「……」
最悪の目覚めだ。
胃の辺りがむかむかする。
気持ちが悪い。
ビアンカは、血圧は低いが朝はそう苦手な方ではない。
すっきりと目覚めるタイプである。
寝起きがしゃっきりしない時というのは、大抵は寝不足であり、あるいは滅多にないが二日酔いの朝だけだ。
恐らく、その滅多にない二日酔いのせいだろう。
昨夜はパーティもあって随分と飲まされた。
やっと式典が終わり、解放されたと思いきや、厚顔にも大臣たちがプライベートルームにまで押しかけてきた。
これからイヤでも世話になるので無下にも出来ず、やむなく盃を受けたが、それがいけなかったのだろう。
「ようやくお目覚めかな、お姫様」
「え……」
ビアンカが身を起こすと、その目には見慣れぬ室内が映った。
大きなベッドに寝かされている。
リュカが寝室に運んでくれたのだろうか。
しかしそのベッドは自分のものではない。
キングサイズくらいの大型だが、不規則な楕円形をしており、辛うじてシーツを敷いてあるものの、スプリングがあまり効いていなかった。
枕がひとつあるが、ビアンカ愛用のものより遥かに大きかった。
慌てて周囲を見渡す。部屋は薄暗く、照明らしい照明は燭台のロウソク(それも一本)だけだ。
大きな太いロウソクなので光量はあるようだが、広い部屋にはとても不十分だ。
明るいシャンデリアの光で満たされた自分たちの部屋ではない。
何しろ壁には壁紙すら貼っておらず、剥き出しの岩なのだ。
ここはどこだ。
「だ、誰っ……!?」
聞き慣れぬ声にびくりとして、声の方向を見た。
よく見ると、奥の玉座(ビアンカにはそう見えた)に大きな男が座っていた。
背もたれだけは高く大きいが、王の座るような絢爛豪華さは欠片もない。
ゆっくりと男が立ち上がる。
見上げるほどの巨大な男だった。
薄暗い中からビアンカに近づいたその男の顔がはっきり見えてきた。
「ひ……!」
人間ではなかった。
伝説のケンタウルスは半人半馬のキメラだが、こいつは逆だ。
体つきは人間だが、頭部が馬なのだ。
体色は白で、筋肉質の素晴らしい肉体美を持っているが、顔が白馬だ。
馬人間なんてものはいないから、これはもう魔物に間違いない。
ビアンカは声を震わせながらも気丈に言った。
「な、何者!? 私をどうする気なの!?」
「お初にお目もじする。俺はジャミという。見た通りの魔物さ」
聞いたことがあった。
強大な力を持ったモンスターだが、一部の邪悪な人間たちとも結託しているという狡猾さを持った魔物だ。
噂では魔王の座を狙っているらしい。
だが、このジャミという怪物が魔王になろうとどうなろうと人間には直接影響はないし、それは彼らも同じはずだ。
魔王が友好的あるいは人間に不干渉であれば、無益な戦いは減らせる。
逆であれば相争うことになるが、ジャミがどうなのかはわからないのだから、今の時点では人類には影響はないはずなのだ。
なのに、なぜこいつは自分を拐かしたのか。
そこまで考えてビアンカはハッと思いついた。
王妃になった夜に誘拐されたということは、ジャミがグランバニアへの侵攻を本気で考えているということかも知れない。
「侮らないでよ! 私だって……」
正気を取り戻したビアンカは、柔らかい身体を跳ねさせるようにして床にストンと飛び降りた。
重たい式典用ドレスを脱いで普段着に着替えていたのが幸いだ。
すっと腕を上げ、呪文を唱える。
「えいっ!」
ジャミに向けて腕を振り下ろす。
何も起こらなかった。
魔物の方は小馬鹿にしたような表情を浮かべている。
ビアンカは焦る。
「き、効かない!?」
たおやかで優しげなビアンカではあるが、これでもリュカとともに1年に渡って世界各地を冒険旅行してきたのである。
時には強大な魔物や妖怪を相手に、死を覚悟せねばならぬ危機に陥ったこともある。
しかしその都度、ビアンカの魔法とリュカの剣術で凌ぎ、幾多の強敵を撃破してきたのだ。
必然的にビアンカはサポート役に回り、ルカナンで敵の防御力を削り、マヌーサで攻撃の命中率を下げる。
出来た隙を逃さず、リュカが斬り込んでいくのである。
無論、攻撃魔法も詠唱できた。
なのに、ジャミにはメラもギラも効かなかった。
「ど、どういうこと?」
唖然とする王妃に、ジャミは胸を張って答えた。
「魔法が効かぬだろう。ここはな、マホバリアとマジックバリアが重ね掛けしてあるのだ。攻撃魔法も回復魔法も効かぬ」
「え……」
「ま、俺の方も魔法は使えないのは同じだがな。だが、おまえなど魔法どころか武器すら使わぬでも、どうにでも出来るわ」
「ち、近寄らないで!」
ずいと近づいてくる馬の怪物に、ビアンカは本能的な恐怖を覚って後じさった。
気丈な彼女だが、さすがにどうにも出来そうにない。
絶体絶命になったその時、まさに間一髪でヒーローは現れた。
「ビアンカ! 無事か!?」
グランバニアの新王・リュカだった。
頼もしい彼女の夫は、ロングソードを構え、魔物に立ち向かおうとしている。
今までもそうだった。
いつでも彼は、ビアンカの危機に立ち向かい、彼女を救い出してきたのだ。
ビアンカの顔がパッとほころぶ。
同時に、つうっと涙が頬を伝った。
「リュカ……! 来てくれたのね!?」
「当たり前さ。僕はいつだってビアンカの側にいる」
最愛の夫はそう言って微笑んだ。
そしてすぐにソードを構えてジャミに突っかかろうとした。
ジャミは少しも慌てずに手を広げた。
「まあ慌てるな」
「何だ、臆したか、この魔物め」
「そうではない」
ジャミは笑ってそう言った。
補助魔法や攻撃魔法が効かぬこの部屋なら、リュカ如きの剣士など片手で始末できると思っている。
リュカはじりじりと回り込んでビアンカに近づきながら叫んだ。
「妻は返してもらう。それと子供たちも返せ」
それを聞いたビアンカが驚く。
「えっ!? タバサたちも?」
「ああ、きみと一緒に連れ去られたらしい。さあジャミ、子供たちを……」
リュカがそう言いかけた時、ジャミが軽く腕を振った。
