夜風が心地よかった。
あたしは、大帝国劇場二階のテラスで銀座の夜景を眺めていた。
一昨年に上京して来て以来、あたしはここからの眺めがいちばん好き。
銀座の電飾は仙台とは比較にならないくらい派手だけど、でも夜空の星や月を覆い隠してしまうほどでもない。

建物から洩れる灯りやガス灯。
通りを走る蒸気自動車のライト。
それらが入り交じって、ちょっと不思議で幻想的な光景になっている。
あたしはそれが好きだった。

隣を見ると、あたしのいちばん大切な人──大神さんが立っている。
あたしは、少し甘えるようにして彼の腕によりかかった。
頭を腕に預けると、大神さんは優しい笑みを向けてくれる。

「……疲れたかい?」
「いいえ、そんなことありません」

大神さんは、昇進したにも関わらず、今でも夜間巡察を引き受けてくれている。
劇場内には、女優としてのあたしたち、そのプライベート、そして帝撃の機密が詰まっている。
だから本来なら警備員の人たちを雇うか、あるいは陸軍の兵隊さんに警護してもらうべきなのだそうだ。
でも、歌劇団としてのあたしたちではなく華撃団の方の秘密は、例え軍人さんとはいえ外部に知られるのはよくないのだ、と米田支配人はおっしゃっていた。
でも本当のところは、支配人がここをあまり軍隊に染めたくないと思っているからだとみんなが言っている。
あたしたちに気を遣ってくれているのだ。
だからといって無警戒でいいというわけもなく、大神さんが巡視を買って出てくれたわけ。

あたしは、大神さんが来たばかりの頃を思い出す。
初めて大神さんがここの巡回を支配人に命じられた時、あたしが付き添ったのだ。
まだ劇場内は不案内だと思って自分から申し出たのだけど、あの頃からこの人のことが何となく気になっていたんだと思う。
今では、あたしも大神さんと一緒に巡回するようになってる。

帝撃での生活、そして黒之巣会との戦いを経て、大神さんはあたしの中でどんどんと大きな存在になっていった。
最初はともかく、時を経るにつれ彼が気になり、彼を思うと胸がキュンと痛くなったりした。
でも、当の大神さんはどうだったんだろう。
他の子たちにも親切で親身だったし、あやめさんが来た時なんかはデレデレしてたもの。
あの時はさすがにあたしも面白くなくって、ヤキモチを焼いて大神さんを手こずらせた。
振り返って見ると恥ずかしいし、笑ってしまうのだけど。

でもあの時は、大神さんが他の女の人と親しくするのを見るのが本当にいやだったんだ。
よくすみれさんにも言われるし、もしかしたら大神さんもそう思ってるかも知れないけど、やっぱりあたしはヤキモチ灼きなんだと思う。
大神さんを意識し始めて、好きになる度合いが強くなればなるほどに、彼が他の女性と一緒にいるのを見ると胸が痛かった。
普通にお話しているだけでもそうだったんだから、自分でも行き過ぎだとは思うのだけど。

でも仕方がない。本当につらくて悲しいんだもの。
だけど、今はそんなことはなくなった。
なぜなら、大神さんはあたしの──その、あの……恋人、に、なってくれたから。
相思相愛っていう言葉は恥ずかしいけど、あたしが彼を好きなのはもちろん、大神さんの方もあたしのことを好きでいてくれた。
それがわかって、お互いの気持ちを確認し、そして──そして初めての口づけを交わした後は、もう大丈夫になった。

それはもちろん、あたしの目の前で他の女の人とベタベタされたら怒りだしてしまうかも知れない。
でも、それはない。
もうあたしたちの関係はみんなが知っている。
なんか恥ずかしいけど、言ってみれば「帝撃公認」の仲なのだ。

もちろん、それはあくまで帝撃内だけのことで、他の人たちは知る由もない(あたしたちが誰か男性とつき合っている、なんてことがバレて雑誌なんかに載ったりしたら、それこそ大変だもの)。
だから大神さんとつき合うことになって以来、支配人を始め、みんなあたしたちに気を遣ってくれるようになった。

だからこそこそする必要なんかないのだけど、やっぱりここはみんなの居場所。
あたしたちだけが盛り上がって舞い上がって、なんていうのは絶対にだめだから。
そうすることがあったとしても、それは──大神さんとあたしが結婚して……、同じ家に住むようになってからのお話ね。
……なんか照れてきちゃうけど。

そんなわけで、今は周囲の人たちもあたしたちも互いに相手を尊重し合ってるので、何も問題は起きていなかった。
だから今、あたしはとても幸せです。
頬に大神さんの体温を感じていると、彼が言った。

「そう言えば新次郎のやつはどうだい?」

新次郎っていうのは、ついこのあいだから帝撃に来ている大河新次郎くんのこと。
この子は大神さんのお姉さんの息子さん。
だから大神さんにとっては甥っ子にあたる。
あたしは微笑んで大神さんを見上げる。

「そうですね、もう一週間も経ちますから、だいぶ慣れたみたいです。大神さんより順応性が高いかも」
「ははは、そうかい。ならいいけどね。あいつ、さくらくんに憧れてるみたいだから、絡まれて大変だろう?」

大神さんはそう言って苦笑する。
あたしは軽く顔を振って笑った。

「そんなことありません。とっても真面目で素直な子じゃないですか。さすが大神さんの血を引いてるだけのことはありますよ」

そう言ってから、また顔を銀座の夜景に向ける。

「みんなに可愛がられてますよ。特にアイリスなんか、新次郎くんがお気に入りみたいで、しょっちゅう「新次郎のお兄ちゃん」ってまとわりついちゃって」

以前の大神さんもそうだったなと思って、あたしはクスッと笑った。
大神さんの腕がそっっとあたしの背中に回る。
暖かい手。

「本当にみんなにも迷惑かけてしまってね……。いくら中等学校最後の夏休みだからと言っても、まさか休み明けまでここで居候させてくれと言ってくるとは思わなかったんだ」

最初は大神さんも戸惑ったらしい。
新次郎くんが大神さん──引いては帝撃に憧れていて、将来は大神さんの後を追ってここに来たいと言ったのだそうだ。

「二三日ならともかく一ヶ月だからね……。さすがに俺の独断じゃ決められないから支配人に相談してみたんだ」
「え……、じゃあ米田支配人は……」
「ああ。喜んで受け入れてくれた。驚いたのは支配人だけでなく、かえでさんまで歓迎してくれたんだ」
「へえ……」
「これはまだ内密なんだけどね……」

と、大神さんは声を潜めて言った。

「どうも支配人たちは新次郎を……俺の後継にここへ引き抜こうとしているみたいだ」
「え……、だって新次郎くん、まだ中学生……」
「ああ。来年卒業だ。その上で……俺と同じく海軍士官学校へ行くことになってる」
「そこを卒業してここへ来るんですか?」
「まだ、そうと決まったわけじゃないよ。それに士官学校の入試に合格できるかどうかはわからないし、入学して卒業できたとしても配属がどうなるかはあいつの成績と海軍次第だ。俺の場合は花小路さんや海軍大臣の山口閣下が推してくれたけど、新次郎がそうなるかどうかはわからないよ」

