「……」

瞬は、一息ついてから俯せになった響子の腿の裏をそっと撫でながら言った。

「どうですか? うまくいった気はしますか?」
「……」

聞いてから、瞬はバカなことを言ったとばかりに苦笑した。

「……すみません、そんなことわかるはずないですよね。今ので妊娠したかどうか、なんて……」
「三鷹さん……」

響子は俯せのまま、小さな、しかしはっきりとした口調で言った。

「もう一度……、もう一度だけ、抱いてください……」
「え……? 響子さん、それは……」
「もう……、ご無理ですか? お身体の方が……」
「あ、いいえ。そんなことはありませんが、でもなぜ……」

と言いながらも、瞬はもう一度抱こうという気はなかった。
「気はなかった」というより、肉体的に難しかったのだ。
健康体だった頃は無論そうではない。
相手やその日のコンディションにもよるが、女性と寝る時のセックスは一度だけ、ということはまずなかった。
まして、仮にその相手が響子であったなら、幾度も幾度も求め、疲労困憊になるまで、精力が尽き果てるまで貫いたことだろう。

実際、今回の件でも最初のうちはそうだったのだ。
二度、三度と響子を抱き、射精するまで決して許さなかった。
それが、病と化学治療の影響で体力が衰えてくると、一度射精するだけで精一杯となってきている。
今日もそうなのだった。
だからこそ、たった一度の射精──精液をなるべく効率よく活かすためにあらゆる手段を尽くしたのだ。
今晩、瞬が響子のフェラチオで咥内射精しなかったのも、それが理由である。

瞬は僅かに狼狽した。
この禁断の関係を結んで以来、響子の方から「求められた」ことなど一度もなかった。
それも当然で、瞬がやっていることは経済力をバックにしたレイプと大差ないことなのである。
従って、夫の裕作はもちろん響子だって望んで瞬に抱かれたわけではない。

やむを得ず。
不承不承。
致し方なく。

そんなところだろう。

瞬はカネはあったが寿命がなく、響子と裕作にはどうしてもカネが必要な出来事があった。
それがうまく重なったからこそ実現できたことで、そうでなければ響子は瞬に抱かれることなど一生なかったであろう。
瞬のことが嫌いだったからではない。
響子は別の男を選んだからだ。

瞬は、好きだった女から「誘惑」されたと思った。
とうとう、自分を受け入れてくれたのだと思った。
惚れてくれた、とか、裕作から自分へ思いが切り替わった、とか、そこまで自惚れてはいない。
が、少なくとも向こうから積極的に求めてきたのは初めてだ。
これは三鷹瞬という男を響子という女が受け入れたのだ。

「あっ……」

瞬は、黙って響子の身体に手を掛け、仰向けにした。
そのまま正面からじっと彼女の貌と、その美しい瞳を見つめて言う。

「……響子さん。今日は指輪をつけていないんですね」
「……」

いつも左手の薬指に嵌めていた結婚指輪がなかった。
今までは必ずそれをつけており、こういう事態になっても自分は裕作の妻である、という控え目な、そして力強い主張があった。
また、そのことが逆に瞬を燃え立たせていたのも事実である。

ただ、それが今日はなかった。
居酒屋で食事をしていた時点で、瞬はそのことに気づいていた。
気になっていた。
だが、彼にしては珍しく、どうにも聞きそびれていたのだ。
もしかしたら、何かアクシデントでもあって急いで出てきたから忘れただけかも知れない。

いや、そんなことはないだろう。
瞬も、瞬の妻だった明日菜もそうだが、指輪を外すことは一度もなかったのだ。
きっと響子や裕作だって同じだろう。
外で他の女と遊ぶ時には指輪をしない、という不心得者もいるようだが、瞬は違った。
彼には彼なりの考えがあり、そうしたことに後ろめたさはほとんど感じていなかったから、結婚指輪をしたままでも他の女と寝ることが出来たのである。

「響子さん、あなたは僕を……」
「三鷹さん」

響子は瞬の言葉を止め、見つめてくる彼の目から視線を外さずに言った。

「私は……、あくまで五代の妻です」
「……」
「あなたを……、あなたのことを好きになったり、愛したり、ということはありません。絶対に、です」
「響子さん……」

瞬は、死刑宣告を受けたような衝撃を受けたものの、意外なほど落ち込んだり失望したりすることはなかった。
響子の言葉にウソはなく、しかも取り繕うような素振りもなかったからである。
むしろ、一種の清々しささえ覚えていた。
彼の気持ちを裏付けするかのように、人妻はその美貌に微笑を浮かべて言った。

「でも、あなたが嫌いなわけではありません。これは五代と結婚する前からずっと同じです。好きか嫌いかで問われれば……、多分、好きだと思います」
「……」
「でも勘違いしないで。恋愛感情とは違うんです、わかってください……」

あまりにもはっきりとした物言いに瞬がショックを受けたのではないかと、響子の方も些か罪悪感に囚われていた。
ウソや間違ったことは言っていないが、瞬の気持ちは知っているのだ。
その思いは有り難いと思うし、嬉しいとも思う。
もし裕作の存在がなければ、ほとんど障害なく瞬と結婚していた可能性は高いと自分でも思っている。
瞬の言葉を待つまでもなく、響子は続けた。

「ですから……」

そこでいったん言葉を切ると、意を決したように彼女は言った。

「……ですから、今日を最後にしたいんです」
「響子さん……」
「そのつもりでここにまいりました。わかってください、三鷹さん……」

そう言うと、響子は顔を伏せた。
一瞬、裕作の顔が頭にちらついた。
同時に、瞬の気持ちも彼女の心をかき乱している。
それらを吹っ切り、すべてに決着を付けるため、響子はきっぱりと言った。

「ですから三鷹さん、もう一度だけ……」
「……」
「今夜は……、私、今夜だけはあなたを……愛します」
「響子さん……」
「今、この時だけは……、五代のことを忘れます。指輪を外してきたのも、そのためです。だから、あなたも……、あなたも私を愛してください……。そして今夜こそ、きっと……」
「わかりました、響子さん」

瞬は不思議と穏やかな気持ちだった。

三鷹家のこと。
自分の病気とその命。
残さねばならない子孫のこと。
死んだ明日菜のこと。
裕作のもとへ遣わした小夏のこと。
裕作のこと。
そして響子のこと。

彼の胸中にあったそれらもやもやとしたものが、すうっと消えていった。
まるで雲が一気に払われて、待ちに待った太陽がようやく顔を出し、綺麗な晴天が訪れたような、そんなイメージだった。
瞬は、痩せ細った顔に微笑を浮かべた。

「……わかりました、響子さん。では、もう一度だけ」
「はい……。あ、お身体の方は本当に……」
「大丈夫。どっちにしろ、もう長くはないんですから、少々無理をしても大差ありませんよ」
「……」
「僕も……、僕もあなたを愛します。今までも、そしてこれからもずっと……」
「三鷹さん、私は……」
「わかっています。今夜だけ……、今、この時だけです。あなたの許しが出た今夜だけ。その代わり、全身全霊を賭けてあなたを……愛します」
「はい……」

仰向けになって、両脚をぴったりと合わせていた響子の腿に瞬の手が触れる。
響子はピクリとしたが、そのまま彼の手がすべすべした太腿を撫でるのを許した。
彼は慈しむように響子の腿を撫で、ふくらはぎを揉み、その感触を愉しんだ。
今までと少し違う瞬の愛撫に響子は若干戸惑い、次第に身体が熱くなっていくのを感じていた。
彼の愛撫に反応している。
乳房や尻を揉んだり、股間に舌を這わせるような直接的なものでなかったことが、かえって響子の性感を刺激したのかも知れない。