岩の壁面の一角がすうっと黒く透き通る。
と、そこにレックスとタバサの姿が映し出された。
「あっ」
「レックス! タバサ!」
思わず近寄ろうとするふたりの前に、ジャミが立ち塞がった。
「見た通りだ。おまえらの子供たちは預かっている」
「ひ、卑怯者! 子供たちは何の関係もないだろう!」
「そうよ! 子供たちを返して!」
「そうか」
ジャミはなぜか頷いて答えた。
「……いいだろう。それならあのガキどもは返してもよい。片方はな」
「片方だと……?」
「但し」
「但し?」
ジャミはリュカに向けて冷たく言った。
「女房かガキか、どっちか選んでもらう」
「何だと?」
「どっちも連れ帰ろうなどと贅沢は抜かすな。俺だって何も考えなしに攫ったわけではないんだ。せめてどっちかは残ってもらわんとな」
「ふざけるな! なぜそんなことをせねばならん!」
ジャミは薄笑いを浮かべて言う。
「……俺はな、まさか貴様が本当にここへ家族を取り戻しに来るとは思ってなかった。だがおまえは来た。それもひとりでな。些か感服しちまった」
馬の化け物は、思ってもいないことをしゃあしゃあと言ってのけた。
リュカは怒りを噛み殺しながら言った。
「……だから何だ」
「だからその褒美さ。おまえのその勇気……というか無謀さ、無鉄砲さに呆れた……いや感心したってわけだ。だから女房か子供のどちらかを返そうと、こう言ってるのさ」
「何をバカな! 僕は両方とも取り戻す」
「それが出来るかな」
ジャミは喉の奥でくくっと嗤う。
ビアンカもその意味がわかるのか、リュカの袖を掴んだ。
「女房に聞いてみろ」
「どういうことだ、ビアンカ」
「リュカ……。この部屋、何も魔法が効かないの。バリアが幾重にもかかっていて……」
「なに?」
「だから、あいつを倒すには物理的に攻撃するしかないわ。でも……」
「だったら!」
リュカは妻の腕を振り払った。
「僕がケリをつけるさ。その剣で……」
「出来るか、若造」
ジャミはのしのしと近づいてくる。
巨大だ。
2メートルは優にあるだろう。
そして全身をまとったたくましい筋肉。
右手に握られた蛮刀。
いかにリュカの剣術が優れていても、1対1では分が悪すぎる。
そもそも魔物を相手にする場合、チームを組むのが当たり前で、単独で当たるなど無茶なのだ。
確かに、リュカが伝説の勇者として覚醒していて、その力を得ているのであればそれも可能だろう。
しかしまだ彼は成り行きで王位に就いてしまったに過ぎない、ただの青年なのであった。
人間相手であれば、武闘会でも優勝できる実力を持っていることは否めない。
雑魚の魔物であれば苦もなく倒せるだろう。
しかしジャミクラスでは、魔法や伝説の力なしでは到底かなわない。
それはビアンカにもわかった。
しかし立場上、リュカは引っ込みがつかない。
意地っ張りで頑固なところもあるから、放っておけば本気でジャミと一戦交えるだろう。
もしかしたら、それがジャミの目的なのかも知れないのだ。
「リュカ……」
「大丈夫だ、ビアンカ。僕は負けない」
「ふん。ならばかかってくるがいい」
「望むところ。いくぞ!」
右手にロングソード、左手に防御用のタガーナイフを持ち、リュカがジャミに向かっていく。
ジャミは両手で大振りの蛮刀を構えていた。
気合いを放ってリュカが斬りかかっていく。
「リュカ!」
思わず叫ぶビアンカの声を受け、リュカの剣がジャミの左側面に襲いかかる。
ジャミはそれを蛮刀で軽く受け、弾き返す。
猛烈な力で弾き飛ばされたものの、身軽なリュカはバランスを崩さずに着地する。
今度はジャミが斬りかかる。
唸り声とともに、幅広で重たい刀身が若者の頭上に降ってくる。
リュカは飛ぶように転がり、剣先を避けた。
ガチンと嫌な音をさせて、蛮刀が床の岩を砕いている。
何度かジャミに空振りさせてから、リュカは反撃に出た。
下から突き上げるようにジャミの顔を切り上げる。
ジャミはそれを柄で受けると、またも重たい一撃をリュカに放った。
「くっ!」
すんでのところでリュカはそれをタガーで受けた。
しかし、ジャミの一閃を受けたナイフは根元からぽっきりと折れてしまっている。
とんでもないパワーだった。
「リュカ、気をつけて!」
見ていられなかった。今までは、どんな強敵相手でも、いや強敵だからこそビアンカも一緒に戦った。
しかし今はそれが出来ない。
見守ることしか出来ないのだ。
居ても立ってもいられないとはこのことである。
剣術には疎いビアンカの目から見ても、リュカの方が押されているのはわかった。
何もなければ、いや自分を助けるためだけに戦ってくれているのだったら「もうやめて、逃げて」と言いたいところだ。
しかしビアンカだけでなく、子供の命までかかっている。
リュカには無事でいて欲しかったが、自分はともかく子供たちに何かあったら元も子もなかった。
ジャミがビアンカの悲鳴を聞いて、残忍そうに笑った。
「おらおら、どうした王さん。可愛い女房が泣きそうだぞ」
「くっ……」
「おまえ、伝説の勇者らしいが本当なのか? 勇者ってのはその程度のものか?」
「きさま、どうしてそのことを……」
「知っているさ。おまえの国の人間どもも、おまえが伝説の勇者だと知って大層な期待をしているらしいってこともな」
だが、まだ覚醒していない。
どうすれば真の勇者なれるのかわからなかった。
そもそもリュカ自身は、そんなものになりたいと思ったことはないのだ。
魔物との最終決戦までに目覚めればいいと思っていたし、勇者になれなくとも魔物を一掃できればそれでいい。
そう思っていたのだ。
しかし真の敵を目の当たりにして、今は勇者の力が欲しいと痛切に願っていた。
キィンと鋭い甲高い金属音がして、両者の剣がかみ合った。
剣の切れ味はともかく、その頑丈さはジャミのものの方が数段上だろう。
加えてジャミ自身の体力、馬鹿力もある。
力比べは圧倒的に不利だ。
「く……」
刃を合わせた力比べは、次第に決着がついていく。