大神さんに聞いたところだと、海軍士官学校というのはかなり難しいらしい。
受験年齢は16歳から19歳までと幅はあるけど、中等学校4学年修了の学力があるのが大前提。
ここに身体検査や運動の試験もあるんだって。
これをクリアして初めて学科試験を受けられる。
しかも5日間連続で試験があって、それぞれの合否は当日発表。
言うまでもなく、そこで落ちてしまえば翌日の試験は受けられないという厳しいルールなんだそうだ。
ここをくぐり抜けた学生さんは最後に面接試験を受けて、そこで合格して初めて入学が許される。
あたしなんか想像もつかない大変なところみたい。

当然、そこを受ける学生は中等学校でも指折り──というかトップクラスの成績じゃないと、とても及ばないんだとか。
もうあたしなんか絶対ムリ。
大神さんのお話聞いてるだけで目が回りそうだもの。

「もし、ここへ来るとしたらいつ頃なんですか?」
「まだ随分先のことだよ。新次郎は中等学校を来年卒業だから、一発合格してそのまま士官学校へ行って3年。だから、4年くらい後のことだ」
「じゃあ新次郎くんは19歳になってるんだ……。今のあたしと同い年ですね」

ということは、その時あたしはもう23歳になってるんだ……。
その頃までには大神さんと一緒になれていたらいいな。
大神さんも同じことを考えてくれたのか、あたしの腕を抱く手に少し力が入る。

「もっとも、無事卒業したからといって、必ずここへ来られるとは限らないけどね。成績の良い学兵はどの部署だって欲しがるから。希望が通るかどうかはわからない」
「そうなんですか……」
「新次郎は中等学校で首席らしいし、士官学校でも頑張ってそれくらいの成績を収めれば希望部署を聞かれるくらいのことはあると思うけど」

そう言う大神さんも士官学校で首席だったそうだ。
その上で帝撃を志願したみたい。
新次郎くんも同じなのかな。

「いずれにしてもまだ先の話だよ。今あれこれ考えたってしようがない」

大神さんはそう言って笑った。

「取り敢えず今の帝撃を見て、ここがどんなものなのかわかってもらうのもいいかも知れないな」

ひとたび降魔が現れれば、あたしたち花組が出撃する。
厳しい戦いになることも多い。
でも平時のここはあくまで劇場であり、あたしたちは女優で、大神さんはスタッフのひとりに過ぎないんだ。

特に大神さんは、実際にここへ来るまで実態をよく知らなかった。
だから日常の雑務ばかり押しつけられて嫌気が差し、支配人に直談判に行ったほどだ。
それに比べれば、新次郎くんはある程度事情がわかってから来るわけで、その分、覚悟も出来ているだろうと思う。
向かいのビルのネオンを見つめながら大神さんが言う。

「……何だか、肉親てこともあって俺の勝手で新次郎を受け入れてしまったけど……。さくらくんたちには迷惑かけていると思う」
「そんなことありません」

本心だった。

「新次郎とは、士官学校に入る前までずっと一緒に暮らしていたから、甥と叔父というよりは弟みたいなものなんだ」

大神さんは早いうちにご両親を亡くしているから、年の離れたお姉さんの双葉さん(とっても綺麗な人です)は母親みたいなものだって言っていた。
だから余計にそう感じるんだと思う。
あたしは大神さんを見上げて微笑んだ。

「あたしもです。あたし、一人っ子でしたから、小さい時は少し寂しかったんです。姉弟がいればいいなっていっつも思ってましたから、願いが叶った気持ちなんです。あたしも、何だか新次郎くんが弟みたいな感じがして……」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「あ……」

あたしは大神さんに引き寄せられた。
大神さんはあたしをじっと見つめ、あたしも大神さんを見上げる。
大神さんの左腕があたしの腰を抱き、右手が背中を抱く。
暖かい手。
胸がどきどきしてくる。
服の上から胸が動いて見えないか、少しだけ気になった。
あたしは自然に目を閉じ、顔を上向かせた。

「ん……」

あたしの唇に、大神さんの唇が重なった。
そのまま大神さんは、あたしを一層に強く、ぎゅっと抱きしめてくれる。
至福の瞬間。
しばらく彫像のようにじっとしたままでいたあたしたちは、どちらからともなく顔を離していく。
お互いに、少し照れたような笑みを浮かべている。
あたしはそのまま大神さんの胸に顔を埋めた。
手を大神さんの腰に絡ませ、抱きしめる。
彼のたくましい胸板から体温が感じられる。
頬が少し火照ってきたのはそのせいかも知れない。
大神さんの鼓動の音が、直接あたしの耳へ届く。
大神さんも、こんなにどきどきしていたんだ。
そう思うと何だかホッとして、少し嬉しくなる。
大神さんがあたしの肩を抱いたまま言う。

「……そろそろ戻ろうか」
「はい」

いつまでもこうしていたかったけど、もう時間も遅い。
あたしたちは花組で半ば公認の仲になっているだけに心配はかけられない。
公私の区切りはきちんとつけないといけない。

あたしたちはテラスから戻って戸締まりをした。
ふたり並んで廊下を歩いて行く。
テラスならともかく、ここでは誰かが見ていないとも限らないので、少し離れて歩く。
手くらい繋いでいたい。
でも、その思いを噛みしめながら、あたしは大神さんの少し後ろを歩いていた。

「っ……」

前を歩く大神さんが急に止まって、あたしはその背中にぶつかりそうになる。

「さくらくん」
「は、はい」

あたしは振り向いた彼の顔がまともに見られなかった。
どうして顔が火照るんだろう。
胸はさっきよりも一層にどきどきと鳴っている。
もしかしたら大神さんはあたしを……。

「……着いたよ」
「え……」

あたしの部屋の前だった。

「す、すみません」

あたしはそそくさとドアの鍵を開ける。大神さんを振り返る。
笑っていた。

「今日はご苦労さま。じゃあ、おやすみ」
「お、おやすみなさい」

あたしが慌てて会釈すると、大神さんは手を振って立ち去った。
大神さんが自分の部屋を歩いて行く姿を、あたしは手をきゅっと握りしめて見つめていた。

「……」

部屋に入り、パタンと音をさせてドアを閉める。
内鍵を掛けると、あたしは、とん、とお尻をついてドアにもたれかかった。
「ふう」と深く息をついた。
あたしは自分の胸を見下ろす。
着込んだ和服の胸が、小さくどっ、どっと動いている気がする。
まだ胸が高鳴っている。
頬が熱い。
顔だけでなく、身体が少し熱を持っている感じだ。
なぜだろう、口づけしたその時よりも、終わってから大神さんと見つめ合っていた時の方がどきどきしていた。
そして今も。
あたしは、火照った身体を冷ますように、窓を開けて夜風を部屋に入れた。

