「あう……」

半勃ちしたペニスのカリで肛門を引っ掻かれ、響子はぶるっと震えた。
まだ締まりきらないアヌスが愛らしかった。
呼吸するようにヒクヒク蠢き、さっき瞬が出した精液がこぽりと逆流している。
それを見ていると、すぐに男根に力が籠もってきた。
瞬はぐったりしている響子を裏返し、仰向けにした。
そしてその上に覆い被さっていく。
響子はぼんやりと薄目を開けた。

「あ……な、何を……」
「今度はちゃんと前の方でやってあげますよ」
「ま、前って……」
「お尻じゃなくてオマンコです」
「そんな……もうだめです、三鷹さん……私には主人が……」
「何をいまさら。さっきは、お尻はいやだけど前ならいいと言ったじゃありませんか」
「あ、あれは……」

響子は唇を噛んだ。
肛門を嬲りものにされるよりマシだと思ったからそう言ったのだ。
なのに瞬は、嫌がる響子のアヌスを犯した。
その上で媚肉も犯すというのだ。
これ以上、裕作を裏切れない。
見知らぬ男に凌辱されるのもイヤだったが、瞬のように知らない関係ではない男に犯されるの
は、また別の恥辱があった。

「もう僕は心を悪魔に売った」
「三鷹さん……」
「だから好きなことをやります。響子さんもそのつもりで」
「だめです、三鷹さん……奥さまが……」
「妻のことは言うな!」

瞬はきつい声を出して響子の言葉を封じた。今は妻や家庭のことは忘れていたいのだ。

「こっちをやらないと抱いたことにはなりません。響子さん、僕はあなたとこうなるのが夢だ
った」
「三鷹さん……」

響子も昔を思い出す。
瞬にホテルへ呼び出され、鍵を渡され、決心がついたら部屋にきてくれと言われた。
瞬は、響子が来てくれるまで部屋で待ち続ける、とまで言っていた。
ありがたかった。
そこまで好きになってくれていることに感謝した。

だが、その時はもう、響子の心は裕作のものだったのだ。
響子は謝辞した。
瞬もそれを受け入れた。
だからこそ響子は、瞬に対してひとつも悪いイメージを持っていなかった。
紳士的という言葉を絵に描いたような瞬が、なぜこんな狼藉をはたらくのかわからなかった。

「だが、もういい。こうして響子さんは僕の腕の中にいる」
「……」
「いいですね?」
「い、いや……だめです、あっ……」

アナルを犯され気をやらされた響子の媚肉は、もうぬとぬとだった。
瞬の熱いものが押し当てられるとピクンと腰を引く動作をしたものの、そのまま中に侵入さ
れた。

「あ……あう、む……んんっ……」

さっき射精したばかりとは思えないほどのたくましいものが、狭い膣道を占領していく。
窄まっていたそこが、肉棒の形に拡げられていった。
響子は強烈な圧迫感で呻いていた。
だが、苦しいだけではない。何とも言えぬ充実感とともに、身体の芯からは得体の知れぬ──
それでいて何度も味わっていた甘い痺れがこみ上げてくる。

瞬も感無量だった。
学生時代以降、自慰知らずだった彼が唯一オナニーのおかずにした女を、とうとう犯している
のだ。
そして、その女も満更感じていないわけではなさそうだ。
それは中に入ったペニスにはよくわかっている。
響子の分泌する愛液は、もう「液」ではなく「蜜」と言いたいくらいに粘っていたのだ。

「あううっっ……」

瞬の先端が子宮口に到達すると、響子は軽くいった。
始めは痛いだけだった子宮責めも、百瀬に開発されて、そこを責められると泣きそうなほどの
快楽を得るようになっている。
あっさりと絶頂してしまった響子は、その余韻に浸る暇もなく、瞬のたくましさを感じさせら
れていた。

(ああ、なんて大きい……どうしてみんなこんなにたくましいの……)

百瀬や五十嵐、そして瞬も人並み外れて巨根に感じられた。
百瀬はともかく、他は裕作と比較しても大差なかったかも知れない。
ただ、五十嵐にせよ瞬にせよ、いつも以上に男根が勃起していたことは確かだった。
もちろん響子の色香に当てられたからである。
つまり、響子がいつも大きな肉棒で責められるのは、彼女自身の影響でもあった。

「あうう……深い……深い、です……ああ……」

響子の柔らかい下腹に、瞬の引き締まった腹筋が当たっている。
男女の腰は密着していた。
瞬は腰を捩って、根元まで埋め込んだのだ。
気をやった余韻でピクピクしている腰を押さえ込み、瞬はゆっくりと律動を始めた。

「ああ……あっ……だめ……し、しないで……ああう……」

ゆっくりと慎重な、しかし奥深くまで確実に貫いている男のペニスに、女体は突き上げられた。
ずん、ずん、と子宮口まで届かされると、そのたびにガクガクと全身が揺れる。
瞬はことさらピストンを速めなかった。
じっくりと響子の膣を味わい、自分の男根を憶えさせるためだ。
同時に、あまり調子に乗って責めると、瞬の方がもたなくなりそうだったこともある。
まだ本気で責めてもいないのに、媚肉とペニスの隙間からは粘った汁がひっきりなしに漏れ
てくる。

「い、あ……あっ……あうっ……ああ……いっ……」

明らかに喘ぎ始めた響子に気をよくした瞬は少し落ち着いた。
目の前に、蠱惑的に揺れているふたつの見事な肉球があった。
瞬は響子の乳房に手を伸ばした。
とろけそうに柔らかく、それでいてよく張った素晴らしい乳房だった。
瞬は、夢にまで見た響子の胸をじっくりと念入りに揉んだ。
握りしめると、指の間から肉が溢れた。

「ああ……む、胸は……」

人妻も、男の愛撫に困惑しながらも悶えていた。
力強い指がぎゅうぎゅうと揉み潰すように乳房をこねてくると、その快感を敏感に感じ取る。
快楽が乳首に集中に、きゅーんと固くなるのがわかった。

そこを熱い舌が襲ってくる。
ねっとりと舐め回し、舌先を硬くしてこねくり回し、屹立した乳首を柔らかい乳房に埋め込む
ように押し潰す。
胸肉が、乳輪を中心に瞬の唾液にまみれる頃になると、響子の口からははっきりとして喘ぎ声
すら出ていた。

「あっ……そんな……あああ……あ……」

響子の中にも葛藤はあった。
「三鷹さん、やめて」という思いと、「もっとして、強くして」という思いである。
しかし、責められるたびに背を反らし、グッと胸を瞬に押しつけるような仕草を見れば、どちら
が勝っているか一目瞭然だった。

「んんっ……はああっ……だっ、め……ああっ……」

すぐに感じ始めた。
半年近くに渡る百瀬らの激しい調教によって、肉体の隅々まで開発されていた人妻は、いとも
あっさりと男の手練に降ってしまう。
「感じてはいけない」「いってはだめ」と決意しても、最後には徹底的に感じさせられ、思い
切り気をやらされてしまうのだ。

感じるのを我慢する、いくのを堪えるというのは、気力・体力ともに消耗する。
そして最終的にはいかされてしまうのだから、疲労は倍加するのだ。
もう身体がそのことをすっかり知覚していた。
感じるのを耐えるのは無駄だと覚え込んでいた。

瞬も、もう我慢出来ず、響子の肉感的な太腿を抱えると強く腰を打ち込み始めた。
突如襲ってきた力強い攻撃と、それによって引き出される愉悦に、人妻は戸惑い、喘いだ。

「ああっ、だめっ……そ、そんな強くしちゃあ……動か、ないでっ……あっ……あはあっ……」

本調子になってきた肉棒の責めに、膣も積極的に応えだした。
ぐうっと勢いよく突き込まれると、それを逃がさないかのように襞が煽動し、押し包んでいく。
へばりついた襞を引き剥がすようにペニスが抜かれると、気を飛びそうな快感が響子を包む。

