小早川美幸がその日帰宅したのは、午後9時を回っていた。
仕事は定刻で終わったのだが、勤務明けの後、頼子たちと食事をしていったので
ある。
飲みに行ったわけではないが、食事中にビールも飲んでいたし、なんだかんだと
盛り上がったので少々帰宅が遅れた。

「ふう」とひとつため息をついてロックを外し、部屋に入る。
当然、中は真っ暗である。
内鍵を掛けてチェーンを嵌め、履いていたパンプスをやや無造作に脱ぎ捨てると、
照明を入れた。

「……ただいま」

返事はない。
一人暮らしになったのだから当然である。
なんだかひとつ物足りない気がする。
やはり寂しいのかも知れない。
帰っても誰もいない真っ暗な部屋。
もちろん夏実と暮らしていた時だって、帰るときは大抵一緒だったから、帰宅した
直後は真っ暗だったのには違いない。
しかしその時は、隣に夏実がいたのだ。
誰もないひとりぽっちの状態が、これほど寂しく虚しいものだとは思わなかった。
過去、夏実が部屋にいなかったこともないではなかったが、いずれも短期間で済んで
いる。

バッグをダイニングのテーブルに置き、ゆるゆると椅子に腰掛けた。
何の気なしに室内を見回した。
広い。
ふたりで暮らすにはやや手狭な感じがしたが、こうして独居となってみると無駄に
広かった。

夏実のいた部屋は綺麗に片付いており、調度も何もない。
そこを物置にする気にもならず、手つかずのまま放っておいてあるのだ。
ガランとした部屋があるからこそ、そうした物寂しさが募るのかも知れなかった。
美幸としては、夏実との思い出が詰まったこの部屋に愛着はあるが、新生活に入る
ためにもいっそここを出ようかとも思ったのだ。
夏実はいずれ戻るかも知れないが、美幸は婚約してしまった。
中嶋との結婚は喜ばしいが、それはつまり夏実との同居にピリオドを打つ、という
ことだ。
ならば、残った短い独身時間はワンルームで充分ではないかと考えた。

夏実にもそう話すと、意外にも彼女は反対した。
ひとりでは寂しいというが、近い内に中嶋と結婚するではないか。
どうせなら、ここに住めばいい。
いずれ子供が出来れば手狭になるだろうが、それまでの間は、ふたりで暮らすには
ここで充分である。
そう言うのだ。

言われてみればもっともなことで、美幸たちは結婚後どこに住むのかということを、
それほど真剣に考えていなかった。
中嶋は独身者待機所を出るだろうし、美幸もここを引っ越すだろう。
その場合、夫婦者や家族持ちのための警察官舎もある。
漠然とだが、そこで暮らすことになるのではないかと思っていたのだ。
実際、課長あたりは署に近い官舎をあたってくれているようである。
だが、よく考えれば夏実の言う通りである。
引っ越しの手間が半分で済むし、ふたりで暮らすには必要充分なのだ。
夏実との思い出もある。

それに、官舎暮らしは何かと気苦労するという話は聞いたことがあった。
考えてみればそれも当然で、隣近所やその周辺がすべて同僚もしくは同業者という
ことは、仕事が同じということで楽な面もあるのだろうが、逆に言えばみんなライ
バルであり、やっかみや中傷もある。
職場でも帰っても顔をつきあわせる人が多ければ、それは息も詰まるだろう。

聞いた当時は「そんなものか」と他人事で聞いていた美幸だったが、いざ自分のこと
が迫ってくるとそうも言っていられなくなる。
確かに後者は真理であり、もしそうであれば精神的にまいってしまいそうだ。
美幸の勤務する交通課──というより墨東署自体が、全体として和気藹々としたとこ
ろがあり、気を遣うこともあまりしないで済んでいるが、これは例外的なことなの
だろう。
実際、交通課としてはともかく、墨東署内でもあまり好きになれない人物や敬遠
したい人はいるのだ。
増して官舎であれば、当然他の署の人たちもいるわけで、それを考えると頭が痛く
なってくる。

結論としては、夏実の提案したように、ここで新婚生活を送るというのがベストな
気がしたのだ。
中嶋にそれとなく相談したが、彼も一も二もなく賛成してくれた。
勧めた夏実としては、この部屋が人手に渡るのが何となく寂しいという気持ちだっ
たのだろうし、ここに美幸たちが居てくれればいつでも遊びに来られるという思い
もあったのだろう。

そんなとりとめもないことをぼんやり考えていると何だか喉が渇いてきて、美幸は
冷蔵庫にあるスポーツ飲料を飲もうと立ち上がった。
その時、玄関チャイムが鳴る。

「はぁい」

美幸はキッチンから玄関へと方向転換し、小走りでドアに取り付いた。

「どちらさま?」
「すいません、宅配便です」

美幸がドアホンのモニタを見てみると、宅配業者の帽子を被り、ユニフォームを
着用した男が段ボールを抱えて立っていた。
ここしばらくの間、美幸の婚約を知って、学生時代の同級生やら警察学校で仲の
良かった友人などから、ちょくちょくお祝い品が届いていた。
これもそうかなと思い、すぐにロックを外した。
男は帽子の鍔で表情を隠したまま、低い声で言った。