───────────────

その日、あたしはすみれさんのお部屋にいた。
みんなで夕食を摂り、サロンでお茶を飲んだ後、すみれさんに誘われたのだ。
あたしはすみれさんとよくぶつかるので(カンナさんほどじゃないけど)、仲が悪いと思ってる人もいるみたい。
でも、そんなことない。
花組でいちばん歳が近いのがすみれさんだし、最初はともかく、つき合っていくうちに、この人は悪意はないんだとわかったから。
ただ、自分の感情に正直で、思ったことを口に出してしまうから「毒舌」とか言われるし、言葉足らずだと相手を怒らせることも多かったりする。
カンナさんとの関係もそうなんだろうと思う。

でも、根はとても思いやりのある人で、今ではあたしも大好きな人。
普段のすみれさんとの口喧嘩とかは、言ってみれば挨拶みたいなもの。
どっちも悪気はないから、後味が悪いということもない。
それが終われば普通にお話ができる。
そんな関係だった。
そんなわけで、すみれさんとは、こうしてふたりで話し込むこともある。
特に最近、こういう機会が増えてきたと思う。

あたしが思うに、ふたりとも「お年頃」だし、女の子同士で内輪のお話をしたかったんじゃないかな。
マリアさんやカンナさんもいい人だけど、やっぱり少し年齢を意識してしまって、見えない壁みたいのはある。
紅蘭とはもともと仲が良かったから、よく一緒に出かけたりもするんだけど「こういうお話」はしない。
見た目が愛らしいからなのか、紅蘭にこの手のお話はちょっとしにくいところはあるの。
もちろんアイリスは年齢制限でダメだしね。
どういうきっかけでそういう話になったのかあんまり憶えてないのだけど、すみれさんが唐突に(あたしにはそう思えた)こう聞いてきたの。

「……時にさくらさん。あなた……、中尉とはもう……」
「え……? 何ですか?」
「ですから……、もう、聞きにくいですわ!」
「……?」

すみれさんは、葡萄酒で仄かに染まった頬で少し言い淀んだ。
あたしはあんまりお酒は強くないし、そんなに好きでもないのだけど、少し飲むと気分が明るくなるので、悪くないなと思ってる。
すみれさんもそう強くはないみたいだけど、葡萄酒の香りが好きみたい。

「中尉とはもう……、寝ましたの?」
「……それって……」
「本当に鈍いんですの? ……セックスはしたのかって聞いてるんですの!」
「せっ……」

あたしまで顔が真っ赤になった。
ほんのり頬が赤らむどころではなく、首筋まで赤くなっていたと思う。
何でそんなこと突然言い出したのか、さっぱりわからない。
そう言うと、すみれさんは開き直ったかのように言った。

「そりゃあ興味はありますわ。わたしくもさくらさんも、もういいお歳ですもの。つき合っている殿方がいらっしゃるのなら、そういう関係になってもおかしくないでしょう?」

そうなのかも知れない。
女の子の純潔性が重んじられていたのはもう昔の話になる。
でも、その昔にしたって女宿があったわけだし、聞いたところでは夜這いも普通にあったんだって。
今では娘宿なんてないだろうし、夜這いも……ないわけじゃないんだろうけど、ほとんど耳にしない。
特に帝都のような大きな街では起こりにくいと思う。
でも、だからと言って、そういうお話はやはりしにくい。
あたしは切り返すようにすみれさんに聞いて見る。

「そ、そういうすみれさんはどうなんですか? 紀平中尉さんとは……」
「わたしくのことはどうでもいいんです」

と言って、すみれさんはまた顔を赤くした。
それを見て、あたしはすみれさんもきっと「まだ」なんだろうと思った。
微笑ましいような、ホッとしたような気持ちになり、あたしは答える。

「……まだです」
「そうですの……。でも中尉とはいずれ……」

結婚するのでしょう?と聞いているのだ。
そうしたいとは思ってるけど、まだそこまで考えたことはないの。
そう言ったらすみれさんは少し呆れて言った。

「考えてないって、あなた……。もう19になるのでしょ?」
「はい……。すみれさんが18ですから……」
「ですから、わたくしのことはよろしいの。20歳になる前に一緒になりたいとは思いませんの?」
「……」

江戸時代以前の女の子は14,5歳くらいで祝言を挙げたそう。
16になれば大抵は結婚していて、18歳にもなれば「行き遅れ」と責められたんだって。
今は時代が違う。
女性も社会進出してきているし、それに伴って結婚年齢も上がってるんだと、かすみさんに聞いたことがある(かすみさんは24歳くらいだったかな?)。
でもやっぱり、早く結婚したいっていうのはある。
好きな人がいればなおさら。

「だったら……」

そう言ってすみれさんは葡萄酒に口を付けた。
チョークを巻いた細い首が見え、喉が小さく動く。

「もう抱かれてもよろしいじゃありませんの。どうせ一緒になるんですから」
「そうなんですけど……」
「じゃ、接吻は……、口づけはなさいましたの?」
「っ……!」

きわどい質問ばかりで、あたしの顔は赤いままだ。
その様子を見てすみれさんがクスクス笑う。

「本当にあなたは正直……というか単純ですわね。口に出さずとも顔を見ればわかりますわ」

バレている。
あたしはすみれさんの顔をまともに見られず、真っ赤な顔を俯かせたまま。

「なら、もう一押しじゃありませんの。それとも……、まだ抱かれたくないのかしら?」
「そんなことは……」

酔いが少し回ってるせいか、話題が下に落ちっぱなし。
あたしも少し酔ってるのか、すみれさんの話についていっている。
女性にも、その、性欲……があるって言ってたのはマリアさんだったかな、それともすみれさんだったか。
あたしはその言葉をよく覚えている。
「そういう気持ち」になっても恥ずかしがったり、ましてやふしだらだなどと思う必要はないっていうお話だった。
女の子同士の他愛ない話に、こういう話題が入るようになったのは、やっぱりあたしたちがそれなりの年齢になったということみたい。

いずれにしても、ちょっと前まで女の子がこんな話をしたら「はしたない」と思われていたから、時代は変わっていくんだと思う。
でも、そう言われて初めてわかった気がする。
あの時……大神さんの胸に抱かれていた時。
そしてキスを交わしたあの時。あんなに胸がどきどきしていたのは、きっと「その先」に対する期待があったんだと思う。
彼に抱かれたかったんだと思う。
そう言えば……恥ずかしいけど、あの時、少し……あそこが湿っていた感じがあった。
だからきっと、あの時に大神さんに求められていたら、あたしは……。

