犬夜叉たち一向は、今朝方かごめが発見した四魂の玉の欠片を追っていた。

珊瑚や弥勒が目覚める前、楓が朝食の準備をし始めたところに、かごめと犬夜叉が
転げるように帰ってきた。
寝ぼけ眼のふたりを起こし、取り敢えず朝食だけ摂って、押っ取り刀で村を出たのだ。
それから一刻ほど追い続け、犬夜叉たちはかごめがそれを見た森の中にいた。

「あ……ふ……」

弥勒がいかにも眠そうに欠伸を繰り返す。
横を歩く珊瑚が、それを軽く窘めた。

「……法師さま、やる気ないの?」
「そんなことありませんがね」

目を擦りながら若い雲水が答える。

「普段より一刻も早く起こされたもんですから……」
「ごめんね、弥勒さま」

振り向いてかごめが謝った。

「見失わないうちに追いかけた方がいいと思ったから」
「いいのよ、かごめちゃん」

珊瑚がやや軽蔑の入った目で弥勒を見て言う。

「だいたい、お坊さまだったら、朝課って言って朝早くからお経読んだりして修行
するものなんだから。それが弥勒さまと来たら……」
「はあ、すいません」
「寝坊するだけじゃないんだもの。肉は食べるわ、魚も食べるわ、酒は呑むわ、女を
抱くわ。まったく俗物なんだから……」
「そいつの生臭は今始まったこっちゃねえよ」

犬夜叉も追い打ちをかけた。
これには弥勒も反発する。

「おまえに言われたくありませんね。それに、いかなる形を取ろうとも修行は修行。
それが、はたからどう見えようとも関係ありません。一般的には破戒と見られる行為でも、
僧侶にとっては修行の一形態と……」
「言い訳のつもり?」

珊瑚の声がきつくなる。
この旅の目的上、殺生はやむを得ない。
仏弟子たるもの、不殺生戒は当然だが、妖怪退治をする以上それを守るのは無理だ。
不殺生戒とは、人のみならず森羅万象、ありとあらゆる生き物を殺すことはまかりならん
というものだ。
守りようがない。
それに、肉や魚を食べるのもいいだろう。
たまには酒を飲むのもかまわない。

しかし不邪淫戒だけは守ってもらいたい。
女犯だけはやめて欲しかった。
イコール浮気だからである。

「女を抱くのも修行なら、そんないいものはないでしょうね」
「ま、まあまあ、珊瑚ちゃんもその辺で……」

道行きがギスギスしても困るので、かごめが中に入った。
話題を変える好機と見た弥勒がかごめに言った。

「そう言えばかごめさま、夕べはいかがでした?」
「え……」

かごめの顔の血の気が引く。
犬夜叉もビクッとして歩き方がぎこちなくなった。
わかりやすすぎる態度に、弥勒の顔に苦笑が浮かぶ。

「な、なにが?」
「なにがってことないでしょう。犬夜叉と……」
「余計なこと聞くな、弥勒っ」
「やらしい、法師さま!」

犬夜叉に怒鳴られ、珊瑚に怒られて肩をすくめたが、別に弥勒としてはこの話題を
追求するつもりはなかった。
さっきの話が途切れたのだから、それでいいのだ。
ところが、意外にも珊瑚が乗ってきた。

「……でも、どうだったの、かごめちゃん」
「どうって……やめてよ、珊瑚ちゃん」

普段はこういうノリの娘ではないが、それでも珊瑚にも内心興味はあったのだ。
見ていても焦れったいふたりだっただけに、それがうまくいったのなら嬉しいし、
また詳しく聞いてもみたい。
それに、前回、自分と弥勒が結ばれた時、かごめにからかわれたこともある。
その仕返しだ、という軽い思いもあった。

弥勒を追い抜き、犬夜叉を押しやってかごめの隣に並んだ。
少し足早に歩いて、男どもを抜き去る。

「だからさあ……」
「やっ、そんなこと……」
「またまた。だって……」
「違うって。その時は……」

興味津々の弥勒が近づくと、珊瑚がきつい顔で睨んで追い返す。
犬夜叉も耳をピンとそばだてているが、言葉が風に飛ばされてよく聞き取れない。
それをいいことに、女ふたりの会話はどんどん盛り上がっていく。

「えーー、犬夜叉ってそうなんだー」
「……うん。法師さまは?」
「弥勒さまはね……」
「うっそー、それって変態っぽくない?」
「そうそう、それであたしもねー」
「そういえばさ、こんなことがあって……」
「あ、そういう時はさ、これを……」

話は何だか随分と下にさがっているようである。
性に興味を持ち始めた頃の少女の会話が意外にどぎついことに、犬夜叉も少々辟易とした。

「……女ってのは恐えんだな」
「おまえもようやくわかりましたか」

弥勒も、「うんうん」とうなずきながら少しため息をついた。

* - * - * - * - * - *- * - *

犬夜叉が何だか歩きづらそうにしている。

「何してるんです、犬夜叉」
「こいつ、さっきからまとわりついて離れねーんだよ」
「……なんだ、猫じゃないですか」

見ると、犬夜叉の足元に小さな白い猫がすり寄っている。
弥勒が首の後ろを摘んでひょいと持ち上げると、人なつこく「にーー」と鳴いた。
それを聞いた女たちが前から戻ってきた。

