もともとユリは、セックスの複数プレイすらしたことがなかった。
今回の輪姦が初めてであり、当然、両穴責めなどされたことはない。
今、太いものでお尻を犯されているだけで苦しいのに、この上媚肉まで大きなもので埋められ
たらどうなってしまうのだろう。

「だめっ、そんなの絶対だめっ……」

ユリは汗まみれの裸身をのたうち回らせ、必死に身を捩って挿入を避けようとする。
とはいえ、吊られている両手を中心に腰を振るくらいしか出来ない。
何しろ後門には肉の杭が打ち込んであるのだ。
スペンサーが、汗でぬめる乳房を揉みながら、ユリの耳元で言った。

「焦んなよ、腰を振るのはロックに入れてもらってからだろ?」
「いや! あっ、だめえっ……」

鎌首をもたげた若いペニスが、輪姦でほぐれきったユリの媚肉を割っていく。
ただでさえ精液と愛液でぐちょぐちょになっているところに、ロックの肉棒もだらだらと
カウパーを垂らしている。
締まりのいいユリの膣でも、ぬるぬるで入れにくいほどだ。
後ろから尻を押さえ込まれ、もはや動けないユリの膣に、ぐぐっと剛直が突き刺された。

「ひっ……ああっ、うんっ……うむ……」

無理矢理媚肉を引き裂かれるような感覚なのに、なぜか痛みはなかった。
それでも男根の威力は抜群で、息苦しさが倍加する。
アナルの粘膜がめいっぱい拡げられているところに、膣の粘膜まで引き裂かれそうに押し広
げられる。
ユリは目がくらむ思いだった。

「ひ……ひうっ……んああっ……んんん〜〜〜っ」

徐々に奥まで埋め込まれる感触に、ユリは腹を絞って呻いた。
さすがに二穴責めということでロックも闇雲に突き入れることは避けているようで、ゆっくり
と肉棒を沈めていく。
じわじわとねじ込まれてくるペニスの硬さと熱さに呻きながらも、それを食い締めずにはいら
れない。
一本でさえ窮屈なほどのサイズのものが二本同時に入れられる苦しさに、ユリは苦悶した。
だがその表情は、苦しいのか、それともこみ上げる快感に耐えているのか、判別が難しくなっ
てきている。

「ああ!」

ユリが甲高く喘いだ。
とうとうロックも根元までぶち込み、粘膜を挟んだ胎内でスペンサーのペニスと擦れ合ったのだ。
その瞬間、ぎくんと首を仰け反らせたのは、それで達していたからなのかも知れない。

「おおっと、気絶なんてするなよ」
「……あ……」

スペンサーは、肩に乗ってきたユリの仰け反った顔を軽く叩いた。
ぺちぺちと叩かれ、ユリはぼんやりした目を開けた。

「やっぱり大した身体だな。あっさり男をふたり受け入れやがって」
「嫌がっていても本人はやる気みたいですぜ。もうクイクイ締めつけてやがる」

そう言って男たちは腰を使い始めた。
ロックはユリの尻に手を回し、抱え込むようにして媚肉を突き込んでいく。
スペンサーは両手を前に回し、柔らかい乳房をこねくり回した。

「あ、ああ……っあ……んんっ……た、助けて……ああ……」
「助けて、は、ねえだろう。こんないい思いさせてもらってよ」
「兄貴、あんまり気持ちよくって我慢できないって意味かも知れませんぜ」
「なるほど、そうだな」

尖った乳首を捻られ、尻をバシバシ叩かれながら、犯されていく。
ユリはもう自分の身体がどうなっているかわからなかった。
心臓は爆発しそうだ。
腹筋はぶるぶる震えて波打っている。
尻の穴と膣の両方から、腹の奥までびっしりと埋め尽くされた感覚がユリを狂わせていく。

「んん! あっ…はっ…ううっ…くんっ…ひっ…ああっ…くううっ……」

前でロック、後ろでスペンサーが本格的に腰を使い始めると、ユリは反応を露わにしていった。
ユリの前後を占領した二本の怒張は、醜く静脈を浮き上がらせ、女穴を荒々しく犯していた。
狭苦しい穴は、許容量以上の太さを飲み込まされ、直腸内と膣内を思うままに蹂躙されている。
きつきつなのだが、双方の穴ともに内部から淫蜜を滲ませており、男のものをさほど無理なく
くわえ込んでいた。
スペンサーもロックも、ユリの胎内にある薄い粘膜越しに、お互いの肉棒の動きを感じること
が出来た。
最初の頃と違い、今ではもう存分に抉り回しているのがわかる。

「二本くわえた味はどうだ? 気持ちよくてたまらないだろうが」
「あ、ああう……そ、そんな……苦しいの……ああっ……」
「何が苦しい、だ。しっかり感じてやがるくせによ。ふたりで腹ん中を引っかき回してやるから
な、そらそらっ」

ロックの肉棒を埋め込まれた媚肉からは、ぬちょぬちょと粘った水音が断続的に聞こえてくる。
一方、スペンサーの犯す肛門からも、ぬっ、ぬっと粘着質な音がひっきりなしに流れていた。

ふたりの男に挟まれるように犯され、ユリは半狂乱になっていく。
遠慮なしに突き込むので、ユリの女らしい肢体が揉みつぶされるかのようだ。
男どもは、ユリのことなどまるで考えず、己の欲望にのみ従って凌辱した。
ふたり同時に犯しているのに、それぞれ勝手に腰を使っているため、リズムがまるで取られ
ていない。
同時に深くまで突き上げられたり、圧迫するように双方のペニスが粘膜を通して擦れ合うこと
もあった。
ビリビリという痛みを伴った痺れが走ったが、同時に、信じられないほどの肉悦がズーンと
脳裏に突き上げてきた。

「あひぃっっ!」

つんざくような悲鳴を上げたが、ユリの美貌はすっかりとろけてきている。
雪白の肌は濃いピンクに染まり、匂うほどの色香を発散していた。
喘ぎ続ける表情には、苦悶と恍惚が入り交じったもになっていく。
時折、我慢しきれないように仰け反り、唇を噛みしばる。

