VOL5-4





 王は‥‥その身ばかりではない、心までもが‥‥欲しいのだ‥‥
 何という、滑稽さよ。不意にこみあげる笑いに、ムゴルは虚ろに喉を震わせた。
 だが、己が笑いに呼び覚まされたムゴルは深い喪失感の中で、微かな声を聞く。
「‥‥して‥‥」
 かぼそく掠れる、声は哀願していた。
「はやく‥‥して‥‥」
 いったい、どれ程の時を、暗い想念のなかにさまよっていたのか。その声に、無意識のうちに己れの手がなそうとしていたことに気づく、ムゴルは慄然として強ばった指を細い首から引き剥がした。わずかに咳き込む、それさえが弱々しい。そして、
「なぜ‥‥」
 やめてしまうのか――深い失意を滲ませて咽ぶように吐息が落ちた。
 その微かな震えを背に聞く、ムゴルの胸奥を、不意に、重い疼きが衝き上げる。
 猛々しく呻く、ムゴルは弾かれたように前に踏み出していた。
 狭間から射し込む光は既に失せていた。
 塔を閉ざす闇を、ムゴルは落ちるように駆け降りた。
 知り尽くした闇だった。
 足を緩めることなく階段に続く歩廊をぬけ、行きついた扉を引き開ける。
 魁偉な胸の上で、子供の体が戦いた。
 わかるのか‥‥
 一瞬の躊躇を振り捨て扉の内に進む、ムゴルを冷ややかな叱声が迎えた。
「遅い――」
 向ける視線の先に、二基の壁灯に照らされて、雪白の裸身が煌めく。
 壇上の暗い褥に、胡座する王に背後から抱きすくめられ、その脚の間に腰を落す、
 それは、なんと、淫らに美しい姿であることか‥‥
 つながり合った奥処を曝して晧と投げ出された下肢、その狭間に漲り立ったものを、深々と差し込まれた優美に白い手に絡めとられ、揉みしだくような動きに玩ばれているのだった。
 その動きに操られるようにしなう胸に青金の鎖が揺れ、滾りあがる戦きを訴えるように硬い音を響かせる。
「あ‥‥ああッ‥‥‥」
 仰反った喉が震えた。
「赦して‥‥もう‥‥赦してくれ‥‥」
 切なげに歪められた端正な顔が、王の肩の上で弱々しくうち振られた。
 石壇の正面に進む、ムゴルは見据える王の前に片膝つき、激しく震える子供を床に下ろす。しがみつこうとする腕を引き剥がすように押し離し、萎えかかる体を回し壇上のものに向き合わせた。
 その一瞬、己が目にしたものに、その衝撃に、声も上げず身を凍らせる、子供はがくがくと床に崩れた。
 美しくはあった。それ以上に無残な姿であった。
 ひそめた眉の下に、閉ざされた瞼は異様に窪み常ならぬ陰を湛えている。長く尖った耳、その中心に覗くあれは何なのか。禍々しい青金の螺旋は、耳を塞いで穿たれた楔の頭ではないのか。
 見えない腕は背に回されているわけではなかった。付根から切り取られた、その切口が仄かに光る。大きく開かされた下肢もまた、自ら閉ざせぬように幾重にも巻きつけられた青金の鎖で、石壇に繋がれていた。
 エリエン‥‥
 目を、耳の底を灼き、胸を抉り、足首に絡みつく熱痛、そして、腰をうちすえ息さえ凍らせて背骨に絡み上がっていく、灼熱感‥‥
 すべて‥‥エリエンの身に加えられているその無残な仕打ちのゆえなのだ‥‥
 慄く体を床に這わせる、リュールの胸に痛みが脈打った。その痛みに押し潰されていくような苦しさに細く息を喘がせる。見開いた目に、ただ闇を映す、熱いうねりのなかに自らも盲いたリュールに、時が、失われた。
 不意に、抗いがたい力に腕をつかまれリュールは引き起こされる。
「存分に見るがよい‥‥己れの養い親、悶え狂う様を‥‥」
 顔を上げたリュールの前に揶揄を含み、王は手のなかのものを扱き上げた。
「ヒッ!‥‥‥」
 脚を繋いだ鎖には長い棘が植え込まれていた。肌を破り肉に食い込む棘に流れつたう、人のものならぬ青い血に、まだらに染め上げられた雪白の足首が鎖を鳴らして痙攣する。銀砂を散らす下腹が妖しくうねった。
