「ただいまー」
「お帰りなさい」

定時パトロールを終えた小早川美幸巡査が部屋に戻ってくると、葵双葉巡査と二階堂
頼子巡査が迎えた。

「ご苦労様でした。はい、どうぞ」
「あ、ありがと」

葵がすっと煎れたてのお茶を出してくれる。
こうした気遣いは葵ならではのものだ。
部屋には他に誰もいない。
課長も席を外しているようだし、中嶋もまだ戻っていない。

「どうだった留理子とのお仕事は」
「うん、まあね。前に夏実がダウンした時、一緒にしたこともあったし」
「そうだったね」
「その夏実さん、確か今日が初日でしたね、本庁勤務……」

葵がお盆を胸に当てたまま、感慨深そうに言った。
もともと夏実は交通課内──というより、墨東署内でもとりわけ目立つ存在だった
し、美幸と並んで交通課の主戦力だったこともあって、彼女のいない課内はどこか
寂しげである。

「まあ、火が消えたようだ、とまでは言わないけど、賑やかさはなくなったかな」
「そうかな……」
「いちばん寂しいのは美幸さんでしょうけど……」

葵が少し痛ましそうに美幸を見ている。
仕事でコンビを組んでいるだけでなく、住居も一緒──ということは、公私ともに
常に一緒に行動しているということになる。
これでは互いにプライベートがなくて息が詰まるのではないかと思うのだが、この
ふたりは一向にそうしたところはないらしい。
親友、いや本当の姉妹以上の仲なのだろう。
口の悪い連中の中には、やっかみも混じっているのだろうが「あれはレズだ」とまで
言う者がいるほどである。
とはいえ、ふたりもたまには喧嘩もするし、まして同性愛ではない。
しかし、単に馬が合うとか気心が通じるというだけでは済まないような絆が、この
ふたりには確かにあった。

「そう……かな。でも、夏実のためでもあるしね」

そう答えた美幸の笑顔も少し儚い。
本気でそう思っているところもあるのだろうが、本音はやはり寂しいのだろう。

「夏実さんも随分迷ったと思いますけど……」
「みたいね。でも夏実自身、捜査の仕事に興味がなかったわけでもないんでしょ?」
「と思うけど。徳さんとも仲良かったし」
「あれは単に男の好みでしょ。夏実、ああいうおじさまタイプに弱かったし。課長
とかさ」
「それもそうか」

頼子が美幸の隣に座って、両手で頬杖しながら聞く。

「でも、いきなり本庁だもんね。所轄の捜査員にとっては憧れの本庁捜査一課なん
だから。徳さんとかもびっくりしてた……というより、うらやましかっただろうね」
「そうよね……。前に来た木下さん? あの人に認められたってことみたい」
「あら、でも木下さんは美幸さんも評価なさってたみたいですよ」
「そんなことないよ」
「いいえ。でも、夏実さんと美幸さん、ふたりとも引っ張るのはさすがにまずいと
思ったんでしょう。美幸さんたちにはその方が良かったでしょうけど……」
「……」
「そうだね。じゃあ、そのうち美幸も本庁へって話が出るのかな」
「それはどうかなー」
「でも、そもそもはこれ、本式の異動ではないんですよ。単なる出向ですから、終わ
れば戻ってくるはずですよ」

葵の言う通り、これはあくまで出向である。
言ってみれば長期間の出張にも似ていて、任期が終われば戻ってくる手はずになって
いる。
噂では、課長自身、出向命令には従うが、終わったらちゃんと夏実を戻してくれと
木下警視に釘を刺したらしい。
課長も、夏実と美幸のコンビを買っているのだ。

ただ問題なのは、その出向期間が定められていないということだ。
つまり本庁の意向によっては、三ヶ月で送り返されてくる可能性もあれば、一年二年
と延びることもあり得るということだ。
それでなくとも木下警視は夏実と美幸の実力を高く評価していたから、このまま本庁
捜査課へ転属、ということもあり得るのだ。

今後の出世のことを考えれば、夏実にとってもその方がいいのかも知れない。
ただ、夏実自身はこの異動に驚き、かなり悩んでいたのは事実で、葵の言った通りで
ある。
それでも彼女とて警察官だから、上からの命令は絶対である。
警察という組織で生きていく以上、諾々と従うしかないのだ。

それと佐藤美和子警部補の存在もある。
これが同じ刑事部でも、佐藤警部補のいる捜査一課でなければ夏実は最後まで渋った
かも知れない。
それが捜査一課、しかも佐藤刑事も所属する強行犯捜査第三班第八係に配属となれば
話は別だ。
以前、後の九条玲子検事拉致監禁事件に繋がった連続誘拐殺人事件の捜査で顔を合わ
せて以来、夏実はすっかり美和子のファンになっていたのである。
その憧れの美和子がいる職場となれば、夏実も前向きになるというものだ。
それを狙って第八係への配属を決めたのであれば、かおる子もかなりあざとい。
頼子がぼやくように言った。

「でもねえ、夏実が戻ってきたら、今度は美幸が、なんてことになったらねえ」
「そんな……。私にはそんな話はないって」
「そうかな。でも木下さんがさ……」
「でも私、捜査志望じゃないもん」
「そっか。どうせ異動するならレイバー隊の整備か。あそこの「整備の神様」のお気
に入りだもんね、美幸は」
「まさか」

美幸はそう言って笑ったが、頼子が何かに気づいたように眼鏡に手をやった。
眼を細めて美幸の手を見ている。

「あれ、あんた指輪してないの?」
「ゆ、指輪って……?」
「あら、おとぼけですの? エンゲージ・リングに決まってるじゃありませんか」

葵も微笑んで言った。
美幸は少し表情を引き攣らせる。

「な、なんでそんなこと知ってるの? 夏実?」
「え? 夏実からはそんな話聞いてないわよ。な・か・じ・ま君よ」

頼子が悪戯っぽくウィンクして言った。

「中嶋くん、美幸の前じゃどうか知らないけど、あれでけっこうのろけるんだから」
「の、のろけるって……」
「決まってますわ。美幸さんのことですよ」
「〜〜〜っっっ!」