リュカはじりじりと押され、もう剣先が顔にくっつきそうだ。
「おらあ!」
「うわっ!」
ジャミがそのまま蛮刀を思い切り振ると、リュカの剣は彼の手から離れ、宙を飛んだ。
ガキッと音がして、切っ先が床に突き刺さっている。
「リュカっ!」
ビアンカは尻餅を突いたリュカに駆け寄る。
このままジャミがリュカを一刀両断するのであれば自分も一緒に……、そう思ったビアンカだった。
覚悟して目を閉じたふたりだったが、いつまで経っても必殺の剣は落ちてこない。
目を開けると、ジャミが剣先を突きつけたままにやにやと笑っていた。
その切っ先がリュカの顔に突きつけられると、思わずビアンカはその前に出て夫を庇った。
「ま、待って!」
「……」
「ビアンカ、どくんだ」
「いや!」
妻はリュカの言葉に初めて逆らった。
ジャミは(恐らくわざと)感じ入ったような顔を作って唸るように言う。
「くくっ、おのれの命を張ってでも夫を護りたいか。妻の鑑だな」
「……ビアンカ、どけ。ここは僕が……」
庇う妻を押しのけてリュカが前に出る。
「……殺すなら僕を殺せ。だが、妻と……ビアンカと子供たちは助けてくれ」
「……いいだろう」
「……!」
まさかOKするとは思わなかったふたりは一様に驚きの表情を浮かべる。
しかし直後には、ビアンカは苦痛の顔色になる。
夫の命と引き替えなのだ。
もう一度リュカの助命を願おうとした時、ジャミが重々しく言った。
「最初に言った通りにしてやろう。妻か子供か、どちらかは連れて帰れ」
「……」
それが出来ないから戦いを挑んだのである。
しかし、この状況では他にどうしようもなかった。
放っておけば一家揃って討ち死にである。
考えようによっては、その方が幸せかも知れないが、子供たちの命まで犠牲には出来なかった。
「僕はどうなってもいい。だから妻と子供は……」
「だめだ。おまえは女房か子供、どちらかを選んで連れて行くのだ。それがイヤなら全員殺してやろう」
「そんな……」
ビアンカが喉の奥で呻く。
リュカも血を吐くような声で叫ぶ。
「そんなことは出来ない! どっちかを選ぶなんて……」
「では全員……」
「だめよ!」
ビアンカが魔物の冷酷な声を封じた。
そして思い詰めたように言った。
「リュカ……」
「……」
「子供たちを……レックスとタバサを連れて帰って……」
「そんな……ビアンカ!」
「私は……大丈夫よ。だから……」
「だめだ、だめだ!」
リュカは強く何度も首を振った。
「きみを置いていくなんて出来ない! それなら僕も残る!」
「だめ。子供たちのことを考えて」
「く……」
ジャミはにやにやしながらふたりのやりとりを眺めている。
リュカとビアンカは、この時点で気づくべきだったのだ。
リュカを破り、ビアンカの魔法を封じ、圧倒的に有利な立場にあるジャミが、なぜ助命しようと言っているのか。
もともと人間的な愛情だの慈悲だのは持ち合わせていない魔物である。
リュカの勇敢な言動に感じ入ったなどということがあるはずはないのだ。
何か他の目的があってのことに違いないのだが、今のビアンカたちには子供のことばかりに気が入ってしまい、とても気づく余裕はない。
ビアンカは目に涙をいっぱい溜めて言った。
「お願いリュカ……。子供たちを連れていって」
「……」
「そして……、そして今度こそ私を助けに来て。ジャミに勝って」
「……わかったよ」
妻の言葉で、ようやく夫は気持ちを定めたようだった。
ジャミが問う。
「決めたか」
「ああ。子供たちを……レックスとタバサを返してくれ」
「ならぬ」
ジャミは意地悪そうに言った。
「最初に言ったろう。どちらかひとり……いいや、女房を含めて三人の中からひとりだけだ」
「そんな……! せめて、せめて子供はふたりとも……」
「いやなら返さぬ」
「く……」
悔しそうに化け物を睨みつけるリュカだが、現状ではとてもこの魔物には対抗出来ない。
さりとて、ひとりでも置いていくわけにはいかない。
本来なら妻のビアンカも含め、みんな連れて帰るつもりだったのだ。
ジャミはわざと焦れたように言った。
「優柔不断な王めが! ならば……」
「わ、わかった!」
リュカが決断する。
この際、ひとりでも無事に取り戻すしかないのだ。
「……レックスを……」
「ふん、男のガキか」
ジャミはにんまりして、思わせぶりに言った。
「……妻は……ビアンカはいいのだな?」
「……仕方がない」
「いいだろう」
ジャミがにやりと笑って、蹄のついた手を振ると、岩壁の一部がゴトゴトと音をさせて開いた。
岩を抉って作ったようなベビーベッドもどきに、赤子が乗っている。
「レックス!」
ビアンカとリュカが同時にそう叫び、駆け寄った。
両親の声を聞いて安心したのか、それまで落ち着かなげにおどおどしていたレックスが、元気に泣き始めた。
「怖かったろう、もう大丈夫だ」
レックスの小さな手を左右から握る両親の目に涙が浮かぶ。
怪我はしていないようだった。ビアンカは息子を堅く抱きしめた。
そのビアンカを、リュカが優しく抱いている。
そんな親子の再会は長く続かなかった。
「もういいだろう。さあ、連れ帰れ!」
「きゃあっ、何を!」
ジャミが乱暴にビアンカを引き離すと、レックスが悲痛な声で泣き叫ぶ。
魔物は小うるさそうに手を振る。
「リュカ、さっさと逃げ帰るがいい。妻を捨てた夫になど興味はない」
「……」
リュカはしっかりと双子の手を左右の手で握ると、妻に言った。
「必ずまた来る。そして今度こそきみを……きみとタバサを」
「早く帰れ。その扉はそんなに長く開いていないぞ」
「……」
部屋の出入り口がもう閉じ始めている。
リュカはレックスを抱いたまま、名残惜しげに何度も振り返り、そして俯いて部屋を出て行く。
母を呼ぶような子供の泣き声が痛々しかった。
「あ……」
ビアンカは、夫に向けて伸ばしていた腕を力なく下ろした。
レックスと夫が無事に逃げられることを祈る反面、複雑な気持ちもあった。
さっきのジャミの言葉である。
「妻を捨てた夫」。
