高橋真弓は咎島にいた。
昼間、香織が見たのと同じ景色を眺め、ヘリに乗って連れてこられた。
そして取調室に監禁されていた。
室内には、教科担当教師と警備員、そして泣きじゃくる真弓の三人がいた。

「じゃ、あとはよろしく」
「……」

教師はそう言って部屋を後にした。
それを軽蔑したような顔で見送ったあと、警備員は真弓を振り返った。
机に突っ伏して泣いている真弓の肩に手をかけ、警備員は優しく言った。
彼は訊問担当官であった。

「どうだね高橋真弓くん。もういい加減に白状する気にならないかね」
「わ、私、何にもしてません! そんな、カンニングなんて……」

真弓は教科担当教師に、試験での不正行為の疑念をかけられ、その容疑を激しく否定して認め
なかったため、ここに連れてこられたのである。

「そうは言ってもねえ……。先生の話によると、キミは今回の物理Uの試験で91点を取った
そうじゃないか」
「……」
「私もキミの成績表を見たがね、今まで物理での最高点は77点じゃないか。平均すると70
点そこそこだ。他の科目がまあまあだから落第はしてないが、その苦手な物理でいきなり90
点を超えたら、誰だって疑うと思うがね」

スパルタ学園に於いて、いわゆる赤点は65点である。
66点以上取らないと、その科目の単位は取れないのだ。
もっとも、成績優秀者が集まっているこの学園では、それくらいは難しいことではない。

稀に50点も取れない者が出ることもあるが、そういう生徒は特別補習という名の、凄絶な
私的制裁を受けることになる。
無論、クラス担任と教科担当教師にである。
その責めを経験すると、大抵の生徒は次回の試験で赤点以上は取る。
そうでないと身が保たないからである。

スパルタ学園は、成績不良を理由にして生徒を放り出すことはしない。
そんなことをしたら学園の名に傷が付くからである。
何としてでも好成績を取らせるよう「躾る」。
そのためには非常手段も用いるということなのだ。

従って、どうしても高得点が取れない生徒の場合、カンニングを意図的に見逃すこともある。
これは特例中の特例ではあるが、そのカンニングを試験後に暴き、内申に書くのだ。
だが、成績自体は無効としない。
学園としては、好成績を取らせた上に、恐喝の材料にもなる。
一挙両得なのだ。
ただし、今回の真弓の場合、言うまでもなくねつ造である。
真弓は必死に抗弁した。

「でも、本当に私、やってません! カンニングなんてするわけが……」
「そう言われてもねえ、してないという証拠がないからねえ」
「だったら、確かにしたっていう証拠だってないじゃないですか!」
「いや、ある」
「……」
「この得点だよ。担当教師の話だと、キミには悪いがとても90点以上取る能力はないと……」
「ひどいっ!」

真弓は悔しく、そして無性に悲しくなって泣き、そして言った。

「それなら……、それなら生徒の努力による好成績というのは認めないんですか!?」
「……」
「いくら前の成績が悪くたって……。でも、だからこそ、この次は頑張ろうって思って勉強
するんじゃないですか!」
「やれやれ」

訊問担当官は困ったような顔をして腕を組んだ。

「これ以上、このことを話したって水掛け論だ。キミの主張とこっちの見解は180度違う
わけだしね」
「じゃあ……」
「いや」

担当官は一枚の書類を真弓の前に突きだした。
真弓はそれを恐る恐る手にして、書面を読んで驚いた。

「こ、これって……」
「そう、供述書だ」

内容は、真弓が物理の中間テストで不正行為をしたことを認め、それを謝罪し、今後二度と
このような不祥事は起こさないと宣誓するものだった。
少女は肩をわなわなと震わせて言った。

「これにサインしろとおっしゃるんですか……?」
「そうだ」
「そんな……、だって、私はしていないって……」
「待った」

訊問担当官は手を広げて真弓の発言を遮った。
そして、噛んで含めるように言った。

「いいかね、高橋真弓くん。こんなものはどうってことないんだよ」
「……」
「本当だよ。キミは知らないかも知れないが、こんなものは生徒のほとんどが書いている」
「……」
「だが、この罪を認めて書類にサインしたからと言って、何がどうなるわけじゃない。今まで
通り、何も変わらず学園生活を送れる」
「……」
「キミがどうしてもカンニングをしていないと言うならそれでもいいさ。だが、一応これには
署名して欲しい。その後で無罪を主張して、先生たちと話し合いを持ったらどうだね?」