「だ、だめえっ……おおっ、もう、だめえっ……」

股間が張り裂けそうな圧迫感に苦しんでいたユリは、突如ゾクゾクっとした悪寒に囚われた。
しかし、それが悪寒などではなく、己の肉が疼き、官能に沈んでいく合図だとわかった。
腹部と腿に鳥肌が立つ。
ユリの理性が、硬いペニスによって突き崩された瞬間だった。

「いっ……いいっ……」
「ほう、やっと言ったな。そんなにいいのか、ユリ?」

ユリはもう何もためらわず、ガクガクと大きくうなずいた。
恥ずかしいより何より、そうしないとあまりの快感で狂ってしまいそうだったからだ。

「す、すごく、いいっ……ああ、き、気持ち、いいっ……ああっ……」

なすすべもなく注ぎ込まれる愉悦に、ユリは全身をのたうたせた。
圧迫感や苦悶など、もう完全に肉欲に飲み込まれた。
揉まれ続ける乳房や、突き込まれる急所だけでなく、全身の肉という肉がとろけ、灼け焦げそ
うだ。

「んんっ……どうにかなっちゃうっ……ああ、いいっ……」
「どうかするほどにいいのか?」
「そ、そうよ……ああっ……気、気が変になりそうっ……」

男たちの乱暴な責めも、ユリの柔軟な肢体は受け入れていた。
屈服した後は、もうユリは自分の肉欲に逆らわなかった。
腰すら使い出した。
後ろからスペンサーが尻穴を突き上げてくると、自分から彼に腰を押しつける。
前からロックが媚肉を抉ってくると、腰をぶつけるようにして、奥までの挿入を求めた。
もう勝手に腰が動き、自分が感じるポイントを刺激しようとしているのだ。
愛液と腸液にまみれた肉棒が、リズムを合わせて責め始めると、ユリの喘ぎはますます激しく
なっていく。
前が突くと後ろが引く。
肛門深くまで貫くと、媚肉からは引き抜かれる。
同時に擦られる刺激に、美少女は震えが来るほどの肉悦に襲われていた。

「んんっ、はあっ、いいっ……も、もっと……もっと、深くっ……」

ユリの腰は、双方の穴の締め付けを強めている。
腰の振り方も激しく、男の腰とぶつかると汗がしぶき飛ぶほどだ。
責めるふたりの男ははっきりと感じ取っていた。
ユリは明らかに、胎内の肉を使って射精を促しているのだ。

「く、締めつけがきつくなってきたぞ、ユリ。出して欲しいのか?」
「だ、出していいっ……出して、ああっ……」

ユリはガクンとうなずいた。
その間も腰の動きが止まらない。
苦悶するユリの美貌を見て、辛抱たまらなくなったのか、まずロックが言った。

「よ、よし、出してやるぜ! 胎ん中いっぱいにな」
「ああ、だめ……」
「だめ?」
「あっ……ま、前はだめ……ああ……」
「……尻ならいいってのか」

ユリはコクンとうなずいた。
なるほど、膣内射精による妊娠を恐れているわけだ。
この期に及んで、と、ロックは唇を歪めた。

「今さら、何を言ってやがる。おまえ、今までに何発出されたと思ってるんだ」
「……」
「どう少なく見積もったって、30発や40発はオマンコに出されてんだぜ。もう手遅れだよ」
「いやあ……」
「おまえもオマンコの中でわかったろうがよ。あんなに濃いのがそんだけ出されてんだ、10
人くらいは楽に孕めるくらいにな。今になって中出しいやがってどうすんだ」

そう言うと、ロックは一段と律動を激しくした。
途端にユリは嫌がり、悲鳴を上げたものの、腰は射精をせがむように動いている。
スペンサーのペニスも、音がするほどに激しくアヌスを犯し続けていた。
肉棒が肛門から抜かれると、直腸の襞が絡みついて外にまで引き出されてくる。
そしてまた突き込まれると、そのまま巻き込まれるようにして中に戻っていった。

膣内射精をいやがったユリが、またしても快楽に沈んでいく。
ロックとスペンサーは、仕上げとばかりにユリの腰が浮き上がるほどに強く激しく突き上げて
いく。
そして、ユリがもっとも反応するポイント、つまりふたりのペニスを内部で擦らせるように抉
った。

「ひぃぃっ……いいっ……ああ、それ、いっ……だめ、おかしくなるっ……ああっ……」
「どうだ、俺と兄貴のは、ユリん中でどうなってる、ああ?」
「ああ……お、おっきいのが……硬いのが、ま、前と……」
「前じゃねえ。オマンコだ」
「く……す、すごいのが、お、オマンコ……と、お尻の、ああ、穴で、ひぃっ……こ、擦れて
るのっ……すご、い……ああっ……ゴリゴリ擦れて、ああっ、気持ちいいっ……」

恥ずかしいことを口にした途端、ユリの性器が引き絞られる。
絞まった穴は、より一層ペニスのたくましさを思い知らされることになった。
太い静脈の浮き出たものが、豊かに張ったユリの股間の狭苦しいふたつの穴を占拠している。
いきり立った二本の肉棒は、ユリの胎内で粘膜を通して激しく擦り合っていた。
そうされると、ユリが狂ったようによがったからである。
同時に、女の身体を通して他の男のペニスの感触を感じるという、倒錯した快感も得ていた
からだ。
男たちの責めが激しくなればなるほど、ユリの喘ぎ声はどんどんと大きくはしたなくなって
いく。

「あああっ、いいっ……んくっ、だめっ……いいっ、も、もっとっ……ひぃっ……奥っ、突い
てぇぇっ……」

意識してなのかどうか、ユリの締め付けがますます強くなってくる。
肉棒が女陰を犯すというよりは、媚肉と肛門がペニスを貪り食っているようにすら見えてきた。
ユリは耐えきれないように叫んだ。

「ああ、もうっ……くああっ、だ、出してっ……」
「いいのか!? オマンコにも出していいんだなっ!」
「いっ、いいっ……」

ユリはガクガクうなずいた。
もう我慢できない。
いってしまう。
いきたい。
早く射精してくれないと、このまま肉の快感の頂点から降りて来られない。

ユリのとろけきった哀願と催促の声に、ロックとスペンサーも限界に迫ってきた。
さらにむくむくと自分の中で膨らんでくるペニスに、ユリは喜悦の声をあげ、盛んに腰を振
った。
自ら動くことで、早く男たちから精を搾り取ろうというのだろう。

