けっこう仮面こと紅恵は講堂棟に連れ込まれていた。
深夜の講堂は真っ暗でシンと静まり返り、人っ子一人いなかった。
しかし、その地下室は煌々と灯りが点っていた。
生徒や学院が「営巣」と呼び習わしている各離室である。
学院側にとっての問題行動を起こした生徒を監禁し「反省」を促し、「再教育」を施すための牢獄であった。
一階から下りる狭い階段と同じ幅の廊下を真っ直ぐ進むと、ちょっとした広間に出る。
その周囲を取り囲むように牢屋があった。
今は誰も入っていないようだが、生徒たちを閉じ込めるための部屋に相違ない。
けっこう仮面はそこに引き出された。

後ろ手に手錠を噛まされながらも、けっこう仮面が周囲を窺う。
隅には椅子が何脚があった。
折り畳み出来る会議用のテーブルが立てかけられている。
磔のような十字架がある。
天井からは何本もの鎖がぶら下がっていた。
どうも、ここで生徒を尋問するようだ。
それだけでなく、自白を迫るための拷問も加えるのだろう。
牢内の生徒たちにその様子を見せるために、この営巣はこういう配置になっているらしい。
確かに、実際に拷問を加えられるよりも、それを見せつけられる方が恐怖心が増すことはあるだろう。
やり方が陰湿だと恵は思った。

鉄製の扉が軋む音がした。
ブーツ……というか軍靴を踏みならす複数の音が荒々しく響いてくる。
途端に、それまでにやにやとけっこう仮面の身体を見ていた教頭の顔が引き締まる。
壮年の男が先頭で、その後ろを集団が整列して行進してきた。
いずれも軍服のような制服に身を固め、軍用ベレーをかぶり、まるで将校に率いられた部隊のようだ。

彼らはピタリとけっこう仮面の前で立ち止まる。
ほぼ同時に、それまで2列縦隊だった生徒たちが、バッと壮年の左右に1列に広がる。
鍛え抜かれているというよりも、仕込まれているように恵には見えた。
男は、ピシッと敬礼する教頭を無視してけっこう仮面の正面にやってきた。

「……」

年齢は40代くらいだろうか。
制服の上からでも筋骨たくましそうなのがわかる。
それなりに身体を鍛えているらしい。
生徒たちと違って、この男は無帽であった。
目つきは鋭く、頬が削げて顎が引き締まっていた。
どことなく見覚えがあるような気がするが、それが何だかわからない。
輪郭なのか目なのか、どこで見たのか記憶が朧だ。
けっこう仮面が口を開く前に、男が自ら名乗った。

「ようこそ三光学院へ。私が学院長の服部だ」
「……」
「その姿、見間違えようがないな。けっこう仮面だな?」
「……ああ、そうだ。それより、おまえどこかで……」

けっこう仮面が問い質そうとした時に、女の高い声が響いた。

「やめて! 離して下さいっ!」

けっこう仮面がギクッとしてそっちを見る。
廊下の突き当たりにある部屋──守衛室らしい──から、ガードマンに手首を握られ、女生徒が引っ張られてきている。

「寿々美!」

手錠された寿々美が、引き摺られるように中央に引き出された。

「あっ、恵さん!」
「寿々美! あんたまで……」
「すみません! ブレーカーを落とした途端に、警備員に囲まれちゃって……」
「……」
「待ち伏せされてたみたいです」

やはりそうなのか。
警備が薄すぎると不審に思っていたが、それは当たっていたようである。
それにしても解せなかった。なぜ恵たちの侵入が予めわかっていたのだろうか。
その表情から察したらしく、後ろ手を組んだまま服部が言った。

「……なぜ君らの侵入がわかったのかと言いたいのかね」
「……ああ。ここへ来ることは誰にも言ってない。知ってるのはあたしと寿々美だけだ。なぜおまえがそれを知ってるんだ」

服部は鼻先で笑った。

「不思議かね? きみは当校の生徒と一度、我々の手に落ちているだろう。その時にこいつを押収したのをお忘れかね」
「あっ……」

服部が胸ポケットから取り出したのは、恵の学生証である。
それを指先でひらひらさせながら院長は続けた。

「東大のお嬢さんに邪魔立てされたと聞いた時は、さすがにわしもウチの連中の無能さに呆れたものだが、なるほどきみが相手
ではやむを得んな」
「……?」

どうもこの男の口調だと、恵のことを知っているらしい。
恵もどこかで見た記憶があるのだが、思い当たる顔がない。
そして恵は、服部学院長の言葉遣いが少し変化してきていることに気づいた。

「紅恵と聞いて、すぐにピンと来たわい。ああいうトラブルに躊躇なく顔を突っ込むことから考えて、やつめがあの憎っくき
けっこう仮面であったか、とな」
「なんだと……?」

そこまで言われて恵もピンと来た。

「おっ、おまえ、もしかして……!」
「ご明察じゃな。これではっきりわかるじゃろう」
「ああっ!」

にやりと笑った服部は、いつの間にか手にしていた仮面をその顔に被って見せた。
日本の般若と西洋の悪魔を掛け合わせたような恐ろしげなマスクだ。
その奇怪で特徴的な面を目の当たりにしては、もはや疑いようもない。

「学園長……!」
「その通り。わしじゃよ、紅恵。いやさ、けっこう仮面とお呼びしようか」
「……」
「何じゃ、その顔は。久々の再会ではないかね、ひとつ旧交を温め……」
「ふざけるな! 何が旧交だよ! そんなことより、きさま生きてやがったのか!?」
「ふふ、わしは……わしの野望はあんなことでは死にはせん。学園壊滅は確かに無念じゃったが、致命的というわけではないわい」

二年前のあの日、とうとう本局からスパルタ学園壊滅指令が下った。
恵たちがコツコツと集めた証拠と、局長である永井審議官の働きかけによって、ようやく文科相と警察が動いたのである。
文科相──というより、スパルタの息が掛かった官僚たちは最後まで抵抗したものの、突きつけられる数々の物証を前にして、これ以上の延命行為を断念したのである。
彼らに出来たのは、手入れ直前になってサタンの足の爪に一報入れることくらいだった。
蘇った学園長は言った。

「そんなことより、まさかおまえがけっこう仮面だとは思わなかったぞ」
「……」
「確かに、学園内の何人かがけっこう仮面疑惑を持たれたのは事実じゃ。しかし、おまえを始め誰も彼も証拠を掴むことが出来んかった。
かなりクロに近い者もおったが、確証がない以上どうにもならん」

これは言い訳も入っている。
実際、学園サイドも紅恵や夏綿けい子あたりはけっこう仮面疑惑が濃厚である、という調査結果も得ていたのだ。
しかし手出しは出来なかった。
言うまでもなくけい子は教師であり、それもA級ライセンスを持った学園の看板でもあるのだ。
疑惑が決定的であればともかく、もし違っていたら困る。
けい子が激怒して辞職でもされたら、困るのは学園なのだ。
恵の場合も同じである。
彼女は生徒に過ぎないが、一介の生徒ではない。
成績は極めて優秀な上、親からの寄付金も莫大だ。
優秀な生徒を確保することと資金面の双方から、無闇に彼女を追い込むことは出来なかったのだ。
学園長は続けた。

