サンセット・ダンシング / 淫乱遊戯・前
				
				電話が鳴る。
				男との通話を切って、三十分ほどがたっていた。そのまま、力が抜けたように机の前に坐り込んでいた夏生は、弾かれたように顔を上げる。
				驚く必要なんかない――自分に言聞かせる。壱岐への電話に決まっているのだ。だが、
				夏生は胸が騒めく息苦しさに大きく吐息した。だったら何故――こんなところに、へばりついている――
				克美が戻ったら、追い出される――男の言葉が耳の底にこびりついていた。それを否定する何も、夏生にはなかった。そうなったら、
				どうしたらいい――どこに、行ったら――家に、帰らないためには――
				コール音は留守番電話に切り替わり、事務的な壱岐の声が応えはじめる、それにかぶせるように男の声が響いた。
				『下りてこいよ――迎えに来てやったぞ――』
				それだけ告げて、通話は切られた。
				意外だとは、思わなかった。予想していたと言うのではない、もっと悪い、
				夏生はそれを、期待していたのだった。
				
				男は、
				マンションの前の道に車を止め、車体にもたれて煙草をふかしていた。エントランスのガラスドアを押し開けて出てくる夏生の全身を、舐めるように見まわした。
				その視線に気づいて、夏生の脚が止まる。
				「それは、克美の服か――」
				嘲ら笑うような男の声だった。夏生の顔が、カッと火照り上がる。壱岐らしい地味なグレーのシャツとズボンは夏生には大きすぎるパジャマのように見えた。腰を被うシャツ、足首で折り上げたズボン、それを、夏生は下着もつけず、素肌に着ていた。薄手のコットンは夜風にあおられ、やわらかなドレープを描いて肌に貼りつき、はためく。
				胸に、腰に、脚に、自分の体の線が、男の目に曝されている――
				ズキリと、奥深いところが疼いた。
				「乗れよ――」
				射竦められたように突っ立ち、動こうとしない夏生に、笑いを噛み殺した横顔を見せて男は車に乗り込んだ。
				
				重い沈黙を乗せて、車は深夜の町を走る。背後に壱岐の部屋のドアが閉まった、その瞬間から夏生の胸を噛みはじめた後悔はどす黒い尾でその全身を絡め取っていく。
				暗い車室に坐って軽快な振動に身を委ねながら、夏生は闇の底に沈み込んでいくような失墜感覚にとらえられていた。
				ネオンサインと街灯をちりばめた闇――夏生の日常からかけ離れた別の世界に引き込まれていく――ような。
				これは‥‥夢かもしれない‥‥
				ふと、思ってみる。目覚めれば、潔癖な母が切らしたことのないハーブの匂いのしみついたあの家に、自分の部屋の、清潔なシーツにおおわれたベッドにいるのかも‥‥息苦しいまでに平穏な、あの現実に。
				突然、泣きたいほどの郷愁に襲われて、夏生は低く、呻いた。
				「どうした――」
				夏生の現実が聞いた。闇の中をのびてきた手が、夏生の股間をつかみ上げる。
上擦った声を上げ、夏生は身を固くした。
				「やめて‥‥」
				食らいついた手首をつかみ、引き剥がそうとした。
				「暴れるなよ――事故るぞ――」
				男の声は太々しかった。手は執拗にとらえたものを弄ぶ。夏生は抗えなかった。ドクリと、熱い潮がうねりあがる。ズボンの薄い布地ごと握り込まれ、揉みしだかれて、
				妖しいうねりに下腹を震わせるまでに、さして時間はかからなかった。
				「あ、はあ‥‥」
				ゆるんだ口から甘い吐息が洩れる。
				男は片手で夏生を嬲りながら、巧みにハンドルをさばいていた。布地ごしの刺激のもどかしさに我知らず、夏生が腰を浮かせた、その上体がのめった。
				「残念だな――ついてしまった――」
				硬く立ち上ったそれを残して、男の手が離れる。
				街灯の光に、鈍く光る陶製タイルの壁が車窓の闇に浮かび上がっていた。
				
				
				
