VOL6-2
熱い舌に口を嬲られ戦く胸を、もう一方の手がまさぐりもみしだいた。 抗いはしなかった。なされるままに顎から背に回された腕に抱え込まれながら、だが、突放したいのか、縋りつこうというのか、震える両手が隆と肉の充ちた肩をつかむ、その爪が鞣革のような肌に食い込んだ。 「抱かれるのは――いやか――」 エゴウが顔を上げた。探るような蒼瞳を向けられ、テッサは表情を凍りつかせる。 「‥‥こわい‥‥」 「恐い? 俺が、か?――」 「あたい‥‥あんなじゃ‥‥なかった‥‥あんなに‥‥なってしまって‥‥」 「あんな?――」 一瞬、いぶかしげに細めた目元を笑み歪める、男の手がすっと胸から下腹に滑った。 「あ‥‥」 身を強ばらせる、テッサの淡い茂みを熱い掌が包み込む。ゆるゆると蠢く手が、指が、茂みを割り秘めやかな場所を責め嬲った。 「ああッ‥‥」 しなやかな背がたわみ、額が押しつけられる、その首筋を舐って、男は熱く囁きかけた。 「今まで、誰もお前を喜ばせようとはしなかったようだな‥‥」 苦しげに眉根を寄せる、娘はただ息を喘がせただけだった。 その下腹が妖しくうねりだす。 艶めいた呻きを漏らし、さらなるものを求めるように腰を浮かせ弓なりに身を反らせた、娘の戦きを這わせてはりつめた下肢を待ちかねたように大きく押し開き、エゴウは己れを推し進めた。 いつしか、灯火は燃え尽きていた。 閉ざした板戸を震わせて、吹き荒ぶ雪嵐の唸りが闇を満たす。 その闇の底を、荒い吐息が、這う。 律動的な木の軋み、 肉を打つ湿りを帯びた音―― 喘ぎは熱く、むせび泣くように高まり、 やがて――絶えた。 「これからは、ここがお前の寝床だ。好きなだけ、寝ていろ――」 長い、沈黙を置いて男が告げた。 気配が立ち、足音に続いて扉が開き閉じる。 男は部屋を出ていった。 テッサは、うつつに聞く。 なぜ‥‥ 涙が出るのか、一瞬、意識を過った思いに答えの見出せぬまま、気怠い闇のなかに沈んでいった。 嵐は去った。 かつてはあれほどに脚しげく通っていた城下に、エゴウはもはや足を向けようとはしなかった。 エゴウの寝台が――その、腕の中が、テッサの寝床になった。 夜ごとに、当然のこととして求めてくる腕に抱き拉がれ、濃密な愛撫を加えられ、熱く猛々しい男を体の奥深く迎え入れる、テッサは悶え、歔いた。 エゴウはその巨躯のままに疲れを知らず、倦むということを知らなかった。 夜は長く、また、短かった。 吐息は喉を灼き、熱い痺れが頭の芯を晒す。 夜々、白熱した視界の中に、テッサの意識はさらわれていった。 そのような日々のなかで、 テッサは、厩舎に脚を運び続ける。 城にともなわれた頃と変らぬ、どこか張り詰めた表情のまま、黙々と馬ぐしをかけるテッサがふと顔を上げた、そこに、飼葉を運ぶ手を止め己れを見つめているノルドルの顔があった。 薄暗い厩舎の中で、窪んだ眼窩の奥の双眸が底光る。 「何が狙いだ‥‥好きでもない、馬の世話をやく‥‥」 不意の声に、一瞬、息を呑む、 「そんなこと‥‥ない‥‥」 言葉を絞りだしたときにはノルドルは背を向けている。 「領地に帰れば、殿には奥方も、お子達もいる‥‥」 軋るような声を残し、水桶を下げた後姿が厩舎を出ていった。 テッサはよろめくように壁ぎわに寄り、腰を落した。震える手で顔を被う。 「リュー‥‥」 あたい‥‥何を‥‥しているんだ‥‥ 城に入り込めれば合わせてくれると言った、黒衣の騎士の薄笑に歪む鋭い双眸を思う。あれは‥‥あたいを、いたぶっただけだ‥‥だから、エゴウ様のものになってまで、その手を逃れたのではなかったか。 それなのに‥‥その言葉に、いつか縋っているテッサだった。厩舎であれば、あえるかもしれない‥‥と。 