「 じゃあ、終電近くなるんだね。お迎えに行くよ? 」
「 ううん、大丈夫です。ちょっと・・・考えたいこともあるし 」
「 そっか・・・なら、ちゃんの気持ちを、優先させようかな 」
「 ・・・ありがとう、佐助さん 」
どういたしまして、俺様ってば優しい!?なんて返事に笑ってから、電話を切った。
「 ( 佐助さん・・・何も聞かなかった・・・ ) 」
その優しさが、今は嬉しい。
夜中に道場を飛び出して、昔の家に行ってた・・・なんて知ったら、今、一緒に住んでいる家族は
決して良い気分はしないだろう。秀吉さんのところで、夕飯までご馳走になったから、
道場へ帰るのが随分遅くなってしまった。
お館様に似ている、と思った島津さんは、予想通りの酒豪で。武田道場に負けない、それは賑やかな食事になった。
思い出し笑いしながら、駅のホームを降りて、海辺の道を歩く。
ハア・・・と吐き出した、吐息は真っ白だ。佐助さんの話だと、今年は特に寒いらしいから、
海沿いのこの町でも雪が拝めるかもしれない。
夜も更けて人通りも少ないが、比較的、ここは安全な町だ。私は、道路の脇の階段を降りる。
目の前には・・・浮かんだ月と、白い砂浜と、紺碧の海だけ。
街頭の光も届かない、夜の帳の中で・・・砂浜に、腰を下ろした。
この土地にやってきた『 あの日 』も、こうして浜辺で海を眺めていた。
「 ( だけど、こんな穏やかな気持ちじゃなかった ) 」
目に見える青の世界は、こんなにも優しい景色ではなかった。空を見上げれば、星空。
冬は空気が澄んでいるから、より美しい。ああ、そうだ・・・あの時、私はもうひとつ、星の『 輝き 』を見つけたっけ。
「 ・・・殿、か・・・? 」
ふと背後から聞こえた声に、振り向く。
同じ屋根の下にいるのに、顔を合わせるのは久しぶりだったので・・・息を、呑んだ。
「 幸村くん・・・ど「 どうしたのだ、こんなところで 」」
一瞬、固まってから・・・私たちは、笑い合う。
真っ白な吐息が、星空に昇って、いっぱいいっぱい、溶けていった。
「 殿は、どこか出かけていたのでござるか? 」
「 うん。幸村くんは、今帰り?最近、夜が遅いみたいだから・・・ 」
「 そ、そうでござるな。殿に逢うのは、久しぶりのような気がするでござる 」
「 ふふっ、私も・・・少しの間、逢わなかっただけなのに、ね 」
その短時間で、ずいぶん『 私 』は変わってしまった気がするけれど・・・。
幸村くんと私は、見つめ合っていたけれど・・・何だか恥ずかしくなって、しばらくしてどちらともなく目を逸らした。
そのうち、彼があ・・・とか、うう・・・と唸り出して、
「 い・・・いくら安全な町といっても、女性一人では危ない・・・帰ろう 」
幸村くんが、少し照れくさそうにそう言って・・・手を差し伸べる。
ああ、これもデジャヴ。懐かしくて、懐かしくて・・・でも、あの時とは違う『 瞬間 』に、涙が出そうだった。
傅いて、手を取ってくれた時。まるで、王子様が迎えに来てくれたかのように・・・思えたんだよ。
「 うん 」
その手を、ぎゅっと握る。幸村くんも、私の手をしっかりと握って、帰路につく。
あの時と同じ、右手。大きくて、ごつごつした男のヒトの・・・てのひら。ドキドキするのは今も変わらない。
だけど・・・嬉しいんだ。今はその、ドキドキ感が、伝わる熱が。
「 ( 私・・・ ) 」
私を女の子だと想定しなかった幸村くん。彼の背中に泳ぐ髪を追っていたのに、距離が縮まって、
肩を並べて歩いた朝。伊達くんの家に飛び込んできて、顔を見合わせた時。文化祭の芝居で、キャットウォークから
羽根を降らせて・・・微笑みあった瞬、間。
「 ( ・・・幸村くんが、好き・・・ ) 」
これが・・・『 変化 』
受け入れてしまえば、単純明快で。繋いだ手の温度が、急に愛しくなった。
ちょっと強めに握ったら、幸村くんは少し驚いたようだけど。その手をそっと握り返してくれた時、
今度は私が目を見開いて・・・頬を染める、番。
夜で、よかった。道場に着くまでに、熱が落ち着けばいいけれど・・・。
秀吉さんちであれだけ寝たはずなのに・・・その日の夜は、今までが嘘だと思うくらい。
深い、深い・・・眠りに落ちたのだった・・・。