確かに、理由はどうあれ、リュカはビアンカよりも子供を選んだのである。
もちろんビアンカ自身がそう望んだのだし、リュカにそう進言もした。
それでも、心の片隅には「もしかしたら、それでもリュカは自分を選ぶのではないか」という、期待にも似た感情があったのも事実だ。
子供と妻のどちらかを助けるとしたら、子供になるのはわかっている。
それが人間というものだろう。
だが、それでも、ひょっとして、という微かな期待はあったのだ。
もしリュカがビアンカを選んだとしても……それは嬉しかったろうが、それでもビアンカは再度子供たちを助けてくれと言ったに違いない。
それでも、ウソでもいいから妻である自分を優先して欲しいという気持ちがどこにもなかったとは言えなかった。
ビアンカとしては、それでもビアンカを選んでくれた夫に感謝しながら、子供を救うように言いたかった。
「さて」
そんな感傷も、ジャミの野暮な言葉で雲散霧消した。
乱暴に掴まれた腕を振りほどこうと、ビアンカが暴れる。
「何するの!」
正確には掴まれたわけではない。
ジャミの手は蹄なのだから、指を使って掴むわけにはいかない。
ビアンカの腕に腕を絡めて引き寄せているのだ。
ジャミがほくそ笑む。
「何をするだと? わかっているだろうに」
「……」
想像はつく。
ジャミは自分を慰み者にしようというのだろう。
ビアンカには半信半疑だった。
魔物が人間の女に欲情するのだろうか。
犬は猫に発情しないと聞く。
いわゆる異種間性交は空想の産物で、通常そうしたことはあり得ないのだそうだ。
ヒトが猿の性器を見てもどうということはない(むしろ気色悪い)のと同様、馬がヒトの牝の裸身を見ても何とも思わないはずだ。
だが、ビアンカは知らなかった。
実際には異種間性交をしてしまうケースもあるのだ。
クリューバー・ビューシー症候群という。
これに冒されたウサギがニワトリと性交していたケースがある。
さらにアルパカが羊を、犬がイノシシを、犬が猫や豚を、狸が犬を犯していた症例もあった。
この場合、雄雌は関係ないらしく、犬や猫の牡が同じ牡を犯そうとした場合もある。
そしておぞましいことに、これとは無関係に、犬の牡などは人間の牝に対して発情するケースがあるらしい。
実際、女とセックスする犬の牡は何例も報告されているのだ。
魔物にもそうしたケースはあるのだろう。
その証拠として、魔物と人間の交配の結果産まれた半魔半人もこの世界にはいるのである。
さらに妖怪との性交もあるらしく、吸血鬼と人間の混血であるダンピールなどは有名だ。
そうした混血人間の場合、当然のように人の女に欲情するので、結果として異種間性交が存在することになる。
魔物が女を襲うというおぞましい話は、ビアンカも何度か聞いた。
あまり表沙汰になる話ではないが、魔物に襲われて凌辱されたらしい、という噂は少なからずあったのだ。
当然、被害者はショックが大きく(それどころか死んでしまう、というか殺される例が多かった)、とても証言できるような状態ではないらしいし、そうでなくとも供述は取りにくいだろう。
中にはいやらしい取調官が、微に入り細に穿って、根掘り葉掘り聞き出そうとするらしいが、言えるわけもないのだ。
従って、漏れ伝わってくるのも噂、風聞レベルであり、実際のところはわからないのだ。
だがビアンカは、すぐにその真相を知ることとなった。
ジャミはベッドに腰掛け、立ちすくむビアンカの肢体をじろじろと眺めている。
ビアンカは顔を逸らして小さく叫ぶ。
「な、何をじろじろ見てるの」
「……もっと見てやるさ。どら」
「きゃああ!?」
突然にジャミの腕が伸び、ビアンカのふくよかなヒップを撫でた。
びくりとからだが硬直する。
尻を滑るように触れてくる蹄の感覚にゾッとするような寒気を感じた直後、それが抑えきれない怒りに変化した。
「何するのよ!」
思わずビアンカのしなやかな腕が伸び、ジャミの頬を手のひらが張っていた。
ぱぁんと乾いた音がしたが、ジャミの方はまったく堪えていないらしい。
むしろ、ビンタをしたビアンカの手の方が痛い。
馬の魔物はにやついている。
「くく、なかなか気が強そうだな、ますます気に入った」
「あ、あんたになんか気に入られたくないっ。あ、触らないで!」
「逆らうのか?」
「……!」
しつこく臀部を擦ろうとしたジャミに、もう一発張り倒してやろうと思っていた腕がぴたりと止まる。
なおも魔物の邪悪な要求が続く。
「よし、服を脱げ」
「な……」
「聞こえなかったか? 脱いで裸になれと言っている」
「……」
やはりそうなのだ。
この魔物は自分の肉体を欲している。
貪り食われるわけではないらしいが、その身体を穢されるのだ。
ビアンカは反射的に身を縮めた。
ジャミは冷たい声で続ける。
「脱げ。リュカとガキどもを助けてやったのだ、それくらいはしてもらう」
「……」
「出来ないのなら、それでもいい。今からでも追いかけて皆殺しにしてくれようか」
「わ、わかった! わかったから、やめて!」
こうなるかも知れぬという覚悟はしていた。
が、いざ本当にそうなるとわかると脚が震えた。
ジャミが女に欲情するらしいとわかった途端、ビアンカの顔が真っ赤になる。
犬や馬に裸身を見られても何とも思わなかったかも知れないが、それは彼らが女に関心を示すはずがないからだ。
しかし、こうしてあからさまに自分の肉体に興味を示す魔物がいるとわかると、羞恥心や恥辱、屈辱が王妃の心に込み上げてくる。
貴なる自分が、邪悪な魔の象徴に穢されるという屈辱もないではないが、それよりももっと単純に妖物に犯される恐怖が先立つ。
「……」
ビアンカはまだためらっていたが、もうジャミは何も言わなかった。
言わずともわかるだだろう、というわけだ。
ルージュも差していない健康的な薄いピンク色の唇をキュッと噛みしめるようにしていたビアンカは、やがて諦めたように服に手を掛けていく。
式典での分厚いローブを纏った王妃の礼服ではなく、部屋着に着替えていた。
