VOL3-6
「あ‥‥ああっ‥‥ッ‥‥」 床に流れ落ちた髪がざわりとゆらめく。腰をひねりなおも逃れようとして虚しくひきつらせる、股間を、王の膝が割る。ぎしぎしと鎖が鳴った。悶える腰を抱き竦めた腕が下がり、優美な手が、双丘の狭間深く差し込まれる。 「何‥‥故‥‥」 啜り泣くように呻く、エリエンに、抗う力はなかった。がっちりと銜え込まれた己れを逃す、術はなかった。 堅く閉ざされた奥処を、そのまわりをねっとりとなぞる指の強さに疼痛さえ覚え、赦しを請うように首を振った。弱々しく、微かに。 「‥‥このように耐え難い‥‥か。青金の楔は己れの力を削ぐだけのものではない‥‥己れが‥‥その、力によって潜めた性を‥‥剥出しにするもの、だからよ‥‥」 「わたし‥‥の‥‥性‥‥」 「竜とは‥‥淫乱なものという‥‥が‥‥己れはまぐわう、ということを知らぬのか‥‥」 熱い息が耳元をなぶる。 「ま‥‥ぐわ‥う‥‥」 うつつに問い返すエリエンの動きが、戦きさえが凍った。刹那、うねりをうって打ち込まれた楔――深々と内奥を抉ってその根元までを呑まされた、二本の指に。切り裂かれるような鋭痛に。身動げば、そこから己が身が張り裂けていくのではないか―― 「ここに‥‥誰かを、迎え入れたことは‥‥ないのか‥‥」 「な‥‥い‥‥わたしには‥‥だれも‥‥いなかった‥‥」 吐息さえが凍りついたように、細く、かすれた。王は。その双眸に愉悦を凝らせ、 かつてなにものをも迎え入れたことのない冷たく固いその奥処を抉り割って、わずかに緩めた指を、さらに深く、突き入れた。繰り返し―― 繰り返し――退いては抉り込まれる、その、衝撃に、切れぎれに喉を突く、喘ぎ―― そこには、だが、苦痛だけではない何かが、綯い交ぜられていた。 王の左手は激しく後ろを苛みながら。右手はとらえたものをなおも、執拗に責め嬲っていた。それが――ようやくに、かたちを変えはじめたとき、 ふと――エリエンは王の動きが途絶えたことに気づく。張り裂けた身の鋭痛、それ以上に耐えがたい灼けつくような疼きは股間に居座ったままだった。 この苦しみから‥‥解放されたい‥‥身悶えるように願う、エリエンの内に深々と埋め込まれていたものがずるりと引き抜かれ、とらわれていたものが放たれる――緩められた王の腕のなかで、力の抜け切った体がゆらいだ。すでに痺れきった両手を襲う、新たな痛みもどこか遠い。 終わった‥‥のか‥‥ 何故か途中で投げ出されたような覚束なさがあった、それでも、薄れもしない疼痛を噛み締めるように目を閉ざし、その唇に這わせた、か細く震える吐息が喉に――詰まった。 不意に、身を沈めた王の両手がするりとエリエンの大腿に滑り、その下肢を大きく割り開いた。引寄せた腰――その奥処に熱く漲り勃ったものあてがい、押し広げた下肢を両脇に抱え込んだ王がその身をゆすり上げる。 自らを割り裂き、なす術もなく、エリエンはあてがわれたものの上に落ちかかった。 容赦なく、裂け傷ついた身をさらに抉り割って押し入ってくる熱鉄の楔――その、背骨を砕き脳底を灼く激痛に、 一瞬、硬直したエリエンの上体が逃れ上がるように仰反った。 伸びきった腕の先で鋭く鎖が鳴った、刹那、鈍い音が弾け、小さな鎖の輪が跳ね上った。 青い滴りが宙に大きく弧を引く。 掌を貫いた傷が指の股まで裂け切れていた。両手が脇に落ち、支えを失った上体が仰のき倒れた。そして、 胸を貫いた鎖の輪に弾み、止まった。 王の腕にとらえられた下肢、その狭間に半ば打ち込まれた楔に腰を繋がれたままに、よじれ、傾いだ胸、優美な頚がしなやかな弧をえがき、震える。 斜めに仰反った顔。切れ上がった眦、紫黒の双眸が闇を映す。王は、己が腰をうねりを利かせて抉り上げた。 かすれた悲鳴が、エリエンの口から迸った。 裂け傷ついた両手が上がり、王の下腹を押さえる。エリエンのどこに、それだけの力が残っていたのか、渾身の力で起こした上体をたわめ、支えた腕の先に王の腰を押し離そうとした。 ズ‥‥と、わずかに逃れ上がる腰に、 王の声が奔る。 