「んっ……」

響子の鼻から籠もったような息が漏れ出てくるのを待ってから、瞬は彼女の両膝を立たせて、そのまま脚を開かせようとした。

「あっ、いや……」
「……」

反射的にそう言って、思わず脚を閉じてしまった。
両腿の内側から瞬の手のぬくもりが伝わってくる。
響子はバツが悪そうな表情をして謝罪した。

「ご、ごめんなさい……。そういうつもりじゃなかったんです」
「いいんですよ……」
「本当にごめんなさい、私から言っておきながら……」

響子はもう一度謝ってから、脚から力を抜いた。

「……いやじゃありませんから。どうぞ……」
「わかりました。では……」
「は、はい……」

男の手が膝に置かれ、大きく脚を開かれた。
響子は顔を背け、唇を噛んでいたが、悲鳴も拒絶の言葉も発しなかった。

「……」

割れ目にやや赤みがかかり、ほころびかけているのは、先ほどの激しいセックスの余韻がまだ残っているからだろう。
窮屈そうな膣が僅かに口を開けて、そこから響子と瞬の体液が混じり合ったものが滴り、シーツに伝い落ちていた。
瞬が見つめると、そこはまるで別の生き物のように反応し、淫靡に蠢いている。
響子は顔を真っ赤にして、小さな声で言った。

「あの、あんまり見ないでください……、は、恥ずかしいんです……」

恥辱的な格好で、もっとも恥ずかしいところを見られているのだから当然の反応だろう。
響子が夫でもない瞬にそこを観察されても逃げようとも抗おうとしもしないのを見て、彼女の決心が本物であることがわかる。
同時に、響子はやや被虐的なところもあり、恥辱的な責めをされたり、羞恥心を煽られたりすると、余計に感じてしまうようだ。
瞬とのセックスで異常なほどに燃え上がったのも、夫の裕作に対する背徳感や裕作以外の男に犯されているという被虐感も一因だったのだろう。

「響子さん……、いいですか?」
「ん……」

ゆっくりと響子の上に覆い被さってきた瞬は、巧みに膝を使って彼女の両脚を自然に開かせていく。
そのまま彼女の顔に口を近づけて、じっとその目を見つめる。
響子は咄嗟に瞬が何を求めているのか察知し、ほんの少しだけ躊躇してから承諾したように小さく頷いた。

響子が目を閉じると、瞬は彼女の唇に唇を重ねていく。
ちょんちょんと唇同士を軽く接触させてから、瞬は響子の唇をそっと舌で舐めてみた。
一瞬ビクンと痙攣したが、響子は瞬のするがままに任せている。
すると瞬は舌でそっと響子の唇を割っていき、その中へと舌を差し入れていった。
響子も拒むことはせず受け入れたものの、まだ戸惑いがあるのか、舌は咥内で縮こまったままだ。
瞬はその舌を絡め取り、そのまま吸い上げた。

「んっ……んむ……ちゅ……んん……」

瞬は、舌は入れたもののあまり激しいキスにはせず、優しく口を吸い、舌を吸っている。
そのまま響子の手首を掴むと、再び力を取り戻していたペニスをその手に握らせた。

「……っ!?」

手のひらに感じた熱くて硬い感覚に響子は驚いた。
まぎれもなく男根の感触だった。
瞬のペニスを手にさせられていることを知り、響子は首筋まで赤くして放そうとしたが、彼の口は舌を吸ったままだ。
手首もしっかりと掴まれて操られ、ペニスを扱かされていた。
男性器を手で愛撫する行為にたまらない羞恥を感じていたものの、キスされていくうちにその意識も薄まっていってしまう。
もともとキスが好きだったことに加え、手にさせられているペニスの存在感に圧倒されてしまったのだ。

響子はゴクリと息を飲んでペニスを扱いている。
いつの間にか瞬の手は離れ、響子は強要されているわけでもないのに、手を上下させて彼の肉棒を愛撫していた。

(すごい……。こ、こんな熱くて大きくなってる……。こんなの入れられたら、私……)

「ん、んん、んんうっ……んっ、ちゅっ……ふあっ……」

長い口づけを終えると、互いに呼吸を整えるためか、両者の動きが止まった。
響子の方が影響が大きいらしく、大きく息をつくと赤い貌のままぼんやりしている。
それでも手にした瞬のペニスは離さず、軽く扱き続けていた。
その手をそっと離させると、瞬は愛撫によってさらに硬度と温度を増したペニスを響子の媚肉にあてがっていく。

「いきますよ」
「……」

性急になることなく、亀頭に愛液をまぶすようにゆっくりと響子の中へ沈めていく。
一回目のセックスで激しい反応を示していた膣は、自身の愛液と瞬の精液でどろどろだ。
ペニスが差し込まれていくと、待ちかねたかのように襞が反応し、絡みつき、飲み込んでいった。

「んんっ……! あっ……はああっ……」

確実に奥へと進み、貫いてくる肉棒の存在感に気圧され、響子はぎゅっと手を握りしめたまま呻いた。
何度入れられてもきつい。
イヤでも夫の男根を比べずにはいられない。
もっとも、瞬のものが裕作のペニスより大きかったのは事実だが、響子自身の膣が狭隘で締め付けがきつい、ということもあっただろう。
膣肉や襞自体は、たっぷりの蜜を分泌しており、男根の動きをサポートし、膣の狭さを和らげてくれてはいるのだが、それ以上に響子のそこは絞まりが良いのだ。
挿入する男はそのきつさを心地よさとして捉えるが、入れられる女は快感などなく苦痛だけ、というケースも多い。

だが響子の場合、持って生まれた鋭い性感と、肌や粘膜の鋭敏さがあって、快楽も同時に享受していた。
さらに被虐体質でもあったから、太いものを入れられるきつさ、苦しさが快感や悦楽に変化するまでの時間が短くて済んでいる。
それでも胎内に大きな異物を入れられるのは苦しいのか、響子は瞬の背に腕を回し、抱きしめた。
響子が瞬にしがみついたのは初めてのことである。

「くうっ……、んん……あっ……き、きつ……ああ……」
「僕も……うっ……、少し、きつい、かな……響子さんの、絞まるから……」
「やっ、そんな……あう……三鷹さんの、あっ……さ、さっきよりもおっきくなって……くはっ!」

何とか肉棒が奥に到達し、根元まで埋め込まれると、響子は首を反らせて熱い息を吐いた。
瞬は最奥に届いたことを亀頭の先で確認すると、子宮口を軽く突いてから押し込んだ男根をゆっくりと引き戻し、そしてまた突き刺していった。
これだけ濡れているというのに、響子の媚肉は相変わらずきつく、挿入した実感は「ぎちぎち」である。
挿入された側は、みっしりと詰めこまれた感じで、息をするのも大変なのだ。
それでも、僅かに隙間があるのか、響子の膣からはぬるりとした濃い愛液が漏れ出ている。

「はああっ、ふっ、太いっ……あ、あ……あうっ、そんな奥まで……ああっ」

裕作がまだ入ってきたことのないところまで、瞬のものは遠慮なく侵入してきた。
そのきつさ、息苦しさに耐えかね、響子は顔を仰け反らせっぱなしで苦しげに口を開け、短く素早い呼吸を繰り返している。
別に、口や鼻を塞がれているのではない。
瞬のものが埋まっているのは媚肉である。
なのに、なぜこんなに息苦しいのだろう。
響子は貌に苦悶の色を浮かべながら、何度も身悶えした。

「あっ、はああっ……んあっ……あう……あううっ……」

さっきのセックスで、響子の媚肉はもう充分にほぐれていたろうし、瞬の大きなペニスにも慣れていたはずである。
だが、これだけきついということは、太いものを受け入れることは出来るが、終わればまたすぐに元に戻る膣口だということだろう。

瞬は焦ることなく、ゆっくりと肉棒を押し込み、そして同じようにゆっくりとカリ首まで引き出していく。
根元まで押し込むと子宮口に先端がぶつかり、響子はわななきながら喘ぎ、激しく反応した。

「あっ、あんっ……あ、あああ……だ、だめ……ああ、もうだめ……」

さっきよりもずっと濃い愛液が、ぐじゅっ、じゅぶっと粘っこい音をさせながらはみ出すように湧き出し、男女の結合部を濡らしていく。
透明でさらさらしていた蜜は、白濁化してきて粘度がかなり高くなっていった。
さきほどの瞬の精液も混じっているだろうが、響子の愛液も相当に濃厚となっているのだ。
苦悶していた表情も赤みが差し始め、時折ふっと官能的なものが混じってきている。