美幸は顔を真っ赤にして俯いた。

中嶋の性格からして、美幸の前ではテレが先に出てしまい、気持ちをストレートに
伝えられない面がある。
だから、恋人同士であるにも関わらず、このカップルの間では甘い会話などという
ものは滅多にない。
どちらかというと美幸もそうしたところがあるから余計にそうだ。
あんまりベタベタされるのも鬱陶しいが、奥手も限度を超えるとつき合いにくくなる
ものだ。

そんな彼が、美幸の前以外では美幸のことを話していると聞いて、「あのバカ」と
いう気持ちと、こそばゆいような何となく嬉しい気持ちにもなる。
美幸は、何となく照れくさかったし、職場で話題になるのも気恥ずかしかったので、
指輪は貰ったものの、中嶋とのデート以外では滅多につけなかったのだ。
貰ったことも、夏実以外には話していない。
だが、中嶋の方が喋っていたようである。
もっとも、中嶋が言わずとも、ふたりの婚約、結婚は、もう課長以下課内の全員が
知っているし、であれば、当然エンゲージリングを美幸は貰っているということは
察しがつく。

「中嶋くんの方は、のろけてるってつもりは全然ないらしいわよ。ただ美幸のことを
話してるだけって感じなんだけど、そのくせ美幸のこういうところが可愛いとか守っ
てやりたいとか、そういうことへーきで言うんだからさ」
「ですよね。なんか急にそういうことを口にするようになった気がしますわ。以前は
そうでもなかったのに。やっぱり婚約したってことが大きいのでしょうか」

幾多の困難と艱難辛苦を乗り越えて、とうとう美幸は中嶋の求婚を受け入れた。
いや、美幸としては、申し込まれればいつでもOKする腹づもりはあったのだが、
中嶋の方に踏ん切りが付かなかった。
プロポーズするのが恥ずかしいとか、美幸にはまだ警察に未練があるのではないか
とか、夏実はどうするのかとか、そういうことを気にしていたのだ。
男らしい剛直な面もあるが、恋愛にはからっきしの中嶋らしいといえば中嶋らしい。
自分の都合一辺倒でなく、周囲に思いを巡らせるところが彼らしい気の優しさと言
えるだろう。

だから美幸の方も、中嶋が思い詰めた顔で、たどたどしい口調ながらプロポーズして
きた時は本当に驚いたものだ。
中嶋は、持って回った言い方とか、気取った比喩で求婚するなどという高等技術は
持ち合わせていなかったから、ストレートに「結婚してくれ」と言ったのである。
いきなり言われたのだから、それは驚く。
普通なら冗談かと思うだろう。
しかし彼の性格を知り抜いている美幸には、それが決して洒落やジョークではなく、
中嶋の本心だということが充分に伝わった。
断るいわれはなかった。

唯一気になったのは同居している夏実のことだが、その夏実が本庁異動を承諾した
のも、もしかすると中嶋のプロポーズが関係していたのかも知れなかった。
美幸が結婚すれば、自分が同居する意味はなくなる。
中嶋に美幸を任せればいいのだ。
彼女とて寂しいとは思ったろうが、それを紛らわすために捜査一課を受けたのかも
知れない。

「なのに婚約指輪してないから。なんで? もうみんな知ってるでしょうに。秘密
にする意味ないし、そもそも披露宴だってもう日取り決まってるのに」
「そ、それはそうだけど」
「だったらいいじゃありませんか。美幸さんがリングをつけてくれないと、中嶋さん
寂しいかも知れませんわ」
「そうかな……」

美幸としてはやはりまだ恥ずかしいのだ。
もしはめていたら、どうしても左手の薬指が気になって気になって仕方がないだろう。
気もそぞろというか、気持ちがそっちに行ってしまうことが多くなる。
仕事にも差し支える。
だからしないのだと言った。
頼子が少し呆れたように言う。

「ふーん……。なんか真面目よねえ、あんたらしいけど。別にいいじゃないの、結婚
を一ヶ月後に控えた女が浮かれてくるのは当たり前でしょうに」
「あら、そうでもありませんわよ、頼子さん。マリッジ・ブルーって言葉もあります
わ。結婚が迫ると、結婚生活が不安になって鬱気味になる女性は多いと聞きますよ。
まあ、美幸さんはその点、大丈夫でしょうけど」

ふたりの会話を聞き流すように、美幸は思いに耽っていた。
言われた通り、もう式はひと月後なのだ。
式場も決まり、招待状も出した。
この期に及んで、隠したりためらったりする必要はさらさらない。
と言っても、浮かれるようなタイプでもないのだ。

すっと左手を出し、伸ばした指を眺めてみる。
その薬指に美幸の誕生石であるダイヤを散りばめたエンゲージ・リングを中嶋がはめ
てくれた晩のことを思い出す。
警官の安い給料で、しかも誕生石に合わせた指輪を買ってくれた中嶋に、美幸は心底
愛情を感じていた。

思えば、恥ずかしがり屋で奥手同士、キスさえままならなかったこのふたりが初めて
結ばれたのも、その夜だった。
緊張のせいで、美幸は何がどうなったのかまるで憶えていなかった。
中嶋の顔が近づき、美幸は自然と目を閉じた。
息も詰まるような熱いキスのあとは記憶が飛んで、気がついたら、中嶋の胸の中に
裸の自分がいたのである。

それから何度か婚前交渉は持った。
徐々に美幸も状況に慣れ、セックスを愉しむとまではいかないものの、恋人同士の
肉体を使った愛情交換が好ましいものだと思うようにはなっていった。
夏実の方も気を遣ってくれて、何かとマンションを空けたり、逆に美幸が外泊する
ように持っていってくれたのだ。
性の結びつきが精神的なものだけでなく、肉体的な快楽も伴うことを実感した。

男は逆なのだ。
肉欲から走ってセックスに辿り着き、何度も恋人と身体を重ねるようになって、
快楽だけでなく精神的充足も得るようになっていく。
中嶋も奥手のように見えて、実のところ普通の成人独身男性と同じく、その手の
エロ雑誌は読んでいたし、アダルトビデオもかなり好きらしかった。
ロッカーに隠し持っていたそれらが美幸の目に入り、呆れられたこともある。