駆け寄ったムゴルは、たわめ起こされたエリエンの背に己が腹をあて押し戻しざま、猿臂を伸ばし、王の下腹に支えられた両手を引き剥がした。 肘の下でつかまれた腕が宙に架かった体の下に巻き込まれる。その腕を、なお容赦なくムゴルの根太のごとき腕が捻り上げた。 エリエンの肩に、くぐもった音が弾け、 二人の男の狭間で仰反ることも許されぬ体が、硬直した。 鋭く。王が、腰を進めた。 ムゴルの腹の上で、エリエンの頭が打ち振られた。肩を砕かれ力を失った腕を放し、ムゴルはその頚を、胸を、抱え込む。 喉元を押さえ込まれ、悲鳴さえが擦れ上がった。 闇の広間に、 王の、荒ぐ息が、込める。 繰り返される衝撃に、揺さぶられる鎖が鳴り続ける。淫靡な音がねっとりと淀んだ空気を震わせて、時を刻んでいった。 それがどのくらい続いたのか。 不意に。王の口を、甘やかな呻きが衝いた。 その、動きが、絶えた。 ただ、荒く胸を喘がせる、王の顔に、とろけるような喜悦が、照り映える。 やがて。王はエリエンから身を離した。 それに従い、ムゴルが腕を解く。鎖を鳴らして、苛み尽くされた体が落ちかかり胸に縫い通された鎖に、吊り支えられる。 伸び広がった髪のなかに膝をつき、虚脱したような顔を肩に傾げる、 その双眸が、暗かった。 髪が。暗かった。 床を被う血の表から立ち上り、髪にまといついていた仄青い燐光が消えていた。あれほどに流れ広がり床を被っていた血、それがいま、あとかたなく、消えていた。 ただ、僅かにさざめく黒銀の髪が、壁灯の光を弾き輝く。 王の前に蹲り、その股間に口を寄せ丹念に舐め清めていたムゴルが立った。そして、脱ぎ捨てられた夜着をとり、肩に着せかける。 「こ奴を‥‥褥に‥‥」 なおも陶然とした視線を、エリエンに据えたまま、王が命じた。 自分を一顧だにしようとしない王に、瞋恚の一瞥を残し、ムゴルは踵を返した。 この日―― 早暁から陰の塔にこもった王はついに、一日、その姿を臣下の前に現わさなかった。 昼にはまだ間があろうというころ、その寝室に侍臣によって酒食が運ばれた。それらの者も王の姿を目にすることはなかった。 かつて、ないことではなかった。 すべての政務をなげうち、臣下の前からさえその姿を隠す――年に一、二度のことではあったが、 陰の塔に――陛下はこもられた――身近く仕える侍臣らがささやき交わす。 その闇の広間には豪華な褥がしつらえられている、とは密かに語り継がれてきたことだった。かつて創王グリエンが己が竜のためにしつらえたという、そこに――目に立ったものをひきいれ、凌辱のかぎりを尽くそうという、王の性癖は臣下にとっては厭わしいものではあっても、我が身に類が及ばぬかぎりにおいては瑕瑾にすぎぬものであった。 王の嗜好は性を感じさせぬ少年の上にあった。時に少女が選ばれることもあったが、獲物は城の外にあった。 臣下にとっては余所ごとといえた。 なかには王の款を得るために、自らそのようなものを差しだす臣さえいたのだ。 だから、このときも、 此度は、いかなるものを‥‥ 手に入れたかと、嫌悪と好奇の綯い交ぜられたささめきがただ静かに波紋をひろげ、消えた。竜を、とらえたのではないかという噂が立つことはなかった。城の地下牢に囚われた一人の遊芸人の存在を知るものも、まさかにと、己れを嗤い、その疑念を念頭から追った。なににせよ、 臣下の不審をよそに、なお三日を、王は塔にこもり続けた。 だが―― これを境に、王は、変わった。 かつて。いかなる時であろうと、冷えびえと醒めた光を消したことのなかった王の双眸にこもる、熱い惑溺の色はなにゆえか‥‥ 驚きとともに、密かな危惧が、ささやかれ始める。 王は‥‥ ‥‥何を、とらえたのか‥‥ 何に、 とらえられたのか‥‥ ささやかなる人の思いをよそに、冬はその白き裳裾に、大地を被う。 黒きグリエムランの城が、白く、装われたように、人は、凍てた顔の下に、滾る思いを押し隠し、冬の底に埋む。 鈍色の空の下に、 雪が、降り積んでいた。 VOL3-6 − to be continued − |