南フランス東部、ローヌ地方。
スイス、イタリアとの国境に接する風光明媚なその地は、数々の高峰を湛えたアルプスが目の
前にある。
豊かな自然に囲まれたローヌは、古くはローマ帝政時代から交通の要衝として栄えた。
そこは、フランス第二の都市であるリヨン郊外にあった。
アヌシー。
12世紀からの古い街並みが健在で、情緒豊かな町である。
そのアヌシー中心地からさらに30キロほど東南にある地に古城があった。
そのシャトーには、美しい女主人がいた。
名門マス家の養女であり、今はその遺産を継いだセイラ・マスその人である。
彼女は広い城内の応接室で客を待っていた。
「……」
その理知的な美貌は、彼女がかつて一年戦争に従軍しパイロットとして活躍したなどとはとても
信じられなかった。
クセのない金髪……というよりプラチナブロンドに近い美しい髪を載せた頭を軽く振り、思考を
巡らせる。
セイラはほとんど隠遁生活を送っている。
世間との接触は極力控えているのだ。
いろいろ理由はあるが、突き詰めて言えば厭世であろう。
無論、その訳は自分にあることも理解していた。
その彼女に来客があるというのは珍しい。
必要なものはすべて召使いたちが買い出しに出るか、業者に届けさせているから、セイラ自身
が外出することは滅多にない。
そのため、近隣住民ですら彼女を間近に見た者はほとんどいないほどだ。
それほどに表に出ない暮らしをしているから、セイラの存在を知っている者というのはごく限ら
れるはずなのだ。
その対象は、恐らく一年戦争関係者か、それを知った一部ジャーナリスト、あるいは改名前の
彼女を知っている連中くらいものだ。
いずれにしてもセイラが歓迎したい人間ではないだろう。
にも関わらず、その客はアポイントメントを取ってきた。
元連邦軍軍人の、ある実業家に話をつけたのだ。
セイラがこの地へ落ち着くために骨を折ってくれた人物で、言ってみれば彼女が地球に住める
ようになった恩人だ。
これから来る客は、その人間を間に入れれば、セイラは面会を断れないということを知って
いたということになる。
胡散臭い上に侮れない相手のようだ。
肘をつき、組んだ両手に綺麗なラインの顎を乗せて、セイラがあれこれ考えていると、コツコツ
とドアをノックする音がした。
「お嬢さま、お客様が見えました」
「わかりました、ありがとう」
気が進まぬままに、彼女は立ち上がって来客を迎えた。
恩人が介在したこともあり、礼を失することは出来なかった。
だが、儀礼的以上の接待をする気もまたなかった。
「失礼」
執事が腰を折ってセイラに頭を下げるのと同時に、その客は入ってきた。
彼が一礼する後ろを、執事がドアを閉じた。頭を上げた客が挨拶した。
「初めまして。今回は不躾なご訪問をお受けいただいてありがとうございます」
「……いえ」
セイラは男を観察した。
きっちりとスーツを着こなしているところから、無頼の輩ではなさそうだ。
もっとも、そんな男はこの城に入ることも出来ないだろうが。
年齢は40代そこそこといったところに見える。
オールバックに撫で付けたためか額が広く、その分、賢そうな雰囲気はある。
しかし目つきが悪く、下から睨め上げるような視線がセイラの好みに合わなかった。
とはいえ、これは別に舞踏会ではない。
彼とダンスを踊るのではなく、話を聞くだけである。
一度だけ話を聞いて、頼み事の類だったらさっさと追い返すつもりだった。
セイラが椅子を勧めると、彼はセイラが座るのを待ってから腰を下ろした。
一応、マナーも心得ているようだ。
無論、だからと言って好意的になる理由にはならなかったが。
セイラが尋ねる前に男が名乗った。
「自己紹介がまだでした。私、ヨアヒム・フォン・ローゼンベルグと申します」
「セイラ・マスです。それで、ご用件をうかがいましょうか」
「……」
美女の涼やかな声にローゼンベルグは一瞬聞き惚れてしまった。
ころころと鈴を転がすような声と言うが、彼女の美声はまさしくそれだろうと思った。