「わ、仔猫じゃない、かわいー」
「どうしたの、これ?」

かごめが喜んで弥勒から受け取り、珊瑚は雲母を抱いたまま弥勒に訊いた。

「さあ。妙に犬夜叉に懐いているようですが」
「……めーわくなだけなんだよ」
「あれ、この子、首輪がついてる」

かごめが仔猫の首もとに巻いてある赤い紐を撫でて言った。

「あ、ホントだ。じゃあ飼い猫なんだね。どっから来たんだろ」

珊瑚が近寄って見ていると、腕に抱かれた雲母が、その仔猫に興味津々で盛んに腕を
伸ばしている。
仔猫の方も雲母が気に入ったらしく、鳴いて応えている。

「どうしよっか」
「連れてっちゃお」
「バカ言うな、そんなもんどうすんだよ」
「いいじゃない、別に飼うわけじゃないし。どっか人里に出たら飼ってもらえばいいよ」
「そだね」

かごめがそう提案し、その猫を抱いた。

それからさらにもう一刻ほど歩くと、森を抜けてしまった。
少し上り坂になっているつづら道を進みながら、汗を拭いて弥勒が訊く。

「本当にこっちでいいんですか、かごめさま」
「間違いない……と思うけど」

弥勒も、かごめの能力−四魂の玉を感じる力−を疑っているわけではない。
そのことで今までに何度も助けられている。
ただ、いったん見つけたにも関わらず、こうも発見できないこともなかったのだ。
棒切れを振り回しながら先頭を歩いていた犬夜叉が言った。

「また、熊か烏あたりが飲み込んだんじゃねえか?」

四魂のかけらを入手するのは、何も人間や妖怪ばかりではない。
野にいるけものたちが偶然手に入れることもある。

基本的に、彼ら動物は四魂の玉に関する知識も興味もないから、意識的に手にする
ことはない。
餌と間違えて口にすることが最も多く、他にも、地面に落ちていたものを踏んづけて
脚に刺さったりとか、空から降ってきて身体に当たったとか、そういうことがあるのだ。

「そうだね。だったら楽なんだけど」

と珊瑚が答えた。

動物が四魂のかけらを仕込んだ場合、ワケもわからず大暴れしたりするくらいで、
悪意を持って行動することはない。
稀に、四魂のかけらの妖力が獣の知能を一時的に引き上げ、狡猾にすることもない
ではないが、極めて珍しい。

厄介なのが、邪な心を持った人間や妖怪どもが入手した時だ。
人間は妖力を身につけ、妖怪は自分の妖力を増強させた上、新たな能力を身につける
こともある。
こうなると、犬夜叉たちでも一筋縄ではいかなくなる。
従って彼らとしては、動物か何かが偶然からだに取り込んでしまった、というパターン
を望んでいるわけだ。

風呂敷の荷を首に巻き、錫杖を担いで歩く弥勒が言った。

「このあたりは人里もありませんし、その気配が濃いですな」
「あ、弥勒さま、この辺来たことあるんですか?」

かごめがくるりと振り向いて訊いた。

「はい。もう二、三年前になりますか、ここから六里ほど先の村へ行ったことがあります」

若い法師はそう答えると、荷からペットボトルを取り出して、冷えた茶を一口飲んだ。
もちろん、かごめが二十一世紀から持ち込んだものだ。

「ふう。その時もこの道を歩いていて、喉が乾いたもんですから、どこかに集落がないか
と探したんですがね」
「全然?」
「はあ。それどころか川もなくって難渋しました」
「そう?」

珊瑚がちょっと上を見て言った。
さっきまでちょろちょろと彼女の足下を動き回っていた雲母を腕に抱いている。

「なんか水の気配がするけど……」
「ああ、水だな。匂いがする」

犬夜叉も、中空を見るように顔を向け、鼻をヒクヒクさせている。

「ホント? 顔洗いたーい、どこ?」

汗が伝う顔を冷たい水で洗い、汗を拭いたハンカチも洗いたかった。
それに水も補給しなくてはならない。

かごめが小走りに先を急ぐ。
そして軽く叫んだ。

「あっ……」
「どしたの、かごめちゃん」
「あれ……」

珊瑚がかごめに駆け寄る。
ふたりの少女は峠道のてっぺんに立ちすくみ、その下に広がる光景を眺めていた。

かごめの指差した先には狭いながらも平野があった。
そこここから煙が立ち上っている。
炊煙だ。
人里である。
茅葺き、藁葺きの家がいくつもあった。
よく見ると、村の東側に細い小川も流れているようだ。

