ようやく客足が落ち着いた頃には、随分夜も更けていた。
慶次さんが佐助さんに断っておいてくれたというから、心配はしていないけれど・・・。
( 佐助さんには、この前のことも含めて・・・改めてお礼、しないとな )
時計の針が10時を回ると、まつさんが私の背中をぽんと叩いた。
「 今夜はもうこれで上がりなさい。あとは、私たちだけで大丈夫ですから 」
「 あ・・・あの、でも最後までお手伝いします 」
「 明日もお願いしているのですから、無理は禁物よ・・・慶次! 」
「 はいよ!チカは用事があるっつーから、今日は俺が送るよ 」
「 悪いなァ、。この後、野郎どもとの付き合いがあってな 」
顔の前で手を合わせたチカさんに挨拶して、慶次さんと一緒に外へ出た。
・・・最初はびっくりしていたエンジン音にも、ヘルメットをつけるのにも慣れて、
私は慶次さんのバイクに跨る
( 身長だけはどうやっても伸びないから、バイクから降りる時はちょっと危ないけれど )
夜中になっても、車の交通量は相変わらずだったけれど、慶次さんはするりと合間を縫っていく。
昼間はここまで混まないから、この華麗なテクニックを拝む機会はなかったけれど。
チカさんも、まるでバイクを玩具のように、自由自在に操っていたけれど・・・慶次さんだって負けてない!
渋滞している車を横目に、海岸脇の道路を走り抜けた。
「 今日のお迎えの時は、そんなに混んでいなかったのになー。
やっぱり夜は、恋人たちの時間、ってやつだからかなぁ 」
「 ひ、人もすごいですけれど、慶次さんの運転も、すごいですね! 」
「 へへっ、ありがとよ!でも、チカにはやっぱ適わないけどな! 」
そぉれ!と掛け声がかかったと思ったら、加速したエンジンに悲鳴を上げる。
彼は面白そうに笑っていたけれど、私はしがみつくのに精一杯だった・・・。
安全運転(?)のおかげで、いつもより少し早めに道場の前に到着した。
脱いだヘルメットを渡すと小脇に抱えて、両手で私の身体を抱き上げた。
小さく悲鳴を上げそうになったけれど、飛ばしちゃったからフラフラになっちゃっただろ、と慶次さんが謝った
ので思わず笑いが零れた。
「 明日は、今日と同じ、武田道場に直接迎えにくるよ。そこの路地んとこな 」
「 はい。今日はお疲れ様でした!おやすみなさい 」
「 うん、おやすみ・・・・・・あ、ちゃん 」
「 ・・・? 」
「 ここ数日の間に、さ・・・なんか、あった? 」
背中を向けたところで慶次さんに呼ばれて、思わず立ち止まる。
振り向いた彼は、問い詰めるというより、伺うように・・・。
ちゃんの表情が、昨日と今日じゃあ、少し変わってるからさ、と少し微笑んだ。
私は、こわばった身体の緊張を解いて・・・こくんと頷く。
「 しばらく・・・悩んでたことがあったんですけど、相談して、やっと答えが出たんです。
変化を恐れずに、前へ進めって。そのヒトも、昔、犠牲を大きな払ったけれど・・・。
それでも、後悔しない人生もあるんだってことを、教えてくれました 」
「 犠牲を払うってのは好きじゃないが、後悔だらけの人生にも、俺は賛成できない。
人生、一度きりなら、思いっきり生きなきゃな 」
頷くと、慶次さんもよし!と言わんばかりに、大きく頷いて・・・私の頭に手を伸ばした。
「 アンタ、いい瞳をするようになった・・・恋、してんだな 」
『 、お前・・・真田のことが、好きなんだな 』
かすがの言葉とリンクする。あの時は答えられなかった。でも今の私なら・・・。
目を閉じて、秀吉さんの言葉を反芻する。こくりと、喉が鳴った音がした。
昨夜、浜辺で出逢った幸村くんの笑顔が・・・一度だけ、瞼の裏に蘇る。
そのまま・・・ゆっくり開けた瞳で、慶次さんを見つめた。
「 ・・・はい 」
幸村くんを思うと、自然と笑顔になる。どんな結果になっても、幸村くんを好きになったことを、後悔なんかしない。
この恋を・・・そんな恋にしてみたいんだ。
「 あっはっは!いいねえ、いいねえ!ちゃん!! 」
「 うわ、わわっ・・・!( 髪、がっ )」
「 恋の華、大輪に咲かせおくれよ!俺も、精一杯応援するぜ! 」
「 慶次、さん 」
「 明日でバイトは一応最終日だけど、頑張ろうな 」
大きな手に撫でられて、ぐしゃぐしゃになった髪を整える。
じゃあな!と手を上げて去っていく慶次さんを見送って、道場の玄関を潜った。
パタパタと音がして、駆け寄ってきたのは・・・佐助さん。
「 おかえりー。帰ってくるの、予定より早かったね。長時間バイト、お疲れ様 」
「 ただいま、です。あ、あのお館様と幸村くんは・・・。
毎晩遅いし、イブまでいないから、そろそろ不審に思っていないですか・・・? 」
「 うん、今夜のことは適当に誤魔化しといた。明日の、武田家クリスマスパーティ。
それに参加できれば、大丈夫でしょ。何も聞かれないと思うよ 」
「 よかった・・・あ、あの・・・ 」
「 ん? 」
「 さ・・・さす、け・・・さ・・・ 」
「 どうしたの!?ちゃんっ 」
「 ・・・ね・・・む、い・・・・・・ 」
極度の疲労感に襲われて、ずるずると玄関にすわりこむ。焦った様子の佐助さんが、
一瞬呆けて・・・笑顔になった。私の後ろに回りこむと、膝裏に手を差し込んで、持ち上げる。
( う、わ・・・お姫様だ、だっこ・・・!! )
羞恥心も抵抗する気力も、疲労に負けてしまっていて、私は佐助さんの『 為すがまま 』になっていた。
頭を彼の胸に預けると、眠気まで襲ってきて・・・そのまま、甘えてしまうことにした。
揺れる身体と、沈んでいく意識の中で、佐助さんがクスクスと笑うのがわかった。
「 メリークリスマス・・・おやすみ、ちゃん 」
私の唇から漏れたのは、吐息だけ。
彼の胸の中があまりに心地良くて、そのまま意識を手放してしまったから・・・。
今、お返事出来なかった分・・・明日のパーティでは、佐助さんに一番に言うから、ね。