「 もしもし・・・、か? 」
電話に出るなり、彼はそう言って笑った。
「 きっと電話が来ると、信じていたぞ 」
「 え・・・ど、どうして・・・ 」
「 この前逢った時、戸惑ったような瞳をしていた。不安定な色。だから、かな 」
「 ・・・・・・・・・ 」
黙り込んだ私に、電話口ではお前を撫でて慰められないじゃないか、それでいつ逢えるんだ?
と彼は尋ねた。親戚の家にいるのは、年明けの3日までだという。
私は、机の上に置いていた12月のカレンダーを見ながら・・・。
「 ・・・明日、はちょっと急ですよね 」
「 構わないぞ。親戚の家にいるのだって、基本は暇だしな。むしろ・・・今日 」
「 え 」
「 今から、会えないか? 」
先輩の言葉には、強さがあった。そんな突然、と断ることも出来たのに、
なぜか断れなかった( その強引なところも、先輩の、魅力なのだから )
だから思わず・・・頷いてしまったのだ。
「 ありがとう。それじゃあ、待ち合わせ場所は・・・ 」
かすがとも行ったことのある喫茶店で、一時間後に逢う約束をし、
私も耳から離して、終了ボタンを押す。
オレンジ色の携帯電話は、武田道場に来た時、お館様から頂いたものだ。
電話帳に入っている件数は、まだほんのわずか。
そのひとつに・・・『 覚えて 』いた電話番号と、
彼の名前を登録する。
それは、唯一・・・私の『 過去 』を示すものだった。
気分を落ち込ませてる暇はなかった。
出かける用意を済ませて、階段を駆け下りる。
お館様に一言言って出かけなければ・・・と、その大きな背中を捜していると。
向こうも私を探していたのだろうか。階段の真下の台所から、ひょっこり顔を覗かせる。
おお、、と私の姿を見つけて、醤油の在り処を尋ねられた。
( ・・・あれ、場所を変えたとは聞いてないんだけどな )
と思いながら戸棚の小さな扉を開けると、いつもの位置に小瓶が立っていた。
はい、とお館様に手渡すと、照れたように苦笑する。
「 日頃から佐助に任せきり、では、いかんということだのう。
醤油の置き場所もわからなくなるくらい昔に、立ったきりだということか。
あやつらが来る前のことなど、もう・・・思い出せぬ・・・ 」
幸村くんと佐助さんが実家に戻って、まだ幾日も過ぎていないのに。
お館様と私だけじゃ、この家は・・・広過ぎる。
2人がいないだけで、こうも道場が静かに感じるなんて・・・。
胸が少しだけ締め付けられる感覚と共に、去り際の幸村くんの姿がフラッシュバックする。
( 幸村くん・・・何か、言おうとしていたのに・・・ )
佐助さんに、強引に連れ去ってもらったけれど、本当にあれでよかったのかな。
ちゃんと話したい、って思ってのは、私のほうなのに。
何度考えても、後悔の念しか浮かばなくて( ・・・でも、あの時は本当に怖く、て )
「 ・・・、出かけるのではないのか? 」
「 え・・・あ!そ、そうなんです!!行ってきます! 」
急いでいたはずなのに!早く行かないと先輩のこと、待たせちゃう!!
お館様にぺこり、と頭を下げて、玄関へと駆け出す。
靴箱からお気に入りの靴( クリスマスにお館様からもらったエナメルのパンプス! )
を出して、履いていると、、と躊躇いがちに呼ばれた。
「 幸村と佐助のことだがの・・・その・・・ 」
「 ・・・お館様? 」
・・・お館様が言い淀むなんて、珍しい。
じ、と見上げた私の視線に気づいて、いや・・・と少しだけ横に首を振った。
気をつけて行っておいで、と送り出されたはいいけれど、道場の門をくぐっても
いまいちスッキリしない。心の中を覆う、霧が晴れない。
( お館様は、何を言おうとしたんだろう・・・ )
でも幸村くんの話もまともに聞いて上げられなかった私に、お館様の話を
ちゃんと聞く権利があるのだろうか・・・と考えたら、それ以上尋ねられなかった。
待ち合わせの喫茶店に着いても、窓の外をぼんやり眺めて・・・いる、時だった。
ととん、と肩を叩かれて、驚いて振り返る。
「 、早いな。待たせて悪かった 」
「 ・・・家康先輩 」
「 突然の誘いに、付き合ってくれてありがとうな。礼を言うぞ 」
「 いえ、そん、な・・・ 」
逢いたい、と連絡したのは、私の方だ。
向かいに腰を下ろした先輩は、通りかかったウェイトレスさんに飲み物を注文する。
その背を見送って、どうだ、元気だったか?と私に尋ねた先輩は、慈愛に満ちていた。
同じ時間を過ごしていた頃よりも、大人びていたけど・・・変わらない。
それが抱きつきたいくらい嬉しくて、込み上げる涙だったり感情だったりを、押さえるのに
内心必死だった。わだかまりを忘れて、いつもより饒舌に喋ると、先輩がそうかそうか、
と嬉しそうに頷く。
簡単な近況報告をしたところで、注文したホットコーヒーが届いた。
家康先輩はそれを一口飲んで、では早速だが・・・と私に向き直った。
何を言われるのだろうと、少し身を硬くした私に緊張しないでくれと言うように、優しく微笑みかけて。
出てきた言葉は・・・私の、予想しないものだった。
「 俺たち・・・もう一度、付き合わないか 」