VOL4-3
思いもしないことだった。男の方から、声をかけてくるなどとは――ただ、あたいを‥‥慰み物にするつもりなんだ‥‥あのときみたいに、責め、嬲るんだ‥‥ 生々しい記憶に竦み立つ、テッサはだが、それでも男を拒むことはできなかった。 「血を分けたものでもなかろうに。それほどに気にかかるか」 揶揄を絡めた声が、嗤った。 「リューは‥‥弟と同じ‥‥です‥‥あなたなら知っていると‥‥城の人が‥‥お願いです‥‥どうか‥‥リューのこと‥‥」 干上がった喉を、テッサは絞る。 「聞いてどうする。救いだそうとでも言うのか」 「あいたい‥‥一目でいい‥‥あわせて‥‥ください‥‥」 「来い」 冷酷な声が、テッサの思いを切り落とす。 あやつられる木偶のような足取りで、テッサはその前に立った。 「脱げ」 言われるままに飾り紐を解き、リュールのものだった白い衣を脱ぎ落す。 灯火の中に輝く裸身が現れる。ほっそりと引き締まった体、すべらかな肌。傷ひとつない、その肌に、僅かに翳る双眸を据えたままギュランは短剣を引き抜いた。 「そ奴は、王が捕えたものをどう扱うか、聞かせなかったか。今頃――生きていると思うか」 組んでいた脚を解き、ギュランはゆっくりと立ち上がった。燠を宿した双眸が、見据える。その、ねつい視線に、テッサは震えた。 「死んだなんて‥‥そんな‥‥」 テッサの喉を鋭い息が擦った。左頬に、灼けつくような痛みを刻印して刃が肌を裂いていく。 「何故――まだ生きていると思う」 「なきがらでもいい‥‥返して‥‥」 「ここにつけた傷はどうした。二月とは経っていない。跡形なく癒えるには早い。何故だ」 再び、あの時のように顎をつかまれていた。熱痛が、すべらかな下腹を襲う。 「あれは――竜の養い子。そうだな」 押し殺した声が耳をねぶる。 「竜に、会ったか――」 その言葉が、テッサの意識を刺した。 この人は‥‥何を言っているのだ‥‥ 「なぜ‥‥そんなことを‥‥だから、王さまは、リューを‥‥」 だから―― その言葉に、鋭く削ぎ上げたような男の顔が、凍りつく。 「お願いです‥‥」 不意に表情を失った男の顔に、怯え、テッサは哀願した。 「せめて‥‥あの子が、どうしているか――ッ‥‥」 内股をすり上げる冷たい感触に声を呑む。 酷薄に光る灰青色の双眸が呼び覚まされたようにテッサを見ていた。 また‥‥切り嬲られる、その恐怖に固く目を瞑り、歯を食いしばる。だが、新たな痛みは襲ってはこなかった。ただひたりと、内股の極みに押しつけられた刃の冷たさが不安をそそった。 「泣きもしない。叫びもしない。なかなかのものよ」 やがて、声が冷笑する。 「それほどに、会いたいとあれば――」 テッサは目を見開く。 「己れで、城に来るがいい――会わせてやらぬでもない」 股間を脅かしていた短剣が退かれた。 ギュランは血に塗れた刃先を乳房で拭い、鞘に収めた。 顎をつかんでいた手が放される。 膝が崩れテッサは床に蹲る。己が腕で胸を抱きしめる、全身がこらえようもなく震えていた。 「わけはなかろう。その体を使って上士一人、たらし込めばよい。士官であれば城内に情婦をおくことができる」 侮蔑に満ちた言葉だった。 「幸い、下にも一人いる。あれがよいかも知れぬな。愚かで好色だ。しかもお前が気に入ったらしいではないか」 テッサは、凍りついたような顔を上げる。毒々しいまでの嘲嗤が、見据えていた。 「いつまでそうしている。立て。掛けろ」 ギュランが顎の先で示したのは燭台の置かれた円卓だった。 のろのろと体を起こしたテッサは震える脚を踏みしめ、円卓の端に腰をのせた。 ちりちりと、燭台の炎が、波打って長い髪の先を焼く。テッサは前に躙った、その胸に、ふっくらとした乳房を圧し拉いで、鞘に納めたままの短剣が突き立てられる。 痛みに息を詰めるテッサの上体を、ギュランはゆっくりと押し戻した。 炎の糸になって、焼け切れた髪が舞い上がる。テッサは喘いだ。片腕を上げ、かき寄せた髪を胸に抱く。なおも押され倒れかかる上体を片腕をついて支えた。その背を炎に炙られ、弓なりにたわみ反った、ほっそりと白い体が熱痛に慄く。長くはもたなかった。支えていた腕が崩れ上体を折るように燭台の横に倒れ込んだ。 「逃れてよいと言ったか」 ギュランは腕をのばし燭台を取り上げた卓上に、折れ屈む上体を突き倒す。 「開け」 ふたたび己が前に胸をさらし仰のいたテッサの、ぴったりと合わせたしなやかな脚、その付根の淡い茂みに、短剣を突き立てた。 じわりと圧し抉られ、切り裂かれ血を流す下腹がうねり、ずり上った。 