仲睦まじい夫婦がいた。
結婚したのは2年前だから、まだ新婚気分が抜けきらないのは無理もない。
それにしても、周囲が苦笑するほどの夫婦仲の良さだった。
しかし周囲がどう思おうと、ふたりはまるで頓着していなかった。
夫よりも2歳年上だったこともあり、必要以上に妻をリードしようとする夫を、妻はそのプライドを傷つけないよう優しくサポートしていた。
人前でベタベタするようなことは滅多になかったが、こうして二人きり──寝室など──になると、途端に妻が夫に甘えるのが常だった。
そもそも、夫の方が妻を見初めたというよりは、幼なじみだった頃から、妻の方が夫に淡い恋心を抱いていたのである。
妻──ビアンカは、幸せの絶頂にいた。
少なくとも彼女自身はそう思っていた。
夫──リュカと無事に婚儀を挙げ、その一年後には子宝に恵まれた。
予想外に双子だったが、レックスとタバサという男児と女児を同時に得られたのだから、文句のつけようもなかった。
ビアンカとしては、このままつましく暮らして行ければよかったのだろうが、生憎、時代と世界がそれを許してはくれなかった。
夫のリュカは、伝説の勇者である可能性が強く、本人もそれを自覚していたから、邪悪な魔の侵攻を食い止めるべく、冒険の旅に
出ることもある。
実際、結婚して間もなく、1年に渡って世界を巡っていたのである。
子供達は、その間に恵まれたのであった。
そうして帰国後に出産、様々な事件が重なり、リュカはグランバニア王に推挙されることとなったのである。
これだけはビアンカにとっては余計だった。
世界を巡る冒険も、決して楽な旅路ではなかったが、いつも夫がいてくれた。
危険なことは何度もあったけれど、怖いと思ったことはなかったのだ。
それから一転して国王である。身の危険はなくなったが、同時に安らぎもなくなったような気がする。
王族になったということは、常に周囲に家臣や召使い、護衛がいるということである。
公務とあらばそれもやむを得ないだろうが、私生活に戻っても同じなのだ。
というより、プライヴェートは殆どないと言っていい。
食事の時も公邸の私室や居間にいる時でも、ベルを鳴らしたり小声で呼んだだけで召使いたちがすっ飛んでくるのだ。
気が休まる時がない。
もともとの貴族や王家であれば、そうした状況は当たり前なのだろうが、ビアンカもリュカも庶民である。
正確にはリュカは王族に連なるのであるが、彼はそれを意識することもその恩恵を受けることはまったくないまま育った。
奴隷時代も10年以上もあって、むしろ庶民よりも生活レベルは低かった。
夫婦揃って、こうした暮らしには馴染めそうになかった。
それでも国民の期待は大きく、それを裏切って投げだすようなマネは、真面目なリュカにはとても出来ないだろう。
つまり現状では、ビアンカは王妃を務めるよりないのである。
しかし、それもまた良しと思っている。
自分は夫についていくだけだ。
それは幼い頃よりのビアンカの思いであり、希望でもあったのだった。
「……子供たちは?」
「乳母のバーバラとミレーユに預けたわ。子供部屋でぐっすりよ」
「レックスもタバサも、あまり人見知りしないよな。バーバラたちにもすぐ慣れてくれたし」
「そうね。元気だけどあんまりぐずったりしないし、育てやすそう」
「ああ。誰に似たんだか」
「ふふ、そうね。でも、もしかしたら、パパとママの大事な時間を邪魔しちゃいけないって気を遣ってくれてるのかも」
ビアンカが悪戯っぽくそう言うと、リュカもニコリと笑顔を返した。
愛する夫の顔をまじまじと見る。
小さな頃は、年下ということもあってあどけない感じの男の子だった。
青年時代に艱難辛苦があったせいか、長じるにつれてたくましくなっていった。
黒髪で、やや浅黒い肌の色が、行動的な男らしさを感じさせてくれる。
それでいて、周囲の女性たちがうっとりするような笑顔を見せる。
実際、もてたのである。
ビアンカとしては、意地もあるから素知らぬ顔をしていたが、内心は気が気ではなかったのだ。
だが、結婚して一緒に旅に出てから、リュカの男らしさと、ビアンカに対する愛情を改めて知ることとなり、そうした邪心も薄れていった。
リュカも最愛の妻を見つめている。
まるで絹のような質感を持った美しいブロンドがトレードマークだった。
少女の頃は、それを三つ編みにしていたのだが、今はワンレングスである。
透き通るような青い瞳、抜けるような白い肌は清純な色香を感じさせる。
そして、その肌に包まれた肉体の素晴らしさ。
もちろんそれは結婚するまでは知りようもなかったのだが、妻の肢体は胸も腰も脚も、そのどこもが男を魅了して止まなかった。
バストは巨乳というほどではないものの充分に豊満であり、腰は安産を約束するかのようによく張っていた。
加えて、共に形状が素晴らしく美しかった。
それを見るたびにリュカはつくづく思うのだ。
フローラやデボラといった、ビアンカと比しても何ら遜色ない花嫁候補を袖にした甲斐があったというものだ。
ビアンカのそうした魅力を知る前から、内心は彼女に決めていたのではあるが、先にビアンカの肉体を拝むようなことでもあれば、さらに
それを強力に後押ししたことだろう。
優しい夫の腕を枕にしながら妻は言った。
「……いよいよ明日ね」
「ああ。でも、僕なんかが王になるなんてね……」
「仕方ないわ。だって、リュカのお父さんだって本当はグランバニアの王様だったんでしょ?」
「よく知らないけど、そうらしいね。
でも、父と僕は違うから」
「いいのよ、それで。それに、国民もみんなそんなあなたを支持しているのよ。それは間違いない。だったら……」
「わかってる。僕はそれに応えないと。それに、こういう立場になれば魔族に対抗するのも僕たちだけじゃなくなる。より有効な手が打てる
だろうし。それに……」
そこでリュカが笑った。
「僕が国王なら、ビアンカだって王妃さまだよ」
ビアンカも笑った。
「そうね。でも、私の方こそ王妃向きじゃないわよ。どうも、そういう立場って堅苦しくって」
「僕もさ。でも慣れていかないとね。でも、明日は色々大変なんだろうな。式典だの儀式だの祝賀会だの」
