美幸が墨東署を去ってから1ヶ月が経ち、交通課にもいつもと変わらない
日常が戻っていた。
そんなある日、夏実は新たにパートナーを組むことになった佐賀沙織と
パトロール中に小学校近くで偶然中嶋と遭遇し、そこへちょうど下校時間の
ゆうた、しょう、まほの3人組が近寄ってきた。

「あ、夏実だ、夏実。剣もいるぞ」

夏実が窓を開けて気軽に応じる。

「よお、子供達。相変わらず元気だね」
「だから前にも言ったじゃん、子供は風の子、元気な子なんだって」

ゆうたが口を尖らす。まほがミニパトの中を覗き込むように背伸びをして
小首を傾げた。

「ねえ、夏実おねえちゃん。最近、美幸おねえちゃんを見かけないけど、
どうしたの?」
「えっ・・・・ いやあ・・・・ み、美幸はちょっと・・・・」

思わず口ごもる夏実に沙織が助け舟を出した。

「まほちゃん、美幸先輩は今ちょっと体調を崩してお休みしてるのよ。
だから私が今、夏実先輩のパートナーをつとめているの」
「そうなんだ・・・・」

そしてまほは中嶋を振り返った。

「ねえ剣ちゃん、この前まほと約束したことを憶えてる?」
「えっ? この前約束したことって・・・・」

まほが不満げな表情になった。

「忘れちゃったの? まほを剣ちゃんのお嫁さんにしてくれるって
約束したじゃない」
「あ、ああ・・・・」

そこでまほは精一杯大人びた口調になって言った。

「あのね、あれからまほ、お母さんにいっぱいいっぱい聞いたんだ。
そしたら結婚した夫婦は2人で協力して幸せになるんだって。
だからまほも大きくなって剣ちゃんのお嫁さんになったら、
2人で幸せになるんだよ」
「2人で幸せになる・・・・」

中嶋の脳裏に美幸のセリフがフラッシュバックした。

――中嶋くんに幸せにしてもらうんじゃない。私達は2人で幸せになるのよ。

あの時見せた美幸の笑顔に自分は誓ったはずではなかったか。
――世界で一番愛しいこの女性(ひと)を必ず幸せにすると。

そうだ、美幸を幸せにできるのは他の誰でもない、自分だけだ。
たとえ何があろうと、美幸となら乗り越えていける、いや乗り越えてみせる。
もう逃げない、美幸の背負った重い十字架から。
そして・・・・ 自分自身からも。

「まほちゃん!」

中嶋は腰を落とし、まほの肩を抱いた。

「ごめん、まほちゃん。おにいちゃんはやっぱりまほちゃんをお嫁さんに
してあげることはできないみたいだ」

まほが怪訝な顔になる。

「えっ、何で? もしかして・・・・ 剣ちゃんはまほのこと嫌いになったの?」
「ううん、違う、違うんだ。まほちゃんのことは今でも大好きだよ。
だけど・・・・ おにいちゃんには世界で一番大切で、誰よりも幸せにして
あげたい女性(ひと)がいるんだ。だからまほちゃんをお嫁さんにして
あげることはできないんだよ」

まほは悲しげな顔になったが、ふと思いついたように中嶋に訊いた。

「それって・・・・ もしかして美幸おねえちゃんのことなの?」
「えっ?」
「だって、美幸おねえちゃんと剣ちゃんすっごく仲よかったし、
美幸おねえちゃんがいなくなってから剣ちゃんずっと元気なさそう
だったんだもん」

こんな幼子にまで見抜かれる真実。
中嶋は自分自身に言い聞かせるように言った。

「ああ、そうなんだ。おにいちゃんは美幸おねえちゃんが誰よりも大切なんだ。
わかってくれるかな」
「まほ・・・・ よりも?」
「ああ。ごめん、まほちゃん」

まほは目を伏せうつむいた。しかしすぐに顔を上げ、自分を納得させるように言った。

「わたし・・・・ 美幸おねえちゃんのことも、剣ちゃんと同じくらい大好きなの。
だから・・・・ 美幸おねえちゃんだった剣ちゃんを譲ってあげる」
「本当にごめん、まほちゃん」