それでは遅いのだ。
真弓もクラスメイトから聞いたことがある。
甘言に乗せられ、うっかりサインしたら最後、二度と訂正してもらえないらしい。
ただ、確かに彼の言う通り、サインしたからと言って、何か嫌がらせを受けたりとか、そう
いうことはまだないようだ。
しかし、やってもいないことを認めるなど、真弓には出来なかった。

「いやですっ」
「……どうしてもかね」
「だって、私は本当に……」
「わかった。それなら仕方ない」

訊問担当官の目が冷たく、そして淫靡な色を湛えて光った。
彼はデスクのブザーを押した。

「キミがそう頑固だと、こっちも考えなくちゃならないな」
「……」

ドアが開き、ふたりの男が入ってきた。
スーツケースを下げていた。

「お呼びで?」
「ああ。このお嬢さん、やってないと言って譲らないんだ」
「ほう。では……」
「そうするしかあるまいな」

* - * - * - * - * - * - * - * - *

その様子をマジックミラーで隣室から見ている男がいた。
阿久沢鋭介である。
傍らに控えていた男が阿久沢に言った。

「社長がこういうものに興味を持つとは思いませんでした」

社長の阿久沢が帰国するまで後を預かっていた副社長だった。

「興味はない」

正直に言えば「くだらない」と思っている。
彼の目指している警備会社とはこのようなものではなかった。
学園の従者となり、生徒の冤罪をでっち上げるなど、女々しいことは趣味ではなかった。

阿久沢は、将来はSSSをスパルタ学園から独立させ、危機管理全般を請け負う会社にする
つもりだった。
無論、学園の警備依頼があれば引き受ける。
だが、このような弱い者いじめ的な仕事をするつもりはない。
それだけに、阿久沢はこの副社長をまったく評価していなかった。
学園長におべんちゃらを使って取り入り、生徒の訊問あるいは拷問を引き受けたのは彼だった
からだ。
副社長なりに、社長がいない間のSSSを守るためだったのだろうが、やり方が姑息すぎた。

「ではなぜこのようなことを?」
「罠だ」
「罠?」

資料によると、この生徒−高橋真弓が疑義を掛けられると、ほぼ100%の確率でけっこう
仮面が現れるらしい。
無論、その疑義が無実だからだが、それを言うなら他の生徒だって同じである。
学園側にも理由はわからないらしいが、とにかくこの美少女をいたぶるようなことをすると、
けっこう仮面がやってくるのは間違いないらしい。
それを知った阿久沢が、真弓を使うことにしたのである。

調べてみても、高橋真弓という生徒は真面目で控えめで、とても不正・不良行為をするような
娘ではないらしい。
そこで、不本意ながら学園がよく使う手でいくことにしたのだ。
学園長はその案を即座に受け入れ、教務主任と相談して、カンニング疑惑をでっち上げること
にしたのである。

「……」

そのようなことは、俗物の副社長に説明しても仕方がないと思ったのか、阿久沢はそのまま
黙ってミラーを注視した。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

拷問係の男がふたり入ってきて、泣き喚いて抵抗する真弓の腕を掴んでいた。
ひとりの男は太い注射器を持っている。
浣腸責めにでもするようだ。
浣腸などされて、しかも排泄をさせなかったら、どんな罪でも自白するだろう。
生理的欲求に勝てるわけはないからだ。
ねつ造するにはぴったりの責めである。

全身を揺さぶって激しく抵抗する真弓の頬に拷問係の平手が唸った。
まともにビンタされて、弾かれるように壁際に転がっていくと同時に、室内灯が一斉に消えた。

「!!」
「落ち着け!」

思わず阿久沢も立ち上がったが、右往左往しているらしい副社長に叱責した。
そしてすぐに内線を取り、司令室に連絡を取ると予備電源に切り替えさせた。
パッと明るくなった時、呻くような副社長の声が響いた。

「け、けっこう仮面……!」

取調室でも、男どもが唖然としていた。
いったいいつのまに、そしてどこから侵入してきたのかさっぱりわからない。

完璧としか言いようのない見事なプロポーションを惜しげもなく晒し、着衣はまったく身に
つけない。
それでいて真っ赤なマスクをかぶり、スカーフを垂らしている。
両手と両脚には、それぞれ同色の手袋とブーツを着けていた。

