「 ・・・提出、出来なかった? 」
竹中くんの声が、2人きりの教室に響く。私の視線は、床から離れない。
お腹の辺りで組んだ自分の手のひらが、小刻みに震えていた。
気配で感じ取れるくらい、彼がものすごく・・・だけど、静かに怒っているのがわかる。
「 役目を放棄してまで、他にやるべきことがあったということかい? 」
やんわりとした皮肉でさえ、今の私には刃となって突き刺さる。
まあ、君の足を見れば一目瞭然だけど・・・と独り言のように、小さく呟いて。
「 さん 」
「 ・・・は、はい 」
「 役立たずは、僕の部下にいらない。君の補佐役は現時点を持って、解任する 」
一瞬、息が詰まった。
言葉も呼吸も忘れて、佇む。あんなに彼と目線を合わせるのが怖かっただったのに、
今度は逸らすことすら罪になる気がして。
そんな私の心境を知ってか知らずか、竹中くんが席を立って、近づいてくる。
かつり、かつり、と鳴る靴の音がやけに大きく聞こえた。
最後の音が響いた時、竹中くんは私と肩を隣り合わせた。
「 目障りなんだよ・・・君は 」
宣告は、あまりに優しくて。最初は何のことを言われているのか、わからなかった。
君は足が悪いだろうから、僕が出て行くよ。そう言い残して、すれ違う。
後ろは振り返れなかった。ただ、ただ・・・『 そこ 』に立っていた。
やがて扉が開いて、静かに( もう、怒りの欠片も、なく )閉まる音がして・・・。
彼がいなくなっても、私はその場から動くことが出来なかった。
廊下に出ると、扉のすぐ横に人影があった。
松葉杖を預けて、待っていてもらった幸村くんと・・・毛利くんだった。
驚いている私に、殿に告げることがあるそうなのだと幸村くんが教えてくれた。
毛利くんを見つめると、ため息混じりに吐いたセリフは、私をさらに驚かせた。
「 お前たちに逢った後に知ったことだが、昨日、竹中を呼び出した女子たちがいる。
そいつらは、・・・お前を妬んている者たちだ 」
「 ・・・妬む?私を??どうして、ですか 」
「 わからぬとは愚かな。お主の周りの者の顔を、思い出してみよ 」
幸村くんと顔を見合わせて・・・それでも首を傾げていると、毛利くんは心底呆れたように肩を竦めた。
「 伊達、上杉、竹中、そして真田・・・この名前を挙げても、覚えはないと? 」
「 ・・・あ・・・ 」
毛利くんに言われて・・・ようやく気づいた。
自分の名前が入っていたけれど、全く意味の分かっていない幸村くんが、疑問符を浮かべたまま私を見下ろす。
確かに( あまり、そういう視点では見たことなかったけれど )幸村くんもかっこいい・・・よね。
「 ・・・さんって、竹中くんとも伊達くんとも仲が良いよね 」
「 もちろん!で、聞かせてよ!!本命はどっちなのかを、さ 」
クラスメイトに言われた言葉が、脳裏に浮かぶ。あの時、私自身『 イジメの対象にならないのかな 』って思ったもの
( たまたま、彼女たちが”いいヒト”だっただけで )
政宗くんもかすがも、いい意味で目立ってしまう。
そこへ転入したばかりの・・・それもぱっとしない私が、いきなり仲良くしていたら、
良く思わないヒトだって、当然出てくる。
もしかして・・・一度、夕方にボールが飛んできたのって・・・。
「 竹中がどう答えたかはわからん。けれど、予想はつく 」
「 予想って・・・? 」
「 呼び出した女子たちは、奴の上辺に騙され、毒舌を浴びただろうな。
奴らの気持ちは冷めただろうから、もうに手を出すことはない。
だが・・・竹中は同じことがないようにと、お前に二度と近づかない 」
「 ・・・そんな・・・じゃあ、私がたった今、補佐役を解雇された理由って・・・! 」
「 フン、やはりな 」
推理が当たったのだろう。彼は鼻を鳴らして、皮肉な笑いを浮かべた。
止まったはずの涙が、自然と零れて・・・頬を伝う。
「 殿 」
「 幸村くん・・・私、もう、どうしたらいいのか・・・わからない 」
近づきたい、と思ったのに、それは叶わない。彼の気持ちを考えると、こんなに切ない。
彼女たちに話しつける前の、竹中くんの・・・寂しそうな笑顔。、と名前を呼んでくれたこと。
・・・あれは 『 決別 』の意味だった、の・・・?
「 も関わるな、それが奴の望みだ・・・今しばらくは、な 」
「 二度と近づかないんじゃなく、て? 」
「 噂が落ち着けば、竹中だって、話に耳を傾けてくれるくらいにはなるだろう 」
「 ・・・毛利くんは、どうして教えてくれたの? 」
竹中くんの性格を考えると、きっと周囲のヒトには言わずに彼女たちと逢ったはず。
あんなに討論するくらい犬猿の仲なのに・・・。不思議そうに見つめる私の視線から、顔を外して答える。
「 ・・・少し、哀れになっただけだ。奴の想いは、報われぬことが多い。
本当は他人の心に触れ、自分にも触れて欲しいのに、周囲がそれを赦さぬ 」
「 ・・・・・・? 」
「 我は、なら奴の望みを叶えてやれるんじゃないかと思ったんだが・・・ 」
ちらりと幸村くんに視線を投げてから、私たちに別れを告げて去って行く。
・・・正直、毛利くんの言いたかったこと、全部はわからない。
でも、毛利くんは竹中くんを心配している。今は竹中くんの作り出す壁に阻まれて、どんなに頑張っても近づけない。
しばらくは、彼の言う通り竹中くんと距離をとって、様子を見ることも必要なのかもしれない。
きっと・・・その『 チャンス 』はきっとあるはず。
涙の跡を拭い終わると、幸村くんが松葉杖を差し出す。
「 道は、見えたでござるか? 」
「 ・・・うん 」
「 ならば、突き進むのみ。某もお手伝いいたす 」
拳をぐっと固めた幸村くんに・・・ちょっとだけ笑うと、なぜ笑うのでござるかっ!?と
うろたえた様に顔を真っ赤にする( その後、頼りにしてるって何度言っても聞いてくれなかったけど )
・・・本当だよ。幸村くんをはじめ、みんながいるから、私、頑張れるんだ。
今、私のすべきことは、竹中くんとの仲を修復することじゃない。
以前はいつだって体当たりだったけど『 待つ 』ってことも大切だってわかった。だから、
次は『 ジュリエット 』のことを考えよう。
拗ねた様子の幸村くんが、それでもちゃんと私のことを考えてくれて。
歩幅を合わせてくれているのが嬉しくて、微笑むと・・・また( 照れたように )真っ赤になって怒っていた。