VOL5-6
「それが‥‥愛しいということだ‥‥そして、その思いがあるかぎり‥‥己れは、この身から逃れられぬ‥‥喜ぶべきであろうな‥‥」 だが‥‥と、言葉をつなぐ王の顔は笑ってはいなかった。 「気に入らぬ‥‥気に入らぬな‥‥」 にわかに胸奥から滾り上がる昏い衝動を叩きつけるように、王は激しく腰をくねらせた。 「――ッ!」 抉り込まれる狂暴な牙に身を裂かれ、悲鳴さえが凍った。仰反った体がねじれ、木偶のようにゆれた。 「いっそ、あ奴を引き裂き、犬どもにでも食わせてしまえば‥‥清々するであろうな‥‥いずれ‥‥悔やむにしても‥‥」 軋るような王の声に、エリエンの首が力なく、揺れた。 「やめよ‥とは‥‥言わぬか‥‥」 なし得ぬと知りながら、口の端からこぼれ落ちた無残なもくろみ―― それを‥‥見透かしたか‥‥ エリエンの沈黙は王の胸を燻りたてた。 「あ奴こそが‥‥己れをこの身に繋ぐ、生身の鎖‥‥この身が手を下すことはありえぬと‥‥たかを括ったか‥‥」 しかし、 激痛に切れ上がった紫黒の双眸は虚ろに闇を映すだけであった。 こ奴に‥‥そのような才覚は、ないか‥‥ 荒ぐ息を弾ませ自らを駆り立てる、王の暗い双眸が熱く、潤む。 「いや‥‥むしろ、倦んだか‥‥僅かに一月余に過ぎぬに‥‥己れからは、見捨てられずとも‥‥止める気は、失せたか‥‥」 陶然たる視線が苦痛にそそけ立つ銀砂の肌を舐って、うつろう。 「そうだ‥‥己れは‥‥密かに望んで、いたのだ‥‥あ奴が失せれば、己れの‥‥心の枷は消える‥‥」 ただ、いたぶるための言葉だった。だが、口に毒を紡ぎながら、王はその想念に酔った。 「違う‥‥違‥う‥‥」 苦しげに喘ぎ漏れる声を、もはや聞いてはいなかった。 とろけるような悦楽に、意識を灼かれ―― 白熱する視界に、甘やかな呻きとともに果て――くずおれた。 ねっとりと、熱い吐息が闇に這う。 弛緩した体をエリエンの上に横たえた王は、繋がりあった腰をそのままに、索漠たる虚無に身を浸していた。 目眩く陶酔は――波が引くように失せていた。後にはただ、癒しようのない焦燥が小さな痼りとなって凝る。 ‥‥足りぬ‥‥ さざ波立つような震えに、重ねた肌を騒めかせて、人ならぬ虜囚は己が下にいまだ充たされぬ体を戦かせていた。 愛しむように掻き抱きながら、ぬくもりさえ帯びることのない肌を執拗に玩ぶ、耳元を、切なげな吐息がくすぐっていく。 肉の欲は満たされていた。己れのものは再び起つ気配もない。だが‥‥ じりじりと胸底を灼く渇きに、王は、芳しい髪に埋めていた顔を上げた。 そこに、その身を戦かせるものに耐えて、静かな横顔があった。端正な面差し、闇に開かれた双眸は何を映すのか―― こ奴を‥‥食らい尽くせるなら‥‥ 胸に疼き続ける昏い望みのままに、尖って長い耳に歯を立てた。たちまちに口中に溢れだす冷たい流れをすすり込む。痛みに、腕の中のものが息をつめた。噛み切れば塵となって消えてしまうであろう身肉を、執拗に歯を立て噛み絞る王に、たまらず身を強張らせる、エリエンはだが抗うこともせず、ただ暗い褥を握り締めた。 王が口を離したときエリエンの片耳は形をなさぬまでに噛み砕かれていた。 それでも‥‥こ奴は、音を上げぬ‥‥ 燠をともした双眸が暗く煙る。 「己れを‥‥歔かせるには、やはり‥‥」 王は、淫靡に湿る吐息とともに、尖らせて唾液を乗せた舌先を血塗れた耳孔に差し入れた。 「あ‥‥ッ‥‥」 怖じ震える声を放ち、エリエンは弱々しく身動いだ。その頭をかき抱いた腕に押さえ込み、王の舌は犯す。 捻り込まれ、ねっとりと蠢く舌に誘われるように、しなり立たせたまま放置してあったエリエンのものが、押し拉ぐ下腹に、熱く、脈打った。 声もなく喉を嗤い震わせた、王は密着した腹の間に手を滑り込ませ指の先にとらえたそれを掻くようになぞり上げた。 刹那――エリエンの総身が硬直する。 「―――ッ!」 奥歯に悲鳴を噛み殺す。その体が瘧のように震えた。 残酷さを潜めた優しげな顔が薄く、笑み歪む。繋がり合った体を離し、身を起こした王は、しなりきったそれに執拗な指を絡めていく。 「肌は‥‥冷たいままだが‥‥己れのここは、かくも熱い‥‥」 王を迎え入れるために、大きく割り開かれた下肢――その間に腰を据え、曝け出された奥処を――視線で舐り、指で、嬲る、王は屹立に絡めた指はそのままに、雪白の肌を戦かせてぞろりと内腿を撫で上げた。 無残に裂け血を流す狭間の極みに、とらえたものをゆるゆると責め苛む、王の指の動きのままに、エリエンは身をたわめ、四肢を引きつらせた。 