「あっ、はあっ……いっ……うんっ……うんっ……ああ……」
「気持ち良くなってきましたか、響子さん」
「そんな、私は……あっ……ああっ……」
「言って下さい、お願いです。良いなら良い、と」
「で、でも……ああ……」
「誰も聞いてはいません、僕だけです。ここには……、五代くんもいない」
「っ……!」

裕作の名を出され、響子は一瞬動きを止めた。
官能に流されそうになっていた美貌に戸惑いの色が浮かび、そして瞬を恨めしそうに見つめる。

「ひどいです、三鷹さん……。こんな時にあの人のことを言うなんて……」
「すみません。でも……、今は……今だけは、あなたは僕のものだ。あなたはさっきそう言った。違いますか?」
「……」
「だから言って下さい、さあ」
「ああ……」

瞬は巧みに言葉責めをしてくるが、響子の方は責められている印象はない。
意地悪なことを聞いてくる、とは思っていたが、これがセックスのテクニックのひとつだとは知らなかったのである。
虐めるような言葉で責めている間も、瞬は腰を使い続けている。
じっくりと馴らすようなピストンが功を奏し、響子のそこは驚くほどに熱く、柔らかくなっていった。
それでいて収縮のきつさは相変わらずで、愛液分泌がなければ粘膜が裂けてしまいそうなほどに締めつけている。

「さあ。僕と五代くんと、どっちが良いんですか?」
「……」

瞬に促され、響子の葛藤が大きくなっていく。
今、快楽を感じているか否かは、改めて言うまでもなかった。
響子の肉体と表情、そして声までもがそれを肯定している。
そして、夫と比べてどうかというのも、もう結論は出ているのだ。

ただ、それを口にすることが裕作への最大の裏切り行為になる気がしていた。
ウソはつけないが、正直に言っては身も蓋もない。
それにしても、以前に裕作も同じことを聞いてきていた。
なぜ男はそんなことを気にするのだろう。

そんなことを考えながらも、響子は深く突き上げてくる瞬のたくましいものに官能を突き崩されつつあり、さらに言葉でも責められ、もう、どうにもならなくなってきている。
突き込まれ、裸身を揺さぶられながら、人妻は噛みしめていた唇を震わせながら小さく開いた。

「……いい……」
「もう一度」
「ああっ、いいです……き、気持ち良いっ……! あ、あの人よりも、ああ……あの人よりもいいっ……ああ、ごめんなさい、あなた……でも……ああ……でも、いいっ……!」

それを聞くと、瞬は嬉しそうな貌で褒美でも与えるかのように腰を動かした。
響子の中を深くまで突き上げてやると、粘液にまみれたペニスとぬらぬらになった膣襞が擦れ合って、我を失いそうな快感を響子に与えた。
愛液が漏れ出て精一杯に拡げられた膣穴は、たくましい肉棒が出入りするたびに、張り付いてくる粘膜を引き摺り出し、また巻き込むように中に押し入っていった。
肉奥を数度突かれると、結合部から噴き出すように愛液が溢れ、響子はグッと背中を仰け反らせて大きく喘ぐ。

「ああ、いいっ……やっ、いいっ……ど、どうしてこんなに……ああっ……こんな……ああ、もっと……」
「何です? はっきり言って下さい」
「もっとして……、ああ……三鷹さん、もっと……」

とうとう響子にそこまで言わせた、求めさせたことで、瞬はかなり感激していた。
正直、ここまで馴染んでくれるとは思わなかったからだ。
響子が情に深い女だということは充分に知っていた。
その彼女が、決意を秘めて今日に臨んでくれている。
もう何も隠すことはないし、すべてを瞬に委ね、さらけ出そうとしているに違いなかった。

「よし……」
「ああっ、三鷹さんっ……!」

瞬はやや身体を起こすと響子の腿を両脇に抱え持ち、腰を激しく打ち込んできた。
子宮口を激しく突き上げられ、響子は愉悦の嬌声を放つ。

「あっ、ああっ! いいっ! うんっ、深いっ……ああ、そこぉっ……やっ、いやあっ、だめっ……いいっ……」

瞬は響子の両脚をさらに大きく拡げ、腰を密着させていく。
深くまで突き上げて子宮が揺さぶられるたびに、響子の全身に官能の大波が押し寄せてくる。
膣内の肉も襞もペニスに絡みつき、うねって、さらに奥へと引き込もうとしてきた。

響子の興奮は、挿入した肉棒からストレートに瞬へ伝わってくる。
きつい締めつけは、ややもすると痛いくらいだが、それが甘い快感となって男の性中枢を刺激する。
油断すると思わず射精してしまいそうなり、それを振り払うために瞬は響子の乳房を強く揉み込んだ。
白く柔らかで、ほぼ完璧な形状の乳房に瞬の指が食い込み、ぎゅうぎゅうと搾るように揉みしだく。
もちろん痛みはあったが、響子には苦痛よりもその行為を「たくましさ」として受け止めてしまい、そんな激しい愛撫でさえ、強い快感となって子宮が痺れてくる。

根元から絞り出すように揉み上げ、乳輪を指で強く挟んで乳首を括り出す。
ぷくんと恥ずかしげに勃起した乳首は、唇で吸われ、指でこねくられ、響子は全身を痙攣させ首が折れそうなほどに仰け反った。

「や、だめえっ……もう……もうっ……あ、おっぱい、強すぎですっ……ああ……も、もっと優しくして……ああっ、強い、激しいっ……そ、そんなにされたら私……ああっ……」

響子は激しく首を振りたくり、最後の抵抗を試みたものの、もう身体は鎮火できないところまで燃え上がっていた。
両手で瞬の背中を抱きしめ、爪すら立てて彼を引き寄せている。両脚は瞬の腰に巻き付き、しっかりと抱え込んでいた。
子宮口を突かれ、子宮自体が持ち上がりそうなほど深くまで打ち込まれた響子は、背筋をググッと弓なりにして激しく昇り詰めた。

「いっ……いく……もういくっ……ああっ!!」

喉を搾り立てるようにそう絶叫すると、響子の肉襞はキリキリと収縮し、瞬のものを強く締め上げた。
思わずいきそうになるところを懸命に耐えた瞬は、響子を休ませることなく責め立てていた。
これが最後なのだ。
一度いかせただけで出すなんてもったいないことは出来なかった。

「ひっ、ああっ、そんなっ……」

いかされたばかりの身体を容赦なく連続的に責められ、響子は目を剥いて喘いだ。

「だめ、あっ……お願い、少し休ませて、ああっ……こ、壊れちゃいますっ……いいっ……」
「大丈夫、壊れはしません。こんなすごい身体をしてるんですから」
「そんな……無理です……ああっ、いいっ……」
「ほら、だめだと言いながらよがってる。響子さんなら大丈夫ですよ」
「あ、あは……あうう……」

息も絶え絶えに喘ぐ響子の声を心地よく聞きながら、瞬は響子の子宮口を集中的に責めている。
単に気をやらせるだけなら、ここよりもGスポット責めた方が簡単だし、何度も絶頂してくれるだろう。
だが、いかせるだけでなく、確実に妊娠させなければならない。
響子だって今夜は孕むつもりで抱かれているのだ。
子宮をとろけさせて下降させ、責めて責めて責め抜いて、根負けした子宮口が開いたところで射精し、その精液を直接子宮内に注入する。
そのためには、覚えたばかり子宮快感で気をやらせ、そこを弛緩させるしかない。

突き込まれ、ゆさゆさと大きく上下左右に揺れ動く乳房を握りしめ、指の跡が残るほどに強く揉みしだく。
乳首を指で弾かれ、あるいは乳房の肉塊に上から思い切り押し込まれると、響子はつんざくような悲鳴を上げ、大声でよがった。