「うん、明日から正式に国王さまと王妃さまなんだもの。レックスとタバサだって王子様にお姫様なのよ」
ふたりは顔を見合わせて小さく笑う。
幸せそうな笑みだった。
ふたりとも、本音を言えば何の変哲もない当たり前の普通の生活が送りたかった。
子供たちに囲まれ、近所の人たちや仲の良い友人たちとなごやかに暮らす。
それが出来たらどれだけいいだろうと思うものの、リュカの性格を思えば、もしかしたらそんな生活は退屈極まりないものなのかも知れない。
いずれにせよ、リュカは王位を継承し、その妻であるビアンカは王妃になったのだ。
ビアンカが言う。
「……でも、まだ今は一般人よ。今夜が最後の「ただのリュカ」に「ただのビアンカ」。だから……」
そう言ってビアンカがリュカの胸に顔を埋める。
そのまま深呼吸した。
鼻腔から胸一杯に夫の香しい匂いが広がる。
夫はその頭を優しく抱きしめた。
「そうだね。じゃあ「民の」夫婦としては、これが最後の「営み」だ」
「まあ。今、終わったばかりだと言うのに」
「へえ、じゃあビアンカはもういいっていうの?」
「意地悪!」
ビアンカは少し拗ねたような表情で、リュカの胸を叩いた。
恥ずかしかったのだ。
ビアンカは本来、あまりそうしたこと──セックスに対する関心はさほどでもなかった。
同年代の女性と、そう変わるものではなかったのだ。
だが、リュカと結ばれ、結婚し、毎夜のように抱かれるようになってみて、その甘美な快感の虜になりつつあった。
とても恥ずかしいと思うのだが、夫に言わせると決しておかしなことではないという。
互いを求め合うのは、愛し合っている証拠だと言われ、ビアンカもそう思うことにしたのである。
夫の指が、妻の柔らかい肌の上を這う。
室内は、部屋の四隅に設置された燭台の四本のロウソクの灯りのみだ。
その薄暗い中でも、ビアンカの白い肌はひときわ輝いて見える。
ふたりに掛かっていた薄い掛けシーツをリュカがそっと剥がすと、何も身につけていない男女の裸身がぼうっと浮かび上がった。
どちらともなく、ふたりの唇が重なる。
「んっ……」
ちょんちょんと小鳥が餌をついばむような、軽く優しいキスが数回繰り返されると、リュカの口がビアンカの口を完全に塞ぐ。
ビアンカは少し顎を持ち上げ、自分からも吸い付いていく。
僅かに唇を開くと、そこに夫の下が滑り込んでくる。
濃厚だが、優しいディープキスに妻はうっとりとした表情を浮かべた。
「んう……んん……ちゅっ……」
咥内で蠢くリュカの舌を宥めるかのように、ビアンカの舌か絡みついた。
舌先が上顎、歯茎のあたりをなぞってくると、ビアンカは切なそうな顔になり、眉を少し寄せる。
「んん……んむ……」
キスしながら、夫の手が乳房にそっと触れてくると、それを合図のようにふたりは一度唇を離す。
とろけかかっている妻の美貌を眺めつつ、リュカはその柔らかい髪に指を絡めている。
「……いい顔だ、ビアンカ。キス、好きなんだよね」
「ええ……、キス、好き……」
早くも少し喘ぎ始め、香しい甘い息を吐きながら、ビアンカは少し恥ずかしそうに頷く。
「だから……もっとして。キス……」
「いいとも」
「あっ……んむ……んんん……」
また夫の口がビアンカの唇を塞いだ。
同時に胸──乳首を少し捏ねていく。
ビアンカはそれを止めるように夫の腕を掴むのだが、キスに気を取られて力が入らない。
もっとも、キスされていなくとも、本気で止めさせようとは思っていないだろう。
それに乗じて、リュカの愛撫も熱を帯びていく。
少しずつ刺激を与えて乳首を硬く、そして感じやすくさせる。
そして、ぷくりと愛らしく膨れあがったのを見計らって、中指と親指で軽く摘み、クリクリとこねくった。
「んふっ! んんっ……ん、んんっ……むむう……」
それまでの甘く焦れったい快感が、突如鋭い快感に取って代わられ、ビアンカは鼻を鳴らして喘いだ。
それでも夫の唇から口を離すまいと、懸命にその唇を吸い続けている。
さすがに呼吸が苦しくなってきたのか、ふたりは同時に口を離す。
リュカはまだしつこく妻の可愛らしい乳首をいじっている。
「こんなに硬くなってるよ。気持ち良いのかな?」
「ああ……、いいわ、リュカ……。で、でも、こんなのがずっと続いたら切なくって、もう……」
羞恥のせいか、ビアンカは朱に染まった顔を幾分布施ながら、消え入りそうな声でそう呟いた。
そんな妻の姿がたまらなく愛おしく思え、リュカはビアンカの顎を持ち上げると、またその口を吸う。
「んん……」
ビアンカも、またうっとりとした表情となり、顔を預ける。
そして両手を首に回し、リュカの顔を自分に引き寄せ、甘い口づけを続けていた。
そのうち、胸と唇から来る快感に耐えかねたのか、さも切なそうに身悶え始める。
夫が口を離すと、ビアンカは名残惜しそうに腕を絡めてくる。
その手を軽くいなしておいてから、リュカは妻の勃起した乳首を唇でくわえた。
ビアンカが軽く仰け反る。
「やっ……! か、感じちゃう……」
反射的に夫の顔を引き剥がそうとするものの、リュカはしっかりとビアンカに抱きつき、その乳首を吸っていた。
妊娠し、出産してから、ビアンカのそこは随分と様変わりしたと思う。
妊娠前は淡いローズピンク色で、乳房との境界もぼんやりしていた美しく若々しい乳輪だった。
真っ白い胸の膨らみの頂点だけが淡く色づいた清純なものだ。
それが、妊娠半年を超えたあたりから濃いめに色づき始め、鴇色に変化しつつあった。
乳輪と乳房の境界線もはっきりしてきている。
それとほぼ同時に、以前から豊かだった乳房そのものがさらに大きくなり、丸みを帯び、そして硬めになった。
感触も、マシュマロのように頼りない柔らかさから、表皮か張り詰めて肉塊自体も充実した手応えになってきていた。
リュカが、そのすっかり張り詰めて肌が薄くなり、静脈が毛細血管が透けて見える乳房をぎゅうっと掴む。
「んっ……!」
その、痛みと鋭い快感が合わさった感覚に、ビアンカが顎を反らせる。
ふるふると震える乳首に、リュカは思わず吸い付いた。
「ああっ」
母乳が滲み出てくると、リュカはそれをちゅううっと吸った。