追いついてきた犬夜叉が弥勒に言う。

「おめえの記憶もアテにならねえな」
「……」

そう言われた弥勒は信じられないという表情で眼下の集落を見つめていた。

* - * - * - * - * - *- * - *

四人は、相談した結果、取り敢えず村へ入ることにした。
これだけ探して見つからないというのも納得行かないので、村人から情報収集しよう
というのだ。
もし近くに四魂のかけらを仕込んだけものや妖怪でもいれば、この里が被害を受けて
いる可能性は高い。
そこまで行かずとも、何か変わったことがないか訊くだけでもいい。
仮に、何も収穫がなかったとしても、休憩を取るくらいのことは出来るだろう。

峠道を下りきって少し東へ行くと、丸太を組み上げた大きな惣門があった。
この規模の村にしては少々大げさな造りだが、野盗や野伏りどもや落ち武者、妖怪の
襲撃などが頻繁にあるのなら、これくらいの防御は必要なのだろう。

一行が惣門に近づくと、中から人が顔を出した。
若い女だ。
女は驚いたような顔でかごめたちを見、そして村の中に向かって大声を上げていた。

「?」
「なんだろ」
「さあ。犬夜叉でも見て驚いたんですかね」
「てめえ、なんだその言いぐさは」
「仕方ないでしょう。おまえのたてがみのような白い髪や耳を見たら、妖怪だと思わ
れて当然です」

そんなことを言い合っているうちに、大きな門の前までやってきた。
惣門の中から、かなり多くの人々が集まってこっちを見ている。
さきほど門番のように立っていた若い女が門から出てきて、犬夜叉たちの前に立ち
ふさがった。

「お待ち下さい」

長い髪を腰のあたりまで垂らした二十歳くらいの女性だった。
全体に小作りで、瓜実顔をしている。
目鼻立ちも整い、美人と言える容貌だろう。
ただ、その風体に似合わず、手には六角の長い棒を持っていた。
六尺ほどあろうかというそれは武器なのだろう。
六角棒を構えた女が言った。

「あなた方は?」
「え、えと……」

問いかけられて戸惑うかごめを腕で制して弥勒が代わって答えた。

「私は旅の僧です。後ろに控えているのは道連れの者どもです」
「お坊さま? ……な、なら、そこにいる妖怪は何です」

と言って、女は犬夜叉を指差した。
弥勒は事も無げに答える。

「ああ、これは妖怪ではありません、半妖です」
「半妖……」
「はい。躾てありますので他人様に悪さは致しません」
「しっ、しつけてあるだと!?」
「おすわりっ!」

かごめの一声で犬夜叉は地べたに叩きつけられた。
その様子を軽く見据えると法師は言った。

「ご覧の通りです。ご迷惑はお掛けしません」
「……」

女は息を飲んでその様子を見ていたが、我に返ったようにさらに問うた。

「そ、それで、この里に何用ですか」
「長い道行きで、あたりに人里もなく難儀しております。よろしければ一時の休憩を
させていただければと……」
「なりません」
「は……?」
「なりません。ここは客人をお迎え出来るような場所ではありません。どうかお引き
取りください」

弥勒の思惑を察した珊瑚が割って入った。
弥勒は、最初から四魂の玉だ、妖怪だと言って警戒させるより、いったん中に入れて
もらってから打ち明ける方がいいと踏んだのだろう。

「もう半日ほど歩きづめで困ってるんです。お水や食べ物を分けていただくことは
出来ないでしょうか。もちろんお金は払いますから」
「申し訳ありませんが、中にお入れすることはまかりなりません」
「そこを何とか……」
「なりません」
「待て」

門番の女と、弥勒、珊瑚が押し問答していると別の声がかかった。
鈴を転がしたような、コロコロとした可憐な声だった。

見ると、女の横にいつのまにか少女がひとり立っている。
これも細面で、髪はかむろに切り揃えていた。
白い顔に黒い大きな瞳が印象的だ。
鼻筋は通って口も小さく、将来の美人を約束させるような顔つきをしていた。
門番の女も美形だが、この少女とは比較にならない。
歳の頃は十二、三歳といったところだろうが、歳に似合わぬ妖艶ささえ漂っていた。

「鮎奈、どうしたのだ?」
「ははっ」
「……」

鮎奈と呼ばれた門番が少女に経緯を説明した。
少女はそれを聞き入りながら、いかにも聡明そうな目で犬夜叉たちをジロジロと
見ていた。
遠慮とか控えめとか、そういうものは一切感じさせないような、まるで観察でもして
いるかのような目つきだった。
一通り話を聞き終えると、少女は少し目を閉じて沈思していたが、やがて弥勒たちに
こう言った。

「話はわかった。聞けばそなたたちはこの道行きで難渋しているとのこと。お困りで
あれば、この里で休息を取るがよろしかろう」
「りりな様!」
「わらわが良いと許可したのだ。鮎奈は不服か?」
「い、いえ、そのような……」
「ならばよし。わらわから長(おさ)にお話し申し上げておく。客人を丁重にもてなし、
法堂にてご休憩いただいておけ、よいな」
「……はい」

「りりな」という少女は鮎奈にそう指示すると、弥勒らに軽く一礼して中に歩み去った。
つられて頭を下げた犬夜叉たちだったが、りりなの瞳に怪しげな光があることまでは
気づかなかった。