セイラの、先を促すような表情で我に返った彼は言った。
「その前に確認させてください。この部屋にはマイクやカメラはありませんね?」
「……そのような不粋なものは置いていません、ご安心を」
明らかにセイラは気分を害したようだったが、男は意に介さずに言った。
「ご無礼を。話が他へ洩れると困るものでしてね」
「……」
「本来であれば部屋をチェックさせていただきたいところですが、まあよろしいでしょう。
ここはセイラ・マス……、いえアルティシア・ソム・ダイクンさんの言葉を信じましょう」
「!!」
セイラはビクリとしたが、すぐに元の表情に戻った。
ここへ訪ねてくるくらいだから、当然こちらの身元は先刻ご承知なのだろう。
それにしても、わざわざ旧名で呼ぶくらいだから、きな臭い話に違いない。
セイラは険のある声で言った。
「ここでは……、いいえ、私は今ではセイラ・マスです。アルティシアという名はとうに捨て
ています」
ローゼンベルグは薄笑いを浮かべてセイラの言葉の槍を受け流した。
「いえいえ、あなたがどう思おうともあなたはアルティシアさんだ。これは大切なことですよ」
「……」
「今日お訪ねしたのはお願いがございまして」
そら来た、とセイラは思った。
この手の依頼は、大抵は義捐金だの寄付金だのと名前を変えたカネの無心がほとんどである。
金髪の美女はあからさまに言ってやった。
「お金ですか」
「!」
一瞬きょとんとした男は、すぐに破顔して笑い出した。
「こりゃいい、話が早くて結構です」
「やっぱりね」
「実は私、こういう者です」
ローゼンベルグがそう言って、セイラの前に身分証明書を提示して見せた。
プラスティックのカード・ケースに収められたそれは、今ではもう発禁になっているものだ。
「……!! あ、あなた……ジオンの……」
「ええ、そうです。私……小官はジオン公国突撃機動軍のローゼンベルグ少佐です」
「『もと』少佐でしょ?」
セイラは暗に「ジオン公国軍など滅んだ」と言っているのだが、それが気に障ったのか、男は
一瞬カチンとした表情を浮かべた。
それでもすぐに冷静な口調を取り戻し、セイラに言った。
「なるほど。お美しい顔に似合わぬ辛辣なお言葉を吐きますな。噂通りだ」
「その少佐どのがなぜお金の無心にいらしたのかしら。もしかしたらアクシズの人?」
「ほう。ご存じで?」
「旧ジオン軍の残党組織だったわね。0083年のデラーズ紛争でデラーズ・フリートを支援
していたとか、マハラジャ・カーンの死後は、確かその娘が率いているとか」
「なかなか情勢に通じてますね」
ローゼンベルグは少々驚いた。
隠遁しているとはいえ、セイラの元にはいろいろ情報は入っているのだろう。
だが、それなら説明する手間が省けるというものだ。
「お察しの通り、我々はアクシズです。ジオン、いやスペースノイドの自由と権利のために
アースノイドに鉄槌を下さねばなりません。その活動資金のためにご献金いただきたいと思
っております」
「……。支払うとでも思って?」
「お願いはもうひとつございます」
ローゼンベルグ少佐は、元連邦軍准尉の美女の言葉を無視して話を続けた。
それはセイラを仰天させるのに充分な威力を持っていた。
「あなたに……、我らの象徴となって欲しい。セイラ・マスとしてではなく、アルティシア・
ソム・ダイクンとしてね」
「なんですって!?」
──────────────
宇宙世紀0088年1月。
アクシズ総司令部の奥まった部屋で、ひとりの士官が通信していた。
アクシズでは、通常交信でも二重のジャミングをかけることになっているが、彼はさらにもう
ひとつ別の指向性混信を交え、おまけにそれを暗号化してパケットで送っていた。
−ベルゴンツォーリだ。
「……私です」
−きみか
男はジオン軍の制服を着込み、大佐の階級章をつけていた。
大佐はマイクに言った。
「すべて予定通りです。我々はアクシズから独立します」
−そうか。念のため確認するが、きみらは完全にティターンズとは切れているんだろうな?