なのに、いざ最愛の女を抱くとなると、これは勝手が違うものらしい。
ビデオや雑誌の激しいプレイを見て興奮はするが、それが美幸に対して出来るかと
なれば、やはり出来なかった。
彼女を愛おしく大切に思う気持ちが強く、あまりハードでダーティなプレイをする
気になれなかったからだ。
妄想と現実は別物なのだ。
そう覚った彼は、まるで壊れ物に触れるように美幸を抱いたのだった。

中嶋としては、美幸と結ばれたという精神的な満足感があるから、それでも充分に
快楽を得ていたようだ。
美幸もそれは同じで、彼のセックスに不満があったということはない。
性体験は過去にもあったが、中嶋との行為はそれらとは比較にならぬほどの幸福感
があったのだ。

「なにぼんやりしてんの?」
「な、なんでもないわよ」

頼子が怪訝そうに聞くと、慌てて顔を振った。
今、考えていたことを頼子にでも知られたらえらいことである。
美幸はまた視線を左手に戻し、明日から指輪をしてきてもいいかな、と思った。

────────────────────

「……も、もう縛んなくていいでしょ」
「……」
「解いてよ、こんな格好いやよ。脚も痛い……」
「そんなことないでしょ。夏実さん、身体やわらかいし」

美貌をやや歪めながら抗議する夏実に、牛尾はそう嘯いた。
実際はけっこう痛いだろうに、それでも悲鳴を上げず、また苦しげな表情をなる
べく出さないようにしているのは夏実の気丈さを示すものだろう。
こんなやつに哀願するなどプライドが許さないのだ。

「関係ないわよっ。痛いんだからこの格好、ウソだと思うならあんたもしてみな
さいよ!」
「いやあ遠慮しますよ。そんな恥ずかしい格好、できっこないし」
「は、恥ずかしいってわかってるならどうしてこんな風にするのよっ! あたし
だって恥ずかしいんだからっ!」
「俺がそういう夏実さんを見たいからですよ。それに夏実さんは恥ずかしいこと
されると燃えるじゃないですか」
「またそんなことを……」

夏実は悔しそうに顔を背けた。
この日も夏実は呼び出しを受けていた。
夏実は夏実の意志で無視することも、そして逮捕することも出来たはずだ。

しかし、それはどうしても出来なかった。
美幸への凌辱をほのめかされたことがいちばん大きかった。
もうじき結婚する美幸に、こんな地獄を味わわせるわけにはいかない。
少なくともこの変態男は、夏実を犯すことで満足している間は美幸にまで手が回ら
ないはずである。
いつまで夏実に飽きずにいてくれるかはわからないが、彼女としてはそれに期待
するしかない。
だが、それがいつまで続くのか。
こんなことを繰り返されていては夏実の方が保たない。

だいいち牛尾は犯罪者なのだ。
保険金詐欺やオークション詐欺に加え、夏実への暴行もある。
おまけに今回は脱獄までやってのけたのである。
惚れた女のためにそこまでやるとなれば、いっそ天晴れと言いたいところだが、
狙われた夏実と美幸にしたらとんでもない話だ。

夏実の胸中にはジリジリと焦燥するような二律背反が渦巻いている。
ひとつは警察官としての義務である。
これまでは交通課だったが、今の夏実はれっきとした本庁勤務の捜査員だ。
犯罪者を発見したら、速やかに逮捕する義務がある。
いや捜査課でなくとも警察官であれば当然だ。
よしんば警官でなかったとしても、犯罪を見過ごすあるいは犯罪者を知っていな
がら通報しないとなれば、これは市民の義務も守っていないこととなる。

だが、美幸のことを考えるとそれも出来ない。
通報し、牛尾の潜伏先を強襲すれば呆気なく逮捕はできるだろう。
ただ、彼は常にアジトのここにいるとは限らないらしい。
夏実は何度か意を決して、こっそりと勤務中にここへ訪れたこともあったのだが、
いずれも牛尾は不在だったのだ。
もしすべてを喋って牛尾を逮捕するべく捜査員を動かしても、空振りに終わる可能性
もある。
もしそれを牛尾が知れば、激怒したこの男は美幸や夏実に何をするかわかったもの
ではない。
もちろん事情を知れば、捜査課は警官を配備してくれるだろうが、牛尾の執念深さを
考慮すると、確実に安全とは言えなかった。
襲うのを諦め、爆発物でも持ち込んで無理心中でも図るかも知れない。

そして何より、牛尾を告訴するには、以前、夏実が牛尾にどんなことをされたのか、
包み隠さず話さなければならないのだ。
案外と牛尾は素直に捕まるかも知れない。
だが、そうなったら最後、牛尾自身がことあるごとに言っている通り、過去に夏実に
対して行なった卑劣で卑猥な、恥辱的行為のすべてを供述するに違いない。
そんなことになれば、夏実は捜査一課のみならず警察にはとても居場所がなくなる
だろう。

そんなことは出来なかった。
結局、女性の側からのレイプ事件告訴が意外なほどに少ないのはこれが原因だと言い
切れる。
強がっていても、辻本夏実も若い女性に過ぎないのだ。
いかに男勝りであろうと気丈夫であろうと、女性にとっての屈辱的な供述をしたり
されたりするのは、そうそう耐えきれるものではないのだ。
その結果、ずるずると牛尾との関係を続けていくこととなるのはわかっているのだが、
それでもどうにもならない。
女の弱みと言ってよかった。

そしてもうひとつ、夏実はどうしたことか、牛尾の強い要求に対して断り切れなく
なってきている。
これはあの時もそうだったのだが、どうしてそうなのか夏実自身にもよくわかって
いない。
今日も夏実は工事事務所の薄汚いユニットハウスで、その裸身をけだものに晒して
いた。
布団に寝かされているのではなく、古い事務机の上に転がされていた。
両手も両脚もがっちり拘束されている。
もう言うことは聞くのだから、夏実の言う通り縛る必要はない。
だが牛尾は、夏実が絶対に嫌がることをしようとしているのである。
いかに性的には従順になったとはいえ、それでも嫌がる最後の一線というのはある。
牛尾はわざとそれを夏実に仕掛けていき、そうして彼女から真の屈服を得ようとして
いるのであった。

