VOL3-2
細い首の上で仰反った頭ががくがくと揺れる。薄く開いた目に意識の兆す気配はなかった。頬をたたく。その音がしだいに高まっていく。 「やめよ」 王の声に、凍りついたように動きを止めた、猿臂の主が、窺うように視線を上げる。 「己れは――殺す気か」 深い眼窩の奥で、雨上りの空を思わせる淡い双眸が竦んだ。刺すような言葉を浴びせた王はだが、それきり沈黙した。 燭台の蝋が爆ぜる微かな音が、重く圧し包むような静寂を震わせる。 やがて、 「脱がせよ」 何を思いついたか、王は薄く笑みを含む。 王の意を計りかね瞳を竦ませていたものは低く唸り、宙に止めていた手を少年の胸元にかけ無造作に引き裂いた。 怪力だった。厚手の織地がいともたやすく裂かれ、痩せた肩が、青白い背が、手もなく剥き出されていく。 鎖が鳴る。 首にはめられた分厚い帯状の鐶、禍々しいまでに太い鎖で、少年は犬のように像の台座に繋がれていた。 肩が放され、鎖の重さに引き据えられるように床に倒れこんだ少年の手首を括っていた縄が解かれる。腰まで引き剥かれた服が一気に足首まで毟りおろされた。 手荒い扱いに全裸にされた体が床に弾む。 それでも、開かれた双眸にただ虚ろに闇を映す、少年は覚めなかった。 半ば俯せ、力なく投出された手足、その手首を裸の背中でふたたび縛り上げ、次の指示を仰ぐように、顔が上げられる。 「弄え」 唯々として王に従う手が身を縮めるように胡坐した脚のうえに少年の体を抱えあげる。そして、王に向って開かせた体の、まだ幼いそのものに骨太い指を絡ませていった。 それまでの手荒さとはうってかわった優しい動きで、手慣れた愛撫を加えられ、しだいに形を変える、少年のものが白い滴りを漏らすまでに時はかからなかった。 意識のないままに昇りつめ、 少年は果てた。 それだけ、だった。 なおも目覚めぬ少年に、手の主はうかがうように王を仰ぎ見る。 「己れは――ただ、慰むだけか――」 鞭のような王の声に、止まっていた手が動きだし、若い体はたやすく、その勢いをよみがえらせていく。再開された愛撫には、だが、無残な動きが加わっていた。 ふたたび漲り立ったものは、溢れようとはしなかった。 瘤のような筋肉に鎧われた厚い胸の上で少年の体が弱々しく揺れる。微かな吐息が唇から漏れる。 意識が戻ったわけではなかった。巧みな愛撫に焦らされ、体が、応えているのだった。 追い上げては際どいところでするりと外す、手の動きに、それを求めて、少年は夢うつつに腰を悶えさせていた。 それが、どれほどの間続いたか、 「てぬるい奴よ――」 唇を歪め、王がゆらりと立ち上がった。 凍りついたように動きを止めたものの前に足を運ぶ、王は片膝を落とし屈みこんだ。 「ムゴル」 それが、その異形のものの名か、 低い、叱声に、慌てて少年のものから手を離す。己が脚のうえに投出されていた少年の両脚を、その膝裏をすくい上げ左右に割り開くように抱え上げた。 大きく広げられ、眼前に曝されたその股間に、待ちかねたように、王は手を伸ばす。 まだ幼いそのものをなぞり、漏れ落ちた白濁を己が指にすくいとる。そして、ゆっくりと無防備に曝け出された体に埋め沈めた。 王の手は優美だった。肌は白蝋のように白く、指はしなやかに長い。その指がやわらかな肉の奥処を、密やかに苛んでいた。 不意に、 虚ろに開かれていた双眸が、戦いた。 「いや‥‥ぁ‥‥」 咽ぶような喘ぎに細い喉を震わせる、少年の全身が激しく硬直した。 「やめ‥‥て‥‥」 微かに、吐息のように、少年の口をもれる哀願に、王の口の端が吊り上がった。 「覚めたか――竜の養い子よ」 怯え竦む、少年は、その声が聞こえなかったかのように、無言だった。 だが、もの言わぬ双眸が大きく見開かれ、優しい菫色の瞳が絶望に染まっていく。 「愚かではない、か。己れが、何故ここにいるか――悟ったのであれば、よい。呼ぶがよい。己れの養い親たるものを――」 ささやくような王の声は、優しいとさえ言えた。それは、その姿にふさわしいものだった。