レストローズのざっくりしたワンピースである。
明るいモス・グリーンで、ノースリーブだ。裾に刺繍があしらってはあるが、いかにもビアンカらしい庶民的な軽装だ。
それがまた実によく似合っている。
右肩に長く垂らした太い三つ編みの髪が、僅かな光を反射してぼんやりと輝いている。
腰にはサテンリボンのベルトが軽く巻いてあり、ただでさえ細いビアンカのウェストがきゅっと引き締められていて、そのスタイルの良さを主張していた。
ワンピースは簡単に脱げ、するりとビアンカの身体から滑るように落ちると、音もなく床にわだかまった。
ビアンカは顔を伏せたまま、真っ白いキャミソールのストラップを外す。
艶やかな肩を細い紐が滑り、若い人妻の顔は羞恥に染まった。
キャミはワンピースと同じように、そのまますとんとビアンカの足下まで落ちる。
それを脚から抜こうとして、サンダルを履いたままなことに気づいた。
少し身を屈め、脚を軽く持ち上げて足首部分のストラップを外し、ベージュのサンダルを脱いだ。
床に落ちたコトンという乾いた軽い音が、洞窟のような室内に響く。
「……」
上下の下着だけになった若妻は、顔を伏せたまま上目遣いで半人半馬を見てみたが、魔物はじっとこちらを見たままだ。
これで済むわけもなく、ビアンカは諦めて左右の肩にかかるブラのストラップを下ろした。
ブラもショーツも、淡いイエローの愛らしいものであり、フリルや刺繍が施されている。
清純な色気を感じさせるデザインで、この辺もビアンカらしいのかも知れなかった。
ブラジャーを取ると、左腕を使ってぎこちなくバストを隠している。
その仕草が初々しく、見つめるジャミが興奮してきていた。
ビアンカには見えなかったが、組んだ足の中で、そのペニスは窮屈なほどに勃起してきており、鼻息も荒くなっている。
ビアンカは、腕から零れ出そうになる胸の膨らみを気にしつつ、右手だけで器用にショーツも脱ぎ去った。
もうとても立っていられず、しゃがみ込んでその肢体を隠そうとする。
ジャミが荒々しい声で言った。
「何をしている、ちゃんと立って見せてみろ」
「……」
拒否や反抗は無意味であろう。
ビアンカはおずおずと立ち上がる。
弱みは見せまいとしているが、脚が震えてしまうのはどうしようもなかった。
夫以外の男にその素肌を晒さねばならない恥ずかしさのせいか、ビアンカは頬どころか首まで赤く羞恥で染めている。
相手は人間の男ではないとはいえ、男と同じように人間の女に性的関心を示しているのだから同じことだ。
いや、人ではないからこそ、余計に屈辱感を覚えていた。
そんなビアンカを見ながら、ジャミが惚れ惚れしたようにつぶやく。
「綺麗な肌をしてるじゃないか。人の女の肌は魔物と違ってきめ細かいのがいいのだが、おまえの肌はまた格別だ」
「……」
「それに……、思ったよりおっぱいもケツもでかいな。くく、着痩せするようだな」
「いやらしいことばっかり……」
ビアンカは、おのれの裸を鑑賞する魔物を睨みつけた。
吐き気がするほどの嫌悪感だ。
ジャミの蹄が、その胸に触れんとばかりに伸びてくる。
「触らないで!」
しなやかな腕が伸び、ビアンカは思わず魔物の腕を叩いて拒絶した。
腕が激しく動いたせいで、魔物に褒められたばかりの豊かな乳房が、さも柔らかそうにぶるんっと震えて露わになる。
子供を産んだというが(それもふたりも)、この乳房だけを見せられたら誰も信じないかも知れない。
それほどに形が整っており、まだ少しも垂れていなかった。
静脈が透けそうなほどに白く薄い肌に包まれた肉塊は、美しい半球状である。
「おっぱいの形がまたいい。男に触ってくれと言ってるみたいだな」
「いやっ!」
じろじろと男の目で胸を見られる恥辱に耐えきれず、ビアンカが叫ぶ。
縛られているわけでもないのに隠せない、抵抗できない悔しさ。
身を捩ってジャミの視線から逃れるのが精一杯なのだ。
「み、見ないで、いや!」
「見るだけだと思うのか? それより、さっきの約束を忘れたか。おまえが俺の自由にならなければどうなるか忘れたのか」
「……」
ビアンカの動きがぴたりと止まる。
「俺の命令には絶対服従だ。わかってるだろうな」
「ひどい……」
「当たり前だ、俺は魔物なんだからな」
ジャミはそう言って笑った。
「では命令だ。そのベッドに寝ろ、仰向けにな。おっと、身体を隠そうなんて思うなよ」
「……」
逆らえば約束は無効とされ、すぐにでもジャミはリュカと子供たちを殺そうとするだろう。
ビアンカはおとなしく従うしかなかった。
いずれリュカが何とかしてくれる、助けにきてくれる。
それだけを信じて、涙を飲んで恥辱に耐えるしかないのだ。
「……!!」
ジャミが迫り、のしかかってくる。
その時、ちらりと見えた魔物の異様なペニスにビアンカは脅えた。
思わず目を堅く閉じ、顔を背ける。
そんな振る舞いが余計にジャミを燃え上がらせた。
それまで気丈さを保っていた女が、力尽くの凌辱の前に屈し、屈辱に染まる。
そんな光景がたまらなくジャミの獣欲を増進させた。
「いくぜ」
「……」
返事をする気にもならず、ビアンカは身体を堅くしていた。
ふと、リュカとの行為を思い出す。
そう言えば、リュカに初めて身体を許した時もこうだったような気がする。
年下でビアンカに対してまだ遠慮があった彼に、自分を抱くよう働きかけたのはビアンカの方である。
しかしビアンカ自身もその時はまだ処女だったのだ。
義務感と姉気取りな面でこちらから誘ったものの、やはり初めての男は怖い。
リュカがようやくその気になり、ベッドで同衾した時には、やはり今のようにビアンカは少し脅えていたのだ。
愛しいリュカなのに、結合前には顔を見ていられなかった。
リラックスしなければ痛いらしいし、何よりリュカの緊張も解けない。
そうわかっているのに、力を抜くことはなかなか出来なかった。
今はその時と同じような感じがする。
(違う……! そんなわけ、あるはずないっ!)