「しかしな、うちの生徒の脱走を手助けした者がおって、それがスパルタ出身だと聞いて「おや」と思ったわい」
「……」
「しかも、匿ったり逃がしたりしただけでなく、うちの連中を叩きのめしたという。きさまの学生証で名前を確認して納得したわ。
まさか、あの紅恵だったとはな。あっては、もう疑う余地はない。そいつはけっこう仮面じゃ。「もと」かも知れんがな」
「……」
「と来れば、あとは簡単な推理じゃ。猪突猛進気味のおまえのことじゃ、生徒を助けるだけでは収まるまい。きっとここに乗り込んで
くるに違いない。それにわしは、これが偶然だとは思っておらん」
「どういうことだ?」
「それはわしが聞きたいわい。おまえ、本当に藤寿々美を助けるためだけにここへやって来たのかね?」

恵は一瞬きょとんとした。
それ以外に何があるというのだ。
あの時、寿々美と知り合っていなければ、恵はここに来るはずがない。
というより、それまで三光学院自体知らなかったのだ。

「この学院にもネズミが潜り込んでいるという情報もある。おまえがけっこう仮面を引退せず、またしてもわしの邪魔をしようと
思っている可能性もないではないからな」

今度は恵が笑った。

「買い被りすぎだよ。あたしは本当に個人行動でここまで来ただけだ。組織は……何も関係ない」

恵の脳裏に、冷たく手を引くように告げたけい子や、心配そうな表情のしていた香織の顔が浮かぶ。
それを聞いて学園長は仮面の下で笑った。

「そうかの。くく、まあいいわい。いずれその身体に直接聞いてやろう。だが今日は、その前に余興へ参加してもらう」
「余興だと?」
「おい」
「はっ」

サタンの足の爪が軽く手を振ると、けっこう仮面の後ろにいたガードマンが、その手錠を外した。
これからどんな拷問をかけられるのかと覚悟していたけっこう仮面は呆気にとられる。
その足下に、学園長は彼女のヌンチャクを投げた。
けっこう仮面はじろりと学園長を見る。

「……どういうつもりだ」
「どうもこうもない。拾ってそれを使うがいい」
「後悔することになるわよ」

けっこう仮面は、自由と武器を取り戻した安堵感はあったが、同時に不安もあった。
周囲は敵だらけだが、ヌンチャクを持ってしまえば何とでもなる。
寿々美で脅されては抵抗できないが、そうならわざわざけっこう仮面の拘束を解いたりはすまい。
おまけに武器まで返しているのである。
けっこう仮面がヌンチャクを持つと同時に、サタンの足の爪が右手を挙げる。
途端に、後ろに控えていた軍服の学生達が、腰からナイフを抜いて身構えた。

「!!」

けっこう仮面もヌンチャクを構えた。
学園長の声が響く。

「諸君! 生きたマン・ターゲットだ。思う存分戦うがいい。いいか、殺すつもりで行け。相手はかのけっこう仮面だ、手加減無用」
「きさまっ……」

けっこう仮面は怒りで歯をぐっと噛みしめた。
勝てないとは思わない。
相手は学生であり、傭兵崩れだのヤクザだのいった手練れたちとの実戦をくぐり抜けた彼女の敵ではあるまい。
しかし、そいつらと違って彼らは被害者でもあるのだ。
洗脳され、あの男に従っているだけである。
いかにヌンチャクとはいえ、打ち所が悪ければ殺してしまうこともあり得るし、重傷になることもある。
恵としては、遠慮なく暴れるわけにはいかなかった。
それを見越しての策謀であるなら、サタンの足の爪はとことん悪辣だということになる。
けっこう仮面は油断なく身構えながら叫んだ。

「学園長、きさまどこまで卑劣なんだ! 生徒たちと戦わせようってのか!」

その間にも、生徒たちは無言でけっこう仮面に挑んでくる。
一対一などという礼儀正しいことはしない。
右から左から、隙あらば正義のヒロインに刃先を突きつけてくるのだ。
それらをかわし、弾き返しながら、けっこう仮面は必死の防戦である。

「やめろ! みんなやめなよ! こんなやつの言うことなんか聞くな!」
「やめて、みんなっ! みんな騙されてるのよ、服部校長に!」

寿々美も後ろからそう叫んでくれた。
それでも学生たちは無言無表情のまま、けっこう仮面の斬りつけてくる。
バトンの硬い樫や、バトンを繋ぐ鎖の部分でナイフを受けていたけっこう仮面だが、それでも相手は多数である。
しかもこちらは反撃できない。
無傷というわけにはいなかった。

「うっ!」

切っ先が肌に触れ、けっこう仮面の皮膚を小さく切り裂いて僅かに血が流れる。
革手袋にも小さな傷が出来ていく。

「やめてくれよ! あたしはおまえたちと戦う気はないのよ!」
「無駄だ」

けっこう仮面の叫びにかかるように、学園長が言った。

「もう彼らはわしの下僕だ。わしの命令なら親でも殺すだろう」
「こっ、この外道! 生徒たちにこんなことさせるな!」

やむなくけっこう仮面は、襲いかかってきた生徒の背中にバトンの底を打ち込んだ。
衝撃と一瞬の呼吸停止で、その生徒はがくりと膝を突く。
今度は右から迫ってきた生徒の右手にヌンチャクを叩き込んだ。
鈍い音がして、手にしたナイフが宙を飛んだ。
打たれた生徒は苦鳴を上げて手を押さえている。

「学園長、いい加減にしろ! きさまはいつもそうだ! こうやって危ない橋は部下や雇った連中にさせておいて、自分はいつも後ろで見物してやがる」
「……」
「少しでも恥と勇気があるなら、自分で戦ってみたらどうだ、この卑怯者!」
「待て!!」

なおも襲いかかってくる生徒たちは、その学園長の一言でぴたりと動きを止め、たちまち元の位置に戻って整列した。
軽く息が切れているけっこう仮面を見ながら、サタンの足の爪がつぶやくように言った。

「そうじゃな、たまにはそういうのもいいかも知れん」
「……」
「生徒諸君。決して敵には容赦するな。これから私が手本を見せよう。手出ししてはならん」

そう言ってから、今度はけっこう仮面を見て笑った。

「……これでいいかね」
「いいとも。ちっとは見直したぜ、学園長」

けっこう仮面の顔に不敵の笑みが戻る。
相手が何を考えているかわからないし、勝ったところで状況に大きな変化はないだろう。
寿々美が人質なのは変わらないし、敵が大勢なのも一緒だ。
もしけっこう仮面が勝ちそうになったら、その時は部下連中も黙っていまい。

それでも恵には本来の闘争本能が戻ってきている。
相手はサタンの足の爪だ。
この上ない獲物である。
スパルタ学園時代、何度こいつと直接対決したいと思ったか知れない。
その願望が叶うのだ。