「お届け物です。……小早川美幸さん、ですね?」
「はい、私です」
「すいません、印鑑かサインを……」
「あ、はい。ご苦労様です」

小さなミカン箱くらいの段ボールだった。
美幸がチェーンを外すと、男はすっと中に入り、それを床に置いた。
美幸はサインしようとして男に言った。

「すみません、ボールペン……」
「あ……。も、持ってないんです、すいません」
「そうですか」

何かおかしいなと思いつつも、美幸は部屋へ戻っていく。
宅配業者が筆記用具を持っていないなどということがあるだろうか。
美幸がペンを手に帰ってくると、男はドアを閉め、玄関でぼさって突っ立っていた。
美幸はその姿を怪訝そうに眺めてから、床に置かれた段ボールにサインしようと
身を屈めた。

「あれ?」

発送伝票がない。
それどころか梱包もろくにしていない。
段ボール箱の蓋はガムテープなどで塞がれておらず、小さく口を開けているでは
ないか。
まさかこの男が勝手に開けたのだろうか。

「ちょっと、これ……」
「……」
「箱、開いてるじゃないですか、どういうことです? それにサインしろって言っ
ても伝票がないですよ」
「……」

どことなく様子がおかしい。美幸は本能的に一歩引いて声を上げた。

「あなた、誰!? 宅配便じゃないわね!?」
「……わかりませんか」
「え?」

意外な返答に、美幸は眉間を寄せた。
ここでようやく男は顔を上げ、帽子を取った。

「……」

見覚えがあるような、ないような。
いや、知らない男である。
まさか強盗なのだろうか。
美幸は身構えた。婦人警官の住居に押し込み強盗とは良い度胸だ。

「念のために言っておきますけどね、私、警察官ですよ」
「……」
「墨東署。知ってるでしょ? あそこに勤務している……」
「知ってますよ」
「は……?」
「墨東署交通課の小早川美幸さん……でしょ?」
「ど……どうして私のことを……」
「お忘れですか。冷たいなあ」
「……」

美幸はその顔に目を凝らした。
やはり見覚えはないと思う。

男性にしては小柄だろうか。
美幸は163センチだが、それよりも小さいだろう。
眼鏡を掛けており、顔が脂ぎっている以外は、そう特徴的なルックスではない。
オタク顔と言えばオタク顔である。
そう思って、ひとりだけ思い当たる男を思い出し、美幸はハッとした。

「あ、あなた、まさか……」

あの事件のストーカー野郎だ。
しつこく美幸たちにつきまとい、いやらしい下着を送りつけ、事件後に夏実に聞い
たところによると盗聴器まで仕掛けていたらしい。
キレた夏実に張り倒され、それで懲りたかと思いきや、何と夏実を脅してレイプ
するという信じられない行為に出た憎むべき輩だ。
夏実のこともあって表沙汰にもしにくく、どうしたものかと思い悩んだ美幸が特車
二課の榊に相談し、そこからどう繋がったのかわからないが、結局、この男は詐欺
容疑で逮捕、起訴されたはずである。
風の噂で公判が始まっていると聞いたが、もはや美幸にはどうでもよく、夏実も
早く忘れたかったはずだ。

その男がどうして今ここにいるのか。
言われるまで牛尾だと気づかなかったのだが、拘置所暮らしで痩せたせいかも知れ
ない。
宅配業者の制服は本物そうだったから、どこかの営業所にでも忍び込んで盗んだの
かも知れない。
牛尾はにやっと笑った。

「やっと思い出してくれましたね。そう、牛尾展也ですよ」
「つ、捕まったはずじゃ……」
「ええ、逮捕されちゃいましたよ。……美幸さんのせいでね」
「……!」
「驚いた顔してますね。知ってますよ、美幸さんが俺のことチクったんでしょう?」
「……」

詐欺事件を密告したわけではない。
そちらはそちらで墨東署が捜査を進めていたのだ。
そこに本庁の松井警部補からの情報提供があり、その罪状が決定的となって一気に
捜査が進んだのである。
美幸としては、夏実を何とかしてあげたいという一心から相談したのであり、詐欺
については知っていたが、そのことで牛尾を陥れたわけではないのだ。
だが、そんなことをこの男に言っても通じまい。
逆恨みとはそうしたものだからだ。

「そんな怖がらなくてもいいですよ。俺は美幸さんに殺そうってわけじゃない。
あなたに会いたくて、こうして脱走までしたんです」
「……怖がる、ですって?」

美幸はその一言で冷静さを取り戻した。
確かにこいつがここにいることには驚かされたが、よく考えればこれは好機では
ないか。
美幸が逮捕すればいいのである。
容疑犯罪だけでなく、今度はこうして脱走までしたのだ。
現行犯逮捕だ。

「バカにしないで欲しいわね。私、警官なのよ」
「よく知ってますよ。婦警の制服姿、萌えましたよ」
「くだらないこと言わないで」

美幸はぴしゃりと言った。

「警官として、あなたを見逃すわけにはいかないわよ。それとも自首する?
そうならつきそってあげる。そっちの方が罪は軽いわ」
「とんでもない。今自首したら、わざわざ逃げた意味がないです」
「……じゃ、どうするってのよ」
「ふふ……」
「……!」

牛尾が拳を作ったすっと右腕を上げたので、美幸も身構えた。
殴りかかろうというのか。

「えっ……?」

咄嗟に出した美幸の手が、牛尾の手を掴んだ。
拳ではなく、軽く握っただけだったようだ。
美幸はその手のひらを開かせ、それをぐいと押し返して手首を折り曲げた。

「ぐあっ……」

もう、これだけで牛尾は動きが取れない。
逆間接を決められて、手首と肘が折れそうである。
たちまち片膝を床につき、左手で手首や肘を押さえてもがいていた。
美幸は落ち着いて、そのまま腕を取り、背中へとひねり上げた。