				プライベート・オフィスだという男のマンションは七階建ての二階の2LDKだった。黒レザーの応接セットと木調のキャビネット、デスクトップ・パソコンを置いただけのリビング、無言のまま夏生を引き入れた男は有無を言わせずそのソファに夏生を坐らせて背広を脱ぎ、ネクタイをゆるめる。
				怯えをにじませた視線で男の動きを追っていた夏生がその時、すすり泣くように喘いだ。
				「嫌だといえば、しない‥‥あなたは言った‥‥」
				「そうだったか――」
				白々しく、男は嗤った。
				「壱岐さんのこと‥‥教えてくれる‥‥とも、言った‥‥」
				「克美の――何が知りたい――」
				前に立った男は夏生の右手首をつかみ、ソファの端に歩く。
「あなた‥‥壱岐さんの何なんですか‥‥」
				夏生はすでに車の中で抗う気力を挫かれていた。人形のようにされるがままになりながら、それでも震える声を絞る。
				「克美は、叔父さ――」
				「え?‥‥」
				苦笑を含んで言い捨てソファの肘掛の陰から何かを引き出した。男を追って首を巡らせかけた夏生の動きが止まった。
				「克美の長兄が――俺の親父だ――」
				不意に、その手首が引かれ何かが巻きつけられる。
				「な?――」
				怯えた視線が跳ねる、その視線の先で手首は皮のストラップに固定された。思わず泳がせた左手首を、体を返した男がつかみとり反対の端に力まかせに引いた。
				夏生が喘ぐ。
				「克美は――祖父が六十になって愛人に産ませた――庶出の叔父だ――」
				男はゆっくりと前に戻ってくる。左右に一線に引き伸ばされ拘束された腕を引き戻そうとして夏生はもがいた。
				「無駄だ。ベルトはソファの脚に固定してある」
				背を屈め、右足首をつかみ、ソファの上に開かせた男は肘掛の下のベルトで同様に固定した。
				「嫌だ――」
				夏生が擦れた悲鳴を上げる。
				「それは――残念だな――」
				薄笑いを浮べ左の足首も固定すると、男はソファの前のロウ・テーブルに腰を据えた。
				「克美は――こうされるのが好きだがな――」
				「壱岐‥‥さんが‥‥」
				愕然と呟く、夏生に舐めるような視線を這わせながら唇の端をつりあげた。
				「克美もそうだが――君もなかなか感度がいいじゃないか――」
				ゆっくりとシャツのボタンを外していく。そして、ソファの上で左右に大きく開かされた脚の付根をなぞり上げた。そこに、車の中ですでに男によって硬く立たされたものが、やわらかなズボンの布地を押し上げている。
				「ヒッ‥‥」
				喉を鳴らし、夏生が腰を浮かせた。ズボンのボタンも外し、前を開いた男はやんわりとそれをつかみだし、ぬめりを帯びた先端を指に挟み、ぐりぐりと押し転がした。
				「ヒ――ッ‥‥」
				たまらず、夏生は首を振って仰け反った。
				「やめ‥‥やめてッ――‥‥」
				「いいな――たまらないね――」
				淫靡に擦れる声でささやき、男は立ち上った。そのまま離れていこうとする男に、夏生は荒い息に胸を喘がせながらすがるような視線を向ける。
				「岩間‥‥さん‥‥」
				はじめて名を呼んだ夏生に歪んだ笑みを残し、男は隣室に消えた。
				しかし、男はすぐに戻ってきた。そして手に持っていた箱をテーブルの上に置き、中のものをつかみ上げた。
				「俺が嫌ならしかたがない――今日は、かわりに、これを入れよう――」
				それは、漆黒の男根だった。さらに小瓶をとり、すくいだしたゼリー状のものをなすりつけ、夏生の上に屈み込む。
				恐怖に、目を見開いた夏生が、激しく身を震わせた。
				「嫌――嫌だ――ッ‥‥」
				悲鳴が途切れる。焼けつくような痛みとともにぬるりと侵入してくるものに、全身を硬直させ、夏生は息を詰めた。
				「痛みは始めのうちだけだ――じきにたまらなくなる――」
				熱い息を吹きかけ、男がささやいた。
				カチリと、体の中で小さな音が響き、痺れるような振動が湧き起こる。
				「ああッ――」
				「しばらくは楽しむんだな――」