水っぽい、味も素っ気もない液体だが、それがビアンカの体液だと思うと、興奮するほど甘美な味に思えた。
ビアンカが悶えながら言った。
「ああ、だめ……あっ……そ、そんなに吸っちゃ……赤ちゃんの分がなくなっちゃう……」
「少しくらい平気だよ。いいだろう?」
「……しようがない人。いいわ、私のおっぱいは赤ちゃんとあなたのものだもの……」
許可を得てにこりと笑みを浮かべたリュカは、またビアンカの乳首に吸い付く。
唇に含むと、少し強く吸い上げて、手で絞るように乳房を掴んでいる。
乳首が唇で挟まれる感触と、強くそこを吸われる快感に、ビアンカは身をくねらせて呻き、喘ぐ。
「ああ、いい……気持ち良いわ、リュカ……か、感じる……ああっ……」
リュカは妻の乳房を左手で愛撫し、乳首を吸いながら、右手を滑らせて、腹をさするように撫でていく。
そんなところでも感じるのか、ビアンカは喉を反らせて呻いている。
すべすべした陶器のような肌触りを充分に愉しむと、リュカはその指を下まで伸ばしていく。
恥毛をさわさわと愛撫しながら、股間に刻まれた割れ目に指を潜り込ませる。
「ああっ……!」
鮮烈な刺激にビアンカは鋭く喘ぎながら、反射的に脚を閉じてしまう。
しかしそれは抗いにはなっておらず、腿で夫の手を挟むだけになっている。
リュカの指がくすぐるように内腿を愛撫すると、わなわなと震えながらビアンカの脚が開いていく。
するとリュカは乳首から口を離し、右手をビアンカの腿の間に入れて、股間を割り開いた。
この時点で、もうビアンカの脚からはすっかり力が抜けており、夫の為すがままになっている。
リュカはそっと身体の位置をずらし、妻の両腿を両手で押さえ、その股間に顔を寄せていく。
そこをじっくりと見られる羞恥に、ビアンカは頬を真っ赤に染めて小さく囁く。
「そ、そんなに見ないで……」
「どうして? ビアンカのここは、こんなに綺麗なのに……」
「そんな……」
「だからもっと脚を開いて」
「いや……恥ずかしいわ」
「開いて」
「……」
夫に命令され、ビアンカはおずおずと脚を大きく開いていく。
キスと乳房、乳首への愛撫がよほど効いているのか、それとも媚肉を間近に見られているという羞恥のせいなのか、ビアンカのそこは、
念入りに愛撫されたかのように口を開き、見事なまでにうす紅色の肉を晒していた。
そして、早くも蜜が滴り落ちている。
リュカはその妖しい光景に生唾を飲み込みながら、上に伸ばした両手で左右の乳房をやんわりと揉み上げた。
同時に、妻の開いた秘裂に顔を埋めていった。
「ああっ!」
耐えきれないように、ビアンカはひときわ鋭い声を放った。
クリトリスを舌でねぶられ、すっかり綻んだ花弁の底までこそぐように舌で舐め上げられると、燻っていた官能が一気に燃え上がる。
「やあっ、いいっ……!」
ビアンカは、乳房を揉み込んでくる夫の腕を両手でしっかりと掴むと、腿を引き攣らせて喘ぐ。
妻の妨害をものともせず、リュカは両手で
胸肉を揉みつつ、舌先を膣に挿入して、内部の肉襞まで抉っていく。
途端にあふれ出る愛液は、リュカの唇とビアンカの股間を汚していった。
ぴちゃぴちゃと淫らな音が響いてくると一層に羞恥が煽られるのか、ビアンカは顔を振って呻く。
「やっ……は、恥ずかしいっ……」
「感じるだね、ビアンカ。こんなに濡れて……」
「やっ、言わないでリュカ!」
「ビアンカは、するたびにどんどん感じやすくなってるみたいだ。そうだろう?」
ビアンカは顔を逸らし、それでも小さく頷いた。
「ええ……、そうみたい。私、どうかしちゃったのかしら……」
「そんなことないさ。素晴らしいよ、ビアンカの身体は」
「でも……」
美しい妻は、少々不安そうな表情で夫を見て言った。
「リュカの言う通り、私、こうしてあなたに抱かれるのが好きになってきてるし……」
「いいことじゃないか」
リュカは戯けてそう答えると、ビアンカの顔も少し緩む。
「……最初はそんなことなかったのに。ううん、リュカに抱かれるのは好きだった、でも、その、こ、こういうことがしたいとか、そう思ったことはなかったの。リュカに抱きしめられると息が詰まるほどに嬉しかったし、キスも
大好き……。でも……」
セックスそのものに関しては、さほどでもなかったと言いたいのだろう。
初めのうちは、ビアンカが姉さん女房ということもあって、そっち方面でも彼女が主体になるように心がけていたようだが、セックス自体に
執心しているという感じではなかったのだ。
それが、リュカとの行為を重ねるうちに免疫が出来たというか、羞恥のペルソナが外れてきたのだろう。
夫婦なのだから、そうした行為は当たり前だと思えるようになったのだ。
そして、リュカの言う通り、やはり肉体的に成長し、セックスに興味を持ってきたことが大きかった。
リュカが言葉を選びながら言った。
「何て言うかな、ビアンカにそういう資質があったのかもね。神様の贈り物だよ」
「まあ、ひどい! じゃあ私がエッチでいやらしいって言うの?」
「違う違う」
リュカは苦笑した。
言葉を選んだつもりだが、やはり失礼に当たったらしい。
同性同士ならともかく、いかに夫婦とは言えこうした話題はやはり難しいもののようだ。
「ビアンカが淫らだとかそういう問題じゃないんだよ、きっと。ビアンカの心とは無関係に、その身体というか体質だな。性的に敏感なんだ
と思うよ。でも、それは悪いことじゃない。世の中には、あんまり感じることができない女性もいるんだそうだ。それに比べればビアンカは
すごく恵まれてるってことじゃないか」
「そうかしら」
まだ彼女は納得できないらしい。
どう言い繕っても「おまえの身体は淫らに出来ている」と言われている気がするのだ。
もちろんリュカは本心で褒め言葉を吐いているのだろうが、裏を返せばビアンカの気持ちもわからないでもない。
しかし、ビアンカの夫であるリュカは本気でそう思っている。
これだけ美人で性格も良く、スタイルも文句のつけようもない。しかも性的にも鋭敏で、セックスそのものも好きらしい。
これ以上ない女性だと確信していた。
「感じる? ほら、ここは?」
