03.It can fly, if it is with you.

あんな形で決まった『 ジュリエット 』だったけれど、意外にも、クラスの皆は快く受け入れてくれた。 教室を使って、役者に決まったメンバーが集まって、練習を重ねる。それ以外の女子は、小道具、衣装、メイクに、 男子は大道具や照明、あとは混合チームとして音楽担当に振り分けられた。
まずは大道具が完成し、教室の端に大きなベニヤ板のテラスが用意された。ロミオとジュリエットが愛を語り合うシーンに 使うのが主だけど、今回の演劇では中心になる大掛かりなセットだ。出来たぞ!という声に、歓声が上がる。 実際に起こして立てかけると、集まったクラスメイトから拍手が起こった。 照明チームも、これに合わせて実際にプランを立て始め、メイクと衣装と、小道具担当の女の子たちが、 照明に合わせた色使いを考える。役者が設けられた舞台に立てば、音楽チームが選曲に入った。

・・・こうやって、舞台って出来上がっていくんだ。
クラスの士気が上がっていくのが、高まっていくのを感じる。
そのことに誰よりもやる気になったのは『 ロミオ 』だった。



「 Ha!面白くなってきやがったぜっ!! 」



最初は照れてばかりだったけれど( でもそれは、私も同じ・・・ )今じゃセリフも完璧で、 役者の誰よりも熱のこもった演技で『 ロミオ 』役になりきっている。 『 ジュリエット 』が遅れを取るわけにもいかず、私も毎晩、佐助さんやお館様まで巻き込んで(!) 練習を重ねていた。



「 ふむ、には女優の才もあったか 」
「 そ、そんな、お館様、からかわないで下さい・・・! 」
「 文化祭での本番が、一層楽しみになってきたわ! 」
「 お館様も来て下さるんですか!? 」
「 無論。幸村の、学校での姿も見ておきたいしの。のう、佐助 」
「 最新式のビデオカメラも買ったしね。もっちろん!俺様も行くよーっ!! 」



佐助さんが片手に持っているのって・・・その、噂のカメラ?
にこにこ顔の2人を思い出して、くすりと口元が緩んだ時だった。



「 さーん、竹中くんが呼んでるよー 」



顔を上げると、扉のところに声を掛けてくれたクラスメイトと、竹中くんが立っていた。
・・・珍しい。あれ以来、委員会以外では顔を合わせることはなかった。
( というか、竹中くんがそうならないように、私を避けていたのかもしれないけど )
クラスメイトにお礼を言って、廊下に出る。邪魔にならないように、窓側に移動すると、 竹中くんは不機嫌そうな表情で一通の封筒を差し出した。



「 これは? 」
「 空きスペース調整の承認書だ。生徒会長印が必要になる、毛利に提出してくれ。
  今日の5時までの提出期限なんだが・・・僕は、外せない用事があってね 」
「 わかりました。提出しておきます 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・・竹中、くん? 」



急に黙ったので、ふと顔を上げる。私の視界に移った彼の顔は、さっきの不機嫌そうな表情は消えていて、 とても・・・寂しそうな顔をしていた。最近、竹中くんはまともに目を合わせてくれなかったのに。 心配になって、思わず手を伸ばした。嫌がるかと思ったのに、その手を・・・彼は、とった。 そっと握り締めたまま、



「 ・・・ 」



と呟いたので、驚いて一歩下がろうとしたのに、彼は捕らえた手を放さなかった。
それでも、その行為はほんの一瞬。すぐに手を放すと、もう一度、放心したままの私と視線を合わせると、 ふっと笑った。

・・・私は、竹中くんの『 微笑み 』を見たいと思っていた。
でも、こんな・・・気持ちを仮面の奥に隠したような笑みを、見たかったワケじゃない。



「 ・・・竹中くん 」
「 それじゃ、頼んだよ。必ず今日中に出してくれ 」
「 竹中くん!! 」



静かにその場を後にする。呼んでも呼んでも、彼が振り返ることはなかった。
クラスの皆だけでなく、周囲を歩いていた人も、驚いたように私を見ていたけれど・・・。

空しく、私の声だけが・・・廊下に、木霊した。