05.It's like a dream come true.

ぐつぐつぐつ・・・と煮えた鍋を、ぼーっと眺めていた。
鼻をくすぐる匂いに、自然とお腹が鳴るけれど・・・あまり、食べる気がしない。
そのままコタツに突っ伏していると、お館様が現れた。
よく煮えたすきやきを見て、これは美味そうだな・・・と頬を緩める。



「 待たせたな。さて、いただこうか 」
「 はい・・・いただきます 」



両手を合わせて一礼する。手酌しようとしたお館様の手を止めて、私はお調子を手に取る。 嬉しそうに出されたお猪口に、並々と注いだ。 それを一気に飲んで、かみ締めるように微笑むお館様の表情が好きだった。 もう一献、と差し出された杯を再度飲み干して、吐息を吐く。


「 こうやって・・・と二人で過ごす年末も、悪くないのう 」


呵々と笑って、お鍋の中身へと箸を伸ばす。 私もつられるようにして、お皿へと具を移すけれど・・・。 一向に端の動かない私を見て、お館様が不思議そうな顔をした。



「 どうした、。最近、浮かぬ顔が多いな 」
「 ・・・・・・すみません 」
「 謝ることはないが、少し心配でのう。わしでよければ相談にのるぞ 」
「 お館様・・・ 」



何から、話せばいいんだろう・・・。
お館様は、私が言葉を選んでいるのを、じ、と待っている。 鍋の音が一層大きく部屋に響いた。沈黙に耐え切れなくなった私は、ようやく重い口を開く。



「 あの・・・その、つい先日、前の学校にいた先輩に偶然逢ったんです 」



ほう、とお館様から声が上がる。
・・・そうだよね、びっくりするよね。私だって、本当に驚いたもの。



「 昔から、すごく私を・・・気にかけて、くれたヒトで、逢えてすごく嬉しかったんです。
  親戚の家にいらっしゃるというので、もう一度お逢いしたんですけ、ど・・・ 」



と、そこまで言って、言葉に詰まる。
家康先輩に言われた言葉が・・・頭の中を反芻した。






『 もう一度、付き合わないか 』






あの後のことは・・・正直、よく覚えていない。

家康先輩と『 話したこと 』は記憶にあるけれど、頭の中が真っ白になっていて、 何も記憶として残らなかった( 突然の『 告白 』があまりに強烈すぎて・・・ )






「 何じゃ、逢えて嬉しいだけではなかった、ということか 」
「 そう、ですね・・・ 」



・・・逢えて嬉しかったのは、本当。
前の街を離れる時・・・武田道場に引き取られる話は突然のことだったので、 満足に別れの挨拶もできなかった。だから、こんなに偶然に会うことができて、本当に嬉しかったもの。 先輩の笑顔を見て、暗い日々だけじゃなかったことも思い出した。
またもや沈黙した私のお皿に、次々とお館様が鍋の中身を移して行く。 器にこんもりと盛られたものを差し出され、まずは食べよ、と言われた。



「 心の健康は、身体の健康から。空腹時には、悩んでも落ちて行くだけよ。
  腹を満たし、それから・・・今後どう行動するか、ゆっくりと考えることじゃ 」



身体の健康から、か・・・確かにそうかもしれない。
病は気から、とか、腹が減っては・・・っていうもんね!うん、まずは食べよう!!
お館様から器を受け取ると、少しずつ口に運んで行く。 やっぱりお腹がすいていたのか、一度口に入れればどんどん箸が進んだ。 お館様にお酒を注ぐと、今度は私のグラスにも用意していたジュースを注いでくれたり。

2人きりで、今年最後の楽しい夕食を、ちょうど済ませた時だった・・・。

洗い物も終わって、そろそろお風呂にでも入ろうかと思っていると、玄関のチャイムが鳴った。 驚いて、まず時計を見る。12月31日、それもこんな夜更けに、 誰かが尋ねてくるだなんてことあるんだろうか・・・。 顔を合わせたお館様は動揺する様子もなく、こくりと頷いたので、私は玄関に走った。



「 はーい・・・ 」



開きかけた戸の向こうから素早く入ってきた影が、私を抱きしめる。
声も出ずに、目を見開いて固まっていると・・・怒鳴り声が、響いた。



「 Sit!!いい加減にしやがれ、何度言わせるんだ、風魔!!から離れろ! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ま・・・政宗くん、小太郎さん・・・!? 」
「 よう、Honey。邪魔するぜ 」
「 あ、え、と、あの・・・! 」
「 案ずるな、。わしが呼んだのじゃ 」


後ろから足音がして、お館様がやってきた。 小太郎さんに抱きしめられたまま、一生懸命振り返ろうとしていると、 政宗くんがべりりっと私と小太郎さんを引き剥がす。
その横をさっと小十郎さんが通り過ぎて、お館様に一礼した。



「 年末年始の忙しい時期に、よう来たの、独眼竜 」
「 Ha,武田のおっさんが気にすることじゃねえさ。上がらせてもらうぜ 」
「 失礼いたします・・・殿、夜分遅くに申し訳ございません 」
「 小十郎さん・・・ 」
「 信玄公が、殿の元気がないようなので、励ましてほしいと仰せになりまして 」
「 ・・・えっ 」
「 昨日、わざわざ政宗様の元へ・・・いらしたのでございますぞ 」



並んで歩くお館様と政宗くんの背中を見ながら、私にこっそりと囁く小十郎さん。
・・・お館様が、そんなにも私のことを心配していてなんて・・・。
ぽん、と頭に手のひらを置いたのは、隣にいた小太郎さん。見上げると、ひとつ頷く。 涙ぐんだ私を見て、小十郎さんが微笑んだ。



「 ・・・さあ、我々も参りましょう 」



促されるように、私は小十郎さん、小太郎さんと一緒に広間へと向かった。 姿を現した私に、!ほら、一緒にテレビでも見ようぜ!と政宗くんが駆け寄ってくる。 お館様の手にはいつの間にか新しい熱燗が握られていて、小十郎さんに薦めていた。



( お館様・・・ありがとう、ございます )



悩むことも多いけれど、心配してくれるヒトのためにも、私・・・元気にならなきゃ。

急に賑やかになった武田道場の、今年最後の夜が更けていった。