左足首の捻挫に、最低でも全治3週間。
死刑宣告のように響いた保健の先生の声に、気が遠くなりそうだった。文化祭は目前だというのに・・・
3週間も経ったら、終わっちゃう!
青ざめて動かない私の横で、政宗くんがもっと早く治らないのか、
と尋ねている。そんな彼の右肩には、大きな湿布が貼られて、包帯で厳重に固定されている。
保健の先生は頭を振ると、私たちの保護者に( お館様と・・・政宗君の場合、片倉さんになるのだろうか )
連絡するため、部屋を後にした。
「 Sorry,・・・俺がついていながら・・・ 」
「 ううん、私こそごめんなさい。その肩・・・ 」
政宗くんの肩は、落下した大道具から私を庇った時に出来た怪我だ。打ち身で済んだけれど、
彼だってすぐに完治するワケじゃない。
本来・・・政宗くんほどのヒトなら、下に私がいなければ受身を取って、危険を回避できたのに・・・。
むしろ謝らなければいけないのは、私の方なのに。
バタバタと廊下から慌しい足音が聞こえて、入り口の扉が開いた。
「 殿!無事か!? 」
「 幸村くん 」
「 その脚・・・!い、痛むでござるか? 」
「 歩けないだけで、今は平気。全治3週間だって 」
痛みを想像してか、幸村くんの瞳が赤くなって、ちょっとだけ涙が浮かんでいる。
保健の先生がお館様に連絡している旨を伝えると、佐助さんからメールが来て、二人で車に乗って
こっちへ向かっているらしいと教えてくれた。
そして、ちらりと政宗くんに視線を向ける。
「 政宗殿の傷は、治るのか? 」
「 ああ・・・コイツほど酷くねえからな 」
「 上杉殿から伺った。下敷きになった殿を庇ってくれたのだと。礼を申す 」
「 ありがとう、政宗くん 」
「 ・・・俺がやりたくてやったことだ。礼を言われることじゃねえ 」
ぺこりと頭を下げた幸村くんに続いて、私も頭を下げた。政宗くんが、苦笑に近い表情だったけれど
ちょっと笑ったので、ほっと胸を撫で下ろした。私の怪我は、自分で負ったモノなのに。本当に・・・
優しいヒトなんだから。
そうこうしているうちに保健の先生が戻ってきて、昇降口にお館様たちが来たことを教えてくれた。
荷物は、とうにかすがが持ってきてくれていたので、私たちは学校を後にする準備をする。
私たちの怪我に、クラスは大パニックになったけれど、クラス委員長がその場を取り仕切ってくれたらしい。
この後のことはまた決めるとして、まずは大道具の修理に入ることになったのだと。
身体を動かしているうちに、みんな、動揺から脱したようだ。
政宗くんも私もこのまま帰っても良いと、荷物を運んでくれた時に教えてくれた。
「 殿、某の背に乗るとよい。車までおぶろう 」
「 ええっ!は・・・恥ずかしいよ、誰かに見られたら・・・ 」
「 悔しいが、幸村に大人しく甘えろ。まだ痛みが引かねえんだから、歩けねえだろ 」
松葉杖もなく、一人で歩くのは確かに無理かもしれない。幸村くんは、長い後ろ髪を肩から胸元に持ってくる。
背中を私の方に向けて、立膝をついている
彼に手を伸ばして( その行為が、やけにドキドキした・・・ )肩に触れる、寸でのところで止まった。
「 ・・・今、何時? 」
・・・2人とも、一瞬驚いた顔をして、不思議そうに顔を見合わせた。
政宗くんが指差した時計の時刻を見て・・・血の気が引いた。
私を背負ったまま走る幸村くんの背中越しに、目的の部屋の前に、彼が立っているのが見えた。
手に持っているのは、生徒会室の鍵だ。私は慌てて声をかける。
「 毛利くんっ! 」
「 ・・・か 」
一瞥するように私を見て、手首を捻る。かちゃりと鍵の閉まる音がした。
鍵を閉めるという行為は、毛利くんの、生徒会長としての仕事が終わることを意味している。
もう6時半だ。当然のことなんだけど、でも・・・。
幸村くんの背中から降りた私の腕の中で、かさりと書類が震えて音を立てる。
毛利くんの視線が封筒に動いて、私に戻した。
今にも泣きそうな私の名を呼んだので、顔を上げる。
「 約束の時間が過ぎた書類は、受け付けられん 」
「 あの、毛利くん、ずるいのはわかってる!でも!! 」
「 本日の仕事は終わった、さらばだ 」
短く告げると、毛利くんは踵を返す。
幸村くんも呼び止めようと前に出ようとしてくれたけど、私が止めた。毛利くんは、誰にでも
『 平等 』な生徒会長だ。きっとこれ以上呼んでも、彼は止まってくれないだろう。
階段を降りていくのを見送って、書類に涙が零れた。
「 ・・・殿・・・ 」
「 自分が悪いってわかってる・・・でも、どうしよう・・・ 」
「 ・・・事故は、殿のせいではござらん 」
幸村くんはそう言ってくれるけれど・・・結果、竹中くんの期待を、裏切ってしまった。
これじゃあ、あの『 優しい時間 』を取り戻すなんて、到底無理・・・。
涙が止まらない私の隣で、幸村くんはただ黙って肩を貸してくれていた。