「あっ……!」
「こっちはどうかな、ほらほら」
「ああっ……か、感じます、あなた……ああ、そこっ……」
散々クリトリスを舐めてから、舌先を尖らせて膣内に差し込むと、ビアンカは腰よじるようにして、はっきりとよがり出した。
リュカは口を離し、今度は手のひらを上にして指をすっと膣に挿入した。
第2関節あたりまで中に入り込んだ中指を軽く曲げ、優しくお腹側の内壁を撫でる。
指先に僅か、やや膨らんだ箇所が感じられる。
そこに触れた途端、ビアンカは背中を反らせて喘ぎ、両手で夫の腕を押さえ込む。
「ああっ、リュカだめっ……! そ、そこをされたら、私、すぐに……」
Gスポットである。
もともと感じやすいビアンカだから、そんなところを責められたら、あっという間に達してしまう。
リュカはそっと指を抜いて言った。
「入れるよ、ビアンカ」
「ええ……、来て、リュカ」
「あ!」
夫の熱いものが媚肉にあてがわれると、思わず淫らな声が漏れ出る。
リュカは妻の膝に手を置き、ぐいと股間を開かせると、あてがったペニスを少しずつ媚肉に挿入していく。
相変わらずきつく、狭い膣だった。入れる方まで呻いてしまう。
「うっ……」
「あっ……は、入ってくる……あなたのが……ああ……」
きついにはきついが、すっかり濡れそぼっているビアンカのそこは、実にスムーズにリュカの肉棒を飲み込んでいく。
そのまま妻に覆い被さると、リュカは静かに腰を使っていった。
「ああ……いい……」
胎内に夫が入ってきた感覚、膣内を擦られる快感に、ビアンカが喘ぐ。
リュカは腰を打ち込みながら、また乳房を愛撫し始めた。
乳輪を絞るように乳首を括り出させると、薄い母乳がじわっと滲んできた。
それを舐め取るように舌でこねくる。
「ああ、いいっ……そこっ……いいわ、いい……」
「僕も気持ち良いよ。やっぱりビアンカは最高だ」
「んんっ、いいっ……ああ……」
美しい妻が、快楽に喘ぐ美貌を眺めているだけで、もうリュカのペニスは暴発寸前となる。
これは別にリュカが早漏だとかそういう問題ではなく、ビアンカの媚態があまりにも官能的だということだろう。
しかもビアンカの膣が絶品だ。出産を経験しているとは思えないほどにそこは狭く、そしてきつかった。
それでいて内部は蜜でぬるぬるで、ペニスをインサートするには何の抵抗もない。
襞も豊富で、律動する肉棒を盛んに締め付けてくるのだ。
これでは、よほどの絶倫か遅漏でもない限り、あまり長く保たないのは致し方ない。
「くっ……ビアンカ、もう……」
「あ、待ってリュカ……もうちょっと……もうちょっとだから……ああっ……」
早くもいきそうになっている夫に「待った」をかけ、ビアンカも行為に集中する。
リュカの方も、妻の絶頂に合わせようと懸命に我慢しながら腰を動かしていく。
もっと強く打ち込めばビアンカもいきやすいだろうが、あまり強くしては自分までいってしまう可能性もある。
リュカは乳房への愛撫や、首筋や腋にまで舌を這わせ、妻を追い立てていく。
内腿や腋、Gスポットは、リュカが2年に渡ってビアンカの身体を愛し続けて発見した彼女の性感帯だ。
「あ、いい……んっ……あ、いきそう……リュカ、いきそうっ……」
腋を舐められ、乳首を舐められ、乳房を揉み立てられ、ずんずんと膣を突かれていくと、ビアンカの性感も高まるだけ高まって、頂点にまで近づいてきた。
リュカは腰骨がぶつかるまでビアンカを突き上げ、出来るだけ深くまで挿入していく。
内部をかき回され、ビアンカは背を反らせたまま戻って来られなくなっている。
「い、いく……いきそうっ……」
「僕もだ。いくよ、ビアンカ」
「ああっ……ああ、いいっ……き、来て、あなたっ……私も……私もいくっ」
「ビアンカっ!」
「い、いく……リュカっ……い、いきますっ……!」
ビアンカが達すると、ペニスを飲み込んだ膣がきゅううっときつく締まってきた。
我慢に我慢を重ねてきていたリュカの男根はもうとても耐えられず、妻の乳房を掴みながら激しく何度か腰を打ち込むと、そこで彼自身も達した。
「くっ……!」
腰の後ろがカッと熱くなり、尿道がぐぐっと膨らんできたのを感じると、リュカは必死になってビアンカの媚肉からペニスを抜き去った。
そのままビアンカの愛液でどろどろになったペニスを数度しごくと、そこから勢いよく射精が始まった。
「ああっ……!」
夫の熱い精液を胸に受け、ビアンカは仰け反って喘いだ。
びゅるっと射精された精液は、ビアンカの薄く染まった乳房にかかり、汗の浮いたなめらかなお腹にひっかかった。
そのまま射精が終わるまでリュカはペニスをしごき続け、妻の裸身に精液を浴びせ続けた。
終わると、ドッと妻の横に倒れ伏す。
ベッドサイドに置かれていたタオルを手に取ると、それを妻に渡した。
ビアンカは呆然とした──うっとりとした表情で、胸や腹に出されたリュカの精液を指にとっていた。
どろりとした粘りのある白濁液が細い指に絡んでいる。
「いっぱい出たね……」
「拭いて」
「うん……。でも、中に出してもよかったのに」
ビアンカは夫から受け取ったタオルで、ゆっくりと指を拭っていく。
リュカの方も、もう一枚のタオルで、妻の身体を拭いている。
「そうだけど……。レックスとタバサが産まれてまだ1年だからね。ここでまた出来ちゃったら、来年また出産になるよ」
「別にいいじゃない。家族が多いって素敵だわ」
「ああ、僕もたくさん子供が欲しいんだ。でも、あんまり続けてだとビアンカの身体に負担がかかるからね。そうだな、次の子は2年か3年後
くらいがいいんじゃないかな」
「でも、若いうちに産んでおかないと……。あなたはまだ若いからいいけど」
「何を言うんだい。ビアンカだってまだ22歳じゃないか。僕より2歳上なだけだよ。……ん?」
そこまで言ってリュカはようやく気がついた。
話している間中、ビアンカは彼のペニスをしごいていたのだった。
ビアンカの蜜でぬるぬるになっている肉棒を、リュカの精液でどろどろになった指で上下に擦り続けていたのである。
むくむくとリュカのそこは膨れ、硬くなり始めていた。
ビアンカが甘えるように囁く。