「うんっ……ううんっ、深いっ……ああ、もっと……もっと深く……いいっ……あうう、いいい……」

激しい動きで肢体をうねらせ、白い喉を男の目に晒すように仰け反り、恥ずかし気もなく響子は嬌声を上げた。
そんな響子の妖艶な姿に刺激され、彼女の言葉に応えるように、瞬も腰を打ち付けていく。
奥深くまで突くだけでなく、腰をよじって回転させ、膣肉や襞を巻き込むようにしてペニスを抉り込ませる。
その激しさは、彼女の裸身が浮き上がるほどの勢いだ。

「うああっ、いっ……いいっ……お腹が……お腹、抉られるっ……ひっ……あ、あうっ……」

最奥を突き抜かれ続け、子宮はゆっくりと下降して始める。
そうすることで、さらなる強い刺激を得ようとしているのだ。

「くっ、すごいっ……奥っ……奥に来てますっ……ああ、いいっ……だめ、あ、だめですっ、そ、そんなにされたら私、またっ……」
「いきなさい、何度でも」
「くううっ……、だめ、いくっ……またいくっ……あああっ!」

響子は身体を大きく捩り、尻をうねらせた。
膣は思い切り収縮し、熱い愛液を飛沫出させながら響子はまた絶頂した。

「ううんっ……ああっ……」

何度もガクガクッと仰け反り、背中が宙に浮く。
腰と腿は瞬の腿の上に乗り、後頭部だけがベッドに突いている。
当然、膣圧も凄まじいほどに上がり、締め付けは痛いほどだったが、瞬は死ぬ気で射精を堪えた。
これが響子とは最後のセックスになる。
というより、生涯最後のセックスになるかも知れないのだ。
その最後の相手が響子だったことに、響子本人と裕作には感謝してもし足りない。
だからこそ、最後の一発は貴重だった。
響子が何度いっても、もう本当に我慢できないところにいくまで──それが彼の命を縮めることになっても──射精する気はなかった。

「うっ……」

響子が達した瞬間、瞬も腰を気張らせ、丹田を引き締め、全身を強張らせて、必死になって堪え忍んだ。
間歇的な響子の収縮が弱まってきてから、また動きを再開していった。

「ああっ……!?」

響子は驚いたような顔でわななき、慌てて瞬に言った。

「ああ、もうだめっ……い、いきました、私、いきましたっ……だから三鷹さんっ、ああっ、そこだめっ……ひっ……お願い、もう許して……あああ……うあっ、それだめ、深すぎますっ……いいっ……!」

瞬は、聞いているだけで射精してしまいそうになる響子の喘ぎと、見ているだけで出したくなる彼女の蕩けた美貌と肢体の双方に責められながらも、何とか一線を堪えていた。
まだ責め足りない、もっと貫きたい。
その思いが、彼の体力を超えた動きを支えていた。

「あ、あは……いい……、くうっ、いいっ……や、やだもう……あああ、どうしよう、またいく……いきそうっ……」
「いいですとも。何度でもいきなさい」
「やっ……、ああ、お願いです、三鷹さん、あっ……み、三鷹さんも、もういって……でないと私……、も、保ちそうにありませんっ……こ、これ以上いかされたら、おかしくなるっ……」
「それでいい、おかしくなってください」
「そんな……たまんない……」
「今夜が最後、今夜だけなんです。何度もいってください。僕はそのその美しい貌をこの目に刻みつけておきたい」
「三鷹さん、そこまで私を……あっ、ううんっ……うっ、うあっ……いいっ……いいいっ……だめいくっ……またいっちゃいますっ……かはっ!!」

下がってきた子宮口に亀頭の先が食い込み子宮が大きく揺さぶられると、ズシンとした衝撃とともに強い電流が全身を突き抜けていく。
響子の尻が瞬の腿の上から持ち上がり、背筋はビクビクと痙攣して反り返った。
顔は思い切り仰け反り、腰は逆に思い切り瞬の腰にくっつけている。
そのままぶるぶると痙攣したかと思うと、ガックリと脱力し、柔らかい尻たぶが男の腿の上に落下した。

「ああ……」
「ふう」

さすがに瞬も疲れたのか、息遣いが荒くなってきている。
響子の方も続けて三度も絶頂させられたせいか、激しい呼吸で乳房が大きく揺れ動いていた。
ドッ、ドッと鼓動の音が聞こえそうなほどに左胸が小さく跳ねている。
まだペニスは挿入されたままで、響子の膣襞が絡みつき、膣口は根元を強く食い締めていた。
愛液はもはや留まるところを知らず、瞬と響子の股間や脚を汚しただけでなく、シーツに大きな染みを作っている。
もうシーツでは吸い取り切れるようなものではなく、恐らくマットレスの中まで染み通ってしまっているに違いなかった。
響子が僅かに身を捩ると、まだ股間に違和感がある。
大きなものが中に入り、ゴロゴロしているのだ。

(三鷹さん……まだ出してないんだわ……。んっ……、ああ……ま、まだこんなに硬い……)

響子はすでにクタクタだったが、膣内でまだたくましい男根が入っていることを意識すると、絶頂して消えかかっていた肉欲がまたも燃え立ってしまう。
浅ましいと思う前に「まだ出来る」と思ってしまう。

「あ……」

瞬が仰向けの響子の上にのしかかってくる。
響子が目を閉じておとなしくしていると、彼は彼女を優しく抱きしめ、唇を奪いに来た。
響子はあっさりと唇を割り、咥内を許していた。
瞬の舌が入り込み、響子の舌を絡め取って吸い上げる。

「んっ……ちゅううっ……ん、んぶ……ちゅっ……ん、ん、んんっ……ちゅぶ……ん、んちゅうっ……」

瞬は、激しいだけでなく丁寧に響子の咥内を舌で愛撫していく。
舌先を器用に使って頬裏を擦り、歯茎の付け根を舐めるように這わせる。
響子は特に上顎の裏を刺激されると強い反応を見せ、「んんんっ」と呻きながら瞬の頭をかき抱き、彼の舌を強く吸い返してきた。

「ん、んぶっ……んんんっ!? ん、んむ、んむううっ……じゅっ……ちゅぶぶっ……んふ……ちゅうっ……んちゅ……」

ほとんど休むことなく濃厚なキスを続けたふたりは、さすがに息苦しくなったのか申し合わせたように唇を離した。
瞬は微笑んで響子を見たが、響子の方はキスにのめり込んでしまっていたことを思い出したのか、頬を赤らめて顔を逸らす。
その様子がいじらしく、何とも言えない愛らしさを感じた瞬は、響子の顔を両手で挟むと、再びキスを繰り返した。
響子は眉間に皺を寄せたが、すぐにまた取り込まれてしまい、左手で瞬の背を抱き、右手で後頭部を抱いて、激しいキスに応えていく。
キスというより、唇を女性器に見立て、舌を男性器代わりにした口同士のセックスに近い。

そんな官能的な口づけを数度交わし、響子は身も心も蕩けてしまう。
愛くるしく清楚な顔立ちだった響子の表情には妖艶ささえ漂ってきている。
響子の膣内に収まったままでゆるゆると動いてたペニスが張り詰め、膨張していく。
瞬は響子の両脚を持ち上げると、そのまま自分の両肩に乗せた。

「あっ……」

お腹を軸にして二つ折りにされる体位にされた響子は戸惑い、不安そうに瞬を見上げる。
瞬はその不安を解くように、響子の頬を撫でながら優しく言った。

「……初めてですか、こういう格好は」
「は、はい……」
「さっきの後背位もそうなんですが、この体位ですと奥まで届きやすいんです」
「……」
「出来るだけ妊娠の可能性を高めたいんです。多少苦しい体位かも知れませんが、お許しください」
「はい……」