両手は手錠のような革ベルトで拘束されている。
そこから伸びたチェーンは、夏実が寝ているデスクの脚に絡まっていた。
両脚は見事にぱっくりと45度くらいの角度で開脚され、堂々と股間を晒している。
加えて、腰の下にはまるめた毛布を敷かれていて、ぐいと腰を上に突き出すような
感じになっていた。
この上なく恥ずかしい姿勢であり、その格好を正面から牛尾に見られているのである。

夏実は恥辱と屈辱で気が狂いそうだ。
そんな惨めな姿を見ながら、牛尾はデジカメを構えている。
また撮影されると知った夏実は頭を振って叫んだ。

「ちょっ……! やめて、やめてよっ! しゃ、写真はやめてって言ってるのにぃ
っ!」
「だーめ。くく、いい格好ですよ、夏実さん」
「いやあっ……! と、撮らないでよっ、バカっ!」

夏実は泣き顔を見せまいと顔を背けて涙を堪え忍んだ。
女の懇願など聞く男ではなく、牛尾はフラッシュを光らせ、何枚も夏実のヌードを
撮影していった。頼んでも無駄と知った夏実は、もう声も出ない。
撮った画像をどうこうするというよりも、どうせまた撮影することで夏実を辱める
ためなのだろう。
ならば、いくら頼んでもやめるわけがなかった。

「そんな顔しないでくださいよ。俺は絶対にこれを外には流出はさせないですから。
夏実さんの身体は俺だけのものだ。他人に見せるわけがない」
「……」
「ま、夏実さんがあんまり駄々捏ねるようなら、脅しにも使いますけどね」
「……けだもの。クズね……」
「クズでけだものでけっこうですよ。夏実さんとやれるなら、俺は何にでもなりま
すって。それにこうやって恥ずかしいところを撮られるとだんだん感じてくるで
しょう?」
「バカ言わないで。そんなことばっかり……」

そうは言ったものの、夏実は腰の奥に熱いものを感じてしまったことは事実である。
牛尾に覚られては身も蓋もないが、シャッター音が響くごとに、ずくん、ずくんと
膣奥も連動し、痺れ、熱くなっていった。
夏実は自分の肉体が情けなくなる。どうしてこんな身体になってしまったのか。
いや、されてしまったのか。
そう仕向けた牛尾がいちばん悪いに決まっているが、それに乗ってしまい、順応
させられてしまった身体が悔しかった。

「……」

シャッター音が止み、ガチャガチャごそごそと牛尾がまた何かまさぐっている。
見たくもないが、見ないと怖い。
夏実は恐る恐る目を開け、牛尾を見やった。
悪辣なもと医学生は、ディパックを開けて中を覗き込みながら、何やら取り出して
いる。

「……何する気よ」
「へへ、いいことに決まってますよ。聞きたいですか?」
「……聞きたくないわ。どうせいやらしいことに決まってるんだから」
「じゃ、黙って待っててください。じきに、いやでもわかりますから」
「……」

見ていると、小さなスプレー缶、小さな箱、樹脂性の洗面器、水筒、そして30
センチ四方くらいのケースを取り出して並べている。
それにしてもこの男、いったいこれらの品をどうやって入手しているのだろうか。
逮捕前は詐欺でそれなりに資金力はあったようだが、今は脱走中の身で、カネなど
ないはずである。

「……それ、どうしたのよ」
「どうした、とは?」
「だから……、あんた今、文無しなはずでしょ? どうやって手に入れたのか聞い
てるのよ」
「ああ」

牛尾は軽く頷いた。
腕まくりしながら水筒から水を出し、それを洗面器に注いでいる。

「これですか。カネはいろいろね、ま、非合法なことを」
「ひ、非合法ってあんた、また何か罪を犯したの?」
「仕方ないですよ。カネなきゃ生活できないし。俺、ここでばっか暮らしてるわけ
じゃないですよ。シャワー浴びたくなれば、情報収集も兼ねてネット喫茶へも行く
し、メシだって食いますから」
「だ、だから何をしたのよ!」
「まあ……カツアゲとかひったくりとか、そういうこと。あ、警察官の夏実さんの
前でそんなこと言っちゃまずかったかな」

そうわざとらしくいうと、牛尾は下品に笑った。
やはりこの男、一度逮捕されてから少し変わったようである。
夏実の身体には異常な執念と執着を持ち、何でもやってきたのだが、それ以外では
意気地のないただのオタク野郎に過ぎなかったはずだ。
良い意味でも悪い意味でもそうだったから、万引きくらいならともかく、ひったくり
だの恐喝だのが出来るタイプではなかったのだ。
それがいつの間にか、そうしたことを平然とやるにようなっていたらしい。
次々と犯罪を重ねることに何の躊躇もないらしく、「ああ、その前にタクシー強盗も
しましたっけ」と言って牛尾はまた笑った。
この男は本当に人生を捨ててかかっているのだ──それも夏実と美幸のために──と
思うと、夏実は空恐ろしくなった。

「ま、そんなこんなでカネがありますんで、こうして夏実さんと愉しむものもいろ
いろ買えたわけで」
「な……何する気なのよ。あたしは嫌よ、いやらしいことなんか」
「へえ、どうしていやらしいことされるとわかるんです? 俺、まだ何も言ってない
のに」
「あ、あんたがすることなんて察しが付くのよ、バカっ!」
「以心伝心ってわけですか。いやあ照れるなあ」
「ふざけないで、そんなわけないでしょっ!」

夏実は、この男のとの会話の無意味さを思い知らされる。
どう言っても自分の都合の良いように言いくるめられる。
何を言っても同じである。

「じゃ、いきますか」
「ちょっと……! あんた、それ……」
「見てわかるでしょう? カミソリですよ」

牛尾は男性用のT字カミソリを手にしていたのだった。
そして視線は夏実の股間に向いている。
夏実の顔からさあっと血の気が引いた。

「あ、あんた、まさか、また……」
「ご明察。夏実さんのあそこの毛を剃りたいと思いましてね」

牛尾は別にパイパン趣味というわけではなかったが、夏実の陰毛を綺麗に剃った
ことがあった。
そうすることで他の男──東海林のことだろう──に裸を見せられない状態にした
のだ。