「い、痛っ……!」

合気道だ。
古来からのこの格闘技は、どちらかというと攻撃的というよりは護身術に近い。
柔道や空手などのように、激しく相手と組み合って投げ飛ばす、あるいは殴り合う
ようなことは必要ないのだ。
体格差もほとんど意識せずに相手を圧倒できる。
加えて、夏実のような怪力も必要としない。
美幸のような婦人警官にこそふさわしい武術だ。

合気道は植芝盛平がその開祖とされており、それはある意味で誤りではないが、
正確でもない。
植芝が道場を開き、広まったのは明治のことだが、実際には古流柔術だ。
元祖は新羅三郎義光とされ、源氏に伝わった。
そして新羅三郎を戴く甲斐武田家と会津武田家のみに伝わったのである。
そのせいで、あまり広まることはなかったらしい。

しかしこれに着目したのが警察で、明治から昭和に至るまで警察武術としてほと
んど部外秘扱いになっていたらしい。
そのせいで、戦後になるまで民衆にはほとんど伝えられることはなかった。
警察格闘技としてはまさに最適で、武器を持った相手を瞬時に倒して押さえ込んで
しまう。
逮捕術も、この合気道によるところが大きいのだ。

当然、美幸も夏実もマスターしている。
警察学校で叩き込まれるのだ。
美幸自身、自分の体力を承知していたから、空手や柔道、剣道よりも自分に向いて
いると思っていた。
美幸は言った。

「おわかり? いやらしいストーカーくん。私は夏実みたいなパワーはないけど、
これくらいのことは出来るのよ。さっきも言ったでしょ、警官なんだから」
「……」
「さ、どうするのかしら? 自首する? それとも……」
「い、いてててっ!」

美幸が少し力を入れ、手首と指を逆に折り曲げてやる。
牛尾が焦ったように言った。

「ちょっ……ちょっと待って!」
「今さら何? 何を待てというのかしら?」
「ち、違う、違いますよ! そうじゃなくて……ほ、ほら、その写真……!」
「写真……?」
「そ、そこ……床に落ちてるやつ……あ、いてっ……美幸さん、手を少し緩めて
くださいよ」

床を見やると、確かにキャビネサイズほどの白い紙が一枚落ちている。
美幸は牛尾の腕を油断なく捻り上げたまま、少し腰を屈めてそれを拾い上げた。

「これが何なのよ、何の写真……!!」

美幸は、自分の顔からあっという間に血の気が引いていくのがわかった。
写っていたのは夏実に相違なかった。
夏実は裸に剥かれ、その白い肢体を余さず晒していた。
不自然に光っているのはフラッシュのせいらしい。
夜、どこかろくに照明もない場所で撮影したのだろう。
あからさまに動揺する美幸を見て、ようやく牛尾は落ち着きを取り戻した。

「びっくりしてますね。まだありますよ、俺のポケット……」

美幸は牛尾の腕を捻ったまま、無言でシャツのポケットを漁る。
数枚の写真が入っていた。
それを見た美幸の表情が紙色となった。
夏実があられもない格好にされ、その股間に男の腰が入り込んでいた。
中には、その性器に男根が挿入されているものまであった。
その写真は顔まで写り込んではいなかったが、被害者が夏実であることは間違い
ないだろう。

「夏実……」
「その通りですよ。……ところで美幸さん、そろそろ腕を解放してくれませんかね」

美幸の腕にはすでに力が入っていない。
細かく震えていた。
牛尾は難なくそれを外し、痛そうに自分の腕を擦った。

「はー、痛かった。いや、さすがにお巡りさんだなあ、なめてかかっちゃ俺なんか
どうにもならないや」
「……」
「言葉もないって感じですね。じゃあ……」
「な、夏実は……」
「ん?」
「夏実は今どこ……? まさか監禁して……」
「そんなわけないですよ。だって夏実さん、捜査一課の刑事になったんでしょう?
そんな人が行方不明になったら、もっと大騒ぎしてますよ」

それはそうだろう。
警察内部でも蜂の巣を突いたような騒ぎになるだろうし、マスコミも放っておくまい。

「夏実さんは、呼び出したら俺の隠れ家に来てもらう形にしてます」
「か、隠れ家って……」
「それはまだ言えないな。美幸さんが夏実さんくらいに従順になってくれないと」

夏実がこの男に従順になるなど、とても信じられなかった。
どうせ過去のレイプや、今度撮影した写真で脅迫しているのだろう。
そう考えて美幸は唖然とした。
そうなのだ。
もし仮に美幸がここで牛尾を取り押さえて当局に突きだしでもしたらどうなるのか。
牛尾は夏実を暴行したことを洗い浚い話してしまうに違いない。
そうなれば警察としても、被害者の夏実に事情聴取することとなる。
それだけでなく、公判が開かれれば、公の席で夏実はその時の恥ずかしく、屈辱的な
証言を求められることとなる。
それを思えばこそ、あの時も美幸は表立って動けなかったのだ。

よく考えれば、それは今も変わらないのである。
過去の件はもちろん、今度のことも喋るに決まっている。
となれば、夏実の警察官としてのキャリアは終わったも同然なのだ。
もちろん彼女は一方的な被害者であり、何も悪いところはない。
だが、それでもこの事件は夏実に暗く影を落とすことになるのだ。

