※ご注意
 下記の文章には、猟奇的な表現、または、虐待場面などを多く含んでいます。
 心の優しい方、何か過去に心的外傷のある方などは、くれぐれもお気を付け下さい。
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「陛下、守護者ルシェラ、ただ今参上仕りました」
「何をしていた」
 執務室に駆け込む。
 設えられた玉座の足下で、足先で弄んでいたラシェルを強く蹴って退かせ、神王は冷たく目を眇めてルシェラを睨んだ。
「ラシェルに、陛下への伝達を申し伝えておりましたが」
「愚弟の件は聞いている。しかし、遅い」
「エリフィールナもそう狭い星ではございません。手間取りました。申し訳ございません」
 足下に跪く。その間にラシェルは身を引き逃れた。
 乱れた衣類を整え、ルシェラの後ろに控えてこれもまた跪く。
「ご報告申し上げます。ゼルファスティア殿に不審の疑あり、エリフィールナへ参りました所、彼の地に生息する動物などの調教を致しておりました。暇故と申しておりましたが……」
 言い淀む。唾液を飲み込む音が大きく聞こえた様に思った。
 守護者として言わなくてならない。また、自分の為にも。
 額に薄く汗が滲んだ。
「……彼の星には魔獣などの力を持った生物も生息しております。これが謀反の企てでないとは……わたくしに申し上げられません。詳細な調査を要します」
 何処までもゼルファスティアに甘えている。
 その事を申し訳なくも思うし、また、それを甘受するしかない自身に対する並々ならぬ嫌悪も痛感した。
「その程度の事、お前が直々に出向かずとも、直ぐに調べは付くだろう」
「ゼルファスティア殿の居所へ立ち入る事の出来るものは限られます。なれば、わたくしが赴くのが最も適切かと存じましたので」
「お前が望んだのだろう?」
「……それはあり得ません。陛下をお待たせしてまで、会いたいものなど…………おりません」
 口の中に苦みが広がる。
「よく言う。私でなければ誰にでも許すのだろう? あの男にとて抱かれてきたのだろうに」
「お戯れを。お確かめになればよいでしょう。これから、陛下の寝室で。……もう随分時間を超えています。玉座は、夜のものに」
「ふん。………………リファトゥーをこれへ」
 ラシェル無言で立ち上がり、廊下へ続く扉を開けた。
 導かれて、長い黒髪にぞろりとした黒衣をを纏った長身の男が入ってくる。物静かながら、怒りの気配を如実に発している。
「夜に譲ろう」
「…………御意に」
 低い声で答えて玉座の左横に立ち、の背凭れに軽く手を掛ける。神王も立ち上がり、反対側で同じ行動を取る。
 時計回りに一歩ずつ歩を進め玉座を回り、神王の代わりにリファトゥーが座る。
 冷ややかながら温もりのある宵闇の気配が玉座を中心に広がった。
 塗り変わる部屋の空気を見届け、神王は玉座を離れてルシェラの前に立つ。
「では、行こうか」
「…………ええ…………」

「もう良いですよ、ラシェル。下がりなさい」
「……ここで控えております。体調の悪化の際には、お知らせ下さいます様」
 神王の寝室の前、後ろへ付き従って来ていたラシェルを突き放す。
 ラシェルは引かず、扉の横に立つ。
「聞きたいなら聞かせてやればよい。さあ、中へ」
「はい…………ラシェル」
 小さく手で招き、耳元に口を寄せる。
「堪えられる自信がない……異変を感じたら、直ぐに人を」
「……はい」
「何を話している」
「っあ、」
 腕を引かれ、神王の腕の中にあっけなく捕らえられる。
「具合が悪くなった時の、お薬の用意をお願いしておりました」
「どのみち、まだ死ぬ事はない。暫くのたうって居れば落ち着こう」
「……はい…………ラシェル、頼みました」
「畏まりました……」
 ラシェル跪き、深く頭を垂れた。
 その頭の上で、重く扉は閉められた。

 戯れだ。
 そう分かっていても、唾を吐きかけたくなる。
 寝台に上がり衣類を脱ぎ落として直ぐに施されたのは、他愛もない手足の拘束と目隠しだった。
 少し力を入れれば直ぐに解けるだろう。何の意味があるのか分からない。
「今からお前を抱くのは、私だ」
「……当たり前でしょう。貴方の他の、一体どなたにわたくしが身体を許すと仰有るのです」
「だが、お前はいつも私を拒んでばかりだからな……少し、お前の気が楽になる様にしてやろうというのだ」
「何の事です」
「こういう事だよ」
 声音が突然変わる。
 ルシェラは一瞬にして硬直した。