「もしかして、あなた……」
「え?」

すみれさんの声に、あたしは顔を上げる。

「……もう「男性」を知ってらっしゃいますの?」
「……?」

あたしはすみれさんの言っている意味がよくわからず、きょとんとした顔をしていたらしい。
焦れったそうなすみれさんが直接的に言った。

「ですから……、殿方に、その……ああ、言いにくいですわね、抱かれた経験はおありですの?」
「っ……!」

びっくりしたあたしは大きく目を開いてすみれさんを見た。
そして燃えるように熱を持った両方のほっぺを手で押さえるようにして言う。

「そっ、そんなことあるわけありません!」
「わかりましたわよ、そんな大声出さなくてもけっこうよ」

あらぬ疑いを掛けられて、あたしも少し興奮したみたい。
怒ったというよりも恥ずかしかった。
何だか急に喉が渇いて、チューリップみたいなおしゃれなコップ(グラスっていうのかな)に入っていた薔薇色のお酒を一息で飲み干した。

でも、あたしが、その……まだだとわかると、すみれさんは少しだけ安心したような表情になった。
すみれさんも「まだ」なんだろうな。
あたしに出し抜かれていた(って言い方もおかしいけど)としたら、負けず嫌いなこの人はやっぱり悔しいと思ったんだろうか。
すみれさんは空になったあたしのグラスと自分のグラスに、それぞれ葡萄酒を注いでくれる。
もう瓶の中身は半分以下になってる。
けっこう飲んじゃったみたい。

「ごめんなさいね、失礼なこと聞いちゃって」
「……いいえ。でも、なんでそんなこと……」
「あなたが中尉に抱かれないのは、もしかしてあなたが以前の他の殿方に抱かれたことがあって……、純潔でない……ああ、この言葉もイヤですわね……、処女じゃないことを知られるのがおイヤなのかと思ったんですわ」
「ああ……」
「でも、さくらさんは違ったようですけど、もしそうだったとしてもさして気になさる必要はないと思いますわ」
「え、そうですか? でも、男の人はそういうことを気にするんじゃないでしょうか」
「そのようですわね。でもね、さくらさん、よくお考えになって。女がそうあるべきだと考えるのであれば、男だってそうじゃありませんの?」
「は……?」

すみれさんはそこでグラスを持ち上げ、一口だけ葡萄酒を飲んだ。白くて綺麗な喉が小さく動く。

「だって、殿方はあたしたちを抱く時には大抵初めてではないと思いますわよ」
「あ……」
「もちろん、女遊びなんかまったくしなかったし、夜這いの習慣も無視していたかたがいてもおかしくはありませんけど、ほとんどは……」
「……」
「中尉……大神さんだって海軍士官ですわ。巷の話では、海軍の軍人は女遊びが派手だそうじゃありませんの。もしかしたら士官学校時代にはもう経験なさってるのじゃなくて?」

そうかも知れない。
そう思うと少しだけ悔しかった。
これが嫉妬というものなのかしら。

「先輩に誘われでもしたら断れませんでしょう。それに中尉だって男性ですわ、女に興味がないわけがありませんし。それがあなたと知り合う前であればなおさら……」

その通りだと思った。
先輩や同僚に花街に誘われたら断りにくいと思う。
多分、加山さんにでも誘われて遊びに行ったことくらいあるんじゃないかな。
それにすみれさんが言う通り、大神さんだって男性だ。
絶対に女性に興味があるんだ。
その証拠に、大神さんはその……、お風呂を覘いたことだってあった。
その時は驚いたし、思わず大神さんの頬を引っぱたいちゃったけど、それはこっそり覘いたりしたから。
女性に興味がある、裸を見たいっていう気持ちは、男として当然なんだろうと思う。
性欲……この言葉も恥ずかしいな、でも、それがあるのは当たり前なんだ。

すみれさんは女にもそれはあるし、男がそれを認めないのはおかしいと言っている。
確か同じことはマリアさんも言っていたような気がする。
そうなのかなあ。
でも、そう言われてみると、確かにあたしは大神さんとキスしたり、その胸に抱かれている時は、ものすごく胸がどきどきした。
さっきも思ったけど、あそこが濡れてしまったのも大神さんに、その……欲情したから……かな。

でも、だからと言って男性であれば誰にでも抱かれるというのはおかしいと思う。
そういう気分になったとしても、それは愛する大神さんだからこそ。
他の男性にそんなことを期待するとは思えない。
でも、それと後生大事に操を守るということは別でしょう、と、すみれさんは言いたいのかも知れない。
男遊びをするのは感心しないけど、その時その時愛し合った結果であれば、それは決して恥じることはないし、引け目を感じることもない。
そう言ってくれているんだ。

でも、大神さんがあたしを「求めてくれない」のはなぜだろう。
あたしにそういう魅力がないんだろうか。
ううん、違う。
あの人は──大神さんは、きっとあたしのことをとっても大切にしてくれているんだ。
だから結婚するまでは、あたしを綺麗なままでいさせてくれるんだ。
そう思いたかった。

その時、コンコンとドアをノックする音がした。
すぐにすみれさんは立ち上がり、対応する。

「どなた?」
「マリアよ」

マリアさんだ。
すみれさんはそれを確認すると、内鍵を解いてドアを開ける。
ふさっとした綺麗な金髪が揺れ、マリアさんのきりっとした顔が部屋を覗き込んだ。

マリアさんは美人なだけでなく、スタイルもとってもいい。
胸なんかすごく大きいし、お肌も真っ白なんだ。
そう言えば一緒にお風呂に入った時わかったけれど、すみれさんもけっこう胸があるんだ。
いつも、見ているあたしが恥ずかしくなるくらい胸を露わな格好をしてるけど、やっぱり自信があるのかなあ。
マリアさんたちの身体を見ると、あたしは自分の身体に劣等感を抱いてしまう。
胸はそこそこしかないし、むしろお尻の方がおっきくていやになっちゃう。

そうか、あまり綺麗な身体じゃないから、大神さんに見られるのが恥ずかしいのかも知れないな。
もし誘われても、咄嗟に断っちゃうかも。

「あ、さくらもいたのね? 息を抜くのはけっこうだし、公演もないからいいのだけど、明日も稽古はあるのだから、そろそろ休みなさい」
「あ、もうこんな時間」

マリアさんに言われて初めて気がついた。
もう壁時計の時刻は日を越えてしまっている。
マリアさんはテーブルの上をちらりと見ながら言った。

「お酒もほどほどにね。少し声が外に洩れてたわよ」
「すみません」

マリアさんが立ち去ると、あたしはそそくさと片付けを手伝ってから、すみれさんの部屋を後にした。

───────────────

今日はお稽古もなく、あたしは大神さんと新次郎くんの三人で夕食に出かけた。
お食事というよりはお酒を飲みに行ったんだ。

ビアホールと言って、ビールを飲ませるお店。
とっても広くて、お客さんがたくさんいた。
あたしはビールを飲むのは初めてで、一口飲んだら苦くてびっくりした。
大神さんと新次郎くんは、あたしが「苦いっ」って言って顰めた顔を見て笑っていた。