				夏生の上から離れた男が箸ほどの細い棒を取り上げた。それにもゼリーを塗り、夏生の顔の前で振ってみせる。
				「何を‥‥するんですか‥‥」
				「簡単にいってしまっては、君も物足りないだろ――」
				震える声に応え、男は、ビクビクと頭を振りはじめていた夏生のものをつかみ、指で先端を固定するとゆっくりとその棒を押し込んでいった。
				そのものを貫いて逆流する灼熱感に、腰をずりあげ、夏生は咽び泣いた。
				「痛いッ――やめて――ッ――」
				だが、男が、止めるわけもなかった。
				箱の中からさらに、ボール状の猿ぐつわを取り出して夏生に噛ませ、太いベルトを胸に巻いた。ブラジャーのように左右の乳首の上が半球状に盛り上がったそれは、男が中央のスイッチを入れると、うねるように振動しはじめた。乳首を摘むように揉み上げられ、夏生は腰を振って身悶えた。
				ソファにはりつけられたように左右に引き伸ばされ固定された両腕をしなわせ、膝を立てたまま大きく開かされた両脚で腰だけをくねらせる、なおいっそうの淫らさに、男は熱っぽい目をあてていたが、
				やがて、背を向け、離れていった。
				男が戻ってきたのは、それから三十分ほどもしてからだった。
				バスローブのしたの肌を火照らせた男が、夏生の口から猿ぐつわをはずす。
				「楽しんだかな――」
				顎をつかみ仰のけさせた顔を覗き込むように男は言った。
				「も‥‥やめて‥‥いかせ‥‥て‥‥」
				涙と涎で光らせた顔を歪め、夏生は哀願した。
				「いいとも――これをなんとかしてくれたらな――」
				「ヒッ‥‥」
				バスローブの前を開いた男の股間に目をやった夏生が悲痛に喉を鳴らす。剥げ落ちるように、顔から表情が消えた。
				「口を開けろ――」
				両手ではさむように頭をつかみ股間に引き寄せた男は、容赦なく、半ば勃起したものを含ませていった。
				硬い肉の棒に喉の奥を突かれ、咳き込んだ夏生が思わず逃れようとして首を引く。男は腕に力をこめ、一気に突き入れた。苦しさに、くぐもった呻きを上げる、夏生の薄い肩が捩れた。眉根を寄せ、固く閉した眦からとめどなく涙を流す。こみあげる吐き気に苛まれ背中が波打った。
				男は夏生の喉奥深く突き入れた己れを舌の上まで引き戻し、汗で濡れた額から貼りついた髪を掻き上げた。
				「銜えているだけか?舌を使えよ――」
				ぎこちなく舌を使いはじめた夏生は、さらに言われるままに、見る間に口の中でその容積を増していくものを吸い上げた。
				小刻みに体を痙攣させ続ける、夏生は自分の股間を責め嬲る刺激に駆り立てられ、懸命に、口のなかの男を吸いねぶっていた。
				突然、男の手が引きむしるように髪を鷲づかみにする。熱い迸しりが口蓋を叩きつけ、異臭が鼻をついた。
				口のなかを充たしていたものは、萎え果てていた。
				「こぼさないでくれよ――汚されては困る」男はゆっくりと体をずらし夏生の口を解放した。
				「呑めよ――」
				夏生は、啜り泣きながら、それを呑み込む。塞き止められた欲望に腰を炙られ、ソファに股間を摺りつけるように揺らしながら、男に哀願した。
				「もう‥‥いいでしょ‥‥早く‥‥いかせて‥‥」
				「初めてにしては、なかなかだったが――」男はそう言いながらも、薄笑いを浮べ首を傾げた。
				「困ったな――君がこれほど、そそるとは思わなかった――」
				夏生に見せつけるように、自らの股間に下ろした手のなかのものを弄ぶ。それは再び黒々としたぬめりを放って立ち上がりかけていた。
				「どうしたらいいかな――」
				一瞬、押し黙った夏生の口から細く、嗚咽が迸しった。
				「いやだ‥‥もう‥‥いやだ‥‥やめて‥‥赦して‥‥もう、いかせて‥‥」
				身を捩ってむせび泣く夏生に追い打ちをかけるように、男の手が夏生の股間にのび握り締めた手に、双球をきつく摺り合わされて、夏生はソファの背にずり上がるように仰け反っていた。
				「はあッ――ひィ〜〜〜〜〜〜」
				男は夏生の頭を抱え込むように耳に熱い息を吹き込む。
				「入れさせて――くれるかな――」
				夏生は、声もなくうなずいていた。
				