精神面でまるで異なるのだ。
あの時はずっと思い続けていた愛しい男と初めて結ばれた時。
そして今は、その愛しい男を助けるために、やむを得ず身体を差し出しているだけだ。
同じわけがない。
そんなことを思っているビアンカに、ジャミの方は容赦なくいきり立った男根を彼女の秘裂へと押し当ててきた。
「ああっ! いやあああっっ!」
「何を今さら、覚悟を決めたのだろうが」
「……くっ……、で、でも、いやなものはいやなの!」
「清純ぶるなよ、処女でもないくせに。あの男とやりまくってガキをふたりも作りやがったんだろうに」
「う、うるさいっ……大きなお世話よ! あんたに抱かれるのがいやなだけ……ひっ! ひぐっ!?」
ビアンカの目が大きく見開かされた。
大きいのだ。
もちろん見てはいない。見てないが、今、自分の膣に押し入ろうとしているその逸物の巨大さは、膣自身がビアンカに伝えてくる。
あまりにも太い男根によって、若妻の陰部は見るも無惨なほどに拡げられていく。
あまりの痛みにビアンカが絶叫する。
「ひぃああっ! いっ、痛い痛いっ! やめて、ぐっ、ぐうううっっ……!」
ビアンカの身体の脇でベッドに突いている腕をぐぐっと掴んだり、力一杯殴りつける。
しかし、犯そうとしているジャミの方はそんな抵抗はものともせず、ビアンカの腕を振り払おうともしないで、そのままペニスを挿入させていった。
「ぐぐっ……い、いた……やめ、て……うぐああっ……!」
ビアンカの拳よりも大きそうな亀頭が、無理矢理に媚肉へめり込んでいく。
粘膜が伸びきるほどに広がった大陰唇は切れそうになりながらペニスにへばりつき、小陰唇はそのまま巻き込まれるように膣内に入っていくのがわかる。
もうビアンカには屈辱だの羞恥だのは消え失せている。
大きすぎる肉棒を突っ込まれる激痛と苦しさにのたうち回るしかないのだ。
ミチミチと粘膜を限界まで拡げ、ミシミシと膣全体が軋むほどにジャミのペニスがビアンカの中に入っていく。
媚肉の襞は苦しげに亀頭へ絡みつき、ジャミへ快感を与えている。
ビアンカは何とか巨大な異物を押し返そうと息むのだが、それだけ苦痛と息苦しさが増していく。
同時に、力んで膣を締め上げることがジャミのペニスを快楽に導いてしまっていた。
「んぐうっ!」
猛烈な苦痛がビアンカを襲う。
膣が裂けたと思った瞬間、魔物の肉棒はどうにか亀頭だけが若い人妻の媚肉に入り込んでいた。
まだ亀頭が通っただけだが、ジャミは少しホッとしたように言った。
「どうだ、王妃さまよ。魔物のペニスはなかなかのものだろうが」
そうのたまうジャミの顔も、少し歪んでいる。
快感と苦痛がない交ぜになっているのだ。
ビアンカの媚肉は想像以上にきつかった。
その締め付けは男を驚喜させるものだが、ジャミほどのサイズになると、逆に痛いくらいだ。
彼は少し驚いていた。
過去にも数えきれぬほどの女を犯してきたものの、こちらのペニスが痛いまでの膣圧を見せたのはビアンカが初めてである。
ジャミのものが大きいからというのはあるが、それだけならビアンカの膣は裂けてしまっているはずだ。
それが裂けずに何とか飲み込もうとしているというのは、それだけビアンカの媚肉が柔軟性と粘着性に富んでいるということだ。
加えて、ジャミに痛みを感じさせるほどに締め付けも強い。
期待以上の女だとわかり、ジャミは内心ほくそ笑んでいた。
牝の部分としてはともかく、ビアンカ個人に格段の興味はなかったのだが、こうなると話は別だ。
「利用目的」以外──つまりジャミの情婦としても最高の存在なのかも知れぬ。
「何とか言わんか、ほら」
少し腰を動かされるだけで、ビアンカは膣全体が揺さぶられ、頭の芯まで苦痛が突き抜ける。
「や、やめて、動かないで! ぐっ……ぬ、抜いて……抜きなさいっ……い、痛いっ!」
「何を言ってる。処女でもあるまいに純情ぶるな」
「いったいのよっ……! く……きつ……痛いっ!」
「大げさに言うな。このマンコはガキがふたりも通った穴だろうが。俺様のペニスくらいは楽々と……」
「い、言わないで、いやらしいっ! あ、動くなって言ってるのにっ、痛いっ……!」
激しく、だが虚しく暴れるビアンカを見下ろしながら、ジャミは腰をなおも送っていく。
その口の端は笑っていた。
メリメリと音を立てて裂けているのではないかと思えるほどに、ビアンカのそこは押し広げられ、それでも何とか太すぎるものを埋め込まれていく。
確かに処女ではないし出産も経験しているが、ここまでのものをくわえ込まされるのは初めてなのだ。
というよりも、リュカ以外のものを受け入れること自体初めてなのだ。
その圧倒的なまでの巨大さに、ビアンカの肢体はわなわなと痙攣し、下半身が裂けそうな苦痛にのたうっている。
ジャミは、ビアンカの苦しげに蠢く腰を左腕で抱え込み、右手の蹄でグッと彼女の太腿を押さえ込んだ。
蹄の跡が残るほどに押さえ込まれ、ビアンカは両脚をしっかりと拡げさせられていた。
亀頭が潜り込んで、泣き叫ぶほどの苦痛がなくなってホッとしていたビアンカは、今度は膣内をゴリゴリと擦られる感覚と新たな苦痛に呻いた。
「うぐっ……や、ああああっ……痛いっ……!」
ビアンカは苦鳴を漏らしながら、グッと背中を仰け反らせて苦痛に耐えた。
それでも耐えきれず、右手はジャミの腕を強く握って爪を立て、左手はシーツを思い切り握りしめていた。
もともとぱっちりした目がさらに大きく開き、今にも零れそうになっている。
その端からは苦痛の涙が伝っていた。
ジャミはそんな美女の苦悶に欲望が駆り立てられるのか、なおも狭い膣内へペニスを通していく。
きつい膣道は異物を拒んでいるが、襞や粘膜を引き剥がすようにして、強引に奥へと進ませていった。
あまりの苦痛にビアンカが絶叫する。
首が千切れるほどに振りたくり、拳を作ってジャミの腕を殴る。
掴んだシーツが千切れそうになるくらいに引っ張っていた。
「い、痛い痛いっ!! あ、ああっ、いや、痛いわっ! やあっ、だめだめっ……くっ……さ、裂けるっ……ホントに裂けちゃうわっ……いやあああっ!」
破瓜の痛みどころではなかった。
出産は、割と安産だったものの、それでも子供たちが通ってくる時は苦しかったし、痛かった。
