VOL2−5
男は声もなく床に倒れこむ。 「シェラム様 ――」 駆け寄るイクルの背をも、矢は襲う。 イクルの叫びに、男の上に折り重なって倒れた音に、弾かれたようにテッサは椅子を立った。 見えるものに、凍りつく。 開け放たれた扉の前に一塊となって横たわった体のまわりに、見る間に暗い淀みが広がっていく。 うつぶせたイクルの顔は見えなかった。だが、半面を流れ出る血に浸して、目を閉ざした男の顔は―― テッサは喉元にせり上がる叫びを必死で押し戻した。 「立つんだ! リュー!」 かすれた声を絞りだす。リュールは、呆然と目を見開いたまま、椅子に凍りついていた。その体を抱えるように引き起こす。意識せぬまましがみついてくるリュールを抱えて、テッサはガクガクと崩れそうになる膝を励まし、歩きだした。開かれた戸口の闇の中を駆け向ってくる乱れ立った足音がテッサを狩り立てていた。 逃げなければ‥‥ リューを‥‥逃がさなければ‥‥ それだけを、呪文のように念じながら。 だが、どこへ――窓はどれも高く狭かった。戸口には矢を放ったものたちが迫っていた。奥へ。館の奥へ、テッサは闇の中を逃げ口を求めてよろめき進んでいった。 不意に、背後から光が射した。 「いたぞ!」 瞳を絶望に染めて、テッサは振り返った。 逃れようがなかった。 力の抜けてしまった足で辛うじてリュールを支え、立ち尽くす。 襲撃者たちは、かかげた松明の火を揺らして、足早に駆け寄った。それは数人の、黒衣の弓騎兵――王の近衛隊士だった。 黒騎兵たちは威圧するように二人を取り巻き、抱き合った二人の体を荒々しく引き剥がす。テッサを求めるリュールの手が、弱々しく宙を泳いだ。 「リュー――」 悲痛な声を上げるテッサに、向けられる菫色の双眸は、だが、心のうちの何かが打ち砕かれてしまったかのように、虚ろだった。 騎兵たちは意に介さなかった。そのまま、引きずるように二人を引立てかけて、つと、その足を止めた。 「閣下――」 ゆったりとした足音を響かせて松明の光の中に浮かび上がる人影に、テッサは身を強張らせる。 「捕えたようだな――」 砂色の髪にふちどられた鋭角的な細面に灰青色の双眸が酷薄な光を宿す、昼間、城の広間でカムサンを尋問した王がギュランと呼んだ黒衣の騎士だった。テッサは知らない。 ただ、 この男が‥‥命じたのだ‥‥ 騎兵たちの手にする松明に照らし出された、そこは、館の主の寝室だった。シェラムに伴われて櫃のある小部屋にいくために通り抜けてから、わずか一時も経ってはいない。そのシェラムは何本もの矢に射抜かれて血に染まり倒れた。不意に、テッサの双眸に涙が盛り上がり頬を伝って流れ落ちていった。 「人殺し!」 テッサは押し殺した罵りを浴びせた。 それが。捕えられた二人を見比べつつ歩み寄った騎士の心を決めさせたか、 騎士は、テッサの前に立った。 短剣を抜き、身を凍らせたテッサの胸倉をつかみあげると、喉元から差し込んだ刃先で一気に服を切り裂いた。 鋭く、喘ぐ息が、テッサの喉に弾ける。断ち切られた革帯が足元に落ちた。騎士は裂目に手をかけ、切り裂かれた胸元を左右に引き剥いた。 松明の明かりの中に、鮮やかに白い胸が露になる。まだ未熟な、だが、顕らかに若い女のものと知れるふっくらとした胸が。 見下ろす、騎士の双眸が暗い翳りを帯びた。 「陛下は小僧一人を捕えよと申された。どちらかと思ったが――」 騎士の合図に、リュールが引かれていった。