豊かなバストも張ったヒップも、締まったウェストや足首も、どこをとっても男ならむしゃぶり
つきたくなるヌードだったが、彼らはそのような雑念すら思い起こらなかった。
むんむんとした女の色気満点の裸身を見ても、直近の自分たちの運命を思うと、膝ががくがく
震えるのが止められない。
一方の真弓は、うれし泣きしてけっこう仮面の身体に抱きついていた。

「おねえさまっ」
「真弓くん、またひどい目に……」
「ひどいんです、先生たちも、この人たちも! わ、私、カンニングなんかしてないのに……」
「白状しなければ浣腸するって言われて……。私、もうあんなこと二度といやなのにっ!」
「大丈夫、真弓くん。もうこんなやつらの好きにはさせないわ」

けっこう仮面は優しくそう言うと、真弓を後ろに庇った。
そして、目の前でたじろいでいる三人の男に厳しい視線を向けた。

「いたいけな少女に無実の罪を着せ、あまつさえ淫らな責めを加えるなど、このけっこう仮面
が許しませんよ!」
「き、きさま、SSSの本部に乗り込んできおって。このまま好きにさせるか!」

ようやく我に返った訊問担当官と拷問係がけっこう仮面を取り囲んだ。
拷問係は鞭を、担当官は特殊警棒を持っていた。

小刻みに震えながら武器を手にしているSSSを見て、けっこう仮面−若月香織も緊張が解け
てきた。
何しろ、彼女にとっては初任務である。
いざ乗り込んでしまったら開き直れたが、敵を目の前にすると、やはり不安と緊張が襲って
きたのだ。

しかし、敵の方も震えている。
けっこう仮面の「名声」は、やはり伝説的に轟いているのだ。
生徒たちの守護神だが、敵対する学園側には容赦がないと聞いている。
けっこう仮面に殺された者こそいないが、叩きのめされて病院送りになった者はいくらでも
いた。
そのほとんどは、彼女を恐れて学園に戻ることを拒否しているとも言われていた。
そんな噂を聞いていれば、けっこう仮面と対面したとき、怯むのも当然だろう。

香織の方は、相手の方がびびっていると知り、余裕すら出てきた。
手にしたヌンチャクをカチャリと鳴らすと、もうそれだけで悲鳴があがっていた。
けっこう仮面の主武器がヌンチャクであることは、生徒や教師だけでなく、学園関係者なら
誰でも知っている。
しかし、けっこう仮面によってそれが微妙に異なっていることに気づいている者はいなかった。

例えば、夏綿けい子は、樫材を使った昔ながらのヌンチャクを愛用していたが、紅恵は、同じ
樫製でも、両棍棒を繋ぐ紐に細いチェーンを使っている。
香織は、取っ手の棍棒がメタル製で、それをラバーで覆っている最新式のものを使っていた。
これは、相手に叩きつけた時、硬い樫よりも衝撃が和らぐことと、ラバーを使っていること
から、手にかいた汗で滑ることがないからである。

けっこう仮面はヌンチャクの棍棒部をそれぞれ両手で持ち、構えた。
戦闘態勢である。
小指の根元あたりに力が籠もった。

「わっ、わあああ!」

緊張感に耐えきれなくなった担当官が、警棒を振り回して襲いかかってきた。
香織から見れば隙だらけであった。
右手に持ったヌンチャクで難なく警棒を振り払うと、唖然としている担当官の右肩に振り下ろ
した。
絶叫する男の首筋に、さらにもう一撃打ち込むと、声もなく転がって気を失った。
それを合図に、ふたりの拷問係が同時に香織に向かってきた。

「きさまあっ」
「覚悟しろ!」

向かってくるひとりに、大きく右脚を繰り出して回し蹴りを喰らわせた。
その瞬間、大股を開いた股間から女陰が見える。
しかし、それを気にする余裕もなく、鞭を振るってくるもうひとりの攻撃をかわした。

空気を切って細い攻撃してくる鞭先を、片側の棍棒部に絡ませると、そのままぐいっと引っ
張り、それを奪い取ってしまう。
胸に回し蹴りを食った男が再び向かってくると、今度はヌンチャクを振るって左の二の腕に
打撃を加えた。
たまらず打たれたところを抱えて絶叫する男ののど頸に、棍棒の付け根の先を打ち込んだ。
早撃ちと呼ばれる技で、剣道で言う「突き」のようなものだ。
これをまともに喰らったら、かなりの衝撃がある。
案の定、男は吹っ飛ばされ、背中から壁に激突して動かなくなった。