何でもビアホールというのは、日本では明治に大阪に出来たのは初めてなんだって。
帝都にもすぐ同じようなお店が出来たんだけど、それが銀座なんだ。
つまりこのお店らしい。
女給さんがいるカフェよりもお値段が安くて庶民的ということもあり、大繁盛したんだって。

大神さんたちはさすがに男の人で、大きなジョッキになみなみと注がれたビールをぐいぐい煽っていた。
あたしはジョッキひとつ飲むのも大変だったけど、だんだんとその苦みに慣れてきて、「あ、悪くないかも」って思えるようになった。
飲むのに時間がかかるから、冷たいビールが温くなってしまうんだけど、それを見計らって新次郎くんがあたしのジョッキの残りのビールを飲んでくれた。
そしてお代わりの冷たいビールをあたしに頼んでくれる。
こういうところは大神さんより気の利くなあ。
あたしは、自分の飲みさしを他の人に飲んでもらうのは気が引けたんだけど、彼はあんまり気にしてないみたい。

新次郎くんが上京してから、三人で外食に出たのは初めてだった。
大神さんとのデートも楽しいけど、弟みたいな新次郎くんを交えての三人でお喋りというのも大好きだ。
あたしは、ちょっと迷ったのだけど思い切って洋装にしてみた。
すみれさんの勧めもあって、あたしにしてはちょっと大胆なデザインのサマードレス。
丈は長いから脚は見えないけど、肩も腕も露わになってて少し恥ずかしかった。
でも肌触りはいいし、ピンクのデザインも可愛かった。
出かける時、あたしを見たふたりはかなり驚いたみたいだった。
いつもは和装ばかりだから意外だったんだと思う。
呆気にとられたみたいにあたしを見つめ、ふたり同時に顔を赤らめてしまったのでおかしかった。

「……似合いますか?」

って聞いて見たら、大神さんはコクコクと頷いて「とてもよく似合うよ」とか「可愛い」って言ってくれた。
大神さんからこの言葉を聞けただけでも着てよかったと思ったりする。
新次郎くんもびっくりした様子だったけど、すぐにいつもの柔らかな笑みで「とってもステキです」って言ってくれた。
あたしはさっきまでの不安はどこへやら、すっかり嬉しくなった。
あたしを真ん中に挟んだ格好だったふたりの腕に腕を絡め、足取りも軽く出かけたのだった。

「それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさん、叔父さん」

部屋に続く廊下で大神さんと別れた。
大神さんのお部屋はいちばん手前なんだ。
その奥にあたしのお部屋があって、三つ向こうに新次郎くんの仮部屋がある。
あたしは自分の部屋の前で立ち止まり、新次郎くんににっこり微笑んで挨拶した。

「新次郎くん、おやすみなさい。また明日ね」
「はい、おやすみなさい。……あ、ちょっと、さくらさん」
「え?」

ドアを開けようとしたあたしに新次郎くんが言った。
何か思い詰めたような、それでいて躊躇しているような、彼らしくない表情。
いつものあどけない少年の笑顔ではなかった。
あたしはちょっと気になった。

「なに?」
「……その……、ちょっとだけ僕の部屋に来てもらえませんか?」
「新次郎くんの?」

何だろう。
何かまだお話があるんだろうか。
お酒で少し気持ち良くなっていたこともあって、あたしはふたつ返事でOKした。
ちょっと喉が渇いていたこともあり、新次郎くんのとこで少しお茶を飲むのもいいかな、と思った。

新次郎くんが微笑んでドアを開けてくれたので、あたしは先に入る。
一ヶ月の仮住まいだけあって調度品はあまりない。
殺風景なんだけど、でも小綺麗に掃除はしているみたい。
この辺は新次郎くんらしいと思う。
つき合ってわかったのだけど、この点、大神さんは案外だらしないみたい。
何度かお部屋に行ったけど、雑然としてたもの。

後ろでパタンとドアが閉まった音がしたので振り返ると、新次郎くんが目の前にいた。

「ちょっと喉渇いたね。お茶でも煎れ……むううっ!?」

いきなり新次郎くんがあたしに覆い被さってきた。
そして……あろうことか、唇を奪った。
びっくりしたあたしは、目を白黒させながら必死に彼から離れようとする。
新次郎くんはあたしの背中に手を回して抱きしめてくる。
あたしは新次郎くんの腕を掴み、何とか身体を引き剥がした。

「ぷあっ……、し、新次郎くんっ、急に……あむうっ!」

やっと離れたと思ったら、また彼があたしを引き寄せて強く抱きしめる。
そして唖然としているあたしに顔を近づけて、またキスをしてきた。

「ん……んん……んっ……んぶっ……」

大神さんとの甘い優しいキスとはまったく違う暴力的な口づけ。
あたしの唇は新次郎くんの唇を押しつけられ、柔らかく潰れてしまっている。
あまりにも強引なせいか、新次郎くんの前歯があたしの前歯に当たってしまう。

「っ……!」

突然、柔らかく熱いものがあたしの唇を割ってくる。
これは舌だ。
新次郎くんの舌が、あたしの口に潜り込もうとしているんだ。

あたしは本当に驚いて目を堅く閉じ、拳を作って新次郎くんの腕や背中を叩く。
辛うじて口の中に入ってくるのは抑えているけど、男の人の舌が唇の中に入り込んであたしの歯や歯茎を舐めてくる。
気持ち悪いっ。
あたしが口を開けないとわかると、新次郎くんはあたしの上唇と下唇を交互に咥え、舌でまさぐってきた。
あまりの気色悪さに、あたしは絶叫した……つもりだった。
けど、口が彼の唇に塞がれていてくぐもった声しか出てくれなかった。

「んっ……んぐっ……むっ……」

何だか頭の芯がぼうっとしてきた。
お酒のせいもあるんだろうけど、新次郎くんの息遣いや匂いに、なぜか頭が痺れてくる。
どうしてこうなるのかわからない。
彼の腕を掴む手の力が抜けてきた。
それでも懸命に顔を振りたくって新次郎くんの口から逃れた。

「はああっ……、はっ、はっ……新次郎くん、どういうつもり……い、いやっ、あ、あっむうっ」

新次郎くんは、両手であたしの頬を挟むようにして、暴れて逃げようとしているあたしの顔を自分の方に向ける。
そして、あたしが制止するのを無視して、また唇に吸い付いてきた。