だが今回はそれどころではない。
まるで巨大な魔物に両脚を掴まれて、そのまま左右に引き裂かれるかのような激痛と衝撃なのだ。
「ぐっ、ぐうああっ……くあっ……んはああっっ……!」
とてもビアンカとは思えぬ、けだもののような悲鳴がその口から放たれた。
ジャミのペニスが少しずつ進むたびに、ブチブチと処女膜が裂け、内部が弾けるような錯覚を受けた。
ビアンカの華奢な腕は、筋肉を浮き立たせながらジャミの腕に爪を立てる。
分厚い魔物の皮膚は出血こそしなかったが、ビアンカの爪痕が深くいくつも残っていた。
もう片方の手はシーツを掻きむしり、引き千切ろうとするかのように引き寄せ、引っ張り上げていた。
「……」
何を考えたのか、ジャミの動きが止まった。
まだ彼の肉棒は半分どころか1/4も入っていない。
ビアンカの膣も、まだ埋まったわけではなかった。
これではとても満足するレベルではないだろう。
「あ……はあ……はあ……ん……はあ……ああ……」
何が起こったのかわからないが、とにかくあの内臓を内部から引き裂くような激痛は止まった。
まだペニスが入っているから裂けそうな圧迫感や、ズキズキする痛みはあるものの、我慢できないほどのものでもない。
ビアンカは、横になっても崩れない美しい乳房を激しく何度も上下させ、荒々しいまでの呼吸をしていた。
左の乳房は、呼吸だけでなく激しい動悸のせいで、規則的にビクッ、ビクッと動いていた。
ジャミは何事か考えるように、ペニスを少し入れたまま動きを止め、下で喘ぎ呻く美女を見下ろしていた。
つまらない。
これでは面白くないのだ。
このまま、泣き叫ぶ王妃を犯し、自分のものにすることは容易い。
確かに以前のジャミならそれで満足していただろう。
しかしこの魔物は、幾多の人間の美女を犯し続けるうちに、「性交を愉しむ」ようになっていた。
魔物に限らず、人間以外の動物は、セックスとはすなわち子孫を残すための行為であり、それ以上ではない。
従って、そこに悦びだの慈しみだのは感じない。
それが生物というものだ。
人間だけはそうではないが、これは人間の方が規格外なのである。
ただ、確かにヒト以外にも交尾に快楽を感じているらしい動物は存在する。
その殆どは哺乳類だが、それにしても発情期に限られている。
ヒトだけが通年発情し、交接を受精よりも快楽として強く捉えているのだ。
そこに魔物が登場する。
魔物は種族的に雄の比率が圧倒的に多く、故に他のけものと交わって子孫を残すわけだが、取り分け人間の牝──つまり女を好んだ。
種族的に近いということもあるし、知能の高いヒトの牝と交わって子をなせば種族の繁栄にも繋がるからだ。
事実、現在のグランバニアにいる魔物の半数近くは半魔半人だと言われているくらいだ。
ジャミも同じである。
己の遺伝子を残そうと、数々のヒトの牝を犯し、子を産ませてきたのだ。
そんな中で、ただ受精させるだけよりも、より女をいたぶり、虐めた挙げ句、最後には性的に屈服させる行為に満足感と快楽を覚えてくるようになったのである。
ジャミの性交は、交尾からセックスに変わったのだ。
それまでは、くだらぬ行為と蔑んでいた人間のセックスに俄然興味が湧いてきた。
魔物の中では知能が高かったジャミは──だからこそ魔王に近い者と言われているわけだが──、人間の性交を学び、それを自分でも実践するようになっていた。
そして、女を無理矢理に絶頂させた上で射精し、子を為さしめることこそが至上の快楽と知ったのだった。
昔は、女が苦しもうと痛がろうとまるで興味がなかった。
とにかく殺さなければ良い。
精神に異常を来しても、交尾と出産が可能ならよかったのだ。
ついでにいうなら美醜もどうでもよかったのである。
それが一変した。
ただ犯すよりも、女を感じさせて、嫌がりながらも性の頂点を極める様子を見て興奮するようになった。
ヒトに近い感性になってきたのである。
但し、まともに恋愛した上で愛する人と結ばれて、愛し合ってのセックス、その結果としての祝福された出産などというものには少しも興味がなかった。
「愛」だの「慈しみ」だのは未だに理解不能かつ無駄なものだと信じているし、牝に憐憫や親近感を感じることもない。
ただ、女が感じる表情には興奮したし、身悶える肢体や色っぽい喘ぎ声、よがり声にも欲情するようになった。
その最中に、女を虐めて苦悶させ、恥辱や羞恥を味わわせるのも好みになっていた。
これは魔物としての本能に近いものだろう。
こうしてジャミは、魔物の感性と男の欲望を併せ持った新たな魔物に生まれ変わったのである。
だからこそ、今のビアンカには満足できなかった。
ここで無理に凌辱を続けても、彼女は感じるどころではないだろうし、最終的に射精してもジャミ自身満足できないだろう。
今までの女は、感じてくるのとそうでないのが半々くらいだった。
そうでない女は数度の行為で飽きてしまったし、気まぐれに殺してしまうことも多かった。
うまく快楽を得るようになった女もそれなりにいたが、ジャミは本心から満足は出来ていない。
何しろ彼のペニスが巨大すぎて、とても全部を受け入れる女がいなかったからだ。
だから1/3くらい、いいところ半分も挿入して満足しなければならなかった。
女の方はそれでも、太い巨大なものに犯されて快楽の絶頂を極めて見せたが、ジャミは少し物足りなかったのだ。
そこにビアンカである。
今の感触では、ビアンカの媚肉は素晴らしそうだ。
そして見た目もいい。
すでにジャミの審美眼は、人間の男に近いのである。
これだけの美人で、スタイルも良く、なおかつあそこの具合も良さそうだ。
ジャミは、この女を使って本当に満足したかった。
女をよがらせ性的に陥落させた上で、ジャミの方も最終目的を達したい。
ならば慎重に、そして策を練ることだ。
これだけの女、これから出合うことはもうないだろう。
焦りは禁物だった。
「……?」
突然に動きを止めた魔物に、ビアンカはぼんやりとした視線を向けた。
何も言えず、無表情のままだ。
まだ苦しげな呻き声を漏らしている。
「んあ……!」
あろうことか、ジャミはペニスをビアンカから抜き去った。