 優しく温かな美声。
 神王もそれなりにいい声はしていたが、まるきり根本が違う、天性の声。
 身体が震える。
「私が私のままに抱いたところで、お前は心で私を拒み続ける。これならばどうだ? いい、だろう? ルシェラ」
 耳元に一つ一つの音を注ぎ込まれる。
「っ……ぁ………………ぁ…………ゃ…………」
 もう、どれ程聞いていないのだろう。
 この愛しい音がこの耳殻に注ぎ込まれたのは…………。
 だが、ルシェラはただ首を振り、自由の利かぬ身ながら枕に片耳を押しつける。
 聞きたくない。
 音が同じであっても、奏でる者が違えば雰囲気はまるきり異なるものになる。
「おやめ下さい、お戯れは……」
 声が震える。
 それには怒りが多分に含まれていたが、同じ程、その声音に惹き付けられてもいる。
 似たもの……ただ、それだけのものにですら、心が揺らぐ。
「抱きたいなら好きになさればいい。こんな小手先の技など……こんな手段に頼らねば、わたくし一人籠絡なさる事も出来ないのですか、貴方は。神王陛下ともあろうお方が……こんな淫売一人手懐けられないで如何なさいます」
「今更、その程度の罵りに心揺らいだりはしない。お前の乱れた姿を見る為になら、どの様な手段にでも訴えようというものだ」
 遠慮のない手が脇腹をざらりと撫でる。
 それと分かる程、ルシェラの身体ははっきりと震えた。
「……っ…………」
 ルシェラは堪えきれず、唾を神王の気配に向けて吐きかけた。
「気の強い事だな」
 かけられた唾を手で拭い、舌先で嘗め清める。
 その気配が分かり、ルシェラますます剣呑になった。
「いい加減になさいませ。大体にして、夜伽は守護者の任ではございません。それを貴方が伏して請われるから、こうして付き合って差し上げておりますものを」
「口まで塞がれたくなければ、ただ艶めいた声だけを上げれば良いのだ」
「なっ……ぁ…………」
 咄嗟に歯を食い縛る。
 身体の芯を掴み取られ、咄嗟に声を上げそうになる自分に憎しみすら覚えた。
 声がルシェラを脆くしている。
 違う話し方、違う雰囲気、それが……声音の所為で何処か曖昧になる。
 奥底の餓えが、ただその声音によって僅かに潤されてしまう。
 それは神王に対する時に、最も必要としていないものだった。
 拒みたい。そう切望するのに、耳から届く音がそれをよしとしない。
「っ…………く…………」
 溢れそうになる涙は目隠しの布に片端から吸い取られ神王の目には触れない。
「……く、ぅ…………」
 茎を握った手が煽る様に強弱を付けて嬲る。
「我慢など、するものではないぞ」
「ん……っ……んん…………」
 掻き乱される。
 違う事は分かっている。何もかも……声を除いて、全てが違う。憎むべき対象だと分かっているし、その憎しみが一切……薄らぐどころかより強く浮かぶというのに。
 身体が動かなかった。

「ルシェラ……」
 滲む狂気にも似た想いが、声音を理想に近づけていく。
「…………ぅ…………」
 口を突きそうになる喘ぎ。これは神王であるという認識。
 鬩ぎ合い、精神が軋んで悲鳴を上げる。
「何故堪える。任せてしまえば楽なのだと、分かっているだろう?」
 頬を撫でる手。大きな、男の手。
「ぁ…………」
 首を振っても振り払えない。
「ルシェラ……この私がこれだけ譲歩してやっているのだ。これ以上譲らぬなら、考えがあるぞ」
「……ですから…………その技巧で、わたくしを落としてご覧なさいと…………っ……」
「愛いものよ。ただその事にしか、縋る事も出来ないか。その愛らしさに免じて、もっとお前の望む様にしてやろう」
「なっ…………」
 軽く息を吸う音が聞こえる。
 ルシェラは身構えた。
「悪かったな、ルシェラ」
「ふ、ぁ……」
 手はそのままに口調が変わる。声音に対応した……リファスの口調に。
 鼓動が跳ね上がる。息も継げず、ただ唇が戦慄いた。
「もう堪えなくていいんだよ、ルシェラ。俺に、任せて」
「や…………やめて……」
 全てを打ち消す様に悲鳴を上げる。しかし、震える唇では弱々しい拒絶にしかならない。
 そんな様では男を煽るだけだと分かってはいるが、抑えが効かない。
 死ぬ道に、生きる道に、均衡の振り子が大きく揺れ動く。
「もう……や……っ……ぁ……」
「では、お前の望みを聞いてやろう。どうしたい。……どう、されたい」
 リファスの声音に、神王のそれが重なり始める。軽い術だったのだろう。
 ルシェラは脱力し、ただ荒く胸を喘がせた。
「言え、ルシェラ」
 凍てつく声が促す。
 呼吸を整える間すら与えられない。
「……わたくしは……っ…………」
「この手をどう、して欲しい?」
 肉茎を掴んでいた手が僅かに離れ、指先が雫を滲ませる先端を弄う。
 その度にびくびくと震える腰が淫らだ。
 もっと、と快楽を追う様に腰が浮くと手の動きは止まった。
「ぁ……あ…………っ……」
「さぁ、ルシェラ」
 神王の声、リファスの声。
 口を開く度、そのどちらもが聞こえる。