中嶋はまほの手をぎゅっと握り、頭を下げた。
いくらたわいのない子供との約束とはいえ、このいたいけな少女の小さな胸を痛め、
傷つけてしまったことは間違いない。

「ううん、いいの。でも剣ちゃん、美幸おねえちゃんをきっと幸せにしてあげてね」
「ああ、約束するよ、まほちゃん」

中嶋は立ち上がり、バイクにまたがると夏実を振り返った。

「辻本、俺は今から小早川のところへ行ってくる。課長には適当に言っておいてくれ」
「あっ、うん」

キーを回し、エンジンを始動させた。

「中嶋くんっ!」

中嶋と夏実の視線が交錯する。

「今はあなた達に何があったのかは聞かない。だけど美幸のことは頼んだわよ」
「ああ、任せておけ」

走り去った中嶋のバイクを見送り、沙織が夏実に訊いた。

「美幸先輩と中嶋先輩・・・・ 大丈夫なんでしょうか?」

夏実は首を振った。

「それは分からない・・・・ でも、アタシは二人を信じてるわ」
「そうですね。二人ならきっと・・・・ 大丈夫ですよね」


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突然仕事を辞め、何の前触れ無しに実家に戻ってきた娘に両親も困惑していた。
美幸は戻ってきてから、ずっと思いつめたような表情でほとんど部屋にこもりきり、
自分達にもほとんど顔を見せない。
夫はしばらく様子を見ておけと言っていたが、美幸の母・幸恵は思い余って
愛娘の部屋のドアをノックした。

「美幸、入るわよ」

返事はないが部屋に鍵はかかっておらず、幸恵はドアを開けて部屋へと入った。
部屋の片隅でうつむき座っていた美幸が顔を上げる。

「ねえ美幸、いったいどういうことなの?」
「何でもないわ、お母さん」
「何でもないわけないでしょ。仕事も辞めていきなり帰ってきて・・・・」
「ごめん、お母さん。迷惑だった?」
「迷惑ってことはないけど・・・・」

あれほど警察官という仕事にプライドと愛着を持っていた娘が辞めたのだ。
よほどのことがあったのだろう。母親は話の接ぎ穂を失い、話題を変えて
あえて明るく訊いた。

「それで美幸、ちょっと前に言っていた付き合っている交通課の同僚の・・・・
確か中嶋さんっていったかしら。その人とはどうなったの? しばらくしたら
私とお父さんに紹介してくれるって話だったわよね」

美幸の表情に翳がさし、力なく首を振った。

「ごめん・・・・ お母さん。中嶋くんとはもう・・・・ 終わったの」
「そう・・・・ もしかして美幸、それが仕事を辞めた原因なの?」

今度は美幸は激しく首を振った。

「ううん、それは違う。お母さん、今は何も聞かないで。いつか・・・・
お母さんには理由(わけ)を話すから。今は一人にしておいて、お願い」

そこまで言われては母親も引き下がるしかなかった。
どうやら娘は一人では堪えきれないほどの重大なものを抱え込んで
押し潰されそうになっている。
だが、今はただこうして見守ることしかできない。何があったかは
分からないが、しばらくは時間をかけるしかないようだ。

「わかったわ。じゃあ今は何も聞かない。でも美幸、かあさんはいつだって
あなたの味方だからね」
「うん・・・・ ありがとう、お母さん」

母親が立ち去ると、美幸は自嘲するように小さくつぶやいた。

「そう・・・・ 中嶋くんとは終わったんだ」

中嶋の目の前であのケダモノ達にその身を蹂躙され、陵辱の限りを尽くされた。
さらにあろうことか彼らの淫惨非道な責めに屈して自ら身体を開き、喘ぎ、
よがり悶えてケダモノ達を受け入れるという痴態を晒してしまった。
それがたとえ不可抗力だったとしても、中嶋がそんな自分を許し、
受け入れてくれるわけがない。
いや・・・・ 何より美幸自身が己を許せず、だから自ら彼に別れを告げたのだ。
それでもそんな圧倒的な思いとは裏腹に、ほんの心の片隅ではそれでも中嶋が
自分のことをまだ愛し、受け入れてくれるのではないかという気持ちはあった。
別れ際に中嶋のもらしたセリフが脳裏に繰り返しリフレインする。