けっこう仮面はヌンチャクを陽方の「山構え」に構えた。
ヌンチャクを縦回し、肩回ししてウォーミングアップし、同時に相手を威嚇する。
一方、学園長は丸腰である。
普通に垂らしていた左手がスッと胸まで上がっただけだ。

委細構わず、けっこう仮面は突っかかっていく。
袈裟打ちで棍棒部分を打ち込むと、学園長はそれを難なく避けた。
動きは小さく無駄がない。
最小限の動きで、けっこう仮面の打ち込むヌンチャクを避けていた。
けっこう仮面も、袈裟打ちから小手返し、直打ちとたたみ掛けるように技を仕掛けるが、学園長は反撃もせずにそれらをかわし続けていた。

なかなかやるなと思った。
さすがにこの男も、ただ威張っているだけではなかったらしい。
しかも今は、スパルタ学園時代にはなかった凄みも加わっている気がする。
相手を軽く見ることは禁物だが、必要以上に脅えるのも同様だ。
学園長の健闘を、けっこう仮面はむしろ心地よいものとして感じていた。
生涯の宿敵ともいえる相手が、とんだ腑抜けだったら甚だ失望するというものである。

しかし、けっこう仮面はどことなく違和感を感じ取っていた。
ある程度の格闘技は心得ているらしいことはわかっていたが、ここまでの技量があったのだろうか。
けっこう仮面が繰り出す技を前にして、まったく焦りがなくむしろ余裕すら感じさせられたからだ。
次第にけっこう仮面の側に焦燥が見え始めてすらいた。
その感情は、彼女のヌンチャクがまともに学園長に打ち込まれた時に最大となった。

(しめた……!)

僅かな隙を見逃さず、けっこう仮面は右から袈裟懸けにヌンチャクを叩き込んだ。
避ける余裕はない。
硬い樫の取っ手は、学園長の左側頭部に振り下ろされている。
まともに食らえば頭蓋骨が相当なダメージを受けるだろうし、咄嗟に腕で受けでもしたら骨折しかねない。
学園長は無造作に左腕でヌンチャクを受けた。

「!?」

長手袋を着けた左腕からは、骨の折れる鈍い音はしなかった。
筋肉が打たれる響きもない。
代わりに、硬いもの同士がぶつかり合う鋭い音がした。
同時に、ヌンチャクを持ったけっこう仮面の手が痺れるほどの衝撃が返ってくる。

「くっ……」

それが何だったのか考察する暇もなかった。
学園長が一転して攻勢に出てきたのだ。
けっこう仮面の繰り出すヌンチャクを、今度は避けもせずに全部左腕で受けている。
そのたびにけっこう仮面の手が痺れた。
よく見てみると、あろうことか樫の取っ手が少しずつへこんできているではないか。

(な、なんだ、こいつ……!)

学園長は、ヌンチャクを受けつつ、左腕を振るってけっこう仮面に攻撃を加えてきた。
拳ではなく、手のひらを水平にしたチョップである。
もちろん、そんなものをまともに食らうけっこう仮面ではない。
身を蝶のように舞わせて手刀を避け、ヌンチャクを振るっていく。
それでも次第に疲労が溜まってきている。
息が上がっていた。
これまで、激しく動いていたのはけっこう仮面ばかりだったのだ。
微かによろけた隙を、学園長は看過しなかった。
左の裏拳が、けっこう仮面の右頬に飛んできた。

「ぐうっ……!」

とんでもない衝撃がヒロインを襲った。
平手ではなく裏拳なのだから威力はあるだろうが、けっこう仮面はまるで拳を受けたかのような感覚だった。
いや、丸太か何かで思い切り殴られたような錯覚があった。
何しろ、その一撃だけでけっこう仮面は吹っ飛ばされてしまったのである。

「ぐっ!」

けっこう仮面は鉄格子に背中からまともにぶつかり、一瞬呼吸が止まった。
それでもすぐに立ち直り、眩む目とふらつく脚を叱咤してファイティング・ポーズを取る。
学園長がにやっと笑った。

「それでこそ、けっこう仮面。これくらいでへばってもらっては困る」
「あ、当たり前よ!」
「けっこう。ではこちらも遠慮なしで行こう」
「く!」

繰り出してきた左手をすんでのところで避け、バランスを崩しながらもヌンチャクを振るう。
学園長は余裕の動きでかわし、かわしきれない時はあっさりと左腕で受けた。
一向にダメージを与えることは出来なかった。
情勢は逆転し、今ではサタンの足の爪の攻撃をかわすのが精一杯になっている。
けっこう仮面のマスクの裏に冷や汗が滲む。
徐々に焦りが恵を捉えていく。
数発の攻撃をかわし、やっと一発打ち込める。
そんな状況が続いている。
ヌンチャクをかわした学園長の姿勢が少し崩れたのを見てとり、けっこう仮面の右足が水平にその顔へ飛んで行く。

「しまった!」

けっこう仮面が「あっ」と思った時は遅かった。
例の左手が、キックしてきたけっこう仮面の右足脛に命中したのだ。

「あくっ!」

弁慶の向こう脛をまともに打たれてしまっては、けっこう仮面もたまらなかった。
骨折したかヒビでも入ったような衝撃と激痛が右足を痺れさせる。
一回転して転がり、両手で脛を押さえて蹲ってしまう。
そこにサタンの足の爪の左腕が唸った。

「ぐあっ!」
「恵さんっ! けっこう仮面っ!」

寿々美の声が悲痛に響く中、左手のビンタを食らい、けっこう仮面の裸身がまたすっ飛ばされていく。
今度は鉄格子に正面からぶつかってしまった。
けっこう仮面が振り向く余裕もなく、学園長はそのマスクを掴むと、今度はパンチを鳩尾に叩き込んだ。

「ぐう!」

呼吸が止まって思わず屈み込んだところにエルボーが落ちてくる。
背中を強打され、がくりと膝から崩れ落ちかかったものの、まだ学園長は許さず、マスクを持ったまま立ち上がらせた。
精一杯の抵抗を見せ、けっこう仮面は萎えかけている腕でヌンチャクを振るおうとするものの、またしても左手のビンタが顔の左右に打ち込まれる。
もうけっこう仮面は声もなく、無抵抗に殴られていた。
寿々美が激しく顔を振りたくりながら絶叫した。

「やめて! もうやめてください、学院長先生っ!」

サタンの足の爪は、完全にぐったりしたけっこう仮面の顔に、もう一度パンチをぶち込んだ。
声もなくけっこう仮面の肢体が飛び、そのまま床に倒れ込んでいった。

────────────────

見事に捕らえられたけっこう仮面が喚く。

「ちくしょう! 寿々美は!? 寿々美はどうしたんだ!」
「吠えるな、けっこう仮面。いや、紅恵と呼ぶべきかね」
「んなことはどうでもいいんだよ! 寿々美は無事なんだな!?」
「そう、きゃんきゃん喚くでない。心配するな、生きてはいる」
「い、生きてはって……」