「ひっ……だ、だめっ……だめ、もうっ……ああ、いいっ……」

肉棒が子宮に何度も打ち込まれると、響子は全身が震えるほどに感じてしまう。
どうしてもセックスの喜悦に飲み込まれてしまう。
瞬の性器が響子の性器に叩きつけられ、性の城壁を打ち破ると、中で滾っていた熱い官能が一気
にあふれ出した。
子宮口を突き上げられると、頭の中で小爆発が起こる。
まるで子宮が脳神経に直結してるかのような錯覚を受けるほどだ。

喘ぐ人妻は美貌を歪め、苦しそうにもがいていたが、少しも見苦しくなかった。
凄絶なほどの美しさと圧倒されそうな色気に溢れ、見ているだけで射精しそうになる。
それを振り払って瞬は責めた。
言葉も使った。

「どうです響子さん、気持ちいいんですか?」
「いいっ……ああ、いいですっ……」
「どこがそんなに気持ちいいんです」
「ああ……あ……」
「言うんです。オマンコいいって」
「そ、そんな……」

野卑なヤクザに言わされるのではない。
三鷹瞬の前で言わされるのだ。
それだけはいやだと思ったものの、瞬の突き上げに耐えきれず屈服する。

「お、おま……こ……いいっ……」
「ちゃんと言うんですよ!」
「オマンコっ……」

人妻は無我夢中で恥ずかしい言葉を口にした。

「ああっ、オマンコいいですっ……ひぃっ……」
「それでいい。じゃあもうひとつ、僕と五代くんはどちらがいいですか?」
「そ、それは……ああっ……」

もう答えは出ているようなものだった。
しかし、それを響子の口から言わさなければ意味はない。
肉悦に浸りきった人妻は、もう言うなりだった。

「あ、あなたの方が……」
「もう一度!」
「ああっ、み、三鷹さんの方が……いいっ……」
「そうです、僕の方がいいはずだ」

瞬はそれを聞いて、本当に響子をものにした感じがした。

「何がそんなにいいのかいいなさい」
「あああ……ああ、いっ……」
「いいのはわかりましたよ。何がいいんですか」
「あ、あはっ……三鷹さんの……あうう、おち……ん、ちんが、いい……」
「もっとはっきり!」
「あむうっ……ひっ……あ、あなたの……三鷹さんの、おちんちんが、ああっ……おっきいの
が、な、中を……奥を抉って……あああ……奥をゴリゴリして、ああっ、すごいっ……か、感
じますっ……」

膣内だけでなく、上半身からも絶え間ない快楽が与えられている。
揉みくちゃにされている乳房は、瞬の大きな手の動きで薄紅に染まっていた。
乳首は激しく動き、嵐の中の小舟のようだ。
響子が大きく胸を反らせる。
もっと揉んでとせがんでいるかのようだ。
そして腰も動き始めた。
瞬の突き込みに合わせ、自らも腰を振ってきていたのである。

「あっ……ああ、いい! か、感じる……感じますっ……ひっ……こ、腰が勝手に……ああ、
もうどうにかなるっ……」

性の深淵に沈み込み、もう感じていることを隠そうともしない人妻は、口の端からよだれすら
垂らし始めた。
そんな響子の唇に欲情した瞬は、有無を言わさずそこに吸い付いた。

「むむっ……ん、んじゅっ……はんむ……んむ……むむ……ん、ちゅるるっ……」

一瞬驚いたような顔をした響子だったが、拒む気力もはね除ける意志もなかった。
覆い被さってきた瞬の口を受け入れ、咥内まで許した。
呼吸のため一端口が離れ、また近づいてくると、今度は響子の方から吸い付いていった。

「ちう……じゅううっ……んんん……ん、れろっ……んじゅるっ……むむう……」

男女は互いに舌と唾液を交換した。
男の舌が中に入ると、女は嬉々として受け入れ、積極的に舌を絡ませてきた。女の方も男の
咥内に侵入し、その粘膜を貪るように味わっていた。

響子は縛られていたわけではない。
手足は自由だった。
最初は拒むように瞬の胸を押し返していた細腕は、いつのまにか彼の背中に回っていた。
キスしている間は、瞬の頭を抱え込んですらいた。
長く細く、それでいて肉のよく乗ったしなやかな脚も、男の腰に巻き付いている。

両者が受け入れ合った完全なセックス。
瞬は夢を見ているかのようだった。
鋭すぎるほどの性反応、そして妖しく喘ぎ続ける美貌に我慢が出来なくなる。

射精したい。
この女の最奥に──子宮に向かって精液を出したかった。
そう思うともう抑えが利かず、瞬は腰に絡みついた響子の脚を振りほどき、蠢く女腰を抑えた。
本格的な律動を行うためである。
突如はじまった猛攻に響子は、よがりながらも焦った。

「ああ、だめえっ……そっ、そんなに激しくっ……激しいっ……あ、も、もう、いく……いっ
ちゃいますっ……」

もう本当にいく寸前らしく、響子は腰をぷるぷると痙攣させていた。
それだけでなく、膣の中もびくびくしている。
もちろん締めつけも今までになくきつい。

射精を促す人妻の甘い攻撃に何とか耐え、瞬は音がしそうなほどに強く抉り抜いた。
抜き差しするごとに響子の愛液がしぶき飛んだ。
襞に溜まった蜜が引き出されているのだ。
奥へ奥へと激しく突き上げ、子宮を虐められるごとに人妻はよがった。
いく、いきたい、と叫んだ。

「ほっ、ほんとにだめっ……い、いいっ……い、きそうっ……いっ……く……す、すごいのが
……来るっ……来ちゃうううっ」

膣と子宮が産み出す恐ろしいほどの快感に響子は気死寸前だった。
もう、どうなってもいい
。中に出されてもいい。
事実、膣内は明らかに射精を求めて蠢いているのだ。
飽くことなく繰り返される肉の攻勢に人妻は到達した。

「い……ちゃうっ……い、いっくう……いっ、く……いきますっ!」

響子の裸身がガクガクッと大きく痙攣した。
のしかかる瞬の身体を跳ね飛ばすほどだった。
それに応じた痙攣は膣にも発生し、一層強く瞬のペニスを引き絞った。
堪え切れぬ射精感に、瞬は腰を押しつけて響子の子宮口にペニスを密着させると、そこで思い
切り射精した。

どっびゅううっ。
どぶどぶどぶっ。
びゅるるっ。
びゅるっ。

信じられないほどの快感が瞬を襲い、腰が痺れるほどの震えが来た。
尿道が痛くなるほどの勢いと量の精液が、ひしめきあって尿道口へ向かい、噴出し、響子の
子宮にぶちまけられた。
びゅるっ、びゅるっと射精され、子宮に精液をひっかけられるごとに響子は全身を震わせた。

「はああっ……で、出てるっ……お、お腹の奥に……子宮に熱いのが……濃いのがいっぱい…
…あ、赤ちゃんにかかっちゃう……ああ、いい……だ、だめ……ま、また、いっちゃう……」

響子は、粘い白濁液が胎内で弾け飛んでいるのをはっきりと自覚した。
瞬の方も呆然としていた。
射精が止まらないのだ。
まだ出続けている。

びゅるる。
びゅくっ。
びゅびゅっ。

(くっ……止まらない……なんだ、この感覚は……)

射精の発作が止まらず、瞬は腰を振り続けた。
永遠に続くかと思われた射精をようやく終え、一滴残らず響子の中に注ぎ込むと、瞬はそのまま
彼女の上に被さった。
響子の方は、あまりの快感に失神したらしく、腰などをぶるるっと痙攣させ、荒い息をついては
いるが、もう反応はなかった。
瞬はその美貌を両手で抱え、気を失った響子の口をまた強く吸った。

──────────────

こうして響子は三鷹家の別荘に監禁された。
いや軟禁だろうか。
拘束されているわけではない。
室内に限ったことではあるが、行動は自由である。
ただ、ドアの外から施錠されて外に出られないだけだ。
窓も同様である。
もちろんガラスを割って逃げ出すことは出来ようが、そこまではしなかった。