法堂と呼ばれる大きな建物の、広い板敷きの間で荷を解き、体を休めていた犬夜叉たちは、
半刻後に長の屋敷へ案内された。
板敷きの法堂と異なり、部屋一面に畳が敷かれた立派な家だ。

この時代、もちろん畳はあったが、まだまだ贅沢品である。
名のある武将でも、畳敷きは自分の坐す場所の一畳のみで、他は板敷きに藺草座布という
のが普通だ。
有力大名の城郭や屋敷にはあるが、一般庶民にはほど遠いものだ。
この村が余程豊かならともかく、そうは見えなかったから、この家に住む者が大きな尊敬と
畏敬を受けているということなのだろう。

犬夜叉らが客間に通されると、間もなく妙齢の女性が現れた。
スラリとした痩せ気味の体つきだが、着物に押し込められた胸や腰は充分に張っていた。
漆黒の長い髪を背中まで伸ばし、肩胛骨のあたりで和紙の元結いで纏められている。
色白で、対照的に瞳の色が深い黒だ。
紅を引いている風ではなかったが、唇も鮮やかな紅色だった。

彼女の両脇にはふたりの女の子が同じように座った。
右隣にいるのが、先ほど門で出会った『りりな』という娘だ。
左にも同じくらい年格好の少女が座っていた。
いや、年格好ばかりでなく、姿形がそっくりである。

「ようこそお出でになりました。この村の長を務めておりまする『なずな』と申します。
隣におりますのが、娘の『りりな』と『みいな』でございます」

澄んだ美しい声でなずなはそう言った。
さきほど聞いたりりなの声も可愛らしかったが、母親からの遺伝なのだろう。
なずなが手をついて頭を下げ、りりなたちも軽く頭を下げる。
よく似た姉妹だが、りりなの方がやや目つきがきつい感じだ。
慌てて弥勒らも頭を下げた。
代表で弥勒が挨拶する。

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私どもは……」

挨拶と紹介を終えると、いきなり本題を切り出した。
目の前の女性は話が通じそうだと判断したのである。
聞き終えると、なずなはやや暗い顔で言った。

「そうでしたか、四魂のかけらを……」

四魂の玉が弾け飛び、四方にかけらを撒き散らしたという噂は聞いていた。
また、それを拾った人や動物が異能を身につけ悪さをしている、とも。
母のなずなの前に、りりなが発言した。

「そなたらが四魂のかけらを追っている訳はわかった。が、それがこの里のあたりにあると
いうのはまことか? あのような小さな破片があることを、なぜそなたらはわかるのか?」

立場上、かごめが答えた。

「はい、あのー、あたしは四魂のかけらを感じることが出来るんです」
「感じる……とは?」
「うまく説明出来ないんですけど、何て言うか、こうピピッと来るっていうか」
「……」
「光って見えることもあるし、触れて感じることもあるんです」
「ほう」

りりなが目を輝かせる。

「そなた、不思議な力をお持ちのようじゃな。……面白い」
「……面白い?」
「りりな」

なずなが娘は軽く窘めた。
りりなはかごめたちを、興味とも関心とも思えない目で見ている。
見つめられると、どうにも落ち着かない視線だ。

一方の、みいなという娘の方は黙ったままだった。
犬夜叉らに目を合わせようともしない。
ただ、珊瑚の膝の上にうずくまっている拾った仔猫と雲母にだけはクリクリした瞳を向けていた。

なずながかごめらを見て言った。

「お話はわかりました。確かに、四魂のかけらがこの辺りにあるとなれば大変です。
妖怪どもが入手したり、村の者が拾いでもしたら一大事。この村にも影響がありましょう」
「それでは……」
「かけらが見つかるまでご逗留ください。この村を拠点として周辺をお探しになっては
いかがでしょう。こちらも、手すきの者がいれば探させますので」
「ありがとうございます」
「鮎奈」

犬夜叉を除く三人がまた頭を下げると、なずなは部屋の外に声を掛けた。
障子戸がスッと開くと、鮎奈が膝を落として控えている。

「鮎奈、この方たちを敷浪寮へご案内しなさい。明日以降、この方たちのお世話をし、
お手伝いするように。いいですね?」
「……わかりました。では、こちらへ」

かごめたちが立ち上がると、なずなとりりなが頭を下げた。
みいなは正座したままだった。
ただの一言も口をきかなかった。

* - * - * - * - * - *- * - *

その晩は、昼間歩き詰めた疲れもあって、一行はそのまま就寝した。
夢も見なかった。

翌朝、鮎奈に頼んで村を案内してもらうことになった。
鮎奈を先頭に里の内部を見学して回った。
長の家や集会所、井戸など、鮎奈に許可をとってもらえば基本的にどこへ行っても
構わないと言われた。
かごめと並んで歩いていた珊瑚が内緒話のように話し掛ける。

「なんか、この村、ヘンじゃない?」
「あ、珊瑚ちゃんもそう思う?」
「うん……。だってここの村の人たちって……」

よそよそしいのだ。
そりゃあ珊瑚たちは確かによそ者である。
来訪者も滅多に来ない排他的な村であればそれも当然かも知れない。
しかしここの村人たちは度を超しているようにも思えた。
石礫を投げるようなことはなかったが、口を利かぬどころか、かごめらを見ると顔を
背けて家に入ってしまうのである。
これでは確かに、鮎奈が案内してくれなければ事情聴取も出来ないだろう。