恵の脳裏が暗くなる。サタンの足の爪のことだ。
口に出すのもおぞましいような責め苦を、あの娘に味わわせているに違いない。
寿々美は恵の保護欲をそそる存在だ。
スパルタ学園時代の高橋真弓とダブるのである。
護ってやらねば、護ってあげたいと思わせる少女であった。
学園長が仮面越しににやりと嗤う。

「すぐに、他人のことなどどうでもよくなるような目に遭わせてやるわい」
「……外道め」
「言われるまでもないわ。そんなことはわし自身が認めておる。くく、それにしても……」

学園長の目つきが変わる。
淫らな獣欲を隠そうともしない、舐めるような目だった。
拘束されたけっこう仮面の脚から腰、胸、そして顔に粘っこい目線を注いでいる。
けっこう仮面は、宿敵にどこを見られているかを意識し、無防備な姿を晒していることに激しい屈辱を覚える。

「いやらしい目でじろじろ見るな、この変態!」
「何を今さら。貴様は……いいや貴様らは、スパルタ学園でイヤというほどその姿で暴れ回っていたじゃろうが」

確かにそうなのだが、全裸とはいえ自分主導で活動しているのと、こうして自由を奪われた状態で身体を観察されるのでは天地ほどの差がある。
況して、マスクをしてけっこう仮面の格好をしているとはいえ、自分の正体を知られているのだからなおさらだ。
すっと学園長の手が、けっこう仮面の尻に触れる。
寒気が走った。

「くっ! さ、触るな!」
「バカめ。触るだけだと思うか?」
「あっ、あっ……やめろ、この!」

やや前屈みの状態で固定されている恵の後ろに回った学園長は、背中の方から腕を伸ばし、そのバストを揉み始めた。
たくましい指が、いやらしい動きでけっこう仮面の柔らかい乳房を揉みしだく。
快感どころではなく、背筋に悪寒が突き抜ける。
痛みすら感じていた。
というのも、サタンの足の爪が、容赦なく力を込めて揉み込んできているからだ。
けっこう仮面は顔を顰めて罵った。

「い、痛っ……! デリカシーもないのか、おまえは!」
「なんじゃ、もっと優しく揉んで欲しいのか、こんな風に」
「あっ……バ、バカっ、そういう意味じゃない! 触るなって言ってるんだよ!」

いかに嫌いな相手でも愛撫には違いない。
柔らかく性感帯をこねくられ、乳輪が仄かに色づき、乳首が少し硬くなる。
学園長は乳を揉みながら、恵の耳元で囁いた。

「くく、しょせん女よの。男の手にかかれば、いかにけっこう仮面と言えども化けの皮が剥がれてくる」
「な、何を言うのよ、この気違い! か、感じてるとでも思ってるの!?」
「まだそこまではいかんじゃろうな。だが、感じさせて欲しいのなら……」
「そんなこと頼んでないだろ!」
「人の言うことは最後まで聞け。わしの聞くことに正直に答えれば女の悦びを与えてやろう」

恵は呆れた。
本当にバカじゃなかろうか。
このような状況で、そんなことを望む女がいるわけもない。
況してけっこう仮面であればなおさらである。

「殺さぬことも約束しよう。この拘束も解いてやる」
「……」

まだしつこく乳房を揉みながら学園長が聞く。

「……けっこう仮面は貴様ひとりではあるまいな?」
「……」
「それはな、スパルタの時にも察しが付いていたことじゃ。ただ、それが誰と誰なのかがさっぱりわからんかった」
「おまえが無能だからだ」

恵の誹謗を聞いて、学園長も苦笑した。

「そうかも知れん。まさか紅恵、貴様がそのひとりだとは想像もしなかったしのう」
「……」
「で? 誰と誰じゃ? 何人おる?」
「バカにしないで。言うとでも思ってるの?」
「では他の訊き方をしよう。おまえは誰の指示でここへ来た?」
「……誰の意志でもない。あたしが、寿々美とこの学園の生徒たちを助けるために来ただけだ。他の誰も関わってないよ」
「仲間を庇うか」
「……そうじゃないさ」

残念ながら、本当にそうではなかったのだ。
恵の必死の訴えを、けい子も香織も黙殺してきた。
その日和見に我慢出来なくなって、無謀と知りつつ自分と寿々美だけで乗り込んできたのだ。
そうも言えず、けっこう仮面は悔しそうな表情を押し殺していた。
学園長がまた質問の方向を変えた。
くりっと乳首をつねられ、けっこう仮面はクッと顎を反らして呻いた。

「この学園に間諜がいるらしい。誰だ?」
「かんちょう……?」

何のことだろう。
学園長が、さもいやらしそうに言った。

「かんちょうと言っても、貴様の好きな浣腸ではない。スパイのことだ」
「だっ、誰がそんなもの好きなんだよ! 知らないよ!」

学園長にからかわれながらも、恵は眉をひそめた。
スパイがここにいる?
この男の敵がスパイを送るとすれば、それは文科省か警察だろう。
つまり、そうした公的機関が内偵しているということだろうか。
しかし、それにしてはけい子たちは何も言わなかった。
もしけい子らがやっていることであれば、三光学院の名前を出した時にそのことを恵に告げてくれるはずだ。
悪魔の頭巾を被った学園長は、戸惑った表情のけっこう仮面を覗き込んで軽く頷いた。

「……そうか、本当に知らんようだな」
「……」
「ということは……、どういうことじゃ?」

そんなことは恵の方が聞きたい。
けい子たちの素っ気ない態度は、恵にもまだこの内偵のことは告げられないから、ということだったのだろうか。
引退し、普通の女子大生になっている恵を巻き込まないために、敢えてそうしたのかも知れなかった。
けっこう仮面は唇を噛んだ。

「ま、いずれにせよ、けっこう仮面の情報は吐いてもらわねばならん」
「……言うと思って?」
「素直には言わんじゃろうな」

そう嘯くと、学園長は奥の扉に向けて怒鳴った。

「そろそろ出番じゃ。入ってくれ」
「……?」

重そうな鉄扉がギギィと軋んだ音を立てて、ゆっくりと観音開きに開いていく。
ふたりほど部屋に入ってくるのがわかるが、バックに光源があるようで、その顔や表情はわからない。
扉がまた重い音をさせてゆっくり閉じていった。
ふたりは、ガラガラとワゴンのようなものを押してきている。
強烈な光に侵された目に視力が戻ってくると、学園長の隣にふたりの少女が立っていた。

「もう、遅いですよ校長先生ったら」
「待ちくたびれちゃったわ」

少女達はそう言って笑った。

「いや、すまん。もしかしたらわしが聞いただけで喋るかとも思ったんじゃが、やっぱり無駄じゃったようだ」
「でしょう? かの「けっこう仮面」ですもの、そう簡単に屈服するわけがありません」
「ていうか、あっさり屈しちゃったらつまんないわ」