当然だった。
響子は素っ裸だったのだ。
一糸まとわぬ姿で閉じこめられているのだ。
室内はエアコンで適温に設定されていたから、風邪を引いたりすることはなかった。
部屋には簡単なパントリーもあり、食料もあった。
冷蔵庫やレンジなども揃っていたから、食うには困らない。
まさに「飼われている」のであった。
やることと言えば、瞬が訪れた時のセックスのみである。

「あ……ああっ、み、三鷹さん、もうやめ……ああっ!」

瞬に犯されながらも、響子は男たちの尽きることのない性欲に戦慄している。
なぜこうも女体に──自分の肉体に執着するのかわからなかった。
どの男たちも嬉々として響子を犯し、辱めた。
響子の全身を舐め回し、肉をこねくり、揉み上げ、穴に性器を突き入れる。
どれもが恐ろしいほどにそそり立ち、大きかった。
入れる女穴は膣とばかりは限らなかった。
肛門も口も犯された。

男たちは狂ったように響子に精液を浴びせた。
響子の美貌や整ったボディにそそられたのか、それとも人妻を犯すという背徳の行為に昂奮し
たのか。
恐らく、その両方だったろう。
男どもは例外なく響子の中に射精することを好んだ。
中には、前戯的に顔や乳房に射精する者もいたが、そうした男も、最後にはほぼ必ず胎内に
精液を放っていた。

響子は「精液をかけられる」感覚も、「中に出される」感覚も身体で覚えこんでいた。
身体にかけられた精液は、湯気が立ちそうなほどに熱く、ぬとついていた。
少し時間を置くと、それがべたべた、ペタペタとした気色の悪いものになる。
そして最後にはパリパリに乾き、肌が突っ張る。
匂いはいつまでも残った。
熱いシャワーで洗い流しても、響子の鼻腔には、あの生臭い男臭が残っている。

飲まされる感覚もたまらなかった。
粘っこい白濁液をムリヤリ喉に注ぎ込まれる。
吐き出すと折檻されるので、なんとか飲み下すのだが、いくら嚥下しても喉や食道に粘った精
液がこびりついているのだ。
響子が飲み干すと男どもは一様に満足し、必ずと言っていいほど「うまかったか」と聞くのだ。
こんなものがおいしいわけがないのだが、ウソでも「おいしかったです。もっと飲ませて」と
言わねばならない哀しさを、男はわかってくれない。

アヌスに射精される感触が、やや変化してきていることに響子自身困惑していた。
最初はおぞましいだけだった行為なのに、百瀬によって徹底的なアヌス調教を施され、彼が目
を見張るほどに成長し、しまいには浣腸で絶頂してしまうほどになっていた。
そこまで開発された響子の肛門が、腸内射精に耐えられるはずもない。
アナルセックスで直腸に射精されてイクようになるまで、さほど時間はかからなかった。

そして中出し。
胎内の奥深くで、男の熱いエキスを浴びると、響子は全身が震えるような感覚を覚える。
これが男の精液だと思うと、子宮がキューンと痺れるように感じる。
どろっとした濃い精液を子宮にひっかけられると、響子は至上の快楽とも見える恍惚とした
表情を見せるのだ。
いやでいやで仕方がなかった膣内射精で、否応なく気をやらされる事実は否定できなかった。
響子は、中で射精されるたびに、粘った精液から牡の元気の良い精子が跳ね飛んで、自分の
子宮へ入っていく様子を想像し、絶望と喜悦の涙に濡れるのだった。
身体全体が百瀬好みに──男好みに作り変えられていった。強制フェラや肛門性交という
アブノーマルな行為にもすっかり慣らされてしまっている。
あさましい、いやらしいという思いを、狂おしいほどの肉の疼きが飲み込んでいた。
どうにもならなかった。
絶望と屈辱を、激しい性行為とそれに伴う快楽で一時的に忘れ去るが、終えた後にやってくる
無力感と恥辱は行為前に倍化していた。

「は、離して! 離してくだ、ああっ……」

響子は瞬に抱きかかえられていた。
瞬は響子の尻に手を回し、その腰を抱えて立っている。
もちろんペニスは挿入されていた。
いわゆる「駅弁」である。

響子の身体を支えているのは、繋がった性器だけである。
いかにも不安定で、響子としてはどうしようもなく彼に抱きついた。
脚を腰に回して絡みつかせ、両腕は瞬の背中を抱いた。
受け入れたくないのに、しがみつかないと落っこちてしまう。
しがみつけばつくほどに、男根は膣深くに挿入されてしまう。
それはわかっているが、他にどうしようもなかった。

響子はいやいやと弱々しく腰を振ったが、形だけだった。
どう抵抗しても、最後には男の思う通りにされてしまうことがよくわかっていたからだ。
悲壮な表情で受け入れる人妻の美貌に、瞬はますます加虐的な獣欲を刺激されるのだった。

「相変わらずいい尻ですね……。ほら、こんなすべすべで肌理が細かい。しかもむちむちだ」

瞬は惚れ惚れした顔で響子の臀部を撫で回した。
突き出している尻を掴み、思い切り自分の腰に叩きつける。
その内部深くに男根を打ち込んでいく。
にち、にち、ぬちゅ、ぬちゅ、と、粘った淫靡な音を響かせ、男女の性器が激しい接触を繰り
返した。

「あっ……んあっ……ふっ……くうっ……あっ……」
「響子さん、だんだんと喘ぎ出すのが早くなってきてますね。そろそろ僕のに慣れてきまし
たか?」
「ああっ……そっ、そんなんじゃ……ひっ……いっ……あっ……」

響子が何と言おうと、身体は誤魔化せなかった。
瞬との性交を何度も繰り返しているうちに、彼女の喘ぎ声は艶っぽさを増し、声量も大きくな
っていく。
そして、より快感を得ようとして自ら尻を振りたくっているのだ。

百瀬と同様、瞬も見抜いていた。
響子は、辱められ、虐められるほどに燃え上がる被虐体質の持ち主だということを。
決して自ら求めるようなことはしない。
だが、口で抗い、逃げようとしながらも、犯されれば途端に官能を露わにする。
嬲られ、責められ続けると、その美貌に被虐に染まった恍惚の表情を浮かべるのだ。
この人妻に残された形ばかりの理性は、男の激しい突き上げの前にはどれほどのこともなかっ
た。

「さあ響子さん、今日もたっぷり出してあげますよ」
「い、いや、だめっ!」

響子は最後まで中出しはいやがった。
まるで、それだけが最後の貞操だと言わんばかりに。
無論、男たちはそんな哀願など聞き入れない。
むしろ響子がイヤがるのを悦ぶように、胎内に射精した。

「ああ、お願いです三鷹さん……あっ……な、中は……中はだめなんです……」
「何を今さら。もうあなたは妊娠しているんでしょう? 孕んでいるなら、何度出しても同じ
ことですよ」
「そんな、ひどい……ああっ、だめえっ!」
「よし、いきますよ!」
「だ、だめっ、だめだったらあっ……あ、あああっ、あはああっっっ!」

その瞬間、瞬のペニスが震えながら大量の精液を放出した。
びゅくびゅくと射精しながら、瞬は腰を振り続けた。
響子は失神しそうな快感を腰に受け止め、喘いだ。

「でっ、出てるっ……くぅあっ、い、いっぱい出てる……ああ、出しながら抉らないで……
むむうっ、い、いっ……くっ……!」

瞬は射精の発作を繰り返しながら、亀頭部で膣の襞を抉り続けた。
襞に溜まった響子の女蜜を掻い出し、代わりに自分の精液を塗りつけていく。
瞬の精子が膣内部になすりつけられる感覚に、人妻はぞくぞくするような肉の愉悦を感じ取っ
ていた。

「ああう……ま、まだ出てる……くうっ……こ、こんなにいっぱい……あ、熱くて濃いのが…
…ああ……いく……」

嫌がって腰を捩る人妻の尻を抱え、瞬はありったけのエキスを響子の子宮に注ぎ込んだ。
濃い男の粘液が胎内や子宮に染み込んでいく感覚が女を狂わせていく。
上気した美貌を上向かせ、響子は呻いた。