「それとさ、なんかみんな元気がないっていうか」
「そうそう、覇気がないっての? そんな感じだよね……」

これも気になったところだ。
活き活きとした生命力がほとんど感じられないのだ。
どちらかというと若い世代が多いようではあるし、りりなたちのような子どもも多くいる。
にも関わらず、外で元気に遊ぶ子どもらの声はなく、井戸端会議に花を咲かせる女どももいない。
何より、目が死んだ魚のようだった。
聞くともなくその話を聞いていた弥勒も加わった。

「まだおかしなところがありますよ」
「なに、弥勒さま」
「この里……、おなごしかいないように思うのですが」
「そう言えば……」

どうもおかしいと思ったのはそれだったようだ。
この村、女しかいない。

長のなずなも、子どもたちのりりなとみいなも娘だった。
案内役の鮎奈もそうだし、見渡したところすべて女だ。
年齢層は、りりなたちのような子どもから中年の女性までいる。
しかし、いささか偏りがあるようで、赤子を含めて幼児はおらず、楓のような老婆もいない。

「犬夜叉、おまえどう思います?」
「……別にどうってことねえよ。おかしな村だとは思うが、みんな人間だと思うぜ」

ということは、犬夜叉の鼻でも妖気は感じられないということだ。
人が妖怪より安全だとは一概に言い切れないが、まだ何か直接されたわけでもない。
四魂のかけら捜索が当面の目的であるし、しばらく様子を見るしかなかった。

「あ、あれ、りりなちゃんじゃない?」

かごめが指差した先に、路傍に座り込んだ少女がいた。
あの時の子どもだ。
しかし鮎奈がそれを訂正した。

「いいえ、あれはみいなさまです」
「あ、そうなんだ」
「でもよく似てるよね」
「それはそうです、りりなさまとみいなさまは双子ですから。りりなさまが姉で、みいなさま
が妹です」

珊瑚とかごめの疑問に鮎奈が答えた。

「あ、かごめちゃん」

珊瑚が呼んだが、かごめはそのままみいなに近づいていった。
それまでしゃがみ込んでいたみいながかごめの気配に気づいて顔を上げた。

「!」
「みいなちゃん……だっけ」
「……」

みいなは弾かれたようにかごめから離れた。
その動きや顔つきからは、怯えとも恐れとも取れる色が浮かんでいた。

「どうしたの? そんなにあたしたちが嫌い?」
「……」
「みいなちゃんだけじゃないわ。この村の人たち、みんな……、あれ?」

立ち上がったみいなの足元に何か白いものがまとわりついている。
あの仔猫だ。にーー、と人なつこそうな鳴き声と表情で、みいなの脚に頭を擦りつけている。

「あたしたちが拾ってきた猫ね。可愛いでしょ」
「……」

みいなは愛らしい仕草をしている白猫を見て、またしゃがみ込んだ。
その膝の上にぴょんと飛び乗った猫の喉に指を入れてさすってやる。
仔猫が心地よさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らすと、みいなの表情が和み、口元が緩んでくる。
その様子を見ていたかごめが言った。

「……あげよっか」
「いいのか!?」
「途中で拾ってきちゃったんだけど、あたしたちまだ探し物があるしね。道中、連れて行くのは
無理だもの。みいなちゃんが可愛がってくれたらうれしいな」
「……」

みいなは仔猫を抱いてスッと立ち上がった。
そして一度かごめの方を見ると、そのまま黙って駆けていった。
その様子を無表情で眺めていた鮎奈が一行を促して最後の案内場所へと進んだ。

「これは『宵闇の井戸』と呼んでいます」
「宵闇の井戸?」
「はい。ここには近づかないでください」

最後に案内されたのが、村はずれにあった井戸だった。
弥勒が眉間を寄せる。

「何かあるのですか?」
「いいえ、そうではありませんが、時折妙な音が聞こえることがあるのです」
「妙な音というと?」
「わかりません。風の影響だと思いますが、籠もったような、唸り声のようなものが聞こえます。
涸れ井戸ですから、その関係かと……」
「涸れ井戸ですか。ならば……」

弥勒が言うと、鮎奈がうなずいて言った。

「はい。特にここへ来る用事はないかと思いますが、そういった事情ですので、おかしな音がしても
お気になさらないでください。ヘタに中を覗いて落ちでもしたら大変です。かなり深いようですので」
「はあ……」

* - * - * - * - * - *- * - *

そこには灯りがなかった。
あたりは真っ暗で、岩場を利用して設けた燭台にともった二本のロウソクが唯一の光源だった。

「……鮎奈、いいな?」
「はい」

少女の声に若い女がうなずく。
表情はない。
女は黙って跪き、長い髪を分けて白いうなじを晒した。
その首を冷たい目で見ると、少女は帯に差していた手斧を抜き取った。
そして、物も言わずに斧を頭上に上げると、鮎奈の首めがけて振り下ろしていった。