少女たちは面白そうにころころと笑っている。
ふたりとも異様な格好をしていた。
ひとりはアナクロな鳥打ち帽を被っている。
探偵がよく頭に乗せているあれだ。
髪は黒くしなやかで、腰まで届くほどに長い。
顔つきは愛らしく、くりくりした目が印象的な明るく活発そうな娘だった。
但し全裸である。
裸の上にここの制服らしいグレーのブレザーを羽織っているのだ。
堂々とヌードになっているだけあってスタイルは良い。
胸も腰もそこそこに張っており、何よりもバランスが取れている。
肌は抜けるように白かった。

もうひとりはけっこう長身である。
恵くらいはありそうだ。
こちらは全裸ではないものの、やはり変わった服装をしている。
突っ張った男子学生の着そうな長い学ランを着ている。
というか、羽織っている。
相棒と同じように、その下はやはり全裸だ。
髪は茶色に近い栗色で、天然なのかアイロンしているのかわからないが、全体にウェーブをかけてモコモコさせていた。
目は大きいが瞳は黒くなく、薄いブルーだ。
外国人とは思えないから、カラーコンタクトでも入れているのだろう。
こちらも、もうひとりに負けぬほどスタイルは抜群だ。
特に胸が大きく、巨乳と言って良い部類に入る。
長身ということもあるが、全体的にグラマラスな雰囲気である。

挟むように学園長の両側に立った少女たちの肩を叩く。

「今、聞いておったろう。こやつに、仲間のことを喋らせてやってくれ」
「口を割らせればいいんですか、校長先生」
「何じゃ、それだけじゃ不満かね?」
「ふふ、ゆりはこのお姉さまで遊びたいのよ。ね?」

耐えきれなくなってけっこう仮面が叫ぶ。

「な、なんだ、その女たちは! あたしをどうするってんだ!」
「そう興奮するな。あとでたっぷり彼女たちがおまえを興奮させてくれよるわい」
「……」
「紹介しよう。こちらが弁天ゆりくんだ」
「よろしくお願いします、お姉さま」

右側に立った黒髪の少女がぴょこんと恵に頭を下げた。

「そしてこちらは万華鏡子くんだ」
「うふ、よろしくね」

パーマの少女が妖しく笑った。
学園長は後ろ手を組んで、ゆっくりとけっこう仮面に近づく。

「ふたりとも、我が学院の優等生じゃ。来年卒業して、要所に配属されることになる。ま、わしの手駒じゃな」
「……要は仕置き教師の代用ってことかい」
「あんな無能どもと一緒にするな。この子らは……いいや、この学校の生徒たちは、皆わしの可愛い手駒じゃ。作品と言ってもいい。
その中でもゆりくんと鏡子くんは飛び抜けて優秀なのじゃ」
「まあ校長先生、そんなに褒められては後が怖いですわ」
「そうそう。あたしたちをおだてたって何も出ませんよ」
ふたりがそういうと、サタンの足の爪は満足そうに笑った。
「事実じゃろうが。ま、いい。早速だが、この女をたっぷりほぐしてくれ。そして何としても白状させるんじゃ。手段は任せる」
「わかりました」

ゆりはこくりと頷いてから、凄惨な表情で学園長を見た。

「……殺さなければ何をしても構いませんか?」

屈託ない笑みを浮かべていたゆりの表情が一気に氷点下に下がり、さすがのけっこう仮面もぞくりとした。
学園長も真顔に戻る。

「そうじゃな……。あまり無茶はするな。薬漬けみたいな野暮なこともよせ。指を切り落とすとか歯を抜くとか、そういうのもナシじゃぞ」
「……」

恵は戦慄した。
この娘たちは──まだ17,8歳だろうに──そんなことまでするのか。
寿々美の話では、ここの生徒たちはテロリストや戦闘員、スパイに育成されるらしい。
ゆりと鏡子という娘たちも、そうした行為を無表情で行える訓練を施されているのだろう。
ゆりが不満げに抗議する。

「ですけど……、それじゃあ難しいですよ。なにしろけっこう仮面です、生半な責めではまいらないでしょうし」
「それを何とかするのがきみたちじゃろう」
「校長先生のおっしゃる通りよ、ゆり」

鏡子が笑う。

「どうもあなたは、可愛い顔してるくせに残忍なところがあるわね。例え白状させてもこの前みたいに発狂されたら意味ないでしょうに。
ねえ校長先生?」
「そうじゃな。出来れば壊さんで欲しいところじゃな」
「うふふ、そうですよね。きっと校長先生は、後でこのけっこう仮面のお姉さんに「復讐」したいのよ」
「復讐って?」
「お鈍ね、ゆり。だからスパルタ学園での恨みを晴らすのよ。男の凄さをけっこう仮面に判らせてやるんですよね?」

それを聞くと学園長は大笑いした。

「いやいや、鏡子くんにはかなわんな。その通りじゃ、にっくきけっこう仮面を踏みにじってやりたいのじゃ。泣き叫ぶまで犯して、最後には屈服させてやる」
「ね? だから壊しちゃだめ。じっくり「愛して」あげるのよ」
「……時間かかりそうだなあ」
「愉しめる時間がたくさんあるってことじゃないの」

そう言って二人の悪女は笑い合った。

「ま、いずれにしてもよろしく頼むぞ、ゆりくん、鏡子くん」
「わかりました」
「けっこう仮面! いやさ紅恵! ……覚悟せいよ、このふたりはわしのように優しくはないでな」
「ふざけるな! おまえのどこが優しいんだよ!」

けっこう仮面の暴言を背中に受け、高笑いしながら学園長は退場していった。
その後ろ姿に深く頭を垂れていた少女は、学園長が消えるとけっこう仮面に向き直った。
ゆりが話しかける前にけっこう仮面の方が口火を切った。

「おまえたち、この学園の生徒って本当なのかい?」
「そうよ。校長先生もおっしゃってたでしょ? 私たち優等生なのよ」

ゆりがそう言うと鏡子がけらけらと笑った。
それを不快そうに見ながら恵は続ける。

「つまり、あの男の下僕ってとこか?」
「……」
「寿々美の話だと、完全に洗脳された連中は、もうあの男の奴隷みたいなもんだそうだな。親の言うことは聞かなくても、あの男が
命令すれば親でも殺す」
「そうよ」

鏡子が少し高い声で答えた。

「それが何? おかしいかしら? この学院は校長先生のもの。そこに所属する私たち生徒はなべて校長先生の僕よ。当たり前じゃない」
「けっ……」
「校長先生の崇高な教えを理解すれば、誰だってそうなるのよ。それがわからない出来損ないは……、まあ始末されても仕方ないわ。
無能なだけでなく有害なんだから」
「そうね。あの藤寿々美って子も……」

恵がぴくりと反応する。

「寿々美はどうした。今、どうしてるんだ」
「だから無事よ。あなたの言う下僕どもに嬲られてるとは思うけどね」
「く……」
「殺しはしないわ。まだね」
「……」
「あの子みたいにふわふわした落ち着かない気持ちを持ってる生徒もまだ多いから。その見せしめに、公開仕置きにする予定よ。
少しきついやつをね」
「何をする気だよ!」
「だから殺したりしないわよ。怪我もさせない、なるべくね」
「……」
「その間に改心すれば営倉から出られるわよ。あの子のためにもそれを望むわ」
「鏡子、もうそれはそのくらいでいいわよ。それよりも……」

