VOL3-4





 足首を繋がれ横たえることのできぬ体を忌わしい座像にそっともたせかけて、エリエンは立った。そして、静かに、王に向き直る。
 王は、ようやくにその顔貌を見せた竜人に、視線を吸われたように見入った。
 やがて、
 微かな嘆声をその口に這わせる。
「美しい‥‥」
 ゆっくりと、その口の端が吊り上がった。
「来い‥‥」
 そして自らも石壇を立つ。
 言われるままに己が前に進み、無言で立ち尽くすエリエンを見据え、その肩から白い衣を払い落した。
 ほっそりと引き締まった優美な裸身が露になる。
 並び立てば王とエリエンはほとんど同じくらいの背丈だった。わずかに王が高いか、
 だが、その肌は。
 際立って色白の肌を持つ王だったが、エリエンの白さは異質だった。
 それは青ずむ陰を帯びた氷雪の白さだった。
 その肌がゆれる炎の光を弾いて、小波のようにきらめく。
 その肌の上を、愛しむように、嬲るように王の手が、這い回った。
 冷たい、肌だった。
 撫で下ろせば磨かれた玉石の滑らかさを持つその肌が、逆しまに撫で上げると不思議な手応えで掌に絡んだ。そしてそのたびに、竜人は、その身を戦かせる――
 その、戦きにそそられるように、
 手は、股間に滑り落ちていった。
 そこにあるものを確かめるように握りこみ、すりあわせるように玩ぶ手に、紫黒の双瞳が震えた。
 不意に、己が身内に湧き起こった、甘く、痺れるような、疼き――
 かつて知らぬ、熱いうねりに股間を食まれ、腰が、脚が、萎えかかる。
 崩れ落ちそうになる己れに必死に耐える、青褪めた目蓋が閉ざされた。
「何故‥‥このような‥‥」
「目を閉ざしてはならぬ‥‥この身を、見よ‥‥」
 再び開かれる双瞳の戦きに、愉悦を絡める王の双眸が細められる。
「早く‥‥この身を繋ぐがよい‥‥望むだけ‥‥血をとるがいい‥‥だが‥‥このような‥‥やめて‥‥くれ‥‥」
 清冽な面差しを微かに歪めて唇に這わす、それは哀願ではなかったか。だが、
 王は片手を、さらに深く、その腰を抱きかかえるように後ろに這わせた。
「やめて‥‥くれ、だと  己れには、わかっておらぬらしいな‥‥血は、むろんのこと‥‥だが、真にこの身が欲するは‥‥これよ‥‥」
「こ‥‥れ?‥‥」
 衝撃に、竦む、確かな量感に満ちた丸みを撫で下ろし、ゆっくりとなぞり進めた手を、深々とその狭間に差し入れた。そして、
 秘められた奥処を求めて、じわりと指を移ろわせる。
「己れは、これより、この体をもってこの身に仕えねばならぬ‥‥どうする‥‥まだ、逃れ去ることは、できる‥‥だが、その時は、あ奴はムゴルの手で八つ裂きになる‥‥」
 笑いさえ含んで穏やかな王の声に、手の中のものは、息をつめた。
 消え去りは――しなかった。
 王は、声もなく、嗤った。
「もっと‥‥脚を開け‥‥」
 ただじっと竦み立つ、その体が戦き、揺れた。やがて。仄白い獲物は王の手に促されるままに、狭間を寛げていった。
 その狭間を嬲る指の先に求めるものをとらえ、硬く引き締まったそれのまわりに、自らをも焦らすように、ねつい指を這わせていた王が、ついに、熱い吐息をもらした。
「同じだ‥‥」
 そろりと、王の指が奥処を割った。
「伝えにはあったが‥‥何故‥‥こうも、同じなのだ‥‥己れ等と‥‥我らは、まるで異なる生き物ではないか‥‥」
 ゆるゆると埋め沈めた指を、そこを味わうように、静かに抉り回しながら、王がささやき聞いた。
「ともに‥‥太古の海に生まれ出た‥‥一なる生命の‥‥末‥‥なれば‥‥」
 前後から責め嬲られ、喉元までも戦き上がるものに耐え震えながら、それでも、生真面目に応えるエリエンに、
 クク‥‥と、王が嗤いむせた。
「己れを‥‥存分に、楽しみたい‥‥」
 そして、名残惜しげに己が体を引き離した。
「ムゴル――」
 それまで、弾き飛ばされた床に蹲り、仄白い裸身に絡み立ち淫らな技を加える王の姿に滾るような視線を据えていたムゴルだったが、その声に、弾かれたように身を起こした。
 エリエンに対するものとはうって変わる酷薄とさえいえる王の声に、嬉々として広間の奥に走る。
 壁灯の光の及ばぬ闇に金属の触れ合う音が響き、ムゴルが光のなかに立ち戻る、手に一本の鎖を曳いていた。
 青金の鎖だった。
 床に鳴る硬い音に脅かされ、思わず身を退らせるエリエンを王の声が制した。
