「 ・・・ん・・・ 」
ブルッと身体が震えて、目が覚める。
何かが肩から落ちたので、拾い上げてみると男物のカーディガン( 佐助さんのだ・・・ )
ああ、そっか・・・勉強したまま寝ちゃたんだ・・・。
かすがに教わってるとはいえ、まだみんなの学力には追い付かないのは事実。
前の家の私の部屋には月明かりしかなかったから、取り戻すためにもバイトの隙間を縫ってでも
勉強しておかないと・・・。
火傷のことも、幸村くんやお館様に大して聞かれなかったし。バイトも解雇されることなく、順調だ。
もうすぐクリスマスが近いから、バイトが終わってしまうのかと思うと・・・それだけが、寂しい。
慶次さんもチカさんとも、仲良くなれたし。あの火傷以来、松永さんも少しだけど、話してくれるようになった。
たまに私を捕まえて、傷は癒えたかね?と聞いてくる。頷いた後に、彼が薄く微笑むのを見て・・・
私も微笑み返してしまう。カップの置き方も、機嫌が良い時には褒めてくれる。
松永さんが、私を気に掛けてくれるのが、嬉しかった。
慣れてきて、勉強との両立も出来そうだから、本当ならこのまま続けたいって
思っているんだけど・・・その時は、隠していた家族にきちんと話をしなくては。
こっそりバイトしてた、なんて言ったら・・・2人とも、怒るかな。
手に取った時計は、5時半を差している。あと一時間もすれば、みんな起きてくるだろうか。
固まった身体を大きく伸ばして・・・ふと聞こえた音に、耳を済ました。
道場へと続く渡り廊下を歩いていると、床を踏み込む音も聞こえてきた。
毎朝だったとしたら・・・私、今までよく起きなかったなあ・・・。
お館様の声はしないから、中にいるのは一人だけ、なのかな。
扉の隙間から覗こうと、こっそり近づくと・・・突然、ガララ!と開いた。
「 おはようございます、殿。今朝は、早起きでござるな 」
「 ・・・お、おはよう!すごいね、私だってわかったの? 」
「 某、殿の気配は・・・どこにいても、わかります故 」
少し恥ずかそうに微笑んで、中に入りますか?と尋ねられた。
そういえば、この道場で幸村くんが鍛練しているの、ちゃんと見たことないかも・・・。
道場の中央には、武田の家宝だという鎧が置かれている。
私は、その傍らに腰を降ろして、背丈よりも長い棍棒を振り回す幸村くんを見ていた。
「 ・・・はァ!せいや!! 」
一房の長い髪が、踊っているかのように宙を舞う。無駄のない、清廉された動き。
繰り出された技に遅れて、たたっと汗が床に落ちた。
冷たい冬の空気の中に、彼だけ違う次元にいるかのように、熱気に包まれている。
・・・不思議。鍛練をしているのは、私ではないのに。
幸村くんの気迫が伝わって、私の精神も引き締まる心地だった。
30分も過ぎたころか。彼は立ったまま身体を追って、荒い息を整えている。
私は、傍にあったタオルを幸村くんに差し出した。
「 忝い 」
と、幸村くんがタオルで汗を拭う。重そうな胴着からも、汗の匂い。
「 いつも、こんなに鍛練しているの? 」
「 朝と夜は欠かさないが・・・最近、鍛錬する『 時間 』は伸びたかもしれぬ 」
「 最近?どうして?? 」
「 ・・・某、頼りにならない男、故 」
今度は、私が首を傾げる番。
彼はちょっと寂しそうな瞳をして、何でもないでござる・・・と小さく呟いた。
・・・幸村くんは、自分が『 頼りにならない男 』だと、そう思ってる?
( どうして、そんな風に思っているんだろう・・・ )
「 そんなことないよ 」
「 、殿・・・? 」
「 私、文化祭の準備の時にも言ったけれど・・・幸村くんがいるから頑張れるんだ。
幸村くんは、いつも私のことを自分のことのように考えて、応援してくれてるもの 」
「 ・・・っ!そ、某、い、いつも!?・・・え、いや、そうだったのでござるか!? 」
「 ・・・・・・?? 」
急に真っ赤になって、持っていた棍棒やらタオルやらを悉く床に落とす。
私がしゃがんで拾っていると、す、すまぬ・・・と幸村くんもしゃがみ込んだ。
茹蛸になった幸村くんが、伺うようにチラリとこちらを見ていたので振り向くと、視線が合う。
潤んで・・・まるで泣きそうな顔の幸村くんが、何だか子犬みたいで・・・。
笑ったら、いつかのように拗ねるかも知れないのに、やっぱり口元が緩んでしまった。
なのに、幸村くんは拗ねずに・・・私の瞳を捉えて、こう言った。
「 ・・・某、 」
「 うん? 」
「 強くなるでござる。殿が頼ってくれるような、お、男に成るべく・・・ 」
・・・私?
そこで、どうして私の名前が挙がるんだろう。
幸村くんに問おうとした時、道場の扉が開いて・・・顔を覗かせたのは佐助さんだった。
朝食の前にシャワーを浴びてくるという幸村くんは、道場から走り去る。
外に出れば、一時間前とはうって変わっていて、太陽が随分高く昇っていた。
思わず、光の眩しさに眉を顰めるけれど、全然嫌な気分じゃなくて、むしろ清々しい。
だけど・・・その『 光 』は心の奥までは届かず。
晴れないモヤモヤを抱えたまま、私は『 その日 』を迎えたのだった。