「いや‥‥ッ‥‥」
 喘ぎ、激しく身を捩った、リュールの双眸がふたたび光を宿す。背が瘧のように震えた。
「なぜ‥‥」
「何故――か‥‥」
 王は声もなく嗤った。毒々しいまでに、艶やかな微笑だった。
「己れ、死のうとしたそうだな。許さぬ。これは、その罰――骨身に刻むがよい。己れを見る目、その声を聞く耳、抱く腕はいらぬ。己れゆえの、こ奴の、この姿だ――」
 そして、腕の中のものを嬲りたてた。
 肌に吸いつき、舐るようにすり上げる手に、股間にからみつき執拗に弄ぶ指に、
 喘ぎ乱れる吐息を喉にまつわらせる、しなやかに細い体が冷たい煌めきを放ってのたうった。
「ああ‥‥灼け‥‥る‥‥狂う‥‥赦‥‥して‥‥」
 リュールの前に己れを曝していることも知らず、自ら腰を使いはじめたエリエンの姿が、そこにあった。
「やめて‥‥もう‥‥しない‥‥だから、やめて‥‥」
 リュールは慄く声を振り絞った。だが、
「今、やめてよいのか‥‥見よ‥‥」
 喉奥で嗤う、王は手の中にしなりきったそれをなおも焦らすように苛み続ける。
「竜とは‥‥淫乱なものよ‥‥」
 悩ましい喘ぎの音を放ち、淫らに身をくねらせるその姿に、王の声が楽しげに、笑い響いた。
「エリ‥‥エン‥‥」
 切ない、姿だった。
 その姿に、
 エリエンを駆り立てる名状しがたい痺れに、自らも苛まれる、リュールは背をたわめ両手で顔を覆い、咽ぶように訴えていた。
「やめて‥‥赦して‥‥楽に‥‥して‥‥」
 王は、
 いたぶる手を止めようとはしなかった。
「楽に、してやりたくば、己れでせよ‥‥その口で‥‥吸って、やるがよい‥‥」
 ぼんやりと顔を上げたリュールが、喘ぐ。
「いや‥‥だ‥‥」
 リュールにとって、それは、エリエンを辱める行為としか思えなかった。
 だが。
「楽に‥‥してやりたくは、ないか‥‥」
 嘲笑うように、王の手は、曝け出された狭間に無残な力を加える。
 深々と貫かれ、締め上げられ、逃れることも抗うことも許されぬまま、淫靡な牙に身を裂かれ、掠れあがった悲鳴に喉をつまらせる、青白きものは、激しく腰をたわめ下肢を強張らせた。
「赦し‥‥て‥‥」
 絶えだえに、
 もう、赦して‥‥と、執拗に責め嬲る手の下に譫言のように繰返し、おののく肌を騒めかせる、それは、苦痛と綯い合わされた峻烈なまでの快感だった。
 それほどの快感でありながら、だがそこには、極め尽くせぬもどかしさがあった。
「し‥‥ます‥‥させ‥て‥‥」
 そのもどかしさにあぶり灼かれるように身を捩る、リュールの口に声が震え落ちていた。
 よろめく足で歩み寄った、リュールは壇上に這い、犬のように蹲る。涙でかすむ目の前にしなり立って、淫らに蠢くものを震える手のなかにそっと収め、ためらいがちに、口に含む、瞬息――
 エリエンの五体が凍った。
 リュールを炙り灼く熱痛がかき消える。股間を苛む、たえがたい痺れが、
 消えた。
「リュ‥‥ル‥‥」
 信じられぬように――いや、己れの知覚を信じることを拒むように、戦く声がこぼれ落ちた。
「リュール‥‥なのか‥‥」
 悲痛に擦れる声に、その衝撃に、竦む、リュールの首根を王の手が押さえ付けた。
「続けよ。吸うのだ――もっと強く! 吸え!――」
 再び、王の声に呪縛されたように、リュールは口いっぱいに含んだものをきつく、吸い上げた。
 刹那――
 喉を打って迸る、それは、千万の氷の針か――
 喉を、胸を、頭の芯までも貫かれ、意識は白熱する。
 それは、あるいは、目眩くばかりの陶酔だったか。
 白く、晒された視界に漂うリュールの耳に、遠く、絶叫が奔り‥‥絶えた。





VOL5-4
− to be continued −

back top next