柔らかな線を描く白蝋の面差し、艶やかに波打つ亜麻色の髪。ただ、薄く引き結ばれた唇、切れ長く細められた暗い双眸が、その面差しにそぐわなかった。 凍てるような光を凝らせたその暗い双眸を、身を強張らせた少年は呪縛されたように見つめ返す。 「呼ばぬか――」 苦笑を含む、王の声が冷気を孕む。 「わかっては、おらぬようだな」 刹那、深々と埋め込まれ、淫らにうごめいていた指に鋭く抉られ、かすれた悲鳴を闇に放つ、細い体が仰け反った。 「呼ぶがよい。さすればこれ以上は苦しめぬ」 少年は応えなかった。 荒い息に胸を喘がせ、仰向いた頬にただ涙を流し続ける少年に、埋め込まれた指がずるりと引き抜かれる。 わずかに息をつく少年を嘲笑うように、指は股間に絡みつく。 思わず腰を引く、少年を、王は荒々しく握り拉いだ。 尖った息が喉を擦る。少年は悲鳴さえ上げえなかった。激痛に喉を詰まらせ、弾かれたように身を屈する。その下肢が無残に捩れた。 「やめて‥‥放して‥‥」 切れ切れに、嗚咽混じりの声を絞りだす。 「呼ぶが、よい――」 声もなく首を振る、少年の頬から涙が飛び散った。見据える、暗い双眸が思い沈む。 「何故、呼ばぬ――」 わずかに力を緩める、王の、それは自らに問うような呟きだった。だが、 「エリエン‥‥つかまえ‥‥させない‥‥」 弱々しく震える声が、喘ぎ、応えていた。 「呼ばな‥い‥‥」 その声に、硬く凝らせた思いを聞き取る、王の双眸が燠を宿す。 手が、ゆるやかに動きはじめる。 執拗に、仮借なく、責め嬲る手に、 とらわれたものを逃そうと腰を振り悶えさせていた、その動きが、いつか、別のものにすり変わっていった。 「あ‥‥ああ‥‥やめて‥‥やめ‥‥」 切なげに、声がすすり泣く。 愛しむように、幼くも漲ったものをなぞりあげ、巧みに玩ぶ、それは極めさせるためではない、焦らし――焦らし尽くすための動きだった。 「呼ぶか――」 初めて知る、目も眩むような快感、狂おしいまでに快美なうねりに股間を侵されながら、なお極め尽くせぬもどかしさに炙り灼かれて、少年は身を捩りむせび泣いていたが、その、王の声に潤んだ瞳を凍らせた。 「い‥‥いやだ‥‥」 「よいのか――」 王の声が嗤い歪む。 次の瞬間、迸しる絶叫が闇を震わせた。 柔らかな肉を裂いて強引に捻り込まれた指は一本ではなかった。跳ね上ろうとする小さな肩を一方の手で押さえこんだ王は、深々と埋めた指を大きく抉り回した。 「やめて‥‥たす‥けて‥‥」 背骨を貫き走る激痛にかすみ揺らぐ視界を領して己れをのぞきこむ白い顔に、たまらず哀願する、少年のこわばり戦く体の上を、肩を押さえ込んでいた王の手がゆっくりと撫で下ろしていく。薄い胸を、その胸の小さな隆起を弄い、すべらかな下腹へと―― 「呼べ――」 底光りのするその双眸から、逃れるように目を閉ざす。 「いや‥‥だ‥‥」 なおも、拒む。少年に、 それまで空虚に笑みほころばせていた王の顔から拭ったように表情が消えた。 これほどに弱々しいものが、何故ここまで抗いうるのか――不意に、打ち棄てる激しさで王が身を起す。ずっぷりと埋め込まれていた指が手荒く引き抜かれた、衝撃に、 ヒッ――― 喉を引き攣らせ、一瞬、凍りついたように硬直した体が、己れを銜え込んだ鉄罠のような腕の上に崩れた。その、冷たい汗に濡れ荒い息に大きく喘ぐ背を、王は、冷然と見下ろして立つ。 「強情な奴――」 少年の血と体液に汚れた手――身を戦かせる少年を抱えたまま、ムゴルは眼前に下げられた王の手に吸い寄せられるように首を差し伸べた。どこか恍惚とした表情を浮かべてしなやかに長い指を己が口に含むように、舐めはじめる。 冷淡な一瞥を与えた王はなすがままに手を委ねていたが、すっかり舐め清めてなお、舌を這わせることをやめない口を、煩わしげに払い除けた。 「ムゴル!」 低く苛立ちを浴びせる王に深い眼窩の奥からねつく湿った一瞥を残し、ムゴルは暗い玉座に向かった。 VOL3-2 − to be continued − |