――俺は君を愛している。

搾り出すように漏らしたあの言葉に嘘はない、と思う。
いや、思いたい。
だが・・・・ 別れを告げて以来、中嶋からはただの一度も連絡はない。
そう、これが現実なのだ。口ではどんな奇麗事を言っても、実際目の前で
輪姦された自分を彼が以前のように愛し、受け入れてくれるなどということが
あるはずない。
そんなことは分かっていたはずなのに彼の最後の言葉にすがり、ほんの少しでも
期待してしまう自分がいることに気づく。
あきらめと絶望、そして淡い期待が胸の中を交互に行き来する。
それをずっと繰り返すたびにそんな自分に腹が立ち、惨めになり、
そして深い自己嫌悪に陥っていくのだ。

「(忘れなきゃ・・・・ あの夜のことも、中嶋くんのことも・・・・)」

その時、母親がまた部屋に戻ってきた。

「美幸・・・・ あなたにお客さんが・・・・」
「夏実?」

こちらに戻ってきてから何度か夏実が訪ねてきたが、どうしても会う勇気がなかった。
2人きりになって問い詰められれば、感情に任せてあの夜のことを全てぶちまけて
しまいそうで怖かった。だから悪いとは思いつつ全て門前払いにしていたのだ。

「ごめん、お母さん。夏実だったら・・・・」

だが、母親は戸惑ったように首を振った。

「いいえ、違うの美幸。その・・・・ 中嶋さんって人が」
「えっ? 中嶋くんが?」
「ええ、そこの○○浜で待っているから美幸に一人で来て欲しいって。
大事な話があるからって」
「中嶋くんが・・・・ 本当に?」
「ええ。どうするの、美幸?」

振り払ったはずの期待がまたもや首をもたげる。だが本当に別れを告げに
来たのかもしれない。もしそうだとしたら・・・・
美幸は逡巡した末に、やはり会う決心をした。結果がどうであれ、
中嶋とのことにけりをつけなければ美幸はこの先一歩も前に進めないのだ。

「お母さん、私、ちょっと行ってくるわ」

母親は心配げに言った。

「美幸、私もついていこうか」
「ううん。大丈夫よ、もう子供じゃないんだから。それに一人で来て欲しいって
言っていたんでしょ。心配しないで」
「それならいいけど・・・・」

美幸を玄関から見送った母親はなおも不安げにつぶやいた。

「さっきのが美幸の付き合っていた彼氏なの・・・・ 何かあの子の好みの
タイプとはだいぶ違う気がするけど」


─────────────────────

○○浜についた美幸は周囲を見渡す。
夏は海水浴客でにぎわうその浜も、真冬の今は嘘のように人気がなく寂しい。

「中嶋くん、どこなの?」

すると背後できゅっと砂を踏みしめる音がして美幸は振り返った。

「中嶋くん」

だが、振り返った美幸の瞳に映ったのは・・・・
そこには山口が両手を上着のポケットに突っ込んで肩をすくめて立っていた。

「よっ、久しぶりだな、婦警さん」
「ど、どうしてあなたが・・・・」
「なあに、アンタにちょっと話があってな。なかなか大変だったぜ、ここを探すのは」
「どうして中嶋くんの名前を使ったのよ?」
「でなきゃ俺とは会ってくれねえだろ。まあちょっと話を聞けよ」
「あなたと話すことなんかないわ」

山口の横をすり抜けて帰ろうとする美幸の足元に、一枚の写真が裏返しに落ちた。

「これは?」
「見てみろよ。それについての話さ。聞いたほうがいいと思うがな」

写真を拾い上げ、表に返した。

「あっ!・・・・」あまりの衝撃に絶句する美幸。

そこに写っていたもの。それは犬のような惨めな四つんばいの格好で
あのケダモノ達に上下の口を同時に犯される美幸自身の姿。

「ど、どうして・・・・」

確かに彼らに犯される姿を山口のカメラで写真を撮られた。
だが、それは警察によって証拠品としてすべて押収されたはずだ。

「カ、カメラは警察に・・・・」

山口がニヤリと笑った。

「ああ、もちろん俺のカメラは警察に押収されたさ。
だけど、その前に隙を見てカメラの中のフィルムを入れ替えといたのさ。
もちろん撮影済みのフィルムも全部回収しておいた。
だから婦警さん、アンタがアイツらにさんざん犯られまくっている写真は
全部俺の手元にあるってわけさ」
「な・・・・ 何ですって・・・・」