他の隊士もそれに続く。 切れ上がった双眸で、テッサは目の前の男を見上げた。殺される‥‥そう、思った。死ぬのは、恐くない‥‥悔しいだけだ‥‥ だが。 男にはすぐさま殺す意思はないようだった。 その左手が上がり、背後から両腕をつかまれたテッサの顎をつかみ上げ、ゆっくりとその頬に短剣を滑らせる。 「小娘が! おとなしくしておれば見逃してやったものを――」 見る間に盛り上がった血が刃を追って伝い落ちていった。 嬲り殺しに‥‥されるのか‥‥ 初めて。鋭い痛みに喘ぐ、テッサの双眸に怯えが走った。 それでも、歯を食いしばって睨みあげる娘に、男の両眼が、ぬめりと光る。 不意に、押さえつけられていた腕が放された。背後を、一人残っていた騎兵の足音が去っていく。 「裸になれ」 顎先で部下を追った男は足音が消えるのも待たずに、テッサに命じた。 きつい視線を据えたまま、テッサは動こうとはしなかった。テッサの顎をつかんだ男の指に、力が加わる。喉に食込む指に、テッサが悶えた。爪を立て、引き剥がそうとする、こころみは、だが、虚しかった。じきに力尽きた、その腕が落ちる。 「脱げ」 指を緩めた男が、再び、命じた。 顎をつかまれたままぐったりと胸をあえがせるテッサに、じわりと力がこめられる。 虚ろに見開かれていた双眸が閉ざされた。慄く腕が上がり、切り裂かれた服を脱ぎ落した。 男は舐めるような視線を這わせる。 こらえようもなく震える、それは。細く引き締まった、少年のようでありながら、脹らみかけた胸に、柔らかな線を描く腰に、初々しく匂い立つ女を感じさせる裸身だった。 服と共に切られたか、その細腰からなめらかな下腹に一本の赤い線が走り、伝い落ちる血が淡い茂みを濡らしていた。 血は玉になって滴り落ちる。男の短剣の先がその雫をとらえ、すくい上げるように股間をすり上げた。 ひやりと冷たく内股を舐り、茂みを突きあげこね回すものに。ちりちりと走る引攣れるような痛みに。テッサは息をつめ、閉ざしていた双眸を見開いた。そこに、酷薄に笑み歪む顔がある。不意に、灼けつくような痛みが股間を刺した。テッサは喘いだ。じわりと切り裂かれていくその感触―― 「や‥‥やめて‥‥」 見えないことで煽りたてられた恐怖に、身動ぎもできずに竦み立つ裸身を刃は嬲る。 柔らかな脇腹に、ふくよかな乳房に、押しあてられ、なすりつけられる刀身に、テッサは喘ぎ、啜り泣いた。 一思いに殺されるなら‥耐えられる‥‥でも、これは‥‥ 「助けて‥‥」 「なんだと」 テッサは、目を瞑った。 「助けて‥‥ください‥‥」 眦から、また新たな涙が伝い落ちた。 待っていたように、声が、いたぶる。 「己れでも。助かりたいか」 血に汚れた刀身をそそけだつ肌で拭うだけ拭うと、男は短剣を収めた。 束の間、鉄刃の感触から解き放たれたテッサは半ば虚脱したように、戦き立つ。その胸を、男の手が鷲掴みにした。手の中で震えるふっくらした乳房をおもいきり握り拉ぐ。一瞬強ばった体が、激しく捩れた。苦痛に、眉根が歪む。頭一つ高い男に顎をつかみ上げられたまま爪先立った脚先が床を掻いた。 「あ‥‥ああっ‥‥」 唇から漏れる喘ぎに。男の双眸が暗い愉悦に細められる。薄紅色の乳首を摘み、爪を立てた。容赦なくこじり、捏ね回した。 「赦して‥‥もう‥‥あっ‥‥」 痛みに震え、哀願する、テッサの両手が、必死に胸からひき剥がそうと、男の手を掻き毟った。