残ったひとりは、次々とのされる仲間を見て恐怖に駆られたようだが、それでも最後の勇を
奮って、けっこう仮面に向かっていった。
無謀な挑戦と言うべきだった。
すでにふたりをKOしたことですっかり落ち着いていた香織は、殴りかかってくる男の腕を
屈んでかわし、そのまま爪先で思い切り男の向こう臑を蹴り込んでやった。

「ぐわっ……」

急所を蹴られてはたまらない。
男はもんどりうって転げ回ったが、そこをけっこう仮面に押さえ込まれ、胸に連続三発の膝蹴り
を喰らって、たちまち失神してしまった。
こんな相手ならヌンチャクもいらないようである。
それを待って、真弓が抱きついてきた。

「おねえさま!」
「真弓くん、無事だったわね?」
「はい! ああ、またおねえさまに助けていただいて……」
「気にしないで……ん?」
「どうかしまし……あっ」

気づいた時は遅かった。
周囲にはうっすらと黄色い煙が漂っていた。
すぐに周囲を観察すると、天井にふたつある通気口から、ガスが激しく吹き込んでいた。
聞かなくとも有毒なことはわかった。
香織は慌てて真弓を振り返ったが、彼女はもうガスを吸い込んだのか、力無く膝を折っていた。

「ま、真弓くん! しっかりして!」
「おねえ……」

そうつぶやくと、少女はがっくりと頭を垂れた。
香織は真弓を抱え起こしたが、もうガスは床のあたりにまでゆっくりとうずくまっている。
正体をなくした真弓を優しく横たえると、けっこう仮面は口と鼻を手で覆った。

けっこう仮面のマスクは口も鼻も露出していない。
目しか出ていないのだ。
これは、出来るだけ人相を隠すということもあるが、このように有害ガス等の攻撃を受けた場合
の対策でもある。
マスクの生地自体に濾過能力を持たせ、ガスを吸い込むのを極力避けるシステムなのだ。

とはいえ布は布であり、長い時間は保たない。
通気性はあるのだから僅かずつでも生地から透けて、中へ入ってくる。
開いた目の部分の隙間もある。

ドアに取り付いてノブを回したが、しっかり施錠されていた。
オートロックのようだ。
他に窓らしきものはなかった。
ふとドアの反対側に大きな鏡があることに気づいた。
この場合、どう考えてもマジックミラーであろう。
香織はヌンチャクを振るってミラーを叩き始めた。
だが、防弾となっているそれはヒビも入らず、数回攻撃をしているうちに、意識が薄れつつある
ことに香織は気づいた。

* - * - * - * - * - * - * - * - *

阿久沢は、けっこう仮面が完全に意識を失ったことを確認すると、おもむろに電話を取った。
学園長に報告するのだ。
前回、瀬戸口が失敗したのは、せっかくけっこう仮面を捕まえたのに、いい気になって嬲り続け、
いつまでも報告しなかったことに起因する。
阿久沢は瀬戸口のような素人ではないから、そのような失敗をするとは思えなかったが、けっこう
仮面を捕まえたらただちに連絡するという指示は守ることにしていた。
学園長はすぐに出た。

「学園長か。けっこうのやつを捕らえたぞ」
−な、なに、もうか!?
「ああ。今、ここで気を失っている」
−よくやった! さすが阿久沢じゃ、俺が見込んだだけのことはある!
「世辞などいい。で、どうする?」
−そのまま待っとれ!

勢い込んだ学園長の言葉に、阿久沢は苦笑した。
どうせけっこう仮面をいたぶって犯したいのだろう。
怨念もあるだろうし、わからないでもない。

「わかった。ならば、学園長が来るまでの間に調べられることは調べておく」
−待て、阿久沢。
「なんだ」
−マスクは取るな。
「……」
−他は何をしてもいい。犯したければ犯してもかまわん。鞭でしばこうが浣腸しようがおまえの
好きにせい。だが、マスクだけは取るでない。
「どういうことだ」
−マスクだけは……あのマスクだけは、この俺が剥いでやらんと気が済まんのだ。
「学園長、気持ちはわかるが……」
−頼む、阿久沢! 積年の恨みだ、やつの正体は俺が暴きたいんじゃ! あの赤いマスクを破り
取って、そのツラを拝むのは俺がいちばん先にやる! 嬲るなら嬲れ、拷問したければするが
よい。だが、マスクだけは取るな。……なあ、頼む、阿久沢。すぐにヘリを回してくれ。片道
20分ほどだから、1時間もかからんじゃろう。
「……」
−無論、報酬は思いのままじゃ。それに……、そうじゃ、おまえの会社、SSSをスパルタ・
グループから独立させてやってもよいぞ。
「!」

それを聞いて阿久沢の目の色が変わった。
どうして学園長が阿久沢の本心を知っているのか。
だが、それはまあいい。
SSSを独立させるという言質を学園長から取ったのだ。
ならば言うことを聞いてもいいだろう。
どのみち、正体など簡単にわかるのだ。

「……いいだろう」
−よし! 今すぐ行くからな、待っとれよ!