その場に立ち尽くして言葉も継げない美幸に、さらに山口が続けた。

「だからその写真についてアンタとじっくりと話しておきたいと思ってな。
まあ、こんな寒いところじゃ何だし、あっちの車の中でどうだい?」

美幸には逆らう術がなかった。言われるままに山口についていき、
少し離れた場所に停めてあったワンボックスカーの後部座席に乗り込むと、
運転席には宮崎が座っていた。

「えっ? ど、どうして、あなたまで・・・・」

宮崎が思わず視線をそらすと、美幸の横に乗り込んだ山口がそれに答えた。
「まあ、あれから俺達にもいろいろあってな。こいつは前の仕事を辞めて、
今は俺の仕事を手伝っているんだよ。そうそう、さっきアンタの恋人の名前を
名乗ったのは俺じゃなくてこいつだぜ」
「何ですって・・・・」
「そんなことより婦警さん、この写真についての話をしようじゃないか」

美幸は身構え、硬い口調で言った。

「お金・・・・ なのね」
「えっ?」
「その写真で私を脅迫するつもりなんでしょ」

だが山口は大げさに肩をすくめた。

「おいおい、脅迫とは穏やかじゃないな。そんなつもりはないぜ。
そう身構えるなって」

そこでいったん言葉を切ると、下卑た笑みを浮かべた。

「それにそんなにつれなくするなよ。いくらあん時脅されて
しかたなくだったとはいえ、俺とアンタはもう赤の他人ってわけじゃ
ないんだからよ」
「ふざけないでっ!」

確かにあの夜、大須賀は2人を猟銃で脅して美幸を犯すように強制し、
そして美幸は彼らに犯された。
だが宮崎はともかく、この山口は決して『しかたなく』などではない。
明らかに自ら進んで嬉々として美幸を犯したのだ。
美幸は山口をキッと睨みつけたが、意にも介さず山口は続けた。

「そうそう、どうやらあの夜のことは表沙汰にはならなかったみたいだが、
フリーのルポライターが事件のことを探っててな。あの夜、俺があの現場に
いたことをかぎつけてこの前取材にきやがった」
「えっ・・・・」
「安心しなよ、婦警さん。アンタがあの連中に輪姦(まわ)されたことは
話してねえし、もちろんこの写真だって見せてない。感謝して欲しいもんだぜ」

自分もそれに加わったことを棚に上げて恩着せがましく言う山口。

「まあフリーのルポライターなんかに話したってこっちには何の得もねえからな。
それにだいたい現役婦警の、それもアンタほどの美人婦警の生レイプ写真なんて、
それこそいくら金を出しても惜しくはねえって連中は他にいくらでもいるんだ。
金にする気ならあんたを脅迫するなんて危ない橋は渡らねえでも簡単確実な
方法はいくらでもあるのさ。だけど、もともと俺はそんなとこに売る気もねえし、
これを金に替える気はねえんだよ」
「じゃあいったい何が目的なのよっ!」

「目的ねえ・・・・」

山口がニヤニヤといやらしく笑い、突然話題を変えた。

「ところで婦警さん、あの中嶋って野郎とはまだ続いているのかい?」

唇を噛み締め、うつむく美幸。

「そうか、やっぱり終わっちまったか。そりゃそうだろうなあ・・・・
いくらアンタみたいな美人が相手でも目の前で輪姦(まわ)された恋人と
そのまま関係を続ける男なんていやしないよな」

そこで言葉を切っていやらしく笑った。

「だってよ、いざセックスの時はいやでも思い出しちまうもんなあ」
「やめてっ!」
「それに婦警さん、アンタ、アイツらに犯られながら感じてただろ?
イッチまってただろ? ホントいい声で喘いで股を開いてたもんなあ・・・・
そんなよがり声を聞かされた男も哀れなもんだぜ。自分の女が目の前で
他の男に犯られたうえに、その女が犯られながらエクスタシーを感じて
イッチまってるんだからよ。ホントあの中嶋って野郎には同情するぜ」
「やめてっ、やめてっ、やめてっ」

美幸の心を抉り貫くその残酷な言葉。耳を両手で塞ぎ、ぶんぶんと首を振った。
それを見て、山口がさらに言葉を継いで責め立てた。

「ふうん・・・・ 婦警さん、どうやらアンタもその自覚があるみたいだな。
そうだよ婦警さん、アンタは男なら誰でも腰を振って受け入れる淫売なんだよ」
「やめてっ! それ以上もうやめてっ!」

