台本を広げてみるけれど、一向にセリフが入らない。
無意識に零れた溜め息を拾うように、すっと湯呑みが置かれた。淹れたての緑茶の芳香が広がって、
肩の力が一気に抜ける。同じお茶の入った湯呑みを持った佐助さんが、隣に座った。
「 ありがとうございます 」
「 どういたしまして・・・脚本?あ、もしかして文化祭の?? 」
「 うん、クラスで『 ロミオとジュエリエット 』演ることになったんだ 」
「 へえ!かすがちゃんも、竜の旦那も同じクラスでしょ?みんな何するの? 」
「 かすがは小道具、政宗くんはロミオ・・・で・・・ 」
「 ちゃんは? 」
「 ・・・・・・ジュリエット 」
・・・思い出すだけで、恥ずかしくなる。
演目が決まった時、当然キャストをどうするかの話し合いになり、主役は注目度イチオシの政宗くんに決まった。
その日、珍しく彼も、ホームルームに参加していた。
面倒くせえ、の一点張りだった彼に、クラス委員長が困っているのを見兼ねて・・・私は、助け舟を出した。
「 政宗くん、クラスのみんながここまでお願いしているんだし・・・ 」
「 Hum...委員長、の頼みだ。引き受けるぜ。ただし、条件がある 」
「 な、何でもするよ!伊達くん!! 」
「 俺がロミオなら、ジュリエットは当然、だ!Are you OK? 」
高らかに宣言する政宗くんを見て、脳震盪でも起こしたように、後ろにひっくり返りそうになった。
この状況で、委員長をはじめ、クラスの誰もが断れるワケがない。
そのまま・・・黒板にある『 ジュリエット役 』に、私の名前が書かれた。
「 竜の旦那も・・・またちゃんの意思を無視して、無茶言ったんだねえ 」
「 文化祭実行委員もあるのに、こんな大役引き受けて大丈夫だったのかな・・・ 」
「 ああ、文化祭実行委員の補佐役ってのになったって、旦那から聞いたよ 」
「 ・・・うん 」
竹中くんが、どうして私を・・・急に突き放すようになったのか。
文化祭が近づくにつれて、生徒会と実行委員の会議も増えて、彼に逢う機会も増えていく。
その度に何度こちらが近づこうとしても、竹中くんにシャットアウトされてしまう。
あの日を境に、すごく、彼が遠くなってしまった気分。与えられた役目を全うするだけなら、
別に今の『 距離 』でも支障はないのかもしれない。でも、それじゃ・・・。
頭を抱えた私を横目に、佐助さんは台本を手にとって、目を通す。
「 『 あの月にかけて、僕は君を愛するよ 』 」
「 え!?・・・『 心変わりするように、日毎満ち欠けする月になんてかけないで 』 」
「 『 なら、かけるのは僕自身だ。僕のことなら、信じられるだろう 』 」
「 『 ええ、もちろんですわ 』 」
「 ・・・俺様も、ちゃんのコト、信じてるよ 」
急にセリフから離れて『 佐助さん 』に戻ったので、私は覗いていた台本から目を離す。
とても優しい瞳で見つめられて・・・言葉を失った。
「 気づいてた?ちゃん、最近ドモることも少なくなって、人を怖がらなくなった 」
「 ・・・え、 」
「 それは大きな一歩なんだよ。ちゃんが、過去から未来に歩いていく為の 」
「 佐助、さん・・・ 」
「 だから、今出来ることは精一杯、立ち止まらずにやっておくべきだ。
躓いたり、転びそうになったら、俺様が助けてあげるから・・・セリフも、さ 」
「 セリフ?? 」
「 独りで覚えるの大変だったら、俺様が練習に付き合うよ。
お芝居の中だけでも、ちゃんと恋人同士になれるなんて嬉しいしなあ! 」
はは、と笑う佐助さん。も、もう・・・すぐ、そうやってからかうんだから!
・・・でも、佐助さんの言葉はひとつひとつ、心に沁みていく。
うん、竹中くんとのコト、もう少しだけ頑張ってみようかな。
赤くなったままの頬に、佐助さんの指が触れた。
サクランボみたいだね、と突くので、抵抗しながらきゃあきゃあ言いながらじゃれていると、
パシン!とガラス戸が開いて、現れたのは幸村くん。どうやらお風呂上りらしく、髪はまだ湿ったままだった。
「 佐助ぇ・・・お主、また殿に破廉恥な真似をしていたのでは・・・ 」
「 またって何だよ!てか、旦那!髪はちゃんと乾かせって、いつも言ってるだろ 」
「 そんな話題で、某の目を誤魔化せると思うなかれ! 」
「 風邪引いた旦那の面倒見るのは、俺様なんだぜ!? 」
「 ま・・・まあまあ、幸村くんが風邪引いたら、私も看病出来るし・・・ 」
「 なッ!そ、それは本当でござるか、殿・・・ 」
「 うん。その代わり、私が引いたら幸村くんも看病してね? 」
「 もちろんでござる!某が全力で・・・!! 」
「 旦那が全力で看病したら、台所と寝所が崩壊するから、むしろ迷惑だって 」
「 佐助ーっ!! 」
いつものやり取りが終わると、ブツブツ言いながら幸村くんは洗面所に戻っていく
( きっと髪を乾かしに行ったんだな・・・ )
佐助さんはそれからも、セリフを覚えるのに付き合ってくれて、気がつけばもう布団に入らなければ
いけない時間になっていた。
「 考えることも大切だけど、大胆に行動するのも、きっととても大切なことだよ 」
部屋の前でそう言って、佐助さんがもう一度背中を押してくれた。
頷くと、彼は納得したように微笑んで、おやすみ、と自分の部屋に入っていった。
どうか・・・また、陽に透けるような、あの優しい『 笑顔 』が見れますように。