03.It can fly, if it is with you.

かすがが引き受けていた『 羽根を降らす役 』とは、舞台上のキャットウォークから、 ラストシーンで嘆く二人の頭上に、購入した羽毛を降らす役目だ。 足が完全に治りきっていない私を心配したクラスメイトたちは、照明器具に籠をつけて、 それを揺さぶって落とせばいい、と提案してくれたけれど・・・。



「 ならば、某が殿をキャットウォークまで運ぼう 」
「 えっ、いいの? 」
「 勿論だ。某、違うクラスと言えど、殿を手伝うと約束した 」



幸村くんは約束通り、講演の始まる時間に、さっきまで着ていた燕尾服から動きやすい服に着替えて駆けつけてくれた。


「 階段は・・・昇れるのか、その脚で 」
「 ゆっくり行けば、平気だと思うんだけど 」
「 しかし、危険ですぞ・・・ふむ、し、仕方ない!ひひ非常事態、でござるので! 」
「 ゆき・・・・・・きゃああっ!! 」
「 ( しーっ!殿、もう舞台が始まりますぞ!! ) 」



御免!と彼の腕が私の手を取ったと思ったら、柔術の要領で、そのまま担がれる。
幸村くんは少し勢いをつけて、ドン!と地面を大きく踏むと、キャットウォークの階段を一足飛びに駆け上がった。 あっという間に天辺まで登ると、狭いキャットウォークの真ん中に、すとん・・・と下ろされた。 舞台が始まる、という言葉に、上がっていた悲鳴を飲み込もうと口を押さえていたままだったので・・・ 下ろされても手を当てたままの私を見て、彼は少し頬を緩めた。

幸村くんも、かすがと同じで身体が軽いヒトなんだなぁ( ・・・羨ましい )
いつかは佐助さんや小太郎さんだって、窓から飛び込んできたし。 剣を振るっていた政宗くんも、身体が重い部類には見えない。

目の前の幸村くんを尊敬のまなざしで見ていると、ベルが鳴った。
照明が落ちる頃、籠を持ってもらっていた幸村くん自身も、キャットウォークに腰を下ろす。 緞帳が上がり、音楽が流れ・・・舞台は、幕を開けた。



『 おお、ロミオ・・・貴方はどうしてロミオなの? 』



謙信さんも、いらしているんだろうな。かすがの演技には、今まで以上に熱が篭っている。 ジュリエット役は、本来なら私が演っていた・・・と思うと、何だか不思議。 かすがが演じると、こんなに花があって素敵なのに。客観的に見たら、やっぱり私じゃ役不足だったような気がする。

役不足・・・それは竹中くんにも、言われた言葉だ。
役者としても、補佐役としても・・・全然役に立たなかったんだなぁ、私・・・。



「 ( ・・・殿?考えごとでござるか? ) 」



隣にいる私にしか聞こえない、小さな声で。幸村くんがそっと耳打ちした。
こんな状況だから仕方ないのかもしれないけど・・・近距離に、耳元がくすぐったかった。 肩を竦めて笑うと、私も幸村くんの耳元に、唇を寄せる。



「 ( ううん、何でもないの ) 」
「 ( もしや・・・竹中殿のことか? ) 」
「 ( ・・・それも、ある ) 」



自嘲気味に笑うと、そんな顔をしてはいけない、と嗜められた。
それでも、結果として私は役に立たなかった。挑戦したことに異議はあるのかもしれないけれど、 結局・・・ヒトの足を引っ張った。



「 ( 完璧に仕事の出来る人間など、いない。それこそ機械仕掛けでござる ) 」
「 ( クラスでも、実行委員でも、竹中くんの役にも、立ちたかったのに・・・ ) 」
「 ( ・・・竹中殿は、殿を嫌ってなんか、いないと思うでござるよ ) 」
「 ( え・・・? ) 」
「 ( 毛利殿も言っていたではござらんか。刻を待て、と。
    竹中殿も、きっと噂が落ち着くのを待っているでござろう ) 」



足元ではロミオに扮した伊達くんが、ジュリエットを抱き締めて、傍らの小瓶を飲み干した。 ロミオが音もなく倒れた瞬間、腕の中のジュリエットが目を覚ます。



『 ロミオ、ああ、どうしてこんなことに。貴方をこんなに愛しているのに・・・ 』



伝わない、交錯する想い。それは、どんな時間軸でも変わらないんだね。

竹中くんを・・・訪ねてみようか。もう文化祭も終わる、という感傷が、私の心を動かす。
和解するチャンスは、待つんじゃなくて作るものだと学んだから。
あれからもう2週間以上が過ぎた。今日がダメだったら、また時機をおこう。
文化祭の終わりと一緒に・・・このわだかまりも清算できたら・・・。



幸村くんが、羽根の入った籠を用意し始める。舞台のジュリエットは、ロミオの腰元にあった短剣で、 自ら命を絶つ。かすがの細い肢体が、政宗くんの身体に重なった。
その瞬間、籠の中の羽根をゆっくりと撒く。賛美歌が響き、両家のキャストが嘆く中、スポットライトを 浴びた2人の上に、羽根が舞い落ちる。
客席から、わあぁ・・・!と感嘆の声が聞こえた。

それを耳にして、私と幸村くんは顔を見合わせて・・・満足そうに、微笑んだ。



カーテンコールの後、緞帳が下げるが、客席からの拍手は、なかなか鳴り止まない。

こうして・・・私たちの『 文化祭 』は、終焉を迎えた。