響子は小さく頷くと、そっと顔を背けた。
苦しいというより恥ずかしいのだろう。
さっきバックで犯された時もそうだったが、何となくこの格好も動物じみたものを感じるからだ。
その上、瞬と響子の性器が結合しているところが、お互いに見えてしまうのだ。
瞬のものが自分の中に入っている、ということを胎内や膣だけでなく、その目で確認出来てしまうことが、貞淑な人妻の羞恥心を煽っている。

恥じらう響子の美貌をうっとりと見つめながら、瞬の腰が動き出す。
響子の真上から子宮に向かって突き通すような律動が始まり、響子はその深さと強さに大きく目を見開いて呻いた。

「ああっ……! す、すごい、深いっ……さ、さっきよりもずっと深い……あっ、そんな奥までっ……あうっ、いいっ……」

最初は肉棒が入ってくる深度に驚き、脅えていたものの、すぐにそこから強い快感を感じ取り、瞬との性交に没頭していく。
初めての体位と初めて届かされた深さに、響子は口をパクパクさせて喘ぎ、嬌声を上げる。
瞬に揉みしだかれる乳房は淫らに形を変えさせられ、乳首は痛いほどに勃起していた。
喉を仰け反らせっぱなしで喘ぐ響子の両脚を肩に乗せ、瞬は勢いをつけてその身体を貫いた。
突くたびに太腿が乳房を潰し、肩に乗った脚は大きく揺れ動く。あまりに深い突き込みに背中は丸まり、尻が宙に浮いた。

「いいっ……ああっ、た、たまんないっ……気持ち良いっ……やあっ、いいいっ……」

これが最後という思いがあるのか、あるいは少しでも瞬に対して情が移ったのか、愛情を感じていたのか。
響子は身体の芯からこみ上げてくる熱い愉悦を抑えきれず、我を忘れてはしたない言葉を口走っている。
これ以上ない悩乱ぶりで、恐らくは裕作とのセックスでここまで乱れたことはなかっただろう。

突き刺さってくる瞬のペニスを食い千切らんばかりに膣が締め上げるが、それをものともせずに激しく抜き差しされている。
ペニスに粘り着いた襞はめくれ上がり、また押し込まれて巻き込まれていく。
響子は、まるで内臓ごと瞬の肉棒も持って行かれるような錯覚を受けていた。
男の腰がググッと沈み込み、女の子宮を押し潰すように突き込まれる。
ぶるぶる痙攣する両脚の指がぐぐっと内側に屈まり、すぐにまた大きく外に反り返る。
子宮口に亀頭がめり込んだ感触に、響子は甲高い短い悲鳴を上げてまた達した。

「あはあっ! いっ、いいっ……きゃあうっっ……!!」

ガクンガクンと全身を痙攣させ、そのままぶるぶると震えている。
膣は「まだ射精しないのか」と抗議するかのように、肉棒をきゅううっと強く食い締めていた。
瞬はその甘美なまでの収縮に、やっとの思いで耐えながら響子の胸を軽く揉んだ。

「……またいきましたね」
「はい……。いってしまいました……、恥ずかしいです、こんな……」

絶頂した姿や顔を晒してしまったことを恥ずかしがるその仕草は、とても人妻とは思えない清楚さと愛らしさがあった。
肉体は熟しているのに、その心根や感情はまだ少女のような瑞々しさを保っている。
そのアンバランスさも、この女の魅力であった。

「でも私ばっかり……」
「あなただけじゃない、僕だって気持ち良かったし、今も気持ち良いですよ」
「でも……、三鷹さん、まだ……」
「そうですね。わかりました、じゃあ今度は一緒にいきましょう」
「はい……」

瞬の言葉に、響子は嬉しそうに微笑んだ。
この時ほど瞬は、響子を嫁に出来なかったこと、もっと言えばこの女をものに出来なかったことを悔いたことはなかった。
明日菜は純情で、瞬を愛してくれたし、尽くしてもくれた。
瞬も彼女が嫌いではなかったし、次第に情も移っていった。
しかし、どこかに「響子じゃなければ誰でも同じだ」という思いが、なかったとは言えない。
そう言う意味で死んだ明日菜には心底申し訳ないと思う。
遊んできた他の女たちにもそう思った。
こんな気持ちになったのは、今日が初めてである。
色々な意味で今回の件、そして今夜のことは瞬にとって大きな転換点になるだろう。
……もう手遅れではあるのだが。
万感の思いを込めて、瞬はセックスを再開した。

「あっ! あ、いきなり強いっ……ああっ……!」

しこたま腰を叩きつけられ、響子は喉を引き攣らせて喘いだ。
子宮を突き上げられ、亀頭が子宮口にぶつかっていく。
カリが狭い膣道を押し広げて襞を巻き込み、愛液を掻い出すようにして引き抜かれた。
強烈なピストンだが、響子は必死になってタイミングを合わせ、自分からも腰を使っていた。
肉棒が思い切り中まで入ってくると、自分も腰をグッと持ち上げて、出来るだけ深いところまで導く。
引き抜かれる時はお腹に力を入れて膣圧を上げ、膣口を搾ってペニスとの摩擦感を上げていった。
こうしたことは意識してやっているわけではなく、響子の身体が勝手にそう反応していたのだった。

「はあっ、いいっ……三鷹さんっ、いいっ……あうっ、もっと……ああっ、そう、そうですっ、そ、それくらい深くまで……ひっ……ああっ、奥に届くぅ……いいい……あはあっ……」

響子の媚肉は、ますます収縮を強め、ペニスを圧迫していく。
射精を促すと同時に、自らもペニスの硬さと太さを貪欲に味わおうとしている。
深く打ち込み、突き上げれば突き上げるほどに、胎内の肉層がうねってペニスに絡み、包み込んでいく。

響子の方も、ペニスが深々と潜り込んで来ると、そのたびに官能の波が打ち寄せ、喜悦の電流が子宮から身体の隅々まで走り抜けていった。
狂おしいまでの悦楽にもうどうにもならないらしく、響子はのたうち回っている。
嬌声を上げ、大きく喘ぎ、激しく首を振りたくり、握り拳を作ってベッドを殴りつけたり、あまつさえ瞬の腕や胸板を叩いていた。
次から次へと身体の奥へ送り込まれる快感は溜まる一方で、そうでもしないと発散できなかった。
発散しないでこのまま我慢していたら、快楽によって身体が内側から破裂してしまうような気すらしていた。

「いいっ……、か、感じるっ……感じちゃうっ……あはあっ……あ、あう……あううっ」

響子の性感が高まるだけ高まり、その反応は激しくなる一方だ。
当然、瞬のペニスへの締めつけも最高潮となり、彼ももう我慢のしようがなくなっていた。
そうでなくとも、響子が性に狂い、快楽を訴える喘ぎや言葉、そして自ら悦楽を求めて蕩けている美貌を見ているだけで、カウパーの噴出が止まらない状態なのだ。
その状態で、よく響子のきつい膣へピストンが続けられるものだと自分でも思う。

ふっと目眩がした。
また貧血気味になってきたらしい。
これ以上は体力的にも無理だ。
そう判断した瞬は、深く激しい突き込みから一転、抜き差しの距離は短いものの速度を上げた律動を開始した。
激しいことには変わりないが、これは響子をよがらせるため、いかせるため、というよりも、自分がいくための動きだ。
響子もそれを敏感に感じ取っていたが、その肉棒から来る強烈な快感は同じで、瞬と同じく追い込まれていった。
ペニスが膣口を出入りするたびに、じゅぶっ、じゅぶっと蜜が弾け飛ぶ音と肉がぶつかり合う音が響く。
リズミカルで力強い攻撃に、響子は口を開けっ放しで仰け反り、喘ぎ続けるしかなかった。突き込まれるタイミングで喘ぎ、引くと慌てて息を吸う。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、いいっ、ああっ、あっ、あっ、あっ、あああっっ!!」
「くっ……、ううっ……く、くそっ……」

瞬は高まっていく射精の感覚を抑え込み、最後の力を振り絞って響子にとどめを刺しに行く。
響子は仰け反ったまま何度も喘ぎ、尻をうねらせている。
瞬はそんな響子を上から抑え込み、彼女の腿が乳房を潰すまでその柔らかい身体を折り曲げさせて、深い挿入を行なっていた。