「おおっ……い、いく……もう、いくう……」
「よし、いけ!」
「い、いっちゃうっ……ま、またいくう……いっくうっ!!」
「くっ!」

スペンサーがユリの尻を潰すほどに腰を押しつけ、直腸深いところまでペニスを突き込む。
ロックも負けじとユリの腰を掴み、自分に押しつけると、亀頭部の先をぴったりと子宮口
にあてがった。
その時、ユリのアヌスと性器に締め上げられた肉棒どもは、堪えきれずに欲望の汁を放った。

どっびゅうっ。
どびゅびゅっ。
びゅるるっ。
びゅくんっ。
どぶどぶっ。

激しい奔流が、ユリの直腸と子宮を満たしていく。
その熱い感触をアヌスと膣の両方で感じ、ユリは全身をぶるるっと大きく震わせて高みに到達
する。

「うむむっ……い、いく!!」

男たちは、全部出すまでは離さないとばかりにユリを抱きしめ、腰を振って精液を絞り出す。
何度となく繰り返される射精と、胎内をどろどろに汚される悦楽でユリは続けざまに何度も
いった。

「ううんっ……す、すごい……で、出てる……いい……まだ出てるぅ……ああ……熱いのが、
いっぱい……ま、また、いくうっっ!」

ロックは、満足したというよりはやや苦しそうな顔つきでユリから抜いた。
もう精嚢が空になるほどに注ぎ込んだのだろう。
一方、スペンサーはまだユリのお尻に突っ込んだままだ。
尿管に残った精液を絞るように締め上げてくるユリの肛門括約筋で、再びペニスに力が籠もっ
てくる。

「ど、どけよ」

順番待ちしていたファモが、呆然としているロックを押しやった。
さすがにぐったりして反応がないユリの気を引こうと、その股ぐらを覗いた。
そして秘裂を指で押し開いて言った。

「へへへ、すげえぐちゃぐちゃだぜ、ユリ」
「……」
「無理もねえやな、こんだけ何人も続けて犯られたんじゃな」
「……」
「見ろよ。ロックの精液、濃すぎて流れて来ねえぜ」

確かに、割れ目や膣の付近にある白いものは、もはや液体というより固体で、へばりつくように
くっついていた。
べっとりとしていて流動性がなく、ちっとも流れて来なかった。
しばらくすると、ようやく奥の方からねっとりとした液体が零れてくる。
中に散々出された濃い精液が、ユリの愛液に流されてきたのだろう。

ファモは、恥ずかしい描写をされてもぐったりしたままのユリを、不満そうに見上げた。
気を失ったような女を犯してもつまらない。
そう思ったファモは、ユリの頬を軽く叩き、目を開けさせると、今度はその唇を奪った。

「んっ……んもっ……」

突然キスされ、動揺したユリだが、すぐにファモのなすがままになった。
抵抗は無意味だ。
どうせ死ぬほどによがり狂わされるのだ。
そして男たちがユリの肉体に厭きたら、今度は本当に殺されるだけだ。

「ん……んん……」

ユリは、ファモに思う存分舌を吸わせ、口の中を蹂躙されているうちに、またしても身体が熱く
なってきてしまう。
この数十時間で、すっかりその肉体は性に狂わされていたのだ。

「んむうっ!!」

ユリは、またしても媚肉を割って押し入ってきたたくましい肉棒に喘いだが、そのよがり声は、
ファモの口に吸い取られていた。

再び、前後からずぶずぶと激しく抽送が始まった。
さっき出された濃い精液は、大きな肉棒によって腸内と膣の襞になすりつけられていく。
内臓が破けそうなほどの力強い突き込み、ユリはまたしても息継ぐ暇がないほどによがらされ
ていった。

────────────

「ユリっ!!」

ええい、どこだ、どこにいるんだ!
植物園に駆けつけたあたしは、園内を見てすぐに理解した。
間違いなくユリはここに来た。
その一角に、明らかな撃ち合いの痕跡があったのだ。
そこここに血溜まりも残っていた。
あたしの後ろで武装兵たちも油断なく銃を構えている。
敵の本拠地に乗り込むというので、コロン准将が選り抜きの陸戦隊員を貸してくれたんだ。
周囲を見ると、花壇が踏み荒らされ、その先に付属の研究所がある。
そこに連れ込まれたんだろう。

あたしたちが踏み込むと、その内部は空っぽだった。
研究員たちも警備員たちも誰もいない。
もぬけの殻だ。
情報が洩れてあたしたちが踏み込んでくることを知ったのか、あるいは何か他の緊急事態でも
発生したのか。

まだ敵が残っているかも知れない懸念はあったが、それどころではない。
ユリがどんな目に遭っているのかわからない。
急ぐ必要があった。
あたしは片っ端からドアを蹴破り、室内を検めていく。

「ユリっ、どこにいるの!!」

簡単に殺されるような女ではないけど、殺されなかったとしてもひどい目に遭わされてる可能性
が高い。
ユリだって、あたしには負けるがそれなりにいい女なんだ。
野卑な男どもが放って置くわけがない。
あたしは、ユリの真っ白な身体がけだものたちの慰みものになっている想像を振り払い、先に
進んだ。
もし、もしユリに何かあったら、あいつら絶対に許さない。
一生かけてでも仇をとってやるわ。

いちばん奥の部屋のドアが開け放ってあった。
人の気配がする。
あたしはその中に駆け込んだ。
息を飲んだ。
そしてすぐにあたしと一緒に来てくれた駐留艦隊の兵士たちに叫ぶ。

「だめっ! 来ないで!」
「は……!?」

陸戦隊の精鋭が一個分隊来てくれたんだけど、その指揮官の軍曹がきょとんとした顔をした。

「お仲間はいなかったんですか?」
「いたわ、心配しないで。でも、入らないで」

あたしが俯いてそう言うと、軍曹はすぐに「わかりました。外で待機します」と返事をして、
部下を率いて出ていってくれた。
察してくれたのだろう。

部屋の中は、むせかえるような濃密な空気で満ちていた。
思わず鼻腔を押さえるほどの淫らな匂い。
ユリは、部屋の中央の板間にぐったりと倒れていた。
時々、ピクンと動く。
全裸だった。
綺麗だった白い肌がうっすらと染まっている。
そこに粘っこい液体があちこちこびりついている。
その生々しい肢体を見れば、ユリが何をされていたのか一目瞭然だった。