* - * - * - * - * - *- * - *

「鮎奈さん、来ないね……」

かごめが外を見ながらつぶやいた。
この日は村の中を案内してもらったが、もう夕刻になってきたので今日はこれまでとしていた。
里周辺については明日からということになっており、何か用事でもない限りはもう鮎奈は
いなくてもいいのだが、なんとなく気になった。
というのも、昨夜までは、こっちの用事が無くとも、鮎奈の方が頻繁に顔を出していたからだ。
警戒されているのかと思って、あまりいい気持ちはしなかったが、今度は反対にまるで姿を
見せなかった。

かごめの言を受けて犬夜叉が言う。

「別にいいじゃねえか。なんかあの女、こっちを見張ってるみたいで気に入らなかったしよ」
「そうですな。その件で少し話もしてみたかったのですが」
「……口説こうってんじゃないでしょうね」
「いや、そんなことは……」

珊瑚の突っ込みに弥勒がたじろぐ。
一線を越えて以来、珊瑚の弥勒に対する洞察力が鋭くなったようで、若い法師は肩をすくめた。

「にしても、腹も減ったしな」
「そだね。呼びにいこっか」

そう言ってかごめが立ち上がると襖が開いた。
不意を付かれてかごめが後じさると、そこにはりりなが立っていた。

「あ、りりなちゃん……」
「夕餉をお持ちした」
「鮎奈さんは……?」
「わらわの用事で里を出ておる。済まぬが明日はあまり動き回らず、ここに居て欲しい」
「はあ」

まさか長の娘であるりりなが食事の世話をしてくれるとは思わなかった。
かごめたちが戸惑っていると、りりなは部屋の外に控えていた女たちに命じて御膳を運び込んできた。

昨日も感じたことだが、ここは裕福な村なのかも知れない。
出される食事がかなり良かったのである。
山菜や茸などの山の幸はもちろん、飯も白米だったし、野菜の料理もあった。
それだけでなく、鰯や鰺、山女に岩魚、鱒といった魚料理も新鮮そのものだった。
獣肉こそ出なかったが、楓の村では味わえぬ美味珍味だったことは確かだ。

「珍しい肉のようですが、これは何です?」

挨拶もそこそこに箸をつけた犬夜叉たちだったが、弥勒が副食を見て訊いた。
行儀悪く、箸でつまんで、下から覗くように見ている。
何かを焼いたものののようだったが、旅慣れた弥勒も初めてみる肉だった。
りりなが答えた。

「珍しい魚が獲れたものでな。味は悪くないはずじゃが」
「うん、おいし」

よく締まった肉感で、タンパク質の味が純粋だった。
柚子餡仕立ての風味がよく合っている。
見ると、鱗を剥いだ後がある。
ということは魚なのだろう。

「これはなかなかですね」
「うん、初めて食べるよ、あたしも」
「あ、珊瑚ちゃんたちもそうなんだ。あたしも初めてだけど、この時代しかいない魚なのかな、
もしかして」
「んなこたどうでもいいだろ」

かごめも少し頭を捻った。不思議な食感だった。
魚には違いないと思うのだが、それにしては獣肉の風味もある。
どこかで食べたことがあるような気がして考えていたら、ふと思い当たるものがあった。

「鯨に似てるかな」
「クジラ……?」
「勇魚(いさな)のことですよ、珊瑚」
「そうなんだ。どっちにしてもあたしは食べたことないから」
「……」

りりなはその会話に加わることなく、食事をする四人を見つめていた。
その肉を頬張り、咀嚼し、飲み込む様子を観察しているかのようだった。
珊瑚が肉を少し畳に落とし、雲母にも与えていた。
妖かしの猫も、喉を鳴らしてその肉を食べている。
肉について少々疑っていた彼女だったが、雲母が普通に食べているところを見ると、おかしなもの
ではないのだろう。
雲母が肉片と格闘しているのを見て、かごめが気づいたように言った。

「そう言えば、あの仔猫どうしたんだろ?」
「あの子のところに行ってるんじゃない?」
「あ、そっか」

かごめは、昼間、仔猫と戯れていたみいなを思い出した。
別れ際、白猫を抱いて駆けて行ったから、飼うことにしたのかも知れない。

自分も一緒に食事をするわけでもないのに、妙に長居するりりなに、一行が不思議そうな目線を
向けると、りりなはゆっくりと立ち上がった。

「ではごゆるりとされるがいい」

りりなはそう言って部屋を出た。
薄く嗤ったその顔に、あさましい欲望が浮き出ていたことに、誰一人気づかなかった。

* - * - * - * - * - *- * - *

翌朝、食事を終えたかごめたちはヒマを持て余していた。
鮎奈がおらず、今日一日はおとなしくしていろと言われたせいである。

「閉じこもっていてもしようがありません。出てみましょうか」
「でも法師さま、動くなって言われてるのに」
「いいではありませんか、村の外に出るわけじゃなし。村人に話を聞くくらいは……」