卑劣な性犯罪者に良いように弄ばされ、凌辱を受け続けた婦人警察官。
それが本庁捜査課の刑事であるとなれば大問題だろう。
それは墨東署に戻されても同じなのだ。
どうしたって周囲の目は、夏実をそういう目で見る。
いやらしい興味本位もあるだろうし、だらしないという評価もあるだろう。
いずれにしても、夏実の警察官としての矜恃や誇りは汚辱にまみれることとなって
しまう。

そしていちばん大きいのは、前回そして今回も、知っていて牛尾を逮捕できない、
あるいはその情報を提供しなかった、ということにある。
警察官としての義務規定違反になりかねないのだ。
いかに婦女暴行事件での事情聴取が女性にとって恥辱的であるとはいえ、被害者が
女性警察官であれば届け出ないというのは少なからず問題視される。
女性視点から見ればやむを得ないのだが、それを認めてしまっては、警察として
この手の性犯罪の捜査が極めて難しくなってしまう。
被害者が名乗り出ることも証言することも控えてしまってはお手上げだからである。

夏実は、警官としての義務と職務、そして女性被害者としての苦悩に挟まれ、苦し
んでいるのだ。
そしてまたこの男の毒牙にかかってしまった。
美幸は腰が抜けたように床へへたり込んでしまった。
その腕を掴まれた。

「さ、立ってください」
「……」

美幸は黙ったまま、のろのろと立ち上がった。
彼女の柔らかい手の感触を愉しみつつ、牛尾は頭から爪先まで舐めるように見ている。

割とざっくりした私服を着ていた。
制服姿はきりっとしていたが、プライベートはこんなものなのだろう。
美幸は、レモン色をしたチェニックのカットソーを着ていた。
カットソーとは、ニットを裁断、縫製した服のことだ。
Tシャツもあればキャミソールもあり、タンクトップもある。
美幸はポロシャツだった。

そしてスカートではなくサブリナパンツを着用していた。
映画「麗しのサブリナ」でヘプバーンが履いて一躍有名になったパンツだ。
腿やふくらはぎまでぴったりと覆っていて、綺麗な脚の線を演出している。
上も下も案外とあっさりしたファッションだが、逆に美幸くらいの美貌があれば、
こういう方が映えるのだろう。
実際、よく似合っている。
満足するまで見終わったのか、牛尾が命じた。

「じゃあ、そろそろいいですか」
「……」
「なにしてるんですか。脱いで下さいよ」
「い、いや……」

さっきまでの強気の姿勢はたちまち雲散霧消し、美幸は一転して脅えたような声を
出した。
牛尾は勝ち誇ったように写真を示した。

「これを忘れてもらっちゃ困りますね」
「ひ、卑怯者……あなたそれでも男なの!? 女をそんなもので脅かして……最
低よ」
「卑怯でけっこうですよ。卑怯だったからこそ夏実さんをものにできたわけだし、
こうして美幸さんもね、ふふふ」
「……」
「ま、最低なのも最低なんでしょうね、自覚してます。でもね、俺は男ですよ。
これから美幸さんの身体で、それを充分に確認してもらいます」
「……!!」

やはりこの男は美幸の肉体が目的なのだ。
夏実を凌辱するだけでは飽きたらず、美幸にまで迫っている。
ストーキングしていた時も、夏実と美幸のどちらかを狙っていたわけではなく、
両方が対象だった。
夏実をその手で穢しておいて美幸にまで食指を動かすとは、どこまで卑劣なやつ
なのだろう。

「ほら早くしてください。この写真とファイル、ばらまいてもいいですよ。墨東署
にも警視庁にもね」
「……」
「それがいやなら脱いでくださいってば」
「あ、あなた夏実が好きなの……? それとも私?」
「難しい質問だなあ」

牛尾は苦笑して頭を掻いた。

「どっちも好きです、愛してますよ。どちらかを選べなんてことは言わないで欲し
いですね。それとも何ですか、私の身体は差し出すから夏実さんは許してやって、
とか言いたいんですか?」
「……」

美幸は黙って横を向いた。
そうなのかも知れない。
牛尾は感動したように言った。
無論からかっているのである。

「麗しい友情ですねえ。夏実さんも同じようなこと言ってたんですよ。あたしが
おまえの自由になるから美幸には手を出さないでってね。ええ、何回も頼まれま
した」
「夏実……」
「だから俺は言ったんですよ。そこまで言うなら、夏実さんが俺を充分に満足させ
てくれたら美幸さんには何もしませんって。実際、夏実さんで精力使い果たしたら
美幸さんまで回りませんしね」
「……」
「でも口だけでしたね。満足していきまくるのは夏実さんばかりで、俺は全然。
満足しなかったわけじゃないけど、充分に、とまではいかなかったから」

勝手なことをのたまい続ける小男を美幸は睨みつけた。
悔しかったであろう夏実の心情を思い、好き勝手に侮辱するような事を口にする
牛尾を見て、恐怖心を怒りが駆逐したのだ。
だが抵抗はできない。
ここで牛尾を殺しでもしなければ解決しないのだ。
そんなことが出来るはずもない。