「……」

あたしは黙ってユリに近づき、抱え起こした。
そして謝った。

「ごめん、ユリ……。遅かった……」

ユリは力なく首を振って、薄く笑ってくれた。

「私こそ……だらしなくてごめん……。でも、来てくれると思ってた……」

あたしはユリを抱きしめた。

────────────

シャワーを浴び全身をくまなく洗うと、ユリはもういつものユリに戻っていた。
少しは休めというあたしやムギの薦めも聞かず、ラブリーエンゼルへ走る。

「そんな時間ないわよ! やつら、ここから逃げ出す気よ!」

アザリンへ向かう途中、ユリから話を聞いたのだが、その場にロベルトが訪れ、何事か告げる
と、嬲っていた連中はユリをそのまま置き去りにして逃げ去ったというのだ。
後から知ったんだけど、国家警察と国軍が動き出したらしいんだ。
本物のクーデターである。
総督はあちこちに間諜を放っていたから、事前にそれを察知したようだ。
国家警察と軍警察がロベルトを逮捕しようと総督邸に踏み込んだ時、入れ違いで逃げ去って
いたらしい。
あっちはあっちで何か証拠でも掴んだんだろうか。
事態は急展開している。
アザリンのポートに駆け付けると、ユリは管制室に突進した。

「今日、ここに入港した船はいる!?」
「え、今日ですか?」

管制官がユリの剣幕に気圧されて、すぐにチェックを始める。
答えはすぐに出た。

「ありません。定期便のランチが一隻来ているだけです」
「定期便て?」
「はあ。食糧などの物資を本星から運んでくるんですが」
「ちょっと待って。でも今は本星と連絡は途絶えてるんでしょ、敵対してるんだから」
「あ、そうか。そういやここしばらく来てなかったなあ」

なに呑気なこと言ってるのだ!
だったらそいつに総督が乗ってるに決まってるじゃないか!
あたしも言った。

「それでその船は!?」
「まだいますよ」
「どこに!」
「ほら、今、ベルトリンクが出港しようとしてるでしょ? その脇に……」
「出港?」

あたしは通信機のマイクをふんだくると、コロン准将を呼びだした。

「准将! 今、ベルトリンクが出港しようとしてるけど、どこへ行くかわかる!?」

─ベルトリンクが? いや、そんな話は聞いてない。予定はないはずだが。

「艦長は……モンティ大佐はそこにいるの?」

─いや……いない。そういえばしばらく見ていない。

「すぐポートに来て!!」

くそぉ。
やっぱりこの基地にも総督のスパイがいたんだ。
間諜はモンティ大佐だ。
道理でアレスたちの動きがバレバレなわけだわ。
あたしたちがリゼリアンだけでなく、ブッディジウムのことにまで気づき、ドルツのフローレ
ンス乗っ取りに気づいたことも知ってるんだ。
まずい、ドルツへ逃げる気なんだ!
管制室のドアが乱暴に開いた。

「アレス?」

飛び込んできたのはアレスだった。
後を追いかけるようにしてコロン准将が駆け込んでくる。

「ベルトリンクを出しちゃダメです! 繋留索を解かないで!」
「は?」

少年は開口一番そう叫んだ。
管制官が、訳がわからないという顔をしている。

「しかし、大佐どのが……」
「いいからその通りにしろ。司令官命令だ」

准将もそう言った。
ベルトリンクから目を離さないまま、アレスが言った。

「……他に出港予定の艦はありますか?」
「はあ、ええと駆逐艦のサイザン116が定期パトロールでこの後すぐに……」
「サイザン116の出港も止めますか?」

コロン准将は、アレスを横目で見ながら聞いた。
少年は、なぜか少し微笑みながら答える。

「いいえ、准将。そのまま出港用意させてください。それから、乗員たちに抵抗しないように、
と連絡しておいてください」
「抵抗しないように?」
「ええ。彼らが来たら、素直に艦を引き渡すよう」

あたしはきょとんとしてアレスを見た。
何のことだか全然わからん。

「あ、あれ!」

そう思っていると、ユリがパネルを指差して叫んだ。
ベルトリンクから、わらわらと兵員が降りてくる。
その中にモンティ大佐もいた。
何やら大きめのカーゴを引き摺っている。
ベルトリンクが出港できないと知って、他の艦に乗り移ろうというのだろう。

事情がわかっていない警護兵たちは、出港準備している駆逐艦に走り込んでくる大佐たちを制
止させようとはしたものの、押し切られた。
訳がわかってないだろうし、何しろ相手は大佐どのだ。
下士官や下級将校ではどうにもならないわ。

だめ、逃げられちゃう。
あたしとユリが駆け出そうとするのをアレスが止めた。

「いいんです」
「いいわけないでしょ! このままじゃモンティ大佐も……いいえ、あの中に総督も多分いる
わよ!」
「わかってます」
「……」

ユリが感情のこもらぬ声で聞いた。

「……逃がす気なの?」
「いいえ」
「……」
「でも、きっとこの場で捕まえても……」

意味がない。
そう言っているのだ。
恐らく、総督一派を逮捕したところで、このままでは終わるまい。
ドルツが黙っているわけはないんだ。

確かにロベルトは、これでもかというくらいに悪事を積み重ねてきた。
でも、直接的な物証はないのよ。
リゼリアン麻薬にしろ、駐留地爆破テロにしろ、いいや、それ以前のことも含めて、総督が関
わったという証拠はないのである。
すべて状況証拠であり、推理に過ぎない。

ユリが総督の前で、露見した悪事を暴き立て、推理を披瀝したらしいけども、その時も総督は
何も言わずに聞いていただけらしい。
観念して自白したり、「冥土の土産に」とばかりに事実をゲロったわけでもないのだ。
確かにあたしたちWWWAのトラコンが逮捕すれば重みはある。
そこらの地方警察が逮捕したのとは意味が違うのだ。