「ね、あなた……もう一度」
「ああ、いいとも」
リュカはそう言うと、薄く開いた妻の唇に吸い付いていく。
片手を股間にあてがうと、ビアンカのそこは、もう新たな蜜がにじみ出しているのだった。
────────────────────
グランバニア国王就任式は、つつがなく終了した。
過去の王位継承式に比べ、簡素な式典だったため、新国王を慕う国民たちはやや拍子抜けしたものの、それがまたリュカらしいとして一層の
支持を集めることとなった。
そうでなくとも、過去の王族たちのきらびやかで派手、そして庶民から見れば無駄遣いとしか思えぬカネの使い方をいやというほど見せつけ
られてきたから、今度の王は我々と同じ感覚だと親しみを覚えたのである。
とはいえ、やはりそこは国王の式典だけであって、丸三日に渡って行われた。
もっとも、かつては一週間以上はザラで、酷い時は半年も国民不在の空騒ぎが続いたのだから、これでも異例なほどの小規模なのである。
それでも、新国王は国民への顔見せ──一般参賀だけは怠らなかった。
通例では、新国王の国民へのお披露目は一日だけだった。
それもバルコニーから顔を出して軽く手を振る程度である。
ところがリュカは、ビアンカと子供達を伴って、就任儀式が行われた三日間ともこれを行なったのだ。
しかもバルコニーから手を振って挨拶するだけでは飽き足らなかったのか、宮廷の庭に民を招き入れ、同じ目線で触れ合うという「暴挙」までやってのけた。
彼ら自身、もともと庶民だったのだから、こうしたことにまったく抵抗はなかったのだが、王族や貴族などの重臣連からは厳重な抗議があった。
身分や違う相手に謙る必要はない、というわけである。
そんな讒言を聞き入れるリュカではなかったものの、国王人気で集まりすぎた民衆たちが興奮して騒動になったり、怪我人が出かねないと
言われると引き下がるよりなかった。
それでも、三日に渡って開催された参賀は、当然のように過去最大の国民が集まったのは事実で、新国王を快く思わない勢力たちも、遺憾ながら
認めるしかなかった。
リュカたちにとって、一般参賀よりも遥かに煩わしかったのは城内での国事儀式だった。
といってもリュカがやることはほとんどなく、王族に連なる者や王国の閣僚やら官僚、軍の重鎮たちの挨拶を受け、パーティに列席するだけだ。
リュカは「成り上がり者」と見られ、彼を異端視し、見下す者も少なくない。
中でも、伝統的にこの国を牛耳ってきた貴族たちはその傾向が強い。
王が亡くなり、王族にも該当者がいない状況だったから、ひょっとすると自分たちが国王になるチャンスでもあったのだ。
そんな連中から見れば、まさに「鳶に油揚げをさらわれる」状況であって、これは憎まれるのも仕方がない。
リュカたちは望んで王位に就いたわけではないのだから、そんなことを思われても困るというものだが、彼らの気持ちもわかるから、出来るだけ波風の立たぬよう、彼らの立場をあまり脅かさぬよう気を遣っていた。
その考えただけで気疲れするような式典も終わり、リュカとビアンカはやっと一息ついていた。
王たちのプライベートなダイニングルームに、リュカとビアンカがぐったりと座り込んでいた。
どちらともなく顔を見合わせるとクスリと笑った。
「……疲れただろ、ビアンカ」
「平気よ、私まだまだ若いんだから……と言いたいとこだけで、正直ぐったり」
「だろうね、僕もさ。体力がどうこうってことはじゃなくって……」
「気疲れしたのよね。でも、王様になったんだから、これからもああいう場は増えるわよ、きっと。リュカも慣れなくっちゃ」
「ビアンカもね。きみだって王妃さまなんだから」
慣れない席での緊張感というのもあったし、就任の儀式も立ちっぱなし、祝賀会も立食パーティだったから、ふたりはかなり長時間立ちずくめだったのだ。
くたびれるのも無理はなかった。
ふたりがワイングラスを持ち、軽く乾杯して口に含んだところで、ぞろぞろと大臣たちが入ってきた。
リュカとビアンカの表情が少し固まったが、すぐに微笑に変わる。
彼らとて、これくらいのことは出来るのだ。
数人の貴族や閣僚たちは、入室するや、恭しげに頭を垂れて祝辞を口にした。
「新国王並びに王妃さま、このたびはおめでとうございます」
中心人物らしいザバン国務大臣がそう口火を切ると、後に控えていた者たちも口を合わせて「おめでとうございます」と述べた。
思わず新国王夫妻は顔を見合わせた。
まったく予想外の来訪だったからである。
ここはいやしくも王のプライベートルームだ。
いかに高貴な者であろうとも、王の許可なくここへ訪れるのはマナー違反……というよりルール違反だ。
大貴族あるいは王家一族とはいえ、王から見ればすべて臣下であることに変わりはないのだ。
当然この部屋の前には衛兵がいたはずだが、彼らは貴族や大臣には逆らえない。
王直轄の兵ではないのだ。
しかし、これからはリュカの息が掛かった信頼できる者を番兵にした方がいいかも知れない。
そんなことを考えながら、それでもリュカは鷹揚に受け答えた。
ここで波風を立てても始まらぬと思ったからだ。
「……ありがとう。僕も……いや私も王座に就き、その責任に身が引き締まる思いだ」
「……」
一方のビアンカは硬い表情のままだった。
祝辞に対する謝辞もしなかった。
庶民の出である彼女は「無礼である」などという感情は持ち合わせていなかったが、公式行事がすべて終わった後のひとときを邪魔されるのは、
やはり心穏やかではいられない。
それを敏感に察したのか、国務大臣がまた頭を下げた。
ビアンカに対してである。
「……ご不興を買ったようで誠に申し訳ありません、王妃さま。王さまとの大切なお時間を邪魔するつもりはございませんでした」
「……いいえ。お気になさらず」
ビアンカは極めて儀礼的にそう答えた。
これからは、この男を筆頭とする閣僚や官僚の相手もしなければならないと思うと少し気が重くなる。
もちろんそれは王たるリュカの仕事ではあるが、王妃であるビアンカもまったくノータッチというわけにはいかないのだ。
少なくともグランバニアに於いて、王妃は王女にも等しく、決して名誉職ではないのである。