「わかりました? じゃ潔く脱ぎましょうよ」
「や……約束して」
「何を?」
「私があなたの自由になったら……、夏実は諦めて」
「……本当に仲が良いんだなあ。互いに犠牲になり合うってわけか。でもなあ、
そんなこと言っていいんですか? 美幸さん、結婚なさるって話じゃないですか」
「……!」

美幸は衝撃を受けた。
そんなことまで知っているのかという驚きと、そうだったという悔恨だ。
自分は一ヶ月後に中嶋と結婚するのだ。
その大事な身体を、こんな卑劣な凌辱者に自ら提供しなければならない。
これが中嶋に知れたらどうなるのだろう。
夏実が知ったら怒るのではないか。
せっかく自分が犠牲になったのに、どうして、と。

しかし夏実にばかり辛い思いをさせるわけにはいかなかった。
夏実はもう充分に美幸のために犠牲になったのだ。
今度は自分が夏実のために身を捧げる番なのかも知れなかった。
美幸は表情を殺して再び言った。

「それとこれとは関係ないわ」
「関係ないってことないでしょうに。いいんですか、俺なんか抱かれても? 
婚約者に申し訳ないと思わないんですか」
「だ、だったらなんでこんなひどいことするの!」

ことさらに中嶋のことを言われ、美幸も逆上した。
そう思うのだったら、初めからこんなこをしなければいいではないか。
牛尾の方は、そんな美幸をにやつきながら眺めている。
夏実もそうだったが、恋人だの婚約者だののことを持ち出すと、それまで冷静さを
装っていた女たちも途端に取り乱すのだ。
美幸にここで冷静になられたり、無感動な人形になられては面白くない。
生きた女として犯さなければつまらない。

「そりゃあ俺の方が美幸さんの婚約者より美幸さんを愛しているからです」
「……」

美幸は呆れて口が利けない。
よくもここまで思い上がれるものだ。
すべてを自分の都合良く考えるのは愚者の特権であろうが、それにしてもここ
まで勝手だと言い返す言葉もない。
しかし、次の言葉が美幸に活を入れた。

「それに美幸さんも俺の方が好きになりますし」
「そんなバカなこと絶対にないわよ! バカじゃないの、あなた!? あり得ない
わ!」
「夏実さんもそんなこと言ってたなあ。でも今じゃ「あたしはあんたのものよっ」
て、喘ぎながら何度も言ってるし」
「……!!」

美幸は思わず牛尾の頬をひっぱたいていた。
彼女にとっても意識した行動ではない。
あまりの酷い物言いにカッとなり、理性が弾け飛んだのである。
自分を蔑むのであればともかく、夏実をバカにするのは許せなかった。
さすがに牛尾も少し驚いたようで、叩かれた左の頬に手を当てていたが、すぐに
またにやにやと笑い出した。

「へへ……、さすがに美幸さんだ。でも夏実さんならともかく、美幸さんがそん
な直情的な行動を執るとは思わなかったなあ。でも俺、これで夏実さんと美幸さん
のふたりからビンタされたことになるな。貴重な体験でした」
「ふざけないで! 謝りなさい」
「謝る?」
「夏実に対してよ! 前言撤回して夏実に謝るのよ!」
「謝れったって、ここに夏実さんいないし。それに事実だしなあ」
「また……!」
「おっと」

美幸の二発目が飛んでくる寸前に、牛尾はさっとまた写真を翳した。
振りかぶった美幸の右腕がぴたりと止まる。
その腕を下ろしながら小声で「卑怯者……」と、またつぶやいた。
そして顔を背けたまま言った。

「夏実にはこれ以上ひどいことしないで。約束して」
「出来ませんな」
「そんな……」
「夏実さんも同じこと言ったってさっき言ったでしょ? でも全然守れてないわけ
ですよ。信用できない。だから、ま、夏実さんと同じ条件にしますよ。俺を美幸
さんが満足させたらね……」
「わ……わかったわよ……」

この場合、もう他に選択肢はない。
なるようになるしかないのだ。
それでも、こんな男に肌を晒す、身を穢されるという脅えは、女性なら消しようも
ない。
美幸は僅かに震えていた。

美幸は牛尾に背を向けると、思い切ったように脱いでいった。
いたたまれないほどの恥辱とやりきれなさ、そしてむらむらと込み上げてくる屈辱
と怒り。
夏実もこんな気持ちでこの男に犯されたのだろうか。
ボタンをふたつ外し、軽いカットソーを袖から抜いた。
下にはインナーとしてキャミソールを着ていた。
カジュアルなタイプで、ストラップは取り外し可能のタイプだ。
吸汗性が良く、アウターでも着られるようだ。
続いてロングパンツの裾に指をかけ、少し迷ってから一気に下ろした。

「ほう」

思わず牛尾が感嘆した声を上げた。
白く形の良い脚がすらっと素直に伸びている。
見慣れていた制服から見えていた膝から下の部分だけからでも、充分にその素養は
感じさせていたが、想像以上に綺麗な脚だった。

腿にもふくらはぎにも充分に肉が乗っているが、決して太いとかむちっとしたという
感じではない。
成熟したというよりは、まだ学生のような青い感じがした。
膝や足首はきゅっと締まり、あまり太くない太腿やふくらはぎが比較対象として太く
見えるのだろう。
色白な陶器のような肌に、純白のショーツが映えていた。

