03.It can fly, if it is with you.

最後まで振り返らなかった竹中くんの背中が、遠くに消えていくのを見送って。
溜め息混じりに教室に戻ると、政宗くんが私を呼んだ。衣装係の女の子たちが、彼の周囲を囲んでいる。 採寸を名目にしているとはいえ、嫌がられずに身体を触らせてもらえる役目は、魅力的みたい。



「 俺は終わった。、今度はお前の採寸が必要なんだとよ・・・An、どうした? 」
「 ううん・・・何でも、ないの・・・ 」
「 ・・・次の休憩時間、少し話、聞くぜ? 」



ぽん、と私の頭に手を置いて、政宗くんは練習に戻る。 ・・・心配してくれているんだ・・・。早く浮上しなきゃいけない、と思えば思うほど、竹中くんの表情が チラついて、心の奥がザワザワする。



「 ・・・さんって、竹中くんとも伊達くんとも仲が良いよね 」
「 ええっ!? 」
「 コラ、動いちゃダメ! 」



ウェストを測ってくれている女の子が、急にそんなことを言い出した。動揺して身体を捻ろうとすると、 腕の長さを採寸していた別の女の子に怒られる。身体を強張らせて固まっていたら、彼女たちからクスクスと 小さく笑う声が聞こえてきた。



「 ふふ、悪いコトじゃないんだから、そんなに固まらなくてもいいのに・・・ねえ? 」
「 そうそう!羨ましいなあって、他の子とも話してたんだよ 」
「 伊達くんも、さん来てから、話しかけ易くなったよね。
  柔らかくなったというか・・・あ、女の子と喋るんだ、みたいな 」
「 え・・・え、っと、あ、あの・・・ 」
「 さんと絡むタイミングって、今まであんまりなかったからさ。
  文化祭っていい機会かも・・・あ、今度一緒にお昼食べよ!上杉さんも交えてさ 」
「 ・・・い、いいの? 」
「 もちろん!で、聞かせてよ!!本命はどっちなのかを、さ 」



てっきり・・・こういうのって、イジメの対象になるのかと・・・。
キャハハハと笑い転げる彼女たちは、特別、性格のいいヒトなのかもしれない。
うん、約束ねと微笑むと、彼女たちも嬉しそうに頷いて、次のキャストの採寸に移った。 強張ったままの制服を直していると、かすがが寄って来た。



「 どうしたんだ、? 」
「 あのね、今度かすがと一緒にお昼食べないかって、誘われたの。いいよね? 」
「 ああ、構わない・・・良かったな 」



かすがは、ジャージ姿でも相変わらず綺麗だ。興奮に頬染める私に、にっこりと微笑む。 その手に持っている籠の中身が、気になって覗き込んだ。
・・・ああ、そうか。かすがは小道具係で、ラストシーンで羽根を降らせる役目だと聞いた。 身軽な彼女が、天井に吊るされたバーまで登って降らせるらしい。 籠の中には、真っ白な羽根が入っている。高価な小道具だけど、演出力は満点だ。



「 お前と伊達のラブシーンは、私に任せておけ!謙信様にも頼まれたのだ 」
「 ラブ、って恥ずかしいな・・・って、え、謙信さんが!? 」
「 『 しっかりおやくめをはたしなさい 』とな!大船に乗ったつもりでいてくれ 」



・・・息巻く彼女を止めることなど、誰にも出来ない( きっと謙信さん以外 )
ちょうどそこでもう一度、政宗くんに呼ばれたので駆け寄ると、舞台装置を教室の真ん中に広げて、 立ち稽古をするという。台本に再度目を通して、大道具のテラス脇へとスタンバイした。 監督を努めるクラス委員長の声が、静かになった教室に響いた。



『 おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?
  貴方に富さえ、名声さえあるのなら、私たちは幸せになれますのに・・・ 』
『 ああジュリエット、それは違う。富と名声ばかりが幸福の種ではないのだ。
  君が家さえ、名前さえ捨てるのなら、僕はお前を幸せにしよう 』
『 ロミオ・・・ 』
『 さあ、飛び降りてごらん。君のすべてを受け止めよう 』



『 Hey,Girl! Come on!! 』くらい言いそうな政宗くんが、台詞通りに真面目に演技をしているのが、 何だか奇跡みたい・・・。両手を広げて、私を見つめる真摯な瞳に、手を伸ばす。が、そこで。



「 ストップ!!・・・どうしたの、さん? 」
「 す、すみません!どうしても、と、飛び降りられなくて・・・ 」
「 俺が下で待ち構えているっつーのに、無理なのかよ 」
「 政宗くん、ご、めん・・・ 」



ここは『 ジュリエットがロミオに向かってテラスを飛び降りる 』と台本には書かれている。 テラスもそんな高い造りではないし、何より政宗くんの胸に飛び込むなんて、他の女の子には羨ましすぎる のかもしれないけれど・・・。怖さと、自分の身体の重さに、自信が持てないのだ。 しゅんと項垂れた私を見て、政宗くんがテラスへと近づいてきた。



「 、位置を代われ。俺が一度、高さを確認してやる 」
「 ・・・政宗くん・・・あ、うん。下に行くね 」
「 Hum...このくらいの高さが、そんなに怖いか? 」
「 だって・・・私、重いんだもん・・・ 」
「 重くねえだろ!お前はもっと、肉をつけてもいいくらいだ・・・ホラ、
  そこで、俺が演るみたいに両手を広げてみろ 」
「 こ・・・こう、かな? 」
「 そうだ、それでお前がこうやって・・・ 」



私がロミオのように両手を伸ばし、政宗くんがジュリエットになって、高さを確認しつつ、テラスから 身体を伸ばした・・・その途端!!



「 おわっっ!! 」
「 きゃあ!! 」



バキ、ッ!!

何かが割れる、軽い音がして・・・政宗くんが、テラスから落ちた。( 絶対無理だとわかっていても )反射的に 落ちてくる政宗くんを受け止めようと、そのまま彼に手を伸ばす。男の子体重の重さに、腕が耐え切れるワケもなく・・・ その場に崩れ落ちるようにして、しゃがみこんだ。追い討ちをかけるようにベニヤ板のテラスが倒れ、退路を塞ぐ。

悲鳴が、上がった。