「あっ、あっ、ああっ、だめえっ……あ、だめ、もうホントにだめです、三鷹さん、ああっ……い、いく、ああっ、またいきそうっ……!」

瞬が、じたばたと暴れる響子の手を押さえると、響子は彼の手をぎゅっと握りしめた。ふたりは申し合わせたかのように指を絡ませ合い、しっかりと手を握り合う。

「いきますよ、響子さんっ……、子宮に僕のペニスでキスしてやる……、そこでたくさん出しますよっ……ぜ、絶対に孕んでください!」
「ああっ、はいっ……だ、出して! 早く出してぇっ……、私、もうっ……あっ、いくっ……はあっ、いくっ……い、いきますっ……!!」
「響子っ……!」
「三鷹さんっ……!」

瞬のペニスは根元まで埋まり、それでも飽きたらず腰が食い込むまで密着させた。
亀頭が響子の子宮口をとうとう突き破り、先が子宮内に入った瞬間に、瞬は欲望の白濁液を一気に放出させた。
子宮内へ直接射精された響子は、びゅるるっと勢いよく放たれた精液が子宮内壁に直撃するのを感じ取り、ガクンガクンと何度も仰け反った。

「うああっ、でっ、出てるっ……出てます……ああ……み、三鷹さんのが……ああ……お、奥に当たって……子宮に流れ込んできてます……いい……あああ……」
「くうっ……」

瞬は、響子の蕩けきった声を聞きながら、彼女の腰を引き寄せて密着させ、これ以上無理というところまで挿入し、なおも射精を続けた。
瞬は、新たな生命を生み出すべく、最後の力を振り絞る。
残った生命力のすべて精子に変えて、瞬は響子の子宮に流し込んでいった。
響子は、びゅくびゅくと亀頭から吐き出される精液を胎内いっぱいで感じ取り、ゾクゾクするような法悦を得て、続けざまに絶頂していた。

「あ、あうう、まだ出てる……すごい、こんなに出るなんて……あ、あは……いい……」
「ま、まだ出る……、くっ、まだ出るぞ……。響子さんのもまだ僕を締めつけてきますよ」
「……だ、だって、ああ……き、気持ち良くて……身体が勝手に、ああ……」

瞬は注げるだけ注ぎ込むと、ようやく響子から肉棒を抜き去った。
また、くらりと目眩がする。
意識が遠のきかけたが、響子の前で倒れるわけにはいかない。
瞬は何度も頭を振って意識を保つ。
まだ硬さの残ったカリが膣癖を引っ掻き、響子はぶるるっと腰をわななかせて呻いた。

ぬぷん、と、ペニスが抜け去ると、何だか大事なものがなくなってしまったような寂寥感に囚われてしまう。
肉棒が抜かれた膣は、まだそのことが認識できないのか、小さく口を開けたままでひくついている。
響子が呼吸するごとに、こぽっ、こぽっと愛液とミックスされた精液が逆流していた。
それだけ多量の注ぎ込まれたということらしい。

「……」

どちらからともなく身体を離し、瞬は響子の隣に横たわったが、ふたりはまだ手を繋いだままだった。
慎ましやかな人妻は、少し恥ずかしそうに小声で言った。

「……今ので……うまくいったかも知れません……」
「本当ですか?」
「あ……、わかりませんけど、何となく……」
「そうですか」
「だって……」

響子はなお一層に恥ずかし気に頬を染め、自分の下腹を優しく撫でながら言う。

「だって……私のここ……私の子宮、三鷹さんの出したものでいっぱいなんですから。あんなに出すなんて……溢れそうになってるんですよ」

響子はそう言って微笑み、瞬の手を握り返した。

──────────────────

それから三ヶ月後のことである。

響子の妊娠が判明したのは二ヶ月後であり、すぐさま瞬へ連絡が行った。
直ちに病院を手配され、響子の子宮内に宿した瞬の子は、そこで待っていた代理母の女性に移植された。
他の移植手術と同様に、ドナーである響子とレシピエントである代理母はその場限りの関係であり、顔を合わせることもなかった。
これは夫の裕作も同じである。
以来、響子と裕作は瞬とは連絡を取っておらず、その後どうなったのかも知らなかった。しかし、その一ヶ月後──二日前に連絡があり、取るものも取り合えず駆けつけている。

あの一件の後、ふたりの関係はぎくしゃくしたものとなってしまったが、それも徐々に解消し、今ではほとんど以前と同じ「仲の良い夫婦」に戻っていた。
恐らく、響子にとっては最後に瞬と寝た日──逆算すると、どうもこの日のセックスで本当に妊娠したらしかった──のことが大きく影響しているのだろう。
瞬に抱かれ、これ以上ない快楽を味わわされたものの、その前にきっぱりと「自分は裕作の妻であり、それは今後も変わらない」と宣言している。
これで響子は──多分、瞬も──吹っ切れて、最後のセックスに熱が入ったと思われた。

響子はどれだけ悦楽に溺れても、例えその夜で懐妊しなくとも、もう瞬と会うつもりはなかった。
それによって資金は得られなくなるが、もともと降って湧いたような話なのだ。
アテにしようとは思わなくなっていた。
自分に出来ることをやるしかないのである。

裕作も、小夏に会ったのはその日が最後となっていた(言うまでもなく、響子が帰宅した際に「もう瞬とは会わない」と告げたからである)。
響子と同じく、裕作もこの時の小夏とのセックスと会話が、その後の響子との関係に大きく関わっている。
小夏の言葉が裕作に示唆を与えた──と言ったら言いすぎだが、それで少なからず彼の心に響き、残ったのだった。
小夏とのセックスも、より響子を思い起こすこととなり「こんなことをしていてはいけない」と裕作を諭させることにもなっていた。
あの出来事全般は、平凡な人生を歩んでいたふたりにとってはあまりに大きな事象だったこともあり、さすがにまだ「今まで通り」とはいかなかったものの、それは時間が解決してくれるだろう。
互いに後ろめたさを持っていただけに、相手に対して攻撃的になることもなくなっていた。
そもそも相思相愛だったのだから、行き違いはあっても別れる、切れるというところまではいかない。
ぎこちないながらも、住人たちに気づかれる様子もなく、ごく普通に夫婦生活を送っていた。

そんなある日、ふたりはまた唐突に意外な人物の訪問を受けることになった。
響子と裕作は、日曜日だったその日、管理人室の縁側に並んで腰を下ろし、お茶を啜っていた。

「ん?」

まず裕作が目聡く気づいた。
門からこちらに向かって誰か歩いてくる。
続けて響子もそっちへ目をやる。

「誰でしょう?」
「さあ……、響子の友達?」
「いいえ……。あんまり見覚えありませんけど……」

そう言って響子は縁側を降り、彼女を迎えた。
まっすぐにふたりの元へ歩いてくるその女性を見て、裕作は思わず「あっ」と声を上げてしまった。

大口小夏──その人だったのである。

「? あなた、ご存じなんですか?」
「あ……、い、いや知らないけど」
「あのー」

そこへ彼女──小夏が割り込んで来た。

「あ、はい」
「えーと、五代裕作さん、と……、五代響子さん? ですね?」
「は、はい」

裕作も立ち上がり、びっくりしたように小夏を見つめた。
小夏の方は心得たもので「あなたなんか知りませんよ」とばかりに、すっとぼけた顔をしている。
そのお陰で響子も、小夏と裕作の関係には気づかなかったようである。
小夏はちらっと裕作の方を見たものの、すぐに応対してくれている響子に向かって言った。

「あの、わたくし……」
「あ……、こんなところでは何ですので、どうぞ中に……。あ、玄関はそちらです。スリッパがありますので履き替えて戴ければ……」
「ああ、いいんです。よろしければ、ここから上がらせてもらっていいですか?」
「あ……、そ、そうですか。構いませんよ、さあ、どうぞ」
「……失礼します」