「ああ……いい……」
「中に出されていったんですね、響子さん」
「ああ……は、はい……」

急に素直になった響子に、そこはかとない愛情を感じ、瞬はその唇を貪るように吸った。

──────────────

葉山から自宅のマンションまで帰る頃には、もうすっかり午前様になっている。
瞬がマンションの駐車場にクルマを停めたのは、午前2時を回っていた。
7階の自宅に戻ると、まだ灯りが点いている。
帰宅が遅いときは寝ていてかまわないと言ってあるのだが、妻はいつも起きて待っていてくれた。
それでいて翌朝寝過ごすこともない。
ありがたいとは思うのだが、ここしばらくは鬱陶しく感じている。
言うまでもなく響子との関係が後ろめたいからだ。

「ただいま」
「お帰りなさいませ」

妻──明日菜は、ドアの開閉の音を聞くと、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へやってきた。
瞬から鞄と上着を受け取り、先を行く彼の後にそっと続く。

「お仕事、忙しいのですか?」
「ああ……まあね」

それまでの瞬は、残業はほとんどしない男だった。
時間内に仕事が終わるのだから、社に残っている理由がない。
だいたい、上司である瞬がいつまでも社に残っていては、他の社員たちが帰りにくくなるだろう。
だから瞬は、よほどのことがない限りは残業も休日出勤もしなかった。

「お食事は?」
「いや、いい」
「お風呂、沸いています」
「ああ、じゃあ入るよ」

よく出来た女房だと瞬も思う。
妻・明日菜の旧姓は九条という。
もと華族であり、公家の九条家につながる家柄らしい。
知り合ったのは叔父によるセッティング──つまり見合いである。
名家の令嬢と瞬を結び付けようとしたのは、言うまでもなく三鷹家──引いては三鷹グループ
の強化を狙ったのである。
つまりは政略結婚だ。

その頃の瞬は響子にぞっこんで、何とかものにしようと思っていたから、まったく興味はなか
った。
そうでなくとも、結婚という個人的イベントを会社や家のために利用されるなどもってのほかだ。
政略結婚であることが見え見えであり、響子の存在もあったから、ろくすっぽ見合い写真すら
見なかった。
しぶしぶ会わされてみて「美人だ」とは思ったものの、それだけのことだった。
しかし、いろいろ経緯があり(原作参照のこと)、気がつくとこうなっていた。

明日菜の方は瞬を気に入っていたようだし、瞬も彼女がタイプではなかったわけではない。
いざ結婚してみると、これがなかなか出来た女性であり、いい女でもあった。
旧家の出だけあって躾はきちんとされているし、それでいてお高く留まった「お嬢さま」でも
ない。
家事一般も実にまめにこなした。
男としては、安心して家を任せられる女なのだ。

響子とは違って、まったく控えめであり、自己を出すことはほとんどない。
あくまで男──夫に従うという、昔ながらの日本の主婦なのだ。
そこが瞬としては少々物足りないと思わないでもないが、それは無意識に響子と比較している
からだろう。
世間的には満点をやってもいい妻のはずだった。

子供もすぐに出来た。
娘ふたりの双子である。
瞬はもともと子供好きで、家族は多い方がいいと思っているから、これも歓迎だ。

つまり、家庭に関する不満はまるでないのだ。
にも関わらず、瞬は浮気──妻から見れば立派な浮気だろう──をしている。
妻には何の落ち度もない。
相手の響子にもそれはない。
悪いのはすべて瞬である。
それがわかっているからこそ、最近妻をまともに見られないのだ。

「……」

勘のいい妻は、それなりに何か察してはいるようだ。
まさか外に女を作っているとは思っていないだろうが、何か妻に言えないことをしているくらい
のことは感じ取っているに違いない。
だから瞬は、この頃自宅が居心地悪く感じているのだ。
もちろん自分のせいである。

風呂から上がり、ガウンの羽織りながら居間へ行くと、ビールが用意されていた。
座ってグラスを取り上げると、明日菜が黙って注いだ。
瞬はふた口ほどで飲み干した。
2杯目を注ぎながら明日菜が言った。

「あなた、最近なにかごさいましたか?」
「何か、とは?」
「いえ……」

そこで明日菜は顔を伏せた。
しとやかな美貌が、どことなく哀しげ──いや、寂しげであった。
瞬の胸がチクリと痛む。

「ただ、少しご様子が変です」
「残業続きだからね。疲れているんだろう」

残業はウソだが、疲れているのは本当だ。
会社帰りに葉山まで行って、散々響子を抱いてから帰宅するのだ。
それは疲労も溜まるだろう。

「それならいいのですが……」
「……」

そこで明日菜は顔を上げた。
穏やかそうな笑みを浮かべている。

「でしたら、今度のお休みにでも、ひさしぶりに出かけませんか?」
「出かける?」
「はい。山か高原にでも行って綺麗な空気を吸えば、少しは気が晴れるのではありませんか?」
「……」
「お疲れなら私が運転いたします。娘たちも連れて行って……」
「……そうだな」

言われて改めて気づいたが、響子を別荘に匿って以来、ろくに子供たちを構っていなかった。
あれほど欲しかった子供なのに、まるでおざなりにしていた。

「行きましょう」

明日菜はそう言って瞬の手に手を置いた。
瞬は妻の顔を見た。
すべてわかっているかのような、慈悲深い微笑みだった。

途端に心が洗われたような気がした。
俺はいったい何をしていたのだろう。
愛する妻や子供たちを放って置いて、あまりにも惨い仕打ちではないか。
妻や我が子だけではない。
響子や、その夫である裕作、彼らの子、そして一刻館の人たちに対するとんでもない背信行為だ。
彼らに対して何の恨みもなかったはずだ。
なのに、この仕打ちは何だろう。
響子に対する想いが強いのは当然だった。
しかし、それはこのような形で発露すべきものではない。
彼女への思いを断ち切らねばならないのか。
瞬はまだビールを呷った。

「……」

瞬は、明日菜がそっと注ぐ姿を見ていた。
自分はこの女に惚れたのではないのか。
響子を諦めるために結婚したというのであれば、あまりにも妻が哀れである。
響子と比較するのは間違っている。
現時点で響子は最強であり、どんな女を持ってきても勝てっこないのだ。
それを認めるしかない。
その上で響子を忘れ、妻を改めて見直すのだ。
我ながら不器用ではあるが、それしか方策を思いつかなかった。

「……そうだね。じゃあ行こうか」
「はい」

妻は嬉しそうに返事をした。
その明日菜の手を握って瞬が言った。

「今日は疲れてるかい?」
「は? ……いえ、別に」
「もう眠いかな?」
「あの……なにか?」

訳がわからないという顔の妻に、瞬はそっと唇を寄せた。
一瞬驚いたようだったが、明日菜はそのまま受け入れ、ソファに倒れ込んだ。

──────────────

「……」
「……」

千木良不動産の事務所ビル。
その3階に位置する社長室に、ふたりの初老の男がいた。

窓を背にしている男は真っ白な総髪だった。
濃紺の和服を着込んだ迫力のある面構えだ。

客と思しき男の方は、いわゆるロマンスグレーである。
こちらはブランドものらしいスーツをぴちっと着こなしている。
一見して企業家とわかる出で立ちである。
年齢は互いに60代にかかろうか、というあたりであろう。

ソファに深く腰を沈め、テーブルを挟んで対峙しているのは千木良実朝と三鷹瞬の父であった。
長い沈黙を置いて、千木良が言った。

「……珍しく三鷹さんがお見えになったと思えば、そういう話ですかい……」
「千木良さん」

三鷹は眉に力を込めて言った。

「わしは、あんたのとこはそこらの暴力団とは違っとると思ってました」
「……」
「だからこそ、うちの総会を預けたし、義理も欠かなかった」
「……」
「なのに」
「三鷹さん」