グランバニアは王国だが、国王の独裁政治となっているわけではない。
封建主義の時代も長かったが、長い歴史の中、怠惰な貴族たちの力が衰え、勤勉で搾取され続けてきた民たちも少しずつ目覚め始めた。
生まれや家柄が違うというだけで、一方的に支配されるのはおかしい、我慢できぬという風潮が出てきたのである。
数代前の王が開明的だったこともあり、グランバニアは開国以来、ほぼ初めて立憲政治を取り入れたのだ。
無論、国王は君臨しているから、立憲君主制となったわけだ。
憲法を定め、議会を開き、広く国民へも門戸を拡げたのである。
権力を独り占めしてきた貴族たちは猛反発したものの、王は断固として推進した。
貴族と言えども王の権力や発言力には敵わぬ。
王の絶対君主制の弊害は貴族にも適用したのである。
そのことにようやく気づいた貴族たちも、王の方針を渋々ながら認めるしかなかった。
そうしなければ、自分たちの発言力も低下するとわかったからだ。
それまでは完全に世襲制だった官僚などの役人への一般国民の登用を認め、政治でも上院として貴族院、下院として民から選ばれた参議院を
開き、閣僚も貴族院独占ではなく、参議院からも立てるように制度を定めた。
もちろんまだ貴族どもの権力は強く、内閣13閣僚のうち、国務大臣や財務、司法、軍務といった主要なものは貴族院が占め、民出身の参議院
から選ばれるのは福祉教育と労務、辺境統治の3閣僚のみだった。
それでも以前に比べれば跳躍の進歩だ。
ビアンカは、民出身である三人の大臣には好感を持っていたが、貴族たちの他閣僚は嫌っていた。
これは彼女が平民出身である偏見かも知れないのだが、実際に会ってみても貴族たちの媚びへつらいぶりにはうんざりしたし、姑息なところは
露骨に嫌っていた。
特に内閣代表である国務大臣は、どうしても好きになれなかった。
横柄で不遜で厚顔で、下々を見下すような言動は、ビアンカがもっとも嫌うものだ。
さっきまで行われていた就任式でもそうだった。
閣僚や軍部司令官たちがひとりずつリュカとビアンカの前に跪き、その忠誠を誓う儀式だったのだが、これがイヤでたまらなかった。
王たるリュカに対しては片膝突きで頭を垂れて臣従の礼を申し述べる。
そして王妃たるビアンカには、片膝突きで頭を垂れるところまでは同じだが、言葉は何も言わない。
その代わり、忠誠の証としてビアンカの手の甲に口づけをするのである。
儀礼的なものであるし、さして気にするほどのことではないのだが、幾人かの貴族たちにそれをされている時、そのおぞましさにビアンカは
声を上げて逃げ出したくなったのだ。
彼らは、軽くビアンカの手を握ってそこにキスするわけだが、シルクの手袋越しとはいえ、国務大臣にそれをされた時は背筋に悪寒が走ったものだ。
剥き出しの二の腕に鳥肌が立ったのがバレないかとヒヤヒヤしたくらいだ。
でっぷりと太り、三重顎の目立つ大きな顔が近づいた時には思わず目を逸らした。
その手の握り方、キスの仕方が何ともいやらしく、卑猥な気持ちしているのではないかと疑いたくなるほどだった。
目つきも同様で、舐め回すような目で彼女の肢体を見てくる。
顔を見られるだけならともかく、無遠慮に胸や腰、脚をじろじろと見る。
ドレスの生地で隠されてはいるものの、布の下の肌を見透かされるかのようで、不快感極まりなかった。
この大臣の他、彼の腹心らしい司法大臣や軍務大臣、財務大臣など数名から、同じような卑猥さを感じた。
これも王妃の仕事のうちだと思うから耐えられたものの、こうしてずかずかと私生活にまで踏み込まれては、さすがにビアンカでも平静ではいられない。
「……」
ビアンカの表情に気づいたのか、リュカがそっと視線を投げかけてくる。
王妃は無理に作り笑顔をになって、臣下の労をねぎらう。
「これからはあなた方にもいろいろと面倒をおかけすると思いますが、何卒よろしくお願いします」
ビアンカの声を聞いて、ザバンが相好を崩した。
蜥蜴が笑ったらこんな感じだろうと思わせるような、ぞっとする笑みだった。
「もちろんでございます。王さまも王妃さまもこのようなことには不慣れかと存じますが、そこは私どもにお任せくださいませ」
大臣は慇懃無礼な口調でそう言った。
これは、翻訳すれば「おまえたち庶民の出の者では国政などわからんだろうから、我々が面倒見てやろう」ということだろう。
薄くなった黒髪とこちらは立派なカイゼル髭の国務大臣が、ビアンカのワイングラスに白ワインを注いだ。
リュカのグラスには財務大臣が同じように酒を満たしている。
大臣は頭を下げ、恭しく言った。
「ささ、お飲みくださいませ。明日からはいよいよ国務に就いて戴かねばなりませぬ。今宵は程よく酩酊し、疲れが残らぬようにしてください」
「……」
もし本気でそう思っているなら、大臣たちはさっさと引き上げるべきだと思う。
酒を飲むよりもゆっくり眠らせて欲しかった。
大臣は言った。
「グランバニアの支配者として飲む酒の味は格別でございましょうなあ。まっことうらやましい限り」
どう聞いても皮肉としか思えない。
かつての王の前でこんな発言をすれば、侮辱したとして死罪はともかく閣僚の任を剥奪されるのは確実だ。
それどころかお家断絶になりかねない。
これから見ても、大貴族どもがリュカやビアンカを軽く見ているのは間違いない。
とはいえ、臣下から勧められた酒を断るのは王のタブーのひとつだ。
下戸ならともかく、ビアンカはけっこういける口なのである。
しかし、さっきまでの祝賀会やパーティで随分と飲まされている。
部下の酒は断れないから、挨拶に訪れる軍人や政治家、貴族たちの杯を受け続けていて、彼女もかなり酔ってはいるのだ。
「……」
小さなグラスのワインをくっと一息で飲み干すと、熱い吐息が出た。
自分でもわかるくらいにワイン匂いがする。
さすがに飲み過ぎらしい。それでも儀礼として返杯しなければならない。
ビアンカはボトルと持つと、国務大臣の空グラスにワインを注ぐ。
大臣がいやらしく笑った。
「これはこれはかたじけない。王妃さまからご返杯など」
「……」