深々と差し込まれた手の先におもうさま弄ばれ、焦らし尽くされて、やがて、咽び上げる吐息が乱れ‥‥切なく、ひずんだ。 下腹が、妖しくうねる。 「あ‥‥ああ‥‥もう‥‥も‥‥う‥‥」 眉根を寄せ、頭を左右に打ち振り、 エリエンは歔いた。 「もう‥‥何だ‥‥」 しなやかな指に、力まかせに奥処を抉り回され、弓なりに仰反る。 「‥‥い‥‥いかせ‥て‥‥くれ‥‥」 「いかせる?‥‥」 嗤いを含んだ王の声がいたぶる。 「吸って‥‥わたしの‥‥ものを‥‥吸って‥‥くれ‥‥」 かつて、その両眼を抉り青金の玉をはめ込み、意にそわぬエリエンを罰した王はまた、それ以来、エリエンが求めぬ限り決して、その極みに果てさせてはくれなくなった。 いや、たとえ求めてさえ、その恣意のままに、幾度、淫靡な余燼のなかに置き捨てられてきたか‥‥ 股間を苛む熱い残火の消え尽きるまでの長い時を、悶え続ける――気も狂いそうな責苦のなかに。 この時も、 喉を焼く熱い息のしたに哀願するエリエンを、突放すように身を離した王は、石壇の奥の壁面に下がる金襴の綾紐を引いた。 「淫らな奴‥‥己れが、いかに淫らな様を曝しているか‥‥わかっていような‥‥」 傍らに腰を下ろし覗き込む、燠を宿した暗い双眸を見上げて、エリエンが戦いた。 「そうだ‥‥わたしは‥‥淫乱だ‥‥どうか‥‥王よ‥‥この‥‥淫乱な血を‥‥鎮めて‥‥」 口にしながらすでに諦めを滲ませるエリエンの頬を、王は優しいとさえいえる手つきで挟み、顔を寄せた。 「己れにとり‥‥この身は、何だ‥‥ただ、吹きすぎる、風か‥‥あ奴が老い、生を終えるまでの間を‥‥己れの上を吹き抜けて去るだけの‥‥風か‥‥」 「王‥‥よ?‥‥」 「よいことを、教えてやろう‥‥あ奴は‥‥もはや、老いぬ‥‥」 「老い‥‥ぬ?‥‥」 「竜の血‥‥それは、いかなる傷をも病をも癒す不死の霊薬‥‥知らぬものはない‥‥だが‥‥グリエムンの王家に伝わる秘事‥‥竜の精‥‥それは‥‥不老の妙薬だとな‥‥竜の精を口にするかぎり‥‥そのものは、決して老いぬ‥‥永遠にな‥‥」 その瞬間――鋭く喘いだ、エリエンが弾かれたように身を起こしかけて、王の手に押さえ込まれた。その胸を貫いた鎖が鳴る。 「知らぬ‥‥そのような――知らぬ!――」 咽び上げる声は悲鳴となって、絶えた。全身を激しく震わせて、王を見上げる。その、紫黒の双瞳が映し出すものは、まぎれもない恐怖だった。絶望――だった。 「何も知らぬ‥‥哀れな竜よ‥‥終わりはない‥‥我らに、終わりは、ないのだ‥‥」 不意に、王のまわりで無数の燐光が弾け散った。 「逝くか――去くがよい! だが‥‥」 不敵に笑む、王の声に気圧されたように、まき起こりかけた燐光の嵐が鎮まる。 「あ奴を‥‥八つ裂きにはせぬ。その時には‥‥あ奴の両手、両足を切り落とし、目を抉り、舌を抜き、死ぬまで下卒どもの慰みものとして鎖に繋ぐ。夜昼となく牝に飢えた兵どもに犯され、狂うかも知れぬな‥‥」 「おのれッ――!」 それは、王が初めて耳にする、猛々しいまでの呻きだった。 だが、同時に、王を取り巻いていた燐光が消えた。その体の震えまでが、絶えた。 ただ―― 切れ上がった眦が金砂の煌めきに染まる。 泣きたい‥‥と、願ったエリエンが泣いていた。 とめどなく頬に伝い落ちる、それは燐光を放って青い竜の血だった。 涙を持たぬ竜人は、涙のように血を流し、声もなく泣いているのだった。 そして、 それさえも、王は貪る。 顔を寄せ、舌の先に舐めとっていく。 「己れの眼‥‥ようやくに‥‥我を、見たな‥‥向けられるだけではない‥‥この身を、映すだけではない‥‥美しいだけの紫玉‥‥ではない‥‥」 舐め尽くせぬ血の涙を惜しげに顔を離した王の視線が絡みつく。 「たまらぬ‥‥その光‥‥」 苛烈な、光だった。紫黒の双瞳に冷たく凝る――それは、凍てつくほどの憎悪だった。 「その‥‥顔‥‥」 かつて――王の手にかきたてられた淫靡な情炎に束の間ゆらぎはしても、深い寂寥を湛えた冷たくも端正な相貌はその静けさを失ったことはなかった。 今、張りつめた蒼氷の鋭さが青褪めた影を落す。その面差しは、凄艶でさえあった。 甘やかに吐息し、陶然と、王は微笑む。その顔が微かな物音に上げられる。 「来たか‥‥」 低い唸りが応える、漆黒の壁に下がる金襴の呼紐の合図に呼ばれたムゴルであった。 VOL5-6 − to be continued − |