				手足の拘束を解いた男は胸のベルトを外しただけで、脚が萎え立つこともできなくなった夏生を、その体を抱えるように、浴室にともなった。
				後ろを犯していたまがい物の男根を抜き去り、生身の楔を打ち込む。
				激しく腰を使いながら、前を開放したのは自分が登りつめた刹那――だった。
				視界が曝れる灼熱感のうちにありったけのものを放って、夏生は意識を失っていた。
				
				
				
				寝台に体を投げ出したまま、夏生はぼんやりと天井を眺める。
				あれから三日が経っていた。
				あれほどに弄ばれながら、夏生はまだ、男のマンションにいた。
				あの翌日――
				目覚めたのは、午後になってからだった。夏生は贅沢な広さのWベッドに一人で寝かされていた。口のなかに不快な唾液がたまっている。身動げば全身が軋る。その部分が、爛れるように熱く脈打っていた。
				全裸だった。
				昨夜のことが脳裏に甦り、小さく呻いた夏生はシーツの中で身を捩る。
				もう‥‥いやだ‥‥
				胎児のように体をまるめ、痛め付けられたものを両手で包み込む。
				空腹感はなかった。
				ただ、すべてのことを忘れてしまいたかった。嬲り苛まれながら、それでも感じ、貪らずにはいられなかった灼熱感、それをもたらした岩間崇人という男、そして何より、それら全ての誘因となった――
				壱岐‥‥さん‥‥
				シーツに顔をすりつけて啜り泣きながら、だが夏生は自分がその男の名を口の中に唱え続けていることに、気が付かなかった。
				
				
				
