佐助さんは台所、屋敷中の廊下は幸村くんが担当。
じゃあ、私は?そう考えた時に思いついたのが、お庭掃除だった。
秋が深まる庭を見ながら、箒で落ち葉を集めていった。身体を程よく動かすのは楽しい。
時間も忘れて、隅から隅まで掃いていく。
落ち葉をまとめただけでも、見違えるほど綺麗になったと思う。
・・・あれから、幸村くんとは口を利いていない。
帰ってすぐに部屋に駆け込んだ私を、お館様と佐助さんが心配して様子を見に来てくれたけれど
・・・大丈夫です、の一点張りで通してしまった。
気持ちが落ち着いてから、幸村くんに謝ろうと思っていたけれど。
そのうち、謝罪できるきっかけが掴めないまま、時間だけが過ぎてしまった・・・。
このままじゃいけないのは、わかってるのに・・・どうしたら、いいんだろう。
見上げた空から、ひらりと何かが視界を掠めた。
そのまま視線で追って・・・落ち葉の山へと不時着した、小さな訪問者。
「 これ・・・金木犀? 」
紅い葉に混じってるからこそ、黄色の花が目立つ。ひとつ、ふたつ、ではない。
けれど、お館様の庭に金木犀は咲いていない。今まで、確かに香りはするな・・・と思っていたけれど、
一体どこから?箒を持ったまま、道場の入り口まで行ってみる。
あ、ここにも落ちてる。その向こうにも。花を辿るように歩いて・・・着いた先は、道場のお隣さん。
『 伊達 』
門扉に書かれた文字は、あまりに達筆で惚れ惚れしちゃう。
うちの武田道場も大きいけれど、お隣の伊達さん家も負けていない。
鉄扉なのが、また重厚で( 開ける時、重く、ないのかな )
先日お邪魔した、上杉道場といい・・・この辺は、大きなお屋敷が多い地区、とか?
・・・あれ、そういえば、どこかでこの苗字、聞いたような・・・。
あまりジロジロと見るのも失礼かと思い、踵を返そうとした瞬間だった。
「 ( ・・・えっ ) 」
猫のようにひょいっと襟足を掴まれ、脚が宙に浮いた。
苦しいと思う間もなく、そのまま担がれる。箒が音を立てて地面に転がった。
悲鳴が喉まで出掛かっているのに、上げる前に口を塞がれた。
声も上げることが出来ず、ジタバタしているうちに、目の前の鉄扉が開いていく。
私を担ぎ上げた( たぶん )男のヒトは、無言で門扉の中に吸い込まれていく。
ウソ・・・と驚いている間に、遠くに見えた箒が、扉が閉じると同時に視界から消えた。
男は、私を担いだまま、渡り廊下のような長い庭沿いの道を歩いた。
とある部屋に着くと、開いている方の手で襖を開けた。そして、抱きかかえていた私をそっと下ろした。
乱暴な捕まえ方だったので、もっと乱暴な扱いをされるかとビクビクしていた、のに。
おそるおそる目の前の男のヒトを見上げる( 本当は逃げたかったけれど、足が竦んで動けなかった・・・ )
その人は目元を大きなマスクで覆われていて。
マスクの奥にある瞳の色は伺えないけれど、それよりも目を引くのは彼の首元。喉に、大きな傷跡があった。
左下から、右上へ・・・下手したら動脈まで届いているんじゃないかと思うほど、大きな・・・。
「 風魔、間者を掴まえたってのは本当か!? 」
ドスドスドス・・・と足音が近づいたかと思ったら、襖が勢いよくスパーンと音を立てた。
大きな音に身体が震えると、畳についていた私の手を、マスクのヒトの掌が覆った。
決して捕まえるような掴み方じゃない・・・どちらかというと、大丈夫だと安心させてくれているよう、な( あ、れ? )
髪をオールバックにまとめたの男のヒトは、そんな私たちをぎろりと睨む。そして・・・。
「 ・・・隣の、武田道場のお嬢、か? 」
「 え・・・ど、どうしてご存知、なんですか・・・? 」
驚いたような声をあげたそのヒトは、意外にも私の素性を知っていた。
お隣とはいえ、私が『 伊達 』家のヒトと顔を合わすのは初めて。
特に挨拶した記憶もないし、お互い顔を合わさないのは、生活時間が違うから・・・くらいに考えていたんだけど。
も、もしかして、かすがと出逢った時のように、決闘を挑まれちゃうパターンなの、かしら・・・?
青くなったままの私に視線を合わせようとしてくれたのか、彼は襖を閉めると、
胡坐をかいて座った。
「 俺に、この街のことで知らねえコトはない。武田の大将の遠戚だってな 」
「 は、はい。、と言います。よろしく、お願いしいます 」
「 片倉小十郎と申す。それから・・・君の隣にいるのが、風魔小太郎だ 」
「 ・・・は、はあ 」
片倉さんに紹介されたマスクのヒト・・・風魔さんと目が合う。まるでよろしく、というように、
繋いでいた手をぎゅっと握られた。
「 おい風魔、もしや間者なんかじゃなくて、政宗様に頼まれたのか? 」
「 ・・・・・・ 」
「 そうか。なら、じきにに姿をお見せになるだろう 」
「 ( ・・・政宗、様? ) 」
「 お嬢には突然のことで悪いが、もう少しだけココで待っていてくれないか? 」
「 あ・・・は、はい・・・ 」
何のことかさっぱりわからないまま、片倉さんの言葉の『 ココで待っていてくれ 』に反応して、
首を縦に振ってしまった。政宗様、というのは誰のことなんだろう・・・?
・・・あ、そういえば箒を表に置いてきてしまったんだけど。
それに突然、庭掃除の途中で消えちゃったから、お館様たちが心配してたらどうしよう。
不安が過ぎったのが、顔に出てしまったのだろうか。片倉さんと風魔さんがふと顔を見合わせて、私に頷いてみせる。
「 あとで道場に遣いをやらせる。お嬢はうちで預かっているから、心配ないとな 」
「 あ・・・ありがとう、ございます 」
「 今、お茶を持ってこよう。楽にして、待っていてくれ 」
片倉さんは少しだけ柔らかく笑うと、その場を後にした。
襖が閉まって、片倉さんが遠ざかるのを確認すると、握っていた私の手をひっくり返す。
そしてその掌に、すっと風魔さんが指を走らせた。
「 こ・・・た、ろう、とよんで、く、れ・・・? 」
「 ・・・・・・ 」
「 小太郎、さん? 」
いきなり下の名前で呼んでもいいものか、と首を傾げると。
目の前の小太郎さんが、こくこくと頷いて見せる( OKらしいけれど・・・ )
そういえば、佐助さんや幸村くんのことだって、いきなり下の名前で呼ばせてもらってたっけ。
風魔・・・いえ、小太郎さんは相変わらず無表情だったけれど、嬉しそうな雰囲気が伝わったので、
緊張が解けたように、私はにっこりと微笑んだ。
和やかな雰囲気になったのも、そのひと時だけ。
2つの大きな足音が近づいてきて・・・思わず、身体を硬くした瞬間。
また、音を立てて襖が勢いよく開いた。