ゆりはぺろりと舌で唇を舐めた。

「それよりも、早くこのお姉さまを可愛がりましょうよ。私、けっこうのお姉さまを見てるだけで濡れてきちゃいそうよ」

ゆりはそう言って、吊られているけっこう仮面の肉体を熱い視線で眺めていた。
噂通りの姿だった。
真っ赤なコスチュームを着た美女。
コスチュームと言っても、すっぽり頭全体を覆うマスクと、長手袋、ブーツだけだ。
首に真っ赤な薄いマフラーがチョークのように巻かれているのが、余計に色気を漂わせている気がする。
マスクも特徴的で、口も鼻も隠され、目の部分だけを開放している。
額にはふわりと白い羽根がついているのがチャームポイントのようだ。
手袋とブーツは革製で、丈夫そうだがしなやかで、かなり高品質なものらしい。
それ以外は本当に全裸なのだ。

ゆりも鏡子も半ば呆れている。
本当にこの格好で暴れていたらしい。
しかも学校内で、である。
ゆりも鏡子もけっこう仮面のことは言えない格好ではあるが、これは逆にけっこう仮面の噂を聞いて「自分たちも」と思ったからのスタイルである。
美しい肢体を持った彼女たちはそれなりにナルシストでもあり、自らの美貌と肉体美を誇示できるこのスタイルが気に入っていた。

但し、本場のけっこう仮面は顔まで隠している。
相当な美人らしいという話だが、ゆりたちは鼻で笑っていた。
顔をマスクで覆っているのに美女も何もない、ということだ。
だが、ふたりはその噂が正しかったことを覚った。
確かにマスク越しでも、けっこう仮面が美しい顔をしているらしいことがわかるのだ。
美貌が滲み出てくるような気がする。

彼女──けっこう仮面は、ヌードであっても決して卑猥でも猥雑でもなかった。
コスチュームのお陰もあるかも知れないが、むしろ気品や気高さすら感じるのだ。
自分たちにはないものである。
それがわかるのか、ゆりも鏡子も、けっこう仮面を見ているうちにムラムラとしたライバル心と嫉妬が湧き起こってきた。
鏡子がけっこう仮面の前に、ゆりが後ろに回った。
けっこう仮面は、前にいる鏡子を睨みつけ、後ろにいるゆりを振り返って牽制している。
ゆりが惚れ惚れしたように言った。

「それにしても、さすがにけっこう仮面ですね……。本当に綺麗な身体」
「……」

こんな娘に褒められてもちっとも嬉しくなかったが、これは恐らくけっこう仮面──紅恵──のヌードを見た誰もが思うことだろう。
活躍しているけっこう仮面は、オールヌードでもちっともいやらしくはなかったのだが、こうして囚われの身になっている彼女からはフェロモンが薫る。
正義の味方の美女が悪の組織に捕まったという状況がすでに淫靡な雰囲気を持つのである。
赤いマスクやブーツ、マフラーが色気を増殖させている。

まだ若い女だろうに、マスクの下の肉体は匂い立つような女の色気を漂わせていた。
特に目立つのは大きな乳房である。
鏡子もおっぱい自慢なのだが、その彼女をして劣等感を抱きかねないサイズと形状を誇っている。
大ぶりなそのバストは若々しい生気に溢れ、年齢相応の官能美を示していた。
反して、乳首とそれを覆う乳輪は小ぶりで色素も薄く、見事な肉体の割りに性体験が少ないであろうことを予測させた。

ゆりに突き出すようにしているヒップもボリューム満点である。
触れれば弾かれそうな肉感があった。
太腿も同様で、たくましさすら感じるほどの迫力がある。
肩や腕にも筋肉が乗っている。
このように、このけっこう仮面はどちらかというと日本女性にしては大柄で肉感的なのだが、全体的にスマートさを感じさせる。
何かスポーツをやって鍛えていたか、あるいはけっこう仮面としての鍛錬を怠ってない証明かも知れない。
尻も乳もみっしりと肉が詰まり、ずしりと重そうで、野性的なセクシャルさがあった。
肌の色は、ゆりや鏡子のような雪白ではなく、褐色に近い肌色だ。
ただそれは比較の問題であって、最近の若い日本女性の肌が白くなりつつあるからそう見えるのだろう。
実際は、このけっこう仮面のような肌こそ和風美女の風合いなのかも知れなかった。

ゆりたちよりは年上だろうが、それでも20歳にはなっていないように見える。
それほどに肌が若く、張りもあった。
なるほど、この格好でいきなり現れたら、普通の男は目を奪われてしまい、抵抗も何もないだろう。
僅かな時間かも知れないが、けっこう仮面はその間隙を逃さず、先制攻撃をもって勝利して来たのだ。
そういう意味では、彼女たちの魅力が通じない相手──例えば女──であるなら、そうしたけっこう仮面の武器のひとつを奪うことにもなるのだ。

但しけっこう仮面は、無頼漢や傭兵崩れ、ヤクザなどは簡単に蹴散らすほどなのだから、よほどの実力者でもなければ、女では到底
相手にはならないだろう。
事実、スパルタ学園時代にも女の刺客はいたものの、彼女たちは打ち破ってきた。
だからこそ、けっこう仮面は無敗を誇ってきたのである。

けっこう仮面は、目の前の鏡子と背中に回ったゆりを見やる。
どちらもパワーがあるとは思えない。
といって、何か武芸に秀でているようにも見えなかった。
美人ではあるが、見た目はあくまで凡庸である。
しかし、あの学園長にけっこう仮面責めを任されるのだから、何かあるはずだ。
ということは、薬剤でも使うか、心理攻撃をするのか、あるいは……。

「あ!」

そこまで考えたところで、後ろのゆりがけっこう仮面の臀部をつるりと撫でた
。けっこう仮面はびくりと腰を引く。
その陶器のようなすべすべした肌触りに、黒髪の美少女はうっとりした。

「ホント綺麗なお肌ですね、お姉さま。羨ましくなっちゃう」
「……」

やはりそうか。
力ではなく、性的に責めるのだろう。
学園長の考えそうなことだ。
どうせこの娘たちがけっこう仮面を責める様子を、どこからか眺めているに違いなかった。

となればチャンスはあるかも知れない。
スパルタ学園時代、けっこう仮面たちも、運悪く仕置き教師など学園側に捕らえられたことはあった。
その際はいきなり殺したりはせず、まずその肉体を弄んだのだ。
自白させようとしたこともあったし、そのために物理的あるいは性的な拷問を仕掛けてくることも珍しくなかった。
但し、責める側が男だったせいもあり、自白させるという目的を忘れ、ただひたすらけっこう仮面を責め嬲ることに没頭して
しまったのである。
目的と手段を完全に取り違え、その結果産まれた隙を突いて、彼女たちは虎口を脱したのだった。

