ホームルームの時間をもらって、次の『 ジュリエット 』を誰にするか話し合いが行われた。
もう文化祭まで時間がない。裏方に回っている女の子たちの中から、白羽の矢が当たったのは、かすがだった。
「 私には無理だ!、本気で言っているのか!? 」
「 本気だよ!だって・・・かすが、言ったじゃない 」
「 何!? 」
「 私が補佐役になった時、協力してくれるって 」
「 い・・・言ったが、それはあくまで実行委員・・・ 」
「 羽根を降らせる役目は、私がやる。だからお願い!ジュリエットになって!! 」
政宗くんにヒケを取らず、みんなが納得できる『 ジュリエット 』は、かすがしかいない。
顔の前で両手を合わせて拝んでいると、政宗くんの声が聞こえた。
「 Ha-n,自信がないんなら断ってもいいんだぜ、上杉 」
「 ・・・誰のことだ、伊達 」
「 へっぴり腰のお前のことだよ。がここまで頼んでんだ、引き受けろよ 」
「 お前は・・・何故そう上から目線でしか、ヒトに頼めないんだ! 」
政宗くんが( 以前の私のように )助け舟を出してくれようとしているのは嬉しいけれど・・・これじゃ
かすがが逆上しちゃうよ・・・。ハラハラとそのやり取りを見守っていた、私を含めクラスのみんなに向き直ると、
大きな溜め息を吐いて、怒りを治めたかすがが、大きく頷いた。
「 ・・・ジュリエット役、引き受けよう 」
涙目の私が抱きつくと、かすがが笑って、私の頭を撫でてくれた。
補佐役は外れたけれど、実行委員としての仕事はある。
竹中くんは、何ごともなかったように、冷静に文化祭の準備に精を出している。
「 4組ですが、承認印をお願いします 」
「 ・・・ああ 」
・・・でも、それでいいと思う。
文化祭が近づいている今、きっと精神的にも肉体的にもしんどい時だから。
私が話しかけることで、ストレスを増やしてしまいたくない
( そこまで、私のことを考えてくれているかも、なんて・・・自惚れてる、よね )
ぽん、と押された印鑑を確認して、お礼を言った。竹中くんは、私の顔も見ずに頷くと、次の仕事に移る。
私も振り返らずに・・・その教室を後にした。
今夜の月は、綺麗だ。雲ひとつない空に、ぽっかり浮かんでいる。
明日の文化祭は、きっと晴天で迎えられるだろう。
窓辺で外の風景を見ていたけれど、ふと何かを飲みたくなって、一階に降りる。
台所から、紅茶の入ったマグカップを持って、自分の部屋に戻ろうとした、時。
・・・軒先に座る、大きな人影が見えた。
そこは、私がいつも掃除をしている庭を一望できる縁側で、長い廊下の奥はお館様の寝所になっている。
こんな時間に、一体、誰だろう・・・様子を伺っていると、その影がゆっくりと振り向いた。
「 か 」
「 ・・・お館様?とっくに、お休みになったものだと・・・ 」
「 うむ・・・ちと、眠れなくてのう 」
お館様の視線が、傍らにある徳利にちらりと向けられた。
いつも夕飯時に飲んだ時には、必ずそのまま寝てしまわれるのに( 今夜も確かに飲んでいた )
・・・・余程、寝つきが悪いのだろう。
驚いた様子の私に、苦笑する。そして、おいでおいでと手招きされた。
私は子供のようにはしゃいで、お館様の隣にちょこんと腰かける
( 『 独り 』の時間に、私を加えてくれたことがとても嬉しかった )
マグカップを置いて、空になっていたお猪口にお酒を注ぐ。お館様は、それを一気に飲み干した。
「 お主に注いでもらった酒は、格別に美味いのう 」
「 ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです 」
「 ・・・ 」
「 はい 」
「 お前は・・・ここが好きか?ここでの生活に、不自由していることないか? 」
「 ・・・お館様? 」
急な質問に戸惑って、彼の顔を覗き込む。ああ、すまん・・・と質問を取り消すように手を振ったが、
私の不安は拭いきれない。まるで、焦っているような・・・。
「 好きです。学校も楽しいです。周りにいる友達たちも、みんないいヒトです。
武田道場に・・・お館様に引き取ってもらって、本当に感謝しています 」
これだけは、自信を持って言えるから。にっこり微笑むと、荷を降ろしたようにほ、と吐いて、
そうか・・・と頷く。暗いからあまりわからなかったけれど、お館様は嬉しそうに微笑んだようだった。
すっと出されたお猪口。私は、もう一度徳利を傾ける。
またぐいっと飲み干して、美味い、と呟く声がした。
「 足の痛みはどうだ?松葉杖は離れても、まだ辛かろう 」
「 もう大丈夫です。病院に行く回数も減ったし・・・ 」
「 学校で、対人関係で悩んでるというのは、少し落ち着いたか? 」
「 ・・・はい、しばらく距離をとってみることにしたんです 」
「 ふむ・・・つかず離れず、それも大切なことだ。人は、十人十色だからのう 」
「 そう、ですね。もう少し時間が経てば、ちゃんと話せると思うんです 」
今は・・・寂しいけれど。
声には出さなかったのに、お館様は私の頭を引き寄せて、自分の胸に閉じ込めた。
ふわり、とお館様の匂いが広がる。頭に乗せられた、大きな掌・・・何度も助けてもらった、大好きな掌。
私はそっと目を閉じる。
「 明日の文化祭、わしも楽しみにしておるぞ 」
「 はい 」
次の太陽が昇れば、待ちに待った文化祭だ。
色んなことがあったけれど、全部明日で終わる。それはとても寂しいけれど・・・感傷に浸るのは、
明日が終わってからでいい。
涙が出そうになったのを知られたくなくて、お館様の胸に顔をうずめた。