背中も艶々して、背筋の線が真っ直ぐ綺麗に伸びている。
その背を隠すように、編んだ長い髪が一本、美しく流れている。
恐らく、帰宅したらこの髪を解くのだろうが、こうしてまとめてあった方が美幸らし
い感じがした。
美幸はなるべく牛尾に表面は見せたくないと後ろを向いて脱いでいるのだが、その分、
臀部や閉じた腿の肉の具合はじっくり観察できる。
両腕をクロスさせてキャミの脇を摘み、そのまま上へと引き抜いた。

「……」

後ろを向いているし、まだ胸を直に見られているわけでもないのに、美幸は両腕で
そこを覆っていた。
あの男のいやらしい視線が、背中を貫通して乳房を見ているような感覚がある。

「美幸さん」
「……」
「こっち向いて脱いでくれないかなあ」
「いや」
「でもね、どうせ丸裸を見られることになるんですよ。だったら着替えの途中のおっ
ぱいぽろりも見せてくれたっていいじゃないですか」

牛尾はことさら卑猥な物言いで美幸を辱めようとした。
これは夏実にはことさら効果があったからである。
こっちの思っている以上に、こうした言葉で辱める行為は女性に対して有効らしい。
と言って、あまり下品な言い方をするのも逆効果なわけで、あくまで言われる側が
意識しやすい言葉と言い方で責めるのがいい。

夏実は見かけ通りに気丈で男勝りだったから、余計にこれが効いた。
美幸は夏実に比するとおとなしめに見えるが、それはいつも夏実がいるからであって、
美幸単独で見れば別に気弱なタイプではない。
それどころか、場合によっては夏実が怯むほどの思い切った行動を執ったり、過激な
物言いをすることもある。
勝ち気だということではないが、芯は強いのだ。

さすがに牛尾もそこまでは知らなかったが、単に自分が楽しいから言葉で虐めていた。
それに、美幸も婦警などやっているくらいだから気の強いところもあるはずだ。
ならば効果はある。

「でもいや」
「あれ? 俺に命令するんですか? どっちが優位なのかお忘れですか」
「……」

ぴしゃりと断った美幸だったが、無駄な抵抗であることは承知している。
ただ、諾々とこの卑劣な凌辱者に従うのがいやだっただけだ。
結果は同じでも、おとなしく言うことを聞くと思われるのはいやだったのだ。

私はおまえなんか大嫌いだ。
脅迫されているから仕方なく従っているのだ。
そう主張したいのである。

美幸は黙って正面を向いた。
腕を下ろしてと指示され、胸を覆っていた両腕も真っ直ぐに伸ばした。
牛尾はまた感心した。
見事な肢体だったのである。

まだ下着は着けているものの、女性らしいしなやかで柔らかそうなラインがくっき
りと浮き出ている。
これも白いブラジャーの上からはみ出ている乳房は、その大きさを主張していた。
柔らかそうな肉の塊にブラ生地が食い込んでいる。
見たところパッドのような無粋なものは入っていない。
カップの間を不自然なほどに狭めて、谷間のラインを強調するようなブラジャー
ではない。
それでいて、しっかりと谷間を形成しているのだから立派なものだ。
巨乳のイメージがある夏実が常に一緒にいたから目立たなかっただけで、美幸も
豊かな胸の持ち主だったのである。

実際のところ、夏実と美幸の3サイズを比較しても、夏実がBWHともに1〜2
センチ大きなだけで、ほとんど変わらないのだ。
それでも夏実が巨乳に見えるのは(実際に巨乳なわけだが)、やや鳩胸気味だから
であろう。
女性としては圧倒的なパワーを誇るだけあって、筋肉もそれなりについているのだ。

腿などは、美幸あたりはほとんど筋肉がないかのようにしなやかだが、夏実はしっ
かりと筋肉がついている。
そこにバランス良く脂肪が乗っているのだ。
美幸の場合、その比率が低く筋肉は少ない。
その分、羽二重のような柔らかさと肌触りの良さを持ち合わせていた。
胸も同じで、美幸はほとんど腹筋も胸筋も目立たないから、言葉は悪いが上げ底
部分がない。
そのせいで夏実よりも小さめと思われているだけなのだった。

美幸は左腕で胸を覆いながら、右手を背中に回してブラのホックを外した。
肩を少しすくめると、なだらかな肩を滑るようにしてストラップがずれ落ちていく。
カップが外れかけたが、左腕が辛うじて抑えている。

「……」

ちらっと牛尾を見ると、息を飲んで美幸のストリップを見つめている。
軽く顎をしゃくっている。
続きをやれ、最後まで脱げと言っているのだろう。
美幸はその視線を外し、黙って右手をショーツのゴムにかける。
左腕で胸を隠したまま、ショーツから右足、そして左足を抜いていった。
下着が床に落ちると同時に、素早く右手が股間を覆う。

「美幸さん、手で隠さないで」
「……いや」
「美幸さん」
「……」

ここで初めて美幸は牛尾に対して縋るような目線を送ったが、彼女も女性だという
ことだろう。
愛を誓い合った男以外に素肌を晒す、身体を見せるのは抗いがたい抵抗があるのだ。
夏実のように反発するのではなく「これで許して」という表現に出たわけだが、
これも美幸の心根が基本的にはお人好しだということでもある。
だが、そんな情で流されるような男だったら、牛尾はそもそもこんなことはして
いない。
美幸の哀願するような視線を冷たくはじき返し、続きを促す。
美幸は諦めたように股間と胸を護っていた手を外していく。
その腕は目に見えぬほどに小さく震えていた。

