて隠そうにも、後ろからロックが抱え込んでいてそれも無理だ。
「ああ……」
ユリが恥ずかしさで呻くと、ドアのところで人の気配がする。
「ほう。これはなかなか良さそうなおっぱいだな」
「あなた……! 総督」
ひょっこりと総督が戻ってきていた。
ユリは顔を赤らめて、それでも気丈に言った。
「こ、こんなことして……恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしい? 恥ずかしいのは君の方だろう。そんな大きなおっぱいを人前で晒して恥ずか
しくないのかね?」
「だったらこんなことしなきゃいいでしょっ……ああ、見ないで!」
どんなに身を捩っても、ほとんど身体が動かせない。
僅かに肩を動かすことは出来るが、その動きに従って乳房もゆらゆらと動き、一層恥ずかしい
姿を見せることになる。
「どうしてこんなことするのっ……こ、殺すならさっさと殺したらどうなの。男らしくない
わねっ」
「そんなに死にたいのかね?」
「……」
「心配せずとも、ちゃんと殺してやるとも」
フローレンスの傀儡総督は、ぞっとするほど冷たい声でそう言った。
「同じ殺すにしても、いろいろ仕掛けを施したくてね」
「仕掛け……ですって?」
「そうだ。WWWAの担当官が殺害された。しかもそのトラコンは悪名高い、かのダーティ
ペアだ」
「お黙りっ」
ユリは叫んだ。
こんな時でも、その忌まわしいあだ名で呼ばれるのはイヤらしい。
抗議するユリを横目に見ながら、ロベルトは続けた。
「その片割れが、散々凌辱された痕跡を残して殺される。君が犯される淫らな写真や映像は
たっぷり撮影してやる。それを送りつけてやれば、WWWAは大騒ぎになるだろうな」
「……」
「くく、しかもその胎内に妊娠の兆候まであったら、君らの上司はどんな顔をするだろうな」
くくく、と、総督は下品に笑った。
ユリはたまらずに呻く。
「……ちくしょう!」
「おやおや。美しいお嬢さんが、そんな下品な言葉を口にするものじゃない。せっかくの美人
が台無しだ」
「……」
「君の可憐な唇からは、可愛い悲鳴と色っぽい喘ぎ声を聞かせてくれればいい」
総督は気障ったらしくそう言うと、笑いながら部屋を出ていった。
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