「お疑いですか? ご安心ください、ハマーン自体が、もう彼らとは切れるつもりでおります。
仮にそうならないとしても、我々はティターンズと共闘態勢に入るつもりはありません、閣下」
−ならば良い。それで具体的にはいつ決起するのだマ・クベ君。
士官はマ・クベであった。
広い額というより、生え際が後退した髪。
酷薄そうな薄い唇。
細い目には常に氷のような冷たさを湛えていた。
もともと痩身だったのに、さらにまた痩せたようで、一種病的なほどである。
彼と会話しているのは連邦軍情報本部情報第一部長のベルゴンツォーリ少将である。
こちらは、見事に余分な肉がつきまくった体型だ。
「時期は正確にいつとはまだ言えません。ですが、ハマーンは3月にはジオン再興を宣言し、
ネオジオンと名乗る予定のようです」
−わかった。そこで内部叛乱を起こしてハマーン・カーンを失脚させ、きみが後釜に座る訳
だな。
「左様です。その際、我々のネオジオンはあなたがた地球連邦と即座にコンタクトを取り、
今後は敵対しないと宣言します。最終的には同盟する予定です。さらに……」
−わかっておる。
ベルゴンツォーリ少将は出来るだけ威厳を込めた声で言った。
−そうなった場合、マ・クベ大佐の一年戦争時に於ける戦犯容疑を追求しないものとする。
マ・クベ大佐にはオデッサ作戦時に戦術核ミサイルを発射した疑惑がある。
言うまでもなくこれは、0079年1月31日に締結された南極条約に抵触する。
仮に嫌疑濃厚として逮捕された場合、まず有罪は確定的である。
結局、核ミサイルによる被害はなかったものの、ABC兵器使用を厳禁した条約違反は重大で、
軽く済んでも禁固30年は下らないとされている。
それだけでなく、他にも細々とした容疑が掛けられており、それらを鑑みると死刑、あるいは
終身刑は免れないのではないかと言われていた。
「では、そういうことで。次回の定期連絡の際にはまた進捗があると思います」
マ・クベ大佐は軽く鼻を鳴らして通信を切った。
ベルゴンツォーリなど下らない男だと思っている。
イタリア系の大男だが、頬と顎に鬱蒼と髭が生えている他は何の取り柄もない軍人だ。
マ・クベが目を付けたのも、彼が情報部高級士官の中でも極めて俗物だということがわかった
からだ。
独立成功後、彼には莫大な金銭が渡ることになっている。
もと敵軍、しかも今後も敵対する可能性のある組織の人間から賄賂を受け取るような男が軍の
中枢にいる連邦に、大佐は何の期待もしていない。
取り敢えず戦犯容疑を払っておいてから、内部から浸透し骨抜きにしてやるつもりである。
不愉快な交信を終えると、マ・クベは部下に思いをやった。
「……あとはローゼンベルグがうまくやってくれれば万事OKか」
──────────────
「もう一度言いましょうか。あなたに、アルティシア・ソム・ダイクンとして我々に協力して
いただきたい」
「バカなことおっしゃらないで!」
セイラは両手をテーブルに突いて、思わず立ち上がっていた。
「……そんなことを受け入れるとでもお思いなの? バカにしないでいただきたいわね」
一瞬、激昂したセイラだったが、すぐに平静を取り戻したように見えた。
こういうことがあるから、世に出ないと誓ったのだ。
セイラの思いに関わらず、彼女にはあのジオンの娘という事実はついて回る。
一生だ。
このことでセイラが随分と苦労を重ねたのは事実である。
が、逆に助かったこともある。
ランバ・ラルの部隊に囚われそうになった時、彼がセイラをアルティシアと知って躊躇した
ため救われたのだ。
彼女は、父のことで軽蔑されるのも敬われるのも厭だった。
兄のシャアは違うようだが、セイラの方は「親は親」という思いがある。
親が何をしようとも、基本的にはその子には無関係のはずである。
ましてその親が死んでいるのに、いつまでもその亡霊に影響されるのはセイラの生き方に合
わない。
しかし周囲はそう見ない。
例えジオンが死んでも、いや死んだからこそ、その子供たちが期待と忠誠、嫌悪と憎悪の対象
足り得るのだ。
実際、これまでもローゼンベルグのような申し出が有象無象からあったのである。
取るに足らないちっぽけな旧ジオン関係のグループや、反連邦のテロ組織が協力を乞うてきた
り、逆に連邦政府関係者から下院議員に与党公認候補として立候補してくれないか、という
とんでもない依頼まであったくらいだ。
そんなこんなでうんざりし、また失望した彼女が南仏に引っ込んだのは2年前のことである。