* - * - * - * - * - * - * - * - *

黒い雲が出てきたなと思っていると、あっというまに太陽を覆ってしまった。
雨こそまだ降ってはいないが、風はかなり強くなっていた。
体育教員室で、けい子と恵が不安そうに空を眺めている。
恵がぽつんと言った。

「若月先生……大丈夫かな?」

けい子も不安だったが、心配させてもしかたがない。
ことさら明るく振る舞った。

「平気よ。初仕事ではあるけども、私たちよりはあの島の様子をよく知っているしね」

咎島へ渡ったことのあるけっこう仮面は香織しかいない。
けい子にしろ恵にしろ、咎島で任務をこなしたことはないのだ。
何しろ、咎島へ行く用事がない。
生徒はもちろん、教師にもないだろう。
香織は医師だったし、たまたま向こうの医師が不在だったという偶然で訪れただけだ。
事件もないはずだった。
しかし今回の真弓の件で、罪を着せられた生徒が、咎島でSSSの拷問を受けて自白させられる
ことを初めて知ったのだ。

「けどさ、あたしん時でも初仕事はけい子先生にフォローしてもらったじゃないか」
「……」

今回は学園が舞台でないだけに、他のけっこう仮面たちのサポートがないのだ。
そこに香織を送り込むのは、確かに心配ではあった。
香織自身がやる気満々で、是非と申し出たから任せたのである。
彼女だけが咎島の地理を多少なりとも知っているという点も考慮した。
恵が外を見ながら言った。

「それにさ……罠っぽくねえか、これって」

確かにそうなのだ。
生徒が冤罪で苦しんでいることは知っていたが、脅迫されているため、彼らは詳細を語りたが
らなかったのだ。
従って、生徒たちを訊問しているのは学園内ではなく咎島だということは今回初めて知ったの
である。
だが、そう言われてみれば、なぜ今回に限って情報が漏れてきたのだろう。
それに、真弓が生贄にされているというのも作為的な気がする。
そわそわしてきたけい子を見て、恵が言った。

「あたしが行ってみようか?」
「咎島に? どうやって?」
「……」

手段がないのだ。
船で行ったりすれば一発でばれるだろう。
乗船時も下船時も必ずチェックが入るからだ。

と言って、ヘリや飛行機もムリだ。
この島にもヘリ・ポートはあり、学園長たちが利用することもあるが、パイロットはすべて
SSSの社員だった。
つまり咎島にいるのである。
ここから飛ぶ時は咎島に連絡をとって呼び寄せるしかないのだ。
けい子は船舶免許も持ってはいるが、クルーザーやモーターボートで行けば必ず目につくだろう。
ヘリなど操縦どころか乗ったこともなかった。

だいいち、行く理由がない。
スパルタの教師とはいえ、警備会社に用事はないだろう。
けい子が真弓の担任だったら、不当拘束を抗議して乗り込むことも出来ないではないだろう
が、別クラスである。
恵も同じだ。
生徒など論外だろう。

「じゃ、どうしようもないのか?」
「取り敢えずね……。でも、まだ何か起こったわけじゃないし」
「起こってからじゃ遅すぎると思うぜ」
「……」

* - * - * - * - * - * - * - * - *

阿久沢は決心した。
学園長が来るまで手を出すのは遠慮するつもりだったのだが、どうにも我慢しきれなくなって
いた。
学園長が、言葉通りすぐに到着していれば、そんな邪心は起こらなかっただろう。
しかし、折からの熱帯的気圧が、予想通り台風に成長したらしい。
風雨が激しくなって、ヘリが飛べる状態ではないのだ。
咎島の風速計も、すでに瞬間最大風速が25メートルを超えている。
とても飛び立てるものではなかった。