「さぁ」
「言うのだ」
「ルシェラ」
「ルシェラ」

「ルシェラ────────────────────」

「いや、ぁ……ぁああああああ…………」
 全てを拒絶しようと魂が訴える。
 ふわり、と魔力が渦巻き、ルシェラの髪を巻き上げた。
 渦を巻きながらそれは集約し、光を帯びて神王に襲いかかる。
「ちぃっ」
 神王は咄嗟に敷布を引き剥がし目前に翳した。
 まじないを施したそれは、触れる前に光を掻き消す。
 ひらり、と振ると、微かな光を散らして全てが収まる。
「…………自分の用意の良さを褒めたいものだな」
「っ……ぁ……やっ…………」
「せめて、と力を残してやっていたのだがな……仕方のない事だ」
 軽く魔力を帯びた指先が、何かの図を宙に描く。
「ああ……っぁ……や……ぃ、や……」
「この寝台は気に入っているのでな。壊されては困る」
 ルシェラの四肢から力が奪われていく。身動ぎできるだけの力のみが辛うじて残された。
「さて、本格的に遊戯を始めようか。折角趣向を凝らしてやったものを、気に入らぬ様子だからな……」

「好きなだけ拒め。拒むだけ、未だよいというものだ」
 力を奪われ、ルシェラはぐったりとただ寝台に横たわっている。
 何を警戒しているのか、目隠しも手足の拘束も、未だ解かれはしていない。
 余りに無防備なその様は、全てを諦めているかの様でもあった。
 まだ拒むだけの方策は残されている。しかし、ルシェラはそれを選び取るだけの頭の働きも気力も失っていた。
 ゼルファスティアの優しさに触れ、何処か男という存在を拒めない心持ちになっていた事もある。
 その上に精神的に揺さぶられ、疲弊しきった心が考える事を放棄しようとしていた。
 心を保っている状態ならば、例え身体を投げ出しても心は明け渡さない。冷たく突き撥ね、眉の一筋も動かすことなく事を終えても見せただろうが、今のルシェラにはそれを望むべくもなかった。
「ん、っ……ぁ……ぁ……っ……」
 尖った胸の飾りを指で強く摘まれ、背が撓る。
 軽く引き、その硬くしこった所へ針が宛がわれる。
「くっ……っ……」
 ぷつり、と躊躇いもなく針が刺さる。
 奪われた力は腕力や魔力、霊力だけでなく、治癒力までも含まれていた。神々を輩出するのではない星に住む人々と同じ程にまで弱められている。
 貫かれた針の端に抑えを嵌める。美しい紅玉で飾られたそれは、膨らみこそないが皓く滑らかな胸によく映えた。
「ぃ……ぁ……」
 もう片方にも同じ様に施され、更にはその二つが細い白金の鎖で繋がれる。
「お前には鎖がよく似合う」
「…………ぅ…………」
「ここにも、な」
「ひっぁ……や、ぁ……ぁ……」
 僅かに身を捩る。しかし胸の痛みが身動ぎを阻む。
 半ば立ち上がっている肉棒を手で弄われても、ただ引き攣る様に腰を震わせるだけだ。
「抵抗しないのか? お前ともあろうものが」
 閉ざした目を開きもしない。その程の力は残してある筈だが、ルシェラは手を振り払う事もしなかった。
 神王はそれを見て口元を歪める様にして笑う。
「後の為に力を温存しているつもりか? だが……今宵は、そう上手くいくかな」
 茎の先端に細いものが触れる。
「っ、く……」
「余計な力を入れているがいい。お前の容貌は、苦痛に満ちてこそ輝く」
 胸に飾ったものと似た……それより少し大きい輪状の装飾具だ。留め金の片方は鋭く尖っている。それを、先端の窪みに引っかける。
「この宝石の輝きも、お前の血の色の前にはくすんで見える」
「っ、ひっ……ぁああっっ!!」
 容赦なく、刺し貫かれる。
 堪えようもなく、痛苦を示す悲鳴が上がった。
 咄嗟に逃れようと腰が動き、傷が広がる。
「あ、ぁひ……ぃ……」
「美しいぞ、ルシェラ……」
 宥める様に耳穴に顔を寄せ嘗め舐る。反射で背筋が粟立った。
 留め具を嵌め、胸から垂れる鎖を繋げる。少しばかり短く作られており、今の状態で丁度良い長さの様だった。
 嵌められた装飾具の周りの皮膚を押すと、細い筋となって血が流れる。
 紅いそれは、装飾具についた宝石よりも深く美しい色合いだと、神王は目を細める。