「ああ‥‥」 がくりと、円卓の縁からその頭がのけぞり落ちる、切れ上がった眦に朱を含み縁にしがみつくテッサは卓上に立てた艶やかな膝頭を開いていった。 「もっとだ」 これ以上は開けぬまでに、大きく開かされた脚の間に、ギュランは燭台を置いた。 曝け出された秘所を蝋燭の炎があからさまに照らし出す。 舐めるように這う視線はだが、痛いほどに冷ややかだった。 「汚らしい牝が――ここに、あれから何人の男を銜え込んだ」 硬く、冷たい悪意の具象が、やわらかな襞を捏ね回し、抉り上げる。疼痛に胸を喘がせる、それでも歯を食いしばる、テッサは弱々しく頭を振った。 「いない、だと?」 欺こうとするものに罰を与えるように、男は短剣を捻り込んだ。大振の短剣だった。打ち列ねた角鋲で飾られた鞘は、さらに太い。それを、容赦もなく深々と打ち込まれた、テッサが擦れた悲鳴を上げ仰反った。 「夜毎に肌を曝し、男を誘いながら、一人も、いないだと?」 「ほんとう‥‥です‥‥信じ――ッ――」 荒々しく、やわらかな奥処を抉り回されて、しなやかな裸身が硬直する。唇を噛み苦鳴をこらえる小さな顔――その少年のように硬質な顔が歪む。きつく閉じられた目蓋の内から驚くほどに透明な涙が溢れだし頬を伝い落ちた。 見据える、ギュランの顔に貼りついた嘲ら笑いが消えた。 「そそる体よ‥‥紛れもない牝よ‥‥己れで、知っていようが!」 「知らない‥‥そんなこと‥‥知りませ―――ッ‥‥」 大きく一抉りして引き抜かれた短剣が再度、突き込まれた。 一度では、終わらなかった。 激しさをましていく、その繰り返しに、テッサは悶えた。磔られたように広げた両腕で円卓の縁にしがみついたまま、泣き咽ぶ。 「やめて‥‥やめ‥‥て‥‥赦し‥‥て‥‥」 こらえ切れずに身を捩り、閉ざそうとした大腿が燭台にあたる。倒れかかる燭台を素早くつかみ上げたギュランは、その脚の上に、叩きつけるように振り下ろした。 「誰が――閉じてよいといった!」 三股になった燭台の脚で押さえ込まれ、ふたたび押し開かれた脚が瘧のように震えた。 「なぜ‥‥なぜ、こんな‥‥ひどい‥‥」 「血が似合う体よ――この身をそそると知って、聞き出そうとしたのであろうが」 卓上に横たわった体の上にのしかかるように被いかぶさり、顔を寄せたギュランが囁きかけた。股間に差し込まれた手に無残な力が加えられる。無理強いに開かされ、卓上に捩れた体が弱々しく悶えた。 「許せぬな」 苦痛にかすむ視界に、淫靡に歪む酷薄な顔がある。テッサは絶望に染まった暗い双眸を閉ざした。 理不尽とも言える男の言葉だった。 理解しがたい情念のありようだった。 その前に抗いようもなく責め嬲られるテッサの内に苦痛が満ちて時がたゆみ、咽ぶような吐息が、たゆたう。 時は――いつ、果てるのか‥‥ ふと気づく。テッサの体内からずるりと引き抜かれていった狂暴な楔が、また打ち込まれてはこぬことに。 右の大腿を押さえ付けていた燭台が、顔の横に置かれている。 テッサは目を開いた。双眸を刺す光の矢に、顔を背けた。その顔の前に短剣が突き出される。 「舐めろ」 その鞘の半ばまでが血と粘液に汚された短剣に、テッサは身動ぎ、顔を寄せた。 ギュランは、執拗なまでに舐め清めさせたその短剣を、さらに脱ぎ落されたテッサの衣で拭ってようやくに、立ち去った。 遠退く足音が、扉の閉ざされる音に断ち切られて、なおしばらく、テッサは卓上に、動くことができなかった。 やがて、ずり落ちるように床に下り、重熱く疼く体を折り曲げ、蹲った。 リュー‥‥ 腕をのばし形見ともいえる白い衣を引寄せる。城にいけば、ほんとうに、会わせて、もらえるのだろうか‥‥ 生きているかさえ、教えてはくれなかった、男の酷薄に光る灰青色の双眸が脳裏をかすめる、テッサは、それでも何かに突き動かされるように身を起こしかけた。その膝が震え、崩れるように床に落ちる。 「リュー‥‥」 どうしたらいい‥‥ かつて、一度として、自ら男を誘ったことなどないテッサだった。カムサンの手で、常に無理強いに体を売られてきたテッサに、男をとらえる手管などのありようがなかった。 それ以上に、 引寄せた衣をまとうために身を起こすことがつらかった。テッサは胸に抱き締めた衣に顔を埋め、膝のうえに突っ伏した。 どれほどの時を、そうしていたのか。 扉が、開いた。 音に、たたずむ気配に、のろのろと顔を上げた、テッサは、ぼんやりと、その人影を見上げた。深紅の胴着の巨漢だった。 VOL4-3 − to be continued − |