学園長からそう連絡が入ると、阿久沢は「マスクは取らずにおくから、台風が過ぎてから来い」
と言ってやった。
学園長は不平たらたらだったが、天候には勝てなかった。
阿久沢に「決してマスクは取るな」と、もう一度念を押してから引き下がった。
予報では明日の昼過ぎには通過するようだ。
ならば慌てることもないと思ったのだろう。

しかし、そうこうしているうちに阿久沢の方の気が変わってきた。
けっこう仮面−若月香織の裸身に欲情してきてしまったのである。
男としては無理もない感情だが、これが今まで何度もけっこう仮面の窮地を救ってきたのだ。

最初は殺すつもりでいても、目の前のけっこう仮面はオールヌードで、しかもスタイルは抜群
である。
ムラムラしてこない方がどうかしている。
凌辱の危険は常にあったが、いきなり殺されることだけはない。
その時間を味方にして、けっこう仮面は戦ってきたのである。

学園長の言いつけは「マスクを取るな」だけである。
あとは何をしてもいいと言った。
殺せはしないだろうが、嬲ったりいたぶるのは構わないということだ。
そんなつもりはなかったが、けっこう仮面の肢体を見ているうちに催してきてしまった。
どうせ責めを加えてでも情報を得るつもりだったのだ。
その一環として凌辱があってもいいだろう。

阿久沢は、眼前で天井からつられているけっこう仮面を見た。
部下に指示して、催眠ガスを吸って昏倒したけっこう仮面を引きずり出し、拷問部屋に連れ
込んだ。
そしてその両手首をひとまとめにして縛り、それを天井から吊した。右足首は床に革ベルトで
固定されている。
そして左足は膝の上をベルトで締められ、そのままグッと天井に吊られていた。
ムリヤリ股間を開かされるスタイルだ。

体つきはどこもかしこもまろく、豊かな肉付きなのに、太っているという印象をまったく与えず、
むしろ痩せ気味なイメージがある。
首や足首が細く、二の腕にも肉があまりついていないということが、そう連想させるのだろう。
ウェストもきゅっと締まっており、それだけ胸や腰の豊満さを際立たせていた。

海外留学中、白人の娼婦ばかり抱いてきた阿久沢は、香織の肌の綺麗さに感心した。
白人のように色白だが、欧米系の女性のようなガサガサ感がまったくない。
艶々しているようですべすべしている。
色も、白いというよりは色素が薄いという感じだ。
皮膚自体も薄いのかも知れない。
下腹部や内腿のあたり、そして腋から胸にかけては特別皮膚が薄いようで、青く細い静脈が透けて
見えている。
さぞや敏感な肌に違いない。

「……」

阿久沢が手を伸ばし、軽く乳房をさすったり、柔らかい腹のあたりを撫でていると、けっこう仮面
が意識を取り戻してきた。

「あ……」
「気が付いたかね?」
「え? あ、私……ああっ!?」

香織は、自分が恥ずかしい姿勢で縛り上げられていることを知り、思わず叫んだ。

「あ、あなたは……」
「お初にお目に掛かる。俺は阿久沢鋭介という。SSSの社長をやっている」
「わ、私をどうするつもりなんですか……。殺すんですか」
「そうして欲しいかね」
「……」

廻りをぐるぐる回りながら自分の身体を眺めている阿久沢を目で追いながら、香織は不安が隠せ
ない。
絶体絶命のピンチなのだから当然だ。
仮に殺されずにすんでも、タダでは終わるまい。
前回のけい子は、凄絶な凌辱を受けたらしい。
殺されるよりはマシかも知れないが、犯されると知って、冷静でいられる女はいないだろう。

「ま、すぐには殺さんさ。取り敢えずは安心していい」
「……」
「おまえのマスクを剥ぎ取ることもせん」
「……え?」
「学園長のたっての希望なのでな。おまえの正体を暴くのは学園長が直々にやるそうだ」

死ぬよりはいいが、よく考えると正体を知られるのがいちばんまずいかも知れない。
その危機は先延ばしになったようである。

「だが」

阿久沢はニヤリと笑って言った。

「他にもいろいろ知りたいことがあってな」
「……」
「素直に答えてくれればよし、そうでなければ遺憾ながら身体に聞くことになるな」

阿久沢はそう言ったが、訊問はついでで、女体をいびることが主目的なのだろう。
女に限らず、人間は肉体的な苦痛に勝てるものではない。
だから、いざそういう場面になったら無理をするなとけい子からは言われている。
しかし、自分の正体はともかく、他のけっこう仮面たちの情報や、文科省との関係などは口が
裂けても喋れない。
どこまで耐えられるだろうか、と香織が考えていると、阿久沢の手が伸びてきた。