「んんっ……ぐうっ……ん、んむ……んんっ……くうっ……あ、あんむっ」

動揺していたこともあって、鼻からの呼吸がうまくできない。
唇が離れた一瞬しか息継ぎすることが出来ず、あたしはその息苦しさからとうとう口を開けてしまう。

「むぐうっ……!」

あたしの前歯が開くのを待ち構えていたかのように、新次郎くんの舌が口の中に入り込んできた。
あたしはギクンと身体を震わせ、全身を息ませた。
信じられない。

こういうキスがあるというのは知っていた。
唇を合わせるだけの口づけではなく、男女が互いに口の中を許し合い、舌を絡ませるようなキス。
前に外国の活動写真でそういうシーンを見て息を飲んだことを思い出す。
同時に、胸がきゅんとして喉がからからになり、身体が熱くなったことも。

今、自分がそれをされている。
大神さんとの口づけでも、だんだんとあたしはそういうのを望むようになっていた。
でも、とても自分から言い出すことなんか出来ず、大神さんがしてくれるのを待っていたんだ。
それなのにあたしは今、大神さんではなく新次郎くんとそれをしていた。
無理矢理とはいえ、新次郎くんに口の中を許してしまっていた。

「ん、ん……んん……んっ……んふ……」

新次郎くんの舌が、口の中で逃げ回っていたあたしの舌を捉え、強く吸い上げてくる。
舌を付け根から引っこ抜かれそうなほどの強烈な接吻だった。
舌は痺れ、動きが鈍くなってくる。
すると新次郎くんの舌があたしの舌に絡みついて、ねっとりと舐め回してきた。
新次郎くんの舌は、まるで別の生き物のように動き回ってあたしの口の中を蹂躙した。

「ん……ん……」

だめ。
頭の痺れが酷くなってくる。
くらくらしてきた。
気持ち悪かった舌の感触にも慣れてきてしまう。
身体から完全に力が抜けた。
新次郎くんの腕を掴んでいた手がずるずると滑り落ちる。
腰に力が入らなくなって、立っていられない。
あたしが倒れかかったので、新次郎くんは慌てて口を離すと、くたりとなったあたしの身体を抱くようにして支えた。

「し……新次郎くん……なんで……」
「……続きはあっちでしましょう」
「続きって……」

頭が痺れているあたしは何のことかわからず、そのまま新次郎くんに抱かれたまま(「お姫さま抱っこ」って言うらしい)ベッドへ運ばれていく。
あたしはそのままごろりとベッドに寝かされる。
ぼんやりしたあたしの目に、服を脱ぎ始める新次郎くんの姿が見えた。
肘を突いて起き上がろうとしたあたしの上に、新次郎くんの身体が覆い被さる。
あたしは思わず顔を背けた。
新次郎くんは、あたしの顎を掴んで横に伏せた顔を正面に向けさせる。

「さくらさんがいけないんですよ」
「あたしが……なんで?」
「そんな格好で出てくるなんて……、この綺麗な肌」
「やっ……」

新次郎くんの手が、剥き出しになったあたしの肩口をそっと撫でる。
ぞわっと鳥肌が立った。

「腕も肩も首も……みんな綺麗だ。僕が……さくらさんのことを好きだと知っているのに、そんな格好でいるから……」
「あ……、で、でも……」

別に新次郎くんに見せたかったわけじゃない。
そういう気持ちも少しはあったけど、でも大神さんに見てもらいたかった方が強いんだ。

「誘ってるとしか思えませんよ」
「誘うって……」

少し考えて、あたしは覚った。
頬が火のように熱くなる。
彼の言う「誘う」というのは、お出かけに誘うという意味ではなく、女が男の人を、その、そういうことに誘うという意味なんだ。
あたしは必死で否定した。

「ちっ、違う、違うわ! あたしはそんなつもりじゃ……」
「もう、そんなことはどうでもいいですよ。僕はもう……止まりそうにない。いいですね?」
「い、いいですねって……あ、むぐっ!」

また口を塞がれた。い
やいやと顔を振ろうとしても、新次郎くんの手が両方のほっぺを押さえ込んでいて顔を背けられない。
あたしは身体を堅くして耐えているけれど、新次郎くんは強く口を吸ってくる。
あたしは呻き声を漏らしつつ、だんだんと身体が熱くなっていくのを感じていた。
まるで新次郎くんが口から力や意志を吸い取っていくかの如く、あたしは身体から力が抜けていくのを実感していた。
あたしの抵抗が止んだのを確認してから、新次郎くんはドレスを脱がせていく。

「や、やだ! だめよ、そんなっ……あっ!」

止めようとしたあたしの腕を新次郎くんが押さえ込む。
両手首を頭の上の方へ持って行き、軽々と片手でベッドに押しつける。
小柄なはずだけど、よくよく考えればあたしよりは大きいんだ。
華奢に見えるけど、そこはやっぱり男の子だからたくましくて当たり前。
とてもあたしの力ではどうにもならない。

「やあっ……!」

ドレスの前が大きく開けられ、下着が露わになる。
あたしは悲鳴を上げたものの、声を殺し気味だ。
大声で叫べば誰か来てくれるかも知れないけど、こんなところを見られたくなかった。
もし見られたら、あたしも新次郎くんもここにいられなくなってしまう。

身体を藻掻かせると、ブラジャーに包まれた胸の膨らみが揺れる。
新次郎くんはその動きをじっと見つめていた。
恥ずかしかった。

「や……、見ないで! 新次郎くんっ、やめて! あっ……んんっ!」

新次郎くんの手がブラジャーの中に忍び込んできた。
そして、その指先が乳首に触れる。
びっくりするような刺激が全身を貫き、あたしはギクンと背中を震わせた。

「やあっ、やめて、何するの! あっ、だめだったらあっ……」

新次郎くんの顔が紅潮してくる。
息遣いも荒くなってきた。
彼の指は執拗にあたしの乳首をいじってくる。
しぼんでいたはずのそこは、指でいじくられ、こねられ、弾かれると、見る見るうちに硬くなり、立ち上がってきた。
その羞恥で、あたしの顔も燃えるように熱くなってくる。

「あっ……」

やっとブラジャーから手が離れたと思ったら、今度は乱れたサマードレスに新次郎くんの指が掛かる。
赤くなっていたあたしの顔が青ざめる。
新次郎くんはあたしのドレスを一気に引き下ろした。

「いやああっ」

お気に入りのピンク色をしたサマードレスは脱がされ、足下に落ちて蟠っている。
今、身に着けているのは上下の下着だけだ。
肌のほとんどを新次郎くんの目に晒してしまっていた。

こんな……こんなこと、ありえない。
大神さんにもまだ見せていなかった姿を新次郎くんに見られてしまった。
これだけでは終わらないはずだ。
次は下着まで脱がされ、そして……。

そう考えるといてもたってもいられず、あたしは力を振り絞って抗った。
掴まれた両手首に力を込め、背や腰を跳ねさせるものの、新次郎くんは一向に許してくれそうになかった。
どうにもならないと覚ると、目の奥がジーンと熱くなる。
視界がぼやけた。
今にも涙が溢れそうになっている。