響子はそそくさと部屋へ上がり、小夏を導いた。
小夏は縁側に腰を下ろしてパンプスを脱ぎ、それをきちんと揃えてから、響子を追うように上に上がった。
呆気にとられていた裕作は、小夏が上がるのを見届けてから慌ててサンダルを脱いで座敷に上がる。

「……」

小夏は響子がお茶の用意をしている間中、正座したままじっとしていた。
正面右側に裕作がいるのだが、彼には目も合わせなかった。
これは裕作も同じで、この場で小夏に対してどんな顔をすればいいのかわからなかった。
出来れば、茶の支度は自分がするから、響子が相手をして欲しいと思っていたくらいだ。
小夏は、響子が座に着くと茶を勧められる前に言った。

「……突然、お邪魔しまして」
「あ、いいえ……」
「わたくし、大口小夏と申します。三鷹の家の代理人として伺いました」
「え……」
「三鷹さんの……」

驚いているふたりを見てから、小夏はすっと座を外し、丁寧に手を突いてお辞儀をした。

「……先日は三鷹瞬の葬儀にご参列いただきまして、誠にありがとうございました」
「いいえ……。このたびはご愁傷様でした……」

瞬が亡くなったのは三日前のことである。
三鷹家から連絡があり、ふたりが告別式に行ったのが二日前だ。
その時、棺の中にいた瞬を見たのがあの日以来のことだったのである。
事情が事情なのでふたりとも賓客扱いで、大勢いた他の列席者とは別格だった。
大勢の会社関係者や親戚縁者を差し置いて席も最前列だったし、焼香の順番も早かった。
かえって居づらい雰囲気だったこともあり、早々に辞去したのだった。
確か、その時には小夏の姿はなかったと思う。

小夏が頭を上げて座り直すと、響子がすかさず茶を勧めた。
裕作の方は、まだまともに小夏を見られない。
小夏はそれを気にした様子はなく、ほんの一口だけお茶を飲んだ。

「あの……」

まず切り出したの響子だった。

「何でしょう」
「……もう私たちには関係のないことなんですが……、お子さんの方は……」
「ああ、はい。順調ですよ。ご心配なく」
「そうですか。で、今は……」
「ここにいますよ」
「は?」

響子がきょとんとすると、小夏は自分の下腹部を見下ろして、愛おしそうにそこを撫でた。

「……ここです。実は、わたくしが奥さまから受け取った三鷹の子を引き受けることになったんです」
「えっ」
「こ、小夏さんが!?」

思わず裕作は名字ではなく名前の方で言ってしまったが、響子は小夏の発言に驚くのに精一杯で、そこまで気が回っていないようだ。
小夏は、そこで初めて裕作を見てにっこりと笑った。

「ええ、本当ですよ。……大事にしています、この世に三鷹が生きていた唯一の証なんですから……」
「そうですね……」
「……」

相変わらず口の利けない裕作に代わり、響子が聞いた。

「それで、あの……今日はそのことをわざわざ知らせてくださるために……」
「あ、すみません、本題がまだでした」
「本題?」

小夏はヴィトンのセカンドバッグから白い封筒を取り出し、テーブルに置いてからふたりの方に差し出した。
「……例のお礼です。お受け取りください」
「あ……」

礼金のことだ。さすがに響子はすぐに手を出しかねていたようだったので、裕作がそれを受け取った。

「ありがとうございます……。では、中を検めさせていただきます……」
「どうぞ、ご確認ください」

裕作が手にした紙片を響子も覗き込む。
封筒の中には一枚の紙切れが入っていた。
小切手である。
そこには支払い銀行と支店の名前があり、振出人として亡くなった瞬の名が記載され、実印が捺されてある。
そして金額として──50,000,000円と記入があった。
約束通りの金額だ。
裕作と響子は顔を見合わせた。

「……」

これでいい。

これでいいのだろうか。

確かに響子も裕作も「犠牲」を払い、瞬は「利益」を得ている。
その引き換えとしてのカネである。
約束通り、契約通りの内容であり、何も問題はないはずだ。
強いて言えば違法行為ではないものの、倫理的に後ろめたいことをしていたのは事実だ。
だが、それを今言っても致し方あるまい。
小夏がセルフレームの眼鏡に手をやり、事務的な口調で言った。

「……よろしいでしょうか? であれば、そちらに受領印をいただきたいのですが」
「あ、はい、わかりました」
「……」

響子が箪笥の引き出しで印鑑を探している間──捨て印ならともかく実印など滅多に使わないため、ふたりともどこにしまったかあやふやなのだ──、裕作は小夏を見つめていた。
スーツに身を固め、眼鏡に手をやる小夏を見ていると、裕作の知っている彼女とはどうにも釣り合わなかった。
北海道でもあの時でも、小夏は自由奔放な感じで、明るくとっつきやすい印象だった。

だが今の彼女は全面に「お仕事!」というイメージを押し出している。
眼鏡が、裕作の知っているメタルのトンボ眼鏡ではなく、いかにもキャリアウーマンといった感じの角が取れたスクエア型のプラスチックフレームだ。
堅そうで、ややもすると少し醒めている──冷たそうな感じすらした。
髪型こそ同じだが、服装や眼鏡が違うだけで、女というのはここまで変わるものかと要らぬ感想を持った。

響子が持ってきた実印を確かめ、裕作が息を飲んで押印する。
何しろ、こんな金額を扱うのは初めてであり、最後になるだろう。
かなり緊張して、判を押す手が少し震えた。
響子も、その瞬間を息を飲んで見守っていた。
小夏だけは終始冷静で、押印した受領書を確認すると、小切手を入れてきた封筒にそれを収めた。

「ところで……」

本来、ここで小夏の役割は終わったはずだ。
だが彼女は立ち去るでもなく、新たな話をふたりに切り出した。

「……そちらの内輪のお話でしょうし、差し出がましいとは思うのですが……」
「……?」
「何でしょう?」
「そのお金を、このアパートの建て替えにお遣いになる、というお話を伺ったのですが……」

ふたりはきょとんとして小夏を見た。

「は、はあ、そのつもりなんですが……、でも、なぜそれを……」

裕作の問いには答えず、小夏はさらに質問を重ねる。

「もう、どこかの工務店やハウスメーカーの方にご相談なさっていますか? お知り合いの工務店がある、とか……」
「いいえ……。事前に不動産屋さんにお話を伺ったりはしましたけど、具体的には何も……」

それを聞くと、小夏はにっこりしてこう言った。

「でしたら、そのお話を詳しくお聞かせ願えませんでしょうか」
「はあ……」
「どういうことでしょう?」
「あ、すみません、申し遅れました。実はわたくし、こういう者でして……」

不審がる響子と裕作に、小夏は名刺を差し出した。
こういうことに慣れていない裕作は、軽く会釈して両手でかしこまるようにそれを受け取る。

「まあ、これって……」
「……小夏さん……、じゃない、大口さん、ここに勤めてたの?」

小夏の名刺には、大手の住宅メーカーの名が刻まれていた。
この手のことには疎いふたりも、この会社の名前くらいは知っていたし、テレビCMでも見かけたことがあった。
そう言えば、裕作も小夏と再会した時にも彼女が今何をしているのか、どこに勤めているのかは聞きもしなかった。
互いにあまり干渉するのはよくないと思っていたからだが、まさかこういう形で関わってくるとは思いもしなかった。
小夏は裕作の言葉を受けて、さらににこりと笑顔を見せて言った。

「はい、そうなんです。そこにも書いてあります通り、わたくし、営業を担当しておりまして……。よろしければお話だけでもお伺いしたいのですが」

瞬との関わりから得た情報と、裕作との個人的関係を利用した仕事であり、あざといなという気もするが、営業とはこういうものなのだろう。
それに、裕作もそういう小夏に対して、あまりネガティブな感情は持たなかった。
彼女らしい、ちゃっかりしてるな、と苦笑を浮かべたくらいである。