しかし、ドルツも猛反発するだろう。
事の次第がバレればドルツとてタダでは済まないわ。
それだけに総力を挙げてロベルトを守ろうとするだろう。
そうなのだ。
下手をすると、国際問題に発展しかねないのである。
完璧な証拠を突きつけねばならない。

一端見逃して、フローレンスで一斉捜索すれば証拠の類は恐らくボロボロ出てくるだろう。
しかし一度逃してドルツにでも逃げ帰ってしまえば、もう二度と逮捕の機会はない。
ドルツ側が必死になって匿おうとするからだ。
罪の証を立てても、ドルツは知らぬ存ぜぬを通すに違いない。
曰く、それはロベルト個人の犯罪であり、ドルツとしては一切関知していない、となる。
その上で、ロベルトは目下行方不明あるいは死亡したと公表するのだろう。
そうなっては、もう銀河連合といえどもどうにもならないのだ。
あたしたちは奥歯が磨耗するほどに歯軋りしていた。

「よろしいのですね?」
「……構いません」

司令官の問いに、少年は小さくうなずいた。

────────────

シャッと音がして、ようやく狭苦しい箱の中から解放された。
ロベルトは顔をしかめて起き上がる。

「……随分と時間がかかったもんだな」
「申し訳ありません、総督」

モンティ大佐が軍帽をとって頭を下げた。

「出港前に少々トラブルがありまして」

ロベルトは面倒くさそうに手を翳して大佐の発言を止めた。
くだらぬ言い訳など聞きたくもなかった。

駐留軍叛乱を発端にしたフローレンス乗っ取りは失敗したのだ。
どのツラ下げて本星へ帰ればいいのだ。
上司に合わせる顔がない。
まさか死刑にはなるまいが、閑職を充てがわれるのは必至だ。
フローレンスよりもさらに辺境の星へ追いやられ、本星へ戻る機会も得られず……。
ロベルトの、官僚としての命脈は尽きたに等しかった。

大佐に手を取られてカーゴから出ると、そのまま艦橋の中央にある艦長席に座った。
本来、艦長であるべきモンティ大佐は、ブスっとしてロベルトの副官よろしく後ろに立っている。
ベルトリンクが出港不能となり、すぐに隣で出港準備していた駆逐艦を乗っ取ったのだ。
艦内の乗組員たちを追い払い、直ちに基地を脱出した。
その手際の良さを褒めてもらってもいいくらいだと思っていたのである。

「ふん」

不満そうな能無し艦長の顔を見下すと、ロベルトは軽く伸びをした。
狭いカーゴの中に閉じ込められて肩が凝った。
解すように首をぐるぐると回してみる。
そして気づいた。

「ん?」

周囲を見回してみると、見慣れぬ艦橋だ。
戦艦にしては小さすぎる。
大佐に尋ねようとしたその時、警戒警報が響いた。

「前方に未確認飛行物体! 戦闘衛星と思われます!」

報告する兵の声が緊張している。
総督の方は落ち着いていた。
あれは味方である。
この艦の識別信号だけは戦闘衛星のデータにセーブしてあるのだ。

「慌てるな。向こうは撃ってこない」
「はあ……」
「このベルトリンクの識別信号は……」
「総督!」

モンティ大佐が青い顔をして叫んだ。

「こっ、この艦はベルトリンクではありません!」
「なんだと!?」

そうだ、それを確認しようと思っていたのだ。

「貴様、どういうことだ! 必ずベルトリンクを乗っ取れと言ったろう!」
「で、ですが、ベルトリンクを出港させようとした際、管制室の方で繋留索を固定されてしま
いまして……」
「別の艦にしたというのか!!」

このことはモンティには伝えていなかった。ただベルトリンクを乗っ取れとしか言っていなか
ったのだ。
驚愕したロベルトが立ち上がった。

「即刻、回頭しろ! 撃ってくるぞ!」

続けてモンティ大佐が「回避!」と叫んだその瞬間、艦橋の前面パネルが強烈な光に包まれた。

────────────

「撃沈……しました」
「……」

感情を押し殺したコロン准将の声がした。
それっきり管制室に詰めたあたしたちは沈黙した。

管制官は呆然とした表情で、戦闘衛星の大出力レーザーによって爆発四散した駆逐艦サイザン
116を見つめている。
アレスは、父の乗艦していた艦艇が消し飛ぶと、そのまま顔を伏せた。
ユリはその肩に、優しく手を置いている。
コロン准将は、姿勢を正して敬礼していた。
そそのかされたとはいえ、巻き込まれて死んだモンティ大佐以下の乗員たちに捧げているのだ
ろう。
あたしはユリの隣に立って、パネルに写った虚空を眺めていた。

その後、あたしとユリは「後始末」と称して、ラブリーエンゼルで出撃した。
役目を終えた戦闘衛星を破壊するためだ。
アレスもコロン准将も了承してくれた。
あれのコントロールは総督府にあるんだろうが、そいつを調べて衛星を無力化するまでどれ
くらい時間がかかるかわかったもんじゃない。
どうせ暗号を使い、障壁で幾重にもシールドしているだろうし。

第一、あいつを始末するまで彼らの艦隊は自由に動けない。
そりゃあ艦隊戦を挑めばどうにかなるだろうけど、駐留艦隊がフローレンス固有の戦力に手を
出すのは、少々まずいらしい。
後々問題になる可能性があるのだ。
そういうことならあたしらがやる。
こっちは天下御免のトラコンだ。
治外法権を誇示できる。
捜査上、そいつが邪魔なら排除できるんだ。

やったろうじゃないの。
そうじゃなくても、ロベルトは自滅しちゃったし、思うように暴れられなくって欲求不満気味
でもあったのだ。
無人の戦闘衛星相手なら遠慮もいらない。