「きゃああっ!」

阿久沢はけっこう仮面の尻に手を出してきた。ぷりぷりした臀部に手をかけ、ぐいと割ったの
である。
指を弾くような弾力とともに、その指が沈み込むような柔らかさに驚いた。
陶然となりそうだった阿久沢だが、まずは確認である。
開いた尻の間をじっくり観察した。

「いっ、いや、いやですっ!!」

あらぬところを見られているという羞恥が、外気とともに肛門に忍び込んできた。
香織は絶叫し、せいいっぱい腰を振りたくってむずかるのだが、固定された手足のせいでろく
に動けない。
ようやく手が離れると、淫らなことをした男は正面に来ていた。
そして彼は一枚の写真を香織に突きだした。

「よく見ろ」
「な、何……?」

香織は目を凝らして見てみると、それは臀部のクローズアップ写真だった。
形状からすると女性のものらしい。
さっきまで香織自身がされていたように、手で尻たぶを割り開かれて中を晒されている。
その中心にはアヌスまではっきり映っていた。

「い、いやらしいっ……!」

けっこう仮面はそう吐き捨てて顔を背けた。
ただのエロ写真だと思ったようだ。
阿久沢は言った。

「これはな、こないだ医学部に忍び込んだけっこう仮面の写真だ」

(け、けい子先生の……)

香織は息を飲んだ。

「右の尻たぶをよく見るんだ。肛門に近いところにホクロがあるだろう」
「……」
「だがな、今、俺が確認したが、おまえの尻にはそんなものはない」
「……!!」
「これはどういうことだ? この写真はおまえのはずだろうが」
「……」

黙り込んでいるけっこう仮面を見やり、阿久沢は判決を下すように言った。

「答えられないなら俺が言ってやろう。つまりこれはな、けっこう仮面が複数いるという証拠
写真なんだよ」
「ホ、ホクロなんか……」

けっこう仮面はようやく言った。

「ん?」
「ホクロなんかじゃ証拠になりません。そんなもの……つ、付けボクロだってあるし……」

それを聞いて阿久沢は笑い出した。

「そんなことはあり得ないさ」
「なぜ……」
「ホクロが顔にあれば話は別さ。個人を特定する証拠にもなるから気を使うだろうな。だから
もしけっこう仮面が複数いるなら、ホクロのあるやつに合わせて付けボクロをするというのも
わかるし、あるいはホクロをドーランで消すこともあるだろう」
「……」
「だが、おまえらはそうやって始めから顔をマスクで隠しているからそんな必要はない」

阿久沢は写真を見つめながら解説した。

「百歩譲って、これが腕だの脚だのについていたホクロなら、おまえの言うことにも一理ない
でもない。だがこれは尻の谷間だぞ」
「……」
「そんなところにホクロがあることなど、普通は誰も知らんだろう。知っていたところで、尻の
間に付けボクロをつけるやつなどおらん。俺が思うに、恐らくこいつは自分でもそんなところに
ホクロがあるなんて知らなかったんだろうさ。そりゃそうだ、尻の中にホクロがあっても、鏡に
映るわけでもないしな。もし知ってるやつがいるとしたら、それは母親か恋人くらいだろうよ」

その通りだった。
阿久沢が畳みかける。

「おまえの尻が、もしドーランを塗ってホクロを消してあるというのなら確かめてやろうか?」
「……」
「返す言葉もないようだな。でははっきり聞いてやろう。けっこう仮面はおまえだけではないな?」

けっこう仮面は一瞬ビクリとしたが、すぐに顔を背けた。
脈あり、である。

「……」
「黙秘かね。素直に答えてもらわんと、その身体に聞くことになるが」
「!」

阿久沢は、訊問担当官が真弓に言ったことと同じ事を口にした。
香織は覚悟した。
それだけは言えない。
阿久沢の責めが肉体的苦痛を引き出すものでないことを願った。
淫らな責めも恥辱であり、屈辱的ではあるが、耐え切れぬことはないだろう。
しかし、手足の爪を全部剥がされたらどうなるか自信がない。
秘密を守る以前に、激痛で気が狂うかも知れない。
そんなことを思っているうちに、阿久沢が身体に触れてきた。