今回はゆりと鏡子という女が責め役になっている。
だからけっこう仮面の痴態を見て興奮し、我を忘れるということはないかも知れない。
しかし、見たところゆりはその名の通り百合気味なところもあるようだし、何しろ学園長が見ていることもあり、チャンスは
ありそうである。

かつて恵が捕獲された時も、女教師である片桐に責められたことがある。
しかし一緒に居たのが男性教師の佐田だったこともあり、佐田が責めている時に油断を誘って反撃し、撃退したこともあった。
その佐田の役割を学園長にさせればいいのだ。
あとはこの女たちの淫ら(であろう)な責めに堪え忍べばいいだけだ。
女にとって恥辱的かつ屈辱的な行為をされるだろうが、それを承知の上で恵はけっこう仮面になったのである。
覚悟は出来ていた。
ゆりが背中にもたれかかってくる。

「ねえ、けっこうのお姉さま。さっき校長先生が聞いたことに答えてくれません?」
「なっ……何だよ」
「だから……。お姉さまが紅恵って人だってことはわかったわ。他のお仲間の名前よ」
「……」
「言えないんですか?」
「……! 何を……!」

ゆりはけっこう仮面の顔を押さえ、そのうなじや喉もとに小さな舌を這わせてきた。
ねっとりと熱い舌が首筋に這うと、ぞくりとするような震えが背中に走る。

(くっ……! こ、この子、うまい……)

本当にレズなのかも知れない。
あるいは、女だからこそ女の弱みがよくわかっているのか。

「ああっ……!」

今度は前から鏡子がけっこう仮面の乳房を掴み、揉みしだいてきた。
こちらも技巧的で、けっこう仮面の乳首はたちまち勃起してくる。
やんわりじんわりと焦れったく揉んでいるように見えて、的確に感じるポイントを刺激していた。

「おっ、おまえら、やめろ! あっ……くっ、あ、あたしはそんな趣味はないっ!」
「そんな趣味? ああ、レズなのかってこと?」
「ううん、レズっていうよりバイよね、ゆり」

そう言ってふたりは笑い合った。
ゆりが付け加える。

「あたしたちは、まだ初心な女生徒たちに、こういうことを教える役なのよ」
「な……んだと」
「だ・か・ら。あの寿々美って子から少しは聞いてるんでしょ、この学院のこと」
「……テロリスト養成所だとは聞いたよ」
「あら、可愛くない言い方ね。でも半分は当たりかな、鏡子」
「そうね、男子は半分以上それだものね。でも女子はね、そういう暴力方面へ行く子もいるけど、寿々美みたいに可愛かったり美人
だったりした場合は……」
「く……、い、色仕掛け要員かよ!」

要するに「女の武器」を使って敵の懐に入り込み、情報を得たり、そのことを恐喝ネタに使ったりするわけだ。
いわゆるハニートラップである。

「平たく言えばそうね。だからこの学園に入学した時は処女でも、卒業するまでには年増顔負けなほどに熟練するのよ」
「最低だな……!」

けっこう仮面は吐き捨てた。
女の尊厳を粉砕する──ほとんど道具としてしか扱っていないということだ。
スパルタ学園でもここまで酷くはなかった。
少なくとも教師どもが裏で女生徒に手を出しでもすれば学園長の逆鱗に触れたし、女生徒を道具として使うなどということはなかった。
そういう意味で三光学園はスパルタ学園よりもさらに悪辣だ。
スパルタ学園は在学中は地獄でも、卒業すればまともな職に就くことが出来た。
しかしここは生徒を私兵化し、殺人機械や盗聴器、監視カメラとして社会にばらまいているのだ。
断じて許せなかった。
ゆりが恵の喉に唇を当てながら聞く。

「で、お話戻しますけど。どうですか? 仲間のお名前と、お姉さまがここへ来た目的とそれを命じた人と組織。素直に言ってもらうと助かるんですけど」
「言うと思ってるの? あっ……」
「言いなさいよ、ほら」

鏡子もけっこう仮面の胸を責める。
片方の乳首を思い切り吸い、もう片方の乳房をぐにぐにと揉み絞る。
ゆりの舌と鏡子の手で快感ポイントを責められると、けっこう仮面はぐぐっと背を息ませ、手をぎゅっと握って耐えている。
つい漏れてしまう声を噛み殺し、踏ん張るようにして甘い快感を振り払っていた。
こんなことには慣れている。
スパルタ学園時代、いやというほどやられたのだ。
けっこう仮面の胸を愛撫しながら鏡子がひょいと顔を覗かせる。

「ゆり、普通に責めてたら時間かかりそうよ。私はそれでもいいけど……」
「そうね、校長先生が待ちきれないかも。お尻責めてみようか」
「……!」

けっこう仮面はびくりとしてゆりを見た。
快感を与えてとろけさせるのでは埒があかぬと、今度は羞恥責めも交えるらしい。
鏡子がけっこう仮面の脇腹のあたりから顔を出し、そのままお尻の肉を掴み上げる。
慌てた恵が叫ぶ。

「バ、バカ、やめろ! そんなところ……」
「あら、けっこう仮面さんはお尻を責められるの初めて?」
「……」

そうではない。
あの変態教師コンビの佐田と片桐に、いやというほどアヌス責めされたのだ。
けっこう仮面グループでももっとも気の強い恵でさえ、泣き叫びたくなるほどの屈辱と羞恥だった。
鏡子が尻肉に指を食い込ませて、ぐいと左右の尻たぶを割り開く。
けっこう仮面が悲鳴を上げた。

「バカよせ! くっ、おまえらどこを見てるんだよっ……!」
「どこって言われても困るわ。けっこう仮面さんのお尻の穴よ。それにしてもゆり、あなたもそこを責めるの好きねえ」
「ええ。だってけっこうのお姉さまみたいな気の強いタイプって、ここを責めるのが効くのよ。ね、そうでしょ、お姉さま。ほらほら、アヌスよ、肛門」
「くっ……、こ、この気違い! 変態!」

ゆりがけっこう仮面のアヌスを食い入るように見つめている。
鏡子によって無惨に割り拡げられた谷底に、けっこう仮面の肛門が恥ずかしそうに窄まっていた。
ゆりの熱い視線を感じるのか、時折きゅっと引き窄められる。

「まあ、可愛いお尻の穴だこと。けっこうのお姉さま、本当にお尻を責められたことないの?」
「しっ、知らないっ……あ、触るな!」

ゆりの細い指がけっこう仮面のアヌスに触れた。
その冷たい肌触りに、恵は悪寒が走った。
ぶるっと震えたけっこう仮面を見ながら、ゆりは指先で円を描くように揉み込んでいく。
排泄器官をいじくられる気色悪さと屈辱に、けっこう仮面がすくみ上がった。
それでもなお、肛門粘膜に女生徒の指がしつこく嬲ってくる。