「やめて……お願い、新次郎くん……ああっ」

新次郎くんは無言であたしのブラジャーを剥ぎ取ってしまう。
ぷるんと飛び出た乳房が彼の目に触れる。
息を飲んだような表情でそれを見ている新次郎くん。
叫び出したいくらい恥ずかしかった。

「……すごい……。綺麗ですよ、さくらさん」
「見ないで……お願い、もう……あっ」

恐る恐る手を伸ばし、新次郎くんはついにあたしの胸に手を触れた。
触れたどころではない。
手のひらでしっかりと掴み、揉み込んでくる。
男性に初めて乳房を触られ、その手や指の刺激が脳髄に直撃する。

「やだ……さ、触らないで……もうやめて、お願い……」

目の縁からすうっと涙が伝い落ちる。
それを見て、新次郎くんは一瞬躊躇したようだったけど、顔を振ってまたあたしの身体に触れてきた。
葛藤しているみたいだけど、もうこうなってしまっては男性の本能に勝てないのかも知れない。
あたしは血の気が引いた顔で身体を捻り、腰を弾ませ、脚をばたつかせた。
でも、激しく暴れさせている腿から、するっとパンティが下ろされてしまう。
悲鳴を上げたけど、新次郎くんはその頼りない薄い下着を紐のようにまとめ、そのまま膝まで引きずり下ろしてしまった。

「や、やめてっ……!」

あたしは声を抑えながらも、必死になって彼を止めた。
ここまではいい。
いや、よくはないんだけど、今ならまだ間に合う。
冗談にしては悪質だけど、まだ引き返せる。
でも、これ以上は本当にダメ。

あたしは脚を捻り、膝を曲げて股間を守ろうとする。
でも新次郎くんは、あたしの脚の間に膝をねじ込んで強引に開かせてしまう。
そして……、彼の手があたしのそこに触れてきた。

「やだあっ! 触らないで!」

あたしの悲鳴を無視するように、新次郎くんは右手であたしの股間をまさぐり、左手で胸を揉んでいる。

「すべすべですね、さくらさん。本当に綺麗な肌だ。おっぱいも柔らかくって気持ち良い。下の毛も良い感じですよ、しなやかだし、しっとりしてるし……」
「そ、そんなこと言わないでっ……」

褒めてくれているんだろうけど、そんなこと言われてもちっとも嬉しくない。
そこを見られている、触られているという恥ずかしさで顔が火照る。
首まで熱くなる。
藻掻くあたしを抑えながら、太腿や胸、そして股間を撫でていた新次郎くんは、あたしの両脚をぐいっと割り開いた。
あたしは顔面蒼白になっていたと思う。
とうとう、この時が……。

「やだ、やめて! し、新次郎くん、ホントにやめて!」

両膝を割り、そのまま彼の手が内腿に滑り込んでくる。
さらに大きく脚を開かされ、新次郎くんはあたしの大事なところをじっと見つめた。
涙がぽろぽろ零れてくる。

「いやああ……、見ないで、見ちゃいやあ……」

割り開かれた両脚を少しでも閉じようと、あたしは懸命に力を込める。
そのせいか、腿を抑えている新次郎くんの指があたしの肌に食い込んでいた。
なぜだか、とっても恥ずかしかった。

「ひゃっ……」

びっくりしたような悲鳴を上げてしまった。
新次郎くんは、あたしの腿にほっぺを当てて擦っている。
まるで肌の感触を確かめるように顔を滑らせ、うっとりしたような表情を浮かべていた。

「いい触り心地ですよ。こんな肌初めてだ……」

新次郎くんはそんなことを言いながら、顔を股間の方へ下ろしていく。
ああ、新次郎くんの熱い吐息があそこに当たってる。
顔がくっつきそうなくらい近くで見てるんだ。
あ、あそこの毛がくすぐったい。
これは……新次郎くんの顔に毛が触れてる。
いやだいやだいやだ。

「んんっ!」

腰が勝手にギクンと痙攣した。
新次郎くんが、あたしのそこに触れたのだ。
そこ……、大神さんのことを思って、時々自分で慰めるときに触れる場所。
股間の恥ずかしいところ。
あそこの上の方にある、小さなお豆みたいなやつ……。
初めてそこに触れた時、あまりの刺激に驚いた。
最初は少し痛かったものの、何とも言えない気持ち良さがある。
ついつい触れてしまい、恍惚としてしまうこともあった。

「んっ……はっ……はうっ!」

どうしても声が漏れる。
あたしは必死に手を伸ばし、彼の顔を離そうとした。
手が新次郎くんの頭を押し、指が彼の髪に絡んだ。
ということは……、新次郎くんは指なんかじゃなく、口で……舌や唇であたしのあそこを舐めているんだ。
そう思うと、羞恥で頬が灼けそうになる。

「や、やめて! 汚いわ……っく……うんっ……だ、だめっ……はあっ」

髪を引っ張ったり、拳で叩いたりするけど、新次郎くんはビクともしなかった。
彼の舌があそこを舐めてくる。
舐めるなんて信じられない。
少し濡れたり、おしっこが出たりするところなのに、そこを舌で舐めるなんて……。
大事なところとその側にあるお豆を舐められ、唇でしごかれるたびに、あたしは小さな悲鳴と呻き声を交互に上げ、裸の身体を引き攣らせた。
新次郎くんがそこから顔を離して言った。

「どうです? 良い気持ちでしょう? 叔父さんと比べてどうですか、僕は」
「く、比べたことなんかありませんっ、あ、いや!」
「感じてるんでしょうに。さくらさんのオマンコが濡れてきてますよ」
「そ、そんなこと言っちゃいけませんっ! 見ないで!」
「素直に認めればいいのに。だってほら、濡れてるだけじゃない、口まで開いて……」
「言わないで!」

そんなこと言われなくともわかっていた。
あそこが濡れ、スースーと涼しくなっている。
恥ずかしい割れ目が開いて、中が見えてしまっているんだ。
そこを新次郎くんに見られている。
あたしは恥ずかしさと戸惑いでいたたまれなくなった。

「これだけ濡れてればいいんですね」
「な……何が……あっ!」

あたしは引き攣ったような声を上げた。
あろうことか、新次郎くんはズボンを脱ぎ去っていた。
それどころか、ぱ、パンツまで……。
これからされることを想像し、あたしは絶望的な悲鳴を上げた。

「だめ、それだけはだめよっ! 新次郎くん、お願い、それだけはやだっ」

新次郎くんは逸る気持ちを抑えるように深呼吸すると、おもむろにあたしのそこに……お、男の人のアレをあてがった。
あたしは死ぬ気になって藻掻き、身悶え、抵抗した。
さすがに新次郎くんも、あたしの抗い振りが普通でないとわかったらしい。
いったん、矛を引くように腰を持ち上げ、あたしの顔を見つめた。