絶叫する美幸。そこで山口は一息つくとおもむろに言った。

「だけどな婦警さん、俺はアンタが淫売だろうが聖女だろうが、
全然そんなことは気にしないぜ」
「ど、どういうことよ!」

大須賀はぐっと美幸に身を寄せた。

「だからぁ・・・・ 俺の女になれって言ってんだよ、婦警さん。
俺もあの夜抱いたアンタの身体が忘れられなくてよ。あんなによかったのは
久しぶりだったぜ」
「ば・・・・ ばかなこと言わないでっ!」
「悪い取引じゃないだろ。あんたが俺の女になってくれれば、
写真はおろかネガだってほら、この通り、全部アンタにくれてやるぜ」

そう言って山口はジャケットの内ポケットに収まったネガフィルムを
美幸に一瞥させるとすぐにしまった。

「ふざけないでっ!」

美幸が車から出ようとする。しかしそれより早く山口が身を乗り出し、
そのまま美幸にのしかかるようにして覆いかぶさってきた。

「なっ、何するのよっ!」
「いいだろ、どうせあの中嶋って野郎とは切れたんだ」
「いやっ、やめてっ!」

美幸が両手で山口を押し返そうとする。
だが山口はその両手首を掴むと、ついに本性を露わにした。

「嫌だって言うなら、この写真をばんばん焼き増ししてそこらじゅうに
配ってやってもいいんだぜ。それにネットにアップして日本中、
いや世界中の男に大公開って手もある。それでもいいのかよ」
「くっ・・・・」

さらに追い討ちをかけるように凄んだ。

「それにあんだけ犯られまくった女が、いまさらやめてもくそもねえだろうがっ!
おとなしくやらせりゃいいんだよっ!」

写真による脅迫よりも、『犯られまくった女』――その残酷な言葉が美幸の心を
打ち砕き、抵抗の力を奪っていく。
美幸の力が抜けたのを見て、山口は卑猥に顔をゆがめた。

「そうそう、それでいいんだよ、婦警さん。カーセックスってのも悪くねえ」

いったん身を起こすと運転席の宮崎に命じた。

「ちょっと外に出てろよ、終わったら呼ぶから。そしたらオマエも楽しませてもらえよ。
あんときゃまるでセックスにならなかったろ」

宮崎がのろのろと車を出て行った。

「じゃあ婦警さん、おっぱじめるとしようか」

山口が美幸の服をもどかしげに脱がしにかかる。

「(もうどうにでもなればいい――)」

あのケダモノ達に散々犯された。
そして愛する男(ひと)も自分から去って行った。
もう自分に失うものなど何もないのだ。
半ば自暴自棄になり、山口のなすがままに身を任せる美幸。
またたくまにカーディガンが脱がされ、セーターがたくし上げられる。
ベージュのブラに包まれた双球が露わになった。

「クックックッ・・・・ やっぱりいい身体してやがるな。
婦警さん、せっかくなんだ、お互いたっぷりと楽しもうじゃねえか」

山口の卑猥に歪んだ顔が美幸に迫り、キスを求めてくる。
その醜悪な表情に美幸は思わず目を瞑り顔を背けた。
その時・・・・ 美幸の脳裏に浮かんだ中嶋の優しい笑顔。
自分を誰よりも大切に思ってくれ、愛してくれた男(ひと)。
そして自らも心から愛し、初めて自分自身を捧げた相手。
たとえその身は犯され、あのケダモノ達の責めに屈して一時的にその性奴隷と
堕ちたとしても、中嶋への想いだけは決して変わらない。たとえ彼が自分を
受け入れてくれなくても自分は中嶋を愛しているのだ。


「いやっ、やめてっ!」

反射的にぐっと山口の胸を押し返した。
やはりこんな男に二度と身体は許せない。

「やめてっ! いやっ! 離してっ、離してったら!」

手足をばたつかせ、懸命に山口を跳ね除けようとするが、
その抵抗が逆に山口の加虐心に火をつけてしまった。

――ビシッ! バシッ!