「でも、どうしよう」

ユリが言った。

「相手はやたら装甲が硬いし、手持ちの武器が通じるかどうかわかんないわよ」
「そうなのよねえ」

あちらさんは、味方だと認識している物体以外にはとにかく攻撃してくる。
それしか能がない。
バカの一つ覚えというやつよ。
だけど戦闘能力はそこそこにある。
つまり、腕力はあるがおつむは弱いということだ。
一見、簡単そうだが、自分が死ぬことも恐れていないので、これはこれで厄介なのだ。
恐怖感を持ってないということは、いくら攻撃を受けようとも恐れずに向かってくるという
ことである。
バカは怖いんである。
考えあぐむあたしを冷ややかに見てユリのバカが言った。

「あんた、何も考えてないのに出動したわけ?」
「あによ、あんただって同じでしょ? 手もないくせに飛び出してさ」
「あら、私はパイロットだもの。戦闘担当はあんたでしょ」

ユリがすかしたことを抜かした。
ぐぬぬ、このアマはあ。
あたしが何か言い返そうと考えているうちに、ユリがパネルを指差して言った。

「ほらほら、おバカな戦闘衛星がもうそこまで来てるわよ」
「距離は?」
「10キロ……9キロ前方。2時の方向。あ、撃ってきた」
「避けてよ!」

言われるまでもなく、ユリは回避行動をとっていた。
レーダーには中型らしいミサイルが数基映っている。
ただのミサイルだったらしく、ユリが面舵をとると、そのまま左に逸れていった。

「小手調べってとこかしらね……っとぉ、本格的に来たわよっ!」

彼我の距離が5キロを切ったあたりで戦闘衛星は多数のミサイルを発射してきた。
こりゃユリの操船だけに任せちゃおけない。
あたしはすぐにその方向に向けて迎撃ミサイルを撃ち込んだ。
向かってくる敵ミサイル群の中で弾頭が爆発した。
とたんに無数の金属片が周囲に飛び散り、敵ミサイル群を苦もなく撃破していく。
それを逃れたミサイルたちが、まだこっちに向かってくる。
ユリは艦を加速させ、それから逃げようとする。
しかし、当然こっちの速度よりもミサイルの方が速い。

「デコイ!」
「わぁってる!」

ユリに指示されるまでもなく、囮を放った。
フレアでありチャフでもあるそのデコイは、大きな音と熱を発してうちらのお船から飛び出し、
あらぬ方向へ飛んでいく。
よしよし、ミサイルのほとんどはラブリーエンゼルを目標から外し、デコイを追いかけて
いっている。
安物ミサイルばかりなんだな。
音響追尾か熱源追尾式のものばかりだったらしい。

それでも数基は、まだしつこくこっちを追ってくる。
こいつらは衛星の方でこっちをロックオンし、それに食いつくようになっているんだろう。

「ええい、しつっこい! しつこいタイプは女に嫌われるわよ!」
「あんたしつこい男を振り払うの得意でしょ、なんとかしてよ」
「お黙り!」

ユリの罵言を耳にしながらも、あたしは艦底のレーザー砲で、しつこくついてくるミサイルを
一基ずつ撃ち落していった。
ユリの方も、ミサイルをすべて迎撃し終えると、回頭して艦首を衛星に向けた。

「やってみれば?」

撃ってみろ、と言っているのだ。
とりあえずこっちから攻撃用のミサイルを撃ち込んだり、レーザーを撃ってみたりしたんだけど
ほとんど効果はない。
ミサイルはあちらさんも迎撃ミサイルやレーザーを放ってきて撃ち落すし、レーザービームは
衛星の装甲にまるで通じないみたい。
命中するとパァッと光が拡散するみたいだから、ありゃ鏡面装甲になってるんだろうな。
となると、レーザーはよほど当たり所がよくないと通じないな。
鏡面装甲には物理的攻撃が効くんだけど、ミサイルの類は迎撃されちゃう。
ブラスター砲も装備しているけど、あれは射程が短いからけっこう近づかなきゃなんない。
ヘタに近寄りすぎるとミサイルの洗礼を浴びることになる。
あー、めんどくさいっ。
とか言ってるうちに、あちらさんが接近していた。

「ちょっと、ケイっ! 早く何か考えなさいよ、逃げ回ってるだけじゃ仕方ないわよ」

何を無責任なことを言っているのだ、この女は。
おまえだって考えろよ。
そう言うと「私は操船で手一杯でしょ、見てわかんないの?」と来た。

「ええい、だから頭の固いのはイヤよ! どうにかしてあのバカを説得できないの!?」
「出来っこないでしょ! 今、アザリンでコロン准将やアレスたちがあたってくれてるけど、
間に合いっこないわ!」
「どうにかして命令変更しないと……いえ、プログラムの修正じゃなくてもいいわ、とにかく
システムをどうにか出来れば……」

と、自分で言って気がついた。
そうか、この星にはお誂えなのがあるじゃないか!

「ユリっ、例の雲、どっかその辺にないの!?」
「雲? 雲ってあによ」
「おバカっ、だから電磁波の雲よ!」

そう言われてやっと理解したらしい。
ユリは慌ててレーダーを操作し、気象図も引っ張り出した。

「ええっと……あ、いたいた! こっから南南東に23キロの上空!」
「大きさは?」
「……直径で9キロ、厚さは2キロくらい」
「戦闘衛星は? まだ後ろ?」
「うん。ラブリーエンゼルの真後ろ、約8キロってとこ」
「距離はそのままキープして電磁雲んとこまで行って!」

さすがに戦闘衛星の速度よりはこっちの方がずっと速い。
だから、まこうと思えばまけるのだが、それでは意味がない。
ついてきてもらわないと困るのだ。

いたいた。
電磁波の塊だ。
濃いグレーの雲塊で、そのまま見たらただの積乱雲。
だけどあちこちからバリバリっと火花というか雷光が走り出ている。

そいつを確認すると、ユリはわざと減速した。
彼我の距離が5キロほどに迫る。
戦闘衛星はレーザーも発射してきたが、そんなものはひょいと避けてしまう。
ますます衛星は接近してくる。
普通なら、この辺で「何かおかしい」と気づくはずだが、そこはおバカなシステムの衛星ちゃ
ん、素直について来てくれる。

雲の上空、3キロの辺りで追いかけっこ。
ユリはそこで眦を決し、機体を急降下させる。
ついてきてくれるか不安だったが、衛星はちゃんとついてきてミサイルとか撃ってきてる。
これはいける。