「まさかとは思うけど……、さくらさん、あなた、もしや……」
「……」

何を聞かれているかわかり、あたしは赤い顔を背ける。
新次郎くんの指が顎にかかり、背けた顔がまた正面に向けられた。

「……本当に? 本当にさくらさん、まだ……。叔父さんとも?」
「……」

あたしはこっくりと小さく頷いた。
こんな恥ずかしいこと、普通なら聞かれても答えない。
もし、普段の場で新次郎くんがこんなこと言ってきたら叱っていたと思う。
でも、今は違う。ちゃんと答えないと、新次郎くんは本当にあたしを襲ってきそう。
正直に答えると、案の定、新次郎くんは少し躊躇った。
でも、すぐにまたあたしにのしかかってきた。

「新次郎くんっ……!」
「まだ処女だったとは思いませんでした。でも、仕方が無い。僕はもう収まりが利かないですし」
「……」
「それに……、いずれどこぞの男に捧げなければならないんです。それが少し早くなったと思えば……」
「いやよ! あ、あたしは大神さんに……綺麗な身体のまま大神さんにっ……」
「だったら早く抱かれていればよかったんですよ。でも、もう遅い。これも運命かも知れません。僕は……、僕はあなたを……真宮寺さくらさんを僕のものにする」
「っ……!」

新次郎くんの膝が左右に動き、あたしの両膝を押して股間を拡げる。
慌てて閉じようとしても無駄。脚が新次郎くんを挟み込んでしまうだけ。
新次郎くんが身体を起こし、腰を沈めようとする。
そして、その時が来た。

「ひっ……!」

熱いものがあたしの大事なところに当たる。
食い込んでくる。無駄と知りつつも、あたしは涙ながらに彼に哀願した。

「だめ……お願い、許して……こ、こんなこと、いけないわ……」
「すみません、さくらさん。でも、もう抑えきれない」
「ああっ!」

彼の分身があたしのあそこをまさぐっている。
そして、その先っちょが、とうとう入るべきところを見つけてしまう。
硬くなった男性のアレが、あたしの中に沈んできた。

「あっ……くうっ……や、やだ、やめ……あっ」

目も眩むほどにきつい感じがした。
濡れているのは自分でもわかるのに、それでもこんなに窮屈な感じがするなんて。
そして、今までになかったような激痛があそこに走る。

「い……痛い……痛いっ……やあ……あ、い、入れないで、いたっ!」

「刺し貫かれる」という実感を、いやというほど味わわされた。
あたしは顔を仰け反らせ、歯をぎりぎりと食いしばる。
でも、そんなことで耐えられるような痛みではなかった。
本当に身体が引き裂かれるかと思うほどの激痛。
生木を裂かれるような、という形容が初めて理解出来た。

「お、お願い、しないで……いたっ……ぬ、抜いて……い、いたい……ああ……」

新次郎くんなりに気を遣っているのか、少しずつ少しずつあたしの中にねじ込んでくる。
動きはゆっくりでも痛みは格別だった。
ずずっと少し入ってくるだけで、飛び上がるほどの激痛が股間から全身に突き抜ける。
痛さのあまり、あたしは顔をぶんぶんと振りたくり、呻いた。身体が強張り、堅くなる。
そんなことをすればかえって痛くなるかも、と思うのだけど、どうにもならなかった。
あたしは痛みに打ち震え、呻き、虚しく新次郎くんに懇願するしかなかった。

「やめてぇ……痛い、ホントに痛いのよ、あっ……くっ……あ、やあっ、もう入れないで……んんっ……」

まだ入ってくる。
ゆっくりした挿入だからかも知れないけど、無限に感じるほどに長い時間。
その圧迫感と息苦しさもさることながら、この苦痛はたまらなかった。
例えるなら、転んで擦りむいた膝小僧の傷を手でゴシゴシと擦るような痛さ。それが新次郎くんが押し入るたびに繰り返される。
失神してしまわないのが不思議なくらいだった。

「い……たいっ……あうっ……痛い……くっ……」

何とか新次郎くんから逃れようと、あたしは痛みを我慢しながら必死にずり上がろうとする。
でも、いつの間にか新次郎くんはあたしを正面から羽交い締めにするようにして、手を背中に回して肩を引き寄せてくる。
ビクともしなかった。
あたしはただ、彼のものを受け入れるしかない。
新次郎くんの動きが止まった。

「……入りましたよ、全部」
「……」

その言葉を聞き、また新たな涙が溢れ出した。
とうとう……、とうとう犯されてしまった。
この歳になるまで慈しみ、大切にしてきた操が、最愛の人に捧げる前に奪われてしまった。
肉体的苦痛と同時に、その悔しさと大神さんに対する申し訳なさがあたしの心を打ち拉いだ。

「こんな……こんなことになって……大神さんに何て言えばいいの……」
「正直に言ったらどうです? 僕に抱かれたってね」
「……っ」

あたしは唖然として新次郎くんを見た。
こんなこと、大神さんに言ったら、あたしはともかく新次郎くんはタダでは済まないと思う。
なのにこの子ったら、薄笑いを浮かべてあたしを見下ろしている。

「いいんですよ、叔父さんに言いつけても。僕に抱かれた……いいえ、無理矢理に犯されたって」
「そんなこと……そんなこと大神さんに言えない……」

そこであたしは気づいた。
それが狙いなのかも知れない。
むざむざ処女を犯されてしまったことを、あたしが大神さんに言えるはずがない。
新次郎くんはそう思ってるんだ。
でも、事実だ。
あたしには……、少なくとも今のあたしにはこのことを大神さんに告げる勇気はなかった。
あまりにも衝撃が大きくて、とてもそんな気力はない。

処女を奪われてしまった絶望感からか、あたしの身体も心も抵抗する力が完全に失せてしまっていた。
まだ身体は痛みで強張っているものの、身じろぎも出来なかった。
なのに新次郎くんは、そんな状態のあたしに腰を使ってきた。

「あっ、ああっ、痛いっ……う、動かないで、お願いっ、痛いのよ……くううっ!」
「少し我慢してください。最初は誰でも痛いものらしいです。でも、慣れてくれば気持ち良くなってくるはずです」

そんなこと信じられない。
こんな激痛が気持ち良くなるわけないっ。
新次郎くんが突き込んでくるたびにあたしの中の傷口が擦られ、耐えきれない苦痛が湧き起こる。
痛みを訴えるあたしの声に、新次郎くんは何度も詫びながら、それでも動きは止めなかった。

10回、20回、ううん、もっともっと腰を動かされ、あたしの胎内で新次郎くんのものが暴れている。
その間、ずっと悲鳴を上げ、苦痛に呻き、激しく身悶えていた。
最初はぎちぎちと狭いところを抜き差しされていた感じだったものが、だんだんと滑りがよくなってきた感じがあった。
きっと、あたしのあそこから出たはずの血でそうなったんだと思う。

新次郎くんの腕の中で何とも身体を仰け反らせながら、あたしはこの悪夢の時間が早く過ぎ去ることだけを願っていた。



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