珊瑚と弥勒がそう話している最中、突然、どたどたと廊下を走る音が響いてきた。

「みなさん、いますか!」

乱暴に襖が開き放たれ、若い女が部屋に入ってきた。
一瞬、鮎奈かと思ったが違うようだ。
よく似てはいたが、この女は髪を上で纏めている。

「どうしたんでいっ」

犬夜叉が刀を手に膝立ちした。

「村の広場で妖怪が暴れております。危険ですのでみなさんは……」
「なんだとっ」
「妖怪ですって!?」

かごめと犬夜叉が同時に立ち上がった。
犬夜叉は刀を差し、かごめは矢筒を背負い、弓を手にした。
弥勒が縁側に向かって走った。
珊瑚も後を追い、障子戸を全開にした。

「うっ!」

広場どころか、妖怪はこの屋敷の目の前まで迫っていた。
人間タイプではなく、動物系のようだ。

三角形の耳を頭に立て、鋭い牙を口から覗かせている。
デメキンのように目をむき出しにしており、締まりのない口からはよだれが垂れている。
大暴れしているその身体は、まるで皮膚がなくなったかのように血管や筋肉を浮き立たせていた。

どうしたわけか、耳元や首の周辺にだけ、少し体毛が残っている。
手足の指には鋭い爪がついていた。
曲がった脚を使って二本脚で立ってはいるが、もともとは四つ足らしい。
手のように見える前足の裏には肉球らしいものも観察できた。

甲高い鳴き声を放って、その妖怪は暴れていた。
村人たち−女ばかりだったが−も必死に攻撃している。
着物にたすきを掛けて、手に手に思い思いの武器を持って応戦していた。
手斧や鍬といった人たちもいたが、六角棒や槍に薙刀、さすまたまで使っている者もおり、それなり
に武具は用意してあるらしい。
こうした襲撃がたびたびあるのかも知れぬ。

「珊瑚、行きますよ!」
「はいっ」

弥勒はそう叫ぶと縁側から外へ飛び出していった。
珊瑚も着物を脱ぎ捨て、戦闘服姿になる。
その間に、武装を整えた犬夜叉とかごめも妖怪に向かって行った。

「うあっ」
「きゃああっ」

妖怪は、器用に前足を使って、迫ってくる村人たちを弾き飛ばしていた。
手の甲で殴られる分は吹っ飛ばされるだけで済むが、爪のある方でやられたらタダでは済まない。

顔や首、胸などに、爪で引き裂かれた傷跡を残して弾き飛ばされてくる女もいる。
深手を負い苦鳴する女、手当に駆け寄る女たちの声。
逃げまどう子どもたちの叫び声。
仇を討とうと化け物に突っかかる女どもの吶喊。
村内を阿鼻叫喚が支配していた。

村人たちも果敢に攻撃しているが、なにしろ相手が大きい。
二間以上はあるだろう。
しかもかなりタフなようだ。
背中や腹などに、何本も槍などが突き刺さっているにも関わらず、どれほどのこともないかの
ように暴れている。

妖怪に駆け寄り、そのさまを見た弥勒が叫んだ。

「かごめさま!」
「うん!」

弥勒の叫んだ意味を瞬時に理解し、かごめはその化け物を観察する。
すぐに答えは出た。
四魂のかけらを仕込んでいるわけではないようだ。

「弥勒さま、こいつ違うわっ」
「わかりました。珊瑚っ!」

弥勒は、珊瑚に攻撃へ移るよう言った。
珊瑚もうなずいて飛来骨を手にする。
そして敵の注意を逸らせようと、雲母に言った。

「雲母! こっちから……って、あれ?」

珊瑚がきょとんとして雲母を見る。
仔猫のままである。
変身してくれない。
雲母が化ければ、この妖怪に匹敵する力を発揮してくれるはずのに。

「雲母っ! おまえ、何してるのっ」

珊瑚の愛猫は、変身して主人を助けないばかりか、仔猫のまま無防備に化け物へ向かって
いくではないか。

「仕方ねえ、やるぞ、弥勒!」
「おうっ」

犬夜叉が直接妖怪に飛びかかっていく。
雲母が側にいることで、鉄砕牙を使った大技が使えないのだ。
ヘタをすれば雲母を巻き込む。
化けていてくれれば何とかなるが、仔猫のままでは雲母ごと殺しかねない。

一方、弥勒も同様の理由で風穴が使えない。
となると、錫杖を使った物理攻撃か、護符を用いた精神攻撃しかないが、相手が動物系だと
護符が通じないこともある。

ばきっ!