「あ、いやっ」

阿久沢はその肌触りに感動した。
すべすべしているように見えたのに、実際に触ってみると、もちもちと手に吸い付くようだ。
けっこう仮面がいやがってよじる裸身を後ろから抱え込み、重そうに揺れる乳房を掴んだ。
反らした首には舌を這わせ、なおも乳房を揉みたてていった。

「あ……く……、むっ……ああ、いや……あっ……」

揉み込んでいくうちに、頼りないような柔らかさの中に充実したしこりが混じってきた。
阿久沢の大きな手で自在に形を変えさせられている胸肉は、指の隙間から豊かな肉がはみ出して
いる。
徐々にけっこう仮面の裸身がぼんやりと染まってきているのを見て、阿久沢はほくそ笑むの
だった。

香織の方も、自分の身体が凌辱者の手によって変化してきていることに気づいていた。
セックスの経験がないわけではないし、以前いた恋人に愛された時も感じた。
だから不感症ではないが、こんなにすぐに、それも強姦されつつあるのに感じてきていることに
香織は戸惑っていた。

そんなけっこう仮面の焦りがわかるのか、阿久沢はニヤリとした。
実はクスリを使っていたのである。
学園長の来るのが明日以降と知ってから、この女をそれまで嬲り尽くそうと思ったのだ。

だが、あまり時間はない。
じっくり時間を掛けて堕とすわけにもいかない。
そこで、不本意ながら薬剤に頼ったのだ。
彼はけっこう仮面が目覚める前に、その媚肉や乳首、肛門に覚醒剤を使った。
水で溶いた液を塗りつけたのである。
さらに口にMDMAを押し込み、飲ませた。
覚醒剤を注射した方が早いだろうが、中毒にするつもりはなかったのだ。

MDMA−メチレンディオキシン・メタンフェタミンは、アッパー系の薬物で、いわゆる覚醒剤
とは異なる。
純度の高いものを使った場合の高揚感はかなりのものがあり、皮膚感覚も極めて鋭敏になるため
セックスドラッグとしても有効だ。
しかも持続時間が3時間〜5時間と長く、女を責めるために使うには打ってつけだった。
阿久沢が使ったのは、そこらで密売されている純度の低い紛い物ではなく、高純度の本物であった。
即効性があるのも特徴で、けっこう仮面は意識を失っているうちから阿久沢に身体を揉みほぐされ
濡れてきていたのである。

「あっ、ああ……こ、こんな……ああ……」

既に汗をかいている乳房の皮膚は、揉んでいる阿久沢の手にぴったりと吸い付き、早くも乳首が
ぷくりと膨らんできていた。
その尖ってきた乳首を指で摘んでやると、けっこう仮面は「んんっ」と鼻を鳴らし、身体を震わ
せて必死に耐えていた。
しかし、そこがよほど感じるのか、勃起した乳首をしごかれると、たまらず悲鳴にも似た声が
絞り出された。

「んああっ……あ、はあっ……だ、だめです、あっ……そんな……あっ……」

甘い香りが香織の裸身から漂ってきた。
腋、乳房の間、首筋、尻の谷間といったところが汗を噴きだしてきているのだ。
その時、尻のあたりに熱くて硬いものが擦りつけられた。
それが何か思い当たって、香織はハッとした。
阿久沢はわざと腰を香織に押しつけている。
勃起した男根を尻に擦りつけていたのだ。
ズボンの上からとは言え、いきり立ってビクビクと脈動しているものの存在がいやでもわかった。
香織は悲鳴を上げた。

「そんな、いやっ……ああ、それはいやです……」
「いやならわかってるだろう。俺の質問に答えるんだ」

阿久沢はけっこう仮面の乳を揉みながら言った。
腰はまるで性交のように動かして、けっこう仮面の腰にあてがっている。
さらに、厚ぼったい舌をけっこう仮面の白い首に這わせていた。

香織はその舌の感覚に鳥肌を立てながら絶望感に囚われていた。
このままでは間違いなく犯される。
けい子から、最悪の場合、凌辱を受けることもある、とは聞かされていた。
もちろん、最悪は殺されることだろうが、絶対にそうなるまでに救出すると言われている。

だが、敵手に落ちて凌辱されることも、死に優る屈辱であろう。
まして香織は初任務だし、性経験自体少なかった。
恐怖を感じるのも無理はない。
そんな香織を嘲笑うかのように、阿久沢の武骨な指が、彼女の性感帯を粘っこく揉みほぐし
ていくのだった。



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