その時、ビアンカの視界がぐらっと揺れた。
突然に頭を揺さぶられたような感覚だ。
完全に酔ったのかとも思ったが、どうも違う。
意識はしっかりしているのだ。
だが、その意識が急速に薄れてくる。
頭がぐらぐらする。
視界がぶれる。
「ど……」
どうしたのかしら、と言葉は口から出ず、ビアンカはかくんとテーブルに屈した。
手から離れたワインボトルが音を立ててテーブルを転がり、純白のテーブルクロスに染み渡る。
リュカもほぼ同時に意識を失ったようで、がっくりと突っ伏していた。
「ふん」
途端に卑下た本性を現したザバンは、正体なくテーブルに崩れ落ちた国王夫妻に目をやって鼻を鳴らした。
「……庶民の分際で何が国王だ、ふざけおってこの若造が」
「まったくです。我々貴族を何だと思っておるのだ」
「いかに伝説の勇者とはいえ、それと国王とは無関係のはずだ。なのにいけしゃあしゃあと王座に就きおった。何様のつもりなんだ」
「この青二才、血族ではあるらしいが証拠はない。父王とやらも死んでおるらしいし系譜図すらない。下賤の者なのではないか?」
国務大臣が口火を切ると、配下の貴族たちも次々に不平を口にした。
腹心である財務大臣が憎々しげに言う。
「大臣、こんなことなら眠り薬なんぞではなく毒でも盛った方が手っ取り早かったのではありますまいか」
「……そうもいかん」
ザバンは苦々しく答えた。
そうしたかったのは山々なのだ。
しかし、彼に今回の件を命じた者はそうさせなかった。
結託している大臣としては従うしかない。
現状では、あの者に従うしかないのだ。
だが、自分が国王になった時こそ、あやつめもまとめて成敗してくれる。
国務大臣はそう思っていた。
それに、確かに今ここでこのお人好しの庶民国王を毒殺するのは簡単だが、そんなことをしたら民の反応は電撃的だろう。
ザバン国務大臣がそう言うとドルマゲス財務大臣、オセアノン司法大臣が口を揃えた。
「なに、愚民どもの反応などたわいないものです。臆病なやつらは、結局、陰口を叩くだけで何も出来はしませぬ」
「わからんぞ。あの不愉快な参議院が出来た頃の話は聞いておろう。あの時は、民衆どもが一触即発しそうなほどの不穏が動きがあったそう
ではないか。この城の周囲を何十万もの民どもが取り巻いたとか」
「……」
「臆病な虫けらどもでも、まとまってこられたら無視は出来ん。数だけはやつらの方が圧倒的に多いのだからな」
国務大臣は、リュカとビアンカを交互に見ながら言った。
「だから、あまり過激なマネをするわけにもいかん。取り敢えずはあの方の言った通りにするのだ」
「しかしですな、人間が魔物の風下の立つなど……」
「オセアノン!」
思わず口を滑らせた司法大臣を国務大臣が諫めた。
「滅多なことを言うものではない。誰が聞いておるかわからんのだ」
「はあ、申し訳ありません。ですが、いかにあの方の命令とはいえ……」
「だから「取り敢えず」だ。面従腹背だよ、大臣。今までと変わらんじゃないか」
「はあ。では、いずれは……」
「当然だ」
ザバンはぴしゃりと言った。
「この国から連中を叩き出してやるわ。そのためには軍務大臣、卿たちの協力も不可欠になる」
「わかっております」
連中を退治し、この国の真の王になるのはこの自分だ。
国務大臣はそう確信している。
ザバンは太い腕を振って指示した。
「……運び出せ。王……リュカは寝室へだ」
「王妃は……?」
「私が直接連れて行く。ああ、ガキどもも忘れるな」
国務大臣はにやりといやらしく笑って見せた。
────────────────────
翌朝、城内は大混乱だった。
こともあろうに、就任式当日の未明に国王が襲撃されたのである。
幸い王は無事だったが、その妻である王妃と子供ふたりが拐かされたことが判明した。
しかも警戒が厳重なはずの城内での堂々の犯行であった。
幸いにも王は助かったものの、これは近衛兵たちの奮戦のお陰らしい。
王妃や子供たちとと別室だったことが悔やまれた。
「夜の営み」をする時は王の部屋で同衾するのだが、それ以外は王妃の部屋で休むことになっている。
別に夫婦なのだから、毎晩のようにリュカの腕の中で寝てもいいのだが(実際、城に来る前はそうだったのだ)、王妃ともなるとそうもいかない。
王妃付きの侍女たちも多数が部屋には控えている。
まったくビアンカが自室に戻らないとなれば、侍女や城の者のたちの間で格好の噂になるだろう。
仲睦まじいという好意的な噂もあるだろうが、「王妃はセックスに毎晩のように耽っている」という下品な話も出てくるに違いない。
それこそ夫婦なのだから大きなお世話だろうが、こうしたうわさ話には尾びれがつくものであり、終いには部屋に男を引き込んだとか、根も葉もないガセまで出てくる。
実際、過去にもそうしたことはあったのだ。
故に、慣例通りに王と王妃は別室で寝ることにしたのだが、今回はそれが完全に裏目に出た。
これも慣例的に王妃の部屋よりも王室の護衛兵の方が多く配置されていたのだ。
まさか城の中で寝込みを襲われるなど思いもしなかったから、さしてリュカも気にしなかったのだ。
実は、王だけは意図的に残したことは、もちろんリュカは知らない。
スキャンダルにも近い事件だが、通常この手の情報はすべて箝口令が布かれ、国民に知れ渡ることはなかった。
なのにどうしたことか、今回の事件は発生の翌朝には議会から公表されることとなった。
あまりのことに国民は騒然となる。
期待していた王に対するテロに憤激を感じたということもあるが、それと同時に「彼に期待していいのか?」という不穏が雰囲気も醸成されることとなる。
自分やその家族の身すら護れないような国王に、国民を護ることが出来るのかという疑問である。
そう思うのも無理はなく、王の周辺には親衛隊とも言える近衛兵たちが警備していたはずなのだ。
伝え漏れる噂によると、テロリストどもはその近衛兵たちをなぎ倒して城内で暴れ回ったらしい。
国内最強の兵たちをあっさりと殺しまくっている。
そんなことが出来る人間がいるとは思えないから、どう考えてもこれは魔物の仕業であろう。
本当に王は伝説の勇者なのか?