「バカなこと、ですか。あなたにはそう見えるかも知れないが、私たちにとっては重要なこと
です」
「私には関係ありません。献金も含めてお断りします。どうぞお引き取りください」
「まあ、そう慌てないで」
憎々しいほどのポーカー・フェイスで元少佐は言った。
「どうしても、ですか」
「くどいですわ」
「わかりました、では致し方ない」
ローゼンベルグはそう言って、スーツの内ポケットから何か取りだした。
銃かと思って身構えたセイラだが、男が手にしたのは小さなカプセル状のものだった。
「?」
「こいつは何の変哲もない薄いガラスで出来たアンプルです。問題は中身です」
「……」
「ちょっと失礼」
少佐は製薬用アンプルを弄びながら席を立ち、ドアを開けて部屋を出てしまった。
訳のわからないセイラが戸惑っていると、すぐにローゼンベルグは戻ってきた。
椅子にかけたローゼンベルグにセイラが訊いた。
「なにを……したの……」
「すぐわかりますよ。あ、ほら」
両隣の部屋からくぐもったような悲鳴らしきものが聞こえた。
どたり、どたりと床に倒れるような音もした。
慌てて部屋を出ようとするセイラの腕を押さえて男が言った。
「は、離しなさい!」
「もう手遅れですよ」
「手遅れ……?」
セイラの力が抜けた。
彼女の肩を押さえたまま、ローゼンベルグが言った。
「もう死んでますよ」
「……」
「こいつの中身、液化ガスなんです」
少佐は濃いブラウンのアンプルを振って見せた。
「脆いですから、口を切らずとも床に投げればすぐに割れます。割れればすぐに気化して部屋
に充満します」
「毒ガス……」
「ま、そういうことです」
元ジオン士官の男は平然と言った。
「毒ガスというほどのものじゃないんですがね。まあ充分に殺傷力はあります。ここに通され
る時、あちこちにばらまいて来ました。誰かが知らずに踏めば、この城中に蔓延しますよ」
「……」
「脅迫と受け取ってもらってけっこうです。我々はそれほどまでにあなたを欲している」
「お断りします」
「……」
ブロンドの美女はきっぱりと言い放った。
「例えこの城の者たちが全員死に絶えようとも、私はあなたがたの言いなりにはなりません」
「ご立派ですな。あなたの主義を通すために執事やメイドたちを全員殺すというわけですか」
「……致し方ありません。私がアクシズに協力し、戦乱を招けば多数の死者が出るでしょう。
マス家の執事たちは、この家のために死ぬ覚悟を持っています。無論、彼らだけを死なせは
しません。私も命を絶ちます」
思い切ったことを言ったものだが、セイラも半分は本気で半分は脅しである。
どうしても避けられなければ死ぬ覚悟があるのは本当だ。
そのためにメイドたちまで巻き添えにするのはもちろんセイラの本意ではないが、この場合
やむを得ない。
それに、ローゼンベルグたちにとって、セイラの命というのは重みのあるものだろう。
どうしてもセイラに協力させたいからこそ、こういう卑劣な手段を執っているのだろうし、
逆に言えばセイラが死んだらすべてが終わりということでもある。
セイラが死ぬという脅しをかければかなり効果があるのではなかろうか。
しかしアクシズから来た男は余裕綽々であった。
「それは困りますね。私どもとしてはあなたに死なれては困る」
「だったら……」
「死ねないと思いますよ、あなたは」
「……」
「ガスをセットしたのはここだけだと思いますか?」
セイラはハッとして言った。
「ど、どういう意味なの?」
「フォン・ブラウン市」
「フォン・ブラウン? ……月面の……」
「ええ。フォン・ブラウン市の要地にセットしてあります」
「な……」
「0085年でしたか、サイド1の30バンチがティターンズに一度やられてますな。我々は
月に仕掛けました。全滅するほどの量ではありませんが、まあ10万人くらいは……」
「そんな……、無関係じゃありませんか!」
「そうですよ、あなたには無関係な場所だ。だったらお気になさらなかったらよろしいのじゃ
ありませんか? ご自分のシャトーの召使いたちは殺してもいいと言い放ったセイラさんだ、
赤の他人であるフォン・ブラウンの住人などどうなってもいいのではないのですか?」
「く……」
セイラは奥歯がギリギリ言うほどに噛みしめた。
ローゼンベルグは、彼の言うことを聞かなかったら無差別殺人を行なうと言っているのである。
もちろん彼の言う通り、セイラには関係ないのだから無視すればいいのかも知れない。