拳くらいある亀頭が膣道を通り抜け、媚肉から抜ける時はやはり痛かったが、その直後から気が抜けるほど楽になった。
意味がわからなかった。
まさかジャミは、自分があまりに苦しみ痛がるのを見て不憫に思い、行為をやめてくれたわけではあるまい。
そんな情があるわけもない。
それでも、ジャミがレイプをやめたのは確かだった。
魔物は、ペニスを屹立させたままビアンカを一瞥すると、黙って部屋から出て行くのだった。
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「王、お待ち下さい」
「ザバン大臣か……」
現在の国政は、実質的にこの男の手に委ねている。
それだけでなく、誘拐当日にリュカがビアンカ奪還のためにタワーへ行った時には手助けまでしてくれた。
だが、どうしてもこの男を信用する気にはなれなかった。
真面目なリュカは、それは自分が若造の青二才からだと思い、恥じていた。
彼の目は正しかったのだが、それを信じるほどの経験値がなかった。
若かったのである。
「まさか、また魔の塔へお行きになるのではありますまいな」
「……」
そこでザバンは頭を垂れて見せた。
「……王妃さま、いや奥方さまとタバサさまがご心配なのはわかります。王がご心痛なのはこのザバンにも痛いほどわかっておりますぞ」
太りすぎの国務大臣は白々しくそう言った。
「ですが、あなたはグランバニア王。国を蔑ろにすることは許されませんぞ。私としては、王の身で単身敵地に乗り込むという愚行を繰り返させるわけには行きません」
「だが大臣!」
リュカは小声で叫んだ。
周囲を気にしてのことである。
「僕は……、僕はどうしても妻と娘を助けたい。このままではいられないんだ!」
「……」
「と言って、兵どもを率いて魔物と一大決戦するわけにもいかない。大臣の言う通りだ。いかにビアンカが王妃とはいえ、僕の妻だ。その妻を助けること、言ってみれば私用で兵を損ねるわけにはいかない」
実際は、王妃を攫われたのだから国の威信を傷つけられたわけである。
それを名目に戦争を仕掛けてもおかしくないのだ。
国民も納得する。
だがその反面、そうでなくとも魔物との戦い、荒んだ国政で民たちが疲弊しているのも確かだ。
それに現状の魔物の勢力を考えれば、あの塔へ侵攻するには王国全軍の兵力が必要かも知れない。
まさか全面戦争を挑むわけにもいかない。
そんなことすれば隙が生じ、他国からの侵攻を受ける可能性もある。
それをやるなら、各国と話し合って足並みを揃えて連合軍を組織し、人類共通の脅威として魔物討伐するべきだろう。
そこまで行かずとも、せめて実情を打ち明けて理解を求め、タワー攻撃中に寝込みを襲われるようなマネをしないよう要請する必要がある。
不可能ではなかろうが、そこまでするにはかなりの時間と手間、そして譲歩が生じるだろう。
そんな悠長なことは言っていられないのだ。
焦る若者を見据えて、ザバンがその耳元で囁いた。
「……臣にお任せください」
「なに……?」
「蛇の道は蛇と申しますな。私めには伝手も策もあります。私もここは王単身で赴くのが至当と存じます。タワーまではごく少数の護衛をお連れになってください。ああもちろん民どもにバレることのないよう、変装していただきます」
「それはいいが……、本当にあの塔へ入れるのか。いや、無理でも僕は行くが」
「それでこそ王でございます。いや、大丈夫、部隊を連れてというのは無理にございましょうが、王おひとりなら何とかならないでもありませぬ」
「構わん。もともとそのつもりだったのだ」
「よいご覚悟。では今宵。夜が更けましたらお迎えに参ります。それまでは普通に執務なさってください。ああ、王不在の間は国務大臣たる私めが遺憾なく取り仕切りますのでご心配いりません」
「……」
もうリュカの耳に、奸臣の言葉は入っていないようだった。
ビアンカ、どうか無事でいてくれ。
今のリュカはグランバニア王でも20歳の若者でもなく、ビアンカの妻、そして子供達の父だった。
その彼は今、国王の衣を脱ぎ捨て、剣を携えた勇者へと変貌を遂げていく。
どこまでザバンが信用置けるのか、正直なところリュカにもわからない。
しかし、彼の言う通り、策のないまま闇雲に出て行っても、今まで通り返り討ちに遭うことは目に見えている。
リュカもビアンカも、この海千山千の小役人のような男は好きになれなかったが、長い間政界を泳ぎ、国政に携わっていただけに、意外なところにコネや伝手があるのは知っていた。
策がない以上、ザバンに頼るしかないのだ。
リュカは頭を下げた。
「すまん。大臣にはいろいろと迷惑を掛ける」
「何の。国王に仕えておるのですから当然のこと」
尊大そうに言ってのけるザバンを見ながらも、リュカには一抹の不安もある。
彼が国政を壟断しているとの情報は、リュカのもとへもいくつか届いてはいるのだ。
普段の彼であれば、即刻調査させた上、事実であれば大臣解任や懲罰も考えるところだが、残念ながらその余裕がない。
政治や国民が気にはなるものの、さすがにまだ若い。
視野狭窄である。
妻を助けたいという一心が、他の情勢を見る目を曇らせている。
ザバンがそっと耳打ちした。
「……今夜、私めがお迎えに参ります。それまで部屋にてお待ち下さい」
「わかった」
リュカも覚悟を決めていた。
もし今夜、首尾良くビアンカを助け出せなかったら、一軍を率いて乗り込むつもりだ。
無論その前に、国民へありのままの事実を伝え、理解を求めるのだ。
ザバンあたりから見れば「甘い」決断だが、リュカにはそれしか思いつかなかった。
もしそれで国民から反発を買うようであれば、退位した上で改めてビアンカ奪還作戦を決行すればいい。
王になってからというもの、疎遠になっていたかつての仲間達に声を掛け、協力を得ればそれでいい。
だめならだめで、そもそもはひとりで乗り込んできたのだ。
愚直であろうと決意は変わらなかった。
リュカは愛用のソードをじっと見つめ、武者震いした。
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