「この前抱いた時から、また生えてたんでね」
「あ、当たり前よ! あんたまたそんなことするの!? な、なんで……」
「ちゃんと自分で剃らないからですよ」
「剃るわけないでしょう! バカじゃないの!?」
「俺は剃りたいんですよ。そうすれば夏実さんの綺麗なオマンコがいつでもさらけ
出せるし。でも、今回剃ったら、次からはもう生やしてもいいですよ。俺も剃りま
せんから」
「え……?」

夏実は意外そうな顔をした。
牛尾のことだから、今度からは自分で必ず剃れ、でないと俺が毎回剃るとか言い
出すと思ったのだ。
今度に限ってどうしたのだろう。

「嫌なんですか? 剃りたいなら剃ってもいいし、何なら毎回俺が……」
「いやよ! だ、だったら今もそんなことしないでよっ!」
「それがダメなんだな、剃らないと出来ないし」
「で……出来ないって何が……」
「じきわかりますって」

牛尾はそう言うといったんカミソリを置き、スプレー缶──シェービングクリーム
をとって手にクリームを盛りつけた。
にやりとしながら、夏実の陰部に塗り込むようにして白く濃厚な泡を伸ばしていく。
その感触に耐えかね、夏実が絶叫する。

「いやあああっっ! や、やめて、しないで!」

夏実は不自由な裸身をギシギシいわせながら揺さぶったが、わずかに身体が動くだけ
で、牛尾から逃げることは出来ない。
牛尾は慌てることなく、むしろ夏実の抵抗を愉しむようにして、指先と手のひらを
使って擦り込んでいく。
指先に、夏実の割れ目の形状が感じ取れ、それだけで牛尾は勃起してくる。
女らしくふっくらと膨らんだ恥丘から、割れ目まで、丹念に塗り込まれると、夏実は
心ならずも鼻を鳴らした。
いやらしい指が性器をいじっているのだから、これは愛撫と変わらない。
しかも手にはクリームがたっぷりと盛られ、それを塗り込まれているのだ。
時折、そのクリームの柔らかいぬるぬるした感触で、牛尾の手指が夏実の感じるポイ
ントを触れていく。
肉芽も割れ目の中も指でまさぐられているうちに、徐々に夏実の官能が頭をもたげ
てくる。
そんな場合ではない、これから剃毛されるのだと思うのだが、悪魔的ともいえる牛尾
の指が、夏実の快感を誘い出していた。

「あ……いや……っ……んっ……」
「くく、なんですか、色っぽい声だして。オマンコにクリーム塗られてて感じちゃ
ったんですか」
「ち、違う……あっ……き、気色悪いのよ……やめて、あっ……」
「やめて欲しい声に聞こえないなあ」

牛尾はそう言ってせせら笑いながら、すっと夏実の目の前にT字カミソリを差し出
した。
そのきらりと光った刃先が目に入ると、夏実の肉体からウソのように情欲が引いて
いく。
身体ががたがたと震えて止まらなかった。

「あ、あんた本当にまた……」
「ええ、しますよ。俺はやるといったことはやるんだ」
「ああ……やめてよ、お願いだから。あんた、あたしのことが好きだって言ったの
に、どうしてこんなひどいことばっかり……」
「だからこそですよ」

牛尾はぐっとその顔を夏実に突き出して言った。

「あなたが──夏実さんが好きだから俺はこうするんです。夏実さんは俺のもの
なんだ」
「あたしは嫌なのに……こんなの嫌なのに……」
「嫌がってるからこそ、です。夏実さんはマゾなんだから、嫌がることされるのが
……」
「き、聞きたくないっ、そんなことっ!」
「ほら、おとなしくして。怖いかも知れないけど大丈夫ですよ。この綺麗な肌に
絶対キズなんかつけないですから。でも夏実さんも協力してください。あんまり
暴れたり震えたりされたら、俺も手元が狂いますから」
「……」

もうだめだ。
そう思って夏実は身体の力を抜いた。
この前こいつに剃られてから、元通りに生え揃うまでどれくらいかかったろうか。
その間、訝しむ東海林の誘いを断り続け、ベッドインすることを避けてきたのだ。
ようやく見栄えが戻り、彼に抱かれるようになって、まだそう日が経っていない。
またこの悪魔にこの身体をいいようにされるしかないと思うと、夏実はその情け
なさと悔しさで涙が出てくる。
しかし、それとは裏腹に、牛尾に指摘された通り、身体の奥には不可思議で暗い
火が点ってきていた。
その熱が表に出ないよう、夏実は唇を噛みしめる。

「くっ……ううっ……」

呻く夏実を尻目に、牛尾は慣れた手つきでそこを剃り上げていく。
剃るのは二度目だが、もう何度となく舐めしゃぶり、指で愛撫し、犯した膣だ。
すいすいと無造作に剃っているように見えて、慎重にカミソリを操っている。
ぞりっ、さりりっと恥ずかしい毛を剃られる感覚にたまりかね、夏実が泣き声で
訴えた。

「ああ、お願いよぉ……もうやめて……こんなひどいことしないで……」
「今さらなんです。ここでやめていいんですか? 今ちょうど半分くらい剃りました
けど、こんなところでやめたら、もっとみっともないと思いますけど」
「ひ、ひどい……」

牛尾が手を動かすたびに、クリームにまみれた黒い毛が削り取られていく。カミソリ
が通った後には、毛根近くの根元の毛しか残っていない。
徐々に泡も毛もなくなっていき、代わって女の恥ずかしい丘や割れ目が露わになって
きた。

「ああ……」

もう夏実はほとんど抵抗しなかった。
カミソリが活躍し、自分の股間を蠢くごとに、確実にそこが涼しくなっている。
その面積が広がるにつれ、夏実の悲鳴も抗いも見る見るうちに弱くなっていった。
そして今では、もう完全に脱力してしまい、牛尾の剃毛に身を任せてしまっている。

牛尾は、ほとんどそこを剃り上げてしまうと、もう一度クリームを手にとって塗り
込み、再び剃っていく。
剃り残しと、短く残った毛根部分まで綺麗に剃り上げてしまうと、満足そうに頷い
て、夏実のそこを撫でていく。
生え際部分までほとんど完全に剃れたようで、肌触りは夏実本来のつるつるすべ
すべした珠のような肌になっている。
うっすらと青くなっている部分が、その周辺の真っ白な部分のコントラストとなっ
ていた。