だとしても魔性の者どもに対抗出来うるのか?
国民の不安はいや増すばかりだった。
しかし、当の王──リュカはそれどころではなかった。
最愛の家族が攫われたのである。
成り行きで国王になったとはいえ、そこはまだ20歳そこそこの若造であることに違いはなかった。
まだ血痕も生々しい私室前の広い廊下で、リュカはザバンに問い質していた。
「ビアンカは……妻は本当に連れ去られたのか?」
「……お部屋は先ほど王ご自身が確認された通りです。もぬけの殻でした」
「……」
「護っておったはずの近衛兵ども惨殺されており、室内も血まみれでした」
「くっ……」
リュカはあまりのことに握った拳をぶるぶると震わせた。
「まさか……ビアンカは……」
「いや、ご心配召されますな。殺されたということはございますまい」
「なぜそう言える!」
ザバンは大きな手をリュカの前で拡げながら言った。
「ご遺体がありません。殺すつもりなら、わざわざ死体を運び去る理由がない」
「そんなことはわからないだろう! 死体を食らうグールどもなら……」
食人鬼どもにむさぼり食われる妻や子供たちの姿がちらと脳裏をかすめ、リュカは慌てて頭を振った。
慌てる王を、国務大臣は冷ややかに見ながら言った。
「グール如きの三下であれば、我が近衛兵たちが後れを取るはずもありませぬ。殺されるのはグールの方だ」
それもそうだ。
ザバンは、何を思ったかうすら笑いを浮かべて言葉を続けるが、リュカはそれに気づく余裕もない。
「襲った魔物は間違いなく大物。でなければ兵どもが苦もなくやられるはずもない。もしかしたら魔王かも知れませぬ」
「くそっ!」
「であれば……ご遺体を持ち帰るというものわからんでもないか」
「なんだと?」
ぽつりと呟いた一言を聞き逃さず、リュカはザバンの襟首を掴んで持ち上げた。
「どういうことだ!」
「い、いや、私めも詳しく知っておるわけではありませんが、王妃さまの身体を何かの儀式に使うのかも知れません。高貴な者の肉体を寄依にして怪しげなサバトを行なうという話を聞いたこともある」
「……」
王が襟首を離したので、ようやくザバンは息をついた。
太い首を回し、襟を広く開けた。
「しかし、それはないかと存じます。そうならお子様たちを連れ去る理由がない」
「そんなことはわからないだろう。子供たちも、その儀式とやらに……」
「女のお子様だけであればそうかも知れませんが……」
レックスもいなくなったのである。
「ああ……」
リュカは思わず片膝を突いた。
国王という威厳はなく、ただの20歳の若者である。
「どうすれば……、どうすればいいのだ」
そんな王を見下しながら国務大臣が言った。
「お力を落としますな。役不足ながら、不詳ザバン、この国と王のために何でもやりますぞ」
「……モンスター・タワーか」
リュカが口走った。
「あそこの魔王がこのようなことをしでかしたに違いない」
「……私めもそのように思います」
妻と子供を攫われた悲しみが、一気に憤怒となってリュカを包んでいく。
立ち上がり、すらりと長剣を抜いた。
「……ひ!」
自分に向けられたわけでもないのに、ザバンは思わず悲鳴を上げて身を引いていた。
それほどの殺気と気迫にリュカは満ちていた。
リュカはいきなり歩き始めた。
大臣が慌てて追いすがる。
「お、お待ちを! 王さま、まさか……」
「行く。北のタワーへ僕が乗り込む」
「お待ち下さい!」
ザバンは必死さを装いながら、リュカにしがみついた。
「止めるな、大臣。僕が行かずにどうするのだ。軍務大臣に伝えろ、すぐに軍勢を用意させるのだ」
「ま、待って」
ザバンはリュカの前に回り込んで両手を拡げた。
「い、今はなりませぬ。しかも国軍を連れて行くなど以ての外」
「なぜだ!」
「この日の高いうちに多数の部隊を率いて王が軍を直卒などしたら、国民が動揺しますぞ!」
「……」
「しかも相手が魔物……いいや魔王だ。どれだけかかるかもわからないし、兵の被害も甚大になりましょう」
リュカの脚が止まった。
国民を動揺させ、兵どもに損害を出すのは真意ではない。
まして自分のために兵の命を犠牲にする気もなかった。
「ならば……、ならば僕ひとりでも行く」
「なりません! そのような軽挙妄動は……」
「大臣! 後は頼んだぞ。きっと……きっとビアンカと子供達を連れて戻る!」
リュカはそう言い捨てると、城門へと駆けだしていく。
護衛の兵や侍従たちが驚いて道を空けると、リュカは何事か叫びながら北の塔へと向かっていった。
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