「よく似合っている。いつか、お前に贈ろうと思っていたのだ。淫らなお前には、似合いの装飾だろう」
 陽根を伝う血の筋を指先で辿る。
 過ぎた痛みにも関わらず、それは萎えるどころか勢いを増していた。
 被虐嗜好はない。だが、身体は慣れていた。長らくこの男の遊戯に付き合っていれば、厭でも慣れる。
 痛みを快感に、脳がすり替えていく。自分の身体が恨めしい反面、身体は楽になれた。
 均衡が全く取れていない。
 ともすれば乖離してしまいそうな心と身体を繋ぎ止めるには、何も考えない他に為す術が分からなかった。
 治癒力が働いている状態なれば、この様な異物は身体の外に押し出される。この呪が効いている間だけの束縛だ。
 虚ろな頭でぼんやりと考える。
 何を考えているのか……痛みに眩んで、思考が散逸していく。
「外れない様に、術を掛けておいてやろう。これはもうお前の身体の一部だ」
 輪を指先に掛け、軽く引く。
「っぁ、あ……」  頤が軽く跳ね上がった。
 反応してやるのは癪に障る。だが、思考を止めてしまえばただ身体に従うしかない。
 あるのはこの身一つ。この、身体の感覚だけ。
「外したくば、私を殺してみせる事だな。私の力が失せれば、お前は全ての軛から解き放たれよう」
 言葉が素直に心の中へ落ちる。縛られたままであるが幽玄な手が手探りで神王の首へと伸びた。
 考えてなどいない。
 既に、聞こえる言葉ですら脳を通過するものではなく、身体の感覚の一部だった。
「怖いな。…………考えを放棄したお前程恐ろしいものはない」
 折れそうな程に細い手首を掴み、寝台に押しつける。
 両手を纏めても神王の片手で足りる。
「意識だけは保てる様にしておいてやろう。お前自身の意志で、全てを選ばせてやる……ありがたく思え」
 額に指を押し当てる。
「……く……ぁ、ゃ…………」
 額に印が刻まれる。
 何かが頭の中で弾けた。

「許さぬよ、ルシェラ」
「ぁ…………あ…………」
 藻掻き、神王の手を振り払う。
 神王は、ルシェラに選び得る全ての逃げを許さない心づもりなのだ。
 その狂気が意識を引き戻されたルシェラに吐き気すら催させる。
「………………わたくしに…………どの様に、せよと……」
「お前がどうされたいかを聞いてやっただろうに、お前が望みを口にしなかったのでな。私は、ただ……美しいお前を見たいだけの事」
 顔を背け、枕へ埋めようとする。
「…………わたくしは……美しくなど……ない」
「そう思っているのはお前だけだ。当人の考えなど、何の意味も持たぬ」
 髪を掴まれ、顔を向き合わせられる。目隠しが阻んでいるのがせめてもの救いだ。
「こんな顔など……っ……」
「お前は傷ついて尚美しい。この頬が切り刻まれようと、焼け爛れようとな」
「実際に……ご覧になって……仰有いませ」
「…………高を括ってはいないだろうな」
 ルシェラの顔に手を翳す。一瞬にして目隠しに使っていた布が燃え上がった。
「く、ぅっっ!!」
「まだ……これからだ」
「ぅ、う……ぅ…………」
 食い縛った歯列の狭間からくぐもった声が洩れる。
 強く目を閉ざした顔に翳したままの手から、一瞬炎が上がった。
「ぐ!! ぎ……ぅっ…………」
 声も出ない。
 皮膚が焼け、赤く、または白く爛れていた。
 痛みに表情を動かす事も出来ず固まる。
 目を閉じていたのは幸いだっただろう。
 力さえ奪われていなければ、神王の攻撃などで損傷など受けない。だが、今ばかりは勝手が違った。
 咄嗟に繋がれた手で顔に触れ、得意の治癒の術で癒そうとしたが、全く力が発動されてくれない。
 呼吸すら思う様には継げず、胸が痙攣した様にひくついていた。
「お前の美しさは外見などに寄らない。首を刎ねた、その顔容を失った身体ですら……その魂の下にあるならば美しいのだ」
 顔の上で撫でる様な仕草をする。
 僅かに空気が動くだけで晒された表面が痛んだ。
 大声を出して喚きたい。しかし、引き攣る痛みが阻み、僅かに口を開くだけに止まる。
「不完全な方が、よりそそられる。普段のお前は何につけ、隙がなくて詰まらない」
「ひっ!……ぅ……」
 焼けた唇に舌を這わせる。
 目を見開こうとしたが、瞼も焼けて上手くいかない。ただ、ぶるぶると震える。
「言っただろう、傷ついて尚、美しいと」
 罵り、唾を吐きかけてやりたいが、その為には厭でも顔面の筋肉を動かさなくてならない。
 ただ、様々に顔や身体を震わせるだけのルシェラに、神王は苛立ちを隠せなかった。
「動けぬ様だな。詰まらん」
 顔の上をさっと撫でる。
 僅かに傷が癒えた。
「これで、口くらいは利け……っ」
 顔に向け、唾が吐きかけられる。
 それだけで射殺されるか、燃え上がりでもしそうな視線が神王に向けられる。
 神王は思わず、ルシェラの首に手を掛けた。
「それでこそお前だ」