「うわっ」

飛びかかった犬夜叉を、化け物が前足の一振りで軽く弾き飛ばす。
犬夜叉の攻撃を受け止めるということは、瞬発力も膂力もかなりあるということだ。

「飛来骨!」

珊瑚が叫んで大型妖怪の骨を使った武具を投げつけた。
相手に致命傷を与えて、しかも手元に返ってくるブーメラン状の武器だ。
これには妖怪も慌てて避けた。
さすがにこいつを喰らったらタダでは済まないのだろう。

かごめも弓を放っていたが、槍が刺さってもどうということのない相手だから、矢など
さして痛痒を感じないだろう。
相手が四魂のかけらを仕込んだ妖物であれば、そこ目がけてかごめが神矢を射れば一発で
仕留められるが、こいつはそうではない。

「ちっくしょう、丈夫な野郎だな!」
「ですな」

飛ばされて尻餅をついた犬夜叉が苦々しく言う。
弥勒もそれを受けて答えたが、どこか異質なところに気づいていた。
見たところ、心臓のある箇所にも槍が刺さっている。
いかなる生物も急所であるはずなのに、こいつは平気な顔をしていた。
腹にも数本刺さっている。
腹は致命傷にはならぬが、苦痛だけはかなりあるはずだ。
なのに意にも介していない。

若い法師は、飛来骨を手に駆けてきた珊瑚に言った。

「どうも妙ですな、四魂の玉を持っていないのにこの頑丈さは……」
「あたしもそう思ってたところ。これ何だかわかる、法師さま?」
「生憎、初めて見ますな。おっと」

後ろを向いていた妖怪が尻尾を叩きつけてきたのだ。
ずずん、と地面が鳴り響いたが、珊瑚と弥勒は機敏に逃げていた。
太い尾だったが、どうしたわけかそこにも毛が生えていた。

「どうするの、犬夜叉!」
「俺に言うな! くそ、あの猫がいるからよ……。いっそ一緒に……」
「バカっ、やめて犬夜叉っ!」

刀を抜きかけた半妖を、かごめが押さえ込んだ。

「このままじゃどうしようもねえだろっ!」
「けど……」
「こ、これは……」

突然、別の声がした。
かごめが振り向くとなずなが呆然とした顔で立ちすくんでいた。

「あぶねえ、下がってろっ!」
「なずなさま、逃げてっ」

犬夜叉とかごめが同時に叫んだ。
その声が聞こえぬかように、村の長は化け物に近づいて行った。

「『なりそこない』……。どうして……」
「『なりそこない』? あ、なずなさまっ」

なずなは化け物に近寄ると、懐から短刀を出した。
そんなもので、とても通じるとは思えなかった。
なずなは小さな壷を取り出し、中身を短刀の刃にかけている。
やや粘い汁は刀身に絡み、黒く染めていた。

側にいた雲母を庇うように前に出ると、向かってくる妖怪に敢然と立ち向かった。
むしろ平然とも見えるなずなに、『なりそこない』と呼ばれた物の怪は、牙を剥いて
襲いかかっていった。
噛み殺そうと突っ込んできた牙を軽くかわし、露わになった首筋に、なずなが短刀を刺し込んだ。

「うっ、ぎぎぃぃーーっっ!」

村の長を噛み砕こうと襲いかかった化け物は、左の首筋に白鞘の短刀を突き込まれると、
激痛のためか棒立ちになった。
前足で刺された短刀を払い取り、傷口を押さえてゴロゴロとのたうち回っていた。
弥勒や珊瑚がとどめを刺そうにも、危なくて近寄れない。
聞き苦しい喚き声を吐き散らしながら『なりそこない』は悶え苦しみ、そのうち痙攣するように
身体を震わせたかと思うと、クタリと地面に横たわった。

「……」

里人やかごめたちが恐る恐る近づいていく。
化け物は口から血を吐き、完全に息絶えているようだった。

「雲母!」

死骸の側でウロウロしている雲母を捕まえようと、珊瑚が駆け寄った。
抱きかかえようと手を伸ばすと、珊瑚の腕から逃れるように『なりそこない』にすり寄っていった。
そしてもの物悲しい声で、か細く「にー」と鳴きながら、遺体を舐めている。

「雲母……、あんた……」
「珊瑚ちゃん、これ!」

意表を突いた雲母の行動に呆然としていた珊瑚に、かごめが呼びかけた。

「な、なに?」
「……」

『なりそこない』の死体を調べていたかごめが、これも呆然とした顔で何か手にしている。
赤い紐のようだ。
珊瑚はハッとしてかごめを見た。

「そ、それ……」

かごめが暗い顔でうなずいた。
これはあの白い仔猫についていた首輪だ。
これが化け物の首にあったということは……。

「ちっくしょう!」
「犬夜叉!」

怒りに震えた犬夜叉が、悄然と立っているなずなに向かって走る。

「おい、なずなっ。これはいったいどういうことでいっ!」
「……」
「黙ってちゃわかんねえ! なんであの仔猫がこうなってんだ!」
「犬夜叉、おやめなさい」

なずなの襟首を掴んで締め上げる犬夜叉を弥勒が止めた。
憤る半妖を抑えながら、法師も厳しい目でなずなを見て訊く。

「なずなさま、『なりそこない』とは何です?」
「……」
「あなた、あれを見た途端『なりそこない』と仰いましたね。ということは、あの化け物のことを
ご存じだったということだと思ったのですが」
「……」
「あたしも訊きたいです」

かごめと、雲母を抱いた珊瑚もやってきた。

「あの妖怪……、元はあたしたちが連れてきた捨て猫らしいんです。これって……、これって
どういうわけなんですか? なずなさま、何かご存じなんじゃないですか?」




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