25日、クリスマス。
昨夜同様、あっという間に時が過ぎて・・・気が付けば、約束の時間を迎えていた。
ちゃん、と名前を呼ばれる。利さんとまつさんが、揃って立っていた。
「 お疲れさん。短い間だったがよく働いてくれたな 」
「 ちゃんには、いくらお礼を言っても足りないくらいですわ。本当にありがとう 」
「 いえ、私の方こそ・・・ありがとうございました 」
何とか言葉には出来たが、本当は泣いてしまいそうだった。
いっぱい失敗だってしたのに、利さんもまつさんも、いつだって優しかった。
だから短期間だけど続いた、といっても過言ではないのに・・・。
ぺこりと頭を下げると涙が零れたが、それを隠すように頭をがしがしと撫でる手があった。
「 何だ何だ、湿っぽくなりやがって。気が早ぇんだよ 」
「 チカさん・・・ 」
「 家のモンには、バイトしてるってバレてるんなら、話は早ぇ。
もし説得に成功すれば、続けていいって言ってくれるかもしれないぜ? 」
「 そうだよ、ちゃん!俺らとまた一緒に働こうよ!! 」
慶次さんが笑う。そ・・・そうかな、お館様にお話してみようかな。
なんて考えたら、少しだけ別れが寂しくなくなった。涙を拭うと、手を振る前田家の皆さんに、
深く頭を下げる。これで、さよならじゃない・・・。そう思うと、救われた。
手渡されたヘルメットを被る。チカさんの腰に手を回すと、彼が一度振り返る。
「 ・・・は、俺の腰に手を回すの、躊躇わなくなったよな 」
「 え?え、あ、あの・・・・・・すみません・・・・・・ 」
「 オイ、今、離しちゃマズイだろうが。いいんだよ、それで・・・ただ、な。
こうしてお前を送っていけるのも、しばらくないんだな、と思うと、な・・・ 」
と言って、苦笑する。そして、私が何か言う前に、エンジンを吹かした。
反射的にチカさんにしがみつく。ヘルメットの向こうにある彼の瞳の色はわからない。
けれど、チカさんも・・・私としばらく逢えなくなることを、寂しがってくれているのがわかった。
きゅ、と締め付ける胸の痛みに、また涙が込み上げた。
もうバイトのことは隠していないので、道場前にバイクをつける。
小さくなったエンジン音が収まると、バイクを邪魔にならないように道端に止めた。
ヘルメットを外して、チカさんに渡すと、その手をぎゅっと握られる。
「 握手だよ、その・・・さよなら、とは言わねえが、しばらく逢えないからな 」
目を丸くした私を見て、わ、わりィかよ・・・と彼は頬を掻く。首を振って、その手を両手で握り返す。
私以外の人が、私との別れを、これほどまでに惜しんでくれる。
世界から弾かれていた時もあったのに。『 私 』との関わりを、否定しないでいてくれる。
本当は握手だけじゃ物足りない・・・!て思うくらい・・・嬉しい。
頬を薄紅色に染めたチカさんが、何か言いかけようとした時・・・。
「 殿!おかえり、でござる! 」
「 ゆっ、幸村くんっ!?た、ただいま・・・ 」
「 某、大人しく待っていたでござるよ!お館様と佐助が宴の準備を・・・む、 」
「 ああ・・・お前さんが、佐助のいう旦那ってヤツかい? 」
道場の玄関から、勢い良く出てきた幸村くん( もしかして、そこで待ち伏せてた? )
大きなチカさんの身体を見上げて、眉をひそめる。その視線を、繋がれた私たちの
両掌に注ぐと、更に眉間の皺を深めた。
そして、もう一度チカさんの顔を見上げると、今度はきっと睨んだ( ・・・え? )
「 ・・・、殿に、触れないで欲しいでござる・・・ 」
ぼそっと呟いた、幸村くんの言葉。かろうじて聞き取れる程度だったから、一瞬自分の耳を疑ったけれど・・・
間違い、ない、よ、ね?掌の温度が上がったのが、わかったのだろうか。不思議顔だったチカさんが
( 多分、幸村くんの呟きは聞こえなかったのだろう )驚いたような顔で、私を見た。
「 ・・・? 」
「 あー、チカいらっしゃい!ちゃん、おかえりー! 」
「 佐助さん! 」
「 クリスマスパーティの準備出来てるよ。俺様、久々にはりきっちゃった!
お館様が、もしよかったらチカも誘ってくれって。どうする?チカ 」
「 お・・・おう、別に俺は構わないけどよ。いいのか? 」
「 はい、是非!佐助さんの手料理、すごく美味しいんです!! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 こら、旦那。お客様の前で何て表情、してるんだい 」
「 ・・・幸村くん、どうしたの? 」
「 旦那ね、ちゃんの帰りを、ずっと玄関の前でハチ公みたいに待ってたんだよ。
よかったねー、旦那。ちゃん、帰ってきてくれて 」
「 な・・・っ!何を言うか、佐助っ!! 」
幸村くんは真っ赤になって、にやにやと笑っている佐助さんを追い立てるようにして、
道場の中へと戻っていく。更に端へとバイクを止めているチカさんを待って、私も入ろうとすると、
後ろから何やら、ぼやく声が聞こえた。
「 ・・・悔しいくらい、愛されてんなー 」
振り返った私に、チカさんは首を振った。何でもねぇよ、とでも言いたげに。
がしがしと頭を撫でる手は、さっきよりも弱かった。が、気遣う暇もなく、
ホラ!俺は腹減ってんだ!行くぞ!!・・・と、チカさんに引きずられるようにして中に入った。
もうお酒が入っているのだろう。お館様の大きな笑い声が、廊下まで響いている。
チカさんの手を引いて、リビングに入る。おお、、おかえり!と片手をあげたお館様に微笑んだ。
「 ただいま、です! 」