 唇を合わせ深く舌を絡ませようとすると、強く噛み付かれる。
 食い千切ろうとする程強く、逃れようと首に当てた手に力を込める。
「っ」
 離れる。
 ルシェラは苦々しげに、口の中の神王の血を吐き出した。
 神王は神王で口元を軽く拭い、舌の傷を癒す。
「……やってくれる。だが、実際に食い千切ってみろ、リファスはどうなる」
「……………………くっ……」
「玉座に座っている時程ではないがな。今のお前に私を止められるか?」
 力を封じている筈なのに、視線を受ける頬がちりちりと焼ける様に感じる。
 僅かにでも気を抜けばルシェラは術を破るだろう。神王は口元を歪めて笑った。
 そうでなくては面白くない。
「…………好きなだけ傷つけ、思うさまに嬲ればいい。貴方の思う様に、貴方の望む様に。でも……わたくしがわたくしである限り、この心だけは、明け渡しはしない。出来るものならなさればいい。人心を操る事とて、貴方の力でございましょう」
「無駄な挑発だな。出来るものならしている。お前は人ではなく……守護者だからな。神を諫める存在。その心を操れるなら、それはただの傀儡に過ぎん。運命はそこまで愚かではない」
 喉骨が折れる程、一度強く首を押さえつけ、神王は僅かに身を引いた。
「か、っ……はっ……」
 汗腺が潰されて顔からは汗が出ない。頭皮や耳の裏などから首喉を伝い、汗が噴き出している。
「何故お前は私の興を殺ぐ事ばかりを言う。もう少し可愛げのある事は言えないものか」
「……言わせて……ご覧、下さいませ……」
 挑みかかる目で睨み付ける。
 冷たい、凍える様な…………青白い炎の浮かぶ瞳だ。
 目を合わせた瞬間から離れない背筋に走る震えは、情欲なのか、恐怖なのか、もはやその区別もない。
 神王はもう一度、ルシェラの顔に手を当て、強く力を発した。
 肉の焦げる、芳ばしい匂いが立ち上った。

 血の匂いが満ちている。
 切り裂かれた傷から流れ出る血が、ルシェラの皓い姿を彩っていた。
 目にも眩しい程の鮮血。
 辛うじて死んでいないのは、ルシェラがルシェラである為に逃れ得ぬものがあるからだろう。
 背に縦横に走る刃物傷が痛々しいながらも背徳的な艶めかしさを醸している。
 瞳には生気もない。
 戦う力なればルシェラの方が強いとはいえ、先んじて力を封じられては逃れる術がない。まして、ルシェラはそう丈夫ではない。
 意識が無理に覚ませられているとは言え、身体の疲労に全くついて行けなかった。
「まだ……聞こえているのだろう?」
 俯せた背の傷の上を無遠慮に撫でる。痛むだろうに身体は震えもしなかった。
 血に塗れた手でルシェラの身体を仰向けに返す。
 顔は未だ傷ついたまま。上手く呼吸も出来ず、のたうつだけの余力もないままひくひくと痙攣を繰り返している。
「お前の強情さには頭が下がる。許しも請わず、泣き叫びもせず、悲鳴すらも飲み込んで……何故そうまでできる」
 手に付いた血を嘗め取る。
 ルシェラの血液には多分に魔力が含まれており、この神の国に生きる者達全てにとって、それは美味な餌となり得た。
 甘みすら感じる。神王を昂揚させるに十分な味わいだった。
「お前が許しを請うなら……少し手控えようとも思ったのだがな」
 胸から垂れる鎖を引く。
「っ、ん……」
 それから繋がる股間の一物は、幾度か達し、しとどに濡れそぼっていた。
 痛みが快感にすり替わる身体。自制すら効かない事にルシェラの精神は瓦解しようとしている。それを、神王の力が阻んでいた。
「戒めが必要だったか? これでは、ただの性奴と変わらん。守護者の長ともあろう者がみっともない事だ」
 幹を根本から扱き上げる。先端から白い濁りの混じった液体が滲んだ。
 先に付けられた金輪を伝い、糸を引きながら滴り落ちる。
「はっ…………は……」
 息が出来ない。簡単に上がる呼吸を整える術もなく、見る間に表情が変わった。