鉄の罠のように食い込んだ指はびくともしなかった。執拗に責め嬲る。 突然、男の両手に重さが加わる。力の抜けた膝をふるわせて、胸を拉ぐ手首に縋りついたテッサに、ようやく、その手の力を緩める。 「立て」 痛めつけられた胸を押さえ、テッサが震える脚を踏みしめた。仰向かされたままの顔に、眦に、とめどなく涙が伝い落ちていく。 それでも。その顔に卑屈さの片鱗もなかった。少年のように硬質な顔の中にはいかに貶しめても、貶しめきれぬ何かがあった。 自らの血で汚された白い肌は凄艶でさえあった。 そそられたように、男の双眸に無残な期待が凝る。 骨張った指がすんなりと伸びた大腿を割り、淡い茂みを、茂みを宿す小さな丘を荒々しくつかみ上げた。柔らかな襞奥に指がめりこむ。 息を呑むテッサの喉がひきつれた。上体がゆれた。もみしだくように、男はさらに深く突き入れたその指の数を増していった。 テッサが嗚咽を迸らせた。深々と呑まされた指が柔らかな奥襞をこすりあげる。舐り、抉る。 「生娘とは思っていなかったが、弛みきってもいないか‥‥案外のものよ‥‥」 不意に。突き落とすように手を放され、崩れるようにその足元に蹲ったテッサに、男は昂ぶりかすれる声を浴びせた。粘り着く視線を当てたまま、己が前をまくり上げる。 「助かりたいのであろう――どうした。まだ終わってはいないぞ――」 テッサは震える体を引き起こした。男の前に跪き、すでに半ば起ち上がったものを引きだす。 「口を使え」 声が、押しかぶせる。テッサは男の股間に顔を埋めた。すぐに、ぎこちなく唇を這わすテッサの頭を両手でつかみ押さえ、自ら腰を使いはじめた。 突き込まれる昂ぶりに口を封じられたテッサの背中が悶える。くぐもった呻きに細い喉が震えた。 やがて。猛りたった男は股間からテッサの顔を引き剥がした。壁に縋らせ、後ろからのしかかるように深々と刺し貫く。 前戯も施されぬまま、乾いたままの体は軋み、裂け、血を滴らせる。テッサの口から、噛み殺し切れぬ苦鳴が迸った。 激痛に、逃れようと悶え捩れる白い体を、腰をつかみ押さえこんだ男は、抉るように突き上げた。繰り返されるその衝撃に、まとめていた髪が解け、白い背に散りかかった。 力なく、壁に縋る上体がゆれる。脚は、すでに萎えていた。深々と穿たれた熱い楔に繋がれ辛うじて身を立てていたテッサの背で、一瞬、息をつめた男が果てた。 ずるりと、股間を埋めていたものが引き抜かれていく。男の体が離れる。支えを失ったテッサは壁を伝い落ち床に蹲った。だが男はそれで、赦そうとはしなかった。髪をつかみ引き起こしたテッサの顔を己れにあてがい口で清めさせたのだった。それが終ってようやくに、男はテッサを解放した。 男が立ち去る足音を聞きながら、床に蹲り苦痛に震える体を己が腕で抱きしめる、テッサは歯をくいしばったまま、泣いていた。声も立てず泣き続けるテッサの肩が小刻みに震える。その肩が、不意に強張った。 近づいてくる、足音があった。 まだ‥‥終わってはいなかったのだ。いや。始まりに、すぎなかったのだ――と。 壁に残された松明の灯りのなかに現れた新たな男の姿に、テッサは、苦痛に歪んだ顔を上げた。 己が欲望を充たした男は、一時の休息をとる間、隊士に慰みを許した。次々と、入れ代わり立ち現れる男たちにテッサが蹂躙され続けている間、館の食料を食い散らし、王の追手は去っていった。 VOL2−5 − to be continued − |