「うんうん、綺麗ですよ夏実さん。オマンコ剥き出し、割れ目も少し口を開いて
淫らだなあ」
「……」
「毛の下の肌も素晴らしいですよ、つるつるだ。きっと夏実さんも生えてくる前は
こんな感じだったんでしょうね」
「……」
「おや、黙ってしまいましたね。そんなにショックでしたか」

当たり前である。
こんな姿にされて、東海林にその身体を差し出すことが出来なくなっただけでなく、
これでは同僚と一緒に風呂も入れない。
夏実は、屈辱と怒りの混じった感情で牛尾を睨みつけたが、声は出さなかった。
無視してやろうと思ったのである。
ことさら夏実を辱めるようなことを言ってくるのは、牛尾が夏実の反発する言葉や
いやがる悲鳴を聞きたいがためだ。
だったら相手にしなければいいのだ。
だが、過去も牛尾を無視しようとして何度も失敗した過去が脳裏をよぎる。
この鬼畜は、どんなことをしてでも夏実を自分の思うようにしてきたのである。
今回も牛尾の方が上手だった。

「でも、これを見ても黙ってられるかなあ」
「……」

牛尾は、夏実が見たこともないものを持っていた。
黒いプラケースから出したそれは、まるでピストルのオモチャのような形をしている。
牛尾はそれを見せつけるように組み立てていった。
グリップのところに引き金のようなものがある。
この辺もピストルと同じだ。

違うのは、銃口に当たる部分にアジャスターがついていることだ。
牛尾はそのままでトリガーを引いて見せた。
ヴゥゥンとモーターが回転する音がしたが、アジャスターは回っていない。
不安にかられた夏実は聞いた。

「な……なによ、それ……」
「なに、ちょっとした機械ですよ。もちろん夏実さんに使うものです」
「何をする気なのよ……」

夏実は脅えた。
思うに、あれは性具ではないだろうか。
見たことがないし、知識もないからわからないが、もしかするとあの先に擬似男根の
ようなものを取り付けて女を嬲る道具かも知れない。
だが、それにしてはモーター音はしたがアジャスターは回転してなかったし、だい
いち小さすぎる気がする。
銃身にあたる部分は10センチほどしかないのだ。
銃口部分は直径でおよそ1センチくらいではなかろうか。
そんなところにディルドはつかないだろう。
今まで自分に使われた淫具を思い起こしても、もっとずっと大きく太かった気がした。

(な、何を考えてんの、あたしはっ……!)

そんな淫らなことを考えてしまった自分を夏実は恥じた。
別に、それでされたいと思ったわけではないが、すぐにそういう発想をしてしまう
のが恥辱だった。
かちゃかちゃという音が気になって、再び牛尾を見た夏実の顔色が変わった。
牛尾はアジャスターに尖った細い針をセットしていたのだ。

「そ、それ……」
「何だと思います?」
「わからないけど……、それをあたしに使うっての……?」
「そう。これね、刺青を彫る機械なんですよ」

牛尾はそう答えてトリガーを引くと、セットされたニードルが激しく前後運動した。

「な……」
「ここにインク入れてね、この針先で夏実さんの綺麗な肌に……くくくっ」

夏実はあまりのことに唖然としていた。
そして男の言っていることを理解すると、わなわなと震え出す。
顔色は、紙色を通り越してうっすらと青ざめてきていた。
唇も、寒い中の水泳後のように紫がかっている。

「まさか……あんた、まさか本気でそんなことを……」
「しますよ。ええ、しますとも。これでね、夏実さんが僕の所有物であることを夏実
さんの身体に刻むんです」
「きっ……気狂いっ! あ、あんたおかしいわ! 絶対おかしいわよっ、狂ってるっ!」
「狂ってる? そうかも知れませんね。俺は夏実さんに狂いましたよ。だからこんな
こともする。犯罪だって何だってするんだ」
「や、やめてっ! そんなこと絶対にいやあっ!!」
「往生際が悪いですよ」

牛尾は薄汚れたスポーツタオルで夏実の恥丘を何度も擦って、こびりついているシェ
ービングクリームの残りや、クリームにまみれてへばりついている陰毛を取り除いて
いく。
夏実は身体を揺すって絶叫した。
手足を縛った革ベルトがギシギシと軋んでいる。

「やめて、触んないでよ! このバカッ、気狂い、変態っ! そんなことしたら許さ
ないからっ!」
「大げさですよ、夏実さん。刺青と言えば重く感じますけど、こんなの要するにタト
ゥじゃないですか。今じゃ珍しくもない。外国人は普通に入れてますよ。日本人だっ
て俺たちくらいの年代なんかけっこう入れてるのいますよ。ほら、浜崎あゆみだって
……」
「あたしはねっ、日本が、日本人が好きだし、あたしも日本人よっ! まともな日本
人なら、そんなの入れたがらないに決まってるでしょ、やめてよ!」
「やめませんよ。ほら、おとなしくてってば。あんまり動くと、彫るの失敗しちゃい
ますよ。痛いですよ」
「だからしないでって言ってるのよぉっ!」
「暴れないで。そんなに言うこと聞かないと、目立つところに彫りますよ」
「め、目立つとこって……」
「こことか」
「痛っ!」

牛尾はニードルの先で、夏実の乳房をちょんと軽く刺した。

「俺、見たことあるんですよ、おっぱいにタトゥ入れてる女の写真。あれ格好良か
ったし、綺麗だったなあ。図柄は蠍なんですが、それがこう、乳輪を囲むように
身体と尻尾を曲げててですね、毒針を乳首に刺すような感じだったんですよ」
「ふざけないでよ! む、胸になんかされたら……」
「いいんじゃないですか? 夏実さん、誰にでもおっぱい見せるような女じゃないし」
「当たり前でしょ!」
「なら、目立たないとこならいいじゃないですか。でも素直に従ってくれないと、
こことかこことか、ここにも彫っちゃおうかな」
「痛いっ……痛いってのよ!」