「苦しいのか? そうだろうな。傷と病での発熱に加え、このざまでは」
 弄っているうちに指もよく濡らされてくる。
 ぬめりを取り、後庭へと指を這わせる。
「ぅ……は……っ……」
 つぷり、と埋められる。
 慣れたそこは、ぬめりを伴っていれば指の一本程度、拒む事はない。
 知り尽くした指が深く差し入れられ、ルシェラを脆くする場所を探る。
「は、ぁ……は……っ……」
 空気を貪る為に閉じる事も出来ない口の端から、だらしなく唾液が滴っている。それが火傷や傷に染み、より苦悶に歪む。
「く…………ぅふ…………」
 細い頤が跳ね、首元が晒される。神王はにやりと嗤った。
「口や心に反して、素直なものだな。艶めいた表情も見せず艶めかしい声も聞かせはせぬ癖に、首から下は隠す事も出来ないか」
「……ぅ……ぁ…………はっ」
 震える鈴口からとくりと蜜が溢れる。指の本数が増やされ更に太く犯されると、ただそれだけで再び白濁とした液体が滴った。
 既に傷つけられている間に幾度か達していた為にそこまでの勢いはなく、薄い。
「満たされている様だな、これしきの事で」
 一度に指を引き抜く。
 びくりと震えた身体が直ぐ様弛緩した。意識はあるが、体力は完全に失っている。
 神王はそのルシェラの髪を掴み、頬を叩いた。ずるりと表皮が剥ける。
「舐めろ」
 ルシェラの顔を跨ぎ、下履きの前だけを寛げて中から取りだした一物を爛れた唇に押し当てる。
 唇が震える。そろりそろりと開いた間から、そっと舌が伸びた。
 そこへ、無理にねじ込む。
「ん、っ……ぅ……ぐ……」
「これで私を満足させられたら、ここまでで終わるやもしれんぞ」
 ゆっくりと腰を引く。下肢を犯す時と同じ様に、思うさま口腔を嬲る。
「ぐ、ぅ……ん……」
 僅かな隙間すら肉に埋められ、全く呼吸を許されなくなる。
 歪む顔に欲情し、ますます質量を増していく。ルシェラにとっては、この上もない悪循環だった。
 ただひたすらに苦しいのに意識を出なす事だけは許されない。
 術が緩む気配はまだなく、死の気配だけがひたひたと歩み寄ってくる。だがそれは周囲を行き来するだけで、その手に触れる事もない。

「ぅ…………っ…………」
「ふっ……いいぞ、ルシェラ…………」
 この口内を蹂躙するものを食い千切ってやりたい。そう思っても、噛むだけの力もない。
 弛緩している身体では、手枷の戒めを乗り越えてまで、抗う事も出来ない。
 何も出来ない。
 繋ぎ止められた意識の中で、涙に視界が揺れる。
 塩分の多い涙は、頬を伝って酷い痛みを齎した。
 ルシェラの形の良い口には到底収まり切らなくなった頃、漸く神王は腰を引いて出て行った。
「がっ……かはっ…………」
 出て行きはしたものの、唾液と神王自身から滴った粘液とが喉奥で絡み、僅かにあった気道すら塞がれている。
 ひゅうひゅうと厭な音がし、酷く咳き込む。
 吐き出した唾液や痰は、紅く染まっていた。
「くふっ……く…………ぅ……」
 髪を強く引っ張られる。
 上向きになった顔に、どくりと生暖かく生臭い液体が掛けられた。
「ぅ……ふぁ…………」
 舌を伸ばす。
 それが、生命の固まりだと知っていた。
 僅かにでも、摂取できる力があれば……それがどの様なものであっても糧になる。
 白濁した液体は二、三度に渡って頬や額に向けられた。
 滴り落ちる度に、叫びたくなる程の苦痛が襲ったが、逃れ得るものではない。
 痛みに震える身体へ向けても放たれたそれは、ルシェラの全てを穢していく。
 焼け爛れ、切り刻まれ、嬲り者になり、男の欲望に穢されても尚……ルシェラは白く清らかに、美しかった。
 神王は一際強く髪を掴み直すと、ルシェラを寝台の上から投げ捨てた。