				二度目に目覚めたとき、陽はすでに落ちていた。寝台を這い出し、手探りでスイッチを探した夏生は白々と照らしだされたリビングのロウ・テーブルの上にスペアキーと三枚の一万円札を見いだした。メモがそえられていた。
				服を買え――と、それだけのメモだった。男は、いなかった。
				再び壱岐の服を着て夜の町に出た夏生は生まれて初めて自分で服を買った。
				母親だったら決して買わないだろう古着屋で洗い晒したシャツとズボン、皮のサンダルを。コンビニで下着を買い、バーガーショップで食事をして――男のマンションに帰った。
				その夜、男は現われなかった。
				男が現われることを怖れながら、日を送る、夏生は、それでも男のマンションをでようとはしない自分が不安だった。
				この先、どうなってしまうのか――
				男を怖れながら、その存在を思い浮べるたびに熱い疼きが股間を突き抜ける。胸の奥を爛れさせて淫靡な期待がくすぶっていた。
				どうしたらいいんだ‥‥壱岐さん‥‥
				不安から逃げるように昼の間はあてもなく街を歩き回る、夏生が無意識に呼びかけるのは壱岐だったが、思い浮べるのは男の顔だった。
				その男が顔を見せたのは四日目、昼間買ってきたままわずかにつついただけで箸を置いた弁当を前に、ぼんやりソファに腰を沈めていた夏生は感情の欠落した視線を向けただけで、何も言おうとはしなかった。
				「どうした――食べないのか――」
				男は人を食った笑いに片頬を歪め、夏生の横に腰を下ろした。
				「あなたは‥‥壱岐さんにも、あんなこと‥‥するんですか‥‥」
				背後から抱え込むように胸に回した手でシャツのボタンを外し、夏生を脱がせにかかっていた男の動きが止まる。
				だが、それは夏生自身、思いもしなかった問いだった。
				何を‥‥聞いている‥‥
				自分の言葉に戸惑い、我に返ったように男の腕を逃れようと身を捩る夏生を、男は強引に抱きすくめた。
				「あんなこと?――」
				「ソファに‥‥しばりつけて‥‥壱岐さんは、それが好きだって‥‥」
				「ああ――」
				男の手がズボンのなかに潜り込み、夏生をとらえる。
				「やったのは、親父だ――俺はもっとストレートさ――」
				自分の言葉を証明するように秘裂を押し広げてぬめり込んでくる指に、背を強ばらせる、夏生はくぐもった呻きを上げた。
				「君のここは――もっと馴らす必要があるな――」
				固く締まった肉を揉みしだくように抉り回され、夏生の腰が浮いた。
				「‥‥兄弟‥‥なのに‥‥」
				「親父は――克美を弟とは思っていなかったからな――それより、君はどうなんだ?――」
				背中にのしかかり、耳に口を寄せた男の声が、熱い‥‥
				「して――やろうか?――」
				「‥‥い‥‥やだ‥‥」
				一瞬、声を呑んだ、夏生の逡巡を見透かしたように男は嗤った。抱きすくめていた体を押し離し、ソファを立つ。
				そのまま、呆けたようにソファに腰を落としていた夏生がふと顔を上げる。その視界の外れで、ネクタイを緩めながら離れていく男の背中が寝室に消えた。
				それきり、男は戻ってこなかった。
				開け放たれたままの寝室のドア、その矩形の闇を、夏生は今、じっと、見つめる。
				火を点されたまま、放り出された体が――焦れていた。その淫靡な疼きを噛み締め、押し潜めるように身動ぎもせずに、夏生は待ち続けた。
				男は、戻ってこなかった。
				やがて、
				ゆらりと、微風にあおられたように立ち上がった夏生は漂うように歩きだす。
				闇の中で壁のスイッチを入れる、皓々とした照明の下で、男が腕で顔をおおった。
				ネクタイを外しただけでYシャツもズボンも着けたまま、男は長々と寝台に横たわっていた。
				「眩しい――」
				見下ろす、夏生の胸に腹立たしさが小さな渦をまいていた。何故‥‥
				「しないん‥‥ですか‥‥」
				男はわずかに上げた腕の下から表情の見えない視線を向けた。
				「言ったろうが――俺は基本的にはストレートだ。あんなことは滅多にしない――」
				「あんな‥‥道具を持っているくせに‥‥」
				「あれは――親父の形見だ――この、マンションもな――」
				面倒臭げに言って、不意に何かを思いついたように唇を歪めた、男は両肘をつき、頭をもたげた。
				「君は――可愛いな――君を見ていると親父の心境がわかる気がする――」
				「やめてください――だったら何で‥‥さっき――」
				ドサリと、頭を落として男は吐息した。
				「その気に――なると思ったが、ならなかった――それだけだ。今日は寝たい――君はソファを使ってくれ――毛布は戸棚に入っている」
				「嫌だ――」
				「嫌だ?――」
				「このままじゃ――眠れない‥‥」
				むずかるような、夏生の声だった。宙を見据えたまま、応えない男はしかし、やがてごろりと肘枕で横臥した。
				「その戸棚に――」
				夏生の背後を指差す。
				「箱が入っている――」
				自ら求めた結果だったが。早くも後悔に駆られ、夏生は立ちすくんだ。
				「いいのか――」
				醒めた男の声に背中を押されたように、夏生は戸棚から取ってきた箱を寝台の、男の傍らに置いた。
				「裸になれ――」
				のそりと上体を起こし寝台の縁に腰をかけた男は箱を引き寄せ、中のものを物色していたが、着ているものを脱ぎ落とした夏生に顔を上げる。
				夏生は、男が取り出したものに、視線を釘づけられていた。
				この前と同様の漆黒の男根、だがこれには一本の長いコードと長短のT字状の皮のベルトがとりつけられていた。
				そして、あの胸のベルト。
				男はまず、胸にベルトを巻き、スイッチを入れた。その刺激に呼び覚まされた快感の記憶に夏生は細く、吐息する。
				「向こうを向いて両手をつくんだ――」
				つかのま、息を止めた夏生がのろのろとそれに従った。
				男の前にそこを曝して犬のように床に這う、そのことにカッと全身が火照る、だが同時に、痺れるような灼熱感に股間を貫かれる、夏生のものは早くも形を変えはじめていた。
				期待が――そこに、凝集していく‥‥躍り上がる鼓動に、弾む息を押し殺して体を震わせた。
				塗りまぶされたゼリーの、なめらかな感触でそれが押し入ってきたとき、その質量のもたらす圧迫感に、夏生の息がつまった。
				男が馴らす必要があるといったそこは限界まで押し広げられ、ピリピリと張り裂けていくような痛みに、夏生を脅かす。男は、容赦がなかった。内股にかけた両手で大きく股間を開かせ、取りつけられていたベルトの一端を双球の根元に巻きつけた。
				「立って、両手を後ろに回せ――」
				夏生はぎくしゃくと立ち上がった。その左右の手首を一まとめにもう一本のベルトで腰の後ろに拘束した男は、股間から垂れ下ったコードの先端を手に寝台を離れ窓際に向かう。
				後手に拘束された手首のベルトはわずかでも屈めば挿入された異物を後方に引き上げ、さらに、双球の根元を締め付ける。否応なく胸を突き出すように背をそらした夏生は、股間に垂れたコードを引かれ、もつれるような脚取りで男の背に続いた。
				壁のコンセントにソケットが差し込まれる、その手元で、カチリとスイッチが入れられた――刹那、
				グウン――と、下腹を突き上げる激しい衝撃に腰を泳がせ、夏生は大きく仰け反った。「ひァァッ――――」
				思わず上げようとした腕にベルトが引かれ、体内の異物が跳ね返った。内臓をこねくり返されるような異様な圧迫感に、たまらず、床にへたりこむ。上体がのめる、再び繰り返される衝撃に、夏生は床に倒れ伏した。
				「苦しい‥‥出して‥‥これを‥だして‥‥」
				寝台に戻り、再び横たわった男は夏生に視線を向けようともしなかった。
				「しばらく我慢するんだな――そのうち、よくなる――」
				夏生は呻いた。
				身を反らせば胸への刺激がたまらないものになる。だが、屈めれば――
				床の上で、蛇のように身をくねらせて、夏生は悶えた。
				それがどのくらい続いたのか、
				男は、眠ったように沈黙していた。
				夏生はいつか、床に突伏し、股間に漲り立った分身を床に摺り付けるように、激しく腰を揺すっていた。