01.Song of start ending

真新しい制服に身を包んで、鏡に映してみる。
以前の学校は、白いシャツに紺色のスカートだったけれど、今度はセーラー服だ。 えんじ色のタイを胸元で結ぶけれど・・・慣れないせいか、ちょっと曲がってる・・・。

私の部屋は、2階の角部屋。お館様が( 信玄さんは、みんなからこう呼ばれているらしいので、私もそう呼ぶことにした ) は海が好きか?一番よく見える部屋を用意したと言って、用意してくださったお部屋だ。 今朝の水面は穏やかで、たくさん光の粒を放っている。今日も晴天だと良いな。
同じ階で寝起きしている佐助さんは、きっともう台所。階下からは、香ばしい焼魚の匂いがする。



「 おおーい、朝食にするぞー! 」
「 はぁい 」
「 あ、ちゃん!旦那、起こしてきてー!! 」



階段から下を覗けば、エプロン姿の佐助さんがいて。遠くから、お館様がリビングに歩いている音がした。 急いで幸村くん( 聞いたら同級生だというので、さん付けはやめた )の部屋を尋ねて、ノックを繰り返す。



「 ゆ、幸村くん、おはよう。起きてる? 」



返事はない。まだ寝てるんだろうか・・・?

幸村くんが同い年だと聞いて、私は嬉しかったのに。幸村くんにとっては、逆だったようだ。 大学生の佐助さんや、親子のように年の離れたお館様とはいい関係を築いていけそうなのに・・・。 幸村くんとは、あの、初日の出来事以来、まともに話してもいないし、目もあわせてくれない。



「 あ・・・あの!ゆき・・・っ 」
「 ・・・うああッ!!! 」
「 え 」



中から悲鳴が聞こえて、思わずノックしていた手を止める。ガタン!ドン、ドサッ!!と何かが落ちる音がした。 え・・・一体、部屋の中で、何が起こっているの?部屋の外からもう一度、彼の名前を呼ぶと。



「 だ・・・大丈夫で、ござる。すぐに支度をして、降りるでござる 」
「 え、あの、ケガとかして、ない? 」
「 心配ない。とにかく、先に降りていてもらえないか・・・ 」
「 ・・・うん 」



私は小さく答えると、階段を降りて行った。足音を立てないように、なぜか気を遣ってしまうのは・・・彼に、 拒絶されたような気分になっているから?( ・・・拒絶されるのなんか、慣れているはずなのに )チクン、と 痛んだ胸に手を置いた。

数日経って。
道場と繋がったこの家には、主のお館様と、門下生の佐助さんと幸村くんと、遠戚の私の4人が住んでいると知った。 道場には色んな人が出入りすると知っていはいたけれど、一緒に寝起きする人までいるとは驚きだ。

だからだろうか・・・この家は『 居心地 』が良すぎる・・・。

道場の門扉は、たくさんの人の為に開かれた扉だから。 今まで狭い『 世界 』しか知らなかった私にも開かれているんだと気づいて・・・怖くなるの。
未知の世界に足を踏み込んで。温かい手を差し伸べられて、その手を・・・本当に、信じていいのか、迷ってしまう ( そんな臆病な自分が、物凄く嫌いなクセに )



「 ・・・おはよう、ございます 」
「 うむ。良い朝じゃの、 」
「 ちゃん、おはよう!旦那は、起きたかい? 」
「 は、はい。先に降りるよう言われて・・・ 」
「 そっか。じゃあ、先に食べていようか。朝はみんな忙しいしね 」



食卓には、もうお館様が座っていて。佐助さんが盛ったご飯を並べようと、私もすぐ手伝いに入る。 全員分並べ終わった後に、慌しく階段を降りる音がして、寝癖だらけの幸村くんが姿を現した。



「 おはようございます、お館様!! 」
「 寝坊とは・・・気が弛んでるぞォ、幸村ぁ! 」
「 お館様ァァァ!! 」
「 はーいはい、二人とも!!ちゃんがビックリしてるから! 」
「 ・・・え、私、ですか? 」
「 兎に角、せーのっ 」



いただきます、合掌。
同時にすごい勢いで、幸村くんがご飯をかき込んでいく。お館様の隣で呆然としていたら、佐助さんにちゃんも 早く食べなーと声をかけられた。二人には珍しくないのかもしれないけど・・・4日目じゃ、この光景にまだ慣れない。






学校は、やっぱり幸村くんと同じだった。
食事が終わって飛び出していきそうな幸村くんを捕まえて、お館様が言った。



「 幸村、をわしだと思って、仕えよ 」



と言われれば、幸村くんだって頷かざるを得ない。しかし・・お館様の言葉は偉大だった。 はッ!とお館様に頭を下げるのを見て、お館様は満足そうに幸村くんにひとつ頷いて、私へと視線を移した。 しばらくは幸村と一緒に登下校をするが良かろう、初心なところはあるが、あいつに そなたを預けておけば、わしも安心じゃ、と高らかに笑った( ・・・安心? )

そのことを、玄関先で見送ってくれるために待っていてくれた佐助さんに話すと、彼もくすくすと笑う。



「 大将も心配してんだよ。ちゃんのこと 」
「 そう、ですか? 」
「 うん・・・あ、待って。タイが曲がってる 」



直してあげるよ、と佐助さんが、タイに触れようとした時、悲鳴じみた声が割って入った。 学ラン姿の幸村くんが、私から佐助さんをべりっと引き離し、護るように私を自分の背で隠した。 あれ・・・今朝まで、目も合わせてくれなかったのに・・・。



「 ななななにをしているか、佐助ェェ!!婦女子の胸元に手をかけるとは・・・! 」
「 んもー、やだなぁ旦那。何、朝から変なこと考えてんの? 」
「 違う!殿は、某にとってお館様と同一人物! 」
「 ( 同一、人物!? ) 」
「 殿に働く無礼は、お館様に働いたも同然!佐助とて容赦せぬぞ!! 」
「 はいはい。お館様の一声でこうも変わっちゃうんだから・・・さ、直ったよ 」
「 あ、ありがとうございます! 」
「 ちゃん、旦那、そろそろ出ないと遅刻するよ 」
「 うむ!いってくる!! 」



いってらっしゃい。

そう言って手を振る佐助さんの姿。こんな当たり前の風景が、ひとつひとつ、心に焼き付いてく。 今までなかった気持ちが、静かに心の中に降り積もっていく。積もるごとに、不安がひとつ、消えていく。

風を切って、颯爽と歩く幸村くんの背中を追いかけながら。
何度も何度も・・・きっと、 私たちが見えなくなるまで手を振り続けるであろう佐助さんを、振り返った。