牛尾は面白がって、夏実の胸、首、剥き出しの肩、腿などを針で突いていく。

「ね? 太腿なんかに彫られたらどうしようもないですよ。温泉にも行けない。
言うこと聞かないとそういうとこに彫りますよ」
「……」
「暴れると余計に痛いと思いますしね。彫る時は、ほんの先っちょを刺すだけです
けど、暴れられたらぶっすりいっちゃうかも知れない。そうしたらキズが酷くなる
し、醜く跡が残っちゃうかも」

そう言って夏実を散々脅えさせてから、牛尾は彫り機にインクを入れた。
ちらりと夏実を見ると、あまりに暴れたから疲れたのか、それとも諦めたのか、が
っくりと力を抜いている。
準備の整った牛尾が彫り機を構えて近づいていくと、夏実とも思えぬ弱々しい声で
哀願した。

「ねえ……お願いよ、そんな酷いことしないで。そんなことされたら、あたしどう
なっちゃうのよ」
「どうもなりませんて、今まで通りですよ。ちゃんと夏実さんのことも考えてるん
ですからこそ、目立たない、見えない場所に彫るんです。ね?」
「で、でも……」
「俺以外の人に、夏実さんがオマンコ晒さないようにするだけなんですよ。まあ、
毛が生えてくれば目立たなくなるし、美幸さんと一緒に風呂に入るくらいならバレ
ませんから」
「お願い……お願いだからやめて……。どうすれば、どうすればやめてくれるのよ」
「やめる気ないけど……。そうだな、夏実さんは誰のものです? 夏実さんの、
このおいしそうな身体は誰のものかな?」

夏実はがっくりと顔を傾け、目を堅く閉じながらつぶやくように言った。

「あ、あたしの身体は……あたしの身体はあんたのものよ……。だからいいでしょ
? 認めたんだから……」
「そう俺のものです。そのことを忘れないように刻印するんですよ、諦めてくだ
さい」
「ああ……」

どう言っても、何をしてもだめらしい。
普段露出するかも知れない腕だの腿だの肩だのに彫られるのでないだけマシと言えば
マシだ。
乳房や腹なども困る。
足の裏ならわからないと思ったが、夏場に裸足でいたら、ひょんなことから見えて
しまう。
それに、そうした場所は、いずれも風呂に入れば一発でバレる。
どうしても避けられないのであれば、牛尾の言う通り「あそこ」がいちばんいいの
かも知れない。
だが、それにしても女の象徴とも言える生殖器のすぐ側に刻まれるのは屈辱だった。

夏実は、ヤクザの女がその男の所有物という意味合いで刺青を入れさせられる話を
思い出していた。
自分もそれと同じだ。
いよいよこの身体に、牛尾のものだという消えない刻印をされるのかとぼんやり考え
ていた。

牛尾は「うまくいくよな」と、自分の腕を見ながら言い聞かせていた。
よく見れば、彼の腕にも腿にもタトゥが入っている。
それも、きちんとした図柄や文字ではなく、線や円などがいくつか無造作に入って
いるだけだ。
恐らく、自分の身体で練習したのだろう。
見れば、色が滲んでいたり、みみず腫れになっている箇所もあった。
ある程度やれると思ったから、いよいよ夏実に施そうと思ったのである。

それから一時間。
夏実は苦鳴を放ちながら、事務デスクの上で拘束された裸体を蠢かせていた。

「ぐっ、ぐ……ぐううっ……んむっ……!」

もう夏実の白い裸身は赤く染まっている。
苦痛と、それを耐えるために思い切り息んでいるため、全身が汗でまみれていた。
牛尾に腰を突きつける恥ずかしい格好のまま、彫り機の鋭いニードルをその柔肌に
打ち込まれている。

「ぐううっ!? んぐううっ……!」

苦痛のせいで舌を噛んでしまわないよう、夏実の口にはスポーツタオルで猿ぐつわ
されている。
実際、そうされなければ凄まじい絶叫が響いたろうし、激痛を堪えてぎりぎりと
噛みしめた奥歯が砕けてしまったかも知れない。
もちろん舌も噛んでしまっただろう。
牛尾は自分に彫った時の痛みや、それを我慢出来る限度を心得ていたから、かなり
気を遣って彫っていた。
彼とて、これによって夏実が発狂させるようなつもりはなかった。
だから、夏実の苦鳴や表情、冷や汗の具合、彫っている時間などを考慮して、適当
に休みながら作業を進めていた。

「ぐううううっ……ぐっ、ぐっ……んぎぃぃっ……!」

それでも場所が場所である。
乳房に彫られたとしても、その苦痛はかなりのものだったろうが、それと同じか
それ以上に皮膚が薄く、神経も集中しているはずの恥丘に穿たれているのだ。
その激痛たるや想像を絶した。
ヴィィィィンと針を連続して打つ小型モーターの音が響くたびに、タオルを噛み込
んだ夏実の口から聞くに堪えない苦鳴が漏れた。

「ぐうっ……うっ……うう……」

耐えきれない激痛に連続的に襲われ、今にも失神、失禁してしまうかと思うその
寸前で、いつも牛尾の作業は止まった。
一本ずつ線を引くごとに休んでいたのだが、何しろ夏実はタトゥ初体験だし、
場所も悪かったから、彫られている間は無間地獄を味わっていた。
一本彫り終わったニードルが離れると、それまで力み返っていた全身からいきなり
力が抜け、糸の切れたマリオネットのようにくたりとなる。
猿ぐつわで苦しいのと、痛みを我慢している間はろくに呼吸も出来ないこともあっ
て、小休止するごとに夏実は胸を大きく上下させて深呼吸していた。
大きな胸肉が何度も上がり下がりし、鼓動に合わせて小さくドッ、ドッと震えて
いた。

「ん……んん……」

しばらくして呼吸が落ち着くと、また牛尾の針が迫ってくる。
夏実は心底脅えきった表情で「もうやめて」と必死になって顔を振った。
もちろんやめてくれるはずもない。
牛尾はタオルで夏実のそこを綺麗に拭くと、またニードルを打ち込むのだった。