しかし、自分のせいで無辜の民間人を大量虐殺すると言われては平静でいられなかった。
ジオンの少佐は追い打ちを掛けた。
「あなた自身が命を絶ってケリを付ける、なんてマネも遠慮していただこう。もしあなたが死
んだら、フォン・ブラウン市をガス攻撃します」
「……」
セイラはうつむき、腕を小刻みに震わせていた。
どうにもならないのだろうか。
彼の言っていることは虚仮威しという可能性もある。
隣室で異変が起こったところを見ると、ローゼンベルグが持っているのが何らかの毒ガスで
あることは確かだろう。
だが、フォン・ブラウン市に仕掛けたというのが本当かどうかはわからないのだ。
しかし、ウソならいいが本当だったら手の施しようがない。
「……」
セイラは、膝を組んで座っている男を見つめた。
どうも、ここは一端従うしかないようだ。
彼らの懐に入り込んで、フォン・ブラウン市のガス攻撃がブラフでないかどうか確認する必要
がある。
そのためには、ここは突っぱねるのではなく受け入れるしかないかも知れない。
セイラは低い声で言った。
「……私があなたがたに従えばフォン・ブラウン市は……」
「ガス攻撃は見送ります。最終的に我々の目的が達成されたなら、ガス装置そのものも解除
しましょう。ムダですからね」
ローゼンベルグは落ち着いて言った。
ここに乗り込んで来るまでに、彼はセイラ・マスのことは徹底的に調査した。
素行や素生だけでなく、その性格面まで精査したのだ。
その結果わかったことは、一見お嬢さま然として毅然としているが、その実、情に脆い面がある。
それが他人であろうとも、危害が加えられそうになれば自己犠牲すら厭わないところがある。
尊敬すべき人柄ではあるが、ここはそれを利用させてもらうつもりだった。
ここでローゼンベルグはニヤリとして椅子から立った。
そして、肩を震わせてうつむいているセイラに肩に手を掛ける。
セイラはハッとしてローゼンベルグを見た。
「……実はそのふたつは公的な依頼でしてね」
「……」
「他に私的な頼み事もあるんです」
もと少佐は、手を美女の肩から顎に回し、くいと軽く上げた。
セイラは首を振って彼の手を振り払った。
「離しなさい!」
「おっと」
逃げようとしたセイラの腕を掴み、男は言った。
「もうひとつはあんただ」
「……」
「俺の女になれ。いいな?」
それまでの紳士然とした語り口から一転、卑下た口調に変わった男をセイラは呆然と見つめた。
そして叩きつけるような言葉を吐きつけた。
「ふざけないで。誰があなたなんかの……、触らないで、穢らわしい!」
「こりゃあ手厳しい」
ローゼンベルグは苦笑した。
「だがな」
「あんたは俺の言うことを聞くしかないんだ」
「いやよ。アクシズからの申し出は……受けるわ。でもそれは資金援助と私がアクシズの看板
になるということだけよ。そんな、あなたにどうにかされる項目はないわ」
「その通り」
意外にも元少佐はうなずいた。
「しかしね、私はあんたとの交渉の全権を任されてる」
「関係ないわ。私がアクシズに出向いたとき、あなたの汚らしい要求も暴露するわよ」
「それが出来ないんだな」
「……」
「さっきも言ったが、私は全権大使のようなものだ。私がこのままアクシズへひとりで帰り、
あんたとの交渉が決裂した、と報告したらどうなると思うね?」
「そんな……」
「うちの責任者は、それならやむなしとしてフォン・ブラウン市を攻撃すると思うがね」
「ひ、卑怯よ!」
「そんなことは先刻承知だ」
セイラの血を吐くような糾弾を嗤って受け止めたローゼンベルグは言葉を続けた。
「卑怯者だからこそ、こういう姑息な手段であんたの身体をものにしようと思ったわけだしな」
「……」
正直なところ、ローゼンベルグはセイラに執心しているわけではない。
ただ、マ・クベがセイラを奉り上げようとしているのなら、この女を自分のものにしておいて
損はないと思っているだけである。
マ・クベの本意がどこにあるのかは、ローゼンベルグにもまだわからない。
しかし、セイラを堕としてしまい、自分の傀儡にしてしまえばいろいろ役に立つだろう。
近い将来、マ・クベを出し抜く時にも、セイラがこっちの味方にいれば、他の有象無象どもを
引き寄せるのに使える。
卑劣の見本のような男が言った。
「わかったろう、お嬢さん。あんたはその身体を俺に差し出すしかないのさ」
「……最低ね」