「ラシェル! 控えているのだろう? 入室を許す」
 室外へ向けて発する。
 直ぐ様扉が開いた。
「お呼びでございましょうか」
 室内に満ちる生臭い匂いに眉を顰めながらも、跪いて深く頭を下げる。
 ちらりちらりと探るが、ルシェラは視界に入らない。
「相手をしろ」
「……ルシェラ閣下は……」
「使い物にならん」
 はっとして顔を上げ、室内を見回す。
 寝台の向こうに、紅く染まった足先だけが僅かに覗いていた。
「閣下!! っ、陛下!?」
 駆け寄ろうとした身体を抱き留められる。
 ラシェルは咄嗟に身を屈め、腕を逃れた。
 低い姿勢のまま神王を横をすり抜け、ルシェラに駆け寄る。
 腕を再び捉えられたが、軽く手首を捻り簡単に外してしまう。
「閣下の御身、お引き受け致します」
「その前に私の相手だ。それは本当に役に立たぬ。お前程恭順であれば、こうまで興が殺がれたりもせぬのだろうが」
「閣下の御身の安全が保たれてからでも遅くはございません」
 床に伏したルシェラを抱き起こす。
「ひっ…………」
 抱き起こしたばかりの身体を取り落としかける。
「なっ…………こ、これは……」
 皮が剥け肉の浮かぶ顔。血塗られた身体。生気のない瞳が、それでも緩慢にラシェルへと向けられる。
 瞳は、ラシェルに自分に構わぬ様にと告げている。
 触れ合う端から伝えられるのは、ただ、ラシェルに対する謝罪ばかりだった。
「…………閣下…………」
「直ぐに癒えては詰まらぬのでな。軽く術を掛けたまでの事」
「明日、お仕事をお命じになられたのでありませんか。それを……この様な…………」
 それ以上、言葉にならない。
 ルシェラの傷ついた顔に手を翳す。しかし、神王の魔力に阻まれて癒えはしない。
 ラシェルはルシェラを強く抱き締め、神王に冷たくも燃える様な憎悪の視線を向けた。
 しかし、神王は嗤って軽く受け流す。
「なに、一晩眠れば術も解け傷も癒えるだろう。問題ない」
「閣下の御身は羸弱にて、一夜の安らぎではとてもお役目を務めるまでにはなりますまい。閣下を寝所までお届けし、御身の安静と治癒を確保致しましたら、直ぐに戻ります故。この場は……どうか」
 澄んだ青い瞳から涙が溢れている。

「私の命には従えぬと?」
「私が守護致しますのは、水を司る神、イルトゥーン様ただお一人。私が跪きますのは、ルシェラ閣下ただお一人。私の立場は、貴方に跪く様には出来ていない。それとも、今すぐに……リファス様を殺し、代わりにファリアを捕らえ封じられますか?」
「くっ………………構わぬ。一度下がれ」
 分が悪い。
 神王は舌打ちを隠しもせず、苛々と顔を背けた。
「畏まりました」
 ルシェラを軽々と抱き上げる。顔立ちだけではなく体格もよく似てはいたが、健康でそれなりに武術も心得ているラシェルにとってルシェラの身体は余りに頼りない。
 室内を見回し、寝台の天蓋から下がった薄布を強く引いてルシェラの身体を覆う。
 布に水の癒しの術を施し、これ以上の悪化を防ぐ。
「では、失礼致します」
 ラシェルは、そのまま、神王を一瞥もせずルシェラを手に寝室を辞した。