落下角度45度で降下し続けていたユリは、距離2キロの地点でいきなり急上昇した。
途端に、すさまじいほどのGがかかってくる。

「ぐおおおお」

身体が加圧で潰され、あたしが苦しくてもがくのも無視して、ユリは全速で急上昇した。
バリバリッ、ガリガリッと耳障りな音が船内に響く。
センサー類が電磁波の影響を受けて悲鳴を上げてるんだ。
上空5キロの辺りでユリが水平飛行に移った。
ようやく船外を見る余裕が出来たあたしは、パネルを見て叫んだ。

「見て!」

戦闘衛星が電磁雲に捕まっている。
雲からは可視性電磁波が糸のように、いや、細かい無数の稲光のようになって金属球体に絡み
付いていた。
まるで下から花火を浴びているような感じ。

ここに至って、さすがの戦闘衛星も緊急事態に気づいたようだが、もう遅い。
何とか抜け出そうとエンジンを噴射するものの、電磁の嵐の敵ではないようだ。
ゆっくりと、だが確実に雲の中に引きずり込まれていく
。突然、太い雷が落ちて戦闘衛星の下部に直撃した。
下から上へ雷が落ちるのなんか初めて見たよ。
上へ落ちるなんて言葉は矛盾しているから、正確にはそうは言わないんだろうけど。

とにかくその一撃が効いたらしく、衛星は力なく雲塊に引きずり込まれていく。
外的な損傷というよりも、電磁波と電撃で内部のシステムが致命的なダメージを受けたのだ。
もはや自己コントロールは不能となり、また地上からの修復作業もないため、システムは壊死
していった。
死んだ人工天体は、音もなく電磁雲に飲み込まれていく。

もうひとつの戦闘衛星も同じようにして始末した。

────────────

フローレンス第三宇宙港。
少し手狭で、設備も不十分な空港なんだけど、メインの第一および第二宇宙港が使用できない
ので仕方がない。
ここも少々被害を受けたらしいけど、突貫工事で何とか修復してくれたらしい。
あたしたちは無事に任務を完了し、リオネスへ帰還するのだ。

「ご苦労でした」

コロン准将がピシッと敬礼してくれる。
強面の司令官だけど、心なしか表情が柔らかくなった気がする。

「お世話になりました」

アレスはあたしとユリに、それぞれ握手を求めてきた。
もちろん、あたしたちは手袋をとって握手した。
ひ弱そうに見えた少年だったけど、こうしてみると、もう立派な男性である。

「あなたたちには本当にご迷惑ばかりお掛けしてしまって……特にユリさんには」
「いいのよ。お仕事なんだから」

ユリは微笑んでアレスの手を握った。
美少年と見詰め合うユリ。
むむむ、こういうシーンは非常に面白くないのであるが、今回だけはしようがない。
それに、ユリもアレスに対して、どうにかしてやろうなどという戯けた感情はなかったようだ
から。

一方、あたしは少しばかり気が重かった。
ユリもそうなんだろう。
アレスに向けた笑顔とは裏腹に、あたしを見る表情には疲れたような重さがある。
それを察したのか、准将が言ってくれた。

「あまり気になさることはないと思います。不可抗力に近いわけですし、どうあれ事件は解決
したのですから」
「そうですよ」

アレスも微笑んだ。

「ユリさんもケイさんも、わざとやったわけじゃないですし、この星のことを思ってしてくれ
たんですから」
「……」
「少なくとも僕の方から……いえ、フローレンスからWWWAや銀河連合に対して抗議したり
損害賠償請求をすることはありません」

むしろ謝意を表明させていただきますよ、と、アレスは言ってくれた。
あたしたちは、見送ってくれたアレスたちにぎこちない笑顔を浮かべ、搭乗口に並ぶ長い長い
行列を見ながら空港の離着床へ向かった。

心底くたびれた顔つきで並んでいる人々は、大荷物を抱えながら黙り込んで順番を待っていた。
難民なのだろう。
彼らは、ノーチェックで税関を抜けているあたしたちに気づくと、いきなり憤怒とも怨嗟とも
つかない視線を向けてきた。
なかにはあたしたちに向かって来ようとして係員に止められているやつもいる。
あたしたちはいつものコスチュームだったから、すぐにラブリーエンゼルだとわかるのだ。
あたしとユリは、いつになくそそくさと空港ビルを抜け、用意されていた港内エアカーに乗った。

なぜに予備の空港であるここがこんなに混雑しているのか。
メインの第一空港も第二空港もなくなっちゃったからである。
どうしてあたしたちの見送りがアレスの他は連合軍軍人しかいなかったのか。
送迎すべき閣僚や役人たちがいなくなったからだ。

「……やっぱ、私たちのせい?」

ユリがぽつんと言った。あたしはすかさず答える。

「違うわよ、コロン准将だって不可抗力に近いって言ってくれたし……」
「そうね、不可抗力だと断言してくれたわけじゃなかったわね」
「……」

ぐぬぬぬ。
ここで口ごもってしまってはまずい。
あたしはすぐに他の利点を出した。

「そ、それにあの『事故』のおかげで、腐敗したドルツ派の悪徳議員たちや、私腹を肥やして
いた官僚どもを一掃できたわけだしさ」
「そうだったわね。でも、数少ない良識派の政治家たちやフローレンスのためにがんばってた
善良な役人たちまで一掃しちゃったのよね」

このアマ!
せっかくあたしが明るめの話題を持ち出そうとしているのに、なんで暗い方向に話を持って
いくんだ!
自分は部外者だと言いたいのか。

え?
なぜ事件を解決したのに、あたしらが不景気な顔してるのかって?
なんというか、例によっておまけがついたからよ。

ロベルトを逮捕できなかった。
これはまあ勝手に自滅した面があるので仕方がないが、カタルシスはないわよね、あれじゃあ。
それに、ユリが随分とひどい目に遭った。
だからもう何か暴れてスッキリしないと、あたしもユリも爆発しそうだったのだ。

だから戦闘衛星の始末を申し出た。
こっちのコントロールを離れたあいつを放っておけばいろいろと厄介だ。
システム解除にも時間がかかりそうだということで、准将もアレスも了承し、処理を要請して
きた。
正規の依頼よね。
だから戦闘衛星を落っことしたことについては、あたしたちに責任はない。
ないはずなんだけど、えらいことになってしまったのだ。