「……」

牛尾は、その若々しく眩いばかりのヌードに眼を細めた。
乳白色というほどに真っ白ではないものの、充分に色白で通用する肌だ。
加えてその肌理が驚くほどに細かく、触れてもいないのに、そのすべすべした感触
が容易に想像できた。
その薄い肌が、豊かな胸や尻をはちきれそうな張りを持って覆っていた。
剥き出しになった肩の線や両腕、そして乳房が艶々と輝いている。
さっきまで見ていたヒップの盛り上がりも見事なものだったし、どうやら美幸は
着痩せするようである。

美幸の身体で特筆すべきは、そのバランスだった。
夏実が巨乳のイメージがあるのに対し、美幸は全体のバランスが極めて優れている
のだ。
胸も臀部も豊満ではあるが、大きすぎる、張り出しすぎるという感じがしない。
くびれた腰や細い首に釣り合ったサイズなのである。
好みの問題もあろうが、ただ見ているだけなら夏実よりも美幸の方が美しいヌード
かも知れなかった。

中でも牛尾を夢中にさせたのは乳房の美しさだった。
美乳とは美幸のこの乳房のための言葉ではないかとすら思わせる、ほぼ完璧な胸肉だ。
いかにも柔らかそうに膨らんだそれは、広がりすぎることもなく、さりとてロケット
のように飛び出しているわけでもない。
横から見ればほぼ半球状で、それが重みでやや下に自然に垂れているだけだ。
それでいて乳首がツンと上を向いている。
後ろから揉みやすそうな乳房である。
乳輪も薄く小さめで、その真ん中にこれも小さめの乳首が鎮座していた。
左右がほとんど同じ大きさなのは性体験の少なさを物語っている。
婚約者とやらも、どうも美幸をあまり抱いていないようである。
もしかすると付き合いが浅い可能性もある。

サイズとしては85もあってウェストは56。
ということはサイズ差が29センチもあるわけで、これはタレントで言えば井上和香
クラスだということになる。
けっこうな巨乳なのである。
なのにそう感じさせないということは、それだけバランスの良い肢体だということ
だろう。

美幸は身長163センチ体重52キロ、3サイズは上から85−56−86で、夏実
は164センチの55キロ、B87W58H88である。
ちなみに、理想的な女体とされることも多いミロのヴィーナス像は、推定で身長168
センチの60キロ、サイズは94−66−97になるそうだ。
身長差と体重差を考慮すれば、美幸も夏実もミロのヴィーナスに匹敵する肢体だと言う
ことが出来るだろう。
夏実とはまた違った極上の女体を充分に観察すると、牛尾は「ほうっ」と太い息を
ついた。

「……寝室、行きましょうか」
「……!!」
「ほら」
「触らないで!」

腕を掴んできた牛尾の手を、美幸は反射的にパシッと叩いていた。
これは思った以上に骨がありそうである。
牛尾はふてぶてしく嗤った。

「……なかなか威勢が良いですね、夏実さんもそうだった」
「い、いちいち夏実のこと言わないで!」
「おや、早くもヤキモチですかね、あはは」
「……」

バカバカしくて相手にする気もなかったが、このままにすることも出来ないらしい。
再び右腕を掴まれると、今度は軽く睨みつけただけでおとなしく従った。
案内したわけでもないのに、牛尾はずんずんと美幸の部屋へ向かった。
夏実に聞いたところによると盗聴器までセットしたそうだから、ここに忍び込んだ
こともあったのだろう。
部屋に入るや、牛尾は美幸をベッドに突き倒した。

「あっ……!」

それを見下ろしながら、牛尾は服を脱ぎ始めている。

「さっきのストリップ、最高でしたよ」
「……」
「本職のストリッパーでもあんなに興奮するショーは滅多にないですよ。いや、逆に
素人だったからよかったんだな」
「……」
「俺はもう、あれ見ただけで満腹って感じもするんだけど、ムスコの方が我慢でき
なさそうでしてね」

そう言って、牛尾は己の下半身を指差した。
そこはもう破裂寸前で、ズボンのファスナーを突き破りそうだ。

「こんな有様でして」
「……下品ね。最低だわ」

美幸は吐き捨てるように言って顔を背けた。
男の醜い性欲の象徴など見たくもなかった。

「……姿勢が固いなあ。これじゃ出来ないじゃないですか」
「なら、しなきゃいいでしょ。私はしたくないのよ」

それを聞いて牛尾は苦笑した。
夏実も抵抗したが、美幸もかなりのものだ。
タイプは異なるが、やはりかなり気は強そうである。
牛尾はまた陰湿な手段に出ることにした。

「そっか。したくないんですね」
「当たり前でしょう。夏実だって……」

そう言って美幸はハッとした。
牛尾は頷いて嗤う。

「そう。そうですよ。美幸さんがやらせてくれないなら、俺はまた夏実さんをやる
だけだ。泣いて頼んでも、失神するまで犯し抜くんだ。もう夏実さんのオマンコが
精液で溢れかえるくらいに……」
「やめて!!」

美幸は耳を塞いで叫んだ。
そんな話は聞きたくもなかった。
しかし牛尾は、このまま美幸が拒否し続ければ夏実をまたレイプするに違いない。
今度は自分が生け贄になると決めた以上、牛尾の害を夏実に及ぼすわけにはいか
ないのだ。
そんな美幸を見て、牛尾は喉の奥で「くくっ」と嗤った。