「結構、俺は最低さ。あんたはその最低の男にいいように嬲られるってわけだ」
「……」
「せいぜい恥知らずになってもらうぜ。隣の部屋の連中はもう死んでるしな、遠慮すること
なく大声で泣き叫んでもらってけっこうだ」
ローゼンベルグはジャケットを脱ぎ、椅子に腰掛けた。
そして、為すすべなく立ち尽くしているセイラへ冷酷に告げた。
「何をぼやっとしてるんだよ。さっさと脱ぎな」
「……」
セイラは唇を噛んでローゼンベルグを睨んだが、やがて諦めて肩を落とした。
なるべく男の方を見ないようにして服に手を掛ける。
ローゼンベルグは、こんな間近で女の着替えを見るのは初めてだったが、なかなか風情がある
ものだと思った。
彼女はダーク・ブラウンのワンピースを着ていた。
城内だからこれでもカジュアルなものなのだろうが、地味な色にも関わらず生地や仕立てが
良いためか、フォーマルに見える。
無論、それはセイラ自身の気品が醸し出している面もあるだろう。
やや広めに開いた襟元からは、濃い色の服と対照的な真っ白い首筋が鎖骨あたりまで覗いている。
七分袖から見えていた腕も、細く白く女らしかったことに改めて気づいた。
「……」
セイラは、いやらしい目で見られていることを感じながらも、素直に脱いでいった。
ここで嫌がってもムダだろうし、男を悦ばせるだけだと覚ったからだ。
脱ぎ去ったワンピースが床にわだかまった。
「ほう」
男は感心したような、嬉しそうな声を上げた。
実に見事なプロポーションなのだ。
ウェストが少し絞られている服だったが、全体的にゆったりとした余裕のあるデザインだった
だけにわからなかったのだ。
着痩せするタイプなのかも知れない。
それにしても、セイラは元パイロットと聞いているが、身体の線がはっきりと出るノーマル・
スーツを着ていた頃は、さぞやクルーたちを悩ませたことだろう。
「それで終わりじゃあるまいな。下着も取るんだよ。それとも着たまま抱かれたいか?」
「……」
それもいいか、と男は思った。
今、セイラはスリップ姿である。
ブラックのスリップだが、それがまた絶妙なのだ。
ミルクを溶かし込んだような、白人特有の白い肌に黒いスリップは実に扇情的である。
透けて見えるブラやショーツも黒だった。
おまけに黒のガーター・ストッキングだ。
まるで古いフランス映画に出てくるパリの娼婦のようなセクシーさである。
「……」
ジオンの少佐は、昂奮を抑えるためか煙草を吸い出した。
ライターを持つ手が少し震えている。
情けないことだ、とローゼンベルグは苦笑した。
童貞のガキじゃあるまいに、と思ったが、ここまでいい女を抱くのは初めてかも知れないのだ。
緊張するのも仕方がない。
しかしそれをセイラに見取られては主客が逆転しかねない。
少佐は深く煙草を吸い込んだ。
セイラはストラップを外し、スリップも脱ぎ捨てた。
次にストッキングに手をやった時、ローゼンベルグから声が掛かった。
「おっと待った。ガーターはそのままでいいぞ」
「……」
「ベルトもストッキングもそのままだ。他は上も下も脱げ」
ローゼンベルグは、セイラを犯すことなど余技だと思っていたが、ここまで見事なヌードを
見せつけられると考えも変わる。
どうせならこの美女の肉体を存分に楽しめばいい。
セイラの白い肌と黒の下着のコントラストに魅せられた男は、それを愉しみたいと思った。
ブラやショーツを着けたまま犯せぬことはないが、やはり面倒である。
あの柔らかそうなバストも思う存分に揉みしだきたいからブラは脱がせたい。
ならば、長くて美しい脚はそのまま黒い装飾をつけたままにさせようと思ったのだ。
ストッキングの上から触る腿の感触も悪くないだろう。
セイラは散々躊躇したが、思い切ってブラを外し、ショーツも脱いだ。
そこには、ガーター・ストッキングを着けただけの哀れな、しかし絶世の美女がいた。
「……」
脱がせたローゼンベルグすら息を飲むほどのフェロモンだった。
セイラは0062年生まれと聞いていた。
ということは、今年で26歳になるはずだ。
まさに熟れ盛り、女盛りといえる年齢である。
艶々と輝いているかのような白さを誇る太腿が、ローゼンベルグの視線を捉えて離さない。
官能的なカーブを描いている臀部からすらっと伸びた美しい脚がたまらない。
裸にされ、何とか股間と胸を隠そうとしている美女の姿が悩ましかった。
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