ふたりは戸惑いながらも、一刻館とそれを取り巻く環境、及び改装、建て替えについて、大雑把に説明した。
聞き上手の小夏らしく「そうですか」「大変ですね」などと合いの手を入れつつ、肝心な部分は詳細を求め、自分なりにまとめることが出来たようである。

「……なるほど。では……、相続すると仮定した場合の相続税は……、大体このくらいだと思いますね。まあ、わたくしの拙い知識から導き出した額なので正確ではないと思いますが……」

そう言いながら、小夏はバッグから取り出した小さな電卓を叩いて、その額を響子たちに表示して見せた。
弁護士の十河が言っていた額と概ね同じくらいである。
信用出来そうだ。
響子らが納得したような表情になったのを確認してから、小夏はさらに続ける。

「ということは、残額でこの建物修復に当てるということでよろしいですね? 耐震・耐火補修の他、お部屋を少し広くしておトイレと部屋風呂を設置……、と。これは……、そうですね、ユニットバス形式ならお安く上げることも可能ですね。あ、それに耐震・耐火補修に関しては、自治体からの助成金も出るから……、そうか、なるほど、すると……、大体、残金で賄える額なんだな……、瞬のやつ、そこまで見越したか……」
「は?」
「いいえ、何でもございません」

後半の独り言を気に止めたような素振りを見せた響子たちに、小夏は笑顔で首を振った。
そして、思い出したように天井を見、そして室内をぐるりと見回した。

「……つかぬことをお伺いしますけど、おふたりはこのお部屋でお暮らしになってるわけですよね?」
「は? まあ、そうですけど……」
「うーん、まだご新婚さんでいらっしゃるし、今のうちはここでもいいでしょうけど、将来お子さんが出来たら少々手狭ではないかな、と」
「あ、ああ、それは考えていたんですよ、なあ響子」
「ええ……。建て替えのお話が出た時に、ついでにここをリフォームしようかとも思ったんですけども……」
「ええ……、でも、その、やっぱ「先立つもの」がね……」

そう言って裕作は響子の顔を見て苦笑した。
確かに瞬から得た五千万は大きかった。
あのお陰で一刻館問題はほとんど解決したのも同然だからだ。

とは言え、いかに大金とは言え、五千万ではこのオンボロアパートをリフォームするだけで精一杯なのも事実だ。
出来れば裕作たちの居住区も部屋数を増やしたいと思うのだが、さすがに無理な注文だった。
だが、裕作の言葉を聞いて小夏が「あ」という表情をして、またバッグから何やら取りだして見せた。
その仕草が少しわざとらしい、何やら演技掛かっているように見えたのは気のせいだろうか。

「……すみません、忘れてました。こちらもお渡ししないと……」
「何です?」

さっきとは別の封筒を受け取った裕作はその中に入っていた紙片を見て驚いた。
また小切手だったのである。
額面は一千万円だった。

「こ、これは一体……」
「ああ、お礼だそうですよ」

驚く裕作と響子に、小夏は事も無げにそう答えた。

「お、お礼ならいただきました。なのに……」
「先ほどのは生前の三鷹瞬との約束のお金です。そちらは三鷹家からの謝礼だそうですよ」
「三鷹家……からの?」
「はい。わたくしは詳しく存じませんが、何でも亡くなった瞬の遺品を整理しているうちに、また少し資産が出てきたんだそうです。定期預金だったようですが、10年くらい前に開いた口座だそうで、瞬自身、多分、この口座のことは忘れていたんでしょう。割とお金には無頓着な人でしたから。ふふっ、実家がお金持ちだとそういう子になるんでしょうかね?」
「はあ……」
「で、三鷹家でもこれをどうするか考えたらしいんですけど、瞬の遺志を継ぐという意味で、あなた方にお譲りするのがいちばん良いんじゃないかという結論に至ったそうです。一千万ものお金をそんなことであっさり譲渡しちゃうんですから、お金持ちの感覚はわかりませんね」

小夏はそう言って「うふふ」と笑った。
どこか悪戯っぽいところがあるのは、まだ何か隠しているのかも知れない。
そうは言われても、響子たちは「そうですか」と気軽に受け取るわけにはいかない。
小夏の言う通り大金だし、もう約束通りのお金は受け取っているのだ。
お人好しの夫婦は、これを「不労所得だ」と言って喜んで受け取るような心根は持っていない。

「いや、でもこれは……」
「はい……、受け取れません。もう大金を戴いているわけですし……」
「そう言わず、お受け取り下さい」
「でも……」

そう言った押し問答が少し続いてから、小夏が突然口調を変えて言った。

「私があげるんじゃなくて、三鷹の家があげるって言ってんだから受け取っときゃいいのよ」
「……は?」
「別に五代くんたちが要求したわけでもないしさ、向こうは向こうなりに考えてくれてるんじゃない? 瞬はさ、親御さんに子供を残すことは伝えていたみたいだけど、こういう形で、とは知らなかったみたいでさ。すべての事情を知ったのは、響子さんからあたしに受精卵が移植された時なんですって。親御さん、だいぶ怒ったらしいわよ、瞬を。もう死んでいくしかない息子が最後の願いを叶えたいという切実な思いも理解はするけれど、そのために無関係な……無関係ってこともないんだけど、響子さんやあたしを「犠牲」にするようなやり方には忸怩たる思いを感じていたようね。ま、あたしは別に「犠牲」になったって自覚はないんだけどね」
「……」

裕作は慣れていたが、響子の方は小夏のしゃべくりに圧倒され、口を挟むことも出来ないようだった。
口調がタメ口になり、裕作のことを「五代くん」と「くん」付けで呼んでいることも気が回らない様子だ。

「それでさあ、これはやっぱり瞬だけじゃなくて、三鷹の家からも何か誠意を示した方がいいんじゃないかって。瞬のしでかしたことではあるけれど、それは三鷹家のことを考えてのことでもあったわけで。そうなると三鷹家としても知らんぷりは出来ないってことじゃない? あの親父さん、調子は良いけど基本的には善人だからね。そういうことが気になるんでしょう」
「あ……、そ、それはわかりましたけど……。でも、大口さん、あなたも……、私と同じ立場……というより、これからはあなたの方が大変です。だったら、このお金はあなたが……」
「……ふうん。奥さんも優しいんだね」

小夏は姿勢を崩して両手の肘をテーブルに着き、組んだ手の上に顎を乗せて言った。

「五代くん、幸せだね」
「……」
「あ、あの……」

言葉を返せない裕作に代わり、響子が何か言おうとしたが、すぐにそれを抑えるように小夏が言った。

「あたしのことを心配してくれるのは有り難いですけど、あたしだってそこまでお人好しじゃありません。これは……、聞かれなければ言わないつもりだったんだけど、あたしも瞬からのお礼とは別に、三鷹家からも謝礼を受け取ってますから」
「あ……、そ、そうなの?」
「もちろん。あ、でも三鷹の家がそれを特別に用意してくれたわけじゃなくって、五代くんたちと一緒。つまり瞬の忘れてた定期預金の一部を戴いてるわけ。金額については……、そこまで言わないでもいいでしょ?」

呆気にとられている裕作たちを尻目に、小夏はどんどんと話を進めていった。

「んで……、これだけお金があればリフォームも可能だと思いますよ。そうね……、あの縁側部分を取り壊して庭の方にお部屋を増築しましょうか。二部屋くらいは出来そうだし。で、縁側と廊下を造り直して……、うんうん、多分だいじょーぶ、お金は足りるって」

そこで小夏は急に顔を作り、営業用の表情となった。

「いかがでしょう、当方にもお見積もりさせていただくわけにはいかないでしょうか? わたくしでは詳細までわかりませんので、今度専門の者を連れて参ります。それで今一度お話をさせていただくということでよろしいでしょうか?」
「ええ、それは……」
「も、もちろん構いませんよ。いえ、是非お願いします」
「ありがとうごさいまーす。私が担当しますんで、手抜きとかいい加減な施行はさせませんよ、ええ。それに五代くんの家になるんだしね、任せて!」

小夏がそうまとめると、三人は笑い合った。



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