 ラシェルが気力を保っていたのもルシェラを帰して寝台に横たえるまでだった。
 即刻サディア達守護者の根幹をなす者達を集める。
「ラシェル、何があった?」
 子犬の様な目で恐る恐る伺うファリアに返す視線にも余裕がない。
「ねぇ、ラシェル」
「少し静かに出来ませんか」
 睨み付けられ、口を噤む。
「穏やかではないな、ラシェル。ルシェラが、何かしでかしたか」
 腕を組み、ラシェルを一瞥するサディアに対しても容赦がない。
「何かなされたのなら、まだ……」
「……何もしなかった事に怒っても仕方があるまい。リファスの事がある限り、動きようもないのだから」
「限度はございます」
「怖いわねぇ……」
 ね、と顔を見合わせる二人の少女。
 火の神の守護者ユーリアと、風の神の守護者レシューラである。
「ルシェラは今眠ってるの? こんなに怖い気配を満たしちゃったら、落ち着けないわ」
「眠る事も……まだ、許されておりません。四大神の守護者の力を合わせれば、直ぐにも術は解けましょう。力を貸して下さい」
「許されて……って、どういう事よ」
「………………神王陛下の術が…………いえ、あれは術ではなく、既に呪の域…………」
「呪…………」
 その言葉が場に揃う者々に重く圧しかかる。
 術に比べ、呪と称せられる力は掛ける側の精神の作用が強く働き、それを解くのは容易ではないとされる。
「とにかく、様子を確かめなくてはなるまい。ルシェラに会わせろ」
「…………ファリアは外で」
「何で!? 俺達の力を合わせなくちゃだめなんだろ」
「ラシェル…………そんなに、酷いの?」
「……………………」
 ラシェルは俯いたまま、答えられない。
 その横を抜け、サディアはルシェラの部屋へ踏み込んだ。

「……………………なるほどな」
 口では冷静を装いながら、サディアは思わず目を背ける。
 そして、後ろに続いた者達を手で制した。
「サディア!!」
 ファリアは頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「大人しくしろ、ファリア。落ち着いたら、入れ。ユーリアもだ。レシューラは構わん、入れ」
「何よ、それ」
「大人しくしろ。ルシェラの身体に障る」
 手で制された端を除け、レシューラが先に入る。
 びくりとして足を止めた事だけは、制された二人の目にも届いた。
「……レシューラ……?」
「…………そうね…………ファリアやユーリアには、少し刺激が強すぎるかもしれないわねぇ…………」
「そんなに…………酷いの?」
 背の低いファリアは背伸びをして、背の高いユーリアも、それなりに伸び上がって伺うが、天蓋から下がる布に阻まれた寝台の上まで視線は届かない。
「…………これは確かに呪でしょうね。覚悟が出来たら、お入りなさいな。でも、大きな声を出したり、取り乱したりは駄目ね。ルシェラが苦しむわ……」
 寝台の傍らに跪いたのが分かる。
 サディアは漸く腕を降ろした。レシューラの側に寄り、ルシェラの様子を伺う。
 ファリアとユーリアは顔を見合わせ、お互いに深呼吸を一つ吐くと恐る恐る近寄った。
「っひ……」
 二人揃って、ルシェラを覗き込んだ瞬間に息を止め、身を竦めてしまう。
 血に染まった姿は、余りに刺激が強過ぎた。
 手を強く握りあったまま動けなくなる。

「ラシェルはどうした」
「……ここに」
 部屋には入らず、皆の様子を見届けている。
 サディアは軽く首を傾けてラシェルの様子を伺った。
「解呪を行うのだろう?」
「…………サディア様に、私の代わりをお願い致します」
「…………そうか。気をつけてな」
 言葉が足りなくとも、ラシェルが何をしようとしているのか、何をせねばならないのかを理解する。
「……私は、閣下程真っ直ぐでも、純粋でもございませんから」
「ファリアを悲しませる事だけは慎む事だ」
「ええ…………」
 行きかけたところへ、ファリアが気づく。
「何処……行くんだ?」
「閣下の解呪を頼みますよ。貴方が欠けては、上手くいかない」
「…………陛下の所?」
「私は、この顔を持って生まれただけの責任は果たします。それだけの事……」
 ファリアは一瞬泣き出しそうに顔を歪めたかと思うと、思い切りラシェルに飛びついた。
「…………行かないでとは……言っちゃ駄目だよな……」
「……直ぐに帰りますから」
「うん。……待ってる…………んっ……」
 唇が重なり合う。
「ぅ……ぅふ……ん……」
 くちり、と舌と唾液が絡み、淫らな音が立つ。
 耳から犯され、ファリアは目を細めた。
 注ぎ込まれる蜜を嚥下する。
 愛しい子供を見詰める様な眼差しでファリアを見詰め、思う様に味わった後、ラシェルはゆっくりと唇を離す。
 くたりと力の抜けた身体を支え、サディアに引き渡した。
「頼みます」
「ああ…………待たせると厄介だ。早く行くがいい」
「はい……」

「ホント、ヤな感じよね。あの男、神王廃位は出来ないもんなの?」
「リファスが欠けていてはな……。今何を言っても仕方がない。始めるぞ」
「ええ……」
「早く、楽にしてあげなきゃ」
 ぱんっと自分の頬を叩き、気分を切り替えてファリアは寝台の左枕元に立った。
 それを機に他三人もそれぞれ散る。
 寝台を囲む様に魔力で結界が張られる。
 ルシェラの力ない瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。


作 水鏡透瀏

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