千木良は三鷹の言葉を止めた。

「あんたの言う通りだ。別に体裁繕うわけじゃねえが、うちはヤクザではあるが暴力団じゃ
ねえつもりだ。警察は何て言うか知らんがな」
「……」
「任侠だ、義理人情だと格好つけるつもりもねえ。世間様に迷惑かけてねえつもりだ、とも
言わねえ。このご時世だ、奇麗事だけじゃ乗り切っていけねえからな」
「……」
「だが、少なくとも地元の堅気衆には面倒かけてねえつもりだった。だからこそみかじめ料や
ショバ代もらっとるわけだしな」
「千木良さん」

三鷹は、出された茶にも手を出さずヤクザの親分に切り込んだ。

「わしがウソを言ってるとでも?」
「……」

千木良は答えず、葉巻をくわえると、その先端をライターの火でで満遍なく炙った。
タバコよりも遥かに濃い紫煙を見ながら言った。

「それはおたくの瞬くんの話だそうですな」
「そうです。うちに下品なショーの招待状が舞い込んで来た。何度も断っていたんだが、今度
ばかりはしつこかった。わしとあんたの間柄だ。あまり無碍にも出来んかと思って瞬を行かせ
たんだ」
「……そうしたら、そこにその女がいた、というわけか……」

千木良はふうっと深いため息をついた。

「……わしも年をとったな」
「……」
「これは、あんたらの言葉で言う「管理不行き届き」ちゅうやつかいの」
「……」
「わしもこの歳だ、無理は利かん。権限ちゅうやつを子分どもに落としていった。無論、信頼
できるやつだと思ったからだ。しかし目が行き届かんかった。それとも、わしの目が曇って
おったかな」
「……」

そこで千木良はすっと立ち上がった。
歳だと自分で言っている割には、よろめくこともなく綺麗に立ち上がる。
腰も曲がっていない。
姿勢も良かった。
つられるように三鷹が立つのを待って、千木良は言った。

「すまんかったな、三鷹さん。いや、あんたに謝ってもしょうがねえ。そのおなご……いや、
他にもいるんだろうな、その人たちにゃあ詫びのしようもない」
「……」
「だが」

組長はきっぱりと言った。

「落とし前だけはつけさせてもらう。それを待って……」
「?」
「……いや、何でもねえ。手間ぁかけたな、三鷹さん」

千木良はそう言って手を差し出した。三鷹もその手を握り返した。

──────────────

百瀬は事務所の応接室に篭って帳簿をつけていた。
秘密ショーと売春の売り上げである。
極めて順調といってよかった。
大々的にやらないことがかえって成功の秘訣になっている。
口コミで信用できる小金持ちばかり集め、開催日も直前にしか知らせない。
会員になるには会員の推薦が必要で、何か不祥事を起こした場合、紹介者も連帯して責任を負う
ようにしている。
そうなると滅多な人物は入れなくなり、結果として秘密が守られやすくなる。
女優の方も、五代響子というスターを手に入れ、まず順風満帆といってよかった。

しかし問題が起こった。
トップスターに仕立てるつもりだった五代響子の遁走である。
張らせていた手下の報告によると、客の三鷹瞬が逃走を企てたらしい。
それがわかっていればどうとでもなるから、百瀬はさほど焦ってはいなかった。
アパートに帰ることはまずあるまい。
となれば、三鷹の青二才が響子に惚れて連れ去ったとみるべきだろう。
ならば三鷹の会社や父親を叩けば、居所はすぐにわかるだろう。
瞬さえ抑えれば響子はすぐに戻ってくる。

しかし、三鷹の企てに乗り、まんまと響子に逃げられた部下の不始末は困る。
もう少し徹底させるべきだろう。
いかに客の要望でも、響子から目を離したのは失策だ。
いっそのこと、客室に隠しカメラをセットするのもいいかも知れない。
そうすれば中の様子はチェックできるし、内容によっては編集して裏ビデオ化して売り出すの
もいいだろう。

あとは客の選別をもう少し厳選することだ。
そう考えながら帳簿を見ていると、先日のショーの時の収支決算が合っていなかった。
百瀬は舌打ちして部屋の中から組員を呼んだ。

「おい、誰かいねえか」
「へい」

すぐに若い組員がふたり顔を出した。
百瀬は帳簿を見たまま言った。

「五十嵐のやつ、呼んできてくれ」
「はあ、五十嵐ですか」
「どうした? いねえのか?」
「へえ。そういやここんとこ見かけねえです」
「そういやあ……」

ふたりの若い衆は口を揃えて言った。
百瀬は眉を寄せて訊いた。

「いねえってのは何だ。いつからだ?」
「さあ……。おめえ憶えてるか?」
「いや、俺も……。あ、待てよ」
「なんだ、何か知ってんのか?」
「ええ。ただ関係ねえとは思いますけど」
「いいよ、言え」

百瀬に問われた若者は、やや言いにくそうに答えた。

「一昨日……いや、その前だったかな、五十嵐がちゃんとした服着てたんですよ」
「ちゃんとした服? なんだそりゃ」
「それで、どうしたんだって訊いたら、いや、これからおやっさんのところに行くんだ、って」
「なに? オヤジに呼ばれてたのか?」
「みたいでしたね。で、その翌日くらいから見かけてませんけど」
「……」

百瀬がその意味を考えている時、また別の組員が部屋を覗いた。

「おい、ここに百瀬の兄貴……」
「……俺ならここにいるぞ」
「あ、兄貴」

探しに来た組員は恐縮したが、すぐに用件を話した。

「兄貴、おやっさんが呼んでますぜ」
「……そうか。社長室か?」
「いえ、それが……おやっさんのお邸へ来い、とのことでしたけど」
「……」

百瀬は帳簿を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。

──────────────

千木良一家の組長である千木良実朝の家は、組事務所からクルマで30分ほどかかる郊外に
ある。
さほど広大というわけではないが、純和風の大きな邸宅である。
正面の大門には監視カメラがセットされてあり、庭には番犬が放してある。
もちろん番兵も立っていた。

百瀬が行くと、すぐに奥へと通された。
50畳くらいありそうな大広間には、すでに千木良がいた。
床の間の前に陣取り、左右には千木良の右腕とも言うべき、組の幹部が控えている。
百瀬は千木良の正面へ行き、置いてあった座布団を外して畳の上に正座した。
そして両手をついてお辞儀した。
ほとんど土下座である。
その様子を黙って見つめていた千木良が、重い口を開いた。

「百瀬」
「は」
「なんでここへ呼ばれたか、わかっておろうな」
「……」

百瀬が答えないでいると、千木良の右に座っていた壮年の男が言った。

「とぼけても無駄だぜ。おやっさんはみんな知っている」

続けて、左に座っていたサングラスで角刈りの男が言った。

「五十嵐を最近、見てねえだろう? やつには責任を取らせた。自首させたよ」
「……」

やはりそうか。バレたのだ。
百瀬をじろりと見ながら千木良が言った。

「おめえもこの組は長ぇ。なら、わしがどういう男か知っておろう」
「……」
「女を食いモンにすることと、ヤクに手を出すことは禁じたはずだがな」

千木良は昔気質のヤクザだった。
喧嘩もやるし、少々阿漕な商売もする。
だが、弱い立場──女や子供を食い物にすることはしなかった。
千木良一家でもソープランドを経営しているが、女たちは自主的に集まってきた連中ばかりで
ある。
あとは組への借金で首が回らなくなった女だ。
騙したり、ムリヤリ押し込むことはしていない。
千木良の金融が暴利なのは確かだが、それを承知で借りている女にも非はある。
そして、ソープや風俗はやるが、売春やその元締めはしなかった。

麻薬も同様である。
覚醒剤やヘロインといったものには一切手を出さなかった。
千木良が嫌っているということもあるが、クスリの関係はより大きな組織や海外の違法集団が
絡むことが多く、それに飲み込まれるのを嫌ったのである。

