04.A little prayer for you

かすがの声は、とても落ち着いたものだったのに。

周囲の音が全て消えてしまったんじゃないかって思うくらい・・・静かに、響く。
握っていた紙コップから結露した雫が、手元を伝って、テーブルに落ちた。

・・・『 好き 』・・・?私が、幸村くん、を??



「 何だ、違うのか? 」



その言葉に顔を上げれば、彼女はからかうような瞳で私を見ている。



「 ・・・幸村くんのことは、好きだよ。だって、家族だもの 」
「 ふん・・・本当に、その程度の気持ちなのか 」
「 その程度、だよ。かすが 」
「 ・・・? 」
「 それ以外、理由・・・ないもの 」



彼女はきっと、私が幸村くんに『 恋 』していると言いたいのだろう。
でも・・・そんなこと、あり得ない。
あり得ないことには、期待しない。余計な思いは、抱かない。
わたしは、こいなんて、しない。しては・・・いけない、のだから・・・。



どこか・・・影の落ちた私の瞳を見て、彼女はちょっと驚いたようだ。
何か言いたげな表情をだったけれど、残りのジュースで言葉を飲み干した。



「 ・・・まあ、いい。お前がそう思っているなら 」



出ようか、と荷物を持って立ち上がる。それに習って、私も大量のプレゼントを抱えて、外へと出た。 そんなに重くなかったはずのプレゼントたちが・・・帰り道の途中では、 思わずその場でへたばりそうなほど、重く、感じられた。









重い足取りで道場に帰ると、幸村くんははまだ帰って来ていなかった。
ちょっとだけ、ほっとしたような自分がいて・・・それが、酷く気分を害する。

私・・・幸村くんののこと、避けたいのかな・・・。
( さっきまで『 避けられたくない 』って思っていたのは、私の方だったのに )
でも、こんな気持ちで彼の顔を見つめる自信がない。

ところが・・・夕飯時になっても、彼は帰って来なかった。
私がバイトで夕飯までに帰れないことはあったけれど、幸村くんは部活を終えて真っ直ぐ 帰ってくるヒトだから、こんなに遅くなることなんて、今までなかったのに。 心配になっていると、佐助さんはご飯を私に渡しながら、大丈夫だよ、と声を掛けてくれた。



「 むしろ、毎日真っ直ぐ帰ってくる方が、珍しいと思わない?
  健全な男子コーコーセーなんだから、ちょっとくらい遊んだほうがいいんだよ 」
「 まあ・・・あやつのことだからのう。特に心配はしておらんが 」



二人はそう言って、特に気にした様子もなく、いつも通り食事を取っている。
箸の進まない私を見て・・・心配事が、幸村くんが帰ってこないことだけじゃないと悟ったのか、 佐助さんが顔を覗き込んでくる。 なんでもない、と首を振ってみるけれど・・・本当は、泣いてしまいそうだった。

早々に自分の部屋へと戻ると、電気もつけずに、扉の前で座り込む。






『 好かれたかったら、まずは自分が相手を好きになりなさい 』



私に『 愛 』を教えてくれたのは、両親だった。
事故で亡くなる、ほんの少し前。” 嫌い ”という感情を覚えた日。
不貞腐れる私の頭を撫でながら、優しく抱き締めて囁いた。



『 負の感情は、相手に伝染するよ。だから、相手のいいトコロを見なさい。
  そして、そんな相手を好きな自分のことも、いっぱい愛してあげなさい 』



でもね・・・お父さん、お母さん。
2人がいなくなってから、親戚中から厄介者扱いされて。色んなところへ飛ばされて。 色んな感情をぶつけられて。私・・・人を『 信じる 』コトが、怖くなったの。
虐げられるのは、私がいらない子だからでしょ。いなければよかったんでしょ。

誰にも好かれない私なんて・・・この世に必要ないんだよね。



『 おお、そなたがか!よくぞ来た 』



武田道場に迎え入れられたあの日から・・・私は『 私 』を受け入れたんだ。

・・・今の、自分が好きだよ。今の『 私 』には、武田家のみんなも、かすがも伊達くんも、 半兵衛くんも・・・心強い見方がいっぱいいるから。
私、ここにいていいんだって・・・そう、思えるから・・・。

でも『 恋 』をしたら私・・・きっと変わってしまう。やっと好いてもらえたのに。
みんなに好かれている今の『 私 』じゃ、なくなっちゃう。






「 お父さん、お母さん・・・ 」



縋るように、呟く。記憶の中にある、2人が微笑む。
短い期間だったかもしれないけれど、愛に満ちた時間。それを教えてくれた、父と母。 その面影に、幸村くんが重なって・・・痛んだ胸を押さえる。



「 ・・・う・・・うっ、ふえ・・・っ・・・ううう・・・ 」



どうしよう・・・苦しい、苦しくて死んでしまいそう。どうして、こんなに意識しているの。
『 家族 』として幸村くんを見ているはずなのに( そう決めたのに! )
ぐるぐると回る思考の中で、唯一鮮明に思い浮かぶ、笑顔。ダメ、まだ、ダメなの。



( でも、好き )
( でも、だめ )
( でも・・・好き・・・好き、なの・・・ )



無意識に『 彼 』の名前を口にしたけれど、音にはならなくて。

代わりに・・・大粒の涙が、頬を伝って・・・床を濡らした。