どこをどう走り抜けてきたか、わからない。気がつけば、バイクは道場の前に止まっていた。
怖くて・・・走っている間ずっと目を瞑っていた私は、チカさんに声をかけてもらうまで、
そのことに気がつかなかった。
「 ・・・い、、っ!ついたぞ!! 」
「 は・・・・・・はい・・・ 」
コツン、とヘルメットを叩く音がして、恐る恐る顔を上げる。
振り向き様のチカさんの顔が目の前にあって、びっくりして悲鳴を上げてしまいそうだった。
慌てて離れようとするけれど、彼の腰に回した両腕が動かない( ずっと同じ姿勢で強張ったままだったからだ・・・ )
一本ずつ、ゆっくりと指を離していると、クツクツと笑いながらチカさんも手伝ってくれた。
「 どんだけ緊張してたんだよ・・・それとも、ずっとしがみついていたかったのか? 」
「 す、すみません! 」
「 まあ、回数重ねりゃ、そのうち慣れるだろ・・・ホラ、離れたぜ 」
まだ力の入りきらない腕を、そっと下ろすと、今度はヘルメットを外してくれた。
バイクを降りて地面に足をつけると、何だか・・・酷く久しぶりに『 立った 』気がする。
無意識にほっと胸を撫で下ろしたとき、玄関のドアが開いた。
「 おかえりー、ちゃん 」
「 佐助さん!ただいま、です 」
「 チカ、ありがとな。うちのお姫さん、無事に送ってくれて 」
「 お前、コイツに話してなかったのかよ。初めて聞いたみたいで、びっくりしてたぜ 」
「 いやー、悪い。かすがちゃんと謙信さんに、連絡つけるのが遅くなっちゃってさ。
というワケで、ちゃんもそのつもりでよろしくね 」
「 はい。佐助さん、本当に、ありがとうございました 」
頭を下げると、佐助さんがうん・・・と頷いて、私の頭を撫でた。
チカさんが呆れたように肩を竦めて、再びバイクに跨る。
じゃあな、と片手を上げて。もと来た道を戻るように、チカさんを乗せたバイクが走り去る。
完全に見えなくなるまで、テールランプを目で追っていると、佐助さんが私を見下ろしていた。
「 ・・・どうだった、バイト初日の感想は? 」
「 慶次さんもチカさんもいい人で、楽しくお仕事できました 」
「 二人とも、見かけによらず世話好きやヤツでしょ? 」
バイトでの慶次さんや、ヘルメットを被せてくれたチカさんを思い出してクスクスと笑う。
確かに、面倒見がいいかも・・・。そんな私の様子を見守っていた佐助さんが、さあ、寒いから入ろう、と背中を促す。
玄関に入ると、パタパタ・・・と近づいてくる足音がした。
あ、幸村くんかな・・・遅くなったから、もしかして心配してくれたかも・・・。
( そう思ったら、申し訳ない気持ちと同時に、心のどこかが温まっていく気がした )
「 殿、おかえりなさいませ! 」
「 ただいま、幸村くん 」
バイトは主に週末なので、かすがと帰るのは、基本的に金曜日だけだ。
たまたま部活がない曜日とはいえ・・・今回のことを謝ると、彼女はふっと優しい微笑みを浮かべた。
「 いつもは、真田がいるからな。お前と二人で帰るのも、なかなか珍しくて、いい 」
「 このきかんだけといわず、いつでもあそびにきてくださいね 」
湯呑みを傾けた謙信さんは、柔らかく笑う。
慶次さんが迎えに来てくれるまでの時間は、本当にかすがと勉強をしている。
かすがとはクラスも同じなので、一緒に勉強すると捗ることがわかった。
その日の復習をするだけでも、全然理解度が違う。
特に・・・苦手な数学を、得意なヒトに教えてもらえるのは、凄くありがたい。
わからないところを補い合って、かすがが淹れてくれたお茶をすすっていると・・・。
一番最初に顔を上げたのは、謙信さん。続いて、かすがが立って、襖まで歩いていく。
「 ・・・何のつもりだ、前田慶次 」
「 さっすが、かすが!驚かせようと思ったのに、コレだもんなー 」
庭先には慶次さんがいて、縁側に座ると謙信さんが彼にもお茶を渡した。
「 はぁー・・・相変わらず、かすがちゃんの淹れるお茶は美味いな 」
「 ならば、もっとひんぱんにくればいいのに。そうおもいませんか? 」
「 ・・・慶次さんは、なかなかここにいらっしゃらないんですか? 」
知り合いだというから、もっと頻繁に行き来しているものだと思っていた。
尋ねると、彼は居心地が悪そうに頭を掻く。代わりに、隣の謙信さんが・・・。
「 けいじもいそがしいですから。こんかい、あなたにいちばんかんしゃしているのは、
ふるいともだちにあう、きっかけをつくってくれたことです・・・ありがとう 」
極上のスマイルに、背後でかすがの悶える声が聞こえる。慶次さんは大きな声で笑い、
照れ隠しなのか、近くにいた私の頭をクシャクシャクシャ!と豪快に掻き乱した。
バランスを崩した私は、持っていた湯呑みをひっくり返しそうになって・・・慌てる。
シュンシュン、シュンシュンシュン・・・。
沸かしていたストーブの上のヤカンも、私たちと一緒に声を上げて笑っていた。