従って、千木良の組の主たる財源は賭博なのだ。
少々の「操作」はやるが、基本的には客は楽しんでカネを落としてくれる。
ソープも同じだろう。
あとは三鷹の会社にやっているような総会屋である。
と言っても実質的には用心棒であって、少なくとも対象の会社には迷惑をかけていない自負が
ある。
だが、手堅いが大儲けはできない。
このままでは立ち行かなくなる。
百瀬にはそこが歯がゆかった。

千木良一家は、親分たる千木良に惹かれて入ってきた連中ばかりだ。
無論、百瀬もその一人である。
だからこそ、この組を大きくしたいから、敢えて組長が禁じている手を使った。
直接、千木良の手を汚さなければいいだろうという判断だ。
それで摘発されるようなことがあれば、もちろん百瀬が責任を取るのだ。
だから百瀬は丸儲けするつもりは毛頭なかった。
今までの儲けも、ほとんどは組に入れているのだ。

千木良の考えは古いと思っていた。
時代は変化している。
それに伴って組も変わっていかねば成り立たなくなる。
千木良にも、それをわかって欲しかった。
壮年の幹部が言った。

「おめえ、おやっさんに目をかけられてんのをいいことに、少々出過ぎてねえか?」
「……」

そうまで言われると、さすがに百瀬も面白くない。
私腹を肥やしていたわけではないのだ。
千木良が続いた。

「おめえには期待してたんだがな。どうもわしのメガネ違いだったようだ」

ぎり、と、百瀬が奥歯を噛んだ。
壮年が言った。

「どう落とし前つけるつもりだ、百瀬。盃を返すか? それとも……」

百瀬は無意識のまま、胸に手をやった。
固い感触がある。
護身用に持っている拳銃だ。
腰には白鞘のドスも突っ込んである。

(いっそ、やっちまうか……)

百瀬は胸の拳銃に手をやろうとして寸前で止めた。
しばらくそのままの姿勢でいたが、今度は腰の短刀の方へと手が伸びていった。

──────────────

裕作は、昨夜瞬と会った時のことを思い返している。
瞬行きつけの喫茶室だった。
他の客とは隔離された個室にふたりはいた。
突然呼び出され、戸惑う裕作に瞬は単刀直入に言った。

「……響子さんは今、僕の手元にいる」
「え……!?」

裕作は何を言われたのか、よくわからなかった。
だから再度聞きなおした。
瞬は顔を背けたままもう一度言った。

「響子さんは僕のところにいる」
「どういうことですか?」

響子と旧知のもとテニスコーチは、彼女の夫の顔を見ないまま答えた。

「君がどこまで事情を知っているのか、僕は知らない」
「……」
「それを確認しようとも思わないし、僕の知っていることを全部告げるつもりもない」

裕作がどこまで知っているかわからないが、瞬が見聞きしたことをすべて話すのは刺激が強す
ぎるだろう。
妻が手酷い性的な凌辱を加えられていたのだ。
しかもショーに出され、客まで取らされていた。
愛する妻がそんな目に遭っていたと知ったら、並みの男は立ち直れないだろう。
おまけに瞬自身も、響子を犯してしまっていたのだ。
少なくとも、それだけは言えなかった。
裕作は重い口を開いた。

「……俺も三鷹さんがどういうことを知っているかわかりません。だけど……」
「……」
「俺も……その、見ています。響子が……」

そこまで言うと裕作は項垂れた。
肩が震えている。
瞬はその姿を痛ましそうに見ていた。
裕作はそれ以上語らなかったが、恐らく響子が凌辱されているところでも見せられたのだろう。
あるいは凌辱ビデオでも送られたのかも知れない。
あのヤクザならやりかねなかった。
裕作と響子の間に決定的な亀裂を入れ、ともに諦めさせるには格好の見世物だからだ。

だが瞬は裕作を慰めたり、勇気づけるようなことは口にしなかった。
彼も男だ。
ここで慰められては一層惨めになるだろう。
そう思ったからだ。
瞬は、吸わないまま手にしていたタバコをそのまま灰皿に置いた。

「……そうか。それなら何も言わない。僕も聞かない」
「……」
「だが、これだけは言っておく」

裕作は顔を上げた。
泣いてはいなかったが、目が真っ赤だった。

「……響子さんは妊娠している」
「!」
「妊娠7週目に入るそうだ。これがどういう意味か、君にもわかるはずだ」

それは裕作の子ではない、ということだ。
響子がいなくなって5ヶ月以上経過している。
当然、裕作と響子の間で交わされた夫婦関係はそれ以前だということになる。
もし響子が裕作の子を孕んでいるとすれば、少なくとも妊娠5ヶ月以上になっていなければ
ならない。
それが7週ということは、裕作のタネだということは有り得ない。
つまりヤクザ──どこの誰とも知れぬ男──の子供だということだ。

裕作は内面のショックを表さないよう努力していたが、膝や肩がガタガタ震えてくるのを隠せ
なかった。
怒りや嫉妬もないではなかった。
だがそれ以上に悲しかった。
妻を寝取られた悲しみ、妻が他人の子を妊娠したという哀しみもあったが、それ以上に妻の
心情を思って悲しかったのだ。

夫である自分がこれだけ悲しく無念なのだ。
本人である妻の悲しさや絶望感たるや、想像もつかない。
裕作は妻のために涙を流した。
そんな裕作を見ておられず、瞬はまた視線を外した。

「……これから君を「ある人物」に会わせる。だから今、決めて欲しい。響子さんに出来た子
をどうするのか、を」
「……」
「もちろん響子さんの意思も確かめねばならないだろう。だが、夫として君の考えも出しておい
て欲しい。いや、それを僕に……今この場で言う必要はない。それはあくまで君たち夫婦の問題
だ。僕が関わるべきものではないからね」
「……」

頭を垂れて考え込んでいるように見える裕作に、瞬は優しく言った。
男に対してこんな風に言えるとは、瞬自身思ったこともなかった。

「どうしても答えが出なければ今でなくともいい。響子さんに会ってからゆっくり話し合うのも
……」
「三鷹さん」

裕作が言った。
今まで見たこともないような精悍な顔つきだった。
彼はきっぱりと言った。

「それならもう結論は出ています。考える必要はありません」
「……」
「ですから早くその人物に会わせてください。……そこに響子も来てるんですね?」
「……そうだ」

裕作は立ち上がった。

「では行きましょう。響子が待ってる」
「……」

瞬は裕作を見上げていた。
なんだか少したくましくなったように見えた。
瞬ははじめて裕作が少しうらやましくなった。

──────────────

裕作はそこで30分ほど待たされた。
葉山の、三鷹家別荘のすぐ近くの空き地だ。
黒塗りの乗用車が入ってきた。
裕作の100メートルほど手前でそれは停まり、中からふたりの男が出てきた。
ひとりはもちろん瞬だった。
そしてもうひとりは。

「確か……百瀬さん……でしたね?」

見覚えがある。
いぶきに騙されて連れて行かれた時、一緒に案内した男だ。
今はスキンヘッドということは、あの時はカツラをしていたのだろう。
そして二度目にいぶきにあの場所へ連れて行かれた時、裕作の見ているモニタの中で響子を犯し
ていた男だ。
忘れようもなかった。

「よく来たな、へなちょこ亭主」

百瀬は裕作の3メートル前で立ち止まった。
蔑むような表情で響子の夫を見ている。

「褒めてやるぜ。まさか本当に来るとは思わなかった。俺が極道だってことは知ってんだろ?」

裕作は無言でうなずいた。

「俺がおめえの女房……響子をものにしたことも知ってるよな」
「……」
「腰抜けの淡泊な亭主じゃ満足できねえ人妻だったが、今じゃすっかり俺の女だ。へへ、たっ
ぷり可愛がってやったからな」
「……」
「見てたんだろ、おめえも。俺に犯られる響子をよ」

正確には見せつけられたのだ。
目に焼き付けるかのように見せられた。
夫の前でヤクザものに犯されてあられもなくよがり、悩ましい喘ぎ声を張り上げ、絶頂に押し
上げられる妻。
このトラウマは一生消えまい。