「や、やめろ、バカっ……! くっ……よせ、この……ああっ……!」

耐えきれず、けっこう仮面はマスクの顔を振りたくった。
白い羽根が千切れそうにうねり、首のマフラーも激しく宙を舞う。
前では、ゆさゆさと揺れ動く乳房を鏡子がこねくっているのだが、そっちを気にする余裕もない。
アヌスを揉み込まれると、背中から脳天にまで怖気が突き抜ける。
それでいて、カッと腰の奥が熱くなり、膣までが疼いてきてしまう。
そんなところが感じるとは思えなかったが、あの片桐たちに散々仕込まれてしまったせいか、いやでも意識するようになっていた。
そして、意識すればするほどにそこが疼く。
性感帯のひとつになってしまっていたのである。

「やっ……いや、やめてっ……そ、そんなところ……あっ……」

嫌がってうねらせている腰の動きが鈍くなっていく。
いやでいやでしょうがなかったのに、反抗心が弱まっている。
寒気がするほどのおぞましかった肛門の感触が、ややもすると甘い痺れになってきていた。
いけない、と思った時には、もう膣まで緩んでいた。

「やめ……ろ……あ……うんっ……やっ……」
「ああら、どうしたのかしら、けっこう仮面さん。声が甘くなりましてよ」
「そ、そんなこと……あ……」

鏡子もけっこう仮面の乳を揉みながら、その耳元で優しく囁く。
マスクの上から耳たぶを噛まれ、けっこう仮面はぞくりとする。
股間が熱くなってきている。
このままでは濡れてしまうかも知れない。
そんなことをこのふたりには絶対に知られたくなかった。
だから懸命に股間を合わせようとして腿をもじもじさせるのだが、かえってその動きは、けっこう仮面が「欲しがっている」ようにも
見えてしまう。

「うふ、切なそうに見えるわ、けっこうのお姉さま。欲しいの?」
「馬鹿なこと言わないで! そんなこと、あるわけが……あうんっ……!」
「声と身体が一致してないですけど。じゃあ、まだ素直になる気はないのね?」
「何も知らないってんだろ! けっこう仮面はあたしひとりだし、組織なんか……」

鏡子がわざと肩をすくめて見せる。
それを受けて、ゆりはようやくけっこう仮面のアヌスから手を離した。

「まだ若いのに頑固だこと。なら、こっちも強硬手段に出ないとね」
「きょ、強硬手段て……」
「あれよ、あれ」
「あっ……!」

鏡子が面白そうに指差した先で、いつの間にかゆりがワゴンの上で何やらガチャガチャやっていた。
それを見た恵は、けっこう仮面のマスクの下で顔を青ざめさせた。
少女が手にしているのは、大きなサイズの浣腸器だった。
風呂で使うような樹脂の桶に、白い半透明の薬ビンからドボドボと薬液を注ぎ込んでいる。
そこに、今度はアルミ・ラミネートのパウチ容器に入ったドロドロの液体を加えて、それを大きな浣腸器で吸い上げていた。
けっこう仮面が引き攣ったように叫んだ。

「いっ……いやっ……それだけはいやっ!」

思いの外、大きな反応をしたけっこう仮面を見て、ゆりと鏡子は少し吃驚したような顔をした。
確かに浣腸されると知ったらイヤだろうが、この嫌がりようは経験者である可能性が高い。
浣腸責めは身体を傷つけることがない上に、どうにも我慢しきれない苦痛を与えることが出来るため、スパルタ学園でも有効な
仕置きとされていたらしい。
ということは、このけっこう仮面も学園側に捕まった時に、拷問の一環として浣腸責めされていたのかも知れない。
そう思ったゆりと鏡子は顔を見合わせてにんまりした。
けっこう仮面は、浣腸の苦しさ、辛さ、そして恥ずかしさを充分に知っていることになる。
攻め落としやすいということだ。
鏡子が思わせぶりに言う。

「そんなにいやなの?」
「い、いやよ! 当たり前でしょう!」
「そう。ならやめてあげてもいいわ。どうすればやめてあげるか、言わないでもわかるでしょう?」
「……」

けっこう仮面は口ごもった。
浣腸されるのがイヤなら仲間を売れ、というのだろう。
けっこう仮面たちの中でも、誇り高さと気の強さではけい子の向こうを張っていた恵である。
自分の身の安全のために仲間を売り渡すことなど、出来る話ではなかった。

また悪魔の女子高生たちは顔を見合わせて微笑んだ。
けっこう仮面は、この程度のことでは口を割らないことは百も承知なのだ。
そもそも、本気でこのけっこう仮面に白状させたければ、藤寿々美を人質にすればいいのだ。
寿々美の命と仲間の情報を交換すると言われれば、苦悩した挙げ句、恵は喋ることになるだろう。
何も武器を持たない普通の女子高生の寿々美を悪魔に嬲らせるわけにはいかない。

一方のけい子や香織たちは、鍛え上げられたけっこう仮面である。
何かあっても何とかしてくれるかも知れない。
これを天秤にかければ、恵でなくとも寿々美を護ろうとするだろう。
だが、ゆりと鏡子、引いては学園長もそれが有効であると知っていて敢えてしなかった。
なぜなら、簡単にけっこう仮面に屈服されては興ざめだ、つまらないと思っていたからである。
最終的には情報を得るのが目的ではあるが、積年の恨みもあり、出来るだけけっこう仮面を責め嬲りたいのだ。
けっこう仮面のプライドを打ち崩し、女の矜恃を破壊し、紅恵としての勝ち気さも粉砕する。
最後の最後で「仲間を売った」という精神的ダメージも与えてやるのだ。
けっこう仮面が泣き喚いて許しを乞い、心の底から屈服して膝下に降る。
それを望んでいたのである。
このふたりも学園長も、根っからのサディストであったのだ。

「言えないのね?」
「……」
「なら仕方ないわ。ゆり」
「まっかせて!」
「やっ、やめろ!」

喜々としたゆりが大きな浣腸器を抱え持ち、桶にノズルを突っ込んで溶液を吸い上げた。
ガラスの擦れ合う耳障りが音が響く。
ゆりは、けっこう仮面が脅えおののいてこちらを見ているのを知り、わざと見せつけるように用意をしていた。
ゆっくりと溶液が吸い上げられるのに併せて、けっこう仮面の恐怖も込み上がってくる。
もうけっこう仮面のマスクの下は血の気が引いているだろう。
唇があると思われる箇所がわなわなと小刻みに震えていた。
男勝りな恵をして、ここまで脅えさせる責めが浣腸なのであった。

「やっ、やめて!」

ゆりが浣腸しやすいように、鏡子がけっこう仮面の尻を大きく割った。
剥き出されたアヌスがわななき、迫り来るノズルに脅えていた。
冷たいガラス製のノズルが熱いアヌスに触れる。

「ひっ……! いや、いやあっ!」
「ほらほら、本当に入れちゃうわよ。いいの、けっこうのお姉さま」
「いやよ!」
「いやなら言いなさい。ね?」
「だ、誰が……」
「……」
「誰が言うもんですか! こ、こんなことで女を辱めるなんて……最低よ、あんたたち!」
「まだそんな生意気言えるんだ。うふふ、浣腸されてからも同じことが言えるといいね、お姉さま」



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