戦闘衛星を2基とも処理したのよ。
それはいい。
いいんだけども、電磁波の雲に落とし込んで制御不能にしたじゃない。
撃破したわけじゃないのね。
頑丈な兵器だから、それは仕方なかったと思う。

だけど、あたしも少し気にかかってはいたんだけど、それが地上に落下しちゃったわけね。
宇宙空間なり成層圏なりで爆発してくれてれば大した問題にはならなかった。
ううん、大気圏だってよかったのよ。
もちろん破片があちこちに飛んで被害は出たかも知んないけど、今回ほどはひどくなかった
はずなんだ。

何しろ装甲はやたら硬くて耐熱仕様。
大気圏突破の摩擦熱くらいじゃ燃え尽きなかったのよ。
ほとんどそのままの形状で地表に落ちちゃった。
で、どかーん。

でもね、それだけならまだよかったんだ。
直径50メートルの擬似天体が爆発したのとは思えないほどの大爆発になっちゃったのだ。
残っていた内部文書を解析してわかったことなんだけど、なんと総督はあれに核弾頭を積んで
いたらしいのだ。
なに考えてんのよ、まったく!
あの戦闘衛星は、あくまでフローレンスを守るために、宇宙空間の敵を撃退するために導入
したはずなのに。
なんで地上攻撃用の核ミサイルを搭載してなきゃいけないの!
ロベルトが死に、総督府が灰になった今では確認のしようもないけども、いざとなったらフロー
レンスに熱核攻撃するつもりだったのかも知れない。
ホントにあのバカ!

つまり戦闘衛星の墜落によって、フローレンスは核弾頭を食らったのと同様の被害が出ちゃ
ったんだ。
しかも、よりによって、落ちたのは首都サンダルシアのど真ん中。
政庁の集まってる官庁街に、である。
惑星首都で50キロトンの核爆発が起こったのだ。

爆発地点を中心に、半径20キロの建造物は消滅(もちろん生物もだ)。
半径35キロ以内の建物も80%が吹っ飛んだ。
放射能汚染はどの範囲まで広がっただろう。
政治家や役人たちはほとんど死に絶え、フローレンスは頭を失ったのも同然なのである。
死傷者数や被害総額はどのくらいになるのか、考えるだけで眩暈がしてくる。

もう一個の衛星は海に落ちた。
なら被害は少ないだろうと思うでしょ。
そう、直接的な被害は少なかった。
海洋の真ん中で、人が暮らしていた島も少なく、通りかかった船舶も2隻のみだったそうで、
死者は3000名ほどだったそうだ(死者3000名が「少ない」と表現されるのも問題だ
けど)。

だけど間接的な損害が……大きかったんだ。
海に放射能が撒き散らされたんだから。
観光くらいしかウリのなかったフローレンスで、これは致命的なことなのだ。
当然、その海域一帯では漁業も出来ないだろう。
残留放射能の問題もあるし、汚染物質が沿岸まで流れ着いてしまう危険性もかなりある。

「ブッディジウムもダメだったしねぇ……」

運転席でため息をつくようにユリが言った。
そうなんだ。
さらにダメ押しで、フローレンスの未来を変えてくれるはずだった希少金属ブッディジウム
まで残らなかった。

どういうことかっていうと、ブッディジウムが発掘された場所ってのが、なんと首都のサン
ダルシアだったんだ。
それも、あの植物園!
そう、内閣府に付属していたあそこである。

なんでまた内閣府にそんなものを作ったのか訳がわかんなかったんだけど、どうやらブッディ
ジウムの隠れ蓑にしていたようだ。
今となっては不明だけども、どうも内閣府建設の際にそれが発見され、表向き発表するわけ
にもいかず、植物園を作って隠していたらしい。
発掘自体はまだほとんどしてなかったみたい。
どうもロベルトは、ブッディジウムの件をドルツ本星に報告してなかったフシもある。
独り占めってことね。
だからおおっぴらに掘り出すわけにもいかなかったんだろう。

とりあえず国民とドルツ双方の目から隠す意味で植物園を作り、そこでリゼリアンの材料と
なるリゼルを栽培したというわけだ。
リゼル栽培だけでも立派な連合犯罪だから、まさかそれ以上の秘密があるとはアレスたちも
思ってなかったんだろう。
国家警察のアスマンしか、その情報は掴んでなかったのよ。
彼も死んじゃったろうから確かめられないけども、何かしらその証拠を握って、ロベルト一派
を逮捕しようとしたんだろうな。
証拠さえあれば、これは完全に国家反逆罪になるし。

だから総督一派は慌てて駐留地に逃げ込み、脱出を図ったんだ。
ところが、そこに戦闘衛星が落下した。
核爆発を起こした。
もちろんブッディジウムも消し飛んだわけである。

非常に熱に強い──つまり融点の高い元素だから消滅してはいないだろうけど、微小な結晶と
なって四方八方に飛び散ってしまったはずだ。
それも、たっぷりと放射能汚染されて。
そんなものを見つけ出す意味はないだろうし、どれだけ時間と費用がかかるか知れたものでは
ない。
大体、爆心地に人が近づけるようになるのに、どれくらいかかるかだってわからんのだ。
どのくらい埋蔵量があったのか知らないけども、換金すればこれも目の玉が飛び出るほどの額
になることは請け合いである。

「どーしよう」

ユリの声に、あたしも答える術もない。
主任に何て言えば……いや、もう主任には報告が届いているはずだ。
あたしたちのレポートも、そしてフローレンス臨時代行政府からも。
異例中の異例で、首班になったアレス(12歳でよ!)から、責任は問わない旨が行っている
とは思うんだけど。
だからと言ってWWWAも銀河連合も、立場上、何も補償しないというわけにはいかないだろう。
被害総額の30%負担だとしても、WWWAの年間予算をどれくらい食うんだろうか。

「はあ」
「はあ」

あたしたちは思いっ切り深いため息をついた。
エアカーがラブリーエンゼルを通り過ぎたのにも気づかなかった。



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