「なら、あきらめはついただろうが。もう響子はおめえのもんじゃねえ。俺の……」
「響子は誰のものでもない」

百瀬の勝ち誇ったような言葉を裕作が遮った。

「……」
「響子はモノじゃないんだ。人間だ。誰のものでもない。響子は響子だ」
「屁理屈抜かすな」

百瀬は裕作の目の前に来て、顔を突きつけた。

「もうおめえなんかのセックスじゃ響子は満足できねえんだよ。俺のものじゃなくちゃな。それ
でもおめえは……」
「響子は響子だし、俺の妻だ」
「……」

すっと百瀬の表情が消えた。
来ていたジャケットを脱ぎ捨てる。

「響子は俺の女だ。どうしてもって言うなら……」

裕作に殴りかかってきた。

「腕づくで来な!」

大きく振り上げられた右腕が、風を切って裕作の顔面を捉えた。
左の頬へまともに拳を受けた裕作はそのまま吹っ飛ばされた。
百瀬は呆れたように言った。

「おめえ、バカか? ただ殴られるだけじゃ女房は取り戻せねえぞ」

裕作は殴られた頬を抑えながら立ち上がった。

「俺はケンカは嫌いだし、第一弱い。とても百瀬さんに敵うとは思わない」

百瀬は不思議そうな顔で目の前の男を見た。
まだこの俺を「さん」付けで呼んでやがる。

「でも今回だけは……俺と響子の哀しさを叩きつけさせてもらいます」
「カッコつけてんじゃねえ!」

裕作の言葉に逆上した百瀬が、また右ストレートを打ち込んでくる。
さすがに今度は裕作も避けた。
右腕が空を切ると、百瀬はバランスを崩した。
ケンカ慣れしている彼らしくない。

裕作は反撃に出て、闇雲に殴りかかっていった。
ヤクザは難なく裕作の攻撃を交わしていく。
舌打ちしていた。
まるでなってない。
タイミングもバランスもバラバラだ。
だいいち相手を見てもいない。
これじゃ殴り合いに勝てるわけがない。

それでも裕作の気迫だけは認めた。
どんなに攻撃が当たらなくても、百瀬に殴られ続けても決して諦めない。
倒れても倒れても起き上がってくる。

「おっと」

裕作が百瀬の左側から突っ込んでくると、彼は腕をかばうようにして身をかわした。
さっきから右腕しか使わないことや、空振りするとバランスを崩す体勢、そして今の仕草。
それらを見れば、百瀬が左腕に怪我でもしているのがわかるはずだが、裕作は気づかないようだ。
それでも偶然に、裕作の出したパンチが百瀬の左二の腕に当たった。
というより掠った。

「うっ……」

それでも百瀬は呻いて左腕を押さえた。
腕というよりは手首を押さえている。
そこで裕作も気づいてよく観察してみると、手のひらに白くタオルを巻き付けていた。
赤く滲んでいる。
もしかして、あれは血ではないのか?
裕作の疑問に、百瀬はせせら笑った。

「やっと気が付いたかい、このへなちょこ。ご覧の通り、俺は左手を怪我してる。狙ってきたら
どうだ?」

その言葉が終わらぬうちに裕作が飛びかかってきた。
百瀬はわざと左腕を出した。
裕作がそこを狙って飛び込んできたら、逆を食わせて右でぶん殴ってやろうとしたのだ。
ところが裕作の行動は百瀬の常識から外れていた。
なんと寸前で急停止したのだ。
もちろん隙が出来た。
百瀬は殴った。
裕作が吹っ飛ぶ。

「おめえ、バカか?」

呆れたようにヤクザが言った。

「今言ったろう。俺はこっちをケガしてる。だから……」
「だから、そっちは狙いませんよ」

百瀬は千木良の前で指を詰めていたのである。
一瞬、拳銃で幹部らを射殺しようかという思いにも駆られたのだが、千木良の顔を見て抑えた。
なんのかんの言って、百瀬も千木良の狭義に惚れて極道になったのだから。
そのおやっさんの顔に泥は塗れなかった。

指を詰め、出頭し、ムショ入りすることで話をつけたのである。
しかも破門扱いだ。
出所しても百瀬の帰る場所はない。

ばしっと音がして、初めて五代の拳がヒットした。
と思ったのだが、何のことはない、彼の拳は百瀬の右手が受けて止めていた。
そのままぐいっと押し返すと、裕作はふらふらと後ろへ倒れた。
もう20分ほども殴り合って……いや、一方的に殴られているため、裕作もふらついている。
顔は腫れ上がり、あちこちに痣がある。
右手で腹を押さえているのは、腹部を殴られ過ぎて吐き気がしているためだろう。

それでも裕作は向かっていった。
相変わらず、百瀬の左手だけは避けて。
またヒットした。
今度は左手で軽く振り上げた拳が何かに当たったらしい。
裕作が目を開けると、百瀬の右頬に当たっていたのだった。

「……」

殴られたまま百瀬は動かなかった。
裕作も止まっていた。
ヤクザの表情に苦笑の色が浮かんでいたのに気が付いたのか、きょとんとした顔をしていた。

「……ったく、これだから堅気は怖えんだよな」
「……」
「俺もヤキが回ったな、こんな野郎の女を……」

いぶきにそそのかされたから、ではない。
千木良に言われた通り、百瀬に何かが欠けていたのだろう。
百瀬はそのまま背中を向けると、呆然とする裕作に一瞥もしないまま退場した。

その時、クルマのドアが開いた。
瞬が後部席を開けると女が降りてきた。
言うまでもなく響子だった。
目に一杯涙を溜めた響子は、裕作に向かって掛けだしていた。
裕作も駆け寄りたかったのだが、それが出来なかった。
響子が途中で止まってしまったからである。
響子はそのまましゃがみ込んで泣き出した。
裕作は微笑みを浮かべてゆっくりと近づいていった。

「響子」

夫が万感の思いを込めて呼んだその声に、妻は激しく動揺した。

「いやっ」
「……」
「私はもう……あなたの……裕作さんの妻でいる資格がありません」

ヤクザたちに穢され尽くした身体。
見知らぬ男たちの欲望に奉仕させられてきた恥辱の日々。
それを受け入れてしまっていた己の肉体と性。
そのどれもが裕作の妻にふさわしくなかった。

「僕の妻に資格なんかないよ」
「……」
「もしあるとしたら、それは音無……五代響子という女性だけに与えられているものだ」
「でもっ」

響子はよろよろと立ち上がり、何度も大きくかぶりを振った。
顔から飛んだ涙の粒が夕陽を反射している。

「わ、私は……私はお腹に……」
「知ってるよ」
「あなたの……あなたの子じゃないのよっ……だから!」
「だから?」

裕作は微笑している。

「その子は確かに僕の子じゃないかも知れない」
「……」
「でも、響子の子だろ?」
「え……」

意表を突かれたような表情で、妻は夫を見た。

「響子のお腹にいるんだから、それは響子の子だ。違うかい?」
「それはそうです……でも……」
「響子の子なら僕らの家族だ。少なくとも僕はそう思ってる。響子はそう思わないのかい?」

目の前の夫の姿がよく見えなかった。
涙が後から後から溢れ出してくる。
悲しくて出る涙は涸れ果てていた。
響子はその涙に体温があるのを知った。

──────────────

アパート一刻館。
古色蒼然としたこの建物の前で人の輪が出来、談笑していた。
実に、実にひさしぶりのことだった。
一の瀬花江、六本木朱美、五代裕作、そして三鷹瞬が、春香を抱いた響子を囲んでいた。
裕作と響子が並んで瞬に頭を下げた。

「三鷹さん、このたびは本当に……」

瞬は苦笑して手を振った。

「もうお礼はけっこうですよ。そう何度も頭を下げられちゃ居心地が悪くなる」

そもそも瞬は、果たして自分はこの場にいていいのかとすら思っている。
もちろん響子を凌辱していた引け目である。
裕作はそのことは知らず、響子の方も助けられた借りがあったからかも知れないが水に流して
くれた。
実のところ、響子の方ではさほど悪いイメージは持っていない。
百瀬らに犯された時とは別物だと思っていた。

