VOL6-8
闇の広間に、 二基の壁灯は、虚ろに闇を照らす。 漆黒の石壇に上がったエリエンは、その闇に沈むように褥に身を横たえた。 リュールの視界から逃れ出た、途端に熱く疼く期待に、息をつめる。 王はだが、足首までを被う豪華な上着を脱ぎ落としただけであった。肌も見せぬまま傍らに腰を下ろし、エリエンの上に視線を遊ばせる。 切れ上がった眦を金砂に染めて、エリエンはその、暗い双眸を見つめた。 「何故‥‥この身を責めぬ‥‥」 苦悩をにじませた吐息が唇に揺れる。 「責めて――欲しいか――」 王の手が、大腿におかれた。 それだけのことで、痺れるような疼きに股間を食まれ、偽りもできぬ戦慄の波紋がエリエンの肌に広がっていった。 早く‥‥と、うねり上がる餓えが、頭の芯を灼く、目も眩むその一瞬――二つの思いに引き裂かれたエリエンの心から、絶望が、滴り落ちた。 これほどに‥‥王の手に慣らされてしまっている。リュールの痛みを知りながら、それでもなお、王の手が、欲しい‥‥ 欲しい――と、口走りかけ、満身の思いを凝らして閉ざした口に押し止められた熱流が紫黒の双瞳に揺らいだ。 いつまで‥‥このような己れを、押さえられる。この熱流を、堪えられるのか―― 王の手は、ただ、ひたりと、大腿に置かれている。それだけで、呼び覚まされていく記憶は、容赦なくエリエンを誘った。身にまざまざと絡みつき、爪をたて―― かきむしる‥‥ 「かつては‥‥あれほどに‥‥」 嬲り、苛んだ――王は、どこへ行ったか。その意志の下にエリエンを拉ぎ、何故、凌辱のかぎりを尽くさない‥‥ 「もはや――望まぬ――」 エリエンの上に、王の声は吹き抜ける風に似ていた。 「では‥‥何故、この身を褥に‥‥」 「わかって――いよう――」 あくまで静かな声が、胸奥にこだまする。 そう。エリエンにはわかっていた。 切ないまでにひた向きなリュールの思いを、王は抛たせたい、そして自ら、求めさせたいのだ。 リュールを、己れさえを裏切って頭の芯に巣食い、疼いて熄まぬ欲望のままに、王がもはや望まぬと言った、そのことを。 王の手になる肉の悦びを。あの、灼熱の陶酔を―― エリエンは、瞼を閉ざした。 紫黒の双瞳の内に己が意志を裏切って迸しり出ようとする熱い炎を、押し包むように。 今は‥‥まだ、堪えられる‥‥そのために両眼を抉られ、青金の玉に眼窩を炙り灼かれることになろうとも‥‥自ら求めて、王の意に踊ることはできない‥‥ 静かな拒絶に応えて、王は、嗤った。 視界を閉ざしたエリエンには知るよしもなかった、深い寂寥を、その面差しは湛えていた。 韜晦に長けた王であった。 エリエンはただ耳に降り落ちる嗤いに脅かされ、身を硬くする。だが。見つめる王の双眸に揺曳する光は―― 仄かな、それは、王自身、予想さえしなかった、安堵――ではなかったか。 養い子のよせる幼い思いを振り捨て、その肉の悦楽に走れよと、手管を弄してきた己れが、では、これが、心密かに望んでいたことか―― 竜人の愚直なまでの誠実さは、養い子を、その思いを自ら抛つことを許しはすまい、予想はすでに諦めの内にあったが、それでもなお、期待を捨て去ることはできなかった。ただ、官能の餓えによる求めであってよい、 求められたい――と、これほどに切望する己れが、それを、その望みを覆されながら、 何故、安堵する―― その矛盾を嗤いながらも、なお胸底に燃え埋む熱塊をもてあます、 視線は執拗に、その存在を貪る。 この時に至って、何の未練か。口端に噛む自嘲はさらに苦い。なれど―― その身はいまだ、己が手の内にある。 いかようにも歔かせ、悶えさせ、求めさせることは、できる。 呪言の羽音は頭の隅に鳴り止まない。もとより、その身だけを、望んだ己れであったのだ。 王の手が、エリエンの大腿を滑った。 膝裏をとらえ、ゆっくりと割り開いた下肢の間に身を移し、体を重ねていく王に、エリエンが戦き、双眸を見開いた。 「これは‥‥望まぬと‥‥」 惑乱し、喘ぐ、端正な顔を両腕の間に見下ろし、王は顔を寄せた。 「人の心とは、移ろいやすきものよ――」 口を、貪られる――一瞬の怖けに顔を背けたエリエンの耳を、王の笑声がついばむ。 「己れが、逃れようとするか。それが、許されるか――」 嗤いに紛らせた恫喝に、エリエンは凍りついたように息を詰めた。やがて、 「許‥‥されぬ‥‥」 吐息に唇を震わせ、背けた顔を戻した。 苦悩を潜めたその面差しの凄艶さに、熱い嘆声を噛む、 王の口が、重ねられた。 戦く肌を、手が、這いなぶっていく。 手はゆっくりと狭間に滑り、しなやかな指に絡めとったものを弄んだ。たなごころの内に味わい尽くそうとでも、するように。 時の狭間に、 たゆたうように―― VOL6-8 − to be continued − |