内郭から外郭への大路ともいうべき中郭の広場に往来するものたちが、厩舎からは一望できた。それは、テッサの姿が目に入るということでもある。水を汲みながら、藁を運びながら、ふと手を止めて通り過ぎる黒衣の騎士たちを目で追うテッサを、ノルドルはどう思ったか――これを知らされたとき、エゴウ様はどう、思う‥‥ 目を閉ざした闇に笑い含むような煌めきを放つ蒼瞳を見る、テッサの口に細く、吐息が喘ぎ洩れる。 どう‥‥したらいい‥‥ テッサの思いは、重い足音に断ち切られた。 井戸から戻ったノルドルは柵の前に水桶をおき、あわてて立ち上がるテッサの手から馬ぐしを取り上げた。 「もういい。あとは、やる――」 すがるように見上げるテッサには目もくれず、馬の背をこすり始める。 テッサは言葉もなく、黙々と動く腕を、背を、眺めていたが、やがて、重い足取りでその場を離れ、厩舎を後にした。 一所にいたたまれぬように、暗い廊下をたどる、影がある。 傷が癒え床を離れてから二十日ほどが過ぎたいま、その姿を見咎められることもなくなった兵舎の中をうつろう、影は、やがて小塔の螺旋階段を上り、城壁の上に出ていった。 つみしいた雪が冴々と白い、数人が並び歩けるほどに幅広い屋上の歩廊――そこに、 ノルドルに拒まれ厩舎にいくこともなくなったこの数日を、暗いしみのように、テッサは佇む。 時を忘れた視界にあるのは、長い歩廊の両側をふさぐ狭間胸壁と雪を孕んで広がる白い空、断崖のような北の内城壁、その東端、歩廊の正面に黒々とそびえ立つ円塔だった。 塔と内城壁、中郭と内郭を隔てるそれは中郭の外城壁より、さらに二層の高処にそびえ、間近に立てば見上げるほどに高い。主塔はその頂さえ見えなかった。 それでも。 あそこに‥‥リューはいる‥‥ この日も、昼すぎからそこに立ち続けていたテッサだった。顔も、手も足も、寒気にさらされ感覚もない。仰ぎ見る塔はいつか、その陰欝な姿を黄昏のなかに没し去ろうとしていた。 もう‥‥戻らなくては‥‥ 強ばりついた脚を背後の小塔に向ける。その脚が重いのはだが、凍えたためばかりではなかった。 中郭の、兵舎のある東翼でこそ咎めも受けず歩き回れるテッサだったが、許されたのはそれだけだった。傷が癒え、はじめてノルドルにともなわれ部屋を出るとき、釘を刺すように告げられことだった。通行証がなければこの中郭を出ることさえ許されないのだ。まして内郭との境は城壁の歩廊も内城壁の門も、監視所の衛兵に厳重に守られている‥‥ くじけそうになる己れを奮い立たせるように、テッサは激しく首を振った。 あたいは‥‥今、城にいる‥‥ 闇の込めた螺旋階段を下りながら念じるように思う。ただ仰ぎ見るしかできなかった城の中に、いま自分はいるのだと。思い続ければ、内郭にさえ、いつか、きっと‥‥ だが、暗い双眸に凝らせた強い光が、ふと、揺らぐ。 城下に通わなくなったエゴウは、テッサに飽きる気配を見せなかった。飽きるまでといった、その時までは城にいることはできようが、ともに眠る腕のなかから、抜け出すことはできない。昼日中、監視兵の目を逃れられるとは、とても思えなかった。一夜、エゴウ様がいない夜が、あれば‥‥ だが、そんな夜が、いつ来るのか‥‥ 己れの思いにとらわれていたテッサは気配にさえ気づかなかった。不意に、行手をさえぎられ、息を呑み立ち止まる。 三層の踊場だった。 日没とともに灯された壁灯の光を背に受け闇が凝ったような人影が眼前を塞いでいた。振り仰ぐ、頭上の顔が仄白い。 だれ‥‥ 無言の影に脅かされ、身を退らせる、その左頬に硬く、何かが圧しあてられる。 「ああ‥‥」 肌を灼くほどに冷たい、鈍い痛みを引いて頬を滑るその感触に、竦み立つ身体を戦慄が絡み上がった。 VOL6-2 − to be continued − |