そうは言っても、瞬自身の罪悪感、背徳感は消えるものではない。
結局、すべて事情を知っているのは、当事者である響子と瞬だけだった。
一の瀬夫人は何も知らない。
裕作はある程度の事情は察しているが、そのことを妻や瞬に問い詰めるようなことはしなかっ
た。
朱美もおぼろげながら想像はついているものの、彼女の推測に過ぎず、確証を持っているわけ
ではない。
もちろん彼女も、もうこれ以上そのことについて突っ込もうとは思っていない。
あとは裕作と響子、そして瞬の問題なのであった。
一の瀬のおばさんが感慨深げにつぶやいた。

「管理人さんが戻ってくるのも半年振りなんだねえ」
「……ご迷惑おかけしまして……」
「いやあ、そうじゃないんだよ。いろいろあったんだろうなと思ってさ」
「……」

おばさんも薄々は察しているのかも知れない。
それを口にしないのは年の功であっただろう。
おばさんは話題を変えるように言った。

「こっちもいろいろあったんさ。このアパートだけどね……」
「一刻館が何か?」

きょとんとする響子に、裕作がウィンクした。

「音無さんが、そろそろ建て替えないかって」
「ええ?」
「あんたが帰ってきた暁には、建て替えるか、それとも全面的に手を入れてリフォームするか
決めてもらおうって、音無のじいさんが言ってたのよ」

朱美が付け加えた。

「そうですか……」
「ああ、そうそう。あと困ったことがあってねえ」
「なんです?」

顔をしかめた一の瀬が言った。

「あそこの銭湯あったろ? あれ、潰れちゃったんだよ」
「え……」

響子にとって忘れようとしても忘れられない。
あそこの主人には、百瀬らに輪姦されているところを見られたのだ。
呆然とする響子に気づかないように一の瀬は続けた。

「やっぱ経営がうまくいってなかったみたいだね。借金も抱えてたみたいだし。こないだ行っ
たらさ、「長年のご愛顧ありがとうございました」って張り紙があってもぬけの殻なんだよ」
「……」
「近所で聞いたらさ、何でもご主人の実家の方へ帰ったみたいだね」
「どこ、それ」
「北海道だってさ」

おばさんはため息をついて言った。

「どうしたもんかね。あと銭湯なんてのは隣町まで行かないとないよ」
「ここ改築するんでしょ? そん時には風呂つけてもらえばいいのに」
「なに言ってんの、朱美さん。それまで何ヶ月かかると思ってんの?」

朱美とおばさんの会話に瞬が割り込んだ。

「あの」
「なんだい?」
「銭湯というと、この近所にあった五色湯ですか」
「そうだよ」
「あそこは取り壊すんですが、その後に健康ランドを作るんですよ」
「健康ランド?」
「ああ、あの大きなお風呂やサウナとかマッサージとか、いろいろあるやつね」
「へえ。でも、なんだって三鷹さんそんなこと知ってんの?」
「いやあ、実はその運営をうちの会社でやることになって」
「は?」

瞬は百瀬から五色湯での事件のことを聞き出していたのである。
早速その銭湯を調べると経営が芳しくない。
売れるものなら売って帰郷したいと思っていたらしく、三鷹の社が話を持ちかけるとふたつ
返事で売却することとなったのだ。

響子らにとって都合の悪い人物は追い払う。
これも響子への罪滅ぼしの一環と言うわけだ。
無論、商売として成り立つという計算があってのことではある。

「朱美さんが言った通り、風呂もありますから銭湯としても使えますよ」
「そうかい。でも始まるまでけっこうかかるんだろ?」
「そうですけど、何ならあの銭湯はギリギリまで残しておいて、ランドが使えるようになったら
取り壊すようにしましょうか」
「できんのかい?」
「ええ、多分」

それなら問題はない。
一の瀬も朱美も、みんな喜んだ。
瞬は、まだ浮かぬ顔の響子を横目で見ながら言った。

「ああ、それと……」
「?」
「これはあんまり関係ない話かも知れませんけど、ここによく来ていた女の子いたでしょう?」
「……」

響子と裕作はどきりとしたが、何とか外面には出さずに抑えた。
何も知らない朱美が聞いた。

「ああ、あの女子大生って娘。なんてったっけ、五代くん」
「……いぶき。八神いぶき」

朱美が裕作に尋ねたのは深い意味はない。
いぶきが裕作になついていたのを知っていたから聞いただけのことだ。
裕作が瞬に聞いた。

「そのいぶきがどうしたんです?」
「そうか、いぶきちゃんて言うのか。なに、うちの取引先で三友商事って商社があるんだけど、
そこに八神常務って人がいてね」

八神の父である。
裕作も面識があった。
就職活動の際、いぶきの薦めもあって三友商事を受け、当時人事部長だった八神の父にも会っ
ているのだ。
瞬は続けた。

「その八神さんが言ってたんだ、ひとり娘を留学に出すことになったって」
「留学?」
「ああ。詳しくは知らないけどね、何でもブリュッセルだそうだよ」

そう言って瞬は裕作の方を見て、軽く咳払いした。
これも瞬が手を回したのだ。

といっても、何をしたというわけではない。
それとなく八神常務に娘の非行を伝えただけだ。
それだけで八神常務にはピンと来た。
いぶきが人相のよくない男とつき合っているという噂は聞いていたから、先般新聞記事にもなっ
た千木良一家のゴタゴタと結びつけ、いぶきがそれに絡んでいる可能性を見出して、彼女を問い
詰めたのだ。
いぶきは言を左右にして誤魔化そうとしていたものの、最後にはしぶしぶ認めた。
百瀬と五十嵐は、すべて罪を背負って出頭し、いぶきのことは喋らなかったらしいから、彼女
にまで司直の手が及ぶことはなかったが、父は醜聞隠蔽を図り、ほとぼりが冷めるまで彼女を
「国外追放」したらしい。

「まあ3年やそこらは帰って来ないそうだよ」

それを聞いて、今度こそ裕作は心底ホッとしたようだ。
改めて瞬に礼を言った。

「三鷹さん、そこまで……」

裕作の言葉が終わる前に、瞬が腕時計を見て言った。

「ああっと、僕もそろそろ空港へ行かないと」
「空港?」

響子らが不審気な顔で瞬を見ると、彼は微笑して言った。

「実は僕も渡米するんです」

三鷹の会社でも、アメリカに支社を出すことになったのだそうだ。
そこで、当面の責任者として瞬に白羽の矢が立ったということらしい。
父親は、当然瞬は断るだろうと覚悟していたらしいが、彼はあっさりと引き受けた。

「いぶきちゃんじゃないが、僕も4,5年は帰れないでしょう」
「……そうでしたか。大変ですね……」
「家族も一緒だから平気ですよ。どうせ外国へ行くのなら、子供が小さいうちにとは思ってい
たし。アメリカへ来ることがあったら是非寄ってください」
「どこなんですか?」
「ミネソタです。田舎らしいですね」

これが瞬なりにつけた落とし前なのであった。
響子と裕作の前から姿を消し、響子を忘れて妻や家族と暮らす。

彼は楽しみだった。
5年後に日本へ帰国した時、また響子と会うつもりである。
その時の自分の感情の変化が楽しみなのだった。
きっとそれからは、また友人付き合いが出来るに違いない。
もちろんその時は家族ぐるみでつき合うことになろう。

もう瞬は怖くない。
妻の前で響子と一緒にいても、響子を気にしすぎることはないだろう。
そして響子が傍にいても、きっと妻を愛することが出来るはずだ。
彼は一刻館の人々と握手を交わし、別れを告げた。
最後に響子の手を握った。
ほら、もう大丈夫だ。
ちゃんと普通に握手が出来た。
これでいいのだと瞬は思った。


                           ──── 完 ────


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