「動くな――動いてはならぬ――」
 手が上がり、エリエンの胸の上に置かれる。
「器は、我らとそう変わらぬが、内なるものはどうなのだ。心の臓は、やはりここか‥‥」
 その言葉に、微かに身を震わせたエリエンは、それでも静かにうなずいた。
「そうか‥‥」
 王は嗤った。そして、
 己が獲物に視線を据えたまま一歩を下がり、微かにうなずく。
 次の瞬間、エリエンの背後に回っていたムゴルの腕が激しく突き出された。
 何かに、胸を刺し貫かれた衝撃に、一瞬、仰反ったエリエンの膝が床に落ちる。その体を包んでいた仄青い燐光がかき消えた。
 だが。エリエンは、死には、しなかった。
 石壇に腰を下ろした王の前に首を垂れ、己が胸に生えたものを、見つめる。震える手が虚しく指を絡める。淡く金砂の光を放つ、長い、青金の楔だった。鎖はその楔の頭にあけられた穴に繋がれていた。
 うつむけた顔を包んで肩から落ちた黒銀の髪が、ざわめいた。
「痛いか――」
 王が聞いた。
「痛‥‥い‥‥」
 微かな声が応える。
「苦しいか――」
 笑いを滲ませた声に、エリエンは顔を上げ、煙るような双眸を向けた。
「何‥‥故‥‥わたし‥は‥‥従って‥‥いた‥‥」
「伝えどおり、哀しい性よな――かつては熱く、猛々しい血をもっていたという己れ等が――手も触れずに、このムゴルを床に這わせる力を持つ己れが――その力をもちいれば、あ奴を奪い返すなど、手もないことであったろうに――」
「奪い‥‥返‥‥す ‥‥」
「青金といえどもただの枷よ。鍵さえあれば容易に開く。この身を質にとり、その枷、外させる――わしが己れであれば――当然のことに、そうしていたであろうが――」
 一瞬、身を苛む苦痛も忘れ、紫黒の双眸が見開かれる。楽しげに、王が嗤った。
「だが、己れはそうはせぬ――いや、できぬ、か――他者を質にとる――思いつきも、しなかったようだな――」
 王は腕をのばし、両手に仰向いた清冽な面差しをとらえ、ねぶるように愛撫した。
「――が、この先は、己れが気を変えぬとは、この身にも言い切れぬ――と、言うことよ」
 王の、暗い愉悦を這わす双眸に。紫黒の双瞳が凍った。
「その身を――青金の鎖に、ただ繋ぐだけでは充分ではない。己れのその力を、完全に封じ込める――そのためにな。創王グリエンは、己が竜の心臓に青金の楔を打ち込んだ、という――その、楔をな――」
 束の間でも逸らすことを惜しむようにねつい視線を据えたまま、王は身を引いた。
 その視線の下に身を屈めるエリエンは、もう何も応えようとはしなかった。シンと凍らせた双眸のうちに、己が思いさえが、凍りついたか。無言のまま、切れ上がった双眸に、闇を映す。
 ムゴルは、
 王が離れるのを待ちかねていたようにその肩をつかみ押さえ、背に突き出していた楔の頭を押し――沈めた。
 血がしぶき、逃れるように、押さえこまれた背がしなう。
 楔から垂れ下がる鎖が湧き落ちる血を伝わせて仄青く濡れ光る。
 逃れるすべを失い小刻みに苦痛を這わせる体を引き倒す、ムゴルは眼下に晒され、しぶき上がった血を青く滴らせる姿に喜悦の視線を絡ませた。
 跪いていた脚を力なく崩した竜人は、閉ざした目、ひそめた眉に、わずかに苦悶の影を這わせる。清冽な面差しは、だが、あくまで端正に静もっていた。
 ムゴルの顔が強張った。慄く胸を片脚でにじるように踏みつけ、突き出した楔の先を握って大きくこじり回す。衝撃に、仰け反った胸が踏みつける脚を衝き上げた。噴き出した血がその雪白の胸を溢れ落ち、床に広がっていく。
 激痛が、視界を晒す。
「や‥‥めて‥‥」
 たまらず、エリエンは楔を握る腕を抱き伏せるように身を捩った。
 胸を踏み押さえる脚は揺るぎもしなかった。狂暴な牙は無慈悲に肉を毟り裂いていく。
 喘ぎ、押し離そうと、震える手で岩のごとき脚をつかむ。
 ようやくにその端正な相貌を歪め、己れが与えた苦痛に悶えるものに、ムゴルの顔が、声もない笑いに引きつれた。脚にからむ手首をつかみ上げ、しなやかな指を握りのばすと胸から突き出した楔の先端に押しあて一気に刺し貫いた。





VOL3-4
− to be continued −

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