美幸の頬を往復する激しい痛み。さらに鳩尾に強烈な拳の一撃が打ち込まれた。

「うぐっ!」

一瞬、意識が飛んだ美幸の両手を素早く後ろ手に回し、手際よく日本手拭で
縛り上げた。

「なっ・・・・ 何をっ!」

山口はいったん身を起こし、勝ち誇ったような表情で美幸を見下ろした。

「どうだい婦警さん、あの連中に犯された時と同じ状況にしてやったぜ。
思い出すかい」
「いやっ・・・・」

悪夢がフラッシュバックし、美幸の顔が恐怖に歪む。
「おおっ! いいなあ、その表情。婦警さん、やっぱりアンタはただ
セックスするより、とことん犯して、犯して、犯しぬきたいタイプだぜ。
まあせいぜい無駄な抵抗をしてくれよ。そのほうがいかにもレイプって感じで
こっちも燃えるからよ」
「いやっ、やめてっ、やめてったら! 離してよっ!」

必死にもがき暴れる美幸だが、両手を拘束され、狭い車内で完全に
組み敷かれてはどうにもならず、山口のなすがままにされてしまう。
いや逆にその抵抗こそが彼のどす黒い獣欲を一層煽り立てているのだ。

「そうそう、それでこそ犯りがいがあるってもんだ」

山口が美幸の背中に手を回してブラのホックを捻ってパチンと外せば、
ブラに包まれた双球が締め付けを失ってプルンと揺れた。
さらにその手をタイトスカートの中へ突っ込み、大腿部に這わせながら
それを腰周りまで一気にたくし上げれば、ブラ同様のベージュのショーツに
包み隠された恥丘が露わになる。

「いやぁぁぁぁ!」

犯される。またこのケダモノに犯されるのか。
プロポーズの後に囁いた中嶋の言葉が脳裏に蘇った。

――いつどんな時でも、たとえ何があろうと、小早川の事は俺が一生守ってみせる

「いやっ、やめてっ、助けてっ、助けてっ、中嶋くん、中嶋くん、中嶋くんっ!」

だが、その口を片手で挟みつけるようにして押さえつけ山口が美幸に引導を渡す。

「バカな女だな、あの野郎がいまさら助けになんか来るわけがねえだろうが!
あきらめるんだな婦警さん、あんたはまた俺に犯されるんだよ」

ショーツのサイドに山口が指を掛けてぐっと鷲掴んだ。

「たっぷりと可愛がってやるぜ」

山口の手が動き、ショーツを引き摺り下ろそうとしたまさにその時、
突然、山口が座っていた側のドアがばたんと開けられ、大きな人影が
車内に侵入してきた。

「小早川っ!」

中嶋は山口のジャケットの首元を引っつかむと、凄まじい力で彼を外へと
引きずり出し、倒れ込んだ山口を馬乗りに砂浜に組み敷いた。
すぐその横では顔面に青痣を作った宮崎が呆けたように女座りしていた。

「きさまっ、小早川に何をする気だっ!」

中嶋はあらん限りの力で山口を何度も殴りつけた。すでにその拳は血まみれだ。

「やめてっ! 中嶋くんっ、それ以上殴ったら死んじゃうっ!」

美幸の悲鳴で我に返った中嶋は、車に戻って美幸の拘束を解いてやった。

「小早川っ! だ、大丈夫だったか」
「中嶋くんっ!」

思わず抱きしめあう2人。
中嶋は美幸から事情を訊くと、倒れたままの山口の元へ取って返し、
襟首を掴んで引きずり起こした。

「写真とネガを出せ、出すんだっ!」

山口が顔を背けた。
中嶋は再び山口を砂浜に押し付けて殴りつけ、見る見るうちに山口の顔が
腫れ上がっていく。

「こ、こんなこと・・・・ 警察官がしていいのかよ・・・・」

山口が弱々しげに反抗する。

「うるさいっ、そんなことは関係ないっ! 出せっ、出せっ、写真とネガを
全部出すんだっ!」

中嶋は山口の身体を荒々しくあらため、写真と内ポケットの中に入っていた
ネガフィルムを取り出した。

「これで全部なんだな! 間違いないなっ!」
「あ・・・・ ああ・・・・」

真っ赤に腫れ上がり、血に染まった顔をゆがめながら、山口が頷いた。

「これ以上小早川に近づいてみろっ! 今度はこんなもんじゃすまないぞっ!」

中嶋は山口を引きずり起こすと、もう一度突き飛ばし、山口はよろけて
宮崎の横に倒れ込んだ。

「消えろっ! オマエらっ! 二度と俺と小早川の前に顔を出すなっ!」



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