「わかりました? じゃあ素直に脚を開いてもらいましょうかね」
「……」
「膝を立ててね。美幸さんにわかるかなあ、M字開脚っての。知ってます?」
「……」
「しないんですか?」

ダメを押されるように言われ、美幸は「本当に最低」と小さく呟いてから、おず
おずと脚を動かし、膝を立てていく。
待ちかねたように牛尾がその膝に手をかけ、一気に開脚させた。

「い、いやっ……!」
「おとなしくして、動かないで!」
「……」

美幸の身体から力が抜けた。
そこで牛尾が覆い被さってきた。

「……!」

驚いた美幸が思わず顔を正面に向け目を開けると、牛尾の脂ぎった顔が間近に来て
いる。
また顔を伏せようとすると、牛尾の手が美幸の顎を掴んで前に向かせた。

「……いい身体してますよ、美幸さん。スタイルもすごいけど、この肌。こんなに
綺麗ですべすべしてて、それでいて吸い付いてくるようなのは初めて」

強引に牛尾の顔を見せつけられた美幸は、視線で相手を射殺そうとするかのような
きつい目で睨みつけた。
身体でも言葉でも抵抗出来ぬとあらば、心で抗うしかない。
絶対におまえの思う通りになんかならないぞ、という強い意志が感じられた。
その意志を挫くように、牛尾は言葉で嬲っていく。

「夏実さんがいるから目立たないけど、このおっぱいもすごいじゃないですか。
美幸さんくらい美人だと胸の寂しい人が多いけど、美幸さんは例外中の例外なん
ですね。実に見事な美乳ですよ。モデルや女優でも、ここまで綺麗なおっぱいは
見たことないや」
「じろじろ見ないで、穢らわしい」
「ありゃ、言われちゃったな。まあ、俺だけ美幸さんのヌード見るのも不公平だし
ね、ほら、俺のも見せてあげますよ」
「!!」

そう言って突き出されたものを見て、美幸は青ざめた。
この男は美幸の顔に己の男根を突きつけてきたのだ。

「そんなもの見せないで、汚い!」

美幸は真っ赤になって目をつぶり、顔を逸らせた。
こんなもの見たくなかった。
グロテスク極まる肉の凶器だ。
だいたい、男にしろ女にしろ、異性の生殖器などというものは醜くグロテスクに
見えるものだ。
そうでなくなるにはある程度の性体験が必要になるのだが、美幸は処女でこそない
ものの、とてもそこまではいっていない。

「こんなでかいの見たことないのかな? 婚約者さんは短小ですか?」
「うるさいわねっ、いちいち変な突っ込み入れないで。あ、顔に近づけないでよ!」

中嶋とのセックスでも、そこをまじまじと見たことなどなかった。
そもそも見てはいけないものだと思っていたのである。

「思った通り、まだ経験浅そうですね、けっこうけっこう。俺のためにその身体を
大事にしてくれてたわけだ」
「……」

どう言い返しても都合良く解釈され、虐められる。
無視するしかなかった。

「おや、またダンマリですか。ま、いいや、じゃあ早速いきますか。俺も待ちきれ
ないし」
「……」

牛尾の身体がすっと離れ、美幸の両脚にその手がかかる。

いよいよ、その時が来てしまう。
予想された最悪の事態だ。
ぐっと開かされた。
堅く閉じた目の縁から涙が滲んでくる。

(中嶋くん、ごめん……。わ、私……)

彼に対する貞操が守りきれなかった悔いが、美幸の心に重くのしかかっていく。
一方、身体の方には、牛尾の重い肉体がのしかかってきた。

「あっ!」

ぼてっとした手のひらが腿の内側を抑え、それを強引に押し開いていく。
少し力を入れて閉じようとしたが全然だめだ。
美幸は、こいつを蹴飛ばして逃げ出したい欲求を必死になって堪えている。
それをやったら最後、牛尾は本当に夏実をひどくいたぶるに違いなかった。
死ぬ思いで悲鳴を堪えつつ、牛尾の暴虐に耐えている。

「ひっ……!」

噛みしめた唇からわずかに悲鳴が漏れる。
牛尾の指が、そっと美幸の腰のラインをなぞったのだ。
鳥肌が立つような気色悪さに美幸は震えた。

「あ、こんなんでも感じるんですか。かなり敏感だな」
「ち、違うわよバカ。触らないで、あっ!」

触らないでというのが精一杯だ。
手を振り払ったりすれば牛尾の怒りを買うことになる。
男の手は、美幸の腰骨をなぞりつつ、もう一方の手で乳房にそっと触れる。

「くっ……」

どこを触れても美幸は反応し、びくっと震えた。
目を瞑っていることで、どこに触られるかわからないからいちいち驚いていると
いうこともある。
美幸がおとなしくなったのをいいことに、牛尾の右手は腰をなぞりつつ、その中心
に進んでいく。
指がそっと陰毛に触れると、さすがに美幸は腰を振ってその手を振り払おうとした。
ここまでくると牛尾もそれくらいの抵抗はあると踏んでいるのか、特に脅したりは
せず、そのまま触り続けている。
いくら抗っても最終的には逆らえないということを知っているのだ。

左手が乳房をぐっと掴み、指を立ててその肉にめり込ませると、美幸は眉間を寄せ
て呻いた。
右手の方は、恥丘を下り、とうとう美幸の秘所まで到達する。
牛尾の指が躊躇なく美幸の媚肉に接触した。



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