「ぐっ……ぐ……ううっ……ぐ……」

夏実は少しずつ肉体の変化を感じ取っていた。
猛烈な痛みがあるのは変わりない。
その苦痛は発狂しそうなほどだ。
なのに、それが徐々に和らいでいるような気がするのだ。
身体がだんだんと慣れてきたのかも知れない。
加えて、やはり脳内麻薬が分泌されているのだろう。
内在性鎮痛系のエンドルフィンが大量に発生し、作用してきたに違いない。
限度を超えた激痛が脳細胞を破壊するのを防ごうとする防衛本能だ。
凄まじい痛みは強烈な快感によって中和されつつあった。

「ぐ……う……うう……んっ……」

夏実は、身体を彫られることによる苦痛からくる快感に目覚めつつあった。
最初のうちは、針を打ち込まれるとその痛みで冷や汗が噴き出し、打ち込まれて
いる箇所は別として、全身が冷たくなっていくような気がしていた。
なのに今ではカッカと火照るように熱く鳴ってきている。
また一本書き終えたらしい。
すっと針が引いた。

「ぐっ……」

夏実はピクンと身体を小さく跳ねて、ぐったりとした。
牛尾は夏実の胸や腹、腿の汗を拭き、そして股間を拭いた。

「ん?」

そこで初めて気がついた。
夏実が濡れてきているのだ。
冷や汗と違って、そこ──膣から漏れている液体は熱く、そして粘っていた。
愛液に違いなかった。

「夏実さん……、もしかして感じてきてるんですか?」
「んんっ!」

「違う」と首を振った。
そんなわけがないのだ。
だが同時に、そう言われて初めて夏実も我に返った。
確かに媚肉が熱いのだ。
膣の奥がじゅんとしている。
蜜が分泌してきている。
夏実には訳がわからなかった。
こんな酷いことをされて性的に興奮するなどあり得ない。
唖然とし、動揺する夏実を横目で見ながら、牛尾はまたニードルを使っていく。

「ううっ……ぐっ……ぐぐ……んっ……」

夏実の肉体は、はっきりと燃えていた。
細い針先が肉体に突き刺さるその苦痛が、被虐の快感へと変化していく。
痛みを堪えているうちに、そこが熱くなっていくのがわかった。
このタトゥにより、夏実は完全にマゾ体質へと生まれ変わっていった。

「ぐううっ……!」

最後に、だめ押しのように針を突き刺すと、牛尾はホッとして機械を置いた。
どうやら終わったらしい。
牛尾は夏実の拘束を解き始めた。
手首のベルトを外すと、薄皮が破れている。
血が出るほどではなかったが、よほど苦しみ、のたうち回っていたのだろう。
足首も同様だった。
夏実はもう、苦痛から解放された安堵感と疲労で動く気にもなれなかったが、なぜか
勝手に腕が伸び、牛尾の腕を掴んでいた。

「あ……」

苦痛を死ぬ思いで堪え忍んだ分、身体が熱くなっている。
媚肉に蜜が滲んでいるのがわかる。
自分が何を求めているのか知った時、夏実は顔を染めていた。
それでも情欲は収まらない。
もじもじと腿を擦り合わせ、焦れったそうにしている。
牛尾を見つめる瞳に熱が籠もっていた。
牛尾はいやらしそうな笑みを浮かべて言った。

「どうしたんですか、夏実さん」
「……」

夏実は顔を伏せ、視線を外しながらも、牛尾の腕を掴んだ手を離さなかった。

「……欲しいんですね?」
「……」
「いいでしょう。夏実さんが誰のものなのか、しっかりと思い出させてあげますよ。
でも、その前に」
「な、何を……あっ!!」

思わず夏実は顔を隠した。牛尾はデジカメで夏実の裸身を撮影し始めたのである。

「写真はいやって言ってるのよ! そ、それもこんな恥ずかしいのを撮るなんて
……あ、いや!」
「顔は隠さないで!」
「いやっ!」
「顔を出してくれなきゃ犯してあげませんよ。そのまんま放っておきます」
「そんな……」
「手をどけて」
「……」
「顔を出してください」

夏実は泣きたい気持ちでその通りにした。
顔を隠していた腕が細かく震えながら除けられていく。
涙が頬を伝っていた。
夏実は顔を伏せ、目をかたくつむっていたが、牛尾の怒声を受け、仕方なく顔を
正面に向ける。
目は閉じたままだったが、それについては何も言われなかった。

「……」

目をつむっていても、フラッシュが光るのがわかる。
閉じた瞼の裏がカッと赤くなるのだ。
シャッター音がするたびに、夏実は身体を小さく捩った。
その身体を隠すことは出来なかったが、反射的に身を捩ってしまうのだ。
また夏実は身体の中に熱を感じていた。
あの時と同じだ。
こんな恥ずかしい姿──剃毛され、つるつるになった股間、そしてその上にタトゥ
まで入れられた恥辱的な身体を撮影されているというのに、なぜか官能が疼いて
きているのだ。
何枚撮られたのかわからないが、ようやく満足した牛尾はカメラを放ると、夏実の
身体に手を掛けた。

「あっ……」

夏実はごろりと裏返された。
そのまま腰に手を掛けられ、ぐいっと持ち上げられる。

後背位で犯される。
そう思うだけで、夏実は腰の奥がますます熱を帯びてくる。
夏実の嫌う動物の体位で凌辱される。
美しい刑事は、嫌いな姿勢で嫌いな男に犯される被虐感の虜となっていた。
牛尾の方も、いつになく扇情的な夏実の媚態に煽られ、早くもビンビンに勃起した
ペニスを手に持ち、尻の間に潜らせていく。
夏実が慌てた。

「ああっ、そこ違う……そ、そこじゃなくて……」
「オマンコ? オマンコに欲しい?」
「……」

矢も楯もたまらず、夏実はコクンと頷いた。
この肉の疼きを抑えてくれるなら、この恥はかきすてられる。

「じゃあ言って。夏実のオマンコにくださいってね」
「……」
「言えないんですか。じゃあ……」
「あっ、あっ……待って!」

今にも尻たぶを割ろうとした肉棒を感じ、夏実は慌てて頭と尻を振った。

「く……だ……」
「え?」
「くだ……さい……。夏実の……夏実のオ、オマンコに……ください……」



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